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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

帰り道の赤い鳥居

作者: どんC

 帰り道の途中に商店街がある。

 下町のごみごみした商店街だが、パン屋さんやら魚屋さんや安い服屋さんなんかが並んでいる。

 昔ながらの商店街だ。

 ふと気が付くとそんな店と店の隙間に赤い鳥居があった。

 何時もは、気にも留めないのだが。

 その日は彼と別れた後だった。

 高校の時からの付き合いで、かれこれ8年になるだろうか。

 別れの原因は彼の浮気だ。

 若い部下と浮気したのだ。

 しかも最悪なことにその部下は私が目をかけて、あれこれ面倒見ていた子だった。


 厄払い。


 ふと、そんな言葉が浮かんだ。

 私は誘われるようにその鳥居をくぐった。


 薄暗い小道を進む。

 道は迷路の様にいり組んでいてなかなか神社にたどり着けない。

 しかもすっかり暗くなってきた。

 私は諦めて道を引き返そうとした時。

 ぽっと灯りが点いた。

 暖かな灯り。

 提灯の灯りだ。

 狐面を着けた子供が提灯を持っている。

 私の後ろから幾人もの狐面を着けた子供が、笑いながらかけていく。

 皆白い着物を着て七歳ぐらいだろうか?

 この土地独特の祭りだろうか?

 気が付けば神社の階段の前に立っていた。

 子供達に押されるように私も階段を上がる。


『良かった。良かった』


『今年は花嫁が見つかったね』


『◯◯様は大喜びだ』


『花嫁が捧げられなくなって随分になるね』


 私はぞっとした。

 子供達がいっせいに私を取り囲んだ。

 狐面かと思っていたが。

 それは面ではなく、彼らの本当の顔だった。

 彼ら異形の者達の手がのびてきて……

 私は気を失った。




 気が付くと私は白無垢を着せられて座っている。

 男の人が隣に座っている。

 霞がかかったように、顔が良く見えない。

 広く天井も高い部屋だ。

 大きな花瓶には花が左右に飾られている。

 後ろには金の屏風。

 大きなぼんぼりに火が灯され辺りを照らす。

 周りには狐の顔に黒い着物を着た異界の者達。

 どうやら今宵は私と彼との祝言の様だ。

 狐の童子が二人、赤い盃と酒を持ってくる。


 飲んでは駄目‼️


 本能が私に告げる。


 黄泉窶食い(よもつへぐい)


 死者の国の食べ物を口にするとこの世に帰れなくなる。


 隣の男性が盃の酒を飲み干す。


 体が勝手に動き赤い盃を受けとる。


 とくとくと酒が注がれた。


 甘くまろやかな香りが鼻腔をくすぐる。


 とろんと頭が痺れ私は酒を飲み干す。


 私は全てを思い出す。


 今宵


 私は神の嫁となった。




 *********




「ねぇ。あずさを知らない?」


 二十代後半の女が二人に尋ねる。


「いや。知らないよ」


 若い男が答えた。


 続いて女は若い女に尋ねる。


 若い女は首を振る。


「ここ一週間アパートにも実家にも帰って居ないのよ」


「へぇそうなんだ」


 男は目を反らす。

 二人の表情を伺いながら女は続ける。


「ご両親が捜索願いを出したそうよ」


 男は舌打ちをした。


「大袈裟じゃないかな? 旅行に行ってるだけかも知れないだろう」


「幸助……貴方心配じゃないの?」


 彼女はあずさの幼馴染みだ。

 幸助の事も高校から知っている。


「ウェディングブルーじゃないかな? ほら俺達そろそろ結婚するだろう。独身最後の自由を満喫しているのかも……」


「それなら、会社に届け出をしているはずよ。彼女真面目だもの」


 探るような視線が、幸助に纏わりつく。

 何が感づいたのかも。

 あずさに俺の浮気をチクったのはコイツかも知れないと、幸助は考えた。

 あずさとの付き合いは長い。

 高校からだ。

 かれこれ8年になる。

 ブラスバンド部であずさと知り合った。

 最近は二人とも忙しく、なかなかデートが出来なかった。


 魔が差した。


 あずさの後輩にストーカーの相談を受け。

 彼女の送り迎えをするようになって。

 彼女に纏わりつくストーカーを捕まえ、警察に突き出した。

 ストーカーは高校の同級生(元カレ)だった。

 同じ大学を受けて彼女は受かったが、彼は落ちた。

 彼は引きこもりになり。

 二人の付き合いは疎遠になり自然消滅した。

 元カレは数年前からビルの清掃のアルバイトをするようになり、そこで三咲を見た。

 三咲は元カレに気が付かなかった。

 元カレも三咲に声を掛けることが出来なかった。

 彼女は大学を卒業し大手の広告代理店に勤めていて。

 それに引き換え、自分は高卒のアルバイトだ。

 声を掛けようとして出来ず。

 ズルズルとストーカーになってしまったと元カレは警察に自供した。



 それで彼女の送り迎えは終るはずだった。

 でも、ストーカーを警察に突き出した夜。

 二人は一線を越えてしまった。

 その後はズルズルと関係が続き。

 あの夜も二人で映画を見た帰りに赤い鳥居を見つけた。

 帰り道にある赤い鳥居。

 行ったことが無いからと、二人で神社に向かう。

 迷路の先に神社はあった。

 高い階段を登る。息が切れる。

 月明かりで、境内は明るい。


「古い井戸がありますね」


 彼女が言った。

 見ると蓋がされた井戸がある。

 側に何か書き記された看板がある。

 曰く付きの井戸らしいが、暗くて何が書かれているのか分からない。


 看板を読んでいた彼女が縁結びの井戸だと言う。


「満月の夜井戸の前で口付けすると二人は結ばれるそうです」


 彼女は笑いながら俺に口付けをした。


「幸助……あなた何をしているの?」


 そこにあずさがいた。

 あずさは今日も残業のはずだった。

 メールにはそう書かれていた。


「これは違う……」


 俺は言い訳を考えるが、あずさは俺達を睨む。

 あずさの蔑む目を見てついかっとなった。


「お前が悪いんだろう。いつもすましてやらせてくれない。だから……」


「だから私の後輩と関係を持ったの‼️ 当て付けで‼️ 最低‼️」


 あずさが駆け出した。

 俺は直ぐに追いかける。

 あずさを階段の前で捕まえた。

 揉み合う内にあずさがよろけ、階段から転げ落ちた。

 ゴロゴロとあずさは階段を転がり落ちる。

 まるでスローモーションの様に見えたが、体は動かない。


「幸助……」


 三咲の声ではっとして階段をかけ下りる。


 あずさの首が変な方向に折れていた。

 一目で分かる。

 あずさは死んでいた。


「どうしよう……私達人殺しになってしまったの……」


 こんなはずじゃ無かったのにと三咲はぶつぶつ呟く。


 最初に思った事はあずさの死体を隠さなくては‼️

 と言う思いだった。

 俺の頭から救急車や警察を呼ぶ選択は抜け落ちていた。


 あずさのせいで刑務所暮らしはまっぴらだ‼️


 と言う思いしかなかった。

 俺はあずさの死体を抱き抱えると階段を登った。

 幸いあずさの死体から血は流れていない。

 俺は三咲に井戸の蓋を開けさせると、死体を投げ込んだ。

 そして蓋をして神社を後にした。


 当然だが次の日からあずさは会社に出社していない。

 あずさの上司があずさの友人(榊こずえ)に訪ねた。

 彼女は高校の先輩でブラスバンド部のマネージャーだった。

 あずさに俺達の関係をチクったに違いない。


「珍しいな。あずさ君が遅刻なんて」


「はい。真面目なあずさにしては珍しいですね。今メール送ったんですけど。風邪でもひいたのかしら? ここの所忙しかったですし」


 二人は俺に視線を向けた。


「幸助は何か聞いてない?」


「ここの所俺も忙しかったんで。あずさとは連絡してないんですよ。帰りにあずさのアパートに寄ってみます」


「そうしてくれ」


 二人の話題は次の仕事に移る。

 俺はチラリと三咲を見ると、視線が合ったが慌てて俯く。

 仕事を押し付けていた人間が居なくなったから。

 俺は忙しくなった、三咲もだ。

 二人で残業する羽目になる。

 会社に残るのは俺と三咲だけだ。


「幸助……」


 三咲が声をかけてきた。

 その目はどうするのか訪ねている。

 あずさの死体が見つかるのは時間の問題だ。

 あの時は慌ていたから、後先の事は考えていなくて、近場の井戸に隠したが。

 井戸の周りには俺達の指紋が残されているだろう。


 あずさの死体を何処か山の奥に埋めなければ……

 一番最初に疑われるのは俺達だ。


 残業が終わると都合良く明日から休みだ。

 昼間にホームセンターでビニールシートとロープとシャベルを買う。

 夜中にまた神社を訪れる。

 幸い、神社に来るまで誰にも会わなかった。

 井戸の蓋を開けて懐中電灯で井戸の中を照らす。


「 ‼️ 」


 井戸の中に死体は無かった。


「死体が無い‼️ まさかもう見つかったのか‼️」


「でも……新聞でもニュースでも死体が発見されたなんて言って無かったわ」


「じゃどうして……」


 幸助はあちこちに懐中電灯を向ける。

 そしてふと井戸の横の看板に目を留める。


 人食い井戸


 看板にはそう書かれていた。

 幸助は看板の文字を追う。

 その昔。満月の夜に井戸に神の花嫁を捧げた。

 次の日に井戸の中に花嫁が居ないと神様が花嫁を受け取った事になり。その年は豊穣となる。いつしかその習慣も廃れ、この井戸は人食いの井戸と呼ばれるようになった。


 そう書かれていた。


「おい。どういう事だ? この井戸は縁結びの井戸じゃなく人食い井戸じゃないか‼️」


 ここでキスなんかしなければ、あんなことに成らなかったのに‼️


 幸助は三咲に責任転嫁をする。

 幼い行動も甘ったれた声も、前は可愛いと思ったが、今では鼻についてくる。

 若くてそこそこ可愛いと言うぐらいで、この女はとんだトラブルメーカーだ。


 ああ

 何でこんなことになったんだろう?

 三咲は考える。

 美人で有能なあずさ先輩の彼を寝取った、までは良かった。

 お人好しの先輩に仕事を押し付け幸助とのデートはスリルがあって楽しかった。

 あずさ先輩が映画館を出た時につけていた事に気が付いた。

 だから幸助を神社に誘いキスをした。

 先輩より私の方が上なのよと。

 気分は良かった。

 なのに幸助があずさを追いかけるから……

 もうこの男と別れよう。

 何て言ったかしら?

 殺人ほう助?

 脅されて嫌嫌従ったって言えば罪は軽いはずだわ。

 三咲は頭の中で別れを切り出す機会を窺う。


 シャリーン


 何処からか鈴の音が響く。

 いつの間にか辺りは霧に覆われていた。


 シャリーン


 花嫁行列が通る。

 黒い着物を着て、狐のお面を被り手には提灯を持った行列が花嫁の乗った白い馬を中心にやって来る。

 白無垢を着た花嫁はあずさだった。

 彼女は見惚れる程に美しかった。

 見惚れる幸助を揺さぶり三咲は喚く。


「幸助‼️ おかしい‼️ だってあずさ先輩は首を折って死んだはずよ‼️ あれは幽霊‼️ 逃げましょう‼️」


「いや。あずさは死んでなかったんだ。あずさは俺の為に白無垢を着て、迎えに来てくれたんだ」


 三咲の手を振りほどき、幸助はフラフラと花嫁行列に向かう。

 しかし伸ばされた幸助の手をつかんだのは狐面を着けた子供達だった。


「なんだ‼️ お前達は?」


「幸助‼️ これお面じゃない‼️」


 三咲の悲鳴に幸助は狐面の子供達を見た。


 ハアハアと生臭い息とともにだらりと長い舌が垂れている。

 三咲は子供達につかまれて暴れるが、子供とは思えない怪力で押し倒される。


 あずさの乗った馬はそんな二人を残して去っていく。


「あずさ‼️ 待ってくれ‼️ 俺が悪かった‼️ 俺の所に帰って来てくれ‼️」


 幸助の伸ばされた手に痛みが走る。

 狐面の子供に腕を食いちぎられたのだ。


 神社に二人の悲鳴が上がる。

 だが……

 それを聞くものは、誰もいない。





 **************




 会社に二人の刑事が訪ねて来たのは、休み明けの午後だった。


「この二人は今日出社していませんね」


 幸助と三咲の上司が応接室で対応していた。

 そこにこずえがお茶を出した。

 上司はこずえに確認を取る。


「はい。二人とも連絡が取れませんでした」


 上司は頷く。


「それで二人は事故にでも捲き込まれたんですか? 実は二人の前に田辺あずさと言う社員が行方不明になっているんですが……」


 二人の刑事が頷く。

 刑事は上司とこずえから最近の三人の近況を尋ねると帰っていった。



 後日幸助と三咲の亡骸が樹海で見つかった。

 樹海の入り口に二人が借りたレンタカーが停められていて。

 その車のトランクからロープやビニールシートやシャベルなどが見つかった。

 二人の亡骸は野犬に襲われた様で。

 顔以外ズタボロに食いちぎられ酷い有り様だったと新聞は伝えた。



 行方不明になった幸助の婚約者の事やレンタカーに残されたビニールシートやシャベルやロープから推測されたのは、二人が愛人関係になり邪魔になった婚約者のあずさを殺し樹海に埋めたのではないか。

 遺体を埋めた後で、野犬に襲われたのだと、三流雑誌やネットではミステリーとして伝えた。



 容疑者死亡のままこの事件は幕を閉じた。


 しばらくネットで騒がれたが、隣の国のミサイルや侵攻のニュースに関心は薄れていく。

彼女の亡骸は見つからないままだ。

 後に彼女は人食いの井戸に投げ込まれ【神の嫁】になったと囁かれていたが、やがて人々から忘れ去られていった。




       



       ~ 完 ~




 **********************

  2023/7/3 『小説家になろう』 どんC

 **********************


 ~ 登場人物紹介 ~


 ★ 田辺あずさ(27才)

 バリバリのキャリアウーマン。幸助と婚約している。

 しかし幸助と三咲に仕事を押し付けられ残業まみれでお疲れ気味。

 幸助に階段から突き落とされ亡くなる。

 突き落とされた井戸が【人食いの井戸】で満月の夜に投げ込まれて神の花嫁になる。


 ★ 山岡幸助(27才)

 あずさの婚約者。三咲と浮気した挙げ句あずさを殺した。咄嗟に井戸に投げ込み死体を隠したが、死体を移そうとして祟りに遭う。


 ★ 小原三咲(22才)

 幸助の浮気相手。

 あずさ殺しの共犯者。

 あずさに仕事を押し付け幸助と浮気する。



 ★ 榊こずえ(28才)

 あずさと幸助の高校の先輩でブラスバンド部のマネージャーだった。

 幸助の浮気に気付きあずさに告げた。














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