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胃の辺りがサーッと冷たくなる。冬なので当然だが、顔に当たる風が冷たい。
「だからその出来事が起こるまではアンドロイド達は手が出せなかったわけ。その以前に彰くんを殺すと、アンドロイド自体が生まれなくなっちゃうから」
僕は眉間を指で押さえる。何故、緋奈の日記の内容まで知っている? やはり緋奈もこの子とグルなのか?
「待て待て。じゃあ僕が緋奈に文章生成AIのことを教えるのを阻止すればよかったんじゃないのか。それが原因の元なんだろ。」
「ポッと出の知らない人の発言と、幼馴染の緋奈、どちらを信じる?」
「え、そりゃあ、緋奈……」
「でしょう。仮に私が、言わないでって止めたとしても不審がって緋奈に打ち明けてたと思うの。それに彰くんが言わなくても、自分で文章生成AIに辿り着いていたと思う」
「いや、信じてもらえるように事前に僕と仲良くしとくとかさ」
「嫌われる恐れもあるのに、易々と交流できないよ」
赤信号で僕と二葉は足を止める。僕は腕を組み首を傾げる。確かにこの子がアンドロイドだというのが本当なら話の筋は通っている気がする。だがあまりにも非現実的だ。もっと真実味のある中二病設定にできなかったのかと僕は軽く息を吐く。
青信号になった。歩き出す。
「危ない彰くん!」
え? 僕はハッと顔を上げ周りを見る。右からトラックが突っ込んできた!
「う! うわあああ!」
とっさの出来事に足は動かない。僕は手で頭を覆い目を背ける。
ドガシャアン!
周囲の空気を揺るがす轟音。静寂が訪れる。死んだ? 僕死んだ?
強く閉じた目をゆっくり開けると、二葉が右腕一本でトラックを正面から受け止めていた。
気づけば僕は地面にへたり込んでいた。
僕は何が何やらといった心持ちで上手く立つことができない。足が震えている。
「セーフ。彰くん」
二葉はトラックを押さえたまま半身になって流し目で微笑む。
ドッキリか? ドッキリじゃないのか? 片手でトラックを止めた? 本当にアンドロイド……?
「おいおい大丈夫かお前ら」
運転手がトラックから降りて近づいてくる。二十代後半といったところだろうか。厚着でもわかるほどに引き締まった体つきをしている。
二葉が僕と運転手の間に立った。と思いきや、運転手の目に人差し指を突っ込んだ。
「な、何してんだ」
僕の声がよほど小さく弱弱しかったのか二葉は反応しない。
ドンッ。ドンッ。
どこからか、いや二葉からだ。銃声がした。
「が、ぴっ」
運転手が悲痛な声を漏らし、膝から崩れ落ちた。二葉は運転手の頭を持って首をねじり回し胴体から頭を断裂させた。
「な、なあ……!?」
人殺し? 殺人現場を見てしまったのか……? 僕は思わず口元を押さえる。胃液がせりあがってくる。耐えきれない。僕は吐いた。
「彰くん、大丈夫だよ。アンドロイドだからこれ」
二葉が運転手の頭部の断面をこちらに向ける。断裂したケーブルが見える。血は出ていない。
「血が出ないのは私とは用途が違う型だからだろうね」
状況が飲み込めないながらも、脳に浮かぶ疑問を二葉に投げかける。
「人間だったらどうするんだ……もし、アンドロイドじゃなかったら……」
二葉は顔の横でブイサインを作る。
「大丈夫。生体反応無かったから。もしも人間だったら、私は人間に危害を加えられないようにセーフティかかってるし、分かるよ」
「そ、そのアンドロイドにはそういうセーフティはかかってないのか」
「うん。元々はついてたんだろうけど、解除されちゃってる」
僕は唾を飲みこむ。苦い。
「されちゃってるって、誰に?」
「未来の、緋奈の旦那に」
は? 僕は脳に浮かぶ疑問の渋滞に、また嘔吐する。
コーヒー店に寄って、状況を整理することにした。
「本当に……アンドロイドなんだな」
カウンター席に横並びで座った僕と二葉。僕はコーヒーを一口飲む。
「トラックを片手で止められる人間がいたら教えて欲しいな」
二葉はいたずらっぽく微笑む。
「なんでさっきの、運転手の目に指突っ込んだんだ?」
「指に小型銃口がついてるの。それで目の奥、脳に位置する電源部位を破壊したってわけ。あ、この小型銃口を事前に見せればよかったね」
二葉はアイスティーを一口飲む。
「アンドロイドなのに、水飲んで大丈夫なのか」
「問題ないよ。言ったでしょう、飲食しなくても、してもいけるって」
もはや疑いようのない事実。二葉はアンドロイドなのだ。じゃないと、さっきの出来事に説明がつかない。
「本当に緋奈がアンドロイドを作るんだな。すげえな緋奈」
「そのアンドロイドに殺されるんだけどね」
二葉は目を伏せてグラスを両手で持ち気落ちした声色で呟いた。
「何で緋奈はアンドロイドに殺されるんだ? アンドロイドには人間に危害を加えないセーフティがかかってるんだろ? 緋奈の旦那がセーフティを解除したから? 何のために? 緋奈の旦那って誰だ?」
「そうね、まず言っとくと」
二葉は僕に顔を向ける。
「な、何?」
「緋奈の旦那は、彰くんじゃないよ」
あ、へ? あぁそっか。ふーんそうか。なるほど。僕は頬を手でスリスリする。自分でも不思議なくらい動揺を表出させてしまった。
「やっぱり、緋奈が大切なんだね」
二葉は穏やかに微笑む。
「何だ、やっぱりって。僕の何を知ってるんだ」
「言ったでしょ。未来の彰くんが、緋奈を救うためタイムマシンで私を現在に送ったって。それほど想ってたってことだよ」
「む……んむ」
僕は言葉に詰まった。確かに緋奈は大切で好きだが、恋愛的に好きかと問われたら、よくわからない。友達関係の今でも十分、緋奈との交流は楽しいし。
「緋奈の旦那は兵器商人。名前は河瀬鉄矢。緋奈との馴れ初めは緋奈が二十二歳の時、ロボット学会の講演会」
「そのロボット学会講演会に行かせないで、出会わないようにしたらいいんじゃないか?」
「もっと単純で簡単な方法があるよ」
二葉はアイスティーを一口飲む。
「? 何だ?」
「彰くんと緋奈が結婚するの」
! 僕はむせ込み、二葉の方を見る。
「なん、なんだって僕が緋奈と結婚なんか……!?」
「あれ? 緋奈のこと愛してるんじゃないの? 未来で緋奈が死んだと知ったときあんなに号泣していたのに」
「み、未来のこと言うのは反則だろ……!」
僕はコーヒーへと視線を移し、考えを整理する。整理し終わる前に二葉が話しかけてくる。
「緋奈の旦那、河瀬鉄矢は緋奈が開発したアンドロイドの技術を軍事に転用しようと試みたの。それで、人間に危害を加えられないセーフティの存在が邪魔になった。詳しくは、これを見て」
スマホに動画が送られてきた。送信者は二葉。僕は再生を押そうとする。と、スマホに二葉が手をかざす。
「これは緋奈が身の危険を感じて咄嗟に、試験運用のため買い物で外出していた私にウェブカメラを繋いだ時の映像。ショッキングな内容だと思うけど、ちゃんと覚悟して見てね」
二葉が真剣な眼差しを送る。
「ああ……」
僕は口を軽く結び、動画を再生する。




