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運命遡行  作者: ラララ
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6週目

六度目の歯車の軋み。臍の奥底で繰り返される鈍い衝撃。しかし、今回はこれまでとは違った。衝撃とともに、紫色のオーラが漂う塔窗の内部の光景――暗い室内で、長いローブをまとった人物のシルエットが、巨大な水晶玉に向かって立ち尽くしている断片的なイメージが、エイジの意識に焼き付いたまま、目覚めが訪れた。


エイジはベッドの上で静かに目を開けた。もはや、この目覚めには慣れっこになっている。しかし、今回は体の芯に、これまでとは異なる寒気が走っていた。五度目の死は、物理的な破壊ではなく、時間と空間そのものを弄ぶ未知の力による直接的な干渉だった。その感覚は、単なる死よりも深い、存在そのものを否定されるような恐怖を残していた。


「六ループ目……」


彼は呟きながら、すぐに頭の中で情報を整理し始めた。もはやメモを取る必要はない。五度の死が彼の脳裏に刻んだ情報は、十分に鮮明だ。

・黒幕は王城の塔にいる。

・その声は「時の齟齬」と呼び、エイジを「邪魔者」として認識している。

・「儀式」が進行中で、魔物襲撃はその一部。

・「監視者」の衛兵は、おそらく黒幕に操られている。


窓の外から、パン屋の主人の声が聞こえてくる。

「おーい、エイジ! 今日も元気がないな!」


エイジは窓辺に立ち、簡潔に返事をした。

「ああ! 今日は大事な用事がある! パンは夕方に受け取る!」


彼は身支度を整え、宿を出た。今回は、これまでとは全く異なるアプローチを取る。街中の情報収集や礼拝堂への訪問は後回しだ。まずは、王城の塔に関する基礎情報を集めることから始めなければならない。


王都アーケディアの中心に聳え立つ王城。一般市民が簡単に近づける場所ではない。しかし、城下町には王城に関わる者たち――衛兵、使用人、食材を納める商人などが数多く住んでいる。彼らから、塔に関する噂を聞き出すことは可能かもしれない。


エイジはまず、城壁近くの市場へと向かった。ここでは、王城に食材を納める商人たちが立ち寄る酒場がある。彼はかつて日雇いの荷役としてここで働いたことがあり、顔見知りの商人がいるはずだ。


酒場「がんばれ驢馬」には、早朝から何人かの商人が集まっていた。エイジはかつての雇い主である食料品商のオットーを見つけ、声をかけた。

「オットーさん、久しぶりです」

「おお、エイジか! 元気にしてたか? 王都での仕事は見つかったか?」

「まだなんとか……。実は、ちょっと聞きたいことがあるんです。王城のあの高い塔のことなんですが、あれは何に使われているんですか?」


オットーの表情が曇った。

「ん? どうして塔のことを?」

「ええと……友人が塔に興味を持っていて」エイジは適当な嘘をついた。

「ふーん……あの塔か。あれは“星見の塔”って呼ばれてるな。昔は天文台として使われていたらしいが、今はほとんど使われていないはずだ。でもな、ここ数ヶ月は、妙な噂がある」

「妙な噂?」

「ああ。夜中に不気味な光が灯ってるとか、衛兵の配置が異常に増えたとか……。俺が城に納品する時も、塔の近くには絶対近づくんじゃねえって言われるんだ。何か重要なものが保管されているんだろうな」


「星見の塔」――それはエイジが五度目の死で目にした塔に違いない。そして「不気味な光」は、まさに紫のオーラを指しているようだ。


次に、エイジは城壁の門番に話を聞いてみた。かつて荷役として一緒に働いたことがある老兵だ。彼はこっそりと教えてくれた。

「塔か? あそこには、王国の顧問魔術師様がお一人で使っておられる。サリエル様というお方だ。だがな、あの方、ここ数年はほとんど外に出られない。重い病に臥せっているという噂だ」

「病?」

「ああ。でもな、変な話だ……病なら、僧侶や医者が出入りするはずだが、あの塔に出入りするのは、ごく限られた側近だけだ。しかも、みんな口が堅い」


顧問魔術師サリエル――それが黒幕の名前か? しかし「病」というのは表向きの口実なのか、それとも何かの比喻なのか。


こうして集めた情報を頭の中で整理する。塔は「星見の塔」。そこにいるのは「顧問魔術師サリエル」。表向きは病床にあるが、実際には何らかの「儀式」を行っている。そして、その儀式の一環として魔物襲撃が起こっている。


エイジは胸元の「時の歯車の護符」に触れた。護符は微かに温かい。これから向かうべき方向を示しているように感じる。次なる目的地は、やはり「忘却の礼拝堂」だ。クロノス老婆にこれらの情報を伝え、助言を乞わなければならない。


路地裏を抜け、空間の歪みを感知する。六度目ともなると、この感覚はほとんど本能的なものになっている。迷うことなく礼拝堂にたどり着き、扉を開けた。


中では、クロノス老婆が待ち構えていた。彼女の表情はこれまで以上に深刻だ。

「……六度目の“輪廻”。あなたの魂には、深い傷と、そして確かなる決意が刻まれていますね。前回の“死”は、尋常ではなかった」


「クロノスさん。ついに、黒幕の居場所がわかりました」

エイジは息せき切って報告した。

「王城の“星見の塔”。そこにいるのは、顧問魔術師サリエルという人物です。表向きは病床にあるようですが、実際にはあの“儀式”を執り行っているのです」


クロノスの目が大きく見開かれた。

「サリエル……! まさか、あの方が……!」

「あなたはご存知ですか?」

「ええ……サリエルは、王国随一の魔術師であり、“時の魔術”の研究で名を馳せた方です。しかし、数年前から表舞台から姿を消し、病に倒れたとの噂でしたが……」


「“時の魔術”……?」

「ええ。時間の流れを観測し、あるいは干渉する……禁忌の領域に足を踏み入れた方です。もしサリエルが“儀式”の主催者であるなら、この事態は想像以上に深刻です」


「つまり、あの方は僕の“刻の輪廻”を最初から感知していたかもしれない?」

「非常に可能性が高いでしょう。そして、あなたを“儀式”の邪魔な“齟齬”として排除しようとしている」


エイジは深く息を吸った。

「では、このループを終わらせるためには、サリエルを止めるしかない」

「しかし、それはあまりにも危険です。サリエルは強大な魔術師です。正面から挑んでは、一瞬で消し飛ばされてしまうでしょう」

「では、どうすれば? このままループを繰り返すだけですか?」


クロノスはしばらく沈黙し、思索に耽った。

“儀式”……おそらくそれは、時間そのものを操作するほどの大規模なものなのでしょう。そして、それを支えているのが、街中で行われている魔物襲撃などの“小規模な事象”です。もし、あなたが“儀式”そのものを直接止められないなら、その“支え”を崩すという方法もあります」


「“支え”を崩す?」

「ええ。例えば、魔物を操る“従魔の呪具”を破壊する。あるいは、“監視者”を無力化する。それらが“儀式”の重要な一部であれば、全体に影響を与えられるかもしれません」


エイジは考え込んだ。確かに、塔に直接挑むのは自殺行為だ。ならば、まずは外周から攻略するのが賢明だろう。

「では……今回の目標は、“監視者”の衛兵を無力化することです。彼を倒せば、少なくともサリエルの目を一時的に曇らせることができるかもしれません」


「それが良いでしょう。ただし、“監視者”もまた、サリエルの力によって強化されている可能性があります。油断は禁物です」


エイジはクロノスから護符の力を最大限に活かす方法について細かい指示を受け、礼拝堂を後にした。今回は、これまでとは違う戦い方をする。これまでは観察と回避が中心だったが、今回は積極的な「介入」を試みる。


彼はまず、武器を調達する必要がある。とはいえ、町中の武器屋で売っているような品では、強化された衛兵に太刀打ちできるはずがない。そこでエイジが向かったのは、冒険者ギルドの資材置き場だ。ここには、冒険者たちが没収した魔物の素材や、壊れた魔法の道具が山積みにされている。警備は比較的緩い。


彼はこっそりと資材置き場に侵入し、使えそうな品物を探した。そして、目についたのは、刃が欠けた短剣と、光沢を失った小さな水晶の破片だった。短剣はともかく、水晶の破片には微かに魔力が残っている。これが何かの役に立つかもしれない。


武器を調達した後、エイジは前回と同じく、貴族の別邸の屋上へと向かった。今回は、観察だけでなく、待ち伏せ攻撃を仕掛けるつもりだ。


時を待つ。護符が震え始める。襲撃の始まりだ。


やがて、魔物が出現し、衛兵たちが駆けつける。エイジは双眼鏡の代わりの紙筒で状況を確認する。「監視者」の衛兵が、やはり隊列の後方で水晶玉を操作している。


エイジは息を殺し、タイミングを計る。護符に集中し、周囲の「時の流れ」を感じ取ろうとする。クロノスが教えてくれたように、護符は「流れ」の変化を感知するアンテナの役割を果たす。


そして、ついにチャンスが訪れた。魔物の動きが一時的に乱れ、「監視者」の衛兵がそれに対応するために前方へ移動した瞬間だ。他の衛兵たちの注意も魔物に向いている。


「今だ……!」


エイジは屋上から飛び降り、細い路地を伝って「監視者」に背後から接近する。足音を殺し、呼吸を整える。護符が微かに震え、危険を警告しているが、彼はそれを無視する。


「監視者」まであと十メートル。五メートル――。


その時、「監視者」が振り向いた。鎧の隙間から見える目は、虚ろで、光を失っている。まさに操り人形のようだ。


「“齟齬”……排除せよ」


衛兵の口から、サリエルの声が直接響いてきた。衛兵は剣を抜き、エイジに向かって突進する。その動きは、通常の兵士よりもはるかに速く、不気味に滑らかだ。


エイジは咄嗟に短剣で応戦するが、力の差は明らかだ。一撃で短剣を弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


エイジは路地の壁に叩きつけられる。衛兵は迫る。その剣には、紫のオーラが纏わりついている。


(ダメか……?)


しかし、エイジは諦めなかった。ポケットから水晶の破片を取り出す。これに魔力を込められるかはわからないが、やるしかない。


護符に集中する。時間の流れを感じ取り、それをわずかに「歪め」ようとする。クロノスが言っていた。「刻を紡ぐ者」なら、ほんの一瞬であれば、時間を遅らせることも可能かもしれない、と。


「……遅れ……!」


エイジの必死の思いが通じたのか、衛兵の動きが一瞬、ほんのわずかに鈍った。その一瞬の隙に、エイジは水晶の破片を衛兵の鎧の隙間――首元に向かって投げつけた。


「はあっ!」


水晶の破片が鎧に命中する。すると、衛兵の体が激しく痙攣し始めた。首輪から火花が散り、衛兵の口からサリエルの声が怒りに歪んで響く。

「小賢しい……! この程度の……!」


衛兵は再び動き出すが、先ほどほどの滑らかさはない。エイジの攻撃が、多少なりとも効果を奏したようだ。


しかし、勝負はまだついていない。衛兵は剣を構え、エイジに止めを刺そうとする。


その時、異変が起こった。街全体を覆う不気味な静寂。時間が止まったかのような感覚。そして、エイジの眼前の空間が歪み始める。サリエルが直接介入してきたのだ。


「これで終わりだ、“齟齬”」


空間の歪みがエイジを飲み込もうとする。護符が熱く灼けつき、限界を迎えようとしている。


(くっ……まだ……!)


エイジは必死に抵抗する。その時、彼は気づいた。空間の歪みの中心が、以前とは違う位置にあることに。それは「監視者」の衛兵のすぐ背後だ。


(まさか……サリエルは、衛兵を媒体として直接力を発揮している? ならば……)


エイジは残る力を振り絞り、歪みの中心――衛兵めがけて突進した。護符を最大限に活性化させ、時間の流れを自分だけに集中させる。


「っしゃああっ!」


エイジの体が衛兵に衝突する。その瞬間、激しい閃光が走った。衛兵の首輪が砕け、鎧がバラバラに分解する。中からは、もはや人間の形を成さない、虚ろな人形のようなものが現れた。


「な……っ……!」


サリエルの声が怒りと驚きに歪む。空間の歪みが一瞬で収束する。


エイジは床に倒れ、息を切らす。どうやら、彼の捨て身の攻撃が「監視者」を破壊することに成功したらしい。


しかし、勝利はつかの間だった。衛兵を失った怒りからか、サリエルの力が直接、エイジの上に降り注ぐ。


「愚か者……! これで終いだ!」


塔の方向から、紫の閃光が一直線にエイジを襲う。もはや回避の余地はない。


(しまった……!)


閃光がエイジを包み込む。体が分解されるような感覚。六度目の死が訪れる。


しかし、今回はこれまでとは違った。死の瞬間、エイジの意識ははっきりと塔の内部へと引き寄せられていった。暗い室内。巨大な水晶玉。そして、水晶玉の前に立つ、長いローブをまとった人物――サリエルの姿が、これまで以上に鮮明に見えた。


そのサリエルの手元には、無数の光る糸で繋がれた、小さな人形がいくつも置かれている。それは、街で起こる様々な事件――魔物の襲撃、人々の行動、そしておそらくはエイジのループさえも――を操るための装置のように見えた。


(あれが……“儀式”の本体……?)


その発見が頭をよぎった瞬間、エイジの意識は完全に闇に落ちた。


歯車が噛み合う衝撃。七度目の朝へ。


エイジはベッドの上で目を覚ます。体は六度目の死の際の激しい消耗でガタガタだ。しかし、彼の目には新たな光が宿っていた。


「サリエル……お前の術はもうわかった」


彼は囁く。


「次こそ……あの塔に乗り込んで、人形の糸を断ち切ってみせる」


六度目の死は、敗北ではなく、勝利への確かな一歩だった。エイジの果てしない戦いは、いよいよ最終局面へと向かおうとしている。

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