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家に溶ける  作者: 黑野羊
6)住 人
16/24

6−1

 真田がいなくなって二週間経つが、真田の両親はまだ捜索願を出していないかった。

「え、なんで?」

 学食で大迫に「警察って動いてるの?」と聞かれたので、そのことを話すと予想通り驚かれた。無理も無い。

「それが、一回だけ真田のスマホに繋がったんだって」

「マジか!」

 アパートの住人に聞き込みをするにあたり、捜索願がどうなったのか確認のために真田の両親に連絡したところ、嬉しそうな声でそう返されたのだ。

 ただ雑音の酷い場所にいるらしく、聞き取りづらくはあったが『ちょっと今忙しいから、また掛けるよ』と言ってすぐ切られてしまったらしい。

 どこにいるかも分からないが、真田はどこかで一応生きてはいるようだ。

「とはいえ、どこにいるのかはさっぱりだよなぁ」

「うん……」

「自宅には帰ってきてないんだろ?」

「何度か行ってみたけど、そういう形跡はないね」

 俺は家が近いこともあり、真田の両親から「ひょっこり帰ってきてないか、時々確認と掃除をしてほしい」と、室内に残されていた合鍵を預かっている。

 時間のある時に見に行ってはいるが、変わったことは今のところ何も無い。時々思い出したように家探しをしたり掃除をするので、そのせいで物の位置が少し変わるくらいだ。

 生きているなら、なぜ自宅に帰っていないのか。俺も話を聞いてすぐメッセージを送ったが、既読にはならなかった。

 捜索願が出されていない以上、警察は動いていない。このまま待っていても、手がかりが増えることはないのだろう。

「ひとまず、週末の聞き込みでなんか分かるといいんだけどな」

「そうだね」



 ◇ ◇



 週末の昼過ぎ、ちょうど予定の空いていた俺と大迫の二人で、よひら荘を訪れると、さっそく聞き込みを始めた。

 まず隣の部屋、二〇三号室を尋ねる。

「お休みのところすみません。隣の二〇四号室に住んでる真田の友人の、橋屋といいます」

「大迫です」

「……はぁ」

 玄関を開けてくれたのは、二十代後半の細浦(ほそうら)という男性だった。中肉中背で、このアパートに住んでいるわりに、ふつうに健康そうに見える。

 俺が二週間前に真田がいなくなったこと、その前後で何か変わったことはなかったかどうかを尋ねると、Tシャツにジャージを履いたラフな格好の細浦さんは、あくびをしつつ答えた。

「二週間前に変わったこと、ねぇ……」

 玄関先で立ったまま、細浦さんはしばらく腕を組んで考えてくれたものの、下がった眉はそのままで。

「あー、その頃は実家に帰省してたからなぁ」

「……そうなんですね」

 真田がいなくなってすぐ訪ねた時にいなかったのは、ちょうど帰省中だったからのようだ。

「えっとじゃあ、その前とかは……」

「うーん、特になかったと思うけどなぁ」

「変な物音とか、話し声とか、そういうのもですか?」

「そうだねぇ、ちょっとそこの共用通路が生ゴミ臭いなって思ったくらい、かな」

 細浦さんの言葉に俺は内心ドキッとする。

 生ゴミ臭かった理由は、真田の部屋がゴミまみれになっていたせいだからだ。

「実はこのアパート、壁が薄そうに見えるけど、案外防音しっかりしててね。隣の生活音とか、ほぼ聞こえないんだよ」

 そう言いながら、細浦さんが室内の壁をコンコンと叩いてみせる。

「だから申し訳ないけど、変わったことがあったとしても、きっと気付けないと思うなぁ」

「……そう、ですか」

 確かに、真田の部屋に入り浸っていた時、隣人の生活音が聞こえたことがなく、気にしたこともなかった。あれは防音がしっかりしてるからだったのだ。

「あ、あの。それじゃ、このアパートでトラブルを起こしたことのある人とか知りませんか? 一〇三号室に住んでたらしいんですけど」

 話が終わりそうな気配に慌てた大迫がそう尋ねると、細浦さんはやはりうーん、と考えてくれたものの、反応は芳しく無い。

「俺も越してきてまだ一年くらいだからなぁ。一〇三号室の人とは会ったこともないし、トラブルもちょっと分かんないねぇ」

「……そうでしたか。お休みのところ、ありがとうございました」

 俺と大迫が頭を下げると、それじゃ、と細浦さんは玄関を閉めてしまった。

 そのまま二階の残りの住人にも尋ねてみたが、どの人も細浦さんと同じような回答ばかり。

「収穫なし、だね……」

「まぁ防音バッチリじゃあ分かんねーよな、たしかに」

 俺と大迫は大きくため息をつく。しかし、ここでめげてもいられない。

 続いて一階の住人にも話を聞くことにした。

 まずは二〇四号室の真下に当たる、一〇四号室のインターホンを押す。しかし数回鳴らしても、誰かが出てくる気配はない。

「……あれ、留守かな」

「ちぇー、一番話を聞きたかったんだけどなぁ」

 真下の部屋であれば、上から何か物音を聞いたりしている可能性もあったのだが。

「仕方ないよ。休みの日に働いてる人かもしれないし」

 俺と大迫は、そのまますぐ隣の一〇三号室の前に立つ。

 郵便受けをいっぱいにしてしまった住人はもういないが、その後すぐ入居した人がいるという部屋。

 顔を見合わせて頷くと、緊張しつつも一〇三号室のインターホンを押した。

 二、三回押して反応がなく、こちらも留守かと思ったのだが、しばらくして玄関がゆっくり開く。

「……は、はい」

 小さく開けた玄関の隙間から顔を覗かせたのは、同年代くらいの女性。背の低い、おっとりした雰囲気の女の子だ。

「あ、えと。お休みのところすみません。このアパートの二〇四号室に住んでる真田の友人の、橋屋といいます。こっちは大迫」

 女の子が出てくるとは思わず、驚きつつそう言うと、少し警戒しつつも口を開く。

「そこの大学の法学部に通っている、咲野(さきの)といいます」

「ええ、マジで? オレらもそこの大学の文学部なんだぁ」

 可愛い女子大生ということもあって、途端に大迫が砕けて話しかけた。咲野さんが俺たちも同じ大学の学生ということで少し警戒を緩めたのに気付き、妙に距離を詰めようとする大迫の前に俺は手を出して制す。

「あの、何かご用ですか?」

「ええと、実はね……」

 俺は妙にテンションの上がった大迫を抑えつつ、咲野さんに二週間前に真田がいなくなったこと、その前後で何か変わったことはなかったかどうかを尋ねた。

「そうなんですね。でもごめんなさい、私実は先週ここに引っ越してきたばかりで……」

 咲野さんの話によれば、咲野さんはずっと遠方の自宅から片道二時間半も掛けて通学をしていたのだが、最近大学近くのここに空き部屋が出たので、ようやく引っ越してきたのだという。

 玄関の隙間からチラリと見えた室内には、まだ段ボールが積み上がっていた。本当につい最近引っ越してきたようである。

「でも、居なくなっちゃったなら、心配ですよね。私も同じ学部の人に、何か知ってる子がいないか聞いてみますね」

「そうしてもらえると、助かります」

 真田の交友関係はそれなりに広かった印象があるので、もしかしたら法学部にも真田を知ってる人がいるかもしれない。

 俺が話を切り上げようとすると、大迫が横から口を挟む。

「あのー、ついでになんですけどぉ……」

「はい、なんでしょう?」

「隣の一〇四号室の人って、いつぐらいなら家にいるかとか、分かります?」

 確かに分かるなら知りたいところではあるが、ぶっちゃけ過ぎじゃないだろうか。

「あー、どうですかね? 一度引っ越しのご挨拶はしたんですけど、いらっしゃる時間は不規則っぽい感じなので」

「ちなみに、どんな人?」

「大迫!」

 制する俺を押し除けるように、前のめりになって大迫が尋ねる。

「少し年上の、女の人でしたよ」

「そ、そうなんだ。あー、ありがとね」

「いえ、お役に立てなくてすみません。頑張ってください」

 咲野さんの部屋の後、一階の他の部屋も尋ねてみたが、やはり真田のことも一〇三号室の以前の住人のことも、何かしら知っているような人はいなかった。



「……たいした成果はなかったなぁ」

「そうだねぇ」

 聞き込みを終えた大迫と俺は、雑然としたままの二〇四号室に入り、ぼんやりと窓の外を眺める。昼過ぎには真っ青だった空も、今は少しオレンジ色を帯び始めていた。

「……真下の部屋の人は、一番話を聞きたかったんだけどなぁ」

「まぁ、一〇四号室の人は、掃除にくる時についでに尋ねてみるようにするよ」

 咲野さんの話では、不規則な生活をしているようなので、意識して時間をズラしてくるようにしなければ。

「あ。じゃあそん時はオレも呼んで!」

 妙にキラキラした顔で大迫が言う。

「……咲野さんに『住んでるのが年上の女の人』って聞いたからだろ」

「当たりぃ! いやー、だって気になるじゃーん」

 こういうところが無ければ、いいやつなんだけどなぁ、と俺は内心小さくボヤいた。とはいえ、知らない人を尋ねる聞き込みは、一人でやるより断然心強い。

「ちゃんと掃除も手伝えよな」

「分かってるって」

 念を押すように言うと、大迫は親指を立てながらニッコリ笑って答えた。

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