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運命遡行  作者: ラララ
5/9

5週目

五度目の衝撃。臍の奥で軋む歯車。もはやそれは、単なる異常事態の合図ではなく、戦いの始まりを告げる鬨の太鼓のように感じられた。


エイジはベッドの上で目を開け、すぐに机の引き出しへと手を伸ばした。開ける。中は空っぽだった。前回のループで残したメモは、時間のリセットとともに消え去っている。しかし、彼の脳裏には、四度の死と探索によって得た情報が、鮮明に焼きついていた。


「五ループ目……」

彼の呟きには、もはやためらいはなかった。あるのは、確固たる目的意識だけだ。

「衛兵……あの男が鍵だ」


窓の外からは、パン屋の主人の声。

「おーい、エイジ! 今日も元気がないな!」


エイジは窓辺に立ち、大声で返事をした。

「ああ! 今日は忙しいかもしれない! パンは預かっておいて!」


そう言い残すと、彼は身支度を素早く整え、宿を飛び出した。今回は、礼拝堂へ直行しない。まずは、街中でより多くの情報を集め、あの「衛兵」の正体を探るための手がかりを得ることから始める。


街は、相変わらず不穏な空気に包まれている。しかし、四度のループを経たエイジの目には、以前とは違った景色が映っていた。人々の不安そうな表情、増強された衛兵の配置、それらがすべて、単なる魔物の脅威ではなく、何かしらの「人為的な計画」の緊張感から来ているように思えてならない。


彼はまず、人だかりのできる情報交換の場へと足を向けた。広場の片隅では、吟遊詩人が風刺の効いた歌を歌い、市民たちが冷笑を浴びせている。

「♪王様の騎士様はつよかた~、でも魔物さんにはお手上げ~、あちら立てればこちら立たず~、いったいどないすりゃええのじゃ~?」

「ははは! その通りだ!」

「やめろよ、衛兵に聞かれたらまずいぞ」

「何がまずい? これが現実だ!」


エイジはその会話に耳を傾けながら、衛兵たちの動向を観察した。彼らの表情は硬く、特に下級兵士たちの目には、困惑と焦りが見て取れる。上層部から不可解な命令が下されていることを示唆していた。


次に、彼は冒険者ギルドの近くへ向かった。ここには、魔物に関する生の情報が集まる。ギルドの掲示板には、西方国境での魔物討伐の依頼がずらりと並び、それを眺める傭兵や冒険者たちが談笑している。

「で、あの魔物の群れ、どうなった?」

「騎士団が本隊を送り込んだらしいが、手こずってるぞ。奴ら、どうも動きが不自然だって話だ」

「不自然?」

「ああ。まるで誰かに指揮されているみたいに、統制が取れてるんだ。普通の魔物じゃありえない動きさ」

「やはり、黒魔術師の仕業か?」

「だとしたら、かなりの実力者だな。あの規模の魔物を操るなんて……」


エイジの心臓が高鳴る。間違いない。「従魔の呪具」と、それを扱う何者かが存在する。そして、その魔物が王都に現れる理由は? 単なる破壊活動ではない。もっと特定の「目的」があるはずだ。


彼はさらに、街の図書庫へと足を運んだ。ここは、かつて学問を志した彼がよく訪れた場所だ。司書に「魔物操術」や「従魔の呪具」に関する資料はないかと尋ねてみた。司書は怪訝な顔をしたが、いくつかの古文書を紹介してくれた。それらを読みふけるエイジは、いくつかの重要な事実を知る。


「従魔の呪具」は、古代の魔術師が開発した禁断の技術であり、その使用には莫大な魔力と、しばしば生贄を必要とすること。また、呪具を通じて操られる魔物は、操り手の意志を強く反映し、時には通常ではありえない特殊な能力を発現させることもあると記されていた。


(あの紫の閃光……。もしや、あれは時間や空間に関わる力なのか?)


四度目の死の際に見た、あの不気味な光景を思い出す。魔物自体が、通常とは異なる力を宿していた。それは単に操られているだけではない可能性を示唆していた。


こうした情報収集に午前中の大半を費やした後、エイジはようやく東の商業地区へと向かった。胸元の「時の歯車の護符」は、礼拝堂に近づくにつれて、微かに温かさを増していく。それは、自分が正しい方向へ進んでいるという証のように感じられた。


路地裏に入り、空間の歪みを感知する。五度目ともなると、その感覚はより明確につかめるようになっている。彼は迷うことなく「忘却の礼拝堂」を見つけ出し、扉を開けた。


中では、クロノス老婆が、まるで彼の来訪を待ちわびていたように、すぐに振り向いた。

「……五度目の“輪廻”。あなたの魂の輝きは、前回よりもさらに強く、確かなものになっていますね」


「クロノスさん。前回は、重大な発見をしました」

エイジは息もつかずに報告を始めた。

「魔物を操っているのは、衛兵の一人です。彼は水晶玉のようなものを見て、魔物に指示を出していました。そして……私に気づきました。魔物を私に向けて襲わせたのです」


クロノスの表情が厳しくなる。

“流れ”があなたを“異物”として認識し始めたのです。あなたの行動が、“運命の歯車”に大きく干渉した証です。これは危険ですが、同時に、あなたが核心に近づいている証拠でもあります」


「あの衛兵は誰なのですか? なぜ私を狙うのでしょうか?」

「おそらく、彼は“監視者”なのでしょう。“儀式”の邪魔をする者、つまり“刻を紡ぐ者”を感知し、排除する役割を担っているのです」


「“儀式”……? この魔物襲撃は、“儀式”なのですか?」

「ええ。私はそう考えています」クロノスは深く頷いた。「この王都で、強大な力を発動させるための大規模な“儀式”。あの魔物の襲撃は、その“儀式”を成り立たせるための“触媒”か、“生贄”を集めるための口実に過ぎないのかもしれません」


エイジの背筋が凍りつく。もしそうなら、これは単なる陰謀などではなく、都市全体を巻き込む未曾有の災厄の始まりだ。

「そんな……それを止めなければ!」


「ですが、敵は強大です。少なくとも、王国の上層部に連なる者たちが関与しています。正面から戦っては勝ち目はありません」

クロノスはエイジをじっと見つめる。

“刻の輪廻”の真価は、まさにここで発揮されます。あなたは“失敗”を重ねることで、彼らの弱点、“儀式”の詳細を少しずつ明らかにしていけるのです」


「では……今回の目的は、あの“監視者”である衛兵の正体を、可能な限り特定することです」

「それが良いでしょう。ただし、前回以上に危険が伴います。あなたはすでに“標的”となっています。十分に警戒を」


エイジはクロノスからさらに詳しい指示を受け、礼拝堂を後にした。今回は、観察地点を変える。衛兵たちが集結する広場近くの、より危険だが視界の良い場所を選んだ。それは、閉鎖されたままの貴族の別邸の屋上だ。侵入するのに少し手間取ったが、なんとかたどり着く。


時を待つ。護符が微かに震え始める。襲撃の接近だ。


やがて、西側から騒動が起こる。魔物の出現だ。エイジは息を殺して見守る。衛兵たちが駆けつけ、魔物を取り囲む。彼は双眼鏡のように筒状に丸めた紙を使い(これは図書庫でこっそり拝借したもの)、遠くの情景を詳細に観察した。


(いる……!)


あの男だ。四度目のループで目にした衛兵。他の兵士たちよりも少し背が高く、鎧の左肩に鷲の紋章が刻まれている。彼は隊列の後方に位置し、他の兵士が魔物と“見せかけの戦闘”を繰り広げる中、手にした小さな水晶玉に集中している。口元が微かに動く。まさに指令を送っている様だ。


エイジはその男の特徴を脳裏に刻み込む。鷲の紋章。それは、王国の精鋭部隊、「王立騎士団」の下級士官を示す紋章ではないか? なぜ、そのような地位の者が、魔物を操るような任務に就いているのか?


そして、もう一つ気づくことがあった。その男の動きが、時折、非常にぎこちないのだ。まるで、鎧の中の体が自分のものではないかのように、不自然な間を置いて動く。それは、遠隔操作されている人形のようでもあった。


(まさか……あの衛兵自体も、誰かに操られているのか?)


これは新たな驚きだった。操っている側が、さらに別の存在に操られているという、二重、三重の陰謀の可能性。


エイジがその疑問に思いを巡らせていると、突然、あの「監視者」の衛兵が、ゆっくりと顔を上げ、エイジが潜む別邸の屋上を直視した。距離はかなりある。にもかかわらず、その視線は鋭く、確実にエイジを捉えている。


(また、見つかった……? どうやって?)


護符が熱く灼けつくように震えた。警告だ。エイジは慌てて身を引こうとしたが、その瞬間、異変が起こった。


魔物の咆哮が止み、街の喧騒が一瞬で静まり返った。まるで時間が止まったかのような、不気味な静寂が街を覆う。そして、エイジの耳元に、ささやくような声が直接響いてきた。それは、あの「監視者」の声ではなかった。もっと低く、威圧的で、冷たい声だ。


「“時の齟齬”よ……余計な干渉は、無粋というものだ」


声が響いた次の瞬間、エイジの眼前の空間が歪んだ。屋上の手すりが波打ち、空が渦を巻く。彼は激しい眩暈と吐き気に襲われた。これは物理的な攻撃ではない。時間や空間そのものを撹乱する力による、直接的な干渉だ!


「ぐっ……!」


エイジは床に倒れ込み、必死に意識を保とうとする。護符が灼熱のようになり、それがある種の防御障壁となって、干渉の一部を防いでいるように感じた。クロノスの言った「時の流れとの軋轢」が、これほどまでに具体的な形で現れるとは。


「お前の“繰り返す魂”は、“儀式”の邪魔だ。ここで消え去れ」


声が再び響く。空間の歪みがさらに強まり、エイジの体が引き裂かれそうな感覚に襲われる。このままでは、魔物に殺される前に、この未知の力によって消滅してしまう!


(くっ……死ぬなら……せめて……!)


エイジは最後の力を振り絞り、歪みの源――街の中枢にある王城の方向を見つめた。声の主は、そこにいるに違いない。


その時、彼は見た。王城の最上階の塔窗から、微かに紫のオーラが漂っているのを。それは、魔物が放った紫の閃光と同じ色だった。


(あそこ……!)


その発見が頭をよぎった瞬間、エイジの限界が来た。意識が途切れ、視界が暗転する。五度目の死。しかし、今回は魔物の爪でも、破壊の衝撃でもない。時間と空間を操る未知の敵による、直接的な「排除」だった。


歯車が噛み合う鈍い衝撃。しかし、今回はこれまでとは違った。衝撃とともに、一瞬だけ、あの紫のオーラが漂う塔窗の内部の情景――暗い室内で、長いローブをまとった人物のシルエットが、巨大な水晶玉に向かって立ち尽くしている光景が、断片的にエイジの脳裏に浮かんだ。


六度目の朝。エイジはベッドの上で目を覚ます。体は五度目の死の際の異様な感覚で痺れ、頭には新たな敵の姿が焼きついていた。


彼はゆっくりと拳を握りしめた。

「……ついに、黒幕が直接手を出してきたか」


これまでとは次元の違う敵。しかし、エイジは怯えなかった。むしろ、ようやく本当の標的が見えたという確信が、彼の内に強まっていた。


次のループでは、ただ生き延び、観察するだけではない。あの「塔」にいる声の主こそが、このループの「目的」を解く鍵だ。エイジの果てしない時間との戦いは、新たな、そしてより危険な局面を迎えようとしていた。

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