有罪の証明【ジェイル視点】
テーミス君が切れ者なのは知っていたが、まさか学園の一生徒が7人の被害者を集めて僕を訴えるとは思わなかった。
流石に驚いたが、被害者を何人集めようが僕の優位は揺るがない。だから僕は大して怯まず
「僕を訴えるとは、なんの罪で? 罪に問われるようなことを、君たちにした覚えはないけどな」
「この状況で、まだ白を切るつもりですか?」
直近の出来事ゆえ、最も怒りが鮮明なのだろう。スフィアが被害者代表として声を上げて
「自分1人のことでしたら、私が愚かだったと飲み込むつもりでした。でも実際はこんなに被害者がいた。行為自体は無理やりじゃなくても、教師が生徒と関係を持つこと自体が罪なのに。反省もせずに繰り返しているんだとしたら、許されるべきじゃありません」
彼女の主張に他の元モデルたちも
「そうです!」
「大人しく罪を認めて教師をやめてください!」
確かに僕は罪人だ。しかし教師と生徒が関係を持つことが罪なのは、彼女たちも知っていた。罪と知りながら教師を誘惑し、親を裏切って愛欲に溺れた彼女たちに非は無いのか?
僕に復讐したいなら、ただ「捨てられて憎い。許せない」と言えばいいのに。愛だの正義だのと、いちいち自分の欲望や怒りを正当化して綺麗ぶる彼女たちが、僕はあまり好きではない。
だから傷つけて悪かったとは思わず
「それでテーミス君は、僕が彼女たちと関係したという主張を鵜吞みにしたの? ただ人数が多いだけで、なんの証拠も無いのに?」
テーミス君は婚約者と浮気相手の女に、偽りの証言者まで用意されて濡れ衣を着せられた。その例を考えれば、複数人が同じ主張をしているから真実とは言えないはず。
ところが僕の指摘に彼女は
「物証はありませんが、彼女たちがあなたと関係した事実なら容易に証明できます」
どうやってと訝しむ僕に、テーミス君は余裕の微笑みで
「彼女たちによれば、先生のお尻には大きな黒子があるそうですね。ズボンの下のことなど、赤の他人が知っているはずがありません。それを知っているということは、彼女たちは先生の下半身を見たことがある。つまり性的な関係があった証拠です」
自分の体に、そんな特徴があるとは知らなかった。自分の背面は鏡を使わなければ見えない。そして自分の全裸を背面までチェックするほど、僕はナルシストではない。
そしてテーミス君が言うとおり、男性教師が女生徒の前でズボンをおろす理由なんて、淫行以外に考えられない。
いっしゅん追い詰められたが、僕はパッと閃いて
「他人の身体的な特徴を知っているからって、実際に見たとは限らない。黒子のことは僕が自分で話したんだよ。自分で見たことはないけど、他人に指摘されたことがあって恥ずかしかったとね」
これでテーミス君の切り札は無効になった。しかし僕の返しに彼女は焦るどころか
「ふふ」
「何がおかしい?」
「いえ、面白いくらい引っかかってくれたので」
「引っかかる?」
どういう意味だと眉をひそめる僕に、テーミス君はケロッと笑って
「黒子の話は嘘です。彼女たちによれば、先生の体に目立った特徴は無いとのことでした」
彼女の発言に、頭が真っ白になる。僕の尻に本当は大きな黒子が無いとすれば
「それなのに先生は嘘を吐いてまで、私の出任せに話を合わせた。先生が本当に潔白なら「彼女たちの前でズボンを脱いだことなどない。自分の黒子の有無など知っているはずがない」と、まずは言い返すはずなのに」
確かにズボンを脱いだ覚えがなければ、彼女たちの発言をまずは疑う。
仮に大きな黒子があると信じたとしても、無実なら嘘を吐いて話を合わせるより「人を雇って調べさせたのかも」など、彼女たちがそれを為しえた方法を推測するはずだ。
「しかし先生は彼女たちの証言を全く疑わないどころか、嘘を吐いてまで話を合わせた。それこそが彼女たちに下半身を見られた覚えがある。つまり性的な関係があった証拠です」
テーミス君の証明に、今度こそ返す言葉が無かった。
だが性的な関係を立証されたところで
「それで?」
僕は彼女たちを冷たくせせら笑って
「確かに僕は彼女たちと関係を持った。しかし、この場でそれを証明してなんになる? どうせなら裁判で今の引っかけをしたら良かったのに。そうすれば僕も言い逃れのしようが無かっただろうに」
彼女たちは、わざわざ人目を避けて僕を糾弾した。要するに彼女たちは本件を公にして、教師との婚前交渉の事実を知られたくないのだ。
「けっきょく君たちは僕を許さないと言いながら、被害者を増やさないより、自分の名誉のほうが大事なんだろう? だから人目の無いところで糾弾し、僕自身に教師をやめるようにしか促せない」
この問題の核は最初から1つ。それは彼女たち自身が、僕との肉体関係を誰にも知られたくないと思っていること。
リリアナだけは妊娠によって、嫌でも言うしかない状況に追いやられた。
しかし他の女性たちは違うはずだ。年齢的にすでに結婚しているか、恋人や婚約者がいるはず。自分の幸せを壊してまで、僕を訴えることなどできない。
テーミス君がどれだけ利口でも、被害者たちに告発の意志が無いのだから、そもそも勝てるはずの無い勝負だった。
「僕は要求を拒んだところで、彼女たちが自分の立場を危うくしてまで告発できないと知っている。その事実が変わらない限り、誰も僕を裁けない」
しかし勝利を確信する僕に、またしてもテーミス君はあっさりと
「ところが1つあるのです。彼女たちの名誉を守りつつ、先生だけを裁く方法が」
「そんな都合のいい方法などない」
ところがテーミス君の言う方法とは
「先生が誰にも何も言わぬまま、自ら檻に入ってくださればいいのです。あなたの容色がすっかり衰えて、少女たちを惑わさなくなるまで。ざっと15年ほど」
あまりにあり得ない要求に、僕はしばし呆気に取られた。教師をやめるだけならまだしも、15年も檻に入ることを自ら選ぶはずがない。
「馬鹿馬鹿しい。なんで僕が君たちのために、15年も投獄されなきゃいけない?」
嫌悪も露わに言い返すも、テーミス君は揺るがぬ落ち着きで
「先生は公の裁きがなんのためにあると思いますか?」
「……犯罪の抑制や被害者の無念を晴らすため?」
「ではなぜ国は被害者の無念を代行して晴らすのでしょうか? 単なる同情ではありません。私刑を防ぐためです」




