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家に溶ける  作者: 黑野羊
2)居心地
5/9

2−2



 片付けを済ませ、ちゃっかりアイスも食べた俺は、これで帰ることにした。

「明日休みだし、泊まってけばいいのに」

「あー、そうしたかったけど、やんなきゃいけないレポートのこと思い出してさぁ……」

 真田がレポートをやっているのを見た時、夏休み前までに提出しなければいけない課題があったのを思い出してしまったのだ。夏休みも近いし、今のうちに終わらせておかなければ。

「マジか。まぁでも、うちが居心地いいってんなら、今度はパソコンも持ってこいよ」

「もうマジでそうするわ。あと着替えだな」

「おう、いつでも来ていいからな」

 それじゃあ、と言って真田の部屋を後にする。

 真田があんな風に気軽に遊びに来いと言えるのも、部屋があれだけ広くて、一人くらい入り浸っていても窮屈に感じないからだろう。俺はため息をつきながら、一階に繋がる階段を降りた。

 ああ、まったくもって羨ましい。

 俺は通路の端から、一階の各部屋の扉をそれぞれ何気なく確認してみた。

 賃貸の場合、もし空き部屋であれば、玄関ドアにガスの開栓や電気の使用開始方法など、必要な案内のチラシの入った袋がぶら下がっているものである。

 しかし残念ながら、どの部屋にもそんなものはなく、どの部屋も玄関ドア近くのキッチンにあたる部分に嵌められたすりガラスが、柔らかい光を発していた。住人がそこで生活をしているという証拠である。

 通ってきた二階の各部屋もそうだったし、現在このアパートに空き部屋はないらしい。

 出入り口の階段に向かう途中、壁に掛けられた銀色の郵便受けが目に止まった。数は全部で八個。名前は出していなかったが、それぞれが使用されているのだろうと思うと妙に羨ましい。

 そのうちの一〇三号室と書かれた郵便受けは、何故かチラシや封筒が差し込み口から溢れるほどいっぱいになっていた。ズボラな人でも住んでいるのだろうか。

 ふと、真田の部屋のキッチンで見た、山積みの郵便物を思い出したが、そういうこともあるかと思い直し、出入り口の階段を降りていった。



 ◇ ◇



「おーい、きたぞう」

「よぉ、橋屋」

 俺は今日もまた、真田の部屋へやって来ていた。今日は着替えの入ったバッグとパソコンも持っている。

 真田の家を初めて訪れてから一ヶ月後。暑さも本格化しはじめ、梅雨明けも近くなった頃になると、俺はよく泊まりにいくようになっていた。

 ここは大学に近いし、バイトやサークルでの活動がない日や、翌日の講義が午後からの日なんかは、自宅アパートではなく、そそくさとこの部屋に帰っている。とはいえこの家でやることと言っても、課題やゲームくらいなものだが、自宅に帰るより、この家に行きたいと思ってしまうのだから、我ながら呆れたものだ。

「また急に来ちゃったけど、予定とか大丈夫なのか?」

 俺はこの部屋でほぼ自分の定位置となりつつある、ソファ横の押し入れの前に自分の荷物を置きながら尋ねる。しかし真田は勉強机の椅子に座ったまま、あっけらかんとした様子だ。

「え? ああ、特にないから問題ないよ」

「ふーん、そうか……」

 こちらとしてはいつでもこの部屋に入れるのでありがたいのだが、こんなにしょっちゅう来てるのを変に思ったりはしないんだろうか?

 でも確かに、真田は昔から妙に深い詮索はしないタイプだった。だからこそ付き合いやすいと人が集まっていたのだろう。

 なんとなく昔のことを思い出していると、真田があっ、と何か思いついたような顔をした。

「そうだ、模様替えしたいから手伝ってくんね?」

「ああ、いいぞ」

「ベッドの位置、ちょっと変えたくてさ」

「おう、どこに置きたいんだ?」

 俺は真田から模様替えの内容を聞き、動かすものの順番を確認する。

 この部屋は西日がよく入るせいか昼過ぎになるとかなり暑くなるらしく、窓際にあるベッドをもう少し内側に動かしたいらしい。そのためにはまず、置きたい場所に陣取っている本棚を先に移動する必要があった。

「じゃあこの本棚はこっちに置いとくとして……」

「ベッド移動した後にこの辺におく?」

「でもそれだと、日射しで本が焼けそうだしなぁ」

「あ、そうか。じゃあこっちかなぁ」

 真田の部屋にくるようになって、もう四回目くらいの模様替えだが、俺もこうして手伝うのが当たり前になっていた。

「なんかしょっちゅう模様替えしてないか?」

 本棚を抱えながら、俺は気になったことを口にする。

「うーん、なんかずっと家にいると、もっと良くしたいなぁって考えるようになっちゃってさぁ」

「そういうもんか?」

「インテリア雑誌とか見てるとさ、ああこういうのいいな、とか、このレイアウトもいいなぁって思っちゃって」

 移動させた本棚をよく見ると、確かに並んでいるのはインテリア雑誌の本ばかりのようだ。部屋を気に入りすぎて、今は部屋を整えるのが真田の趣味になのだろう。

 しかし、気持ちは分かる。

 こうしてしょっちゅう手伝うようになったからか、俺も部屋を整えるのが楽しいと思うようになっていたからだ。実際、自分のアパートの部屋も少し模様替えをしてしまったくらいである。

 それにこの部屋は本当に居心地がいいし、よりよく過ごせるように考えるのはきっと楽しいことだろう。

 本当、真田が羨ましい。

 最近では、このアパートに住みたい気持ちが高まりすぎて、空き部屋が出ないかと管理している不動産屋の物件情報サイトをチェックしているくらいだ。

 いつか俺も、このアパートの住人になれるだろうか。

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