第48話 契約
「もしもし支倉さん?」
シンジが支倉に電話をかけると、支倉はすぐに電話に出た。
「佐藤君か。逮捕状の件だろう?」
「ああ。どうなってるんだ?副大臣が絡んでるだろうとは思ってるが、俺たち結構日本に貢献してるよな?ポーションの件とか」
ポーションはかなりの数を提供している。感謝状の一つでもあっていいところが逮捕状である。
納得がいかない。
「もちろんだ。だが、それはそれとしてライセンスなしでダンジョンに入っているという点を突かれると裁判所としては逮捕状を出すしかなかったんだろうな」
「まぁそれは…そうかもしれないが。このままだとおちおち出歩けもしないんだが」
確かに、厳密な話をするなら、いくら国に貢献していようと法律違反は法律違反である。ついでに言うと、ポーションの提供者は正式には一位と二位であるとは発表されていない。そういう意味でも逮捕状に対する抑止力としては弱いと言えるだろう。
「それに、知ってると思うが総理とマナストーンの売買契約を結ぶ予定もある。そこに待ち伏せとかされても困るんだよな」
「わかってる。君にとっては面倒だろうが、ちょっと特殊な司法取引という形でカタをつけられないか検討中だ」
「司法取引?って普通、共犯者の情報とか吐くと罪が軽減されるやつだよな?今回の件でどうやって使うんだ?」
普通、司法取引は、他人の犯罪についてリークすることで自分が減刑されるもののはずだが。
「いや、それは日本の場合で、アメリカの司法取引では自分の罪を認める代わりに減刑される制度だな。これの応用のような感じで考えている」
「へぇ、不思議な制度があるんだな。だったらみんな自分の罪を認めれば減刑されるってことだろ?」
「アメリカは陪審員制度がとられているから必要な制度だな」
明らかに犯罪を犯していても、陪審員が無罪と言えば無罪になってしまうのがアメリカだ。しかし司法取引を通して本人が有罪を認めればその限りではない。だから、アメリカでは司法取引が多用されている。
「今回の場合は、こちらでは到底二人を捕まえることができないから、出頭して今後はライセンスを使って活動するという誓約の代わりに、これまでの分は罪に問わないという取引で考えている。もちろん、総理とすでに口約束している通り本名でなくて構わない」
「まぁ、それなら…」
どちらにしても、一位と二位としてのライセンスを受け取る予定だったのだ。そこに司法取引という話が絡んでくるだけだ。
あるいは、総理はそこまでお見通しであの話を持ってきたのだろうか?それなら結構食えない男である。
「一応その方向で調整中だが、決まったらまた連絡する。その場合、総理との契約の場で司法取引の手続きもやってもらうことになる」
「わかった」
ひとまず、亡命はしなくて済みそうだ。
———
シンジは、その後何日かは支倉からの連絡を待ちながら過ごしていた。
待っている間、暇なので、今後必要になると思われる追加のポーション作りに勤しむ。といっても、難しいプロセスはない。
必要なのは材料と『調合』スキルだけだ。『調合』も実際に何かを混ぜ合わせて、かき混ぜて——というような面倒な作業はない。材料を集めてスキルを発動するだけだ。すると不思議なことにその材料で生成できる薬——この場合はポーション——が自動的に生成される。
そしてここで役立つのが、以前ポーションに『エリア指定』を付与した時にも使った『ワンス』というスキルだ。これは『薬学』系統のスキルを使用する際に、「一度に」一万個までまとめて作業を行えるようにするスキルだ。
これを使えば、材料さえあればポーションを一度に一万個作れるわけである。
あとは、ただの流れ作業だ。材料を集めて、『調合』スキルと『ワンス』を発動させる。ひたすらこの繰り返しだ。ちなみに、『調合』スキルを発動させるにもマナを使う。生成する薬のランクによって必要マナは変わってくるが、今回作成する上位ポーションまでなら大量に作ってもマナ切れを起こすことはない。
数日経ってようやく支倉から連絡が来た。
司法取引の調整がついたことと、総理との契約の日時を指定されたので、了承で返信する。
指定されたのはその日から2日後。準備は完了しているので問題はない。
それからまたポーションを作っているうちに契約当日になった。
———
シンジは再び首相官邸に来ていた。
前回と同じプロセスを経て、前回と似たような部屋に案内され、お茶も出される。
支倉は大丈夫と言っていたが、もしかしたら警察が押しかけてくるかもしれない…と警戒していたが、特にそんなことはなかった。
ほどなくして総理と他数名がやってきた。一人はスーツ姿の壮年の男性。その男は、資源エネルギー庁の長官、平井と名乗った。
「今回大量のマナストーンを売っていただけるとのこと、ありがたい限りです」
平井は深々と頭を下げた。真面目そうな男である。
「私は鑑定士の我妻と申します」
二人目は、黒髪ロングの若めの女性。鑑定士と名乗った。『魔法契約』について鑑定する担当だろう。
「私は首相秘書官をしております柚木です。よろしくお願いいたします」
三人目は、こちらもまた比較的若い男性だった。
「ランキング一位の佐藤だ。よろしく」
シンジはあくまで敬語は使わない。ちょっと申し訳ない気もするが、弱気を見せてはいけない。…と思っている。敬語が弱気なのかはさておき。
「こちらが今回の契約内容と司法取引の内容になります」
シンジの前に二つの薄めの冊子が置かれる。
「わかった。これが『魔法契約』の魔法が入った【妖精の真珠】というアイテムだ。好きなだけ鑑定してくれ」
シンジはアイテムボックスから——アイテムボックスの存在は特に隠していない——【妖精の真珠】を取り出して、我妻に渡す。【妖精の真珠】は文字通り真珠のような見た目だが、サイズは手のひらサイズと大きい。
「ありがとうございます」
「じゃあ俺はこれを読ませてもらう」
シンジは契約書に目を通し始める。総理が何かせこいことを企んでるとは思わないが、微妙な認識のズレがある可能性はある。もちろん、何か企んでいる可能性だってゼロではない。中身はしっかり確認すべきだろう。
しばらく部屋にはシンジが紙をめくる音だけが響く。
「これなら特に問題はないな」
読み終わってシンジが告げると、峯岡が頷いた。
「それは良かった」
内容は、基本的に前回シンジが出した条件通りで作成されていた。ただし、契約書らしく「甲は…乙は…」という回りくどい書き方で、長々と書かれていたが。
司法取引の方も、支倉が話していた内容通りであった。
「では早速契約といこうか」
「すみません。差し出がましいようですが、この契約は総理でなければなりませんか?」
柚木が口を挟む。
「そういう約束だったはずだが?」
「それは伺っております。しかし総理は日本の代表です。何かあれば国が揺らぎます」
「何もなければいいだろ?」
契約さえ守ってくれれば何も悪いことはない。
「ですが、万一ということもあります。世の中には想定外に起こることというのが常にあります。そのリスクを総理に背負わせるのはいかがなものかと…」
言い募る柚木。話が違う…とシンジが少しイラッとしたところで、総理が制した。
「柚木、やめなさい」
「しかし…」
「私が判断して、すでに佐藤君と約束しているのだよ。今更反故にすることはできない。佐藤君にも失礼だろう」
「…失礼しました」
総理に諭されて、柚木はシンジに頭を下げた。
国を想って言ったのだろうし、総理がたしなめてくれたので、シンジとしては特に言うことはない。
「予定通り進めるなら俺はそれでいい」
「ああ、そうさせてほしい」
そこからはスムーズだった。
我妻が、鑑定済の【妖精の真珠】を使って魔法契約を発動させ、契約内容を読み上げる。
それに対して、峯岡とシンジが「魔法契約を承諾する」と言って完了だ。プロセスとしては簡易契約魔法とほぼ同じだ。ただ、遠隔でない分、制約は強固になる。
司法取引については、偽名の「佐藤太郎」を使って書類にサインをする。
その上で、「佐藤太郎」そして「山田花子」としての探索者ライセンスとマイナンバーカードを受け取る。ただし、さすがに偽名で国際ライセンスは無理だったようで、国内でしか通用しないものだ。
その後、マナストーンの初回売買量について取り決め、解散となった。
今度はマナストーン革命とか呼ばれるんだろうな…。シンジはそんなことを考えながら帰路についた。




