第10話 召集
帰還してから3週間ほどがたったある日、シンジの携帯が鳴った。見ると、カナタからだ。
「もしもし?カナタ、珍しいな電話は」
「ちょっと急ぎでね。ニュース見た?」
「何の?たぶん見てないな」
「今、3チャン見れる?」
「ちょっとつけてみる」
テレビをつけて3チャンネルにすると、どこかのダンジョンの入り口が映し出されている。
パッと見、特に何の変哲もなさそうに見えるが…
「いや、ゲートがちょっと揺らいでるか?」
「そう、ダンジョンバーストが起こりそうだって」
モンスターがダンジョンのゲートから溢れてくる現象のことだ。
「ダンジョンのランクは?」
「中位」
中位ダンジョンは踏破適正レベル千だ。ダンジョンバーストに対応するにも本来はそのレベル帯が望ましいとされる。
しかも、ダンジョンバーストでは次々にモンスターが出てくる。ボスが複数体いることもあれば、変異種が出ることもある。適正レベル帯だとしても、1, 2パーティでは対処が難しいのだ。
「今、日本に千超えって何人いるんだっけ?」
「数人しかいないよ。全世界で百人くらいだから」
「マジか…」
「ダンジョン探索協会ではCランク以上に召集がかかってる。でもCランクってレベル300くらいよ?全然厳しい」
「…」
目立ちたくない。
目立ちたくはないが…それで無関係な人たちを見殺しにできるかというとできない。
仮にも異世界で「勇者ご一行」をやったのだ。そういう勇者的な感覚は多少だが、ある。
「行くしかないな」
「そうだよね。シンジならそう言うと思ってた。要は正体がバレなきゃいいのよ」
「そうだな」
二人はいったん合流し、シンジの「認識阻害」をかける。その上からさらに大きめのマスクをつける。「認識阻害」をしていればマスクはもちろん不要だが、あえてマスクをすることでなんとなく顔を隠している風を装う。「認識阻害」という可能性に意識が向きにくくするためだ。
もっとも、「認識阻害」は最上位スキル。まだしばらく発見されることはないだろうが。ちなみに、「認識阻害」は見た目だけでなく声もジャミングしてくれる優れものだ。
また、それらしく見えるようにカナタは剣を、シンジはマントと杖を装備予定だ。
「俺はなるべくサポートに徹する。今後毎回頼られても困るし。参加者が活躍できるようにバフと回復で支援する」
もともとヘルプデスクという名前の通り本職は支援だ。もちろん戦えないという意味では全くないが。
「そしたら私は危ないところのサポートかな」
「よし、行くか」
二人はダンジョンバーストを起こしかけている鎌倉にある【中位 極寒の牢獄ダンジョン】に転移で向かった。
——
「さすがに関根君は捕まらないか…せめて緑山君か風淵君のどちらかには来てもらわないと…」
ダンジョン探索協会鎌倉支部支部長の板倉ヤスシはぶつぶつ言いながら頭を抱えていた。
鎌倉支部に隣接する【極寒の牢獄ダンジョン】がバーストしそうだという連絡を受けたのはつい昨日のことだ。「見通す者」ジョブの「虫の知らせ」スキルで判明したそうだ。
探索人にゲートの様子を確認してもらうと確かに予兆が見られるという。しかし中位ダンジョンのバーストは日本では初。踏破適正レベル千の中位ダンジョンのバーストを無事食い止められれかは未知数だ。
(いや、未知数とか言っている場合ではない。やるしかない)
現在、日本にいるレベル千超えの探索人は5人。世界ランキング19位の「賢者」関根アカネと、「緑の手」緑山ミドリ、「魔剣士」風淵タイガ、「大魔法使い」京極ヒイラギ、「盾の騎士」椿カズヒサだ。そのうち椿と京極はすでに鎌倉に来ている。
しかし大魔法使いと盾の騎士の二人ではバランスが悪い。できれば前衛を張れる魔剣士の風淵には来て欲しい。しかし関根をはじめ、緑山にも風淵にも連絡がつかない状況だ。それぞれダンジョンに潜っているのだろう。
ダンジョン内は電波が入らないのだ。
「支部長、今回指揮をとる『冥界の果て』クランの泉田ケンゴ氏が来られました!」
「通してくれ」
秘書に声をかけられたので返答する。
すぐに執務室に大柄の男が一人入ってきた。
「よう支部長、シケた面してんな」
「この状況で他にどんな顔をしろと?」
泉田の呑気なコメントに板倉はうろんげな目を向ける。
「まぁこうなっちまったからにはやるしかないだろ」
「そりゃ、そうなんだが」
泉田は、レベル千にこそ届いていないものの、千が目と鼻の先にある高レベル探索人で、日本の三大クランの一つである「冥界の果て」のクランリーダーだ。自身の戦闘力もさることながら、自由奔放な人材が多い高ランクの中で稀有なまともに人をまとめられる人材である。
「今のところ千超え高ランカーは誰が来るんだ?」
「椿君と京極君はすでに来ている。あとは連絡がつかない」
「結構厳しいな」
「だろう?あと1-2人いれば千超え高ランカーパーティーが一つできるんだが」
「時間はあとどれくらいあるんだ?」
「3時間くらいだな」
「とりあえず今来てるやつらをいったんパーティー分けしておこう」
「そうだな」
二人は結論づけて、執務室のドアに手をかけた。すると、何やら外が騒がしい。
「あの、困ります…!」
受付の新人、山本の困惑した声が聞こえた。
「なんだ?」
執務室は三階建の鎌倉支部の最上階の最奥にある。三階は基本的に職員以外立ち入り禁止だ。しかし、外がザワザワしている。
なんだ?
ドアを開けると、ちょうどエレベーター脇の階段から男女の二人組が上がってくるところだった。
男の方はグレーのローブを頭から被っている。女の方はよくわからない素材のカーキの上下に帯剣している。そして二人ともやたらと大きなマスクをしていた。
怪しい。
「なんだ、あんたら?」
泉田が一歩前に出る。念のため板倉を守れるようにだを
「話がある」
二人が足を止める。
「話なら受付を通してくれ」
「俺たちはランキング一位と二位だ」
押し問答をしても仕方ないので、シンジはいきなり本題を切り出す。
「…?」
最初意味がわからず首を傾げる泉田と板倉。だがその意味に思い至ると、
「ふざけるな!今は緊急事態だ!お遊びは今度にしてくれ!」
「緊急事態だからわざわざ来たんだ。今、見せる。ウィンドウセレクトオープン、ランキング」
【ステータス】
ランキング: 1
「すげー!ランキング一位だ!」
「え、本物?嘘?」
「なんだセレクトオープンって、はじめて聞いたぞ!」
「知らないのか?任意の項目だけオープンするためのコマンドだ」
特に今重要ではないところで驚く声に対して律儀に返答するシンジ。
「一位ってあの一位!?日本人だったの!?」
「いや、なんかステータスの改竄とかしてるんじゃねーの!?」
「馬鹿、ステータスの改竄なんてできねーって話だろ!できるならむしろ本物ってことじゃね!?」
騒ぎを聞きつけてやってきた外野は大盛り上がりだ。
それに対して、泉田と板倉は無言だ。驚きとともに、まだ疑念も残っているようだ。
「とりあえず、中で話そう」
板倉が提案し、板倉と泉田、そしてカナタとシンジが執務室に入る。ドアは閉められても向こうではザワザワがまだ続いている。
「さて、お二人。ランキング一位と二位というのは本当か?」
「だからそう言ってるだろ」
「私も見せるわ。ウィンドウセレクトオープン、ランキング」
【ステータス】
ランキング: 2
「ウィンドウが本物であれば…本物のようだが…」
なおも疑り深い板倉。
「いや、おそらく本物だな…」
黙っていた泉田が口を開いた。
「プレッシャーが違う」
「プレッシャー?」
板倉にはわからないようだが、感知系に優れている泉田には、二人から放たれるプレッシャーが常人とはかけ離れているのを感じていた。
「あ、悪い。感じるやつがいるとは思わなくて」
シンジが言うと、泉田からふっとプレッシャーが消えた。
「コントロール可能なのか…!板倉、こいつら本物だ」
「…そうか。いや、それは…先ほどは悪かった。まさか本物だとは思わず」
「いや、それに関してはいきなり押しかけて悪かったとは思っている。でも緊急事態だからな」
「そうだ。ということはダンジョンバースト対策で来てくれたと考えていいのか?」
「ああ。でも俺たちはあくまで補助だ」
「補助…?」
「ダンジョンバーストの度に俺たちが駆けつけられるわけじゃないしな。全体の底上げが大事だろ。だから今回俺はバフと回復、こいつは危ないところのサポートをする予定だ」
ランキング一位と二位が補助に回ると聞いて混乱する二人。
「任せろ、俺のバフはかなり強力だから」
いや、気にしてるのはそこでないのだが。
「ちなみに二人のジョブは…」
「悪いけどそれは秘密な。俺はサポート系、こいつは剣士系だとだけ」
「一位殿がサポートなのか」
「あー、まぁいろいろあって、そうだな」
「まぁ、何にしろ来てくれただけでありがたい。一位と二位ということはレベル一万は超えているんだろ?とりあえず大船に乗った気でいるぜ!」
本当はその10倍だ。
「いや、油断はするなよ?」
「もちろんだ。とりあえずダンジョン前に行こう。みな集まっているはずだ」




