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ソフィー・テーミス爆モテする【ヴィクター視点】

 被害者である先生自身の仲裁によって、加害者の生徒たちは厳罰を免れた。彼らは本校を自主退学し、新しい学校が決まるまで実家で謹慎するそうだ。


 当事者ながらただ1人。本校に留まることになった先生は、少々面倒な事態になっていた。


「お願いします、ヴィクター殿下! 昼休みに行われた華麗な逆転劇の記録を、我ら新聞部にお貸しください! それと先日行われた被害者と加害者家族への合同説明会の詳細もぜひ!」

「ダメだ。テーミス嬢について面白半分に書き立てることは許さない」


 全校生徒の半数が目撃した『ソフィー・テーミス冤罪事件』は当然ながら学園中の関心を集めた。


 単なる痴情のもつれとしてではなく、先生の弁論を目撃した者たちが


『テーミス嬢の反証は全く見事だった!』

『まるで本物の裁判のようで、思わず手に汗握りましたわ!』


 など大興奮で話すので、現場を見なかった者たちも詳細を知りたがった。


 先生のもとにも、あの逆転劇を見てファンになった生徒たちが殺到しているが、私のもとにもこうして記録を寄越せと新聞部の生徒が付きまとっている。


 あの時。記録係からすぐさま文書を回収したのは、先生に届けるためだけではない。こうやって事件を面白がった生徒たちが、回し読みするのを防ぐためだった。


 懸念どおり。興味を持った新聞部の男子は


「面白半分なんて! 我々はあの事件を醜聞だとは全く思っていません! 僕も噂を聞きつけて途中から拝聴していましたが、テーミス嬢の弁論は本物の弁護士さながらの素晴らしいものでした!」


 興奮に頬を上気させ、眼鏡の奥の目をキラキラさせながら


「僕だけじゃない! テーミス嬢の華麗な反証を目撃した者たちは皆、彼女のファンになってしまったんです! 新聞部としては、ぜひ彼女をこの学園のニューヒロインとして取り上げたいんですよ!」


 先生の優雅かつ的確な弁論は老若男女問わず魅了し、前世は『法廷の貴公子』とまで呼ばれていた。


 先生の弁論は本当に見事だから、文章にして何度でも読み返したくなる気持ちは分かる。私だって本当は先生の言動を全て記録したい。


 ただ先生自身は


『事件の裏には必ず人の不幸と触れるべきでない秘密がある。自分の功績として得意げに広めるものではないよ』


 と前世でも事件の取材は断っていらした。だから私も事件の記録を不必要に読み返すことはしないし、他の者にもさせてはならないと


「野次馬根性だろうがファン心理だろうが、テーミス嬢について勝手に書き立てることは許さない。彼女にも絶対に取材などするな」


 ところが厳しく注意したその日の放課後。


「彼女を、取材するなと、言ったはずだ」


 懲りない新聞部が直接、先生に交渉するのを見て首根っこを掴むも


「うぉぉ! 僕は権力になど屈しないぞ! 報道は自由だ~!」


 イラつく私とは対照的に、こういう無邪気な馬鹿が嫌いではない先生は仏の笑みで


「ヴィクター殿下。ご親切には感謝しますが、暴力はいけません。その方を放してあげてください」

「ですが」

「悪意で近づいて来たわけではないようです。話せば、きっと分かっていただけます」


 それから先生は新聞部に、丁寧に自分の意向を説明した。


「あの必死の反論を活躍と受け取っていただけるのはありがたいのですが、形の無い噂と違って記事は長く残ります。そうすれば、ただでさえ気まずい想いをしているバニティ様たちやご家族を、さらに長く苦しめてしまうでしょう。加害者と言っても未遂で済んだのですから、あまり大事にしないであげてください」


 先生の願いに、新聞部は目を丸くして


「なんと。自分を嵌めようとした加害者たちを心配していらっしゃるんですか?」

「詳細は明かせませんが、あの事件については私にも非があるのです。それにバニティ様とアムルーズさんからは、心からの謝罪をいただいています。悪戯に噂を広めて、彼らの更生を邪魔したくありません」


 前世の先生は無実の依頼人を冤罪から救う他、大学で非常勤の講師をされていた。


『私くらいの齢になると、自分が成功するより若い人たちが真っすぐに育って行くのを見るのが嬉しいんだよ』


 転生した後も、そのお気持ちは変わらないのだろう。だからバニティのような男でも弁護した。歪みの原因があるなら、そこを正せば今度こそ真っすぐに伸びていけるはずだと信じて。


 そんな先生の姿勢に、新聞部はペンでメモしながら


「自分を嵌めようとした者たちの更生を願うとは。賢いだけでなく実に慈悲深い。ふむふむ、『テーミス嬢は女神の如き女性』と」


 先生が神仏の如く尊いのは全くその通りだが、にわか信者が気安く賛美しないで欲しい。


 新聞部の評価に、先生も苦笑しつつ


「とにかくあの事件については、あまり広めて欲しくないのです。あなたの記者としての情熱に水を差したくないのですが、お願いできますか?」


 事件を広めないように約束を取り付けようとすると


「ではテーミス嬢自身について記事にするのは!? どうやったら、そんなに聡明で寛大なお心を持てるのです!? 普段はどんな本を読んでいらっしゃるのですか!? 好きな作家は!? 影響を受けた作品は!?」

「おい。いい加減にしないか」


 根掘り葉掘り尋ねる新聞部を止めようとするも、先生はおっとり微笑んで


「いいじゃありませんか、殿下。事件について広められるのは困りますが、私について書かれるくらいなら構いません」


 新聞部の取材が済んだ後。私は校内の人気の無い場所で


「先生はサービスが良すぎです。好きな色や食べ物どころか異性の好みまで教えるなんて。また変な男が寄って来たら、どうするんですか?」


 新聞部の男子は取材対象としての興味だったが、あの事件から


『ああ、素敵だ。ソフィー・テーミス嬢』

『優雅で聡明で同い年とは思えない余裕とオーラがあって、まるで知恵の女神のようだ』


 先生を女性として崇拝する男子が急増した。


 先生は前世からモテた。だが非力な女性の身で男に好かれたら、どんな危険があるか分からない。


 それなのに先生は楽しげな笑みで


「君はそう言うが、あんなに熱心に活動している者を無下にするのは可哀想じゃないか。他人の醜聞を広めるのは感心しないが、他愛の無い取材になら協力してあげたいよ」


 姿は若い女性でも中身は前世と同じ。


 これから芽を伸ばし花開こうとする者たちが好きで、平等に慈しみ手を差し伸べる。そういう温かい方だから、私も慕わしくて仕方ない。


 だけど


「……先生の好みや好物は私だけが知っていたいのに」


 こっちは少しも先生の情報や愛情を、他の者たちと共有したくないのだと思わず零すと


「ふふ。君がそう言うと思って、本当の好みは隠したじゃないか」

「本当の好み? 嘘を吐いたんですか?」


 目を丸くする私に先生は


「私が本当に影響を受けた作家や作品は、この世界に存在しないし、好きな色や食べ物についてはソフィーの好みを答えた」


 確かに先生の人格形成期に読んだだろう本は明らかにこの世界には無い。私自身も絢子だった時と今では、好きな色や興味や食の好みも変わっている。


 先生はさらに


「今の私が好きな色や食べ物は前世のまま。特にいちばんの好物は、君が作ってくれるおにぎりとみそ汁だよ。人が知ったところで真似できない」


 悪戯っぽく微笑みながら私を見上げて


「それに異性の好みも。彼には優しくて思慮深い男性が好みだと当たり障りなく答えたが、本当の好みは君だ。誰も君にはなれないのだから、嫉妬する必要など無いだろう?」


 小首を傾げて笑う姿に心臓が跳ねる。私は熱くなった顔を逸らしながら


「先生はズルいです……そうやって、いつも一方的に私の心をかき乱して……夢中にさせて……」


 絢子だった時も先生が好きで堪らなかった。でも当時の先生は33も年上の里親という立場から、私に対して、決して越えてはならない一線を引いていた。


 だからどんなに先生が好きでも、異性としての触れ合いを求めれば嫌われてしまうと、衝動を抑えられた。


 しかし同い年の女性に生まれ変わった先生は、私の積年の想いを受け入れて結婚の約束をしてくれた。今すぐは触れ合えずとも、こうして言葉や素振りで特別の好意を示してくれる。


 私はそれが堪らなく嬉しいけど、自分も元は男だったのだから、今の私が嬉しいだけでは済まないことを分かって欲しい。


 ……いや、人間の心理に精通され、男女どちらも経験している先生が無自覚なはずないか。だとすれば先生は、わざと私を弄んでおられるのだ。


 悔しい反面。前世は決してしてくれなかった甘やかな戯れが嬉しくて


「取りあえず」

「取りあえず?」


 首を傾げて続きを促す先生に


「……結婚したら、また毎日、私の料理を食べてください」

「嬉しい。楽しみにしているよ」


 いつもの大人びた表情と違い、素直な少女の顔で笑う先生に、また心臓が高く跳ねた。

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