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 緋奈はどうやら記憶障害になったらしい。原因は強いストレスだろうというのが医者の見立てだ。

 僕がAIを使うのやめろってしつこく言ったから……? 危ない経験をさせてしまったから……? 僕が映画に誘わなければ……。自身を悔やむ。緋奈にAIの使用をやめてもらうのはもう無理なのか? 


 病院で緋奈の母親と話したところでは、交友関係の記憶が喪失しているらしい。勉強した内容、家の場所などは覚えているが、友人関係、記憶を失った直前のことは思い出せない。



 月曜日、授業が終わって部室に入ると、緋奈がソファに座ってなにやら読んでいた。


「あ、彰くん。いや、彰って呼んでたんだよね私。きみが、彰が私の幼馴染なんだね」


「あ、ああ。そうだよ」


「幼馴染がいるって素敵。でもイケメンじゃないのは残念」


 緋奈は首を傾げ肩をすくめた。


「今、私がつけてた日記を読んでるの。彰って名前がよく出てきて仲良かったんだなあって感慨深くなってたところ」


 記憶喪失になっていても緋奈はいつもと変わらない緋奈だ。僕は額に手を当て少しだけ安堵した。


「何? 泣きそうになってない?」


「んなわけないよ」


 僕は苦笑する。


「でね、日記には最近、彰と喧嘩しかけたって書いてるの。何で喧嘩に発展しそうになったの?」


 またストレスを与えてしまうかもしれない。でも、正直に話さないではぐらかすのもストレスだ。僕は正直に述べることにした。


「緋奈にAIを使うのをやめてもらおうとしたんだよ」


 これでまた喧嘩になったらどうしようと冷や冷やして、僕は鼻頭を掻く。

「なるほど」


 緋奈は細かく頷いた。腕を組んでうーんと唸る。


「どうしたんだ?」


「いやね、『彰に私を否定された』って書いてたから何事かと思ってたんだけど、AIを否定したのであって、AIを使う私を否定したわけじゃないよね。この時の私、よっぽど感情的になってたのかな」


 ……。僕は何も言えなかった。緋奈にそんな風に思われていたとは。予想以上に緋奈を傷つけていたようだ。


「木嶋先輩。記憶喪失にでもなったんですか……?」


 一年生が僕と緋奈の話を聞いていたのか、緋奈に不安そうに問いかける。


「あー、うん。喪失っていうか障害っていうか」


 緋奈は頬をポリポリと掻く。


「部誌作ること忘れてませんか……?」


「大丈夫! 覚えてるよ。年明けに発行するんだよね確か。って私が決めたのに聞いてどうする」


 緋奈は軽く自分の頭を小突く。


 なんか、あざとい……というか緋奈ってこんな明るかったっけな? いや、無理して明るく振舞っているような……。


「緋奈。無理してないか……?」 


 僕は膝の上で手を組んで緋奈に聞いてみた。


「うん。まあ、ちょっとだけ。やっぱり分かるんだね。流石、幼馴染」


 緋奈は髪の毛を指でいじる。胸の内を吐露してくれたのが、僕は嬉しいようで照れくさくなった。


「部誌に書く小説のプロットでも書くかー」


 僕は努めて明るく話題を方向転換させる。


「そうだね、私も今日はそうしようかな」


 僕と緋奈はノートを取り出し、小説の構想を練る。それに感化されたのか、一年生ふたりもノートを広げる。そういえば、二葉が来ないな。どうしたんだろう。

 三十分ほど経っただろうか。緋奈がソファに背を預けうなだれる。


「だめだー、思いつかない。記憶障害のせいかな?」


 僕は緋奈のノートをチラリと見る。何も書かれていない。白紙だ。


「AIにアイデア練ってもらおうかな。あ、ごめん彰、こういうのがいけないんだよね」


 緋奈は両手を合わせて、申し訳なさそうに僕を見る。


「いや、補助的に使うのなら問題無いと思うが」


「あれ? 優しいね」


 緋奈は目をしばたたかせる。無理やり使うなと抑え込もうとするから駄目なんだ。ストレスになるんだ。僕はそう考えて、全否定を避けた。


「彰はどんな感じ? 見せてよ」


「……パクるなよ」


 僕は緋奈にノートを手渡す。


「おー、ザ・ライトノベルって感じだね。未来から来た謎の少女と平和を守る……ありきたりじゃない?」


「いいんだよ。楽しく書けることが大事だろ」


「まあそれはそうだね。良いこと言うじゃん。楽しく書けることかー……」


 緋奈は両手を後頭部に回し天井を見つめる。  


 突然、部室のドアが開く。


「ごめんなさい、遅くなっちゃった」


「あ。湊二葉ちゃんだよね? って、どうしたのその汚れ?」


 僕は二葉を見る。二葉は顔と服に土を付けて、率直に言って汚れていた。


「ちょっと掃除してて」


 アンドロイドと戦ってきたんだろうなと思った。


「掃除はうまく終わったのか?」


 僕は遠まわしに、やっつけたのか聞く。


「未達成。またチャレンジする」


 え。決着しなかったってことか? それってまずいんじゃ……。僕はスマートフォンを手に取り、チャットアプリで二葉にメッセージを送る。


『未達成って、逃げたってことか?』


『先生が来たから。今回のアンドロイドは周囲に気を配るタイプだったので一時休戦になった』



「二葉ちゃん、ちょっとこっちきて」


 緋奈と二葉は部室の外に出て行った。


 部室はしんとする。一年生が話しかけてきた。


「工藤先輩、ちょっと見て欲しいんですが……」


「お、うん。見せて」


 僕はノートを受け取る。ボーイミーツガールものでプロットからは可もなく不可もなくといった印象だ。


「いいね。良く練れてる。面白そうだな」


 わが校の文芸部はガチ思考というよりは楽しく活動しようという代々の方針というか雰囲気があるので、僕は批判せず、気持ちを乗せる方に舵を切って意見する。

 緋奈と二葉が戻ってきた。


 二葉の汚れが落ちている。ああ、汚れを落としに行っていたんだなと僕は二葉をまじまじと見る。目が合ったので軽く喉を鳴らし目を逸らす。緋奈がいたずらっぽく笑う。


「何々、彰、二葉ちゃんが綺麗で照れちゃった? でも確かに二葉ちゃん綺麗なんだから汚れたままでいるのはよくないよ~」


「ありがとうございます。緋奈様」


「え? 何その喋り方?」


「あ、いや、ありがとう。緋奈」


 時刻は五時半になった。


「もうこんな時間。帰ろっか」


 僕は緋奈と二葉と帰路に着いた。


 アンドロイドが襲ってくるかもと身構えていたが、そんなことはなく無事帰宅した。

 二葉は今日も僕の家に泊まる。夕食とお風呂を済ませて寝る体勢に入る。僕はベッド、二葉は窓の近くで直立。二葉に話しかける。


「思ったんだが、いつまでも僕ん家にいれるわけじゃないだろ。親と喧嘩したなんて理由じゃ、家出できるのは頑張って一ヶ月ってところじゃないか? どうするんだそれから」


「家の外で見張ってるよ」


 ……。僕は何ともいえない苦慮した気分になった。


「何か新しい理由を考えなきゃな」


「ありがとう」


 僕は二葉の方を見る。二葉の目元が微かに笑っているようにみえた。


「なあ、緋奈は記憶障害治るのかな」


「ストレスの原因を取り除くのが良いようだけど」


「そっか。もうAIを使うのやめろなんて言えないな……」


「次の手としては、彰くんが緋奈と付き合うって方法だね」


「……マジで言ってんの」


「だって好きでしょ緋奈のこと」


「好きだが、恋愛的にとなると、どうだろう……?」


「緋奈が死んだら悲しいでしょ?」


「ああ、それはそうだな」


「危険な目に遭わせたくないよね?」


「ああ」


「一緒にいたい?」


「……ああ」


「じゃあ恋愛的に好きってことでしょ」


「いや、いやいや」


「じゃあもう一案、緋奈を救う方法がある」


「ん、何だ」


 僕は体を起こす。


「河瀬鉄矢を緋奈と出会わないようにするって方法」


「えっと、確かロボット学会の講演会で出会うんだよな。二十二歳の時に」


「そう。ただ、日記に書いてあった内容によると、彰くんとは違う大学に緋奈は入学するから、逐一動向を確認するのは難しいと思う。いつの間に河瀬と出会ってたなんてこと、十分にあり得る」


「じゃあどうすればいいんだ」


 二葉は人差し指を顔の横でぴょこんと立てる。


「刑務所にぶちこむの」


「え? 河瀬は犯罪者なのか?」


「自分の奥さんを平気で殺すような人格よ。既に問題行動を起こしていても不思議じゃないわ」


「なるほど。じゃあまず河瀬を見つけないとな。……どうやって見つけるんだ」


「それは私に任せておいて」


「危ないことはするなよ」


「うん。やっぱり優しいね。ありがとう。じゃあ平行して緋奈と付き合うのも視野に入れて行動していてね」


「……まあ、善処する」


 僕は緋奈が好きなのか。色々と緋奈とのこれまでの思い出を脳内で振り返ってみる。


 出会いは幼稚園だ。理由は忘れたが、緋奈が僕に飛び蹴りしてきて、親の謝罪を経て親同士が顔見知りになり子どもの僕たちも仲良くなった。

 小学生の時は皆が雪合戦をしている中、ませた子どもだった僕はひとり教室内で本を読んでいて、それに気づいた緋奈に外へと引っ張り出されて、雪合戦に混ざったっけ。それはそれで楽しかった。


 中学は最初の方こそ一緒に遊んでいたが、徐々に遊ばなくなり、中三の頃には雑談も一切しなくなった。


 高校でお互い文芸部に入部してからだ。またよく言葉を交わすようになったのは。


「何にやけているの」


「え?」


 二葉に指摘され、頬に手を当てる。表情筋は確かに持ち上がっていた。図らずも気分が高揚していたのか。


「気のせいだ。寝る、おやすみ」


 僕は二葉に背を向けるように横を向き、目を閉じる。



 分かった。僕は緋奈が好きだ。

 




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