第66話 転職革命
「全員ワンランク上のジョブに転職させてくれるとかすごすぎるよな!」
「これで俺たち探索者よりも強くなれるんじゃね!?」
「っていうか一位と二位って何者なの?少なくとも一万近くの転職オーブを持ってるってことだよね?」
「それどころじゃないぞ。上位とかのオーブを大量に持ってるならそれ以下もかなり持ってるってことだろ?」
という感じで、ダンジョンスクールでは転職革命の話で持ちきりだった。
「本当に大丈夫なんだろうね?」→橘ってこういう口調だったっけ?
ダンジョンスクール庁の長官、橘が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だって何回も言ってるだろ」
ダンジョンスクール生を全員転職させるというのがよほど想像できないらしく、橘はことあるごとに確認をしてくるのだ。
「まぁ大丈夫だろう。ポーションもマナストーンもちゃんと持っていたしな」
支倉が太鼓判を押してくれる。
今、三人はダンジョンスクールの新宿本校の応接室にいる。
いよいよ明日始まる転職革命の最後の打ち合わせのためだ。
「それはわかっているのですが…。生徒たちもかなり楽しみにしているので、万一何かあると収拾がつかなくなると思いますので」
「大丈夫だって。明日俺が死んでない限り」
「不吉なことを言うな」
冗談のつもりだったが、嗜められてしまった。
「とにかく、明日の確認だが、俺が順番にクラスを回って転職オーブを配ればいいんだな?」
そう、なんとシンジが直接転職オーブを配ることになっているのだ…。
なぜそうなったかというと、転職オーブが貴重すぎて担任にまとめて預けるのは荷が重いという話になったからだ。
シンジとしては全員に配るのはかなり面倒だと反論したが、頼み込まれて了承してしまったのだ。
なので、明日から始まり向こう1か月ほどは転職オーブを配る日々になる予定だ。
「それで頼む。ところで、探索者たちから不公平だという嘆願がかなりあるんだが」
「って言ってもなぁ。探索者全員に配るのはさすがに現実的じゃないしな。転職オーブも無限にあるわけじゃないし」
今の日本で探索者になるハードルはかなり低い。むやみやたらと転職オーブをばら撒くと、転職目当てに探索者になる輩も出てくるだろう。あるいは、ある程度のレベル以上の探索者だけに配るか。しかし、それはそれで不公平だと不満が出るだろう。
「うーん。そうだな…例えば、『転職クエスト』としてなんらかの試験を実施して、クリアした人間に先着順で渡すとかならできるかもな」
思いついたアイディアをそのまま言ってみる。
「なるほど、面白いな。ちょっと検討させてくれ」
支倉は乗り気のようだ。
「それはダンジョンスクール生に配り終わった後にしてくれよ」
橘が釘を刺す。転職クエストで転職オーブを配り過ぎてダンジョンスクール生分が足りなくなるのは困るということだろう。
「それは大丈夫だろう。転職クエストとやらを検討するのにも時間が必要だしな」
その後、翌日の予定を詰めて解散となった。
ちなみに、どの生徒に何の転職オーブを渡すかは一覧にしてあり、事前にダンジョンスクール側と生徒本人には確認してある。
なので、明日は本当に配るだけだ。と、少なくともシンジは思っている。
そして、転職革命の初日がやってきた。
——
チャイムが鳴るのに合わせて、シンジがそのクラスの担任と教室に入ると、生徒たちは騒ぎ始めた。
前回、「一位の講説」をした時とはまた違う熱気である。
「はいはい、みんな静かにね〜。今日は転職オーブ配布のためにランキング一位の佐藤さんが来てくれました。拍手!」
ショートボブの若い担任が生徒たちを鎮めて拍手を促すと、割れんばかりの拍手が起こった。
「時間が限られてるので早速配布を始めます。名前を呼ばれた人から前に来てくださいね〜」
そう、時間は限られている。1日に500人ほどの生徒に配布する予定なのだ。これはシンジが転移できるからこその人数だ。各地のダンジョンスクールを転移でどんどんまわる予定なのだ。
「浅田さん」
あいうえお順だ。最初の生徒が呼ばれたので、リストを見ながら転職オーブをアイテムボックスから取り出す。
「アイテムボックスだ!」
いちいち反応する生徒たち。
最初に呼ばれた浅田は、黒髪ロングの女子生徒で、まだ成人していないと思われる若さだ。
浅田は下位の『魔法使いの卵』だったので、中位の『魔法使い』への転職オーブを渡す。
さすがに何の転職オーブが渡されたかまではアナウンスされない。プライバシーへの配慮だろうか。
「わぁ…!」
浅田が破顔する。
「はいはい感動は席に戻ってからお願いね〜」
担任がさっさと席に生徒を返す。
そこからどんどん生徒たちへの配布を進める。十分ほどで配布が終わり、いろいろと話したそうな生徒を尻目に、教室を後にする。
隣の教室に移るとまた熱烈に歓迎される。そこでもさっさと転職オーブを配布していく。
そんな感じで新宿本校での配布を終えると、次なるダンジョンスクールに転移する。それを繰り返す。
途中でお昼休憩を挟みつつ、その日は予定通り約500人への配布を終えた。
『意外と疲れる』
シンジはその夜、カナタに愚痴を送った。
カナタは、転職オーブは出しているが、配布はしていない。ちょっと家の手伝いがあるらしく、まとめて時間を出すのが難しかったのだ。
こうしてみると、『一位の講説』も記者会見も、そして今回の配布もシンジが一人で行なっているので、シンジばかり顔が売れている気がする…。まぁもちろん認識阻害をかけているので素顔ではないが。
『お疲れ様〜。手伝えなくてごめん』
『いや、それはいいけど。ヨツバたちの方はよろしく』
シンジが転職革命に追われている間、ヨツバたちの特訓はカナタの担当である。こちらは頻度もそこまで高くなく、いざとなったらリスケも可能だ。
『うん、任せて』
その後、シンジはひたすら転職オーブを配布する1か月を過ごした。




