第14話 代々木のダンジョン
結局押し切られ、二人は代々木駅を降りてすぐのダンジョンで風淵タイガと会うことになった。
当日はまた「認識阻害」の上にマスクをつけて出かける。
真夏に大きめのマスクをつけている2人組は、目立つというほとではないがたまにチラ見をされる。
「暑い…もうこれマスクいらなくない?」
「いや、マスクをしてないと顔を晒していることを怪しまれると思う」
マスクで誤魔化していると思わせることで、「認識阻害」に意識が向かないようにという意図だ。
「そうかもしれないけど…暑い」
扇子を出して扇ぎだすカナタ。
「扇子って…」
などと言っているうちに、ダンジョンの入り口に着く。正確には、ダンジョンの入り口を囲むように建っているダンジョン施設の入り口に、だが。
時刻は14:50。待ち合わせは正式な方のダンジョンの入り口だ。
しかしダンジョンで待ち合わせって…。一緒に攻略でもしたいのか?おそらく実力を見せてくれとかそういう話だと思われるが。
異世界でもそういうことはたまにあった。
勇者として異世界から呼ばれた二人にどれほどの実力があるのか、チヤホヤされるだけのーー二人がチヤホヤを望んだわけではないがーー実力があるのか。そういうどうでもいいことであれこれ言ってくる人というのは一定数いた。
今回もきっとそういう類だと思われる。でなければダンジョンで会う理由がない。
いや、あるいは単にダンジョン探索の助力が欲しいとか?
そういえば、このダンジョンのランクなどは調べていなかった。
二人が立っていると、宮間がやってきた。
二人はもちろん宮間を知っているが、宮間からしたら初対面。とりあえず気づかないふりをしておく。
「こんにちは。ランキング一位と二位で間違いないかしら?」
どうでもいいがこの人はそれなりの立場があるのに敬語とかは使わないのだろうか…。
「そうだ。そちらは?」
もちろん、こちらも使わない。舐められたら終わりである。
「私はダンジョン探索協会横浜支部支部長の宮間サキカよ」
「ああ、うちの使者がいつも世話になってるな」
「今日は使者さんはいないのかしら?」
「そうだな、必要ないからな」
「そう。風淵君もすぐ来るわ。今日はよろしくね」
宮間が言い終わる前に、建物の方から二人組が現れた。
若いーーと言っても二人よりは年上かもしれないがーー日本人の男性と、白人の男性だ。
白人の方には見覚えがある。使者を捕まえようとした男だ。確か名前はローランド・アランベルト。
思わず眉根を寄せるカナタ。
二人は真っ直ぐにカナタとシンジのもとへ来た。
「よう、二人が一位と二位か?」
英語だ。カナタからしたら問題ないが、シンジはどうだろうか。今のはさすがにわかっただろうが。
「ちょっと宮間さん、どういうこと?今日この男と会うとか、聞いてない」
「え、ええ。そうなんだけど、どうしても自分も行くとのことで。ダメと言えなかったのよ」
困ったように答える宮間。
しかし、カナタにはわかる。これは確信犯だ。最初に話を持ちかけた時点からローランド・アランベルトも噛んでいたのだ。しかしあえてそれを伏せた…。
なぜ?使者とモメたのを知っていたからだろう。
まぁ、断れなかった、という部分は、嘘ではないのだろうが。
「…宮間さんはもうアイテムを買い取らなくていいそうよ」
カナタがシンジに言う。
「そうだな。そのようだ」
頷くシンジ。
「ちょっと待って!」
この間から、待って、ばかり言われている気がする。
「お二人に話を通してなかったのは悪かったわ!今後はこういうことがないように気をつけるから、そんなこと言わずに。これからもいろいろ便宜は図らせてもらうから!」
「いや、もうこの時点で便宜図ってないよな?」
「仕方なかったの!ランキング三位と言えば大統領と肩を組んでも怒られない大物なのよ。一管理職の私にはどうしようもないのよ!」
思ったより大分高ランカーは権力者のようだ。
「おいおい、何モメてんだ?早く行こうぜ」
空気を読まずにーーアメリカにも空気を読むという概念があるのかは謎だがーー口を挟んでくるアランベルト。
「あなたと今日会う予定はなかったの。帰ってちょうだい」
流暢な英語でカナタが返す。
「もう会っちまったんだから細かいこと言うなよ!それより早く戦おうぜ!」
「戦う?」
「このダンジョンを指定した時点で気づいてんだろ?」
ちなみにこの時点でアランベルトの隣の人物ーーおそらく風淵タイガなのだろうがーーは空気である。口を挟む様子もない。
アランベルトを二人に会わせるためだけに来たのかもしれない。
「このダンジョンがなんだっていうの?」
「おいおい、『決闘のダンジョン』でやることと言えば決闘一択だろうが!」
「『決闘のダンジョン』!?」
「知らずに来たのか?ダンジョンについて調べずにダンジョン来るとかあり得るか?さすが一位と二位は余裕だな!」
決闘のダンジョン。
その存在は知っている。異世界にもあったからだ。ダンジョンとは言っても、中にモンスターはいない。コロシアムのような広い空間とご丁寧に観客席まである、まさに決闘のためのようなダンジョンなのだ。
ちなみに一応最上位ダンジョンということになっている。が、モンスターもいなければアイテムもなく、決闘や戦闘訓練以外にはやることがないダンジョンだ。
「…なんでわざわざ決闘のダンジョンに呼んだの?」
ついわかりきっていることを聞いてしまう。
「だから戦うためだった言ってるだろ!」
「こちらには戦う理由がないわ」
「いや、なんとしても戦ってもらうぜ!一位と二位の実力をぜひとも知りたい。それとも三位なんかに負けるのが怖いのか?」
わかりやすい挑発を、挑発的な顔でしてくるアランベルト。
「三位なんかに負けるわけないでしょう」
しかしその挑発に乗るカナタ。チョロいのか、頭に来てるのか…。
「カナタ、なんだって?」
英語のわからないシンジが聞いてくる。
「ここは決闘のダンジョンらしくて、私たちと戦いたいらしいよ。前回の使者のこともイラッとしてるしさっさと終わらせてくるわ」
うまくのせられた感じではあるが、戦うことになった。
そのままぞろぞろと中に入る。ちなみに周りに人はいない。決闘のダンジョンなら当然だろう。決闘をするわけでもなければわざわざ来る必要がない。
戦闘訓練なら訓練場があるわけだし。
ただし、一定レベル以上になってくると訓練でも周りへの被害が出てくるので、そういうレベルになると決闘のダンジョンは重宝される。
ずんずん進んでいくカナタとアランベルトの後ろを三人がついていく形だ。
「俺、風淵タイガ。騙すような形になって、悪かったな…」
風淵が遠慮がちにシンジに話しかけてきた。困った顔をしている。宮間と同じで断れなかったのだろうか。
「まぁ…迷惑といえば迷惑だな」
「ローランドさんは、悪い人じゃないんだけど、強くなるのに貪欲なんだ。俺もかなりお世話になってるから断れなくて」
「次はないから気をつけろよ」
一応釘を刺しておく。
「ありがとう、助かるよ」
今回はお咎めなしという部分を正確に受け取ったらしく、お礼を言ってくる。
「遅かれ早かれこうなってただろうしな」




