12
部室に入ると、緋奈と一年生がパソコンの前で喋っていた。
「何してるんだ?」
僕はひょこっと緋奈の横に立つ。
「あ、AIを使ってこの子が書きたい小説のあらすじを生成してるんだ。」
一年生は、ぺこり頭と下げる。
緋奈がパソコンを操作する。
「ストーリーに盛り込みたいキーワードを指定してここを押すと……ほら!」
パソコン画面に文章が生成される。僕は眉根を寄せてその光景を眺める。
「こうやって補助的に使うならいいでしょ? ね、彰」
「ああ。そうだな」
否定する気は起きなかった。緋奈にストレスを与えるわけにはいかない。それに緋奈がAIにのめり込んでも、僕と緋奈が付き合って河瀬との出会い、結婚を阻止することができれば、最悪の未来は起こらない。
「このあらすじから着想して、プロットを書いてみればいいんじゃないかな?」
「はい。ありがとうございます」
一年生がパソコンの画面をじっくりと見る。
緋奈は本棚から単行本を手に取り、ソファに座って読み始める。
僕もソファに座り、カバンから取り出したラノベの続きを読む。
二葉も本棚から単行本を手に取り、静かにソファに座って読み始めた。
穏やかな時間が流れる。
時刻は五時半になった。
「今日はこれで終わろっか」
緋奈が本を閉じて皆に告げる。
一年生は既にパソコンから離れていた。
僕と緋奈、そして二葉の三人で帰路に着く。
緋奈と別れる直前、確認の意味も込めて声をかける。
「緋奈、明日楽しみにしてるから」
「……うん。私も」
夜、寝転びながら二葉に聞いてみる。
「なあ、僕と緋奈、無事付き合えると思うか?」
「うじうじ考えても仕方ないよ。当たって砕けろってね」
いや、砕けちゃ駄目だろ。僕はうーんと唸る。
「何? 告白するのやめるとか言わないでよ」
「いや、する。するけど」
僕は頭を掻く。
「大事なところで踏ん切りがつかない性分だから未来で、ぽっと出の河瀬に緋奈を盗られるんだよ。今日、一美を突き落とした思い切りの良さは感嘆したのに」
ぬぬぬ。未来のことを槍玉に挙げるのは卑怯じゃないか、と思ったがまあ事実なのだろう。言い返せない。
「なんて告白しよう? 好きです。付き合ってください。でいいか……?」
「想いを正直に伝えればいいよ。恥ずかしがったり、歯切れ悪くなっちゃ駄目。告白が失敗するとしたら、それが原因。堂々と男らしいところを見せて」
「ふーっ。分かった。努力する」
僕は深呼吸して目を閉じ、眠りについた。
翌日。土曜日。緋奈と遊園地に行く日。
僕は六時に目を覚まして、出かける準備をする。
待ち合わせは僕と緋奈、ふたりの最寄り駅に九時だ。二葉が僕の髪の毛にワックスを馴染ませて、髪をセットする。
「おお、凄いな。美容室でやってもらった髪まんまだ。便利な機能? 特技? だな」
「特技って言って欲しいかな。さ、準備完了。行きましょ」
二葉も、前に映画館に遊びに行ったのを尾行していた時の服装をしている。
「その格好、今回も見張ってるんだな」
「うん。今日は特に、何もないことを祈ってるけど」
八時ニ十分。待ち合わせ場所に到着した。緋奈の姿はない。僕はスマートフォンで遊園地への電車のルートを予習する。
八時四十五分。緋奈がやってきた。
「ごめん待った?」
「いや、僕も今さっき来たところ」
「そっか……うわ、なんか今日気合い入ってるね。彰じゃないみたい」
緋奈は手を仰々しく口元に持っていく。
「そうか? 普通だろ」
内心嬉しい。緋奈は映画を観に行った時と同じ服装だ。緋奈の私服を色々見てみたかったので、ちょっと残念。
「行こっか……彰? おーい」
緋奈が僕の顔の前で手のひらを上下させる。僕はハッとする。しまった、今日これから告白すると考えていたら心ここにあらずになってしまった。
「あ、そうだな」
「ヘンなの」
緋奈は不思議そうな顔をして、プイッと先に歩き出した。
僕は早歩きで緋奈に追いつき、並んで歩く。
「緋奈は今日行く遊園地行ったことある?」
「小さい頃に一回行った記憶はあるよ。誰と行ったかは思い出せないけど。その時はジェットコースターとかお化け屋敷とかは行けなかったんだ」
緋奈は苦笑する。僕は大げさに考え込むように指に顎を乗せる。
「ジェットコースターは身長制限で、お化け屋敷は怖かったから?」
「まあそんなとこ。彰は? 行ったことある?」
「僕はない」
「そっか。インドア派だもんね」
「何で分かるんだ……? 記憶戻ったのか……?」
「あれ? 何でだろう?」
緋奈は頬に手を当てる。
告白する前に記憶を取り戻してくれればいいのだが。僕は心中で祈った。
遊園地に着いた。客足はほどほどといったところか。休日だから混んでいるかもと考えていたが思ったより混雑していない。クリスマスだったらもっと混んでいただろうか。この日にチケットを取った二葉に少し感謝した。
「じゃあさっそく、ジェットコースターに乗ろう!」
緋奈が天真爛漫に腕を広げて言った。
「い、いきなりか」
怖気づいてしまったのを悟られたくないと思ったが、僕のボディランゲージは清々しく怖気づいていた。緋奈はそんなのお構いなしに続ける。
「気分を、遊園地に来たぜモードに持っていくにはまずドカンといかないと! さ、いこ!」
今日くらい僕がリードしたいところだったが、出鼻を挫かれた。挽回しなければと思いつつ、今日も緋奈に振り回されるかもなとも思い、僕はふうと息を吐き、ずんずん先を行く緋奈を追いかける。
「彰、ビビってる?」
「ビビるもんか。楽勝だ」
僕は深呼吸を繰り返す。うん。ビビっている。
「緋奈はビビッてないのかよ?」
「ちょっとビビってる」
ああ……僕も素直にビビってるって言えばよかった……。ジェットコースターは動き出す。
「彰、叫んでたね~。怖かったんだ?」
「ひ、緋奈も叫んでたじゃんか」
「私は爽快感を味わうために叫んでたのっ」
「そうそれ、僕もそうだ」
「ホントかな~?」
緋奈がいたずらっぽく笑う。僕はかぶりを振って額を手で押さえる。
「えっと次の絶叫マシンは……」
緋奈が園内マップを確認しながら、なにやら物騒なことを言っていた。
「おいおい、絶叫マシンに連続で乗るのか」
「何? 怖いんだ?」
「そんなことはない」
いつもなら嫌だと言うところだが、今日は、今日だけは、かっこいい男でいたかったので、虚勢を張ってしまった。
そして絶叫マシン五連発。
僕は肺が潰れるくらい叫んで叫んだ。
僕は眉をハの字にしていたが、緋奈は笑顔で叫んでいた。情けない気持ちが沸々と湧いてくる。
「あはは。彰の絶叫顔、面白過ぎ! 絶対怖がってるじゃん!」
……僕の心配などお構いなしに、楽しんでくれているようでよかった。しかし、このままではいけない。このままではダサい。僕は意を決して言う。
「次はお化け屋敷なんてどうだ?」
「いいね。種類の違う絶叫スポットだね」
緋奈は屈託のない笑顔を見せる。こいつ……あらゆる種類の恐怖を無効化する能力者
か? などとSFチックなことを馬鹿らしくも考えながら、お化け屋敷に向かった。
「おわぁ!」
「わー!凄いこの特殊メイク!」
……驚きの方向性がおかしい。
終始そんな調子でお化け屋敷の冒険は終わった。まあ、緋奈が楽しんでくれたようでよかった。僕も多少びっくりしたけど叫ぶとまではいかなかったし。
「昼ご飯食べるか」
「そうだね」
僕たちは遊園地内にあるレストランに向かう。その道中で、フランクフルトを持った子供が緋奈とぶつかった。
フランクフルトのケチャップが緋奈のロングスカートにべちゃりと付いた。
「ご、ごめんなさい」
小学校低学年くらいだろうか。もしや、アンドロイド? 僕は辺りを見回す。二葉がこちらを見ていたが特段動く様子はない。じゃあ違うかと安堵し、僕は子供に向き直る。
「うーん。泣いて謝ったら許してあげるよ」
緋奈から圧を感じる。緋奈、冗談にしても流石にそれはよくないんじゃ……。子供は今にも泣きそうな困惑した表情をしている。ああ、泣いた。
「ごめ、ひっぐ。ごめんなさいお姉さん……うわあああん」
「うん。よくできました」
緋奈が子供の頭をなでる。緋奈はよく言えば天然、悪く言えば常識というか道徳というか、が欠落しているような節があった。僕は少しゾクリとした。
スカートに付いたケチャップを落とすため、緋奈はお手洗いに行った。それを待っていると二葉に声をかけられる。




