第21話 魔王
ダンジョン庁→ダンジョン省に変更しました。
魔王。
それは、異世界ーーちなみに『アーカスト』という名前だーーで最も恐れられ、倒すためには基本的には「勇者」が必要とされる存在。
「勇者」は、ユニークジョブで、世界で一度に一人しか存在しない。魔王が登場した時に、ちょうど勇者がいれば良いが、そうでなければ「勇者召喚」に頼ることになる。
「勇者召喚」は特殊な魔法だ。
通常の魔法スキルではなく、神から与えられた魔法だと言われている。
この魔法は、ただ異世界から勇者を召喚するものではない。
「勇者召喚」の肝は、召喚の際に付与されるジョブである。
「魔王を倒すために必要な者」を召喚する、という条件設定になっているため、召喚された者には例外なく超協力なジョブーー通常は「勇者」ジョブーーが付与される。
「勇者」はその強力なジョブをもって圧倒的な成長をして、魔王を倒す。
これが異世界における「勇者」と「勇者召喚」である。
では、この地球においてはどうだろうか。
そもそもダンジョンが発生してから三年しか経っていないという点が異世界とは明らかに異なるので、単純に比較するのは難しいだろう。
しかし、もし魔王が存在するならーー。
この世界にとって脅威になることは間違いないだろう。
しかし、不幸中の幸いなことに、まだ時間があるはずだ。
なぜなら、【魔王の城ダンジョン】がまだダンジョンバーストを起こしていないからだ。
いかに魔王と言えども、ダンジョンバーストが起こっていなければダンジョンから出てくることができない。
異世界でもそうだった。
前代の魔王が倒されてから、しばらくすると新たな魔王が誕生する。しかしすぐ脅威になるわけではない。ダンジョンバーストが起こってダンジョンから解放されなければそこまで実害はないのだ。【魔王の城】に近づきさえしなければいいのだから。
そこで異世界では、魔王の誕生を最優先で警戒しており、誕生を感知し次第、今代の勇者が存在していなければ、勇者召喚を実施する。この感知は予言系のスキル持ちの仕事である。
なぜもっと早い段階で勇者召喚しないのかというと、どういう原理なのか不明だが、魔王が誕生していない状態では勇者召喚の魔法を行使できないのだ。
ただし、魔王が存在していなくても勇者が誕生する時はある。こういった場合は、早めに勇者を育てることができるので、魔王による被害は抑えられる傾向にある。
もし勇者がいなければ、魔王が誕生し次第勇者を召喚し、【魔王の城】でダンジョンバーストが起こる前までに【魔王の城】の攻略を目指す、というのが通常の流れだ。といってもこれは間に合った例はあまりないが。
話を地球に戻すと、【魔王の城ダンジョン】がある以上、そこのラスボスは魔王とみて間違いないのではないか。
そうすると、いつダンジョンバーストが起こるのか、それにどう対処するかが問題となる。
もし十勝の【魔王の城ダンジョン】でダンジョンバーストが起こったら、北海道は壊滅するのではないか。それくらい【魔王の城】のダンジョンバーストは恐ろしい。
ではどうやって対抗するのか。
そもそも地球には、勇者召喚がない。少なくとも現段階ではないと思われる。
異世界でどのように神から勇者召喚の技術が与えられたのか不明だが、この世界でもそういう技術があるとは考えづらい。なぜなら、ダンジョンが発生したのがたったの3年前である。
つまりこれまでは勇者召喚など必要なかったわけで、異世界で連綿と受け継がれていたように勇者召喚の技術が受け継がれてきたとは思えないし、そもそも不要な技術を神が与えたーー異世界の勇者召喚も本当に神が与えたのかは不明だがーーとも考えにくい。
では、どうするか。
与えられるかわからない勇者召喚を待つのもイマイチだろうし、そもそも勇者召喚された身からすると、勇者召喚はかなり理不尽である。
なぜよく知りもしない世界にいきなり呼び出され、過酷な旅をし、魔王を倒さなければならないのか。
そう思うと、勇者召喚の技術があったとしてと積極的に使いたいとは思えないのだ。
もう一つ疑問が残る。
そもそも「勇者召喚」をできたとして、カナタという「勇者」がすでにいる以上、ユニークジョブである「勇者」をもった人物は召喚できないのではないか?という点だ。
あるいは、カナタは異世界における「勇者」なので、地球の「勇者」とは別カウントになるのか?そのあたりが不明である。
いずれにしても、勇者召喚には頼れないとなると、選択肢は二つだ。この世界の誰かに倒してもらうか、シンジとカナタで倒すか。
この世界の誰かが倒す場合、【魔王の城】でダンジョンバーストが起こるまでにレベルを少なくとも十万くらいにはしておく必要がある。
それよりはシンジとカナタで倒す方が現実的とも思えるがーー。
そこまで考えてシンジは嘆息した。
「もう一回魔王を倒すとか正直勘弁なんだよな…」
それが正直な気持ちである。
魔王を倒す旅では、仲間を失ったこともあったし、筆舌に尽くしがたい苦労もあった。もちろん「旅」の部分は今回は必要ないかもしれないが、【魔王の城】の階層は150。攻略するだけでも相当に骨が折れる。
どうするかーー。
「まぁ、まだ時間あるだろうし…カナタにも相談するか」
シンジはいったん問題を棚上げすることにした。
———
「魔王の城?また変わった名前のダンジョンだな」
ダンジョン省のトップ、支倉ユウヤは報告を聞いて呟いた。
「そうなんですよ。もちろんダンジョンなんて変な名前はいっぱいありますが…それにしても『魔王』とは、不穏な感じがしません?」
報告したのは『冥界の果て』の泉田である。
本来、泉田は一探索者であり、支倉への報告義務もないし、逆に支倉に会うことも難しいだろう。
しかし、泉田は探索者として日本について真剣に考えており、支倉とも密に連携をとっている。
「魔王か…普通に考えるとダンジョンのボスが魔王なのか?」
「その可能性はありますね。そもそも魔王というのがどういう存在かさっぱりですが、ダンジョンがいわゆるRPGゲームのダンジョンと酷似していることを考えると、そういったゲームのボスである魔王と類似の可能性はありますね」
「うーむ」
ゲームの魔王といえば通常はラスボス。そして大体圧倒的な強さを誇る。
「しかもダンジョンランクは神話級か…」
これまで世界で数個しか確認されていないランクのダンジョンだ。
「一階層でレベル五万らしいですからね。今の人類では太刀打ちできないですよ」
「一位と二位を除いては、な」
「まぁ、そうですね」
「一位と二位はなんなんだ?どうして三位とここまで差がある?どうやってレベルを上げたんだ?」
それは、一位と二位と接した人間が誰しも感じている疑問である。
「それは正直見当もつかないですね。ただ、事実としてローランド・アランベルトを圧倒して、レベル五万のドラゴンも瞬殺してるわけですから」
「レベル五万を瞬殺するには一体何レベル必要なんだ…」
「しかし、その二人がこちらに比較的協力的なのは幸いですよ」
高レベルの探索者の中にはいろいろなタイプがいる。常識的な者ももちろんいるが、話が通じない連中もいるのだ。
そういう意味では、一位と二位の二人は話が通じる。
「泉田君が彼らと繋がっているのは大きい。あと、横浜支部の宮間君か」
「ただ、目立ったりいいように利用されるのは嫌がっているみたいなので、その辺は注意ですね」
「それくらいは当然だな」
「だから、支倉さん頑張ってくださいよ」
何を?とは、聞くまでもない。
他の人間が茶々をいれられないように、だ。
例えばダンジョン省の副大臣の浅間タロウ。この男は探索者には全く寄り添わず、自分の利権ばかりを追っている。もちろん探索者たちには蛇蝎のごとく嫌われている。
それでも腐っても副大臣である。無視することはできない。
他にも、一部の国会議員の中にも探索者を下に見ている者もいる。
こういった連中が横やりをいれてくることで一位や二位との関係がこじれると困るのだ。
「とにかく余計な連中を一位と二位に接触させないのが一番だな。そういう意味では正体が割れていないのはむしろ都合がいいな」
「こちらで守る手間が省けますからね」
「問題は魔王の城だな」
「まぁ神話級のダンジョンのバーストはそうそう起きないですから…」
「それも根拠がある話ではないが、そう信じるしかないな」
一応、これまでのダンジョンバーストは下位のものがほとんどなのだ。しかも、下位の中でも最初は最下位のバーストが圧倒的に多く、それからしばらくしてから下位ダンジョンのバーストが起こり始めた。
そこからまたしばらくして先日の中位ダンジョンのバーストである。
ランクの低いダンジョンの方が早くバーストを起こすというのが、現在の一般的な見解である。
しかしもちろんこれは、これまでのパターンを見るにそのようだ、という程度で明確な根拠があるわけではない。
「とにかく、探索者のレベル上げとダンジョン攻略を突き進めるしかないな。泉田君も、引き続きよろしく頼むよ」
泉田が頷いて、その日の報告は終わった。




