第53話 長官
泉田からダンジョンスクールの講師の依頼を受けてから二週間後、シンジは登壇することになった。
二週間の間には特筆すべきことはなかったが、冥界の果てのメンバーと、それからレベル千超えの残りの三人にスキルスクロールを渡した。
これで石碑ダンジョンの依頼は報酬の受け渡しまで全て終了したことになる。
もっとも謎は全く解けていないが。
時間があれば石碑のメッセージの意味も考えてみているが、今のところ新たな発見はない。
予知夢で見たのだから重要なのは間違いないが、どれくらい緊急性があるかも不明である。
他にここ二週間であったこととしては、ランキングの変動である。
泉田が先日レベル千を超えたと言っていたが、スキルスクロールを渡した他の探索者たちも順調にレベルアップしているらしく、ランキングが上がったという話をちらほら耳にしている。
日本の探索者のレベルアップはまずまず順調と言えるのではないだろうか。
このペースで魔王がどうにかなるのかは別問題ではあるが。
(ここがダンジョンスクールの本校か)
シンジは、到着した建物に目を向けた。
蒲田のダンジョンスクールより一回り大きい建物だ。やはり奥には演習場とダンジョンがあるようだ。場所は新宿だ。
「佐藤さんですか?」
入り口に立っていた職員らしき若いスーツ姿の男が話しかけてきた。
「ああ、そうだ」
「お待ちしていました。私は本校で教員をやっております笠原と申します。どうぞこちらへ」
男について校舎の中に入り、廊下を歩く。土足だ。すれ違う生徒がちらちらと視線をよこしてくるが、スルーする。
「皆、今日佐藤さんが来るのを知ってますからね。興味津々なのでしょう」
あまり表に出てこない謎のランキング一位の存在は、ダンジョンスクール生としてはやはり気になるのだろう。特に、自分たちと年齢があまり変わらない——ダンジョンスクール生になるのに年齢制限はないが、体力のある10代、20代が多い——男が一位となれば、尚更気になるはずだ。
異世界に行く前のシンジであれば、ここまで注目されたら萎縮していただろう。しかし異世界に行って、いろいろあってからはそういう意識は全くなくなった。見るなら好きに見ろ、という感じである。
やがて、職員室——ではなく、応接室のようなところに辿り着く。
中では、壮年のスーツ姿の男が待っていた。知らない顔だ。
「ああ、よく来てくれたね。私はダンジョンスクール庁の長官をやっている橘だ」
男は立ち上がり、そう自己紹介すると右手を差し出した。意外と大物だ。
「ランキング一位の佐藤だ」
言いながら、その手を握り返す。そこでぎゅっと握力をかけられる——といった幼稚なことが起こるはずもなく、握手はあっさりと終わった。
が、そこで微かに違和感を感じる。
(あ、鑑定か)
久しぶりの感覚で一瞬何かわからなかったが、鑑定されたのだということに思い至る。そういえば、これまで戻ってきてから一度も鑑定されていなかった。
「鑑定か?」
「…!」
橘は目を剥いた。
「わかるのかい!?」
「ああ。鑑定は、基本は鑑定された側にはわからないが、わかる方法もある。やる時は気をつけた方がいいぞ」
一応忠告しておく。
「忠告痛み入るよ。悪かったね、どうしても気になってね」
「ああ、別に構わない。どうせ鑑定できないしな」
そう、シンジは対鑑定用の無魔法を常に張っている。カナタもシンジからそれ用の魔法アイテムをもらって張っている。
いつどこで誰に鑑定されるかわからないからだ。見られて絶対に困るものではないが、間違いなくドン引きされる。それに、謎めいていた方がやりやすいこともある。
鑑定を防ぐなら、弾く以外にも、改竄という方法もある。探索者登録の時に使った手だ。だが、間違った情報をあえて流す必要もないので、今は弾くことにしている。
「そのようだね。鑑定できなかったのは初めてだよ。ステータスはかなり気になるが、気にしないことにするよ」
「そうしてくれ」
言いながら、こちら側のソファに座る。橘も席につく。
「それでは私はこれで」
笠原はただの案内役だったらしく、すぐに退室した。
「今回は講師を引き受けてくれてありがとう。生徒も皆、楽しみにしていてね」
「講師はしたことないから、どれくらい期待に沿えるかはわからないが、精一杯頑張らせてもらう」
無難に応えておく。
「それで、講義の前に申し訳ないのだけどね。ちょっと転職オーブの話を聞かせてくれるかい?」
どうやらそのためにわざわざ長官自らやってきたようだ。
「ああ。何が聞きたいんだ?」
「まず、生徒全員に上位転職オーブを、ということだったが本当に足りるのかい?」
「人数は一万人くらいと聞いている。それが合っているなら、数だけで言えば足りるな。あとは、実際に皆のジョブを確認してみないと絶対とは言えないが、最悪他系統のジョブに転職でもいいなら足りないことはないな」
基本的には各自の現在のジョブの上位ジョブに転職できるオーブを配るつもりだ。ただ、もしジョブに偏りがあった場合、その系統のジョブの転職オーブが足りなくなる可能性はゼロではない。
そういった場合も、他系統の上位ジョブへの転職——一度その系統の下位ジョブに転職しなければならないが——という形で対応して良いなら、数はなんとかなるだろう。
「それは…本当にすごいね。いや、ポーションやマナストーンの話を聞いた時も驚いたけどね」
シンジとしてはもう驚かれた慣れているので肩をすくめて応える。
「ちなみに、生徒たちに配布したあと、日本の探索者たちにも欲しいという話になったらどうするつもりだい?」
「どうもしないな。個別に依頼されれば応じることもできるが、まとめて対応するにはさすがに数が足りないと思う」
「それは、そうだろうね…」
橘は思案し始める。
「いや、ぜひとも生徒たちは転職させてほしいのだけれどね。他とのバランスをどうとろうかと支倉大臣とも話していてね」
「まぁその辺の調整は俺にはどうしようもないからな。受け入れ準備ができたら声をかけてくれればいい」
「わかった。あとは、転職先はどうやって決めるつもりなんだい?」
「基本的にはその生徒の今のジョブの一個上のジョブの転職オーブを配布するつもりだな。それがない場合は別系統への転職も考えるし、あとは例外的に二つ上のジョブを渡すことも考えているが」
「なるほど、そのあたりも別途詰めさせてほしい。生徒間で不公平感が残るのはまずいのでね」
面倒だな、と思う一方、日本ってこういう国だったな、とも思う。
「まぁ、相談には乗る」
「助かるよ。聞きたかったのはそれくらいだね。あとは今日の講義に集中してくれて大丈夫だ。時間になったら笠原君が迎えにくるから、よろしく頼むよ」
そう言うと橘は立ち上がって部屋を出て行った。
講義に関して、特に事前のリハとかはない。面倒なのでシンジが断ったのだ。
また、カナタが同席するかについても、話し合いの結果不要という結論になった。二人いても一度に話せるのは一人なのだし。
程なくして、笠原が迎えに来た。シンジは笠原に連れられて、大講堂へと向かった。どの校舎にもあるというわけではないそうだが、この新宿本校には500人ほどを収容できる大講堂がある。
シンジはそこで講義する予定だ。そして、講義は全国のダンジョンスクールに同時配信される。
大講堂に入ると、席はぎっしり埋まっていた。今日は他校からも抽選で当たった生徒が聴講に来ているらしい。配信でも見れるのにご苦労なことだ。
シンジはすたすたと講壇に向かうと、その横に立って生徒たちへと目を向けた。席は階段状になっていて、生徒たちの顔は意外と良く見えた。
ざっと見たところ、不服そうだったり、つまらなさそうな顔をしている生徒はおらず、皆興味ありげにじっとシンジを見ている。
「ランキング一位」の看板は相当威力があるようだ。
「初めまして。俺はランキング一位の佐藤という。偽名だが、よろしく」
シンジはとりあえず無難に自己紹介した。
「ほんとに偽名なんだ…」
などという声も聞こえたが、気にしない。
「今日から一週間、毎日一限ずつ講義を担当することになっている。講義内容は事前に配布されていると思う」
カナタといろいろ考えた結果、シンジは五つの講義をすることに決めていた。
その内容は以下だ。
1, パーティーについて(月曜)
2, ダンジョン等価理論について(火曜)
3, 攻略のコツについて(水曜)
4, スキルの習得について(木曜)
5, 訓練方法について(金曜)
生徒たちにも内容は事前に知らされているはずだ。
「はい!佐藤先生!」
前の方に座っていた一人の男子学生が勢いよく手を挙げた。
佐藤先生と呼ばれることにやや違和感を覚えつつもシンジはその生徒をあてる。
「ダンジョン等価理論ってなんですか!?」
「それは明日話す」
レジュメにもそう書いてあるはずだが…。
「すみません!めっちゃ気になったんで!」
確かに、調べた限りこちらではこの概念はまだないようだった。確かに他のトピックとは毛色が違うし、気になるのだろう。
「明日まで待ってくれ。他に質問がなければ早速今日の内容に入ろうと思う」
男子学生の態度が面白かったのか、一部でクスクスと笑い声がしていたが、シンジの一言で静かになる。
シンジは全く緊張も覚えずに、講義を始めた。




