13
「彰くん。いつ告白するの?」
僕は腰に手をつきかぶりを振る。
「慌てるなって。告白といえば夜の観覧車だろ」
「彰くんがそんなロマンチックなことを考えていたとは、驚き」
「それ褒めてる? けなしてる?」
僕は口をすぼめる。緋奈が戻ってきた。
「じゃあそういうことで。頑張って」
二葉はぺこりと頭を下げて目の前から去っていった。
「彰、いまの人だれ?」
「ああ、園内マップの場所聞かれたから教えてたんだ」
苦しい嘘だったか? でも二葉とは気づかれていないようだ。
「そっか。じゃあ行こうか」
なんとか誤魔化せたか。スカートをチラリと見る。ケチャップの跡は微かにシミになっていた。
レストランで食事中、緋奈から午後六時には帰らないといけないと聞く。内心焦ったが、この時期なら五時頃でも暗いかと、落ち着きを取り戻した。
時刻は午後二時三十分。絶叫マシンは一通り回ったので、比較的穏やかなアトラクションで時間を潰す。
そして午後五時。辺りはほんのり暗い。観覧車に乗るタイミングがやってきた。
「緋奈。観覧車、乗らないか」
僕は照れくささで鼻頭を掻きながら言った。
緋奈は腕を組み少し考えるような仕草をする。
「そうだね。最後の締めってことで」
緋奈から同意を得られて心底ホッとした。
観覧車が頂上に達したら告白しよう。そう決意を固めて、いざ観覧車に乗り込んだ。僕と緋奈は向かい合わせに座る。
「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう、彰」
緋奈は笑った。何故かとても可愛くみえた。
「ああ。僕も楽しかった」
……。少しの無言。頂上に着くまでに、なにか、なんというか、告白に適したロマンチックなムードを高めておかねば。僕は必死に話題を探す。緊張で脳がうまく回らない。
「ごめん。彰」
え? 僕、告白する前にフラれた?
「な、何が?」
僕は狼狽を隠せないまま尋ねた。
「私、彰を利用してたんだ」
「ど、どういう意味だ?」
緋奈は何を言っているんだ? 頭が真っ白になりそうだ。観覧車いまどのくらいだ? ああ、もうすぐ頂上……。
「彰といれば、記憶を取り戻すきっかけになるんじゃないかと思って、今日遊んだの。純粋に楽しみに来たわけじゃないの」
え? 何だそんなことか。別にそんな大した問題じゃなくてよかった。
「いいよ。記憶が無くなるって僕には想像が及ばないほど辛いものだと思うし。俺でよければじゃんじゃん利用しちゃって構わない」
「ありがとう。それで、聞きたいんだけど、何で彰は私にAIを使って欲しくないの?」
「ん? 何だいきなり」
「お願い教えて。記憶を思い出すきっかけになるかもしれない」
今の緋奈に、未来で起こることの話をしていいものか……いや、よくない。ここは正直に答えず一般論で話した方がよさそうだ。
「AIに頼りきってると、自分の頭で考える力が衰えて、馬鹿になってしまうかもしれないからだ」
緋奈は腕を組む。
「補助的に使うのは?」
「正直言うと、できればそれもやめて欲しい」
「そ……っかぁ」
僕も緋奈につられたのか自然と腕を組む。
「……何か思い出せそうか?」
「うーん……思い出せそうな、出せないような」
緋奈は首を傾げた。
「彰は何でAIを使うのが駄目だと思ったの? 理由は分かったから、その根拠は?」
「根拠……。うまく説明できない。とにかく駄目だと思った」
緋奈に未来の悲劇を今告げるわけにはいかない。僕は首筋をポリポリと?く。
「あんなに切迫した言い方するなら、確固たる根拠があると思ったんだけどな」
「あんなに……? いつのことだ?」
「部室とか映画行った時とか」
「緋奈、記憶戻ってないか?」
「え、あ。ああ! そういえば……!」
緋奈は俯いて額に手を当てる。
「緋奈、どうだ?」
「待って。なんだか全部思い出せそうな気がする」
「緋奈」
「……何? ごめん今少しほうっておいてほしい」
「いや、観覧車終わり……」
緋奈は顔を上げる。
「あ、ああそっか」
結局緋奈に告白できなかった……。もう一周乗せてもらうか? うん、そうしよう。
観覧車のゴンドラの扉が開くのを立って待つ。開けたのは遊園地の係員じゃなかった。
「二葉!?」
「悪いんだけど、もう一周、よろしく」
二葉はそう言って扉を閉めた。
まずい。二葉って言ってしまった。緋奈に気づかれたか?
「え、今の二葉ちゃん? 何でここに……?」
ああ……バレてしまった。背筋がヒヤリと寒くなるのを感じる。
「今の二葉ちゃんだよね?」
緋奈は本当にただただ疑問に思っているような声色で僕に尋ねる。
「見間違いじゃないのか。服装、二葉っぽくないし」
苦しいか? 苦しい言い訳か?
「嘘。何で誤魔化すの。今のは二葉ちゃんだよ。彰も二葉って言ってたじゃん」
声に若干怒気を感じる。ああ、やってしまった……。
「なるほど。そういうことか」
緋奈は座席に腰を落とし髪の毛を指でいじる。
「え、何だ?」
僕は何なのかさっぱりわからず動揺して、二葉が気になり目線を向ける。
ん? 二葉が誰かと取っ組み合っている? ツインテール。あれは……一美! なんだってこのタイミングで……。
「二葉ちゃんが気になるの?」
「え、いや」
二葉と一美が戦っているのを悟られてはいけない。僕は座席に座り緋奈を見る。
「私が遊園地で浮かれてるのを見て、影で笑ってたんでしょ? 二葉ちゃんと」
「え? 何故そうなるんだ」
「私がケチャップ、服に付いたケチャップ落としにお手洗い行ってた時、こそこそ喋ってたじゃない」
緋奈は鋭い目つきで僕を突き刺す。
「いや、あれは」
「何?」
告白について話していたなんて言えない。
「ごめん、説明できない」
「ほらやっぱり。何。二葉ちゃんと付き合ってるの? それでふたりで画策したの? それって性格わっる」
「違う! 二葉は僕を見守っていたんだ」
僕は拳を握りしめる。
「何で?」
緋奈の語気は、感情が感じられない冷たいものに変わっていっている。これ以上は、誤魔化すのが躊躇われた。
「何でって……僕が殺されないように?」
「……もっとマシな誤魔化し方あるんじゃない」
完全に蔑んだ視線を送られている。
「誤魔化してるんじゃない! 本当のことだ!」
「本気で言ってるんなら、病院行った方がいいんじゃない?」
「本当、本当なんだ! 僕は命を狙われていて」
僕は身振り手振りを交え、必死に訴える。
「早めに受診してねー」
緋奈は僕から目を逸らし、スマートフォンをいじり始めた。
ああ……。もう駄目か。告白どころじゃない。
ゴンドラが一周した。僕は力なく立ち上がり、扉が開くのを待つ。
扉が開いた。二葉がいた。二葉はポニーテールが解け、ストレートヘアがボサッとなっていた。服も汚れている。
「ごめん、もう一周よろしく」
二葉はゴンドラの扉を閉めた。直後、二葉が右から左に吹っ飛んだ。揺れるツインテール。一美が飛び蹴りを放ったようだ。
「え、今の何? 二葉ちゃん何してるの?」
見られた。もう正直に言ってしまおうか。誤魔化すのは限界だ。




