第29話 闇の入り口
微修正しました。大筋に影響はありません。
シンジの家で集合したシンジとカナタは、いつも通りの認識阻害とマスク姿で、さらに透明化をかける。
行き先は最上位ダンジョンなので探索者はいないだろうが、いつ誰が見ているかはわからない。慎重に慎重を期すべきだろう。
シンジはローブと杖、カナタは軽い鎧と剣を装備している。二人はさらに【全装備の腕輪】で種々のアイテムも装備中だ。
最高装備ではないが、ある程度気合いは入っている。
「じゃあダンジョンの入り口の近くに飛ぶな」
『転移』ではダンジョンの外から中、あるいはダンジョンの中から外に飛ぶことはできない。だがダンジョン外であれば距離の制限はほとんどない。
厳密に言うと、地球上であればどこでもいけるが、宇宙になると厳しくなる。なので、普段使う分には制限はないと言える。
二人が闇の入り口ダンジョン近くに転移すると、入り口は簡単な柵で囲ってあり、近くにはプレハブ小屋のようなものがあった。
街からは離れているらしく、周囲に他に建物はなく、人影もない。
「警備緩いなー」
「欧米は日本より自己責任文化が強いからかな?単純に予算がないから?よくわからないわね」
そう言いつつ、黒い円状のダンジョンゲートを通る。
中に入ると、そこには暗闇が広がっていた。何も見えない。夜でも、ここまで暗くはないだろう。
「まさに闇への入り口ってわけね」
「『ライト』」
シンジが光源を出す光魔法を使うと、一瞬だけ周囲が明るくなったものの、すぐに光は闇に塗りつぶされてしまい、また何も見えなくなった。
「普通の暗闇じゃないな」
「闇魔法かな?」
二人は特に動揺せず分析する。
「魔法というよりはマナそのものって感じかな…」
魔法というよりは、ダンジョンのマナの性質そのものが『暗闇』である感じだ。マナが『闇』として存在している、という方がしっくりくる。
「『ディヴァイン・ライト』」
シンジが別の光魔法を使う。神話級の光魔法で、「普通の光を出す」だけの『ライト』と違い、「マナを帯びた光を出す」魔法である。
この光には浄化や除霊の力もある。
今回は光は侵食されず、二人の周囲を明るくした。
「闇がかなり強いね」
「そうだな。でも逆に言えばそれ以外の仕掛けは少なそうだよな」
『ダンジョン等価理論』というものがある。
各ダンジョンはそのランクに応じたエネルギーを持っており、そのエネルギーが魔物や罠や宝箱に変換されているという理論だ。つまり、ダンジョンがもともと持つエネルギーと、それによって生み出されるダンジョン内のものは等価になるというわけだ。
同じランクであれば、魔物が多いダンジョンは罠が少なかったりする。
そういう観点で言うと、最上位ダンジョンでここまで濃い闇を出しているということは、他の罠や魔物はさほどでもないと考えられるのだ。
「飛ばしていけそうだね」
「ああ。じゃあカナタよろしく」
「オーケー。ウィンドキャリー」
カナタが唱えるとーー唱える必要も特にないがーー二人の体がふわりと浮かび上がる。
「結界」
それに合わせてシンジが二人の周囲に結界を張る。
「どっち?」
「あっちだな」
シンジが示した方向に向かって、二人は真っ直ぐ飛び始めた。魔法の光が二人を追従する。
シンジは無魔法の『探知』を使ってすでに次の階層への階段を見つけている。
あとはそちらに飛ぶだけである。
程なくして、特に妨害もなく二人は階段まで辿り着いた。
「マジで何もないな」
「まぁ普通はこの暗闇で苦戦するのかな?」
階段を降りると、同じく闇が広がっていた。
「もしかしてずっとこのまま暗いのか?」
「全然あり得るね。まぁその分魔物とかトラップがないならそれでいいけど」
しかしそうは問屋がおろさないようだ。
一階層目と違い、魔物の気配がした。
「上位ランクくらいの魔物かな」
「無視だな」
その程度の魔物であれば、攻撃も問題なく結界で弾ける。特に気にする必要はないだろう。
二人は先ほどと同じ要領で階段までたどり着いた。一応倒したモンスターのアイテムだけは拾っている。次の階層も、その次の階層も同じパターンで、気がつくと九階層の終わりまで来ていた。
「次で十階層めね。おそらくボス」
「ああ。まぁなんとかなるだろ」
二人が無造作に階段を降りると、そこはやはりボス部屋だった。部屋に出ると、背後で扉が閉まるような音がする。階段が塞がれたのだ。
天井が異様に高く、広い部屋だった。
「夢の部屋に似ているな」
しかし、石碑はない。
代わりに、闇色の大きなトロルがいた。
「ダークトロルか」
【ステータス】
種族: ダークトロル(ボス)
名前/性別/年齢: ー(オス、0)
レベル: 10,000
真っ暗なトロルで、パワーはあるが魔法などは使ってこないタイプのはずだ。
「これで部屋が暗かったらかなり厄介だろうね」
「明るくしたらただの黒いトロルだよなー」
二人は特に緊張感もなくトロルに近づいていく。
「ぐゎぁぁぁ!」
トロルは威嚇しながら手に持っている棍棒を振り上げた。
「せっかくだからテイムでもする?」
カナタが一歩踏み出し、剣で棍棒をいなしながら尋ねた。
「前にテイムしたの、全部逃しちゃったでしょ?」
地球に戻ってくる時に、さすがに必要ないだろうと思いシンジはテイムしていたモンスターを全て解放していた。
ちなみにテイムは『魔物』系列のスキルで、これまたシンジしか持っていない。
そういえば、『指揮官』である泉田は持っていたが。
「いや、いいわ。弱いし」
「そう?威嚇になら使えそうだけど。じゃあ倒すね」
カナタが横に剣を払うと、衝撃波が飛んでダークトロルを横に真っ二つにした。
ダークトロルは光の粒子となって消えると、あとには黒い笛が残された。
「げ!闇ピエロの笛じゃん」
「珍しー。なんでダークトロルから出るのかな?」
【闇ピエロの笛】は、この笛の音を聞いた者をある程度操ることができる闇魔法系列のアイテムである。通常は闇ピエロという魔族ーー言葉を理解する者を魔族、理解しないものを魔物、モンスターというーーが所有している。
「闇ピエロの配下だったのかもな。いかにも闇ピエロがいそうなダンジョンだしな」
ダンジョン内の魔物、あるいは魔族同士の力関係は謎な部分が多い。
一番わかりやすいのは魔王とその他の魔物たちの関係で、魔王は一方的に魔物や魔族を操れることがわかっている。全ての魔物を統べる王だから魔王。そのままである。
しかし魔王を除いた場合、一部の魔族は一部の魔物を操ることができるが、操れない場合もあるし、魔物が魔族を操る場合もある。
「操る」わけではなくても、主従関係がある場合もある。
そして、同じ種族の魔物や魔族だからといって同じ行動パターンであるとも限らない。
なので、二人は闇ピエロがダークトロルを従えていた例を知っているわけではないが、可能性としてはあり得ると考えていた。
「闇ピエロ嫌だなー。まぁこう言ってると出てくるんだけど」
闇ピエロは、その笛の効果から予想できる通り精神攻撃が得意だ。闇ピエロよりこちらのレベルが低いと最悪で、精神をまるごと乗っ取られる可能性もある。
さすがにその可能性はないとは言え、嫌な攻撃をしてくる相手であることには違いない。
「このフロアを見た感じ、やっぱりここが夢の中のダンジョンっぽいな。雰囲気が似てる」
「じゃあとりあえずこのままサクサクいこうか」
最上位ダンジョンの適正踏破レベルは五万。面倒さはあるものの、二人にとっては何の問題もない。




