4−3
「……とりあえず、ゴミをまとめようか」
「そう、だな……」
深くため息を吐いた冨上の言葉に、俺は頷きながら床にゆっくりと膝をつく。それから、そのままミニテーブルの上に置かれたビニール袋に手を伸ばし、そのクチを縛った。
「寺町ー、でっけぇゴミ袋とかないかぁ?」
ベッド周辺に散らばるチラシや、ゴミをかき集め始めた俺の後ろで、冨上がキッチンの方に向かって呼びかけている。
俺は最後に会った時に、真田が言っていた言葉を思い出していた。
『このままこの家に、溶けちゃうんじゃないかなって』
そんなバカなことがあるか。
しかし、現に真田はいなくなってしまった。
床に転がっていた小さな素焼きの置き物を拾い上げながら、俺はよく遊びに来ていた時の真田のことを思い出す。
この素焼きの置物も、インテリア雑誌で見かけてオシャレだったから、と買っていたものだ。毎日綺麗に掃除して、雑誌に載っていそうなくらいに整えられていたあの部屋の面影は、もうどこにもない。雑誌も洋服も、過ごしやすさと部屋の雰囲気をあんなに考えて配置していたのに。
しんみりとそこまで思い出した俺は、あれ、と気付いて辺りを改めて見回した。
そういえば、あの綺麗な青いブルゾンを見ていない。
よろよろと立ち上がった俺は、改めて室内を見てまわる。開けっぱなしの押し入れ、雑多に洋服の掛けられたハンガーラック。しかしそのどこにも、あの綺麗な青色は見当たらなかった。
あんなに秋になるのを楽しみにして、どんなに部屋を模様替えしても必ず目立つところに飾っていたのに。
「どうかしたか?」
急に立ち上がってウロウロし始めた俺に、冨上が不思議そうな顔をする。
「その、真田が着るのを楽しみにしてた、青いブルゾンがなくなってて……」
「青いブルゾン?」
「うん。引っ越してすぐくらいに、一目惚れしたんだって言って、これみよがしにいつも飾ってたんだ。それが、無くなってる……」
俺の言葉に、冨上も室内を探し始めた。探しつつ、迷路の壁になっている家具類を動かし、中扉からすぐにキッチンへ移動できるようにしている。
そちらは冨上に任せて、俺は押し入れの中やベッドの下に溜まっていたゴミを掻き出しつつ覗き込み、青色のブルゾンがないかと探した。
「真田くん、本当にいないの?」
冨上が家具を移動したお陰でようやくリビングに入ってこれた寺町が、大きなゴミ袋を差し出しながらそう訊いてくる。
「ご覧の通り、もぬけの殻だよ」
俺はベッドの上に残されたタオルケットを指差した。人型に膨らんでいたタオルケットは、本当に、何かの抜け殻のようにしか見えない。
「……真田くん、そんなに動けるような感じだったの?」
「いや、最後に見た時は、郵便物みるものしんどそうだったけど……」
しかしこれはあくまで主観だ。あんな状態ではあったけれど、本人はすこぶる元気だと言っていたので、本当のところはもうよく分からない。
俺は寺町と一緒にベッド周辺のゴミを集めてゴミ袋に入れていく。
「うーん、ブルゾンらしいものは、見当たらないなぁ」
一人で家具を一通り移動し、リビングの風通しをよくした冨上が呟くように言った。
「ブルゾン?」
「なんか真田のお気に入りの服だったらしいぞ」
冨上が寺町に青いブルゾンの説明をしながら頭を掻く。俺はそれを背中で聞きながら、部屋の隅に置かれていたハンガーラックに掛けられた服を一つずつ確認していた。しかしやはり、ここにも青いブルゾンはないようだ。
「あ、そうだ。真田くんのスマホってあった?」
肩を落としていると、寺町が俺と冨上にそう訊ねる。
「そういえば、スマホも見てないな」
最後に会った日、俺は床に放り投げられていたスマホを、差し入れの入ったビニール袋と一緒にミニテーブルの上に確かに置いた。俺が帰宅した時にメッセージが届いたから、一度は使っているはず。
「今、真田くんのお母さんが電話かけてるんだけど、全然繋がらないみたいで」
真田の不在を両親に伝えに行った寺町によると、キッチンのゴミを懸命に外に出していたご両親が、さすがに怒ってすぐに電話をかけたらしい。しかし、何度かけても出ることはなく留守番電話になってしまい、二人は深刻な顔でどうしようかと話し始めていたとか。
「スマホがないなら、持ってるんだろうけど……」
「靴とか財布、あと家の鍵なんかは?」
「あ。家の鍵なら、いつも玄関の近くの壁にかけてたはずだけど……」
家によく泊まりに来ていた時のことを思い出しながら俺がそう言うと、寺町がああ、と声をあげる。
「フックが四つくらいあったとこ?」
「そう、そこ」
「鍵みたいなのはかかってなかったよ」
「そっか……」
「あとは財布か。どこに置いてたか……はこれじゃ分かんねぇよな」
冨上がそう言って、荒れ果てたリビングを振り返った。
渦を巻くような妙な配置だったのを、冨上があれこれ動かしたせいか、余計に荒れ果てている。
「財布は分からないけど、玄関にはサンダルみたいなのが一つあっただけだったよ」
「さすがにサンダルだけで生活はしてねぇだろうしな」
「うん……」
靴なら普段から白いスニーカーを愛用していたはず。それが見当たらず、家の鍵もないとなると、真田は自ら外へ出ていった可能性が高い。
「そうなると、出掛けたってことなんだろうけど……」
「でも、どこに?」
寺町に心配そうに訊かれ、俺は視線を逸らすことしか出来なかった。
薄いカーテンの向こう、外はまだ日も高く、カンカンに照りつけている。
この妙に居心地のいい部屋が大好きで、家の中に引きこもってばかりいたはずの真田は、何かの理由で自ら外に出たのだ。
暑さはまだまだ厳しいけれど、お気に入りだからとあの青いブルゾンを羽織って。
「……ったく、どこ行ったんだ」
冨上が吐き捨てるように言う。
俺はなんとなく、もう真田には会えないんだろうな、と、ぼんやりとそんなふうに考えていた。