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「私、アンドロイドなの」


 は? 僕はその窓ガラスを野球ボールが突き破ってくるかのような唐突な言葉に目をしばたたかせる。


 昼休み、昼食を終えてブックカバーをつけたラノベを一人読みふけっていると、いきなり前の席にすわり「工藤(くどう)(あきら)くん、伝えたいことがあるの」と言い、清楚っぽくて可愛かったので、あくまで平静を装い、「何?」と聞いたら、この発言。高校二年にもなって中二病か? なんだって僕にそんなこと言うんだ……。

 まさかドッキリか? 陽キャのいたずらの可能性あるよな。だってどうみたってこの女子は一軍女子の雰囲気だ。


 僕はラノベに目線を固定したまま聞いてみる。


「へえー……それでそのアンドロイドさんが何の用?」


「彰くんを守りにきたの」


 なんだなんだ? 陽キャの罰ゲームか? 周りを見渡すが、様子を伺ってそうな陽キャはいない。じゃあ中二病か? ラノベを読んでいる僕なら乗っかってくれると思って、声をかけてきたのか? いきなりの名前呼び……頭がぶっ飛んでなければ素直に嬉しいのに。


「何から守ってくれるんだ?」


 僕は茶番だと思いつつ、乗っかってみる。長髪のいかにも清楚なこの女子が、イメージとはかけ離れたことを言うのに興味を惹かれたのかもしれない。


木嶋緋奈(きじまひな)さん。知ってるよね」


「え? 緋奈? 知ってるけど……」


 僕の幼馴染だ。同じ文芸部に所属している。何故この女子から緋奈の名前が……? 仲が良いのか? 


「緋奈さんは、将来アンドロイドを開発するの。そしてそのアンドロイドに殺される」


「ん? は?」


 何を言い出すんだこの女子は。緋奈がアンドロイドを作る……? 信じられない。でもそういえば最近、文章生成AIにハマってるとは言ってたっけ。それにしても、殺されるとは冗談にしては穏やかではない。


「だから未来のあなたは、緋奈さんがアンドロイドを作る未来を阻止しようと、私をタイムマシンで現代に送ったの」


なんだそのぶっ飛んだ設定……もしや緋奈と二人で考えたのか? 信じてしまったら、後のネタばらしで緋奈が爆笑している姿が思い浮かぶ。


「えっと、つまり?」


 僕はどれくらい設定を練り込んであるか、興味本位で会話を続ける。ボロが出たら緋奈の負けだ。


「緋奈さんがアンドロイドを作る未来を阻止しようとする彰くんを阻止するため、未来から送られたアンドロイドが彰くんを狙うのを、私が阻止するの。……『阻止』が続いてややこしいわね。つまり私が彰くんをアンドロイドから守るってこと」


 僕はポカンと口を開ける。トンデモ設定に思わず目の前に座る自称アンドロイド女子の顔を見る。整った顔立ち。この顔でこんなことを言うとは……。目が合って、思わずラノベに目を戻す。疑問が浮かんだので、自称アンドロイド女子に聞いてみる。


「待て待て。何で僕が、緋奈がアンドロイドを作るのを阻止するんだ?」


「だって、緋奈さんに死んでほしくないでしょう」


 自称アンドロイド女子は間髪入れず答える。僕は思わず言葉に詰まった。


「で、でも、緋奈がアンドロイドを作るのを止めようとすれば、僕はきみ以外のアンドロイドに命を狙われるんだろ?」


「? そうね……何、自分を優先して緋奈さんを見殺しにするってこと?」

 

 僕はたじろいだ。この女子の発言に乗っからなければ、緋奈を見捨てた薄情者。乗っかってしまったら後で緋奈から爆笑される。


「わ、わかった。緋奈を救うためだもんな。アンドロイドを作るのを止めるよ」


 仕方ない。乗っかってみよう。どこかで設定の破綻があればそこを突いてこのドッキリを阻止してやる。


「……ありがとう」


 自称アンドロイド女子は穏やかに微笑んだ。控えめに言っても可愛かった。


「えっと、きみの名前は?」


「え、同じクラスなのに知らないの? ちょっとショック。(みなと)二葉(ふたば)。湊は適当につけた苗字だから、二葉って呼んで」


 二葉は顔の横でブイサインを作る。

 同じクラスだったとは……僕はあまり人と交流しないので気づかなかった。ちょっと失礼だったかなという気がした。


「じゃあ詳しくはまた放課後。あ、連絡先教えて」


 連絡先を交換し終えて、二葉は僕の前から去っていった。



 放課後、僕は文芸部に顔を出す。

 部室には一年生が二人、二年生が僕を含めて三人居る。

 僕と緋奈、そして何故か、二葉。二人は談笑している。


「なんでお前がここに……?」


僕は目をしばたたかせる。僕が部室に来たのに気づいて、緋奈が肩の上まで伸ばしたショートヘアをなびかせこちらに顔を向ける。


「あ、彰! この子途中入部したいんだって!」


 おいおい、やたらと手が込んだドッキリだな……わざわざ入部までするとは……。二人揃って僕が妄言に引っかかるのを楽しむ気か? 僕はふうと息を吐きカバンを肩から下ろし、部屋の中央のソファに腰かける。向かい合わせに緋奈と二葉がいる。


「二人は友達なの?」


 僕は努めて素っ気なく話を振る。


「今日初めて喋ったよ。ね、二葉ちゃん」


「うん、緋奈さん」


「やだ、さん付けなんてよしてよ~。緋奈でいいよぉ」


「わかった。緋奈」


 嘘を言っているようには見えなかった。でも所詮コミュニケーション能力の低い僕の審美眼では真か嘘かを見抜くなんて無理だよなと、かぶりを振った。


「これで少し余裕が持てたね。……彰、どうかした?」


 僕が意気消沈してるように見えたのか緋奈が心配そうな声色で僕に問う。


「いや、何でもない大丈夫。これで廃部に怯えなくて済むな」


 文芸部は最低人数が四人と定められており、三年生が文化祭後に引退して部員は一年二人、二年二人の計四人でぎりぎり存続していた。ここに二葉が入って五人となる。

 少し安心だ。……ドッキリが終わって、すぐ辞めたりしなければだが。


「木嶋先輩、パソコン使いたいのでパスワード入力して欲しいんですが」


 一年生が緋奈に声をかけた。

 部室内にあるパソコンは、部長のみが起動パスワードを管理している。部長は緋奈だ。


「はーい。ちょっと待ってね……」


 緋奈はカバンからメモ帳を取り出す。緋奈はあらゆるパスワードをメモ帳に記載している。


「いい加減覚えろよ。メモ帳失くしたら大変なことになるぞ」


「いいのー。家にも予備のメモ帳持ってるし」


 緋奈は忘れっぽいのだ。僕と緋奈は日本史のテストで毎回補習になっているが、僕は興味が持てずいつも寝ているからに対して、緋奈はちゃんと起きているにかかわらず興味がなくて忘れるらしい。この対策として日記をつけているようだが、その効果はあまりなさそうである。


「ありがとうございます」


 一年生ふたりは、緋奈にお礼を言い、パソコンと向かい合う。


「ねえ、二葉ちゃんはどんな小説が好きなの?」


 緋奈はソファの背もたれに手をつき、二葉に聞く。


「心情の機微を筆致豊かに語っている作品が好き」



「アンドロイドに心がわかるのかよ」



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