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家に溶ける  作者: 黑野羊
1)新 居
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1−1

「オレ、このままこの家に、溶けちゃうんじゃないかなって」

 ゴミやチラシが散乱し、すっかり荒れ果てた室内にあるベッドの上で、真田(さなだ)裕和(ひろかず)がぼんやりと天井を見つめながら言った。

 自分より背も体格も大きくて、健康的だった身体は見る影もなく痩せ細り、目の周りも落ち窪んで真っ黒である。ベッドに横たわっている真田は、もう人間はない何かになっている気がした。

「……なに、言ってんの」

「でも、それもいいかなぁって」

 そう言った真田の、どこか恍惚とした表情が妙に頭にこびりついている。



 姿を見たのはこれが最後で、この二日後、真田は失踪した。



 ◇ ◇ ◇



「最近さぁ、変なアパートに引っ越したんだよね」

 梅雨のわりに過ごしやすい日が続いていた、六月の頭。

 大学の学食で昼食をとっていると、久々に会った高校時代のクラスメイト・真田がそんなことを言い出した。

「変なアパート? なに『事故物件』とか?」

 俺、橋屋(はしや)京助(きょうすけ)は向かいに座る真田にチラリと視線を向けてから、学食で一番好きなメニューであるきつねうどんをズルズルとすする。

 真田は高校の時に同じクラスだったヤツだが、たまたま同じ大学に進学したものの、学部もサークルも全く違うので、時折こうして学食で会ったら話をする程度の仲だ。俺も真田も実家を出ており、大学近くのアパートで一人暮らしをしているが、真田はなかなかのオンボロ物件に住んでいた記憶がある。

「んー『事故物件』とかでは、ないんだけどさぁ……」

 真田はどこか楽しそうに、その『変なアパート』について話し始めた。



 住んでたあのオンボロアパート、老朽化で急に建て直しが決まっちゃってさ。んで、早々に引っ越してくれって突然言われたのよ。

 まぁそうなってもおかしくないアパートだったからな。そこは仕方ない。

 すぐ紹介された不動産屋に行って、大学近辺で手頃な物件ないかなーっていくつか見せてもらってたんだけど、そのうちの一つにちょうど大学に行く途中にある、狭い小道沿いのアパートを紹介されたのね。

 お前知らない? ワイマートからちょっと大学寄りに行ったとこにある、ほっそい路地。あそこ通っていくと、結構近道なんだぜ。

 アパートとかマンションの、ちょうど隙間みたいになってる感じの道で、両サイドがマンションの壁とかフェンスになっててさ。裏口ドアが面してるとこもあったかな。

 でも紹介してもらった位置にあった建物って、アパートの壁だったはずなんだよね。いつも入り口どこなんだろうなーって思いながら通ってたから、覚えてたんだ。

 でも地図を見た感じ、反対側は別の建物があるっぽいし、マジで入り口どこなんだろうって感じで、気になっちゃってさぁ。

 一応、そこも含めていくつか内見させてもらって、最後にその小道沿いのアパートに行ったのよ。

 どこから入るんだろうなーって思いながら、不動産屋が「こちらです〜」って歩いていくのに付いていったら、小道のほうに進むのよ!

 いやいや、そこ壁しかなかったはずだけど!? って思いながら歩いていったら、マジでビビった。

 入り口があったんだよ! それも小道側のほうに!

 オレにはずっと壁にしか見えてなかったとこに、幅の広い階段と、その横に倉庫みたいな駐輪場があったんだよ!



「──で、ビックリしながら内見したら、値段の割に綺麗でさぁ。広さもあるし、大学も前より近くなるしってことで、今そこに住んでんだ」

 真田は指を二本立て、ピースサインしながら笑ってみせた。

「……なんだそれ」

 俺はきつねうどんのお揚げと麺を一緒に咀嚼しながら、真田の言っていたワイマートに思いを馳せる。大学近辺では激安スーパーとして有名な店で、金欠の時はかなりお世話になっている場所だ。そこから大学寄りになると駅にも比較的近くなるし、立地としてはかなり良い。

「話聞く感じだと、場所もかなり良さそうだな。家賃、結構高いんじゃねぇの?」

「そう思うだろぉ? ところがどっこい! オレが元々住んでたあのオンボロアパートより、三千円高いだけだったんだよねぇ」

 真田はそれはもう自慢げな顔で言った。

「え、マジで!?」

 大学に入ってすぐ、互いの部屋の家賃を言い合った記憶があるが、真田が元々住んでたオンボロアパートは、俺の住んでるアパートより一万以上は安かったはず。それより三千円高いだけとなると、俺のアパートよりまだ全然安いじゃないか。

「……お前が知らないだけで、実は事故物件だったりしないか?」

 いくらなんでも怪しすぎる。俺が訝しげに言うが、真田は全く意に介さない。

「いやいや、今は告知義務もあるから、それはないって」

「でも、やべぇ不動産屋かもしれないじゃん?」

 俺はそう言って箸を置くと、ちょうどレポート作業のために持ち歩いていたノートパソコンをリュックの中から取り出した。それからパソコンを開いてブラウザを起動すると、事故物件を調べられるサイトにアクセスする。

 大学の住所を入力し、表示された地図を睨むように見つめた。

「えーっと、大学近くの小道っていうと、この辺……?」

 俺が何をしているのかに気付いた真田が、すぐ隣の席に移動してきて、一緒にパソコンの画面を覗き込む。

「えっとな……。そうそう、この道だよ」

 真田の指差した道は、地図で見てもわかるほど、本当にそこは人が通れるのかと思うくらい細い。

「んでここが、住んでるアパート」

 戸建てやアパート、マンションがいくつも建つ隙間のような道の、大きい道から入って二つ目にある建物を真田が指差した。

「……えーっと『よひら荘』?」

「そ。『よひら』ってのは、紫陽花の別名らしい」

「へー」

 今見ている事故物件紹介サイトでは、表示されている建物が事故物件だった場合、赤いピンが表示されるようになっている。そしてそのピンをクリックすると、どんな死亡事故や事件があったのかが分かる仕組みだ。

 しかし、真田の指した『よひら荘』にはなにも付いていない。むしろ、そこから少し離れたところにある、大きなマンションにピンがいくつも刺さっていて、寧ろそちらのほうが気になった。

「うーん、やっぱり事故物件じゃない、のか?」

「ほーらなぁ」

 どこか自慢げに真田が胸を張る。自分の家より立地もよくて、家賃の安いアパートなんて羨ましい以外の何ものでもない。

「建物自体は古いんだけどな。でも部屋はリフォームされてるからめっちゃ綺麗だぞ。よかったら橋屋も遊びにこいよ」

「ふーん。そんなに言うなら行ってみるかな」

 妙に楽しそうに言う真田に、そんなにいい物件なら俺も引っ越したいもんだな、と思いながら返答した。


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