第52話 転職オーブ
なんとか間に合いました!今後不定期更新になるかもしれません。なるべく頑張ります!!
シンジとカナタは再び池袋の近くにある『冥界の果て』のクランハウスに来ていた。
わざわざファミレスで会うのも面倒になってきたので、泉田とはクランハウスで会うことにしたのだ。クランハウスならその場に転移しても問題ないわけだし。これがファミレスだと近くの公衆トイレに転移してから歩くという手間がかかる。
「よぅ、今日は二人一緒か」
「ああ。いったんいろいろ片付いたからな」
マナストーンの売買契約や石碑ダンジョンの件も、いったんは落ち着いたと言える。石碑ダンジョンについては手詰まりという言い方もできるが。
「石碑ダンジョン、いろいろわかったって?」
ソファのあるリビングだと他のクランメンバーのことが気になるし、向こうも気になるだろうということで応接室で三人は向き合っていた。
「ああ。とりあえず石碑の内容が全部出揃って、並び順もわかった」
シンジは石碑の内容を解いた文章を泉田に渡す。
《この世には二つの星がある。二つの星に忍び寄る影がある。太陽の光が届かない闇からの影。月から道が通る時、影は光に出て光を侵す。備えよ。自らを照らす光に油を添えて。そして、どうしても困ったら僕を呼びなさい。》
「でも意味がよくわからないんだよな」
「うーん、なんかの暗号か?」
泉田も文章を呼んで首をひねる。
「星、太陽、月、光、影、油、あたりがキーワードか?あと『僕』って誰だ?」
「それが一番謎なんだよな。ただ、俺たちの予想としてはダンジョンの制作者だな」
「!…なるほど。一理あるな。ダンジョンの制作者ならダンジョンに石碑を設置できるわけか。ってことは、この石碑の謎が解ければダンジョンについてもわかるってことか?」
「可能性はあると思う」
それを聞いて腕を組んで考え込む泉田。
「ちなみにこれを発表する気は…?」
「今のところはないな。このメッセージの意味がわかった時、それによって害があるかもわからない以上、公開するのはリスクが高いと思ってる」
公開する上でのネックはこれだ。これを解いた結果、何か害があったとしても責任がとれない。あるいは、これを読んだ誰かが、間違って解いたことによって害を被る可能性もある。
さらに言うと、上位以上のランクの海外ダンジョンを攻略したことが公になってしまう。ライセンスは当然持っていない。国際問題だ。
「そうだよな。今、発表しても混乱を招くだけだよな」
泉田も頷いた。
「この『僕』とやらを呼んでみたらどうだ?」
「呼び方がわからないのと、『どうしても困ってる』かというと、そこまでなんだよなぁ」
《どうしても困ったら僕を呼びなさい》である。今、どうしても困っているかと言われると、正直そこまでではないのだ。
「手詰まりか…」
「まぁもう少し考えてみる。何か思いついたら連絡してくれ」
「わかった。それで、今日来てもらったのはだな」
そう、実は、今日は泉田に呼び出されていたのだ。石碑の話はついでだ。
「二人にダンジョンスクールの講師を頼みたいって話があってな」
全く思ってもいなかった内容である。二人は顔を見合わせる。
「え?講師って私たちが?ダンジョンスクールに通ったこともないし、何を教えたらいいかなんてわからないよ」
カナタは言いつつ、以前ちょっと訪れたダンジョンスクールを思い出す。幼馴染のヨツバとアヤセが通っていたが、実技には一抹の不安を覚えたのも事実だ。
「そんなに難しく考えなくていい。生徒たちが強くなるために必要なことを適当にレクチャーしてくれればいいんだ」
「というか、これは誰の発案なんだ?泉田さんってダンジョンスクール関係者だったのか?」
引き受ける、引き受けない以前に、どこからこの話がふって湧いて出たのかが気になる。泉田は探索者だ。日本三大クランの一つ、『冥界の果て』のクランリーダーで、支倉の部下のような動きもしている。ダンジョンスクールでまで何かやっている余裕はないのではないだろうか?
「ダンジョンスクール庁の長官だな。俺はただこの話を二人に持っていってほしいと支倉さんに言われただけで、直接関係はないな」
「ダンジョンスクール庁?ダンジョン省とは別なの?」
カナタが聞き返す。聞いたことがない名称だ。
「ダンジョン省の中の組織だな。ダンジョンスクールのカリキュラムなんかは全部ここが一括して担当している」
「ダンジョンスクールのカリキュラムって全国統一なのか」
ダンジョンスクールについては、特に通う予定がなかったのもありそこまで詳しく調べたわけではない。
「実際は多少アレンジされている場合もあるみたいだが、基本はそうだな」
「確か、実技が多いんだよな?」
アヤセとヨツバに聞いた話を思い出す。
「よく知ってるな。通う予定でもあったのか?」
「いや、知り合いが通っててな…」
(あ…)
言ってしまったから後悔する。知り合いって誰だ?という話に当然なるだろう。しかしアヤセとヨツバは一位と二位としての知り合いではない。
「…知り合い?」
一般人に知り合いがいることが意外だったらしく、やはり泉田が反応した。
「…聞かなかったことにしてくれ」
苦しい言い逃れをする。
「じゃあ言わないように気をつけてくれ」
泉田が疲れたように返す。
「ああ。悪いな」
その間、カナタは特に口を挟まなかった。この場合はそれが正解だろう。フォローしても余計怪しいだけだ。
「まぁとにかく、実習が多いって少し小耳に挟んだことがあるんだ」
「それはその通りだな。探索者になるには座学だけだと意味ないからな。強くもならねぇし」
「そうだよなぁ…」
シンジは考え込む。日本の探索者の実力を底上げしたいという目的に沿うなら、探索者の卵たちが通うダンジョンスクールで講師を勤めるというのも無意味ではないだろう。
しかし、座学には限界がある。かといって一つ一つのダンジョンスクールを回って実習に付き合うのも現実的ではない…。
「ダンジョンスクール生って全国にどれくらいいるんだ?」
「ざっくりとだが、一万人くらいだな」
それが多いのか少ないのかはわからないが、個別に教えるには厳しい人数ではある。
それなら。
「じゃあ、転職オーブだな」
ポーション、スキルスクロール、マナストーンと排出してきて、あと大量にあるのは転職オーブだ。といってもポーションほどの数はないが、一万人くらいならなんとかなるだろう。…たぶん。
「転職オーブか!」
「転職オーブってあんまり普及してないのよね?」
「そうだな。そもそも、ダンジョンランク以上の転職オーブって基本出ないだろ?今攻略が進んでる中位ランクで出る転職オーブでできる転職はたかが知れてるからな」
現状、日本で入手できる転職オーブは中位ランクのダンジョンから見つかっている中位ジョブへの転職オーブまでだ。しかし、強い探索者は基本的にに中位以上のジョブをもともと持っている。そして、転職できるのは「自分のジョブと同系統のジョブ」か「別系統の下位ジョブ」のみだ。
日本で今入手可能な「中位ジョブ」の転職オーブは、同系統の中位以上のジョブを持っている人にとっては転職するメリットはなく、別系統のジョブを持っている人にとっては使えないので――その系統の下位転職オーブを入手して使用するというのは不可能ではないがやはりメリットがあまりない――、現状転職オーブはあまり使われていない。
「だよな。そこで、ダンジョンスクール生全員に上位以上の転職オーブを配布しようと思う」
「それは...マジでやばいぞ。他から暴動が起こるかもしれん...アメリカだって黙ってないぞ。ポーションの時もさんざんつつかれたらしいからな」
「と言っても、俺たちが講師するならこういうやり方になるんだよなぁ。もちろん普通のレクチャーもするが」
「ちょっと支倉さんと調整が必要な案件だな。まずは普通の講義をお願いしたいって話になると思うが」
「ダンジョンっていう脅威が目の前にあるのに、そんな悠長なこと言ってる場合か?魔王だっているんだぞ」
「佐藤の言いたいことはわかる。俺だってそう思う。でもそうもいかねぇのが政治だったり人の感情だったりするんだよ」
言い返されて、シンジは黙り込んだ。
このあたりが、異世界とは少し感覚が違うところなのかもしれない。もちろん異世界にも政治的思惑とか、人々の妬み嫉妬とか、そういうものもあった。だがそれはそれとして、魔王が喫緊の課題であるということが全国民の共通認識ではあったのだ。
しかし日本は、あるいは地球は、まだそこまでの意識がないのかもしれない...。
「...わかった。とりあえず転職オーブの件は検討してくれ。どれくらい役に立つかはわからないが、俺たちも普通の講義をいくつか準備する」
座学だけではさほど効果はないかもしれないが、パーティー編成とか、ダンジョン等価理論とか、攻略のコツとか、話せることはいくつかある。
「助かる!いや~俺も興味あるな!お前たちの講義」
「おいおい、日本を代表する探索者が今更ダンジョンスクールの講義かよ」
「一位と二位の前で日本を代表する探索者なんてとても名乗れねぇよ。あ、あとな。副大臣」
副大臣。そういえばいろいろあって忘れていたが、結構茶々を入れられていたのだった。総理大臣の計らいで事なきを得たとはいえ。
「なんかまだ諦めてねぇらしくてなぁ」
「え?嘘でしょ?どんだけ馬鹿なの?総理大臣まで出張ってきてるんだからもう自分の言い分は通らないって気づくでしょ?」
カナタが思わず突っ込む。
「いや、馬鹿なのは否定しねぇが。これ以上どうしようもないとは思うが一応耳に入れておこうと思ってな」
「わかった。次なんかあったら潰すかも」
さらりと告げるシンジ。
「なるべく穏便にしてくれよな...」
「向こうが穏便ならな」
期待できないかもしれない、と泉田は思った。
学園編が始まるわけではありませんm(_ _)m




