第56話 ダンジョン等価理論
翌日。
シンジは再びダンジョンスクールの新宿本校に来ていた。
今日は「ダンジョン等価理論」について講義する予定だ。
大講堂に入ると、昨日と同じく生徒がぎっしり座っていた。
さらに、今日は立ち見が結構いる。教員も混じっているようだった。その中に泉田の姿もある。さらにマスコミも何人かいるようだった。
(泉田さん、来たのか…っていうかマスコミまで?)
若干ひっかかりを覚えつつも、シンジは昨日と同じく講壇に立つと、講義を始めた。
「今日はダンジョン等価理論について話す。簡単に言うと、ダンジョンにはランクごとにもともと持っているエネルギーというのがある。例えば最下位を1とするなら下位が10、中位が100、という感じだ」
大講堂は静まり返っている。昨日のようにざわめきは起こらない。ただ皆が食い入るように聞いている。
「ダンジョンの中にある全てのものはこのエネルギーをもとに生み出されている、というのがこの理論の基本的な考え方だ。ダンジョンの環境もトラップも、宝箱も、モンスターも、全てだ。だから簡単に言うと、モンスターがいっぱいいるダンジョンにはトラップが少ない。逆もしかりだ」
そこでざわめきが起こった。
「え?これってほんと?」
「本当なら画期的じゃないか!?」
「信じられん…何を根拠に言ってるんだ?」
「いや、でもあり得るな…」
「あくまでそういう説という話だからな。絶対正しいとは言っていない。だが俺の経験的にはある程度、的を得ていると思う」
「はいはいはい!経験ってどういうことですか?」
「いろんなダンジョンに潜った経験だな。神話級ダンジョンまで行ったが、この理論から外れたパターンは今まで出会ったことがないな」
しーん、と場がまた静まり返る。そこから二人ざわめきだ。
「神話級ダンジョン…?」
「人間が入って生きて返って来れるのか?」
「そこまで行ってて検証してるなら本当なのか?」
「佐藤さん!これまでいくつのダンジョンを踏破されているのですか!?」
立ち見しているマスコミらしき人物の一人から質問が飛ぶ。呼び方も佐藤さんだし、取材が何かと勘違いしてそうである。
「今日はダンジョンスクール生に講義に来ているからな、マスコミからの質問は受け付けていない」
にべもなく返すと、そのマスコミの男は鼻白んだ。
それをスルーして、続ける。
「ここからは具体的な実例と、ダンジョン攻略にどう応用するかを話す」
そこであたりを見回すが、特に口を挟んでくる者はいなかった。
「例えば俺が行ったダンジョンの中の一つは、ダンジョン全体が水没していた」
スウェーデンの最上位ダンジョンの話である。もちろん異世界にも似たようなダンジョンはあった。
「水没してるから、水の中を自由に活動できる魔法がないと進入すらできないが、逆に入れれば攻略はそんなに難しくない。なぜなら、ダンジョンのエネルギーが水を発生させるところにたくさん使われているせいで、最上位ダンジョンにしてはモンスターが弱かったからだ」
そこからシンジはいくつか実例をあげる。トラップが多かったが、モンスターハウス——文字通りモンスターの家であるかのようにモンスターがいっぱいいるダンジョンのトラップルームの一つだ——以外はほぼモンスターのいなかったダンジョンや、逆にモンスターがものすごく強かったが、トラップの一つもなかったダンジョンの話をする。
「中位ダンジョンくらいまでなら、そもそもトラップが少ないから実感は沸かないかもしれないが、より上位のダンジョンほどダンジョンごとのカラーが出てくるからな。この理論を知っているのと知らないのでは攻略のしやすさが変わってくる」
いったん言葉を切ってから、さらに続ける。
「ダンジョンは、ダンジョンごとにある程度特徴がある。さらに、ダンジョンの中では十階層ごとに特徴が変わる傾向にある。例えば、さっきの水のダンジョンで言えばダンジョン全体が水没していた。その中で、十階層ごとに出てくるモンスターのタイプが変わったな」
「あるいは、途中までは水の中で、後半は普通のダンジョンに戻る場合もある。その場合、後半は水にエネルギーを使っていない分、強いモンスターやトラップが出てくる可能性があがる。こんな感じで、ダンジョンの環境やトラップの状況からモンスターを予想したりもできる」
シンジが一通り説明を終えると、昨日と同じく、いろいろと質問が飛んできた。
シンジは、その中で生徒からの質問にだけ答えていく。
「この法則から外れたダンジョンは、佐藤先生の経験上は今まで一つもなかったですか?」
「なかったな」
「これは佐藤先生が思いついた理論ですか?」
「違うが、出所は言えない」
「水以外に環境にたくさんエネルギーを使っているダンジョンの例を教えてください!」
「闇とか、ひどいのでは炎もあったな」
「炎のダンジョンもクリアしたんですが?どうやったんですか?」
「ああ、クリアした。熱さを遮断する結界を常時張って攻略したな」
結局、今日も二限まで伸びた。予想通りと言えば予想通りだ。明日からは最初から二限分、時間をとるそうだ…。
シンジは、昨日と同じく早々に帰ろうと思っていたが泉田に引き止められた。泉田に連れられて、応接室に向かう。
「泉田さんに言っても仕方ないかもしれないが、なんでマスコミがいるんだ?」
シンジは別にアンチマスコミというわけではないが、目的を妨害されるのは好きではない。今日の目的はあくまでダンジョンスクールの講義だ。マスコミのために講義をしていたわけではないし、インタビューでもない。
「ああ、なんでも今日の講義を聞きつけたマスコミが押しかけてきて、追い返せなかったらしくてな」
さすがマスコミ、押しが強い…。
応接室に着くと、ダンジョンスクール庁の長官、橘と支倉が待っていた。
「お偉いさんが二人も、何やってるんだ?」
シンジはものすごく素朴に疑問を呈した。
しかし二人は疲れた様子でため息をついた。
「おいおい、あんな講義しておいて言うに事欠いてそれか?ダンジョン等価理論で今、外は大騒ぎだぞ」
泉田が突っ込む。
「…?ダンジョン等価理論で大騒ぎ?」
まだいまいちピンときていないシンジ。
「あんな隠し玉を持ってるとは!それならそうと言ってくれ!」
「隠し玉??」
「支倉さん、無駄みたいですよ…やっぱり一位殿に常識を求めるのは無理があるんですよ」
泉田が皮肉なのか「一位」を強調する。
「おいおい、俺が常識ないみたいに言うな」
「ないだろう!いいか?ダンジョンについては謎に包まれてるんだぞ?あんなに理路整然とダンジョンの話をできる奴なんて地球にはいないんだよ!」
その言い方にちょっとドキリとする。まさか異世界がバレたわけではないだろうが。
(いや、そもそもこの期に及んで異世界のこと隠す必要ってあるか?)
幼馴染二人の反応を見ても、むしろ異世界の方が納得される気もする。
「なるほど…いや、でもそんな騒ぐことか?」
「そうだな。ダンジョンなんて意味不明のものという認識だったからな。まさかエネルギーっていうもので測れるっていうのがまず意外だよな」
「そんなものか」
平然としてるシンジに三人は説明を諦めたようだった。
「それで、用は終わりか?」
「いや、待て待て。まだ用件は始まってもないぞ」
「え、マジで?」
あんなに騒がれたのにそれは用件ですらなかったらしい…。
「とりあえず用件は二点。一つは、明日からの講義内容だ。概要でいいから教えてくれ。今日みたいな騒ぎになるのは困る。それともう一点は、ダンジョン等価理論についてだな。早めに論文にでもした方がいい」
支倉が告げる。ダンジョン省の大臣が出張ってくるとは、やはり大事は大事のようだ。それにしても。
「論文…」
シンジは嫌そうに顔をしかめた。論文とか、書ける気がしない。大体学歴で言えばシンジは高校さえ卒業していないのだ。論文なんて書けるか!
「山田に書いてもらうか」
それがいい。学歴で言えばカナタも同じだが、カナタは昔から優等生だった。きっとなんとかやるに違いない。
「おいおい、自分で書けよ」
最近、泉田の物言いには遠慮がない。
「いや、そういうの俺無理だから。山田は昔から優等生だったからな、きっと書いてくれるはずだ」
「…お前ら、普通に学校通ってたことあるのか?」
「日本人だからな。義務教育くらいは」
適当に誤魔化す。
「どちらでもいいから論文は前向きに考えてくれ。それと、残りの講義内容を教えてくれ」
さすができる男、支倉だ。話を進めてくる。
「わかった」
シンジは頷き、明日以降の予定を話し始めた。




