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薄暗い部屋が映る。壁はコンクリートのようだ。手前に頭から出血しているだろう、首筋に血を流している女性がいる。奥には鉄パイプのような物を持った男性がいる。
『鉄矢くん……! どうして……!?』
緋奈の声だ。聞き間違えるはずがない。
「緋奈……!」
僕は画面に集中する。
『二葉がいない今がチャンスだと思ってね。緋奈、きみがセーフティを外す管理者権限のパスワードを教えてくれれば穏便に事は済むのだけれどね』
男性は手をひらひらさせながら飄々と喋る。
『そんなの、できないわ!』
『だよね。じゃあおとなしく気絶しててね』
男性、恐らく河瀬鉄矢だろう。河瀬は緋奈に鉄パイプのような物を振り下ろす。緋奈は画面の下へと姿が映らないところに倒れた。
僕はこめかみを指でトントン叩く。無性に腹が立った。
『一美、机の引き出しを探して。俺はこっちを探す』
『承知いたしました。鉄矢様』
何だ? 何を探している? 一美って誰だ?
『ありました鉄矢様。メモ帳です』
メモ帳? ああ……パスワードをメモる癖、大人になっても治ってなかったのか……。そのせいで、こいつらに。
『よしよしこれだな、パスワード発見。じゃあ一美のセーフティをまず外すぞ』
一美って、アンドロイドのことか。
『一気に全てのアンドロイドのセーフティを外されては?』
『それをすると、あちこちでアンドロイドによる暴行、殺人事件が起こるだろ。社会問題になったら大変だ。こういうのはじんわり、気づいたらいつの間にか、ガスで部屋が満たされてるようにやらなきゃ駄目だ』
『勉強になります』
一美とやらの姿は画面内に映らない。
『よし。セーフティを外したぞ。じゃあ一美、試しに緋奈を殺せ』
何を言い出すんだこいつ? 自分の奥さんを殺せ、って……。
『承知いたしました』
河瀬は一美とやらに鉄パイプを渡す。河瀬は視認できるが一美はぎりぎり画面外だ。
ゴンッと音がした。一美が緋奈を殺したのだろう。
その後は河瀬がウェブカメラの存在に気づいてスイッチを切る映像で終わった。
僕は両手でスマホを持ち、俯いて歯ぎしりをする。
「なんだこれ……! こんな、こんなことが……!」
「それに加えて悪いニュースがあるんだけど」
「なんだよ……?」
僕は目をギュッとつむる。油断したら雫がこぼれそうだった。
「彰くんも未来でアンドロイドに殺されると思う」
……。僕は深呼吸して、スマホをポケットにしまう。
「何で」
自分でも驚くくらい冷静な声色で、僕は二葉に聞いた。
「河瀬の使役するアンドロイドが彰くんを狙ってこの現在にやってきたってことは、タイムマシンは奪われたってこと。タイムマシンを開発した、所有者の彰くんは当然殺されるでしょ」
「そうか」
沈黙。十数秒経っただろうか。僕はふうと息を吐く。
「止めないとな。緋奈のアンドロイド開発」
僕は二葉の言うことを信じることにした。というかもう疑いようがない。ドッキリだとしたら手が込み過ぎている。最初から斜に構えず素直に信じてやれば良かったと少し思ったが、誰だってあんなことを言われたら疑うだろうと自身で納得した。
「僕はこれから命を狙われるのか……」
その事実に、体が静かに震える。コーヒーを口に運ぶとこぼしそうで、飲むのがためらわれる。二葉が僕の手に手を添える。温かい。アンドロイドなのに。
「大丈夫。私が守るから」
僕は手を引っ込めてコーヒーを飲む。いつの間にか震えが止まっていた。
「よろしく、二葉」
「うん。彰くん」
僕は帰路に着く。二葉は横に並んでついてくる。道中、二葉がため息を吐く。
「どうした」
二葉は前髪をいじる。
「未来では敬語使ってたからタメ口で喋るの違和感あって。本当は彰様、緋奈様って呼びたいの」
「僕からしたら敬語使われる方が違和感あるな。ごめんだけど、これからもタメ口で頼む」
「うん。わかった」
家に着いた。
「じゃあ私はここで見張ってるから」
「本当に一日中僕に張り付くのか?」
「うん。油断して彰くんが死んじゃったら後悔してもしきれないもの」
「……そうか」
僕は家に入る。
「ただいま」
「おかえりー」
母が台所で夕食を作っている。僕は風呂に入って、夕食を食べる。母に「変わったことはない?」と聞かれたから「特に無いよ」と答えて二階の自室に行く。
学校で読んでいたラノベの続きをまったり読んで、ふと気になったので文章生成AIに『タイムマシンが開発される確率は?』と入力してみた。
『現実的にはタイムマシンの開発はかなり遠い未来の話になると思われます。現時点では、タイムトラベルを実現する技術が登場する確率は非常に低いと言えるでしょう』
なるほど。できないとは言い切ってないな。やはり僕はタイムマシンを作るのか……。想像がつかないな。寒かったのか、未知への恐れか身震いし、安心を求めてベッドに横になり布団をかぶる。あいつ、本当に見張ってるのかな。
僕はカーテンを開けて窓から家の周りを見渡す。いた。電柱の横で直立している。僕はなんだかいたたまれない気持ちになり、階段を駆け下りて家を飛び出した。
「二葉! 家入れよ!」
二葉は目をしばたたかせる。
「でも、彰くんにも、お母さんにも迷惑かかるんじゃ」
「この暗い中、寒空の下でずっと立っていられてる方が心配になって迷惑だ。気になって眠れる気がしない」
「やっぱり、優しいんだね。ありがとう」
僕は二葉を家に入れる。母と目が合った。
「ごめんお母さん、この子泊めてやっていいかな?」
母は口をポカンと開ける。
「彰がこんな綺麗な子を連れてくるなんて……! 小説が恋人じゃなかったのね」
「……恋人じゃないよ」
「湊二葉です。ごめんなさいお母さん。迷惑じゃないですか?」
母は顔の前で手を振る。
「いやいや、二葉ちゃんご飯は食べた? お風呂入る?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「じゃあそういうことで。二葉、こっち」
僕と二葉は階段を上がる。母をチラッと見たら、ガッツポーズをしてきたが気づいていないフリをした。
二葉は窓から外が見える位置に立つ。
「じゃあ僕は寝るから」
「うん。おやすみ」
……一時間ほど経っただろうか。眠れない。アンドロイドとはいえ女子が同じ部屋にいることに緊張しているのかもしれない。
「彰くん、まだ起きてるでしょ」
「……何?」
「夜中に女子が一緒にいる状況にドキドキするのは分かるけど、気にせずちゃんと寝てね」
「な、何を言うんだ」
「違うの?」
僕は言葉に詰まる。図星なので何も言い返せない。
それから三十分ほど経った。僕はふと湧いた疑問を二葉にぶつける。
「なあ二葉」
「何?」
「アンドロイドのおっぱ、乳って人間と同じ柔らかさだったりする……?」
沈黙が流れる。しまった、睡魔の入り混じった気持ちで変なこと聞いてしまった。
「いや、忘れてくれ」
「人間と同じだと思うよ。触ってみる?」
僕はベッドに肘をつき、少し起き上がる。二葉は両手で乳を寄せ上げ、はにかんだ。
「え」
「冗談。私にも貞操観念、羞恥心がちゃんとあるから」
二葉は悪戯っぽく笑った。僕は力が抜けて頭を枕にボフンと落とす。
「そういえば、今までの生活費ってどうしてたんだ? 僕が高校入試した時辺りからこの時代にいたんだよな。まさかずっと飲まず食わずで路上生活してたってわけじゃないだろ」
「未来の彰くんから、電子マネー四億円分もらってたのでそれで生活してたよ」
「四億!? 未来の僕はリッチだな? 何の仕事してるんだ?」
「秘密。将来就く職業が分かっていたら今がつまんなくなるでしょ?」
「む、確かに」
そうか僕は将来有望だな。少し安堵したのか、やっと僕は眠った。




