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再審開始【視点混合】

【ジェイル視点】


 スフィアと別れた後。僕は新しいモデルを探していた。


 できればテーミス君を描きたかったが、間が悪いことに彼女は家の事情で1カ月の休学。モデルを頼むことすらできなかった。


 仮にまた顔を合わせても、彼女に入れ込んでいるヴィクター殿下に邪魔されるだろう。


 結局いつものように自分からモデルになりたいと擦り寄る女生徒の中から、新しい題材を選んだ。


 ところがテーミス君を諦めた矢先。


「お久しぶりです、マーラー先生。実は折り入って、お願いがあるのですが」


 1か月の休学から復帰したテーミス君が美術準備室を訪れて


「君の絵を描かせてくれる? この間は、やらなくてはいけないことがあると言っていたのに」

「その用事が終わって時間ができましたので。先生にぜひ肖像画を描いていただきたいと思いまして」


 ただ放課後ではなく休日に描いて欲しいとのことだった。彼女の意外な要望に僕は


「あんなことがあってから、まだ1カ月しか経っていないのに。わざわざ誰もいない休日に2人きりになるのは」


 学園長や他の教師たちは強姦は濡れ衣だと認めた。しかし火の無いところに煙は立たない。最後のリリアナの悲痛な訴えもあり、薄っすらと疑惑を持たれている。そのほとぼりも冷めぬうちに、休日の校舎で女生徒と2人きりはマズい。


 しかし難色を示す僕に、テーミス君は


「その点なら心配ありません。先生が描いている間、ヴィクター殿下が立ち会ってくださいますから」


 監視されながらでは集中できないが、ヴィクター殿下は美術準備室の外で待機してくれるという。それなら描けそうではあるが


「彼は僕を警戒している様子だったのに、どういう風の吹き回しで?」

「お恥ずかしいのですが、これはヴィクター殿下のリクエストでもあるのです。ご存知のとおり、殿下は私を気に入ってくださっているので絵が欲しいと。ですから私の絵が完成したら、ヴィクター殿下に差し上げたいのですが、構いませんか?」


 僕は人一倍、絵への執着が激しい。本気で描いた絵は手放したくないし、適当に描いた絵は見られたくない。


 しかしテーミス君のことは、どうしても描きたいので


「それなら2枚描かせて欲しい。よく描けたほうを僕がもらう」


 その条件に、彼女は「まぁ」と微笑ましそうに笑って


「先生は本当に絵がお好きなんですね。分かりました。殿下にも、そうお伝えしておきます」


 テーミス君を描けることになって本当に嬉しかった。


 彼女が相手ではいつものような試みはできないだろうが、テーミス君は今まで描いたどのモデルよりも興味深い。きっと新鮮な体験になる。


 真の評価を得ることから離れた久しぶりの純粋な創作。僕は約束の日を、とても楽しみにしていた。


 僕は画材を買いに行ったり絵を見に行ったりする以外は、休日も美術準備室で絵を描いている。僕は朝が弱いので、休日の活動は昼になってからだ。


 それでもテーミス君との約束には間に合うように美術室に入ると


「……テーミス君。これはどういうことかな?」


 そこにいたのは、彼女とヴィクター殿下だけではなかった。どうやって調べたのか、僕と関係を持った7人のモデルたちが全て集まっていた。


「すみません。マーラー先生に私を描いていただきたいというのは、人気の無い場所に誘い出すための嘘です」


 こちらを睨む被害者たちを従えたテーミス君は優雅に微笑むと


「本当の用件は前回の続き。今度はこの場にいる被害者全員で、マーラー先生を訴えさせていただきます」


【ソフィー視点】


 私は前回リリアナ・ハミルトン嬢の嘘を暴いて、マーラー氏の強姦容疑を解いた。


 しかしそこで終わらせては、父親の信頼を失った上に未婚の母になるハミルトン君が、最悪命を断ちかねない。


 だから私はマーラー氏を本当の罪によって裁くために、ここ1か月。ヴィクター君に手伝ってもらい、密かに情報を集めていた。


 まずはマーラー氏がモデルを頼んだ女生徒を洗い出す。


 幸いマーラー氏は、今は絶縁状態のご両親の最後のコネで、ずっとこの王立学園で働いている。ゆえにモデルはみな、この学園の女生徒だ。


 そしてモデルをした少女たちの多くが、マーラー氏に淡い想いを持っていたと推測される。となれば自分以外のモデルは、どんな人かと気になるはず。


 そこでスフィア・ノートン嬢とリリアナ・ハミルトン嬢から聞き取りをはじめて、芋づる式に過去のモデルたちが判明した。


 ただ問題は、そのうちの全員がマーラー氏と関係を持ったとは限らないこと。下手に教師と生徒の恋愛を仄めかせば、たちまち噂が広がって被害者たちの名誉を傷つけてしまう。


 だから表向きは新聞部の取材を装った。無名の天才画家であるマーラー氏に選ばれたモデルたちは、どれほどの美女なのか特集を組みたいのだと。


 実際に会って話せば、そのうちの誰がマーラー氏と特別な関係にあったのか、すぐに見抜けた。


 そもそもトラブルが遭ったらしい令嬢たちは、マーラー氏について語りたくなさそうだった。しかしその心証以上に、決定的な共通点があった。


 そのヒントはマーラー氏と、彼の被害者であるノートン君とハミルトン君の証言に隠されていた。


 彼は特別なモデルには完成した絵を贈る。しかしそれは別れ話の直後なので、彼とトラブルが遭った女性は必ず拒否する。ゆえに絵の受け取りを拒否した女性が、マーラー氏の被害者である。


 そうして私は無関係の者に事件を悟らせることなく、7人の被害者を見つけ出した。これ以上マーラー氏の芸術のために少女たちが傷つかないよう、彼を相応しい場所に送るために。

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