地獄の合同説明会・後編
緊張の話し合いが終わると
「ソフィー」
遠慮がちに声をかけて来た両親に、私は姿勢を正して
「お父様、お母様。先ほどは申し訳ありませんでした。私のためにしてくださったことなのに、まるで大罪を犯したかのように非難してしまって」
前世を思い出した結果。より多くの経験と知識を持つほう、つまり私を軸として2つの人格は統合された。
けれどソフィーの記憶と経験は、私の中に確かに生きている。ゆえに今世の私を育ててくれた両親に対しても、恩義と愛着があった。
そんな大切な両親を非難してしまったことを深く詫びると
「いや、お前の言うとおり。初めてバニティ卿に婚約を持ちかけた時、本当は胸が痛んでいた。過去の恩のせいで彼が断われないのを知りながら、不利な婚約を強要してしまったと」
父に続いて、母も晴れやかな表情で
「でも私たちは相手が何も言わないのをいいことに自分たちが強いた理不尽を忘れて、ルーサー君だけを責めてしまった。あなたが止めてくれて良かったわ」
目下の人間からの手痛い指摘を、素直に受け止められる者は少ない。しかし私の両親は、その稀な人徳を備えているらしい。
両親を誇らしく思うと同時に、理解を得られた嬉しさから
「ありがとうございます、お父様、お母様。ソフィーの無礼を寛容に受け止めてくださって。尊敬できる両親でいてくださって」
2人の手を取って感謝を告げると
「いや、それよりもソフィー。いつの間にそんな話せる子に?」
「本当に。前は家族にもオドオドしていたのに、今日はすごく堂々として。まるで私たちよりも年上みたいよ」
戸惑い顔の両親に、私は「ふふ」とまた無い髭を撫でながら
「私ももう3年生ですから。親元を離れて世間に揉まれたことで、少しは鍛えられたのでしょう」
「その発言がなんかもう……」
「おじさんを通り越して、おじいさんみたい……」
やや呆気に取られながら両親が去った後。
私を送ってくれるというヴィクター君と、寮に戻る道すがら。
「そ、ソフィー。いや、テーミス嬢。さっきはなんで僕を庇ってくれたんだ?」
バニティ君に呼び止められた私は、足を止めて振り返ると
「ご両親にお話ししたとおりです。私はこの婚約の歪みを知りながら、正すことをしませんでした。自分の非を棚に上げて、あなただけを不幸にしたのでは、いささか胸が痛みます」
控えめに微笑んだのも束の間、「ただし」と彼に歩み寄って
「君の女性への振る舞いは褒められたものではない。愛してもいない私に淫らな戯れを求めたのも、愛を誓ったはずのアムルーズ君を裏切ったのも」
バニティ君のネクタイを掴んで軽く引き寄せると
「その獣欲と不誠実は、ご両親のせいではなく君自身の罪だ。改めなさい。いいね?」
微笑みながら威圧すると、バニティ君は「は、はいぃぃ……」と半べそをかいた。
悪癖はなかなか治らないものだが、後は彼自身の問題だ。ネクタイを放して歩み出すも
「ソフィー。じゃなくてテーミス嬢」
バニティ君の呼び止めに振り返ると、彼はくしゃっと顔を歪めて
「助けてくれて、ありがとう……。酷いことをしてゴメンなさい……」
前に彼が謝罪したのは自分の罪を減じるためだった。しかし今は心から私にすまないと思っている。
私は彼の素直な謝罪に、ふっと顔を和ませると
「君の心からの謝罪が聞けて嬉しいよ。さよなら、バニティ君」
ところで先ほどの会話は、全てヴィクター君の前で行われた。
前世から焼きもち焼きの彼が、バニティ君とのやり取りを見過ごすはずがなく
「バニティはあなたに何をしようとしたんですか?」
真っすぐ寮に戻るはずが、ヴィクター君は私を女子寮の裏手で尋問した。
バニティ君がソフィーに求めた淫らな戯れの内容が気になっているようだが
「心配しなくても何も無かった。ソフィーがちゃんと拒んだからね」
「具体的な接触が無くても、男があなたに言い寄るだけで不快です」
怖い顔をするヴィクター君。彼は前世から私に近づく者は、老若男女どころか犬猫まで許さなかった。
ある時なんか自分が拾って来た捨て猫が、私に懐いたのが気に入らなくて
『絢子君。チビの姿が見えないが、どこに行ったのかね?』
『チビはいい人にもらってもらいましたから、先生が気にしなくて大丈夫です』
学校やご近所を尋ね歩いて、もらい手を見つけて来たっけ。
それが恋情だと知ってからは気を持たせないように、迂闊に宥めることもできなかったが
「じゃあ、今後は君が護ってくれたまえ。私も君以外の男に触れられたくはないからね」
今世の私たちは将来を誓い合った仲だ。今の関係ならいくらでも「特別なのは君だけだ」と伝えて、安心させてやれる。
言外に「私に触れていいのは君だけだ」と言われたヴィクター君は
「また調子のいいことを言って、誤魔化そうとしているでしょう?」
否定的な言葉とは裏腹に、恥ずかしそうに頬を染めた。
甘い言葉が嬉しいのだろう。可愛くて、もっと言ってあげたくなり
「誤魔化しじゃなくて本気だよ? 今世の私が愛するのは君だけだ」
私は人好きの話好きなので、若い頃は大いに女性と付き合った。
しかし絢子君を引き取ってからは、彼女の幼い恋情を無意識に察していたのだろう。絢子君を悲しませたくなくて、自然と恋愛はしなくなった。
その絢子君が今はヴィクター君として私の隣にいる。彼は私にとって最も特別で、決して裏切れない人。ゆえに今世の私が愛するのも触れ合うのもヴィクター君だけだ。
その告白に、ヴィクター君は俯くと
「だったら」
「だったら?」
「……そのうち私はたくさんねだりますから、覚悟してください」
「ねだるって何を?」
主語の無い言葉の意味が分からず素で問い返すと、ヴィクター君は少し疚しそうに目を逸らしながら
「……バニティがあなたにしようとしたこと」
ようやく彼の要求が分かった私は、くすぐったさに「ふふっ」と笑って
「姿だけじゃなく中身もすっかり男になったようだね?」
「不快ですか?」
「いや? 愛ある触れ合いなら構わない。君が男でも女でもね」
彼の頬に手を伸ばしたくなる衝動を今は堪える。いつか誰の目も気にせず触れ合える日が、少しでも早く来るように密かに願った。