発端【絢子視点】
それは私が高校2年生で先生が50歳の時。
私は都内の女子高に通っていた。女子高を選んだのは中学の時、急に色気づいた一部の男子たちに変な絡まれ方をされたせいだ。
私は万が一、先生が襲われた時に護れるように、空手と柔道と剣道を習っている。少なくとも同年代の男子には負けない程度に鍛えているので、襲われるかもなどの心配はしてない。ただ告白や手紙ならまだしも、性質の悪い男に付きまとい・盗撮・覗き未遂などをされたことがあった。
私の父は警察官らしく実直な人で、育ての親である先生は紳士の中の紳士。いちばん身近な異性がそういう人だからこそ、女を性の対象としてしか見ていない男たちが汚らわしかった。
そんな不愉快から逃れるために、高校は女子高を選んだ。ただ私は女にしては170センチと長身で、時短のために短髪にしている。
そのせいか女子高でも変なモテ方をした。と言っても、お互い女なので綺麗だのカッコいいだの遠巻きにキャアキャア言われるだけだ。勝手に写真を撮られることはあったが、男にされるほどの嫌悪感は無かった。
たまに告白されることはあったが、それは丁寧に断ればいいだけ。共学よりは穏やかな学園生活を送れていた。
ところが今日。私は学校で、まさかの人物から告白された。
「本来なら君の卒業を待つべきだが、君の凛とした横顔を見るたびに想いが募って、抑えようにも抑えられなかった。好きだ、勝木君。どうかこれからは僕を教師ではなく、1人の男として見てくれないか?」
まるで俳優のようにハンサムだと女子に人気の男性教師・財前成美。しかし実際は、単に女子高で若い男は貴重だから三割増しで評価されているだけだ。
そうとも知らず女子にチヤホヤされて、いい気になっているのが目に見えるので、私は悪印象を持っていた。そんな男が「女生徒の憧れである自分に想われて嬉しいだろう」とばかりに、私に告白して来た。
その愚かさと自惚れに私は
「……は?」
「へ?」
まさか予想外の反応だとでも言うのか、目を丸くする財前に
「教師でありながら生徒に色目を使うなんて何を考えているんですか? 百歩譲って好きになってしまっただけならまだ理解できますが、なぜ恥ずかしげもなく告白して来たんですか? 私が喜ぶとでも思ったんですか?」
生徒を教え導くはずの教師に女として求められる。そのあまりのおぞましさに冷たく責め立てると
「あなたの告白に対する私の感想は2つ。「信じられない」「気持ち悪い」です。分かったら二度と護るべき生徒に男女の関係など求めないでください」
どうやら2人きりになるための口実である「雑用を手伝って欲しい」は嘘だったようなので、私はスタスタと社会科教室を後にした。
女子に人気の財前が、およそ教職に相応しくない人物なのは分かった。だからって単なる勘違い男の告白を吹聴して、失職に追いやるのは後味が悪い。
それでも自分の胸だけに留めるには、かなり不愉快な出来事だったので
「えっ!? 財前先生に告白された!?」
なぜか同性にも特別視されやすい中、普通に付き合ってくれるありがたい友人にだけ打ち明けると
「もったいない! 財前先生カッコいいのに! まだ27歳なのに高い腕時計を嵌めて、高級車を乗り回してさ! なんてたって理事長の息子でお金持ちだよ!? めっちゃ良縁じゃん!」
彼女は精神より物質を重視する人なので、女子に人気で裕福な財前を評価しているようだが
「親の金で着飾っている男なんて少しも恰好よくない。どんな顔だろうが何を持っていようが、人として尊敬できなければ好きになれない」
「絢子は男にも女にもモテるくせに本当に硬いなぁ。じゃあ、どんな人だったらいいの?」
友人の問いに私が思い浮かべたのはもちろん。
「優しくて大人で、怖いくらい鋭いのに、少し抜けたところもあって。仕事中はすごく格好いいのに、笑顔が可愛い人」
こうして挙げてみると先生にはいいところしかない。財前と違って子どもは庇護対象としか見ていないところも。物心ついた頃から先生のお嫁さんになりたいと望んでいる身としては歯がゆいが、人として常に正しくあろうとする姿勢が本当に尊敬できて大好きだ。
「見た目は文句なしのクールビューティーだけど、アンチにはシンプルに『鉄』と呼ばれる絢子が乙女の顔に! その反応、願望じゃなくて実際にいる人でしょ!? 誰にもなびかない武闘派女子高生の絢子がそんなにメロメロになるって、いったいどんな人!? 教えてよ~!」
先生のことなら夜通し語りたいくらいだが、万一、好きになられたら困る。それに年齢差的に普通はあり得ない相手だとも理解している。
もし「そんなおじさんのどこがいいの?」など言われたら、この気のいい友人を憎んでしまいそうなので「絶対ダメ」と返した。
友人に話を聞いてもらって気が晴れた私は、財前に告白された件をすっかり忘れていた。
ところが1か月後の期末テスト。
この学校ではカンニング防止のため、担任と副担任で試験を監視する。その副担任が財前で、机に向かう生徒たちの横を歩き回っていたのだが
「勝木君! なんだ、この紙は!? 見せなさい!」
突然の叱責に驚く。「なんだ、この紙は?」と言われても全く心当たりは無かった。
いきなりのことに固まる私をよそに、財前は私の机の中に手を突っ込むと
「これは今やっている歴史のテストの解答じゃないか! 入学以来学年トップの君が、まさかずっとカンニングしていたのか!?」
財前がメモを片手に教室中に響き渡る声量で怒鳴る。
「そんな! 私はそんな紙、知りません!」
「しらばくれても無駄だ! 明らかに君の筆跡じゃないか!」
確かに紙片の筆跡は私のものだった。誰かが私の筆跡を真似て、このメモを作った?
何が起こっているのか考えをまとめる間もなく。
「ちょっ、財前先生。いくらなんでも声が大きい。他のクラスにまで聞こえますよ」
「すみません。彼女がしらばくれるものですから、つい」
担任に注意されるも、あくまで私のせいにする財前に
「だから私は本当にカンニングなんて」
言い返そうとするも、担任は他の生徒の目を気にして
「このままじゃ他の生徒の迷惑になります。取りあえず勝木君は外へ。皆さんはこのまま財前先生と試験を続けてください」
私は担任に生徒指導室に連れて行かれた。




