第37話 情報屋
石碑ダンジョンの攻略を依頼した翌日。スマホが鳴った。知らない番号だ。
無視しようとも思ったが、アランベルトの時のように知っている人間の可能性もある。それでも出る義理はないと言えばないが——。
少し逡巡してから、シンジはスマホを手に取った。
「もしもし?」
「お前が一位か?」
居丈高な態度の男だった。
「お前誰だよ」
「お前とは何だ!ワシはダンジョン省の副大臣であるぞ!」
「げ…」
シンジは思わず漏らす。先日、泉田から副大臣の話を聞いていた。探索者に嫌われている厄介な人物とのことだった。
「なんだその態度は!さっさとダンジョン省に出頭しろ!」
「はぁ?なんでだよ」
「お前たちが無許可でダンジョンに立ち入っていることはわかっている!」
確かに、事実である。しかし証拠は残していないはずだ。
「何のことだ?そんなことはしてないが」
しれっと嘘をつくシンジ。相手がこんな態度なら良心も痛まない。
「嘘をつけ!ダンジョンに入らずに一位になれるはずないだろうが!」
鬼の首をとったような態度だ。
「ダンジョンなんか行かなくてもレベルアップする方法があるんだよ」
異世界に行くとか。まぁ異世界ではダンジョンに潜っていたが。異世界にはこちらのライセンスは関係ないからノーカンである。
「嘘をつけぇ!適当なことを言うな!早く出頭しろ!」
「嫌だね。用件はそれだけか?切るぞ」
返事を待たずに通話を切る。すぐにまた電話がかかってくるが、着拒に設定しておく。
「うぜぇ…」
久しぶりに嫌な権力者と話してしまった。実害は特にないが、嫌な気分は嫌な気分である。
———
その日の午後。非常に珍しいことに、家の呼び鈴が鳴った。地球に戻って以来、尋ねてくるのは叔父とカナタだけである。しかし二人とも何かあれば事前に連絡してくるはずだ。特に宅配なども頼んでいないが。
(誰だ…?)
そう思いつつ、シンジはインターフォンに出る。
「はい」
「こちら、一位のお宅で合ってるっすか〜?」
「……」
シンジは沈黙した。
(どういうことだ?どうしてわかった?)
「違うが」
咄嗟に答えて、失敗したなと思う。普通はいきなり否定しないだろう。何の一位かもわからないからだ。
「やはりそうなんすね〜」
向こうは確信があるのだろう。
「…何の用だ?」
これ以上否定しても無駄だろう。とりあえず用件を聞く。
「ちょっとお話したいんすよ〜いれてもらえませんっすか?」
「…わかった」
ここで追い返す手もあるにはあるが、どこで言いふらされるかわからない。口止めをしたいし、そもそもどうしてわかったのかも確認したい。
素顔で出るか迷う。家までわかっているなら、顔も割れているか?それでも、一応認識阻害をかけておくか?顔がわかっている場合、認識阻害をかける方がかえって違和感をもたれるだろう。
迷ったが、素顔で出ることにする。どちらにしても何らかの方法で口止めするしかないのだ。
「入れよ」
ドアを開けると、金髪ロン毛にピアスのいかにもチャラそうな男が立っていた。
「お邪魔しますっす〜」
緩い。男は緊張した様子もなく入ってきた。とりあえず鑑定しておく。
【ステータス】
名前/性別/年齢: 如月アオイ(男、28)
レベル: 373
ジョブ: 情報屋(最上位)
ランキング: 642,796
適性: 武具(中位)、情報(最上位)、予言(最上位)
(情報屋…?情報??)
初めて聞くジョブと適性だ。
「スリッパも出してもらえるなんて実は歓迎してます〜?」
「なわけないだろ」
スリッパはデフォルトで置いてあるだけだ。
とりあえずリビングに通す。家に応接室などはない。
「失礼しますっす〜」
如月はダイニングテーブルに勝手に腰掛けた。神経の太い男である。
「いやー、思ったより普通の家っすね〜」
「家の感想はいい。何でここがわかった?『情報』系列スキルか?」
「わーお!バレてるんすね。鑑定っすか?」
「そうだな。で、どうなんだ?」
正確にはバレてるのはスキルではなく適性だが。
「教えてもいいっすけどぉ〜」
そこで言葉を切る如月。
「無理やり聞き出してもいいんだぞ?」
抑えていた気を解放してみる。泉田が『プレッシャー』と称していたアレだ。ある程度のレベルの者なら感じ取れるはずだが。
「……」
伝わったらしく、如月の顔色が若干悪くなる。しかし口は開かない。
言葉にした通り、無理やり聞き出しても良いが…。
「何か用があるみたいだな。言ってみろよ」
いったんプレッシャーをしまう。無理やり聞き出してもいいが、敵が味方かもわからない人物——勝手に押しかけてきたのだから敵扱いしても文句を言われる筋合いはないものの——に問答無用はちょっと気が引ける。
「ありがたいっす〜!実はっすね〜、一位さんに折り入って頼みがありまして〜」
シンジは無言で先を促す。
「エリクサーを分けてほしいんすよ〜!」
なるほど。どうやらどこからかエリクサーのことを嗅ぎつけたらしい。
「なんだ、そんなことか」
「ってことは分けてもらえるっすか!?」
「いや、エリクサーなら確かにあるけどな。怪しい奴に分ける分はないな」
「そんなぁ〜自分怪しくないっすよぉ〜」
「じゃあどうやって俺のことを探ったのかと、エリクサーを使う目的を教えてもらおうか。話はそれからだな」
「もちろんっすよ〜実はこれ自分の切り札スキルなんっすけど、一位さんには特別に教えちゃうっす!」
「前置きはいらねぇよ…」
「『電波』っていう情報系列のスキルなんすけど〜」
「『電波』?」
初めて聞くスキルだ。しかもやたらと現代的である。
「お。知らないっすか?へぇ〜、スキルが全部わかるわけじゃないんすね」
鑑定スキルを勝手に分析されて嫌な気分になる。
「名前の通りなんすけど〜。電波関係のことがわかるスキルで〜、電話番号がわかれば電話の場所もわかっちゃうんすよね〜」
(かなり破格のスキルだな…っていうか電話に対応してるスキルってなんだよ?)
異世界には電話なんてなかった。当然、それに対応したスキルもだ。
「電話番号はどうやってわかった?知ってるやつはそう多くないと思うが…」
「そこが一番苦労したっすよ!最終的には、『透視』と『千里眼』と『盗聴』を組み合わせて、ダンジョン省の大臣が電話かけてるところを盗み見たっす!」
その三つのスキルは聞き覚えがある。大盗賊とか、予言者とかが持っているスキルだ。
「なるほど」
それにしても、レベルはそんなに高くないが『情報屋』としてはかなり良いスキルを持っているのではないか?
「スキルはどうやって覚えたんだ?そのレベルでスキルスクロールが取ってこれるとは思えないんだが」
「勝手に覚えたっすね〜!」
“ブレスド”だ。スキルスクロールを使わなくてもどんどんスキルを覚える者を異世界ではそう呼んでいた。
「で?エリクサーが欲しいのは?」
「それは簡単っすね〜ありがちな話なんすけど、目を怪我した妹がいまして〜治したいんすよね」
なるほど、エリクサーを欲しがる理由としては非常にわかりやすい。嘘はついていないようだ。念のため嘘か本当かを見分ける無魔法の『真偽査定』を使っているが、特に嘘判定は出ない。
「なるほど。じゃあ、ダンジョン省の副大臣に電話番号を流したのはお前か?」
「…バレてるっすか〜」
如月は特に誤魔化しはしなかった。ちょっと冷や汗はかいているようだが。
「そういうのマジで困るんだよな。他に漏らしたやつはいるのか?」
「いや、いないっすけど〜副大臣が誰かに漏らす可能性はあるっすね〜…」
「なんで番号を流した?」
「それは単純に情報屋として依頼されたからっすね〜その過程でエリクサーのことを聞いて、直接交渉したくなった次第でして〜」
シンジはため息をついた。だったら情報を流す前に来ればいいものを…まぁ情報屋として依頼を遂行するしかなかったのだろうが。
「事情はわかった。けどな、今の話で俺がお前にエリクサー渡す理由ってある?」
迷惑しか被ってない。
「いや、そう言われると困るっすけど〜…自分役に立つっすよ!タダで依頼受けるっすよ!十回くらい!」
「実はな。俺には『ロブ』ってスキルがあってな…相手のスキルを奪えるんだよな。これで奪われると、元の持ち主はスキルを使えなくなる。あとは『デリート』っていう相手の記憶を消すスキルもあるな」
「……」
如月は、自分がかなりやばい立場にあることを理解したようだ。お前のスキルや記憶を奪えるぞと脅しているわけだから。
まぁそれ以前に力でねじ伏せることも十分可能であるが。
如月としては、正体を握っていることを利用しようとしたのかもしれないが。記憶を消せば関係ない。
「すみませんっした〜!」
如月はいきなり土下座した。
「でも本当にエリクサーは必要なんす!記憶とスキルは差し出すっすからエリクサーはください!!」
潔い男である。
どうやらこれも本気のようだ。
はぁ。シンジは再びため息をついた。原因は如月にあるとはいえ、これでスキルを奪ったらこちらが悪人のようではないか…。
記憶も、奪えることは奪えるが、人格に影響が出る場合がある。よほどの相手でないと使いたくないスキルではある。
「本当に依頼を十回受けるんだろうな?どんな依頼でも?」
如月はバッと顔を上げた。
「もちろんっす!ダンジョン攻略とかは難しいっすけど、情報関係のことなら任せてほしいっす!」
「契約魔法で契約してもらうぞ?」
「エリクサーがもらえるならなんだってオーケーっすよ!!」
「わかった。エリクサーは渡す。その代わり、きっちり依頼はこなしてもらうからな。それと、俺の正体も電話番号も口外禁止だ」
「恩に着るっす〜!!」
結局、エリクサーを渡すことになった。貴重なものではあるが、生産できないわけではない。それに、如月には利用価値がある。
…と、自分に言い聞かせるものの、本当はわかっている。自分が単に甘いってことは。




