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家に溶ける  作者: 黑野羊
6)住 人
17/23

6−2

 ◇ ◇



 その後、よひら荘で一番話を聞きたい一〇四号室の住人とは全くタイミングが合わず、訪ねても留守のことが多かった。

「その部屋、本当に人が住んでんのか?」

 学食で川藤たちと昼食をとりながら、タイミングの合わなさを嘆いていると、そんなふうに言われてしまった。

「もー、そういう怖いこというのやめてよぅ」

 Aランチの味噌汁をすすりながら、杉堂が肩をすくめる。怖い話は元々そんなに得意じゃないのに、こうやって妙な現象の解明を手伝ってくれてるのだから良い奴だ。

「人が住んでなきゃ、咲野さんも挨拶なんてできないだろ」

「実は住んでるの、ユーレイだったりしてな」

 川藤が両手を垂らし、お化けのつもりか怖がる杉堂に迫っていた。しかし杉堂は、シッシッと面倒くさそうに手で払うだけである。

「そういえば、青い服の女の幽霊みたのも、アパートの近くって言ってたよね。最近は見てないの?」

「あぁ、そういえば見てないな」

 定期的によひら荘には行っているが、幽霊に会ったのはあの一度きりだ。その後、青い服の人影すら見ていない。

「アパート行ってるの、昼間なんだろ? 昼間だから出ないんじゃね?」

「……見たの、昼間だったけど」

 俺の言葉に川藤も杉堂も「えぇ……」と嫌そうに眉をひそめてみせた。

 ──そういえば、間違い配達もきてないな。

 青色で連想したのか、あの部屋によくきていた間違い配達のことを思い出す。自分が見かけた配達員は、みんな青色のジャンバーを着ていた。

 アパートに行く機会は増えたものの、今のところそのタイミングで間違い配達がきたことはない。

 ──食事をとるような時間帯にいないからかな。

 よひら荘に行くのは、たいてい隙間のような時間なので、食事時に被ることはないし、なるべく短時間で帰るので、それもあるのだろう。

「……どうかした?」

 急に黙り込んだ俺を、向かいに座る杉堂が心配そうに見ていた。

「あ、いや。……最近あのアパートによく行ってるけど、間違い配達こないなーって思ってさ」

 そう答えながら、俺はいつものきつねうどんをすする。

「なんかよく来るって言ってたな」

「うち、デリバリー系の間違いって来たことないや」

「オレもない」

「俺も自分ん家じゃ来たことないよ」

 似たような建物が多い場所ならありそうな話だが、真田の失踪をきっかけによひら荘の周辺を調べたものの、間違いそうな建物は正直言ってない。

「……ただ、俺が見たことある間違い配達の人、だいたい青いジャンバー着てたなぁって、女の幽霊の話で思い出してさ」

「えっ!」

 俺の言葉で杉堂が顔を、それこそ真っ青にしてしまった。

「やっぱその配達員も、ユーレイかもな」

「だからやめてってば!」

 川藤がまたふざけて両手を垂らすと、ムッとした杉堂がついに頭を叩く。

 騒ぐ二人を笑いながら見ていると、大迫がようやくやって来た。

「わりぃわりぃ、トンカツとコロッケで迷っちゃって」

 そう言いながら大迫が俺の隣の席に座る。トレイの上の大盛りのカレーには、コロッケが二つもついていた。

「……本当、よく食うよなぁ」

「オレはお前がそれで足りるほうが信じられないね」

 俺の呆れたような言い分に、大迫が俺の前にあるきつねうどんを指さして言う。

「で、なんの話してたの?」

 両手を合わせていただきますをした大迫が、カレーを食べながら聞いてきた。

「あのアパート、間違い配達がよくあったのに、最近は遭遇しないなぁって話」

「あぁ、なるほど」

「似た感じの建物も名前が似てるとこもないのに、なんであんなに間違い配達がきてたんだろうね、って」

 Aランチを食べ終わった杉堂が説明すると、口いっぱいにカレーを頬張る大迫がふんふんと頷く。

「オレはその配達員もお化けなんじゃねーの?って思ってるんだけど」

 川藤がまたふざけて両手を出そうとしたので、杉堂がキッと隣を睨みつけた。

「人間にしろ幽霊にしろ、橋屋は掃除したらすぐ帰ってるんだろ? やっぱそれなりの時間滞在してないと、遭遇はしづらいんじゃないか?」

「まぁ、たしかに。……でも、あんまり長時間はいたくないし」

 こんなことになる前、真田の家に入り浸っていた頃は、住みたいとまで思っていた部屋。居心地の良さは今も変わらず、気を抜けばつい腰を下ろして、長居してしまいそうになる。

 だからこそ、今は出来るだけ早く退散するようにしていた。

 あまり長くいたら、以前のように自分も痩せ細り、そのままあの家に溶けてしまいそうな気がして。

「──なぁ、今日もよひら荘にいくのか?」

 大迫が話を変えようとしたのか、カレーを口に運びながら尋ねてきた。

「あ、うん。午後は授業取ってないから、バイト前に掃除と聞き込み行こうと思って」

「ちょうどいいや、オレも午後空いてるから一緒に行くよ」

 まるで当たり前のように大迫がそう言って、カレーライスに乗せていたコロッケを頬張る。

 一人で行くよりは心強いのでありがたくはあるのだが、俺はこいつの下心を忘れてはいない。

「……目的は、掃除だからな?」

「もー、分かってるってぇ」

 果たしてその返答は本心なのか。

 真意は分からないけれど、その分しっかり手伝わせればいいか、と俺は残っていたうどんの麺を箸でつまんだ。



 ◇



 昼食を食べ終えた俺と大迫は、それぞれ別の授業に行くという川藤と杉堂に別れを告げ、よひら荘へ向かった。

 大学から大きな通りを二本ほど越えて歩き、さらに大通りから一本脇に入った住宅街の道路を歩く。

 この道を歩くのは、もう何度めになるのか。残暑が厳しく、そんなに遠くない距離なのに歩いているだけで汗が吹き出し、Tシャツが汗でベタついた。

 道なりに歩いていると、そのうち建物と建物の隙間のような、横に入る細い路地が見えてくる。これが例の、アパートに入る入口に面した小道。この時期は暑さのせいか、小道に落ちる色濃い影がとてつもなく涼しげに見えた。

 大迫と二人、汗を拭いつつ小道に入ったところ、俺はハッとして立ち止まる。隣を歩いていた大迫もつられて足を止めた。

 少し先に見える灰白色のアパートの前に、青いワンピースを着た女性が立っている。

「どうした?」

「……あ、あれ」

 俺が震えた声で言うと、女性と俺を交互に見た大迫が、ようやく何かに思い至った顔をした。

「え。あ、もしかして。あれが例の、青い服の幽霊?」

「うん……」

 大迫に聞かれ、俺は小さく頷く。

 間違いない。髪型も体型も、着ている服の鮮やかな青色も、アパート前ですれ違って消えたり、バス停に佇んでいたりした、あの時の女性と全く同じである。

「……昼間なのに、出るのか?」

 そう言いながら、大迫が女に近づこうとそろそろと歩き出した。

「ちょっと、大迫……!」

 慌てて大迫のTシャツを引っ張って引き留めていると、アパート前に佇んでいた女は、そのままゆっくりアパートの階段をあがり始める。

 しかしその動きは、どう見ても生きている人間にしか見えない。

「……なぁ、普通に住人なんじゃねぇか?」

「え。でも、あんな人見たことな……あっ!」

 各部屋に聞き込みをしたので住人は把握しているはず。しかし、見たことない住人が一人だけいたのを思い出した。

 何度尋ねても不在で、会えたことのない、一〇四号室の住人。

 俺と大迫は同時にそのことに気付き、二人してアパートに向かって駆け出した。

 そしてその勢いのまま、アパートの入口である階段を駆け上がる。青い服の女は、ちょうど階段を上がってすぐのところにある郵便受けの前に立っており『一〇四』と書かれた郵便受けを開けて、中身を取り出していた。

 もう間違いない。

「あ、あの! スミマセン!」

 息を切らせつつ話しかけると、青い服の女がゆっくりとこちらを見た。年齢は確かに上のようだが、どこか気怠げで唇も薄く、二十代にも三十代にも見える、不思議な顔立ちをしている。

「……なにか?」

 うっかり見惚れていると、女性の方から尋ねてきた。

「あ、えっと。一〇四号室の人、ですよね?」

「まぁ、そうですけど……」

 女性は開けっぱなしの郵便受けのほうをチラリと見てから、少し訝しそうに返答する。

「その……俺、二〇四号室に住んでる真田の友人で、橋屋と言います。こっちは友人の大迫。あの実は……」

「ああ、咲野ちゃんが言ってた人探ししてる二人組?」

 説明の途中で、女性は何かに思い出したような顔で声を上げた。

「えっ」

「一〇三号室の咲野ちゃんから、そういう二人組がアパートに住んでる人に『いなくなった人』について聞いて回ってるって教えてもらったのよ」

 確かに、一〇三号室に住んでいる咲野さんは、聞き込みを始めた時に一度訪ねていて、人探しの話はしている。どうやらその後、隣同士の二人で情報交換をしていたようだ。

「ここじゃなんだし、うちで話そうか? 麦茶くらいなら出すよ」

「……は、はい!」

 青い服の女に誘われるまま、俺と大迫は頷きあうと、一〇四号室へ向かった。

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