7−1
真田が失踪して三ヶ月が経った。
世間はすっかりクリスマスと年末に向けて浮き足だっていて騒がしい。
俺のほうは相変わらず、授業に課題にバイトにと忙しく過ごし、その隙間の時間を使って、真田の部屋へ確認と掃除に行く日々である。
真田の両親も、さすがに限界を感じたのか、ついに捜索願いが出された。アパートの聞き込みや部屋の検分など、警察のほうもしっかり捜査はしてくれているものの、特に手がかりは得られていないらしく、真田に関する情報が見つかったという報告は来ていない。
「橋屋、今日もあのアパート行くのか?」
授業が終わり、帰り支度をしていると大迫が話しかけてきた。
「うん、今日はバイトもないし。大迫も来る?」
「あーいや、今日はサークルに顔出さなきゃでさぁ」
「そっか……」
同じ文学部の友人たちは、俺の状況を知っているので、交代で手伝ってくれている。しかし、みんなそれぞれの生活があるので、いつでも一緒に来てくれるわけではない。
「でも、なんかあったら、すぐ連絡するんだぞ! いいな?」
大迫が眉間に皺を寄せながら、念を押すように言う。
「うん、分かってる」
俺はコートを羽織り、マフラーを首に巻くと大学を後にした。
◇
以前なら、四限が終わってもまだ明るかった空がすっかりオレンジ色になっていて、もう薄暗くなっている。大通りから一本脇に入った住宅街も少しばかり様子が変わり、道路沿いに建つ一軒家は、クリスマスに向けた飾り付けやイルミネーションで、キラキラしていた。
賑やかな通りを歩いていると、建物と建物の間を縫うような小道が横に見えてくる。真っ直ぐ伸びる細い小道には、煌々と乳白色に光る街灯が等間隔に並んでおり、昼間は静かに陰っているそこを明るく照らしていた。
アパートの前まで来ると、灰白色の壁が街灯でぼんやりと輝いて見える。『よひら荘』の名前に相応しい、アパート前に咲いていた紫陽花は、冬らしく葉のない枝だけの姿で寂しそうに立ち並んでいた。
大きな出入り口の階段を上がり、二〇四号室の郵便受けを確認する。溜まっていた不要なチラシをまとめて取り出すと、二階に繋がる階段を上がった。
誰もいないと思って上がった二階通路まで来ると、見たことのない、少し大柄でラフな格好をした女性が立っている。アパートの住人は全員顔を見ているはずだが、こんな人は見たことがない。住人の誰かの知り合いだろうか?
女性がこちらに気付いたようだったので軽く会釈をし、気にせず二〇四号室のほうへ歩く。すると、ジッとこちらを見ていた女性が声をかけてきた。
「あら? あなた、真田さんじゃないわよね?」
思わず驚いて立ち止まり、振り返る。
大柄で五十代くらいに見えるその女性が、両手に腰を当てた姿勢で少し訝しむようにこちらを見ていた。
「え? ……あ、その。俺は真田の友人で」
しどろもどろになりながら俺がそう答えると、女性はあぁ、と手のひらに拳をポンと乗せて、何かに気付いたような声を上げる。
「もしかして、あなたがお掃除に来てくれてるひと?」
「ええと、あなたは?」
なんでこの人がそのことを知っているんだろう?
俺は状況が掴めず、そう尋ねることしか出来なかった。すると俺が困っているのに気付いたのか、女性は片手をヒラヒラと手招きするように振って笑う。
「ああ、ごめんなさい。私、大家の螺良といいます」
「お、大家さん……」
螺良という名前には聞き覚えがあった。アパート周辺について調べている時、もともと川だった小道沿いの、この辺り一体の土地の持ち主が確か『螺良』という人だったはず。
螺良さんはこのアパートの手前に建っている大きな戸建に住んでいるが、基本アパートの管理は不動産会社に任せているらしい。ただ、このアパート前に植っている紫陽花の世話などは螺良さんがしていて、今日は枯れ枝になった紫陽花の上に住人の洗濯物が落ちてたので、持ち主を探して回っていたのだそうだ。
ちょうど持ち主が見つかり(二〇一号室の人のものだったらしい)戻ろうとしたところ、見知らぬ俺が上がってきたので声を掛けたらしい。
「それにしても、真田くんはどこにいっちゃったのかしらねぇ」
大家さんということで、真田の現状についてももちろん知っているらしく、螺良さんはどこか困ったような笑顔を俺に向ける。
「大学生だとねぇ、たまに『自分探し』とかでいなくなって、しばらくしたら帰ってきた、なんてこともあるんだけど。流石に三ヶ月も経っちゃうとねぇ……」
螺良さんが、はぁ、と困ったようなため息をついた。なんだか以前にも体験したことがあるような口ぶりである。
俺は少し気になって聞いてみた。
「ここに住んでた人でも、そういうことがあったんですか?」
「あったわよぉ〜、大学に近いから学生さんもよく入るし。ちょっと前にもあったんだけど、あの時は何の連絡もなく長期間空き部屋にされちゃってねぇ。本当、困っちゃったわぁ」
「……それってもしかして、一〇三号室の人、ですか?」
「あら、知ってたの? そうよぉ。郵便受けは放置だし、ゴミや食料もそのままで居なくなったから、もうお掃除が大変でねぇ……」
螺良さんの話で、俺はいろんな情報が繋がっていくのを感じる。
不動産会社の人が言っていた『トラブル』というのは、これではないだろうか。連絡もなく長期間不在にし、部屋を汚損したのであれば、一〇四号室に住む汐見さんが見たという、不満を漏らしながら引っ越し作業をしていた元住人の家族の様子にも納得がいく。
「真田くんも突然いなくなったって聞いて、どうしよう?ってなってねぇ。ご両親が家賃は払うし、定期的な様子見とお掃除もお願いしてるのでっていうから、それならってことで契約はそのままなんだけど」
この部屋の賃貸契約自体は真田のご両親名義になっているため、相談の結果そういうことになっているようだ。
螺良さんの話で、真田の両親が熱心に俺に掃除を頼み込んできた理由がわかった気がする。
「ああ、だから掃除の人? って聞かれたんですね」
「うふふ、そうよ。じゃあ、よろしくね!」
螺良さんはニッコリ笑うと、ひらひらと手を振って階段を降りていった。