第25話 大臣
ダンジョン省の大臣は、それから30分ほどで到着した。早い…。
その間、二人は現在の日本の探索者事情を泉田から聞き出していた。
現在、日本にいるレベル千超えの探索者は7人。二人を除くと5人で、その中で一番レベルが高いのがレベル3775の関根アカネ。ジョブはユニークジョブの『賢者』だ。
(賢者か。噂には聞いていたが、向こうにはいなかったから初めてだな)
魔法使い系列で一番ランクの高い神話級ジョブである。
「アカネは、まぁ、なんというかヤンキーだな」
とは、泉田の言である。
(ヤンキーって…まだ絶滅してなかったのか?賢者とはイメージ違いすぎだろ)
その次にレベルが高いのが、『緑の手』緑山ミドリ。男性だ。緑の手はちょっと珍しいジョブで、『植物』系統のスキルに適性がある。
それから先日会った『魔剣士』風淵タイガ。最上位ジョブで、魔法と剣、両方に適性がある汎用性の高いジョブだ。勇者と比較的性格が近いジョブといえる。
最後にダンジョンバーストの時共闘した『大魔法使い』京極ヒイラギと『盾の騎士』椿カズヒサ。両方とも最上位ジョブだ。ちなみに『騎士』と名がつくものは全て最上位ジョブで、『戦士』がその下位互換になる。
「緑山は独特なやつでな。植物愛がすごいな」
名前もジョブも性格も統一性があるようだ…。
「風淵と京極と椿は比較的常識人だな。その5人の下に、俺とか、その他の高ランカーがいる。このあたりの高ランカーは曲者でな…まぁ、性格もいろいろだ」
濁されるとかえって気になる…。
などと話しているうちに、ファミレスの前に高級そうな車が乗り付け、大臣と思しき人物がやってきた。高級そうなスーツに身を包んだダンディなおじさまである。視線がそちらに集まる。
「あれ?あの人大臣じゃね?」
「なんでこんなところに?」
何人かが気づき始める。ダンジョン省の大臣は、テレビに出演することも多い。一般人にも顔は売れている。
大臣は周囲の視線をものともせず、3人の座るテーブルにやってきた。
「あの人!『冥界の果て』の泉田さんだ!」
そして泉田も意外と顔が売れている…。
「え?マジで?じゃあ一緒の二人は?」
「そっちは知らん」
「高級車で乗り付けないでくださいよ…」
泉田は疲れたように声をかけるが、大臣は肩をすくめただけだった。
「周りが気になるから防音するぞ。シャットアウト」
シンジは遮音の無魔法を使う。すると周囲の声が聞こえなくなる。これでこちらの声も聞こえなくなったはずだ。
「ほぅ…さすがだな。聞いたことがない魔法だ。私はダンジョン省の大臣、支倉ユウヤだ」
「ランキング一位の佐藤だ」
「二位の山田よ。もちろん偽名だけど」
二人は敬語を使わない方針である。決して使えないわけではない。
「聞いていたが、若いな」
「まぁ、二十代ね」
見たらわかることなので素直に答える。
もちろん、認識阻害を使って年齢を偽ることもできる。だが、そうすると言動とのギャップが生じそうだったため、年代は変えていない。
「それで、今日はポーションについて話があると聞いたが」
早速本題である。
泉田は奥の席を支倉に譲ると、ドリンクバーを頼み支倉にコーヒーを持ってきた。気遣いのできる男である。
「ああ」
シンジは先ほどの説明を繰り返した。
「なるほど…ポーションを融通してもらえるのはありがたい。しかし慎重にすべきだろうな」
「ポーションを狙ってる輩が多いからか?」
「その通り。知っての通り、現在ポーションは貴重品だからな。中途半端にばら撒くと転売が横行するだろうな」
どこの世界にも自分の利益しか考えていない輩はいるのだ。
「ポーションの価格を固定することはできないのか?」
「難しいな…。供給が二人からだけなら可能かもしれないが、ダンジョンで手に入れたポーションを高値で売りたい連中もいるからな」
その言葉に、シンジとカナタはちらりと視線を交わした。
「俺たちのポーションだけなら固定可能か?」
「もし判別できるなら、なんとかできるかもしれん」
「それは簡単だな。瓶にロゴか何かを入れとけばいいだろ」
今度は支倉と泉田が顔を見合わせた。
「ポーション瓶は加工できないはずだが」
「問題ないな」
ポーション瓶はマナを帯びている。そのため普通の方法では加工できない。しかし、無魔法の『転写』や『印字』を使えば簡単に文字や印をいれることができる。
「問題ない、か…。二人が首位なのは戦闘力だけではないようだな」
その通りだ。異世界帰りは伊達ではない。
「加工できるなら、ありだな。ポーションはどういった形で流したいんだ?」
「どういった形で?」
「具体的に言うと、どういうルートで、いくらくらいでの供給を考えているんだ?」
「基本的には探索者にしか流さない予定よ」
カナタが口を開いたのでそちらへ視線が移る。
ポーションを流すのは、慈善活動のためではない。探索者の底上げのためだ。
もちろんそこから一般人に流れることを完全に防ぐことはできないだろうが。
「値段はちょっと頑張れば手が届くくらいね。使用済みのポーション瓶を持ち込めば次のを買えるという形を考えてるの」
「大量買いと転売を防ぐためか」
「そう。あくまで自分用として使ってもらいたいからね」
目的はあくまで探索者の強化である。
「それは良いアイディアだろう。ポーションのランクは?」
「下位、中位、上位と、数は少ないけど最上位の準備もあるわ」
「最上位!?」
最上位ポーションは、存在すると言われてはいたが、まだ発見されていない。
「効果はどれくらいなんだ…?」
「かなりの重症と、指の欠損を治すくらいかな?」
「欠損もか!」
今までポーションでは欠損は治さないとされてきた。
「…もしかして、神話級ポーションもあったりするのか…?」
「神話ポーションはエリクサーっていうの。売れないけどストックはあるわね」
二人にはかなり衝撃だったようで、少し沈黙が落ちた。
「話を戻していい?」
「…ああ、大丈夫だ」
「売り方と価格はそんな感じで考えてはいるけど、どうやって実現できるかはまだ全然みえてないのよね。佐藤と私で売るわけにもいかないし。それもあって泉田さんに相談したのよ」
「その売り方ならダンジョン探索協会を通すのがベストだろうな。あそこなら探索者のライセンスカードの確認もできる」
「なるほど。ダンジョン探索協会も手間賃が必要でしょうから、二割くらい利益をのっけてもらってもいいわよ。下位は一万円、中位を十万円、上位を三十万くらいで卸すかな?」
「…安いな。今の相場の五分の一から十分の一くらいだ。助かるが、本当にいいのか?」
「背に腹はかえられないからな。俺たちも日本が滅びるのは困る」
「しかしこれをやったら諸外国がうるさそうだな…」
ポーションの相場は海外でも同じくらいである。日本だけこんなに安くなったらどんな騒ぎになることやら…。
「外国か…」
アランベルトの顔が思い浮かぶ。
日本で一番レベルの高い関根アカネは世界ランク19位。決して高いとは言えない。もっと上位の者からポーションを寄越せと言われたら、逆らえるのだろうか?
「アメリカからは確実に何か言われるだろうな」
「かなり面倒だが、正当な所持者しか使用できない形にするか?しかしそうすると仲間に使うこともできなくなるよな」
思案し始めるシンジ。
「このポーションを転売した者は探索者ライセンスを停止するくらいの厳罰は必要かもしれんな」
話がだんだん大きくなってきている。もともとポーションを世に出すということ自体がかなりの大事なわけだが。
「ポーションのために闇討ちされる事件とか起きても困るな…」
「仕方ない。ポーションは日本国内でしか使えなくする。あと瓶は探索者のライセンスカードと紐付ける」
「そんなこと可能なのか!?」
「面倒だが、少なくとも日本でしか使えなくするのは可能だな。ライセンスカードの方は…やってみないとわからないな。そっちも準備があるだろうから、その間にやるわ」
「何千万とあるんだろう…?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
ポーションの加工ーー効果の付与などーーも『薬学』系統のスキルで可能だ。そして、『薬学』の神話級スキルで『ワンス』という超便利スキルがある。
同じポーションに同じ効果を付与するなら、「一度に」一万個までまとめてできるのだ。
効果範囲を日本に限定するのは、『エリア指定』を付与するだけだ。『ワンス』を使えば十秒くらいで一万個処理が可能だ。
問題は、ライセンスカードとの紐付けだ。さすがに電子的なものをポーションと紐付ける技術はない。
「もし可能なら…いや、いずれにしても諸外国からは苦言を呈されるだろうが、探索者がむやみに襲われる事態は防げるだろう」
「というか、別に外国に同じくらいの価格で売ってもいいぞ。ただ数が用意できないな。魔王の城があるのは日本だからな。まずは日本の底上げだ」
「…いざとなったらいくつか売ってもらうかもしれん。特にアメリカは無碍にできない」
「むしろランクの高いポーションを売りつけて恩を売るのはどうだ?最上位ポーションは数がないからばら撒けない。その分アメリカに売ってもいいぞ」
「なるほど。それで考えてみるか」
これで大筋は決まった。
「この内容なら法改正までは必要ないな。ダンジョン探索協会の規定の改定と、販売体制を整えることだな。一ヶ月くらいか」
「早いな!」
シンジは舌を巻いた。さすが泉田が話が通じる男と言うだけある。
「じゃあ俺も一ヶ月でポーションを準備するわ」
そこからさらにいくつか細かい条件などを詰めて、解散となった。
評価を下さった方、ありがとうございます!!
まだの方、もし良ければぜひ...m(_ _)m




