第8話 売却
「そろそろアイテムを売ろう」
帰ってきてから2週間ほどが経ったが、この間収入はゼロである。もちろん貯金はまだかなり残っているが、だからといっていつまでも収入なしでだらだらしているわけにもいかない。
ちかみにシンジのアイテムはもちろんアイテムボックスの中にあるが、カナタは空間魔法であるアイテムボックスは使えない。代わりにシンジが錬金術で作った【妖精の小袋】という、アイテムボックスと似たような機能をもつ小袋を持っていて、カナタはそれを肌身離さず携帯している。
『カナタ、俺ちょっとアイテム売ろうと思うけどどうする?』
カナタにメッセージを送るとすぐに既読がつき返信がきた。
『行く行く。でもさ、持ち込むアイテム、かなり悩なと思って。私たちのレベルだとちょっといいものでも疑われそうだし』
『そこなんだよなー』
現在のカナタたちの仮のレベルは10ちょっと、しかもランクはG。最下位ランクのダンジョンくらいしか潜れない。
最下位ランクダンジョンでは出てくるアイテムもたかが知れている。
『それで、思ったんだけど。もういっそランキング一位と二位としてアイテム売っちゃわない?』
いきなり大胆な案を出してくるカナタ。普通の人に見せかけて結構大胆で豪快なのがカナタだ。
『いやいや、目立つからやめようって言ってただろ』
『大丈夫、目立つのは私たちじゃないから!』
『?』
意味がわからず「?」のスタンプを送る。
『カナタのスキルの中に「アナザーワン」っていう影分身みたいなの作るスキルあったじゃん。あれ使って、一位と二位の使者として来ましたってやってもらうの』
『なるほど…確かにそれはありだけど、ライセンスカードはどうする?』
探索人として登録していない人はアイテムの売却はできないのだ。購入は可能だが。
『そこも大丈夫だと思う。だって一位と二位だよ?日本では登録してません、買ってくれないなら外国行きますとか言っておけば見逃してくれると思う』
ここ1,2週間調べたところ、それだけランキング上位の影響力は強そうなのだ。
『なるほど…さすがカナタ』
『でしょでしょ。今からそっち行くから早速やってみよ』
『OK』
——
「いい感じじゃない?」
シンジの家で合流した二人は早速「アナザーワン」で使者を作成。
ただし、そのままではただのシンジのコピーである。そこに「認識阻害」効果のあるネックレス【偽りの君】をかけ、女性に見せかける。
操作はカナタが担当するからだ。
「ああ、ちょっとクールなメイドさん風になったな」
見かけ上はグレーのロングスカートを履いた三つ編みの女性になった。
出来栄えは上々だ。
そこにさらに無魔法「シンクロ」でカナタの意識と使者の意識をつなぐ。これで本来はシンジの手足として動く使者がカナタの意識に従って行動できるようになるのだ。
「この家から行くとまずいから、どこかに転移させてから向かってもらおう」
「売る先は、少し離れたダンジョン探索協会にしよう」
ということで白羽の矢が立ったのが、日本ダンジョン探索協会横浜支部だ。遠すぎず、かつメジャーな駅の駅前にあるので出入りしている人も多く、紛れるだろうとの思惑だ。
「じゃ、転移させるからな。カナタ操作よろしく」
「任せて」
——
送り出された使者は、横浜駅近くの公衆トイレに転移させられ、そこからダンジョン探索協会へ向かう。
着いたのは昼過ぎで、そこまで人は多くない。
売却窓口は二階だ。二階で番号札をとり順番を待つ。
「387番の方」
早速呼ばれる。ここからが勝負だ!
「ライセンスカードをお願いします」
機械的に尋ねる受付の男性に対して、使者は顔を近づけると、
「私はある方々の使者として来ているのですが。上に取り次いでいただけませんか」
「はい?使者ですか?どなたのですか?ライセンスカードはお持ちでないということですか?」
使者はあえて声を落として、
「ランキング一位と二位の使者として来ているのですが。上に取り次いいただけませんか」
「ランキング一位と二位?あの、冷やかしは困ります。その二名は現在も行方も正体もわかっていないことは常識です」
「ですから、今初めて使者と来ているのです。証拠もあります」
「証拠…?」
「こちらは最上位ランクの【妖精の涙】というマジックアイテムで、一位と二位が最上位ダンジョンで入手したものです。今現在、最上位ダンジョン攻略中の人物は他にいないでしょう」
使者が大きな雫型のアイテムを見せる。
職員にとってはもちろん初めて見るアイテムで、それが本当に最上位ランクのものかはわからない。しかし、伊達に売却窓口の担当をやっているわけではない。アイテムから感じるマナの量がかなり多いということはわかった。
「少々お待ちください」
男性は奥に引っ込むと、ほどなくしてまた出て来た。
「続きは奥の応接室でお願いできますか」
男性の案内に従って奥に入ると、大きなソファが二つ向かい合って置いてある応接室に着く。
そこにはすでに別の職員が一人待っていた。
妙齢の女性で、明らかに他の職員より派手な服装をしている。
女性は立ち上がると使者に向かって笑顔を向けた。
「ようこそ、ダンジョン探索協会横浜支部へ。私は支部長の宮間サキカよ。早速で悪いけれど、あなたランキング一位と二位の使者を名乗ってるんですって?」
「はい、その通りです。こちらが証拠の最上位ランクマジックアイテム【妖精の涙】です」
拳大より一回り小さい雫型のアイテムを無造作に手渡す使者。
「ふむ。確かにかなりのマナを感じるけど、鑑定してみないと正直わからないわね。ちょっと預からせてもらっても良いかしら?」
やや挑戦的に使者を見る宮間。
「もちろん良いですよ」
使者は余裕で応じる。
「いやに素直ね…万一すり替えられるとは、思わないの?」
「すり替えてもいいですよ。二度とこちらに来ないだけですから。一位と二位は取引先はどこでもいいと言っています。この支部でなくても、もちろん日本でなくても…」
宮間は眉根を寄せた。
これはある意味脅しだ。下手なことをすれば二度とこの支部と、さらには日本と取引しないと言っている。それがハッタリなのか、本当に本人たちなのか…見極めが難しい。
そもそも、本当に一位と二位だとして、なぜ今まで雲隠れしていたのに唐突に取引に現れたのか?
「で、どうしますか?鑑定されますか?」
「そうね。鑑定はさせてもらうわ。佐々木さん、最優先で鑑定してもらってきてちょうだい」
先ほど案内してくれた職員ーー佐々木というようだーーに指示を出す宮間。
使者は【妖精の涙】を渡すと、勧められるままソファに座った。
「それで、あなたはランキング一位と二位の使者だとして、二人はどこにいるの?なぜ直接出てこないのかしら?」
「二人は平穏な生活を臨んでいます。表に出るとどうしても騒ぎになるため私が代わりに参りました」
「平穏な生活って…どう考えても普通の生活を送ってたら一位と二位にはならないでしょう。何か特殊なジョブなのかしら」
探りを入れる宮間。
「二人のステータスに関して私の口から言えることはありません」
使者はそれをさらりと躱わす。
宮間は軽くため息をついた。
「秘密主義ってわけね…トップランカーは目立ちたがり屋が多くて迷惑だと思ってたけど、秘密主義はそれはそれで面倒ね…」
まぁそもそもまだこの使者が本当の使者かもわからないのだが。でも宮間はなんとなくそうなのではないかという気がしてきていた。
「ただいま戻りました」
【妖精の涙】を携えて佐々木が戻ってきた。もう一人の若い女性とともに。誰だ?
「それで、どうだったの?」
「支部長!!これはすごいアイテムです!私が今まで鑑定した中でダントツの一位です!これは【妖精の涙】という最上位ランクのアイテムで間違いなく、効果はなんと即死の回避です!!」
どうやら鑑定したらしいその女性が興奮気味にまくしたてた。
「そ、そう…あなたがそこまで言うなら本当のようね」
若干引き気味の宮間。
「そうすると…あなたが使者という話は俄然真実味を帯びてきたわね」
「ですから最初からそう言っています」
「それで、あなたの要望は何かしら?」
「ライセンスカードなしでのアイテムの売却です」
これには渋い顔をする宮間。
「一位と二位と取引できるなら、ライセンスカードくらい目を瞑りたいところだけど、ここも一応お役所仕事だからそういうわけにもいかないのよね」
「そこをなんとか」
「…この話は、上にあげてもいいのかしら?」
「いいですよ。どこまであげていただいても。二人はアイテムさえ売れればいいとのことです」
「ちょっと待っていてちょうだい」
宮間がいったん退出すると、再び鑑定の女性が口を開いた。
「あなたがあのアイテムを持ち込んだんですよね!?名前はなんて言うんですか!?どこで見つけたんですか!?」
「私は特に名前はないので、『使者』と呼んでください」
「死者…?死んでるんですか!?」
「その死者ではありません。使わされる方の使者です」
「なるほど!それでは!他にも似たようなアイテムを持っていたりしますか!?」
「ないこともないですが、それをお見せできるかは先ほどの宮間さんの返答次第ですね」
「えー!見たいー!あ、私、橋本ミキっていいます。ジョブは『鑑定士』です」
鑑定士は、無魔法に適性のある上位ジョブだ。
橋本はさらにあれこれ使者に質問をぶつけるが、のらりくらりと躱される。それをちょっと冷や汗をかきながら見守る佐々木。
(橋本さん、とにかく相手を怒らせないでくださいよー)
それからほどなくして宮間が戻ってきた。
「結論から言うと、取引には応じます。ただし、条件がいくつかあります」
「はい、なんでしょうか」
「まずは、この取引のことは外部に漏らさないこと。ライセンスなしでの取引が明るみに出たらあなたにとっても私たちにとっても不幸な結果になると思います」
「もちろんです」
「それから、今後もこちらで取引をしていただきたいです。他に行くなとまでは言いませんが、定期的に取引をお願いしたいです」
「それはこちらにとっても好都合ですね」
「最後に」
ここで宮間は少し逡巡したあと、
「こちらの【妖精に涙】も売っていただきたいです」
思い切って告げた。これだけの破格アイテムだ。さすがにごねられるだろうなと思ったが…
「そんなことですか。いいですよ」
「…もしかして、このレベルのアイテムをたくさん持っている…?」
「そこは企業秘密です」
それはほぼイエスなのでは!?
「それでは、今日他に売りたいと思っていたものを出しても宜しいですか」
「お願いするわ」
そこで使者が取り出したのはこちら。
・中位ポーション 100個
・マナストーン(中) 100個
・上位ポーション 50個
・マナストーン(大) 50個
なぜこれらを選んだかというと、上位互換のアイテムが大量にあり使う機会がほとんどないことと、ポーションとマナストーンはかなり需要があると聞いたからだ。
「中位と…上位ポーションがこんなに…!それにすごい容量のマジックバックね…」
宮間がかなり動揺している。
無理もないことだ。日本では上位ダンジョンの攻略はほとんど進んでいないのだ。上位アイテムは、中位ダンジョンでも全く出ないわけではないがかなり率は低い。
「これは…合わせて3億くらいね…」
「3億!?」
今度は使者が目を剥く。
「あら、これだけのアイテムよ、当然よね」
ようやく優位に立てた気がして微笑む宮間。
「お支払いはどうしましょうね」
「お伝えできる銀行口座がないので、現金でいただこうと思っていたのですが」
「いやいやさすがにそんな額の現金置いてないわよ」
当然だ。
「…あなた用の銀行口座作りましょうか?」
それはかなり魅力的な申し出だ。
「…見返りは何をお望みですか」
「もしまだあるなら次回も【妖精の涙】を売って欲しいわ」
「いいでしょう。交渉成立です」
なんとか話はまとまり、使者は支部を出た。
——
「支部長!!銀行口座まで、大丈夫なんですか?」
使者を見送った後、常識人である佐々木が尋ねる。
「大丈夫よ。ダンジョン庁の大臣と話をつけたから」
「ダンジョン庁の大臣…!?」
どんなコネを持ってるんだこの人は?
「一位と二位を何があっても日本に繋ぎ止めて欲しいとのことよ。できれば本人たちにも渡りをつけたいところだけど、そのためにはまず信頼関係ね」
こうして繋がりができたからにはどこからか尻尾を捕めるはず。その時まで慎重に事を進めなければ。




