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翌日。放課後になり二葉と部室に行くと、緋奈がソファに座りノートに何やら書いていた。緋奈はふうと息を吐きこちらに顔を向ける。
「彰、二葉ちゃん。ちょうどプロットができたの。見てみる?」
二葉がカバンをごそごそする。
「私も書いてきたの。読んでみて緋奈」
二葉はカバンから原稿用紙を取り出す。
「え、プロットじゃなくて、本編? 凄い、早いね二葉ちゃん!」
いつの間に書いていたんだ? でも確かに夜中とかずっと起きているし、時間はあったか……。
緋奈と二葉はお互いに交換して読み始める。手持ち無沙汰になった僕は、カバンからラノベを取り出して読む。
「面白い。凄く胸にグッとくるっていうか」
緋奈が二葉に感想を告げる。
「ありがとう。緋奈のも素敵なお話になりそう」
「彰も読んでみる? 二葉ちゃん、彰にも読ませていい?」
二葉はこくりと頷く。僕は緋奈から原稿を受け取る。
約二万字。アンドロイドが心を手に入れるというストーリーだ。これ二葉の実体験じゃないよな。と頭によぎったがそんなわけないかと、かぶりを振って思い直す。心情描写が秀逸で、二葉は本当によくできたアンドロイドだなと思った。
「どう彰?」
「面白いな。二葉だからこそ書ける内容って感じだ」
「二葉ちゃんだからこそ……?」
「ん、あ、二葉の繊細な心が表れてるってことだよ」
「なるほど」
「彰くん、緋奈のも見てみる? 緋奈、彰くんに見せてもいい?」
「うん、いいよ。プロットだし二葉ちゃんの後じゃ霞むかもしれないけど」
僕は二葉からノートを受け取る。
記憶喪失になった女性が、自分のことを知っているという男に出会い、なんだかんだで恋に落ちるといった内容だ。
「……タイムリーだな」
「身近なことで書いた方が筆が乗るかなって思って」
身近なことって……この男って僕がモデルか……? そんなわけないか。
以前の部誌から感じていたことだが、緋奈は普遍的なストーリーを独特の感性で描くのがうまい。描写に作家性を感じるというか。
「面白くなりそうだと思う」
「ありがと」
僕は緋奈にノートを返す。
「記憶障害、治りそうか」
「分かんない。この前、お父さんが久しぶりに家に帰ってきて、お父さんだと分からなくて警察に通報しそうになって大変だった」
緋奈は苦笑する。
記憶障害が治っていない状態で告白するのはアリなのかと、僕はふと考える。仮に付き合うことに成功しても記憶が戻った時にフラれるっていうこともあり得るよな……と静かに懊悩した。
部活を終えて、僕と緋奈、そして二葉の三人で下校する。
唐突に緋奈が二葉に質問した。
「二葉ちゃんって、彰のことどう思ってるの」
そういうことは僕がいない場で話すべきではないのかと思ったりした。
「ごめん今の無し。忘れて!」
緋奈は胸の前で両手を振る。
「大切に思ってるよ」
「え?」
「大切だけど、好きとかじゃないから。恋愛的に好きとかじゃ、ね」
「ふーん、そっか。へえ」
緋奈が今どんな感情かは定かではないが、頬が微かに紅潮しているようにみえた。
「緋奈は彰くんのことどう思ってるの」
だから僕のいない場でそういう話はすべきだろう。と思ったが、不意に僕は緊張してゴクリと唾を飲み込む。
「分かんない。今までの彰との思い出も思い出せないし。ただ、一緒にいると胸が温かくなる感じがする。なんだろねこれ」
「そっか」
それから、雑談もそこそこに、帰宅した。
僕はベッド、二葉は窓のすぐ近くにいる、いつもの配置で会話する。
「緋奈は僕が好きなのか? 胸が温かくなるって……」
「惜しいことをした」
「え?」
「告白チャンスだった。僕も胸が温かくなる! これは好きってことだ! 僕と緋奈は両想いなんだよ! って言えば付き合えたのに」
「そんな単純な」
「今のは簡略に言った一例よ。とにかく、言い方次第では付き合えていたのになあ。惜しいなあ」
「……悪かったな」
「遊園地では、タイミング逃さないように気をつけてね」
「はいはい」
僕は二葉をチラリと見る。告白タイミングが来てたならその場でこっそり教えてくれてもよかったのに、融通が利かないな……そういうところは人間らしくしなくて良かったのに。
愚図愚図考えながら寝た。




