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「これは……」
二葉から送られてきたのは、最近起きている女子高生連続殺人事件の被害者の顔写真と監視カメラの映像らしき画像だった。
どの画像にも、同じスラリとした長身の男性が映っている。その男性の横には、被害者の女子。
「その男性が河瀬鉄矢。河瀬は、女子高生連続殺人事件に関与している可能性が高い」
「これを警察に持っていけば……河瀬を捕まえられるんじゃないか!?」
二葉はかぶりを振る。
「これだけでは証拠能力は低い。それに何でこんな画像持っているのかって私たちが警察に詰められちゃうよ」
「河……瀬」
緋奈が呟いた。
「どうした緋奈?」
緋奈は伏し目がちに少し考える素振りを見せた後、ガバっと顔を上げ前のめりに僕を見る。
「分かった! この事件って被害者全員、仰向けで川に浮いてるじゃない?」
「あ、ああ。ニュースで言ってたな」
緋奈は人差し指をぴょこんと立てる。
「仰向けで浮いているってことは川を背にしているでしょ? 川を背。川、背。……河瀬!」
「ああなるほど。そうやって自己顕示してたってわけか……! 二葉、これなら警察に!」
「駄目。そもそも何で河瀬の存在を知っているんだって話になるよね」
「ぐっ。そうか、残念……」
僕はガックリ肩を落とす。
「でも」
「ん?」
「着眼点は悪くないよ。私たちの中では、河瀬は連続殺人犯の線でクロだと思う」
「そうか。そうだよな。でもここからどうすれば……?」
「犯行現場を押さえればいいんだよ! ……方法は分かんないけど!」
緋奈が興奮気味に言った。
「緋奈、何で昂ってるんだ?」
「だって酷いじゃんこの事件! 前途ある女子高生を狙うなんて……!」
お前も女子高生だろ、というツッコミは野暮かと思ったので口に出さないでおいた。僕はもう一度、監視カメラの映像らしき画像を見る。
「ん……?そういえばこんな画像どうやって入手したんだ二葉は?」
「国内のすべての監視カメラを過去一年間分ハッキングしたの」
緋奈が目をしばたたかせる。
「え、すご。そんなこと出来るの二葉ちゃん?」
「緋奈が私に付けたんだよ。この特技」
二葉は柔和な声色で微笑んだ。
「そっか。うん、凄い。未来の私」
緋奈は細かく頷いた。
トラックを片腕で止める膂力、指先から弾丸、このハッキング能力。確かに軍事転用したら魅力的なんだろうなと、ふと思った。……僕は何を考えているんだ。河瀬のような考え方はしたくない。思考をかき消すように僕はブンブンとかぶりを振った。
「犯行現場を押さえようと思うなら、まずどうやって殺害しているか、方法がわからないとな」
僕は思考を無理やり切り替え、話題を振った。
「あ、そうだよね。被害者にはこれといった外傷がなくて、溺死だろうってことで最初は自殺として処理されていたみたいだもんね。それが連続して起きたことで事件として認識された」
「殺害方法が分かったら、それをする直前の現場を押さえて警察に通報すれば万事解決なんだが……」
「殺害方法は分からないけど、河瀬の居住地なら分かってるよ」
「え、凄いな二葉。じゃあ河瀬を尾行すれば尻尾を出すかも」
二葉はギュッと口を結んだ後、諭すように言う。
「相手は殺人鬼。尾けてるのバレたら危ないよ」
「二葉ちゃんが単独で尾行したらいいんじゃない? 二葉ちゃん頑強なんだから、もしもの時でも大丈夫でしょ?」
「ごめん、私は彰くんから目を離せないから」
「そっ……かぁ」
緋奈は肩を落とし俯く。
……。部屋に無言が流れる。二葉の左腕を修復しているカチャカチャとした乾いた音だけが鼓膜を刺激する。
「まあ幸い時間はまだある。この件は各々考えておくってことで一時保留で」
僕は手をパチンと叩き、ふたりに提案する。
ふたりはうんと頷いた。
「じゃあ今日のところは解散な。緋奈、送るよ」
僕は立ち上がって体を伸ばす。
「うん。ありがとう」
緋奈も立ち上がった。
「よし。くっついた」
二葉の方を見る。二葉は左手の指を一本ずつ動かしている。修復が済んだようだ。
「もう直ったのか。凄いな」
「後は皮膚組織が癒着するのを待つだけ」
「二葉の皮膚って生きてるのか!?」
「うん」
「疑似的とかじゃなくて?」
「うん」
「はー、すっげ」
「ふふん」
緋奈が腰に手を当てて得意げにしている。
「いや、確かに緋奈が凄いんだけどそれは未来の緋奈であって、今の緋奈ではないっていうか」
「ちぇっ、細かいんだから」
緋奈は手をひらひらさせてそっぽを向いた。
「じゃあ行きましょうか」
二葉は立ち上がった。
「え、二葉ちゃんも来るの? 確かに二葉ちゃんいた方が心強いけど……」
「私は彰くんの家に泊まってるの」
「ええぇ!?」
緋奈は目をしばたたかせた。
「僕が襲われないように夜中も僕のそばで見張ってるんだ」
「彰……ヘンなことしてないよね?」
「す、するわけないだろ! 二葉はアンドロイドだぞ!」
「だよね。大丈夫だよね。ね、二葉ちゃん」
「私のおっぱいが人間と同じ柔らかさなのか聞かれたよ」
おいおい、それは、そんなことは、言わなくていいだろ……! 僕は眉根を寄せ、緋奈を見る。
「げ。ドン引きー……」
緋奈がジトっとした目で僕を見ていた。
「触ってない。触ってないからセーフ」
僕は努めて冷静に言う。だがボディランゲージは出ていたので、動揺は伝わってしまったかもしれない。
「二葉ちゃん、彰に襲われそうになったら言ってね。ていうかブッ飛ばしていいからね」
緋奈は胸の前で両手をグッと握る。
「待て待て。僕には緋奈っていう彼女がいるんだ。他の女子に手を出すわけないだろ」
僕はやれやれとかぶりを振った。照れ隠しだ。
「ふーん、へー、そっか。じゃあ彰を信じるからね」
緋奈は微かにはにかんだ。
僕と二葉は緋奈を家まで送った。帰り際、緋奈に「今日の格好、かっこいいよ」と言われ思わず顔がほころんだ。二葉に、緋奈に言われたんだし、いつもその髪型にしたら? と尋ねられたので、それは悪目立ちしたくないからと断った。
僕と二葉は帰宅して、寝る前にいつもの感じで喋る。
「僕、緋奈と付き合ったんだな。なんか夢を見ているみたいだ」
「頬を引っ張ってみたらどう」
僕は自身の頬を引っ張る。
「うん。普通に痛い」
「彰くん。緋奈と結婚できることを祈ってるよ」
「ん、ああ。一美のようなぶっ飛んでる思考のアンドロイドを作らないように、緋奈の抜けてるところをフォローというか直しながら、結婚までできたらいいな」
「……私も抜けてるところある?」
二葉が若干不安そうな声色で僕に聞いた。
「あ、それは、うん。あるな」
「直した方がいいよね」
「いや、個性ってことで済む範囲だと思うな。あんまり気にしなくていいよ」
「そっか」
二葉は安堵したようにふうと息を吐いた。つられて僕も息を吐く。
「後は河瀬鉄矢だな。河瀬の住んでるところはここから近いのか?」
「河瀬は麻布のタワーマンションに住んでるよ」
「なるほどここから約三十分てところか……」
河瀬の狙いは一貫して女子高生……。緋奈に囮になってもらったら……いや駄目だ何を考えているんだ僕は。彼女をそんな危険に晒してどうする……! はっ、二葉なら!
「二葉、囮捜査ってどうだ?」
「……私に囮になれってこと?」
「うん。そうだが」
「私が囮捜査に精を出していたら彰くんを守れないじゃない」
「あ、そうか……」
「私を囮に使おうなんて、彰くん薄情ね」
「い、いや、それは、二葉はアンドロイドだし……。気を悪くしたかごめん……」
「冗談。緋奈にはそんなこと言っちゃ駄目だからね」
「わ、わかってる」
「よし。じゃあ今日はもう寝て。疲れたでしょ、彰くん」
僕はうんと返事をして寝た。




