第32話 言語理解
「山田君から呼び出し?」
支倉はまた泉田から電話で報告を受けていた。
特に定期的に報告してもらっているわけではないのだが、最近は一位と二位のことがあって頻度が高い。
「はい。どうやら今スマホは山田が持ってるらしく。山田から連絡が来ました」
「佐藤君は?」
「特に言ってませんでしたが、言わないということは問題がないと解釈してますが」
「まぁ戻ってきた時も連絡をよこすくらいだから、何かあったら教えてくれるとは思うが」
一位と二位の影も形もなかった頃からするとかなりの進歩である。
「用件は?」
「ダンジョンについて聞きたいことがあるとか」
「ダンジョンについて?絶対向こうの方が詳しいと思うが」
首を捻る支倉。
「一般的なダンジョンの知識ならそうでしょうが、特定のダンジョンについて知りたいとか、海外のダンジョンについて知りたいとか、そういうのかと」
「あり得るな。…しかし泉田君、わかるのか?」
泉田も最前線で活動する高ランカー探索者であるとはいえ、レベル千超えの連中には適わないし、特段ダンジョン事情について他の人間より詳しいということもない。
「内容を聞いてみないとなんとも言えませんよ。これでも真面目に探索者もしてるんで任せてくださいと言いたいところですが、あの二人を見ると自信なくしますからね」
「そういえば先日もらったスキルはどうなんだ?」
「いや、すごいの一言ですね。やばいです。レベル千超えの連中と互角以上に戦えそうなくらいやばいですね」
「それはすごいな」
「おかげでうちの連中もスキルが欲しいと大騒ぎですよ」
『冥界の果て』のメンバーのことである。
「だろうな…口外しないように伝えたんだろうな」
「それは伝えてますけど、バレるのは時間の問題だと思いますけどね」
何せ最上位スキルが二つである。
スキルは自然に身につく場合もあるにはあるが、それでもいきなり最上位スキル二つは考えにくい。
そして基本的にダンジョンで出るスキルスクロールは、そのダンジョンのランク以下のものである。日本では——世界でも似たような状況ではあるが——最上位ランクのダンジョンの攻略はほとんど進んでいない。どこでスキルスクロールを手に入れたのかという話になる。
「かと言ってバレないように使わない、という手はないですしね」
タダでスキルをやるから強くなれと言われているのだ。温存するわけにもいかない。
「まぁ、うまくやってくれとしか言えんな。それと、浅間が少し怪しい動きをしている」
「副大臣が?」
浅間タロウ。ダンジョン省の副大臣で、探索者には嫌われている人物である。
「一位と二位のことを探っているようだ」
「まずいですね。佐藤と山田と副大臣が接触してもロクなことにならないでしょうね」
「せっかく二人がここまで協力的になってるんだ。ここで亀裂をいれたくはない」
「佐藤と山田にはそれとなく伝えておきますよ」
「頼む。また何かあれば報告してくれ」
「わかりました」
———
「石碑のダンジョンって知ってる?」
泉田は以前と同じファミレスで二位の山田と会っていた。
一位の佐藤にならってマスクはもう外してもいい方針らしく、今回はドリンクをちゃんと飲んでいる。オレンジジュースだ。なんとなく意外である。
「石碑のダンジョン?」
「そう。ラスボス部屋にラスボスがいなくて、代わりに石碑があるのよ」
「聞いたことがないな」
「そう…じゃあ誰か知ってそうな人はいない?」
「うーむ…」
腕を組んで考え込む泉田。少しして、思いつく。
「ダンジョンのことならアランベルト氏じゃないか?面識があるんだろ?」
「ローランド・アランベルトかぁ…」
カナタと決闘したあげく、弟子にしてくれと言ってきた世界ランキング三位の男。
そういえば、シンジがポーションを売ったとも言っていた。
「気は進まないけど、聞いてみるわ」
「けどなんで石碑のダンジョンについて聞きたいんだ?」
「佐藤が予知夢を見たのよね」
特に隠すことでもないので、そのまま告げる。
「予知夢…?」
「予言スキルの一つで、自分が知らない重要な事柄を夢で見るらしいよ」
「またすげぇスキルだな」
一年以内の将来について知れるという予言スキルもすごかったが、予知夢もまた破格のスキルである。
「何がどう重要なのかはまだわからないけど、それで調べてるってわけよ」
それから、ネットで調べた内容を説明する。
「忍び寄る影か…魔王のことか?」
「その可能性もあると思うけど、魔王が忍び寄るっていうのがあんまりピンと来ないのよね」
「っていうかすげぇな、これだけの国の情報を調べたのか」
「『言語理解』ってスキルでね」
「マジでなんでもありだな」
呆れたように呟く泉田。
「…待てよ、じゃあこの情報はいろんな国の言語が混じってたってことか?」
「だからそう言ってるじゃない」
「いや、おかしいだろ」
「何が?」
「なんで後半は英語なんだよ?」
一瞬言われた意味がわからず首をかじけかけ——カナタも気づいた。
『言語理解』を使えば、全てが母語に変換されるはずだ。なのになぜ後半だけは英語のままなのか?
「いや、ちょっと待って」
それから思い至る。
そもそもイギリスの石碑は何語だった?あの時、カナタは『言語理解』を使っていなかった。
英語で書かれていたならそのまま英語で認識したはずではないか?
なぜこんな簡単なことに気づかなかったのか!
「この間イギリスの石碑ダンジョンに行ったんだけど」
「おいおい、暴露しすぎたろ。ライセンスはどうした?」
「もちろんこっそり入ったんだけど」
「おいおい…捕まるなよ」
「そんな間抜けなことするわけないでしょ。それはいいんだけど、その時、石碑が....たぶん日本語だったのよね」
「『言語理解』だろ?」
「その時は使ってなかったのよ」
「…つまりどういうことだ?」
「私が『言語理解』を使ってなくても日本語に読めたってことは、可能性は二つ。石碑自体に『言語理解』がかかってたか、もともと日本語だったか」
そうだ。その二つの可能性しかないはずだ。
「でも、もともと日本語って可能性は低いと思う。他の国の石碑ダンジョンが日本語で書かれてたって話はないから」
まさか他の国の石碑はその国の言葉で書かれていたのに、イギリスだけ日本語だったというのは考えにくいだろう。
「だから、石碑自体に『言語理解』がかかってるんだと思う」
「…そうするとやっぱりおかしいよな?」
「そうね。どの国も共通で後半がなぜか英語ってことになるから。おかしいわね」
「つまり、後半が英語であることに何か意味があるってことだな」
そういうことだ。
ここまでわかったのはかなりの進歩ではないか?
「問題はどういう意味があるのかね…」
そこから二人はまた考え込むが、特に何も思いつかない。
「まぁまた佐藤と話してみるわ」
「そういえば佐藤は?」
「予言系列の『対象察知』スキルで他の石碑ダンジョンの場所を探してる」
「『対象察知』ってそんなピンポイントのことまでわかるスキルだったか...?」
「佐藤ならわかるわね」
「便利だな、予言」
「便利だけと、使うのはいろいろ面倒らしいね。ところで泉田さんスキルの方はどう?」
「いやかなりすげぇな。スキルでここまで違うんだな」
泉田は大きく頷いた。スキルを使い始めてみて、以前との違いを強烈に実感していた。『指揮』のおかげで仲間との連携もスムーズだし、最上級『剣術』は剣自体を強化する効果もあるようで、以前より手応えなく敵を斬れるようになっていた。相手があまり強くなければ『ファイアウェーブ』で一網打尽、強くても牽制に使える。至れる尽くせりである。
「そりゃそうでしょ。私たちもスキルがなかった頃が一番苦労したし」
「二人でも苦労とかするんだな」
「苦労しないと強くならないわよ」
意外と地に足ついた意見である。これまで実質一位だったアランベルトとの差を考えると、魔法的な何かで一足飛びに強くなった可能性も考えていたが。他の人には真似できない方法だと言っていたのだし。
「とにかく貴重な意見助かったわ」
「ああ、もし何か必要であればいつでも言ってくれ。あと、重大な何かがわかったらぜひ教えてほしい」
「わかったわ」




