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家に溶ける  作者: 黑野羊
5)捜 索
15/24

5−3

 ◇



 俺たちは大学にある図書館に移動すると、ひとまず周辺地域で起きた事件について調べ始めた。それなりに古い大学なこともあり、この辺りの地域に関する歴史資料も多く、すぐにあのアパートが立つ前の資料も見つかった。

「あったあった、あの辺の地図だ」

 地図を見つけた杉堂の元に、俺を含む三人が集まって頭を寄せる。

 小道沿いに並ぶ四角の中に『よひら荘』と書かれた場所があった。

「で、これが少し前の地図。……お?」

 地図上の『よひら荘』と書かれた箇所の名前が違い『つぶら荘』と書かれている。

「へー、元は違う名前だったのか」

「なんか珍しい名前だな? なんでこんな名前?」

 四人で首を傾げていると、小道が大通りと接する位置にある四角の中にあまり見かけない『螺良』という文字を見かけた。

「なんて読むんだこれ」

「確か『つぶら』じゃなかった?」

「アパートとなんか関係あるのかな」

 そう言いながらさらに地図をめくると、すぐにその疑問は解消する。

 かつて小道だったあの場所は、小さな川だったらしく、その川沿いにあるアパートのあった部分を繋げて大きく書かれた四角の中に『螺良』と書かれていた。

「なるほど、あの辺の土地の持ち主か。だから『つぶら荘』ってわけね」

「リフォームついでに名前変えたりとかしたのかもね」

 これは意外な発見である。しかし、何か手掛かりになるかと言われると弱いのだが。

「てか、あの道、元々は川だったのか」

「……えーっと『よひらの小川』?」

 地図に書かれた名称に首を傾げていると、地図と同年代の古い地域新聞をめくっていた川藤が声を上げた。

「あ、あったぞ。『よひらの小川』の紹介記事」

 地図の横に地域新聞を広げ、該当の箇所を読んでみる。

 書かれていたのは、地域の名所を紹介するコーナーで、ちょうどその『よひらの小川』に咲く紫陽花が見頃だというものだった。写真はなかったが、毎年川沿いにたくさんの紫陽花が咲くことから『よひらの小川』と呼ばれていたらしい。

「紫陽花の名所だったんだなぁ」

「今もアパートの前に植えてあるけど、元はあっちが先だったんだね」

「だから『よひら荘』に変えたのかもな」

 新聞の記事によれば、かつてあのアパートのあった辺りの土地の持ち主である螺良さんが、趣味で育てていた紫陽花が大繁殖して名所として街の人たちに親しまれるようになったそうだ。

「──毎年、美しい青色の花を咲かせており、憂鬱な梅雨の時期に……」

「え、青い紫陽花?」

 俺はつい、記事を読み上げていた杉堂の声を遮って言葉を挟む。

「ん、どうかした?」

「……いや、俺が遊びに行ってた頃に咲いてた紫陽花は、赤紫だったから」

 今でもよく覚えている。赤紫色をした四枚花が、灰白色のアパートの足元にいくつも咲いていて、アパート名の『よひら』にふさわしいと思ったのだ。

「まぁ、紫陽花は土壌の性質で色変わるからな。アルカリ性だと赤くなって、酸性で青色になるんだったかな」

「たしか死体が埋まってると、青い紫陽花になるんだっけ?」

 地図を片付けながら杉堂がそう言うと、大迫が首を傾げる。

「あれ? それって赤じゃなかったか?」

「えっじゃあまさか真田が?」

 杉堂が真っ青な顔でそう言ったが、川藤が呆れたように頭を叩いた。

「いや、それじゃ時系列がおかしいだろが」

「あそっか」

 紫陽花の咲いていた時期は、真田がよひら荘に引っ越してきたばかりで、俺もよく遊びに行っていた頃である。真田は元気だったし、人が死んだなんて話も聞いていない。

「まー、コンクリとかつかって川を潰す工事とかやってただったろうし、その時に土の性質も変わったんじゃないか?」

「まぁそうだろうな」

「とりあえず、川だったなら水難事故とかもありそうだし、その辺も調べてみるか」

 それぞれ頷き合い、川だった頃に死亡事故などがなかったか古い新聞なども引き続き調べてみた。けれど特に事故らしい事故もなく、埋め立てられて小道になってからも、大型バイクが無理やり通ろうとして突っ込む単独事故があったぐらいだった。

 あのアパートに関わりそうな事件がないかと、俺はひたすら古い新聞を捲る。

「……そろそろ切り上げないか」

 夢中になって新聞を捲っていた俺の肩を、不意に大迫が叩いた。

「さすがに腹減ったよぉ」

「確かに、いい時間だしな」

 気付けばすっかり日は暮れていて、窓の外はもう暗くなり始めている。

「……あ。そ、そうだな」

 俺は夢中で見ていた新聞をたたむと、保管場所へ向かった。

 よひら荘は事故物件ではないし、アパートやその付近で誰かが死んだニュースも、噂すらない。むしろ近くの、今は大きなマンションが建っているあたりのほうが、事故や事件が多数あったようで、そちらに関する記事のほうが多かったくらいだ。

 新聞置き場から戻ると、すでに帰り支度を終えた大迫たちが待っていた。

「……よし、ファミレスでも行こうか」

 俺がそう言うと、腹ペコらしい大迫と川藤がぱぁっと嬉しそうな顔をする。

「ああ、いいな!」

「駅前のとこ?」

「この辺だとそこしかないだろ」

 言い合いながら先を歩く三人たちの後ろを、俺は少し遅れてついて行った。

 ホラー小説じゃないのだから、望んだ場所でそう簡単に事故や事件が起きたりはしない。

 きっとあのアパートは少し古いだけで、やはりなんの変哲も無い、ただのアパートなんだろう。

 もしかしたらこれは、そんなオカルティックなことじゃないのかもしれない。

 俺はそんなことを考えながら、小さく息を吐いた。



 ファミレスで課題のことなどを話しながら夕飯を食べていると、スマホが振動し始めた。

 着信表記は『寺町』と書かれている。

「あれ、寺町からだ」

「一緒に真田のこと探してる、経済学部のやつだっけ?」

「うん。ちょうどいいから、ちょっと今日のこと報告してくるわ」

 俺はそう言うと席を立ち、スマホを持ったままファミレスの外に出た。

 すっかり暗くなった空には、ちらほらと星が光っている。

「おぉ、寺町。どうした?」

《あ、橋屋くん。急にごめんね。そっちの状況はどうだったか、冨上くんが聞けってしつこくてさ……》

 なんだか申し訳なさそうに言う寺町の後ろから「しつこいってなんだよ!」と冨上が声を荒らげているのが聞こえた。どうやら一緒にいるらしい。

「こっちは全然だよ。そもそも学部が違うから、真田を知ってるやつのほうが少ないし……」

《それもそっかぁ》

「経済学部のほうはどうだったの?」

《こっちもさっぱり。あのアパートに引っ越してから、真田くんを避ける人が多かったからね》

 真田が『よひら荘』に引っ越す前までは、それなりに学部内に仲のいい友人がいたらしい。だがあのアパートに行くと気持ち悪くなる人たちが多かったようで、遊びに来ないかと誘われるのが嫌で真田を避けるようになったと聞いている。

《僕には全然普通に見えてたし、ちょっとやつれてるかな? くらいだったから、普通に課題も一緒にやってたんだけどねぇ》

「そっか……」

《橋屋くんは、文学部の聞き込み以外で何か調べたりした?》

「あぁ、実は……」

 俺は寺町に、いわゆるオカルト的な何かがあるのではと、文学部の友人たちとあのアパート自体について調べはじめ、今日調べて分かったことを一通り話した。

《へー。確かに特定の人だけ気持ち悪くなる、っていうのもおかしいもんねぇ》

 寺町は訝しむ様子もなく、ふんふんと興味深く俺の話に頷く。

「だから、そういう事故物件的な方面から調べてみたんだけど、何にも出なくって」

 川藤たちを巻き込んで分かったことは、あのアパートが絶対的に事故物件ではないことと、あの周辺では人死にの出るような事件や事故も起きていない、平和な場所だということだけである。

「ただやっぱり一〇三号室の人については気になるし、真田がいなくなった人のことも聞いてみたいから、今週末アパートで聞き込みをする予定」

《そっか。……あーあのさ、手がかりが何も見つかってない状態で申し訳ないんだけど。僕、しばらく真田くんを探すの、手伝えないかも》

「えっ、なんで!?」

 突然の話で、俺はつい大きな声を出してしまった。

《……その、ほら。真田くんと同じグループで課題やってたって話したでしょ? 実は、真田くんの担当分がまっさらでさぁ。教授に事情を説明したんだけど、グループ内で手分けしてやりなさいって言われちゃって》

 電話の向こうの寺町の声が、だんだんと沈んでいく。

「あー……なるほど」

《そういうわけだから、ちょっと橋屋くんの負担がすごくなっちゃって、申し訳ないんだけど……》

「いや、こっちは大丈夫だから、気にしないで」

 そもそも寺町や冨上が真田を探していたのは、課題やバイトで迷惑を被っていたからだ。経済学部の課題がどういうものなのかは分からないが、課題ともなると成績にも影響が出てくるだろうし、真田の捜索をしている場合ではないだろう。

 ひたすら謝り続ける寺町を宥めて、俺は電話を切った。

「……ほんと、どこに行ったんだか」

 よく遊びに行っていた頃の真田を思い浮かべる。

 何か思い詰めたり、悩んだりしている様子なんて一つもなかった。

 むしろ、あの部屋を整える、新しい趣味を見つけて楽しんでいるようにも見えた。

 あの家が好きで好きで、好きすぎて。満足するような部屋にしてしまったから、出られなくなっていたのだろうか。

 最後に真田に会った日に見た、部屋の中をまるで渦を巻く迷路にするかのように不可思議に並べられた家具のことを思い出していた。

 あれではまるで、自ら望んで部屋から出られないようにしていたようにも思える。

 果たして真田は、本当にあの部屋から出ていったのだろうか。

 真田がベッドの上で、ぼんやりと零した言葉を思い出す。

「……お前、本当にあの家に溶けちまったんじゃないか?」

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