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第8話 卒業と入寮 (約19,000文字)

「卒業生代表ヴァルフォード・アスラン、壇上へ」


 アスランは名前を呼ばれると壇上に上がり答辞を読み始めた。


「春うららかな命芽吹く良きこの日、私たちはそれぞれ新たな物語を紡ぐためこのアラミード共和国創立ウクテル第5中学校を卒業いたします。今思い返すこと3年前私たちはこの第5中学校に暖かく迎え入れられ……」


 卒業生、在校生、教職員、父兄が見守る中アスランは答辞を読み上げていく。


「すごいよな、アスランが学年首席で卒業か……」


 界斗は壇上で答辞を読み上げるアスランを眩しそうに見つめていた。




「真田、お前真ん中に来いよ!」


 クラスの集合写真を撮影しているとクラスメートが界斗を囃し立てた。


「いや、俺はいいよ……」

「何言ってんだよ。クラスで一番の出世頭じゃないか。ほら、真ん中にいった」


 仕方なく界斗は中央にいる担任の横でしゃがむ。


「よし真田、先生と肩を組もう」

「はぁ……」


 界斗は言われるまま担任と肩を組んで写真をとった。


「お前が勲章でも貰ったら先生も鼻が高いぞ」

「ははは……頑張ります」


 集合写真を取り終わったところにアスランがやってきた。


「よう界斗、俺たちも写真取ろうぜ」

「カメラは?」

「院長先生が持ってきてる」

「分かった撮ろう」


 2人で握手をしたり、肩を組んだりして写真を撮っているとセリアが来た。


「私も入れてよ」

「友達とは良いのか?」

「あなたたちと学校でも撮っておきたいのよ」

「わかった、入れよ」


 その後3人一緒で撮ったり、院長と写真を撮ったりして無事に卒業式は終了した。

 そして界斗達は孤児院に帰ると卒業を皆から祝ってもらった。




 卒業式から1週間が経過しアスランの出立に合わせて界斗とセリアもそれぞれ寮に移ることにした。


「院長先生、副院長先生、今までお世話になりました」

「3人とも立派に勤めを果たすのですよ。私たちはいつまでもあなた達を見守っているわ。あなた達の家だと思い、いつでも帰ってらっしゃい」

「はい」

「アスラン兄ちゃん、界斗兄ちゃん、セリア姉ちゃん、元気でね」

「おう、お前らもしっかり頑張るんだぞ」


 アスランは孤児の子供たち1人1人と言葉を交わし始めた。


「アスラン、名残り惜しそうだね」

「それはそうよ。私や界斗はウクテルに居るからいつでも来れるけど、アスランは隣国の遠く離れた牧場に行ってしまうのよ」

「そうね。界斗あなたはアスランと話さなくていいの?」

「もう昨日話したよ。お互い頑張ろうって」

 



 界斗は昨日アスランと語り合った時の事を思い出していた。

 夜、2人で孤児院の庭にあるベンチに腰掛け月が出始めた暗い夜空を眺めていた。


「界斗、お前は孤児院で初めて会った時の事憶えているか?」

「憶えてるよ。それは言わないでくれよ。思い出すのも情けないからさ……」

「いや、界斗を馬鹿にするつもりは無いんだけどさ……。俺たち最初は仲良く出来なかったじゃん。お前は姉さん、姉さんって五月蠅くてさ。俺が思わずお前の姉さんはもういないって言ったらさ……」

「ははは……」

「お前俺に突っかかってきて、俺が殴り飛ばしちゃって」

「そうだな。あれは俺も悪いと思っているよ」


 界斗とアスランはその後、1か月以上碌に会話することは無かった。


「俺たち何となく自然と仲直りして話すようになったけどちゃんと謝ってなかっただろ。俺も殴ってすまなかったと思っているよ。その……お前の姉さん町じゃちょっとした有名人だったもんな。お前が自慢に思うのも騒ぐのも無理ねえなって……」

「え? アスラン、姉さんの事知ってたの?」

「俺とお前の家だと小学校の学区が違ったから俺らお互い知らなかったけど、お前の姉さんは可愛いし、アラミードの中学ピアノコンクールで準優勝したという事で結構有名になってたんだぜ。俺は当時中学生の兄貴がいる友達からお前の姉さんの事聞いたよ。すげえ可愛いくてピアノがうまいって……」

「そっか……姉さんは女優になるのが夢だったんだ。中学卒業したら高校行きながら1人暮らして事務所に所属するって話してたんだ……」

「残念だな……。あんな事が無ければお前の姉さんをテレビで見る事が出来たかもしれないんだな……」

「そうだね……」

「それなのに俺はお前の姉さんに対する気持ちを考えずまた殴っちまった……」

「アスランってすぐに熱くなるよね……」

「すまないと思ってる、許してほしい……」


 アスランは頭を下げた。


「アスラン……俺は気にしてないよ。アスランは俺がどんだけ闘い慣れしてないか、分からせたかったんだろ。むしろあれのおかげで俺もこれから訓練を頑張る気になったよ」

「そうか……そういってくれるか、ありがとう」


 アスランは人懐っこそうな笑顔を浮かべた。


「……」

「……」


 しばらくお互い静かにベンチに座りながら月を見上げていた。

 そしてアスランが徐に口を開いた。


「なぁ、界斗……俺は牧場主になって世界中の孤児たちが気兼ねなく美味い肉を食えるようにする。だからお前は孤児たちが傷つかないよう、俺たちの様な孤児が生まれない様ハンターとして戦うんだ」

「もちろんだよ、アスラン。俺は魔獣や俺たちの町を破壊したあいつらを許さないから」

「約束だぞ」

「おう」


 界斗とアスランは正面で腕をくみ合わせお互い頷いた。




 界斗は昨日の光景を思い出しもう一度心に強く刻んだ。


(アスラン、頑張れ。俺も頑張るから)


 界斗とセリアは孤児たちと別れを惜しむアスランを眺めていた。

 そして3人と院長は駅から列車に乗るアスランを見送るため孤児院を後にした。

 バスに乗り駅に着いた。


「じゃあな界斗、セリア。院長先生も体を大切にしてください」

「じゃあなアスラン。たまにはウクテルに帰って来いよ」

「そうよ、私のレストランで御馳走してあげるから」

「セリアの奢りか~。楽しみにしているぞ。正月は帰ってくるからな」

「はぁ~? 元旦はお店休みだし」

「じゃあ、夏休みか。けど夏は牧場忙しいらしいからな。帰ってこれるかどうか……」


 話をしていると列車の発車時刻がやってきた。

 アスランが列車に乗る。ドアが閉まった。

 界斗とアスランはドア越しに拳をぶつけあう。そしてお互い笑い合った。

 セリアと院長は手を振りながら見送る。

 列車が駅を離れ小さな点となるまで3人は見送っていた。


「私たちも行こうか」

「そうだね」

「それでは院長先生、今までお世話になりました。落ち着いたらレストランに招待しますので食べに来てください」

「そうね、セリアも頑張りなさい。必ず食べに行くから。しっかりと料理を学ぶんですよ。

界斗は無理しちゃだめよ。決して魔獣に殺されてはいけませんからね。年1回でいいから必ず顔を見せること。私よりも先に逝ったら許しませんからね?」

「はい、院長先生……。必ず顔を出します」


 界斗とセリアは院長と駅で別れるとそれぞれの向かう先へ歩き出した。




 界斗はバスに乗り解放者へと向かう。

 解放者に着き受付の厳めしい男性に来訪を告げるとアミリエがやってきた。


「おはよう、真田君」

「え? こんにちは、蔵林さん」

「社会人の出社の挨拶はどんな時間でもおはようございますよ。覚えておいて」

「あ、はい、分かりました。おはようございます、蔵林さん」

「よろしい。では寮に行きましょう」


 界斗はアミリエに連れられ寮へと向かった。

 部屋に着きインターホンを鳴らすとルイバンが出てきた。


「真田さん、いらっしゃい。今日からよろしくお願いします」

「ルイバン君、僕の方こそよろしくね」


 界斗はルイバンと挨拶をすると自分の部屋に鞄を置いた。


「真田君、これはこの部屋の鍵ね。それからこれはクラン証だからなくさないでね。あとこれが幹部用の食券ね。1日3食今月分あるわ。来月分は今月末に支給するから。無料といっても4食目は自己負担だから気を付けてね」

「はい、わかりました。とは言っても一日4食も食べませんが……」

「なら大丈夫ね。後、これは今月分の出社予定表。出来れば今日中に今月どれくらい出社できるか記入して持ってきてね。無理して毎日とかじゃなくていいから」

「ルイバン君はどれくらい出るの?」

「僕は学校の用事がない日は全て出社しています。さらに春休みが始まったら遠征に行く予定なので1週間ぐらい帰ってきません」

「そうなんだ。休まなくて大丈夫?」

「たまに休みたいときは休んでますので」

「……」


 界斗は小柄なルイバンのどこにそんなエネルギーがあるのかと驚いてしまう。


「それから月末に学生集会があるんですけど、界斗さん来ませんか?」

「学生集会?」

「基本、大人の職場じゃないですか。そこに僕たち学生が混じっているわけで。数か月おきぐらいに学生同士集まって色々と交流をしているんです。幹部の真田さんが来てくれるとみんなも頼もしいわけです」

「そうね、せっかくだから顔を出しておいた方がいいわよ。かわいい子沢山いるしね」

「はぁ……わかりました。出席します」

「もしかして真田君はお姉さんがいいのかな?」


 あまり乗り気ではない界斗を見てアミリエはちょっとからかい気味に声を掛けた。


「え?……」


 界斗はお姉さんと言われ姉の美汐を思い出し寂しい気分になったが、すぐに年上という意味だと気付いた。


「違いますよ……」

「ごめんね。軽口はここまでにしましょう。では真田君、後で来て頂戴ね」


 アミリエは界斗の表情の変化を見ると申し訳なさそうに事務室へと戻っていった。


「じゃあ、僕も自分の部屋に居るので何かあったら呼んでください」


 ルイバンも自分の部屋へと戻る。

 1人になった界斗は改めて自室を見回す。


「自分の部屋か……。どうするかな?」


 孤児院では10人ぐらいの大部屋だったため、自室をこれから自由に使えると思うとわくわくした。


「その前に今月の出勤を決めないと」


 界斗は今月の残り12日をすべて出社することにした。

 記入を終えると寮を出て、事務室へと向かう。


「おい、待て」


 界斗は職員用の出入り口でクラン証を端末に押し当て扉を開けたら呼び止められた。

 扉が開いたところに前回来た時とは違う顔の職員2人が立っていた。


「お前見ない顔だな、新人か? 新人は素道り出来ないぞ。それとも侵入者か?」


 界斗は慌ててクラン証を取り出す。そして挨拶した。

 警備の職員がじっくりとクラン証と界斗を観察した。


「成程、お前が噂の新人か……」

「こいつが新しく来た中学生幹部かよ」


(あとちょっとで高校生なんだけどな……)


「はい、これからよろしくお願いします」


 思った事は口にせず、界斗はお辞儀をした。


「まあいい、通っていいぞ」


 界斗は足早に立ち去った。


(この前居た人とは違うな。それは色々な人がいるか。気を付けないと……)


 界斗は歩きながら後ろを1度だけ振り返った。

 彼らは面白そうに談笑していた。




 幹部事務室に着くと界斗はノックをする。


「どうぞ」


 アミリエとは違う若い女性の声がした。


(蔵林さん以外にもいるのか……。当たり前だよな……)


 界斗は見知らぬ人に緊張して恐る恐る扉を開ける。


「失礼いたします」


 室内にはアミリエの他、2人いた。

 1人は丸っとした可愛らしい顔つきの童顔の小柄な女性、もう1人はちょっときつめの顔つきで肌が褐色のスラっとした女性だった。


「2人とも、こちらが新しく来た真田界斗君」


 アミリエが界斗を紹介する。


「真田界斗です。よろしくお願いします」

「私はアレネマール・サディアです。副事務長をしています」


 褐色の女性が挨拶をした。


「私はロベール・フィビリア、よろしくね。蔵林さんの秘書的な立場かな? こうみえても20歳過ぎてるから。大卒だから。君よりも年上だからね」


 童顔の女性が腕を腰に当てながら挨拶をした。


「はい、これからよろしくおねがいします」


 界斗は挨拶を済ませるとアミリエに予定表を提出した。


「……全日出社になってるけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「まあいいわ。ただ見習いである真田君はこちらの都合的に全日は無理だから調整することになるけどいい?」

「それで大丈夫です」

「今日はもういいわよ。寮で休んでてもいいし、外出してきてもいいわ」

「とりあえずお昼が近いんで食堂に行ってきます」

「そうね。ルイ君も誘ってあげて。あの子、お昼ご飯食べないときあるから」

「わかりました。誘ってみます」


 界斗は寮に戻るとルイバンに声をかけ2人で食堂に向かった。




「はぁ~」


 食後ベッドに寝ころびながら界斗はため息をつく。

 食堂で至る所から奇異の目を向けられ、囁かれ、精神的に疲れていた。


「幹部ってそれ程なのかな?」


 界斗は外出する気にならず1日中ベッドでゴロゴロとしながらすごした。





「さて界斗君、訓練場に行くぞ」


 次の日出勤すると界斗は早々にガリウスに連れられ訓練場に向かった。

 ガリウスは大きな箱をどこからか台車に載せて持ってきた。

 そして界斗とガリウスは訓練場の隅で向かい合った。

 周りでは他の職員が数名模擬戦をしている。


「まずは基礎運動能力を確認する。君の体力測定の結果は中学校から提出されている。しかしそれにはない項目を確認する必要がある」

「なんですか?」


 界斗が疑問に思った瞬間、右肩に激痛を感じた。

 肩を抑えてうずくまる。


「くぅ~、痛! いきなり何するんですか!」


 界斗はガリウスに右肩を殴られていた。

 界斗はガリウスを見上げ、睨む。

 ガリウスは界斗の怒りなど気にせずに紙に書き込んだ。


「注意力、緊急の反射神経はダメだな……」

「え?」

「ああ、すまない。これもテストだ」

「これがですか? こんな咄嗟に反応できる人なんているわけない……」

「自分を基準に考えてはダメだな。君が他の人には不可能な程ゼファレスが使えるように、君に出来ないことが出来る人は沢山いる。そういう考えでは戦闘では特に注意が必要になるぞ」


「では次は動体視力と通常時の反射神経だな」


 ガリウスはそういうと物入からヘッドギアを取り出す。


「まずはこれを顔に着けたまえ」


 界斗は言われた通りヘッドギアを装着する。


 ガリウスは1mぐらいの棒を取り出した。


「今度はこの棒で攻撃する。避けるように。防御してはならない。ああ、安心していいぞ。先端にはクッションがついてる。では構えろ。いくぞ」


 界斗がごくりと唾を飲んだ瞬間、ガリウスが突きを放つ。界斗は身を捻って躱した。

 次は上段から打ち下ろしが来る。


「く!」


 界斗は右に飛びのいた。

 続けて棒が横なぎに振るわれた。界斗はしゃがんで躱した。


「ほう、目はまあまあのようだな。では少しずつ速くしていくぞ。」


 ガリウスは界斗めがけて次々と棒を振るっていく。棒を振るうスピードが徐々に上がっていくと界斗は避けきれず受け始めた。


「痛!」


 時折、クッションから外れたところが当たり、かなり痛い思いをする。


「これぐらいでいいだろう」


 5分ぐらいだろうか。ガリウスが棒を振るうのをやめた。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 界斗は前かがみになり息切れした呼吸を整える。

 特に強く当たった右腕が少し赤くはれていた。

 呼吸が落ち着くと界斗は腕をまくり状態を確認した。




「中の上といった所か。訓練次第では回避力は結構いいところまで行けるかもしれん」


 ガリウスは紙に記入していく。


「次は武器適正をみる。中学の授業では剣術だけかな?」

「はい、それも形だけですが……」

「何か武器の経験は?」

「いえ、特にこれといってありません……」

「そうか、創成術があるからな。だが一通り確認するぞ。攻撃方法は多いに越したことは無い」

「はい、わかりました」


 ガリウスは木剣を取り出した。


「まずは剣から見てみようか」


 ガリウスが界斗に木剣を投げ渡した。




「はぁぁぁ……俺全然才能ないですね」


 界斗はしゃがみ込んでため息をつく。

 剣、槍、斧どれを使ってもガリウスに簡単にあしらわれた。

 弓に至っては的に当たらず明後日の方向へ飛んで行った。

 銃も的を大きくはずしてしまった。カイトは持ち前のゼファレスで常にそれなりに大きく創成していたため、弾丸の様な小さな弾で正確に的を狙うことは出来なかった。


「弓や銃は慣れが必要だから仕方ないとして、正直近接武器に適正はないな」


 ガリウスは容赦なく界斗を評価した。


「さて、武器の確認はすんだから、すこし実戦での話をしようか」

「はい」


 界斗は立ち上がり姿勢をただす。


「いや、ちょっと向こうで座りながら話そう」


 そういうとガリウスは観覧席に向かって歩き始めた。




「さて、実戦において今の界斗君の創成術を中心に攻撃を組み立てるとどうなると思う?」

「すみません、実戦を経験したことないんですが」

「では具体的に話を進めよう。界斗君のチームは剣士2人、槍1人、弓1人、そして界斗君の5人だとする。そこに単なる動物の野犬が2匹現れた。どうする?」


「えっと火球で速攻です」

「ははははは、そう答えたいのだろうが現実はそうはいかない。敵を待ち伏せなら火球で先攻が可能だ。だが遭遇戦ではそうはいかない。界斗君が気付いた時には野犬はとっくに気付いている。距離にもよるが界斗君が魔術を放とうとしたときには野犬は前衛の剣士に接近している。つまり射線上に剣士が居る状況になる。そして剣士は界斗君の為に左右に展開して射線を空けようとする。しかし野犬は剣士に食らいつこうとする。つまり剣士を巻き込む大型の威力の高いゼファレス法術は使えなくなる。剣士の力量が高ければ野犬を斬っておしまいだ。もしくは槍が横から突き殺すかもしれないし弓で射貫くかもしれない。もしそうでなければ野犬はいったん距離を取るだろう。距離をとったら界斗君の出番だ。つまり術師は状況を先読みしてすぐに動けるようにしておかなくてはならない」

「確かにそうですね。ゲームじゃないんですからそうなりますよね」


「そして状況は遠距離攻撃をしてくる魔獣だとより複雑になる。まして数が多いとなおさらだ。では野犬の数が5匹ならどうなると思う?」

「え~と、剣士の人が5匹を引き付けて」

「なぜそうなる? 敵も馬鹿ではないぞ。まあ、剣士の技量にもよるが3匹を引き付けられる技量があれば、野犬ごときは瞬時に切り伏せることができる。だがそれがない剣士ならば、野犬は剣士を先に倒そうとするか、分散するかはその野犬の性格や状況しだいだ。野犬によっては界斗君に向かってくるだろう。もし野犬が界斗君に向かってきたら味方が近くに居るため界斗君は広範囲攻撃は出来なくなる。つまり今の界斗君では小さな火球で迎え撃つ事しかできない。さて、どうする?」



「……火球を当てます」

「獰猛な野犬の反射神経はなかなか良い。創成を見た瞬間反応してくる。距離にもよるが3mぐらいの距離なら、初速50kmぐらいなら避けられると思っていい。まあ創成速度や撃ち出し速度が速ければ当てられるかもしれないが……。さて、距離を詰められた。そうなったら今の界斗君が取れるのは1つだけ。火球を当てて怯ませて距離を取る。だが相手は目の前で動き回る、しかも背が低い。咄嗟にうまく当てられるかな?」

「自信ないです……」


「そこで狙うのはカウンターだ」

「カウンター?」

「防御をしてその隙をねらう。野犬が界斗君の本気のゼファレス粒子による障壁に牙や爪を突き立ててもダメージを負わせられないだろう。そこをカウンターだ。だが魔獣ならばそうはいかない。そこで必要になってくるのが盾と回避の技術だ」

「盾ですか……」



「そうだ。下半身への攻撃なら躱し、上半身でさらに受けきれる攻撃なら盾で防いで、そうでなければ躱す。これから暫く感覚を掴むためにゼファレス粒子の障壁を使わずに訓練する。そうだな明日からだな」

「分かりました」


「それから話は変わるが君は火球を撃つとき回転をかけているかな?」

「え? いえ、そんなことはしてないです。授業で習っていないですし……」

「そうか、ではその訓練を自主的に行っておくように」

「回転ってどういう感じなんですか?」

「う~む、私はそういう細かな制御が得意では無いから綺麗な手本を見せられないが……」


 そういいながらガリウスは小さな10cmぐらいの火球を創成した。


「ここに火球があるだろう。これを前方に回転させる……」


 ガリウスが眉間を寄せながら火球を睨むと、ゆっくりと回転を始めた。なんだかぐにゃぐにゃと崩れたりもしているが……


「ふぅぅぅぅぅぅ、すまない、これが限界だ」


ガリウスは火球を地面に投げ捨てる。足で踏み消した。


「いえ、ありがとうございます。イメージが掴めました」


界斗は30cmぐらいの火球を創成する。そしてゆっくりと回転をかけ始めた。


「さすがだな。だが始めはもっと小さい火球から始めた方がいいぞ。液体や気体の操作は量に比例して難しくなってくるからな」

「成程……」


 界斗は火球を地面に投げ捨て水で消すと、今度は10cmぐらいの火球を創成した。


「確かに簡単に回せますね」


 そこには綺麗に回転する火球があった。




 午後、界斗は幹部室の自分のデスクに座っているとガリウスから小さな粒が大量に入った袋を手渡された。


「これは?」

「ポリエチレンのペレットだ」

「ポリエチレン?」

「そうか知らなくても当然か。これから高校生だものな。プラスチックの一種だ。柔らかい方に属する」

「プラスチック……なぜこれを?」

「できれば今日中に創成できるようになって貰いたい」

「え? 今日中? 何故ですか?」

「君の為でもある」

「はい?」

「これが出来るかどうかで明日からの訓練で使う剣の材質が決まる」

「まさか……」


 界斗はごくりと唾を飲みこむ。


「そうだ。これで剣が作れれば痛い思いをしないで済む。できなければ木剣だ。クランには木剣か金属の剣しかないからな」

「はい、わかりました」


 界斗は早速袋を開けポリエチレンのペレットを何粒か取り出す。右手に握りしめた。

 そしてゼファレスを浸透させていく。


(う~ん、水やメタノールと違ってなんか構造が分かりにくいな、そもそも授業で習ってないし……)


「机の上に創成してもいいですか?」

「君の机だから自由に使いたまえ」

「創成します」


 何となく掴んだポリエチレンの構造を再現するように左手にゼファレスを練り上げていく。

 次の瞬間机の上にどろっとした液体が出来上がった。


「あれ? 何故?」

「うん? これはなんだ?」

「分かりません……」

「もう1度やってくれるか」


 界斗はもう1度創成する。

 今度はどろっとした液体の中にぐにょぐにょとした粒がいくつか混じっていた。


「うまくいきませんね。とりあえずふき取ります」


 界斗は雑巾を持ってきてふき取った。


「なんかちょっとべとつきますね」

「その雑巾洗うのが大変そうだから捨てていいぞ」


 界斗はガリウスから言われると雑巾をゴミ箱に捨てた。


「少し待っていてくれ」


 そういうとガリウスは室内を出て行った。

 そしてすぐに金属のバット容器を持ってくる。


「掃除するのも大変だろうから、この中に創成するといいだろう」


 界斗は金属のバット容器を受け取ると練習を再開した。




「で、できない、何故?」


 界斗は額に汗をかいていた。かれこれ1時間は経っている。

 何度創成しても、どろっとした液体かぐにょぐにょな物体しか創成できなかった。

 バット容器はそれらの物体で満たされている


「ガリウスさん、すみません。何度やっても出来ないです。構造は再現出来ていると思うのですが・・・・」

「そうか、ならば明日は木剣だな」

「木剣痛いですよね」

「全て防ぐか躱せれば痛くないな」

「それが出来れば訓練しなくていいですよね。はぁ……」


 界斗は項垂れた。


「残念ながら私は詳しくないからな。クラリティーナ様に相談するか……」


 ガリウスは界斗の様子を見て仕方なさそうにため息をつく。


「いや、いいですよ。そもそも皆さん木剣で訓練されてるのでしょう。なんか俺だけプラスチックっていうのも恥ずかしいような……」

「確かにそうだが、それは剣同士の打ち合いだからな。これから君がする回避、防御訓練をしている者はいない。私が知っているゼファレス法術特化は皆それなりに戦えたからな。解放者が出来てからゼファレス法術特化の新人は界斗君が初めてだから。そもそもハンターでゼファレス法術特化はものすごい少ない。うちのクランでは幹部に1人いるだけだ。しかも彼女は武器に杖を使い杖道の心得があるからな。だから盾は使わないしな……」

「わかりました。けど団長は忙しくないんですか?」

「クランに居るということは休息されているということだ」

「え? 休んでいるところ悪いような……」

「普段は任務でクランを空けているからな。団長として顔を見せながら休息するのもしかたないわけだ。せっかくの機会だ。クラリティーナ様なら知っているだろう。以前私の目の前でプラスチックの容器を創成されたこともある。聞いてくるといい」


 界斗は幹部室を出てクラリティーナが居る団長室に向かった。




 界斗が団長室に行くと室内から話し声が聞こえた。

「殲滅局への出向者は決まったのかしら?」

「向こうは幹部を1人寄越せと言ってきているのよね」

「そうなのね。私としては幹部を出向させたくはないのだけど……。アミリエ、何とか上級2人ぐらいで納得してもらえるようにお願いできるかしら?」

「そうね……。けど、他のクランとの兼ね合いもあるからそれ次第かしら……」


 話し声が聞こえた為、界斗は躊躇した。

 しかし会話が途切れたのを見計らって界斗が団長室の扉をノックするとクラリティーナが返事をした。


「どうぞ、入ってください。」

「失礼します」


 界斗が室内に入るとクラリティーナと話していたアミリエが振り返った。


「すみません、忙しいようなら後ででいいです」


 急に振り返られ見つめられた界斗は気後れして出て行こうとする。


「構わないわ。私の話はもう終わるから。そこで待ってて」


 アミリエはそう言うと再びクラリティーナと話し始めた。




「私の話は終わったわ。真田君どうぞ」


 界斗が待つこと数分、アミリエから声をかけられた。

 そしてクラリティーナが何の用事なのかと界斗を見た。


「そんな大した用事ではないのですが……」

「気にしないで真田君。私は団長なのですから団員がそのように気を使わなくてもいいのですよ」

「では……。ポリエチレン、プラスチックの創成を教えてください!」


 界斗は頭を下げながらクラリティーナに頼んだ。


「プラスチック? 何故それが仕事に必要なの? さすがに個人的な興味を仕事中にさせるわけにはいかないわよ?」


 まだ室内にいたアミリエから疑問の声が出る。


「あの……明日からの訓練で使うんです。プラスチックの剣として……」


 界斗はたじろぎながらも答えた。


「クスクス、アミリエ、構いません。きっとガリウスの配慮でしょう。木剣では痛いものね」

「訓練なら仕方ないわね……」

  

 クラリティーナは可笑しそうに笑い、アミリエはおどけて見せた。


「すみません」

「真田君が気にしなくていいです。そうね、ポリエチレンでいいのよね。今どんな感じで創成できるのかしら?」

「あ、創成した物がバット容器に入っているので持ってきます」


 界斗は慌てて容器を取りに戻った。

 容器を手に持ち団長室へ戻るとクラリティーナとアミリエに容器を見せる。


「これは……」

「そうね……」


 クラリティーナとアミリエは顔を向け合う。

 そしてクラリティーナは界斗に話し始めた。


「真田君はポリエチレンの構造を知っているかしら?」

「すみません。まだ学校で教えて貰ってないです。」

「中学を卒業したばっかりですものね。これは高校生の内容ね。汎用性樹脂であるポリエチレンなどのプラスチックは高分子と呼ばれていて、水や塩を創成するのとは少し勝手が異なるの」

「え? そうなんですか……」

「そうですね、書いて説明した方がいいですね。それからアミリエ、容器をいくつか持ってきてくれるかしら」

「ええ、団長」


 アミリエは容器を取りに団長室を出て行った。

 クラリティーナは近くに置いてあるホワイトボードに行くとペンで書き始めた。


「プラスチック、ポリエチレンの構造はこうなっています。何か気付きませんか?」

「同じ物が繰り返し並んでいますね」

「そうです。その並んでいる同じ構造の内1つがモノマーと言われる最小の構造です。プラスチックは全てこのモノマーを沢山つなげて出来るのです。ポリエチレンの場合はこのHが2つ付いたC2つがモノマーです」


 クラリティーナはホワイトボードに書き込みながら説明を続ける。


「ではどれぐらいつなげればしっかりとした硬さのある固体にできるかというとだいたい400ぐらいからです。ちなみにこの繋げた数を重合度といいます。ここまでは大丈夫かしら?」

「はい、なんとなく……」


 アミリエが容器を持って戻ってきた。


「ありがとう、アミリエ」


 クラリティーナはアミリエから容器を受け取ると創成を始めた。


「まずは重合度10から手本を見せます」


 液体が容器の中に創成された。


「次は100です」


 すこしぐにょぐにょした物体が容器の中に創成される。


「そして200、300、400、500、600……」


 クラリティーナは重合度を100刻みに1000まで創成し容器の中に順番に並べた。


「この違いを確認してみて」


 界斗は触ってみる。


「硬さというか感触が違います」

「そう、一般的にこの重合度が上がるほど固くなります。ただ無限に硬くなるわけではないから注意して。しかし強度は強くなる傾向にあるかしら」


「分かりました。せっかくなのでゼファレスを流して確認しても良いですか?」


「……真田君、あなたゼファレスの原則を忘れたの」


 アミリエがあきれたようにため息をついた。




「あ! ……すみません」


 界斗は言われてすぐに思い出したが、ゼファレス特化の自分がそのようなことを忘れるなんてと恥ずかしく思った。


「せっかくなので、真田君、ゼファレスの原則を復習してみましょう」


 クラリティーナの提案を受け界斗はゼファレスの原則を思い出していく。


「ええと確か……1、ゼファレスは物質に干渉し、物質にエネルギーを与え、物質の構造を知覚し、物質を創成する事ができる」


「2、ゼファレスによって創成された物質はしばらくの間、創成者のゼファレス優位下にありその物質の構造をすぐに知覚しようとしても創成者のゼファレスによって乱される。物体操作においても創成者の定めた方向に支援する事は容易だが、妨害するようなそれ以外の方向に対しては難しい」


「3、ゼファレスは個人特有の波形と振動周期を虚数的に持つ。ゆえに通常他人のゼファレスをそのまま利用することは出来ない」


「4、ゼファレスによる原子を創成する時、創成難易度とゼファレス必要量は原子番号と原子量に比例する」


「5、物体操作におけるゼファレス消費量は時間と重量に比例する」


「6、ゼファレスの霧散速度は早い、そしてゼファレスから直接的に創成されるゼファレス粒子はさらに早い。その存在時間は1秒以下である。つまり障壁等を常時展開すると凄まじい速度でゼファレスを消費する」


「7、ゼファレス粒子は原子でないため、ありとあらゆる化学反応性を持たない。運動エネルギーも持たないので外部の熱が伝播することなく奪うことも無い。触れた感触は熱くもなく冷たくも無い。皮膚の温度受容器に干渉しないため温度を感じることは無い。同じく音を伝えることも無い」


「8、ゼファレス障壁やゼファレス剣などのゼファレス粒子によって形作られた物質の強度は密度に依存する。ゆえに強度、大きさとゼファレス消費量は比例する。また断熱効果や防音効果も密度に依存する。ゼファレス粒子自体は熱や音を伝えないが密度が低いと気体が入り込むためである……以上です」


 界斗は必死に思い出しながら全てを言い終えた。


「よくできました。その通りです。つまり私が創成したこのポリエチレンはしばらくの間は構造を知覚することは無理でしょう」

「ありがとうございます。けど言葉だけで殆ど理解できていませんけど」


 界斗はばつが悪そうに目を逸らせた。


「実は理論的に理解するのは中学生には難しいのですが、必要なので言葉だけは学校で暗記させられるんです」

「そうだったんですね。昨年習ったのですが、他の教科では習わない言葉ばかり出てきたので不思議に思っていんです。納得しました」


 クラリティーナは椅子に座ると、界斗を見つめた。


「それからまだ他にも教えることはありますが、それはしっかりとした固体が創成できるようになってからにしましょう。まずは感覚を鋭敏にしてモノマーを知覚するところから始めなくてはなりません。そしてそれを10繋げることに慣れたらその10繋げたものを1組として繋げる数を増やしていきます。100までいったらもう解りますね」

「はい……100を基準とするんですよね」

「そうです。そうすればポリエチレンの硬さを自在に操れます。1000まで出来たら見せに来てください」

「分かりました。ありがとうございます。さっそく試してみます」


 界斗はお辞儀をして団長室を出る。そして自分のデスクに戻ると創成を開始した。


「まずはモノマーの認識からか」


 ペレットを右手に掴みゼファレスを流していく。


「感覚をより鋭敏に集中、集中……」


しばらく目をつむって集中していたが不意に目を見開いた。


「掴めた! これを10個つなげて……」


 界斗が容器に左手をかざすと液体が創成された。


「よし! 団長と同じように出来たぞ。まずはこれで練習だ」


 1リットルは入る容器が満杯になるまで何十回と創成をする。


「だいたい覚えたかな……練習はこれぐらいで次は重合度を100まで増やしていこう」


 20、30、40……と重合度を増やしていく。


「これで100だ。まず100を10回ぐらい練習しよう」


 界斗は重合度100を10回創成すると、そこでいったん休憩とした。


「ふう、休憩にしようかな」


 界斗は伸びをする。


「ほう、頑張っているな。差し入れだ」


 界斗が振り向くとのクメオンというさわやかな果実の缶ジュースを界斗に差し出しているガリウスが立っていた。


「ありがとうございます」


 界斗はジュースを受け取ると早速飲み始めた。


「今日中に出来そうかな?」

「はい、予想ですが後2,3時間もあれば出来るようになると思います」

「さすがだな。もし定時の17時までに終わらなくても残業するなら残ってもいいぞ」

「え? さすがにおもちゃの剣を作るために残業するのは……」

「かまわないぞ。プラスチックの創成は戦闘の補助に使えるしな」

「そうなんですか?」

「例えば足場を作ったり、接着剤のように創成すれば敵の足を止めることにも使える。どんな物質でもアイデア次第でいくらでも使い道はある。ポリエチレンの創成は私が仕事として命じたのだから気にする必要はない」

「はい、わかりました。うまくできたら団長に来るように言われているので多分遅くなります」

「そうか、ならば残業確定だな。私は今日は定時で帰るから、帰るときは蔵林君に挨拶して帰るように。来月の新年度集会の日まで界斗君の扱いは微妙だから勝手に帰らず幹部の誰かに声をかけて帰るようにしてくれ」

「はい、わかりました。今、僕は微妙な扱いなんですね」

「本来は新年度集会の日が新人の初日なんだ。給料もその日から発生することになっている。界斗君は書類上は臨時雇いという事にしてある」

「あ~、なるほど、わかりました」





 界斗は再び練習を再開する。

 しっかりとした個体が創成できるようになった頃には日が暮れていた。

 界斗は創成した個体を入れた容器を持ち団長室へと向かった。


「団長、真田です」

「どうぞ、入ってください」


 ノックをして声をかけると室内からクラリティーナの声がした。


「どうですか? できましたか?」

「はい、おかげさまで」


 界斗は創成したポリエチレンが入った容器をクラリティーナに差し出す。


「確かにしっかりとした硬さで出来てますね」


 クラリティーナは容器からポリエチレの塊を取り出し何度か手触りを確かめる。


「さて、実はポリエチレンには先程教えた直鎖以外に分岐構造というものもあります。ポリエチレン以外にもプラスチックは色々な種類があります。また金属の創成についても教えてあげたいのですが、もう18時を過ぎましたので今日はこれくらいにしましょう。今度の機会に教えてあげます」

「他にも色々あるんですね……。頑張って勉強して創成できるようにします。今日は色々と教えていただきありがとうございました」


 界斗は深々とお辞儀をすると団長室をでた。

 そしてアミリエに帰りを伝えるために事務室に行く。


「真田君、急で悪いんだけど明後日シスダールの編入者学力確認試験があるから受けてきてくれる?」

「え? 明後日ですか……」


 界斗は室内に入るやいなやアミリエに学力試験に行くよう言われた。




「こんなものかな……」


 界斗はタブレットのペンを置くと一呼吸着く。

 界斗はシスダールの編入者学力確認試験のためウクテル中央駅近くにある教育会館に来ていた。

 教育会館の一室を貸し切って試験が行われている。

 界斗の他には2名の受験者が居て、彼らがペンで画面をこする音が静まり返った狭い室内に響く。

 教科は共通語、数学、社会、理科の4教科だった。


(数学や理科はだいぶ難しい問題が多かったけど、それなりに出来たからいいかな……。共通語や社会は主義や考え方を確認されるような問題が多かったけど間違えていてもしょうがないよな……)


 界斗は自分の答案を確認しながら満足げに頷く。

 そして手を挙げた。


「どうしました?」


 試験官の教師が界斗の所に来る。


「終わりました。提出してもいいですか?」

「もういいのですか? まだ残り10分ぐらいありますよ?」

「はい、見直しましたし……大丈夫です」

「そうですか。ではタブレットをください」


 界斗は試験官にタブレットを渡す。


「帰っていいですよ」


 試験官から帰宅の許可が下りたので界斗は寮へと帰った。


「ふ~う、2時間連続の試験で疲れた~。けどシスダールって金持ちだな。タブレットでテストが行われるなんて……」


 界斗は食堂に行き、遅めの昼食をとる。14時過ぎだからか結構空いていた。

 その後、界斗は自室のベッドでゴロゴロしながら資料室から借りてきた魔獣についての図鑑を眺める。


「もう16時か、明日から訓練か……」


 試験があるという事で昨日から始まるはずだった訓練は試験の翌日に変更された。


「暇だな。回転の訓練をするか」


 しばらく図鑑を眺めていたが飽きた界斗は訓練場に行くと、メタノール球体の回転訓練を始めた。




 次の日、界斗は出勤するとすぐに訓練場に行くようガリウスに言われた。

 界斗が1人で訓練場に行き待っていると、ガリウスが若い職員を連れてきた。


「今日は彼が訓練相手だ」

「有森だ。下級職員だがハンター歴は5年で22歳だ。君よりも先輩だからな」

「真田です。よろしくお願いします。有森先輩」


 界斗はお辞儀をする。


「なかなか礼儀は出来てるみたいだな。オリバラードとは違うのか……」


 界斗は聞いたことのない名前が出てきたが誰なのかは聞かなかった。


「これから日々違う職員が訓練相手としてやってくる。5人の職員にローテーションを組んで界斗君の相手をするように指示をしておいた。春休み中の午前はその者達と模擬戦形式の防御回避訓練、午後は法術訓練と基礎運動訓練をこなすように。さらに身体強化を学んでおくように。身体強化はルイバンに聞くといいだろう。そしてこれが真田君の出勤表だ。休みを入れないわけにはいかないから春休み残り3週間は3日おきに1日休みとする」

「わかりました。毎日訓練でもいいのですが休みは必要ですよね……」


 ガリウスは頷き界斗に出勤の日付が書かれた紙と訓練表を渡すと訓練場を後にした。

 界斗は訓練表に目を通す。


(模擬戦以外では自主で筋トレや障害物を利用しての体力強化を兼ねた移動訓練さらに新規創成物質の習得や身体強化の維持までやるんだ……)


 界斗はやる事の多さにげっそりしはじめた。


「さて、プラスチックの剣で練習すると聞いているんだけどどうするんだ?」


 界斗が訓練表を見てげっそりしていると声を掛けられた。


「あ、すみません。今から創成します」


 界斗はポリエチレンで棒みたいな剣を創成して下級職員である有森に渡した。


「結構柔らかいな、それに思いっきり当てたら折れてしまいそうだ」

「折れたらまた創成しますよ」

「そうか、では始めようか」

「はい、お願いします!」


 界斗の訓練が始まった。


 日々訓練をこなし、解放者の敷地や外を利用し体力強化を兼ねた移動訓練をする。プラスチックについての本も借り勉強し、ゼファレスの訓練を色々とする。そして春休みも残り1週間となった3月の末日、夕方になり界斗はルイバンと共に2階の待機室に向かっていた。


「ルイ君、昨日はありがとうね。おかげで身体強化の仕方がなんとなくわかったよ」


「いえ、どういたしまして。けど界斗さんに教えたのは低位の強化です。高位の強化には治癒術やホルモン、栄養素の創成が必要になりますので注意してください。界斗さんの高いゼファレスで全力で筋肉に刺激を与えると大変な事になりますから」

「うん、気を付けるよ」


 界斗は何かとルイバンと話している内に仲良く話せるようになってきた。

 話しながら寮から本部に入り待機室が近づくと室内から喧騒が聞こえてきた。


「おい、お前! ちょっとこっち来い!」

「オリバラードさん、俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」


 界斗とルイバンが室内に入ると眼つきが鋭く強面の額から眉間まで斜めに傷跡があり耳に金色のピアスを幾つもつけた、なかなか体格の良い男が均整の取れた体格の男を踏みつけていた。周りの職員たちは遠巻きにその光景を見ている。その中にはルイバンの彼女であるフィアリスと彼女のシスダールの先輩であり界斗と同級生の奈美恵、そして資料室で界斗の精神を削った藍香と依琳も居た。


「界斗さん、あの人とはあまり関わらないようにした方が良いですよ」

「え……うん、分かった」


 界斗は驚きのあまり踏みつけている男を見ていたが慌てて目をそらした。


「ようルイバン、遅かったな! 隣に居る奴は確か新人幹部か?」

「そうです、オリバラードさん。界斗さん、取り合えず挨拶だけはした方が良いです」


 ルイバンはオリバラードと呼ばれた男に挨拶をすると、界斗にこっそりと呟いた。


「始めましてオリバラードさん、真田界斗です」

「おう、俺はオリバラード・デュセリオだ。お前よりも3つ年上だ。幹部としてお前の先輩になる。よろしくな!」

「はい、よろしくお願いします。ところでその人はなんで……」


界斗はデュセリオが踏みつけている男について聞こうとしたとき横から声が聞こえた。


「新人幹部の真田界斗君ね。私は昨年来た幹部の東宝院絵美菜。あなたの1つ上になるわ。よろしくね」


 カチューシャをした勝気そうな美少女が界斗の前に歩み出てきた。


「よろしくお願いします。東宝院さん」

「会ったばかりで言うのも悪いのだけど、君の髪の毛長くてむさ苦しいわ。前髪で顔が隠れて表情も分からないし。切った方が良いわよ」

「え?……」


 界斗は初対面でいきなり見た目の事を言われて言葉を失った。


「ひゅ~、言うね~」


 デュセリオが口笛を吹いて茶化す。


「正直幹部の男たちは身だしなみがおかしいのが多いのよ。そこの男とか。これ以上変な男はごめんなの。気を配ってくれるかしら?」

「あ~!! 東宝院お前喧嘩売ってんのか? いくら女で東宝院家のお嬢様だからといっても我慢してやらないぞ?」


 絵美菜がデュセリオを指しながら言うと、デュセリオの顔に怒りが浮かんだ。


「何? あなた自覚が無いの……」

「なんだと! テメエ許さねえぞ」

「ぐぎゃ!」


 デュセリオが足を上げ踏みつけていた男を踏み抜くと、男は悲鳴を上げ口から泡を吹いて気絶した。

 そしてデュセリオはそんな男を気にすることなく、絵美菜に近寄ろうと歩き始めた。


「や、やばいぞ。だれか上の人を呼んで来い」


 室内に居た他の学生職員たちは騒ぎ始める。


「と、東宝院さん……それは言い過ぎでは……謝ったほうが良いかと」


 奈美恵が後ろから絵美菜に近寄り声をかける。


「ヴァイゼフさんだったかしら……私は以前から言おうと思っていたの。仮にも職場なのだから身だしなみには気を付けるべきなのよ」


 絵美菜は奈美恵の方を向くとはっきりと言った。


「……」


 奈美恵は絶句して押し黙った。


「2人はもうダメ。奈美恵さん離れた方が良い……」


 後方に居た依琳が奈美恵に声をかける。

 傍観していた者たちは待機室から雪崩れるように避難し始めた。

 デュセリオは指を鳴らしながら絵美菜の前に立つ。


「最後の警告だ。謝れ」

「これだから野蛮人は……すぐに暴力にうったえようとする。私のような可憐な少女を平気で殴ろうとするなんて……」

「ふざけんな。調子のいいこと言ってんじゃね。確かにテメエの見た目は良いぜ。それは認めてやる。だがな、俺は敵が可愛かろうがそんなことは気にせず潰すぜ! 覚悟はいいな?」

「とは言ってもあなたの様な脳筋が麟心流双闘柔術の免許皆伝であるこの私に勝てるわけないのだけど……。いつでもどうぞ」


 デュセリオのこめかみに青筋が浮かんだ。




「腹で勘弁してやらぁ」


 デュセリオが絵美菜目掛けて右腕でサイドからボディブローを放つ。絵美菜はそれを右足を引きながら左手を添えて躱した。そのままデュセリオのシャツの袖をつかむと引っ張る。そして前のめりになったデュセリオの足を引っかけた。

 床に突っ込む様に前のめりに姿勢をくずしたがデュセリオは左手を床に突き、絵美菜の手を払いのけると飛んで距離を取った。

 デュセリオの顔から怒気が消え冷えた殺気が立ち昇り始めた。

 絵美菜はそれを見て目を細める。

 デュセリオは右腕のシャツの袖を捲った。そして右腕からゼファレスのオーラがゆらゆらと立ち上がると右腕が赤くなり筋肉が一回り膨れた。ゼファレスがオーラとして見えるほどかなりの高い強度で筋肉を強化しはじめた。


「ふ~ん、とんでもない身体強化ね。16歳の女の子をそんな物騒な物で殴ろうなんてあなたの頭おかしいわよ……」

「テメエはもう喋るな。癇に障る」

「そう、ならば私も容赦はしないわ」


 絵美菜が手を前に出し構えをとると手先から同じようにゼファレスのオーラが立ち込めた。

2人が睨み合う。

 界斗は何でこういうことになるのかわけがわからず呆然と2人を見つめた。

 その時一陣の風が吹いた。そしてデュセリオの喉にナイフが押し当てられていた。


「そこまでです。オリバラードさん」


 ルイバンだった。彼は界斗と並んで傍観していたが2人のゼファレスが活性化したのを見ると眉を顰め、瞬時にデュセリオに詰め寄りナイフを取り出し喉元に当てた。一瞬の早業だった。


「ルイバン……テメエ……」

「東宝院さんもそこまでです。あまりクラン内の秩序を乱すと父に言いつけますよ」

 デュセリオはルイバンを睨みつけるが、ルイバンは気にせず絵美菜の方を向きながら言った。

「……分かったわよ」


 絵美菜は肩をすくめると待機室を出て行った。

 ルイバンはナイフを腰のホルダーに収めた。


「待て、東宝院!」


 デュセリオが声を張り上げる。


「まあまあ、僕から上の人に東宝院さんには言っておくよう言うので今日の所は抑えてくれませんか?」


 ルイバンが両手でデュセリオを宥めた。


「ちっ、ルイバンが言うなら仕方ねぇ。だが埋め合わせは後でしろよな。それから真田界斗!」

「え? な、なんですか……」

「お前も言われっぱなしじゃなくていい返せよ!ああいう奴は調子に乗るぜ」

「はぁ……」


 界斗はとりあえず返事だけはする。

 デュセリオが肩を怒らせながら待機室を出て行った。


「ふ~、やっと終わった……」


 壁に張り付いていた藍香がぼそりと呟いた。


「さすが私のルイ君、格好いい!」


 フィアリスがルイバンに走り寄り腕を掴んだ。

 苦笑いするルイバン。


「私たちも帰ります……」


 依琳は藍香を連れて待機室を出ていく。


「今日の集会はダメね。私たちも帰りましょう」


 奈美恵は残った3人に声を掛け待機室を出る。

 ルイバンは頷きフィアリスと待機室を出た。


「結局何なんだよ、集会って……」


 1人待機室に残った界斗は天井を見上げ呟いた。

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