15
二葉が住んでいるのはマンションの一室だった。ワンルーム。僕と緋奈は床に横並びに座り、
二葉は向かい合わせに座って、左腕を工具やらなにやらで修復している。
「はー、本当に私がこの、えっと、二葉ちゃんを作るの?」
緋奈が二葉の腕を見ながら目をしばたたかせる。
「そう。緋奈が三十歳の時にね」
「そして、その技術を流用して私の将来の夫が殺人アンドロイドを作ると……」
「ああ」
「何でそんな悪い人と結婚したんだろ、未来の私」
「河瀬鉄矢は、外面だけは完璧なの。心中の闇に緋奈は気づけなかった」
「そっか……。私ちょっと抜けてるしな」
緋奈はうんうん頷く。
「自覚あったのか」
「え、ひっど。気づいてたのに言ってくれなかったんだ」
緋奈はポカポカ僕の肩を叩く。
「ご、ごめんって」
僕は腕を上げて緋奈の攻撃をガードしようと努める。
「私がアンドロイドを開発しなくなるか、河瀬鉄矢って人と結婚しなかったらいいってことね?」
「そうよ」
「もう心配ないんじゃないか? ほら、緋奈は僕と付き合ったわけだし」
緋奈がジトっとした目で僕を見る。
「彰。恋愛は何が起きるかわからないよ。もしかしたら大喧嘩して別れるかもしれない。それで私が落ち込んでいる隙を突いて、河瀬って人がつけこんでくるかもしれないよ」
「河瀬のことはもう分かってるんだからそれは自衛できるだろ」
緋奈はかぶりを振る。
「イケない恋って燃えるじゃん?」
「! おいおい……!」
「冗談。彰、顔がマジになってるよ。怖い怖い」
「こっちの方が怖かったよ……」
僕は眉間を指で押さえる。
「彰。二葉ちゃん」
緋奈は深呼吸して真剣な表情を作った。
「何だ?」
僕は姿勢を正して、緋奈を見る。
「私、アンドロイド作りたい。この思いに、蓋したくない。やらなかった後悔はヤダ」
「アンドロイドを作ったら……殺されるんだぞ、緋奈」
僕は緋奈の目を見て言った。
「河瀬って人と結婚しなきゃいいんだよね? 彰がいるから大丈夫じゃん」
緋奈は微笑んだ。
「でも、大喧嘩して別れるかもしれない。って」
「それでも、別れても、彰は私を守ってくれるでしょ?」
「うん。それはそうだが」
「じゃあ大丈夫だよ。ね、二葉ちゃん」
「一つ懸念点があるわ」
二葉は左腕をガチャガチャ修復させながら言った。
「ん、何だ?」
「一美の常識、道徳、倫理観の欠如についてよ。河瀬に毒されていたとはいえ、自分を開発した緋奈を躊躇なく殺す思考回路。ぶっ飛んでる」
「え? 河瀬ってやつにじゃなくて、自分で作ったアンドロイドに殺されるの私?」
「うん。その命令を下したのが河瀬ってこと」
「それなら、ただ単に命令を実行しただけのことだろ?」
「私と一美には、自由意思が搭載されているの。たとえ命令されたといえ、おかしいと思えば躊躇することも理由を聞いたり反論をすることができる」
「おお、さすが私。凄い機能」
「でも、彰くんには前に映像を見せた通り、一美は一切躊躇しなかった。これは、開発過程で何か欠陥があったと思うの」
僕は腕を組む。
「うーん。あり得るとしたら、開発者である緋奈の常識の欠如というか、抜けてるところを一美が受け継いだってところか」
「え、ひっど。私、人を殺していいなんて思ってないよ」
「いやだから、抜けてるところの裂け目みたいなものを河瀬がいじくり拡げたんだって。そして、殺人を躊躇しない思考回路になった」
「まあそんなところだろうね」
確かに二葉も天然というか、抜けてるところあるもんな。初対面で『私、アンドロイドなの』なんてふつう言わないよな。思うだけで言わないことにした。
二葉は言葉を続ける。
「河瀬と出会わなくても、一美単独で問題を起こす可能性がある。自分で人間に危害を加えるセーフティを外すかも」
僕は疑問がふと浮かんだので二葉に聞いてみる。
「ちょっと話変わるんだけど、遊園地で観覧車の係員気絶してたよな? 二葉は人間に危害を加えられないセーフティがかかっているはずなのに、どうやって気絶させたんだ?」
「それは解釈を危害じゃなくて保護としたからね。私と一美の戦闘に巻き込まれないよう、保護の名目で気絶させたってこと」
「それって、解釈次第で何でもありになるんじゃ」
「大丈夫。殺人は絶対悪だし、殴られたから殴り返すなんてこともできないし」
なるほど。僕は顎に手を当てる。
「二葉は……行動に起こさないだけで、殴りたいとか……殺したいとか考えることはないのか?」
「ないよ。自分で言うのもなんだけど、一美との大きな違いはそこかな」
ふむふむ。開発者は同じ緋奈なのにその違いが生まれるのは、一美を作って二葉を作るまでに、何か心境の変化があったのか?
「河瀬との結婚か……!」
「うん。そうだと思う」
「え? なになに?」
緋奈が僕と二葉に目線を往復させる。
「河瀬との結婚生活で、心境に変化があったんだと思う。良い方に。悪い方にいきそうなもんだけど」
「河瀬は外面は完璧だから。結婚してもおそらく深い部分は見せなかったんだよ」
つまり、一美の欠陥を避けるために僕が出来ることは……。
「緋奈!」
「な、何?」
緋奈は「?」という表情をしている。
「いっぱいデートしような!」
「え、うん」
緋奈の頬が朱色を帯びる。
「私も、それがいいと思う」
二葉は微笑んだ。腕の修復はまだ続いている。
緋奈にちゃんとした道徳、常識を持ってもらう。そのためにいっぱいデートして緋奈の心の成長を促す。といっても僕も完璧というわけではないので、お互いに刺激し合い成長していけたらいいなと思った。
「私と河瀬って人はいつ出会うの?」
緋奈が純粋な興味という相好で聞く。
「二十二歳の時。ロボット学会講演会でだよ」
二葉が答えた。
「ふーん。五年後かぁ。忘れたころにひょっこり現れそうな感じで怖いね」
緋奈は首を傾げる。
「河瀬を刑務所に放り込めないかとか考えてるんだけどな」
「え? 河瀬って人、犯罪者なの?」
僕はかぶりを振る。
「いや、分からない。ただ、未来での凶行を考えるに、今の時点でも問題を起こしてそうという、予想だ」
「彰くん。そのことで報告があるの」
「ん。何だ?」
「これを見て」
二葉からスマートフォンに画像が送られてきた。




