地獄の合同説明会・前編【視点混合】
【ルーサー視点】
ソフィーを嵌めて婚約破棄する計画が失敗した後。当然ながら事情を知った先生たちに呼び出されて
「浮気だけならまだしも自分は無傷で別れるために、なんの非も無いテーミス嬢に無実の罪を負わせようなんて許されないことだ。この件は、ご両親にも報告させてもらう」
学園は被害者のソフィーと加害者である僕たちの両親を呼んで、合同説明会を開くと言う。そこで処罰の決定も行うようだ。
どれだけ重い罰をくだされるだろう? 合同説明会は次の休日に行われる。僕はその日が来るのを、寮の自室に引きこもって震えながら待った。
合同説明会当日。生徒たちのいない休日の校舎で、恐怖の話し合いが行われる。
保護者を呼ぶ時、通常は応接室を使う。しかし今回は人数が多いので会議室に呼ばれた。
会議室に向かう途中の廊下。僕は前を歩くソフィーを見かけて
「そ、ソフィー」
「両親にあまり僕を悪く言わないでくれ」とダメもとで頼もうとした。
ところが彼女を引き留めようと伸ばした手を、ソフィーの隣を歩いていた男子生徒がガッと掴む。
彼女に気を取られるあまり目に入っていなかったその男は
「ひぃっ!? ヴィクター殿下!? どうして、ここに!?」
ヴィクター殿下は僕を冷たく見下ろすと
「事件の発生から終わりまでを見届けた証人として同席することになった」
「それより」と僕の手首を掴む力を強めて
「テーミス嬢を馴れ馴れしく名前で呼ぶな。もうお前の婚約者じゃない」
なんかこの方、僕に殺意が無いか!?
彼女に触れたら腕をへし折るとばかりにギリギリと握られて「ああああ……」と悶絶していると
「ヴィクター殿下。誰が相手でも暴力はいけません。彼をお放しください」
ソフィーはやんわり止めてくれたが
「まぁ、でも呼び名については殿下のおっしゃるとおりです。私たちはもう他人なのですから、これからは相応の距離を取りましょう?」
顔だけはニッコリと他人だと強調された。ダメだ。当然だけど、ものすごく怒っている。
そもそも僕の言動は全て記録されている上、一部始終を目撃したヴィクター殿下という証人までいる。
被害者であるソフィーが厳罰を求めれば、加害者家族は応じざるを得ない。
内々の話で済めばいいが、公的な裁きを受ければ前科がつく。身内から犯罪者が出るなんて恥だ。両親に縁を切られるかもしれない。
『なんてことをしたんだ、ルーサー!』
『バニティ家の面汚しめ!』
『お前なんてもう家族じゃない! 我が家から出て行け!』
父上の激しい叱責を想像して、早くも死にそうな気持ちになる。
なんの本だったか。人間の予想は良くも悪くも当たらないと書いてあった。
でも悪事がバレて親が呼ばれた。ここまで来れば、いい結果なんて望めるはずもなく
「ほ、本当に我々の子どもたちが、テーミス卿のご令嬢を無実の罪で陥れようと?」
「ま、まさかそんな恐ろしいことをするはずが無いわよね? あなたも誰かに騙されていたんじゃないの? ルーサー」
父上と母上に気まずい想いをさせたくない。だが僕じゃないと否定すれば、あの日のようにリーベに罪を着せることになる。
それを見越してか
「バニティ様。真実をお話しくださいね」
ソフィーが口元だけの微笑で冷たく釘を刺す。
僕はつい言い逃れしたくなる衝動に逆らって
「ぼ、僕が全て計画しました……。アムルーズ嬢は僕にせがまれて、仕方なく協力しただけです……」
僕はもう助からない。それならせめてリーベだけでも少しは罪が軽くなればと、震えながら口にした。
リーベが意外そうに「ルーサー様」と僕を見る。少しは怒りが解けたのだろうかと気が緩んだ矢先。
「ああ、なんてこと! 我が子がこんな罪を犯すなんて!」
「どうかお許しください、テーミス卿!」
嘆き悲しむ母上をよそに、父上は必死に謝罪したが
「不出来な子を持ったことについては、同じ親として同情します。しかし浮気だけならともかく、無実の罪で娘を陥れようとしたと聞いて許せるはずがないでしょう!」
テーミス伯爵に続いてテーミス伯爵夫人も
「夫の言うとおりです。もしご子息の計画が成功していたら、ソフィーは無実の罪で退学に追い込まれていたでしょう。それだけじゃなく周囲の信頼まで失うところでした」
普段は温厚なテーミス夫妻が、今は目に激しい怒りを燃やして
「ソフィーは繊細な子ですから、心を病むか下手すると命を断っていたかもしれません! ご子息はそれだけ恐ろしいことをしたのですよ!? 親として、どう責任を取るおつもりですか!?」
貴族は、特に僕のような若輩と違って、大人は決して人前で声を荒げない。感情的な姿を見せれば自分だけじゃなく、家の品位まで落としてしまうから。
それが今は激情を露わにしている。けれど、それはテーミス伯爵夫妻に品位や忍耐が無いからではない。本来なら怒るはずのない人を、これだけ激させる暴挙を僕がしてしまったからだ。
それを証明するように、テーミス伯爵夫妻の責めを止める者は誰もいなかった。
父上も神妙に怒りを受け止めて
「お怒りはご尤もです。ご息女自身の機転で無実が証明されたとは言え、息子の悪事はタダで許されることではありません。必要とあれば親子の縁を切り、身一つで追い出します。ですから、どうか事件を公にすることだけは……」
ああ、今日まで繰り返し想像したとおり。父上は僕を切り捨てて、この件を終わりにするようだ。
明らかに僕が悪い。庇う余地など無い。
それが分かっていても、実の両親に出来損ないとして捨てられることに、この世の終わりのように絶望した。
しかし目の前が真っ暗になり、全ての音が遠ざかった耳に
「失礼ですが、それは親として責任を取ることではなく、罪を犯した身内を切り捨てることで家名を汚さないための保身でしょう。バニティ伯爵」
親同士の深刻な話し合いに、とんでもない爆弾をぶち込んだのは
【ソフィー視点】
被害者である私がまさかの反旗を翻した瞬間。
「そ、ソフィー!?」
その場にいた全ての人が目を剥いて、こちらを見た。
特にしおらしく話を聞いていた娘の突然の暴言に母は慌てて
「いきなり、どうしたの? ソフィーらしくもない。いくら酷い目に遭わされたからって、目上の方に保身だなんて失礼よ」
私とて子の犯した罪で親を責めたくは無いが
「ええ、確かに失礼です。しかし親として責任を取ることと、問題を起こした我が子を家から追い出して無関係を装うことは明らかに違います。バニティ伯爵のなさろうとしていることは責任の放棄です」
弁護士の性だろう。
バニティ君が青い顔で黙り込み、肩を震わせながらも抗えず、ただ捨てられようとしているのを見て、つい弁護したくなってしまった。
ソフィーからすれば同級生でも、前世は60まで生きた私にとって、17、8のバニティ君はまだ護られるべき子どもだから。
「でしたら、どうしろと? うちにはまだ他にも子どもがいる。ルーサー1人の過ちのために、他の罪なき家族にも泥を被れと言うのですか?」
ソフィーの記憶によれば、バニティ伯爵は名誉を重んじる高潔な人柄だ。バニティ伯爵自身も家名を汚さぬように、厳しく自分を律して生きて来たのだろう。
だから実の息子でも、こんな悪事に走った愚か者を家に置いておけないと思ったのだろうが
「そもそも本件はバニティ様1人の過ちでしょうか? ちょうど関係者が全て揃っていることですし、なぜ今回の事件が起きたか、この場を借りて考えてみませんか?」
私の提案に、母は戸惑い顔で
「なぜ今回の事件が起きたかって……ルーサー君がそちらのアムルーズさんと結ばれるために、ソフィーが邪魔だったからでしょう?」
「ではなぜバニティ様は私を排除するために、婚約の解消を求めるのではなく、冤罪をかけようとしたのでしょう?」
私の問いに、母はバニティ君を見ながら
「それは婚約の解消を求めても、できないと思ったから……?」
「そう。つまりバニティ様は婚約を強いられていたのです。私とバニティ様、両家の両親によって」
私の指摘に母はギクッとして
「こ、婚約を強いたなんて。ルーサー君との婚約を取り付けたのは、ソフィー、あなたのためじゃないの」
「ええ。もちろんバニティ様との婚約を取り付けてくださったのは、魔法の使えない私に少しでもいい伴侶をというお母様たちの親心です」
この婚約は両親の愛情だとソフィーも理解していた。またソフィー自身も「ただでさえ魔法が使えない自分が結婚まで失敗したら」と恐れていた。だから親が用意した『これ以上蔑まれないための婚約者』を嫌いながらも手放せなかった。
しかし、その歪みが1人の少年を罪に走らせた。その因果がハッキリ見えた今。彼1人に罪を負わせてはならない。