第67話 来訪者
その日、とある最上位ダンジョンを警備していた男は、ふと物音がしてそちらに目を向けた。
すると、先ほどまでは誰もいなかったはずの場所に一人の人影が座り込んできた。男は満身創痍で、右手は膝のあたりから千切れてぼたぼたと血を流していた。
「…!大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄り、持っていたポーションをかけようとするが、
「あ、大丈夫。血は自分で止めるから」
制止された。
次の瞬間、男は特に何かを唱えた様子もなかったが、腕のあたりに光が集まったかと思うと、血が止まった。しかし痛々しい傷はそのままである。
「その傷はどうしたんですか?それに、一体どこから…?」
「ごめんね、説明が難しくて」
男の格好を見ると、日本ではあまり見ないタイプの、少し古風で洋風の服を着ている。が、服はボロボロで、右足にも切り傷があるようだった。
その男は、警備員を見ると、言った。
「悪いけど、勇者を呼んでくれない?」
———
「勇者?なんなの、それ?新しいジョブ?」
報告を受けたダンジョン探索教会横浜支部の支部長、宮間は首を傾げた。
報告によると、横浜支部管轄の最上位ダンジョンに満身創痍の男が現れ、勇者を連れてくるまで動かないと言い張っているという。強制的に連行しようとしても、満身創痍の割にやたら強く、誰も敵わないという。
「どういうことなの?本当に満身創痍なの?」
「ええ、間違いありません。服もボロボロで、右腕を失っているようです」
「それで誰も敵わないってどういうことなの?」
「わかりません…」
報告が的を得ない。
「ちょっと詳細がわからないとなんとも言えないわね。とりあえず誰かに鑑定させてちょうだい」
無難に指示を出す。
「わかりました!」
その後…部下が持ってきた報告は驚くべきものだった。
「レベル…96071!?!?」
聞いたことのない数値である。もしかしてランキング一位と二位よりも高いのではないか…?二人の正確なレベルは知らないけれども。
「ランキングは…?」
「それが、ステータス欄にランキング表示がないようでして」
「…モンスターってこと!?」
「いえ、それが、魔物の表記とも異なるようで…」
またしても的を得ない報告だ。
「それと気になることを言っているようでして」
「何かしら?」
「勇者は自分より強い、と…」
「…それは」
そこまで言われて、思い至る。いるではないか。世界トップレベルの強さで、ジョブが知られていない者が。
「一位か二位のことね…?」
「おそらくとしか言いようがありませんが」
「二人に連絡するわ」
———
『勇者を探している正体不明の人物がいるわ。あなたたちのことかしら?』
少し久しぶりに、宮間から連絡が来た。今まで地球ではほとんど誰にも言ったことがない「勇者」という単語が入っていることに動揺する。ヨツバたちが言いふらすことはないはずだが。
『正体不明の人物?』
とりあえず、勇者か?という問いには答えずに、返信する。
『ええ。大怪我をしている男性なのだけれど。勇者が来るまで動かないって横浜支部管轄の最上位ダンジョンの前に居座っているのよ』
誰だろうか。心当たりはない。が、如月のようなケースもある。こちらが知らない何らかのスキルで正体が割れている可能性もゼロではない。
いずれにしても勇者が来るまで動かないと言っているからにはカナタが行くしかないのかもしれない。
『俺たちのことかはわからないが、とりあえず見に行く』
———
シンジはカナタを呼ぶと宮間の言っていたダンジョンに転移した。いつもの認識阻害とマスクはもちろん忘れていない。
到着すると、そこには厳戒態勢の探索者が10名弱と、宮間、それにダンジョン探索協会の職員らしき人間が数名いた。思ったより大事になっているようだ。
「あ!シン!カナ!!」
名前を呼ばれてぎょっとする。しかも「シンジ」「カナタ」ではなく、「シン」「カナ」である。その呼び方をする人間は地球にはいないはずだ。
そちらに目を向けると、そこにいたのはよく知っている男だった。
「…え?ルペカ!?え?お前、なんでここに…」
そこにいたのは——地球にいるはずのない人物だった。
「ようやく会えたよ!とりあえずエリクサー分けて!」
男——ルペカは、左手を二人に伸ばしてきた。彼はかつて二人と共に勇者パーティーとして活動していた人物である。そう、地球にいるはずがないのだ。
が、そんなことより今は傷の方だ。シンジはアイテムボックスからエリクサーを取り出して渡す。
ルペカはそれを迷わず自分の切れた右腕にかけた。
「うっ…」
すると、そこからにょきにょきと腕が生えた。エリクサーは四肢欠損を治すが、多少痛みが伴う。
「大丈夫か?」
「うん、生き返った〜」
魔法で止血はしていたようだが、痛いものは痛かっただろう。
「それは良かったけど…とりあえずそっちの言葉で話していいか?」
ここまで二人は日本語で会話をしていた。おそらくルペカが『言語理解』を使っているのだろう。
しかし、込み入った話を日本語でするのはマズい。
「うん、いいよ。え?もしかして正体とか隠してたりする?認識阻害もかけてるし…」
『アーカスト』の言葉に切り替えたルペカは少し不安そうな顔をした。さきほど思い切り名前を呼んだことを気にしているようだ。
「ああ、まぁな…まぁ、大丈夫だ」
フルネームではないし、下の名前といっても完全ではないし、まぁセーフだろう。たぶん。
「そっか〜、それはごめんね。そこまで気が回らなかったよ。ってことは勇者ってことも?」
「ああ、カナや俺のジョブは基本的には秘密だな」
「それは悪いことしたね」
「まぁ死ぬまで絶対隠したいとかってわけじゃなかったしな。気にしなくていいよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ルペカは立ち上がると軽く服の埃を払った。
「とりあえず落ち着いて話せる場所に行こう」
シンジの提案にルペカが頷く。
「あ、宮間さん。こいつは俺たちの知り合いだ。連れてくぞ」
日本語に切り替えて宮間に告げる。
「それは良いけど…あとで事情は聞かせてほしいわね」
「話せる範囲で良ければ」
シンジたち三人はそのまま転移した。
———
「なんか…すごい展開でしたね」
ダンジョン探索協会の職員の一人が宮間に声をかけた。
「情報量が多かったわね…まずあのエリクサーとかいうポーション?らしき薬。四肢欠損を治してたわね。それに二人が話していたよくわからない言葉。極め付けは…」
宮間は言葉を濁したが、その場にいた全員が正確に理解していた。
——一位と二位の「名前」のことだ。
確かに二人は「シン」と「カナ」と呼ばれていた。名前からして、二位の方が「カナ」、一位の方が「シン」だろう。本名かまではわからないものの、三人は親しそうだったし、いつも使っている名前だとは思われる。
「これは…報告しないわけにはいかないわね」




