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審理前

このお話にはTS要素が含まれています。苦手な方はご注意ください。

 それは私にとって全く予期せぬ出来事だった。


「ソフィー・テーミス! 君はこのリーベ・アムルーズ嬢に何度も嫌がらせしたばかりか学園内の掲示板に、ありもしない誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を書いた紙を貼って彼女の名誉を(けが)そうとしたな!」


 王立学園の昼休み。たくさんの生徒たちで賑わう食堂。


 婚約者のルーサー・バニティ伯爵子息は突然、無実の罪で私を訴えた。


「そ、そんな……嫌がらせや誹謗中傷なんて、していません!」

「アムルーズ嬢は君に陰で何度も嫌がらせされたと言っているし、その現場を目撃した者も居る! 更に誹謗中傷の文章は君の筆跡と一致した! 言い逃れしても無駄だ!」


 彼は一切の反論の余地を与えぬ語勢でまくしたてると、皮肉に笑って


「君のような悪女と結婚なんて、とてもできない。今日をもって君との婚約は解消だ。もちろんこの件は僕らの両親にも報告するから、お叱りを覚悟するんだな」


 どうやら濡れ衣を着せられたと気付いた瞬間。


 彼の浮気を知りながら、両親を失望させたくなくて何も言えずにいた気弱な私の代わりに、前世の自分が目を覚ます。


 それは今世と違って魔法も魔物も存在しない世界。私は冤罪事件専門の善道正則(ぜんどうただのり)という老弁護士だった。


 前世の私は家庭を持たぬまま、亡き親友の忘れ形見である絢子(あやこ)君を助手に、60歳まで仕事に没頭したが


『先生! ダメです! 死なないで!』


 大物政治家が絡んだ冤罪事件を扱っている最中。私は轢き逃げされ、搬送中の救急車で命を落とした。


 タイミングから見て、あれは事故を装った殺人だった。


 依頼人の無実を立証できずに死んだのも無念だ。しかしそれ以上に、死にゆく私に泣きながら縋りつく絢子君の顔が目に焼き付いている。


 彼女の父親は刑事で、逆恨みによる放火で家族を殺された。友人の家に泊まっていた10歳の絢子君だけが難を逃れて、それからは私が彼女を育てた。


 彼女には私しかいなかったのに。私まで絢子君を置き去りにしてしまった……。


 苦い後悔に気を取られていると


「おい、ソフィー。黙ってないで何か言え」


 傲慢な呼びかけに顔を上げる。目の前には、金髪に茶の瞳の麗しき我が婚約者殿。


 しかしいいのは容姿と身分だけ。この数分で分かるように知性と思いやりに欠ける男で、ソフィーも嫌っていた。


 私にとっても好ましくない青年だが


「失敬。なんのお話でしたかな?」

「でしたかな?」


 好々爺(こうこうや)然とした笑みで返す私に、彼は眉をひそめつつ


「なんだ、いきなり老紳士みたいな口調になって。おどけて誤魔化すつもりかもしれないが、君の罪状についてはこの場に居る全員が聞いた。アムルーズ嬢への数々の嫌がらせ、とぼけられると思うなよ」


 ここで私・ソフィー・テーミス伯爵令嬢と彼・ルーサー・バニティ伯爵子息の関係について整理しておこう。


 この世界の一部の人間は、地水火風などの自然現象を操る魔法を使う。特に王族や貴族は魔法によって、今日(こんにち)の地位と財を築いた。


 基本的に魔法の才は遺伝するので、王族や貴族ならほとんどが程度の差はあれ魔法を使える。しかし『ほとんど』は大半であって全てでは無い。


 王家や貴族の血を引きながら、およそ100分の1の確率で全く魔法を使えない者が生まれる。その100人に1人の無能がソフィーだった。


 王族や貴族にとって魔法が使えないのは恥。ゆえにソフィーは伯爵家に生まれながら、魔法が使えないという一点だけで、周囲から出来損ないのレッテルを貼られた。


 幸い両親はそんな不出来な娘でも愛している。けれど魔法の使えない娘が良縁に恵まれるのは難しいだろうと、余計な気を回した結果。誰にも恥じない伴侶として、見目よし身分よし魔法持ちのルーサー・バニティ君を婚約者にした。


 この婚約は親が決めたことで、当人同士に愛情は無い。バニティ君は幼少の頃から明らかに、無能のソフィーを疎んでいた。


 しかし王立学園に入ってからは


『なぜだ? ソフィー。僕たちは将来、夫婦になるのに。どうして未来の夫に触れられることを嫌がるんだ?』


 青年期に突入し色気づいたバニティ君は、ソフィーに淫らな戯れを求めた。


 ところがソフィーが賢明にも「結婚までは清い関係でいさせてください」と口づけどころか抱擁(ほうよう)さえ許さなかったので、彼の色欲は別に向いた。それが今、バニティ君の隣に居るリーベ・アムルーズ男爵令嬢だ。


 婚約者が居ると知っていたはずだが、浮気男の「あの女とは別れるから」を信じてしまう女性は少なくない。それに今こうなっていると言うことは、バニティ君の浮気は本気になったのだろう。


 アムルーズ君は肩までの波打つピンク髪に、オレンジの瞳のハツラツとした美少女だ。


 バニティ君はソフィーの容姿について


『オリーブブラウンのロングヘアに青とも緑ともつかないぼやけた色の瞳。君は貴族のくせに容姿まで精彩に欠けるな』


 など言っていたから、自分と同じ派手な配色の子が好みだったのだろう。


 さらにアムルーズ君は一般教養だけを学ぶ『普通科』のソフィーと違って、人並み以上の魔力を持つ者だけが入れる『魔法科』在籍の才女。バニティ君も魔法科なのでソフィーよりも会う機会が多く、惹かれるのは自然ではある。


 それでもソフィーは伯爵家の令嬢で、親の決めた結婚相手だ。自分の不貞で一方的に婚約破棄したら、バニティ君の評判が悪くなる。だから彼はこちらの非によって、婚約を解消したいのだろう。


 婚約破棄は構わないが、罪無き令嬢の名誉を穢させるわけにはいかない。


 バニティ君の挑戦を受けて立つことにした私は


「ふふ。とぼけられないのでしたら、ここは1つ。私の罪状について突き詰めて話してみましょうか?」

「何を言っているんだ? 話すも何も言いたいことは全て言った。後は君が大人しく裁きを受けるだけだ」


 劣等感の塊であるソフィーは、大勢の前では軽いパニック状態になり、うまく話せなくなる。


 だからこそバニティ君は、わざと人の多い場所で糾弾したようだが


「告発だけで終わる裁判などありません。あなたが私の罪を唱えるなら、こちらには反証の権利がある。この場に居合わせた皆様も、本件の判決は私の弁論を聞いてからにしてください」


 長年、弁護士をしていた私が人目に怖気づくなどあり得ない。むしろ聴衆を味方にすることこそ、私の得意とするところ。


 往生際の悪そうなバニティ君に、後でしらばくれられないように、他の生徒たちには証人になってもらう。


「反証に弁論だと? まるで法律家のようなことを言って。こちらはただでさえ、君の非常識な行動のせいで恥をかかされているんだ。この上、見苦しい言い訳で恥の上塗りをするのはやめるんだな」


 追及されるとマズいと思ったのか、バニティ君は議論を嫌がったが


「いや、彼女の言うとおり。彼女に罪があると言うなら、反論の機会を与えるべきだ」


 大勢が困惑とともに成り行きを見守る中。席を立って声を上げたのは


「ヴィ、ヴィクター殿下。なぜこの国の第三王子であるあなた様が、こんな愚かな女が起こした、くだらない痴話喧嘩に介入なさるのです?」


 思いがけない人物の介入にバニティ君は狼狽えた。


 第三王子の身分もさることながら、ヴィクター殿下は文武と魔法の全てにおいて、この学園で最も優れた生徒だ。


 ひたすら己を高めることにのみ注力し、誰とも馴れ合わないことから『孤高の王子』。彼が在籍する『騎士科』に特別講師として来た現役の騎士たちをも圧倒したことから『最強の騎士見習い』とも呼ばれる傑物(けつぶつ)だ。


 見目に関しても目の覚めるような赤い短髪に、冷ややかで凛とした切れ長の青い瞳。噂によれば最高威力の炎を操る才色兼備の美丈夫である。


 顔だけ男のバニティ君と違い、日々、鍛錬を怠らないヴィクター殿下は面構えもよい。


 弱い者イジメをしていたら、自分よりも全てにおいて格上のヴィクター殿下が介入してきたのだから、バニティ君が怯むのも当然だ。


 ただ普通科のソフィーと騎士科のヴィクター殿下は、同学年ながら全く交流が無い。


 だから私も、ヴィクター殿下の介入が意外だったが


「君がわざわざ衆目の前で彼女を告発したことで、この件は男女の内輪話では済まなくなった。あくまで彼女に罪があると言うなら、お互いの名誉を懸けて、我々に納得が行くように真実を明らかにしてもらおう」


 まぁ、バニティ君は見る人が見れば、明らかに邪悪な青年である。


 冤罪の可能性を疑って、罪無き令嬢に弁明の機会を与えてくださったのかもしれない。


「公平な審判を感謝します。殿下」


 お辞儀付きで礼を述べると、ヴィクター殿下はちらとこちらを見て、すぐに目を逸らし


「……これから事件について議論するなら、後で言った言わないにならないように、各々(おのおの)の発言を記録する必要があるでしょう。速筆の者はここに。記録漏れの無いように、3人以上で発言をメモしてくれ」


 優秀な人物だとは聞いていたが、あまりの手回しの良さに驚く。


 これだけ証人が居れば、記録の必要は無いかと思ったが、この冤罪事件と婚約破棄について、後でお互いの両親に説明しなければならない。


 その時に公正な記録があったほうが助かるので、私はヴィクター殿下のご厚意に甘えた。

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