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第7話 解放者へ (約16,000文字)

 再度全ての書類を確認し、界斗は正式に解放者へ行くことに決めた。

 実はなかなか踏ん切りがつかなかった界斗だったが、アスランたちにハンターになるなら解放者と声を揃えて言われたのが最後の一押しとなった。


 そして土曜日、学校が休みになり界斗は解放者本部へと書類を提出しに行った。

 郵送でもよかったのだが界斗はそれだと何か高慢なような気がして自ら赴いた。

 ちなみに他の場所には学校を通して断りの連絡を入れてもらった。


「次はシスダール学院前、シスダール学院前、お降りのお客様はブザーを押してください」


 中央バスターミナルからバスに乗ること約20分、そろそろ太陽が南中に差し掛かる正午前、目的のバス停に着いた。

 解放者本部はこのバス停から歩いて10分弱のところにあった。

 バスを降りるとおしゃれな制服を着た学生たちも降りてくる。これから部活動に出る生徒達だろう。どうやらあれがシスダール学院の制服の様だ。界斗は来月からあの制服を自分も着るのかと思うとちょっとうれしくなった。


(あれがシスダール学院の制服か。学校はどんなところなんだろう? それにかわいい女子も多そうだなぁ……)


 バス停を降りて地図を見ながら歩いていく。目的の建物が見えてきた。


「え……? なにあれ? どこかの国の宮殿みたいじゃん」


 界斗は以前本で見た壮麗な宮殿のようなたたずまいの解放者本部を見渡した。


「本当にこの建物なのかな……」


 白を基調として作られた大きな邸宅がそこにあった。敷地は頑丈そうな柵で囲われている。大きな門の両サイドにはそれぞれ1人用の警備小屋があり、警備の者だろうか、武器を持った男が2人立っていた。さらにその手前には小さな小屋がありそこに数人が並んでいた。どうやら受付の様だ。界斗も並ぶ。そしてすぐに順番が来た。


「こんにちは、今日はどのようなご用件で?」


 受付の男性が鋭い眼つきで界斗を見た。


「あ、あの、こちらのクランへの……にゅ、入団書類を持ってきました」

 界斗は男性の威圧感にたじろぎながらも何とか伝える。


「君の名前を聞いてもいいですか?」

「は、はい。真田界斗です……」

 界斗が名前を告げると男性はPC端末を見始めた。どうやら面会予定者の名前が入力あるらしい。


「真田……真田界斗。ええ、確かに確認取れました。あそこで待っていてください。案内の者が来ますから」


 界斗が指差された門の端で待つこと10分。


「君が真田界斗君?」


 横から声をかけられた。

 界斗が振り向くとそこには甘栗色の髪をした知的な美しい女性が立っていた。


(この人があの事務長さん……。アウルフィードさんと一緒に映っている雑誌を見たことがある)


「はい、僕が真田界斗です」

「はじめましてこんにちは。私は解放者の事務の取りまとめをしている蔵林アミリエです。よく来てくれたわ。郵送でも良かったのに。卒業間近の時期にわざわざ来てくれてありがとうね」


 アミリエが柔らかく微笑むと界斗はその笑顔に見とれてしまった。


「い、いいえ。特にそんな忙しいわけではないので……」


「そうなの? 私が君ぐらいの年の頃は学友と遊んだりしてたわ。まあ、人それぞれよね……さて、ついてきて頂戴。中で話しましょう」


 界斗はアミリエに連れられ敷地の中へと入っていく。


「この建物凄いですね。まるでどこかの国の宮殿みたいです」

「ふふ、そうでしょ。正直言ってハンタークランには相応しくない建物だと思っているわ」

「あ、いえ、そういう意味では……」

「いいのよ。この建物は元は迎賓館だったの。正確には第2迎賓館ね。第1迎賓館は知っているわよね」


 界斗は大聖堂の近くにある壮麗な迎賓館を思い浮かべた。


「はい、中央の広場近くにある建物ですよね」

「そうね。建都記念広場ね。ここ第2迎賓館はものすごく使用頻度が少なかったのよ。ここまで来るのに時間がかかったでしょ。実際ここは国都ウクテルの郊外付近といってもいい場所だわ。だから不便で使用頻度が少なかったのよ。それをうちが貰ったってわけ」

「げ、迎賓館をもらったんですか!?」


 界斗はいくら解放者が凄いからといって国が迎賓館をくれたことに驚きを隠せなかった。


「そう、大型の特異魔獣討伐の褒賞としてね」


 界斗は思い出した。5年前アラミード北西から西の軍事大国オスファールにまでまたがるデキア山脈に現れた大型の特異魔獣を解放者が討伐したことを。そしてそのことが解放者を有名たらしめ、界斗も解放者というハンタークランを知った。


「そうなんですね。それでも褒賞としては凄いような……」

「今の国主様は気さくで優しい良い方なのよ。私達はもともとは余所者なんだけど、それでも良くしてくれているわ」


 話している内に玄関に着いた。ガラス製の大きな扉が付いている。


「この扉は元は木製だったのよ。けど古くて建付けが悪くなっていてね。リフォームする時に外が見えるガラス製にしたのよ。ちなみに調度品の大部分は売却して食堂や寮を建てたりリフォーム等の色々な費用に充てさせてもらったから、建物の中は一部を除いていたって普通のオフィスよ」


 扉の前に立つと扉が左右にスライドした。

 建物内に入るとそこは広いホールだった。右手に受付があり受付嬢が2人いた。界斗達が入ると立ち上がってお辞儀をする。 界斗もつられてお辞儀をした。


「あなたたち、ご苦労様。この子は真田界斗君。今日1日出入りするからよろしくね」

「はい事務長、分かりました」


 右に居た女性が返事をし、左の女性も頷く。


「面談室は今どこが空いてるの?」

「第1と第3は使われていますが、それ以外は空いています」

「そうね、第5にしましょう。後、飲み物とお菓子を用意して」

「わかりました。連絡しておきます」

「真田君いきましょう」


 ホールの左奥に進み扉を開けて中に入る。


 こじんまりとした部屋にテーブルと椅子が4脚置いてあった。


「どうぞ、かけて」


 界斗が椅子の1つに座るとアミリエも座る。


「それでは、入団書類をもらってもいいかしら?」

「はい……こちらです」


 界斗は書類をリュックサックから出し、アミリエに渡す。

 アミリエは手早く書類を確認した。


「ようこそ解放者へ、今日から君も解放者の一員よ」

「は、はい。よろしくお願いします」


 界斗は立ち上がりお辞儀をした。




「それではまずは写真を撮るわ」


 アミリエはカメラを構えた。


「こっちを向いてくれるかしら」


 界斗は言われた通り椅子ごとカメラと向き合う。

 すこし背筋を伸ばしてカメラを見つめるとフラッシュが光った。

 アミリエはカメラのモニターを確認している。


「少し前髪が長いわね。目が見える様に撮りたいから前髪を左右に分けてくれるかしら?」

「分かりました」


 界斗は言われた通り前髪をかき分ける。すこしごわごわした界斗の髪は左右に分かれた。

 アミリエが界斗を再び撮影する。

 カメラのモニターを確認した。


「これで良いわね」


 アミリエはカメラを置いた。

 その時ノックの音が鳴りコーヒーとチョコレートブラウニーが運ばれてきた。

 女性職員がチョコブラウニーが乗った皿とコーヒーを界斗とアミリエの前に置くと一礼して室内を出ていく。


「遠慮なく食べて。それともちょっと早いけどお昼御飯にしたほうがいいかしら?」

「いえ、お昼ご飯はまだ大丈夫です。こちらのお菓子を頂きます」

「コーヒーよりジュースの方が良かったかしら?」

「いえ、大丈夫です。コーヒーもたまに飲みますし、今は寒いですから……」

「そうね、夏だったら冷たいジュースを出すのだけど今は冬だからね」

「はい。温かい飲み物の方が良いです」


 界斗はブラウニーを食べ始めた。


「どう? おいしい?」

「はい、孤児院ではこういった御菓子は滅多に食べれなくて……」

「うふふ、遠慮しないでたくさん食べてね」

「ありがとうございます」


 界斗がブラウニーを食べているとアミリエは書類を出してきた。


「真田君、食べながらでいいから聞いて。これはシスダール学院の入学申請書よ。これに目を通してサインをしてほしいの」


 界斗は言われた通り目を通す。貴校に入学させてください、とかシスダール学院の校則を守りますとか。助け合いの精神とか当たり前のことが書かれていた。一部気になった文言もあったが……

 界斗は渡されたペンでサインをする。


「下の所に枠があるでしょ。1分間ぐらいゼファレスを流してくれる?」


 界斗が言われた通り1分程ゼファレスを流すとその部分が灰色に変色してシスダール学院の校章が浮き上がった。


「これでいいわ。ありがとう。学校にはこちらから提出しておくから」

 アミリエは界斗から書類を回収するとケースにしまった。


「君はもう解放者の一員だけど、今日はこの後どうする? せっかくだから見ていく?」

「え? 悪いですよ……お仕事があるんじゃないんですか?」

「そうね、けど君に案内するのも仕事よ。後日案内するのか、今日案内するのかの違いだけ」

「そうですね……」

「その前に着任日はいつにする?」

「え? 普通は4月からじゃないんですか?」

「いつからでもいいわ。シスダールに入学する前にお金を貯めておきたいというなら今日今からでもいいわ。卒業式の後が良いというならそれでもいいし……」

「え? 今日からって僕に何が出来るのか……」

「心配しないで、別に構わないわ。初日は顔合わせや案内をするだけだから」

「他の新人の人たちはいいんですか?」

「確かに10人の新人を採用予定よ。けど幹部コースは真田君1人だけ。つまり4月だろうとその前だろうと案内するのは幹部の私の仕事で真田君だけ他の新人とは別になるわ」

「そうなんですか……」

「そう。幹部や業務関係者しか入ってはいけない所もあるからね」

「そうですか……どうしようかな?」


 界斗は少し考える。


(ハンターになれる目処がたったんだから国際治安維持協会に行ってどんな依頼があるのか見てみたかったけどそれは今度で良いかな……)


「わかりました。今日でお願いします」

「では午後からの半日勤務ということで出勤簿をつけとくわ。ありがとう。正直助かったわ」

「え? 何故なんですか?」

「私は4月は何かと忙しいのよ。そして3月はわりと空いているの。だから真田君の事を3月中に対応できるとよかったってわけ。ごめんね、私の都合で強制させたみたいで」

「いえいえ、僕もそんな用事があるわけではないので……」


 話しながらチョコブラウニーを食べていたらお皿が空になった。




「まずは寮の案内からね。行きましょう」

「はい」


 界斗はアミリエに連れられ面談室の小部屋をでる。ホールを左右に貫いている広い廊下を歩いていく。時折、職員の人や装備に身を固めたハンターたちがすれ違うたび会釈してくるので界斗も連れられ会釈した。

 廊下を少しの間歩き進めると扉が見えた。


「あの扉が職員専用の通用口よ」


 扉の左右には若いハンターが2人立っていた。剣を帯、銃らしきものを腰のホルダーに挿している。


「あの子たちは去年入った新人ハンターよ。あそこの警備は新人や下級職員の仕事なんだけど真田君にも後日やってもらおうかしら」

「はい……」

「あんまり乗り気じゃないわね。新人にとって職員の顔を覚えるのも仕事のうちよ。つまりあそこに立っていると顔を覚えるのに良いのよ」

「あ、そうですね。確かに」

「でしょ。けど真田君は幹部だからやるとしても2回か3回ぐらいだけど」





「お疲れ様です、蔵林さん!」


扉の手前の両脇に立っていた2人の若そうなハンターが声をそろえて挨拶してきた。


「ご苦労様……。異常はないかしら?」

「はい、大丈夫です。不審人物は見かけておりません。って、そこの彼はどちら様でしょうか?」

「この子は来期の新人の真田界斗君」


 界斗は慌てて挨拶する。


「真田界斗です。よろしくお願いします」


 深々とお辞儀した。

 その間アミリエは扉の端にある端末にクラン証を当てる。

 扉が横にスライドした。


「おう、よろしくな」

「なかなか礼儀正しい新人だな。気に入ったぜ」


 界斗は挨拶を済ませるとアミリエに連れられて外に出た。

 目の前に2階建ての結構大きな建物が見えた。その両サイドには建物がいくつか並んでいる。


「正面に見えるのが食堂よ。右側が男性寮、左側が女性寮よ。どちらも手前から幹部用、上級用、中級、下級用と別れているわ。そして男性寮の奥にあるのが職員用の入出門よ」

「すごい、大きな食堂ですね」

「食堂は最大500人入るわ。寮は幹部棟の定員は10名、上級が20名、中級が30名、下級が50名よ。幹部、上級は空きがあるけど、下級はいつも満員なのよ特に男性寮は」


 食堂前面はガラス張りになっていて、すでに食事をしている人たちが居るのが見て取れた。


「さて、真田君の入る幹部寮だけど、個人部屋の2人共同室よ。いわゆる2人でのシェアハウスといった所ね。つまりキッチンや、お風呂、トイレは共同。仲良く使ってね」

「あ、誰かと一緒なんですね……」

「どんな子かちょっと心配? 安心して変な子じゃないわ。ちなみに親の関係上クラン歴は長いけど真田君の1歳下だから」

「え? 年下で先輩ですか……。どう接すれば良いんですか?」

「安心して、先輩風を吹かせる子じゃないから。ちゃんと礼儀正しい子よ。それに真田君と同じく4月から幹部コースになる子だから」

「そうなんですか」

「とはいっても小学生の頃から下級職員として中学生になってからは上級職員として働いているからうちの事には詳しいわ。色々と教えて貰うといいわ」


 話をしている内に寮に着き中へと入った。そして103と書かれた扉の前に来るとインターホンを押した。

 インターホンの音が扉の向こうで鳴り響くのが微かに聞こえた。

 少し経つと足音が聞こえ扉が開かれた。


「蔵林さん、お疲れ様です。わざわざ寮に訪ねてくるなんてどうしたんですか?」

「ルイ君、聞いているでしょ。新人君を連れてきたの。こちら真田君」

「はじめまして、真田界斗です。よろしくおねがいしますぅぅ……?」


 出てきたのは長袖のシャツとジーンズを着た14歳の中学生にしては小柄でくすんだ茶髪の童顔のいたって普通に見える少年だった。

 年下でもハンター面したいかつい少年だったら先輩として見れたが目の前の少年はとてもベテランハンターに見えず、界斗はどんな態度をとっていいのか正直迷った。


「はじめまして、デルクード・ルイバンです。真田さんですね。父から話は聞いています」

「……デルクードって事は副団長さんの……」

「はい、副団長のガリウスは父になります」

「えええええ……」


 さらに副団長の息子という肩書が追加された事によって、界斗はルイバンにどう接すれば良いか分からずひどく困惑してしまった。


「副団長の息子ということは気にしないでください。それに僕には敬語を使わないでください。確かに僕の方が先輩ですが僕はまだ中学生です。年上の方に敬語を使われるとおかしな気分になります。ちなみに僕は真田さんに敬語をつかいますが……」


 界斗の困惑した態度をみてルイバンは気を遣った。




「まずは上がってください」

「はい、おじゃまします」

「……まあ今日は仕方ないですよね」


 界斗の態度はよそよそしかった。


(このひと固いなぁ……。けど初対面でいきなり年上らしい態度をとれというのも酷かな?)


 ルイバンは界斗のよそよそしい態度は気にしないことにした。




 界斗は靴を脱ぎ玄関を上がる。

 向かい奥に2つ扉が見えた。


「僕は左の部屋を使っています。真田さんは右を使ってください」


 早速界斗が部屋のドアを開けると、8畳ぐらいの部屋にベッドと机と本棚が置いてあった。


「最低限必要な家具は置いてあるわ。後は自由に物を追加して頂戴。テレビのプラグもあるから自由に見れるわよ」

「テレビですか。それなりに高いですよね」

「そうね。小型でも3万ゾルスぐらいするわね。けど春休みに働けばすぐよ」

「視聴料は自分で払うんですか?」

「そこは気にしなくていいわ。クランでまとめて払っているから」

「なるほど……」


 界斗は孤児院に来た頃、遠く離れた医療大国のホクオウ連合国で制作された子供向け番組をよく見ていた。孤児院では食堂にテレビが置かれていて他の子どもたちと一緒に楽しんでいた。それは悲劇で荒んだ界斗の心を癒す一助になっていた。


「ここがリビングとキッチン。あっちがお風呂と洗面所。トイレはここです」


 界斗が昔に見た番組を思い出しているとルイバンが次々とドアを開けて間取りを説明し始めた。


「寮の規則で共通場所は交代で掃除することになっています。そこはきちんとお願いします……って、聞いてます?」


 日々の生活に必要な物を揃えながらどれだけ働いたらテレビを買えるか、頭の中であれこれ考えていた界斗はルイバンに声をかけられて我に返った。


「あ! ……ごめんなさい。掃除ですよね。大丈夫です。孤児院でも分担してましたから」

「ふ~ん、そうなんですね。良かったです。年下だから押し付けられるかと思ってました」

「いやいや、そんなことしませんよ……」

「2人とも仲良くやってくれればそれで大丈夫よ……」


アミリエに言われ2人とも頷いた。




「ルイ君はお昼ご飯はどうする? この後、真田君を食堂に案内するけど」

「じゃあ、僕も行きます」


 3人は部屋を出ると食堂へ向かった。


「へー、寮と食堂は通路で繋がっているんですね。雨の日とかは濡れなくていいですね」

「1階だけだけどね」


 寮と食堂を繋ぐ渡り廊下を歩きながら界斗は感心した。

 すぐに食堂に着く。

 食堂に入るともうすぐ1時になろうかという時間にもかかわらずまだ結構な人が食べていた。

 中にはシスダールや他校の制服を着た学生もいる。


「学生も結構いるんですね」

「そうね高校生は30人、中学生は10人くらいいるわ」

「高校生の方が多いんですね」

「そのうちの数人は支援だけどね」

「支援?」

「そう、国際法で決められているのよ。収益の割合に応じて恵まれない子供たちを支援するって。うちのクランは寮を無償で提供しているの。後はクラン内の仕事を時々手伝ってもらって給金をだしているわ」

「色々大変なんですね。じゃあ、僕も支援の一環ですか?」

「真田君は完全に戦力としてよ。じゃなきゃ幹部コースとして雇わないわ。支援の子たちは下級職員の臨時契約よ」

「ああ、そうなんですね……」


「それよりもメニューを見て」

「色々ありますね」

「基本的には日替わり定食500ゾルスが3種類、日替わり上定食800ゾルスが2種類、日替わりスペシャルが1000ゾルスで1種類よ。その他日替わりサンドイッチ、ラーメン、うどん、カレーが400ゾルスで食べられるわ。ちなみに幹部はどれを選んでも無料よ。先にあそこで食券を購入してから受け取るの」


 アミリエが指さしたカウンターには数人が並んでいた。

 界斗はメニューを見ながら悩む。

 本日のスペシャルはサイコロステーキ定食だった。上定食はパスタセットかかつ丼だった。500ゾルスの定食はポークソテー、唐揚げ、魚の香味焼きだ。


「真田君悩んでる? 値段は気にしなくていいわ。今から無料だから」


 なかなか決められない界斗を見かねてアミリエは声をかけた。


「本当ですか! じゃあステーキにします」

「そうそう若いんだからしっかりと食べないと」

「僕はうどんでいいや」

「ルイ君……お肉食べないと大きくなれないわよ」

「僕の背が父と違って小さいのは母の影響ですから気にしないでください!」


 アミリエの突っ込みにルイバンが声を上げた。




 列に並ぶこと数分、界斗の順番が来た。


「この子は今日から幹部コースに来ることになった真田君、今日からよろしくお願いします」


 アミリエが受付の中年の女性に界斗を紹介する。


「蔵林さん、そうですか、この子が……わかりました。君は幹部だからどれでもタダだけどどれにする?」

「サイコロステーキで……」


 界斗が注文すると食券を渡された。


「この引き換え券を持って定食のカウンターに行くの、うどんやラーメンは向こうのカウンターね」


 カウンターで引き換え券を渡すと少ししたら料理が乗ったトレーを渡された。ステーキ、ポテトフライ、茹でた人参、炒めたホウレンソウが乗ったプレート。その他ご飯とスープが付いていた。


「2階にしましょう。その方が空いているわ。ルイ君、2階に行ってるわ」

「はい、分かりました」


 アミリエはルイバンに声をかけると界斗を連れて階段を昇った。

 界斗も続く。

 そこに4~8人掛けのテーブルが幾つも並んで居た。一部の壁際はお1人様用だろうか? カウンター席になっていた。さらには奥には衝立で目隠しされたテーブルがいくつか見えた。

 階段近くの空いていた6人掛けの席にアミリエが先に席に座った。界斗はアミリエの向かいに座るか横に座るか悩んだ。


「クス、好きに座っていいわ。そうねルイ君が居るから真田君は私の隣が良いかしら」

「え、く、蔵林さんの隣ですか……。恐れ多いような……」

「あら、私は気にしないわよ。それに多分その方が良いから」

「はい、では……失礼します」


 界斗は恐る恐るアミリエの隣に座る。美人で有名人な事務長の隣に座ってご飯を食べる事になり界斗は緊張した。


「冷めないうちに食べましょう」


 界斗はぎこちない仕草で箸を動かし食べ始めた。

 そこにルイバンがやってくる。

 そして何気なく界斗の前に座った。


「真田さん……凄い緊張してますね。とりあえず僕も食べますか」


 ルイバンは界斗の食べる姿を見て苦笑した。

 その時、ルイバンの後ろに誰か来た。


「ルイ君、今日も麺類なの~」


 シスダールの制服を着たきれいな金髪を両サイドで編んだ可愛い女の子が腕を回すように抱き着いた。背丈は小柄なルイバンと同じくらいだった。


「フィアリ~、僕は今から食べる所なんだけど」

「ごめんごめん、ルイ君がうどんなら私はからあげ定食にする」


 フィアリと呼ばれた女の子は一階に降りて行った。

 そして界斗は女の子がルイバンにいきなり抱き着いたから驚いて箸を落としてしまった。


「ごめんなさい。僕のせいみたいなものですよね。真田さんは座っていてください。箸は僕が取ってきます」

「え? ……いいですよ、自分で」


 界斗が言い終わる前にルイバンは即座に席を立つと箸を取りに行ってしまった。


「びっくりしちゃった?」


アミリエは界斗を見てクスリと笑った。


「はい……。いきなり女の子が抱き着いていたので……。その……ここはクランの食堂ですし」


「別にいいのよ。うちのクランはプライベートな事には干渉しないから。真田君も女の子と仲良くしていいのよ。見て、うちの子たち結構かわいい子が揃っていると思うのよ」


 界斗が辺りを見回すと、周りが界斗を見ていることが分かった。


「な、なんか見られているんですけど」

「見慣れない新人が来れば大抵の職員は注目するわよ。それよりもどう? 気に入った女の子は居た?」

「そ、そんな直ぐには分かりませんよ……」


 界斗とアミリエが話しているとルイバンが戻ってきた。

 先程の女の子の他にもう1人同じシスダールの制服を着た肩まで伸びる艶のある黒髪の大和なでしこ的な美少女を連れている。


「真田さん、お箸です」


 界斗はルイバンから箸を受け取った。


「フィアリス、どうするのまだ事務長さんいるよ」

「奈美恵先輩、気にしたら私がルイ君と一緒にご飯食べれません」


 どうやら先ほどの美少女の名前はフィアリスといい、もう1人の黒髪の美少女は奈美恵というらしい。

 少女2人は席に着かずこそこそ話している。


「2人ともどうしたの? 座らないの」

「あ、すみません。今座ります」


 アミリエが声をかけると2人は慌てて座った。

 その時、奈美恵と呼ばれた少女が界斗の方をみた。


「え? 炎上男……?」


 驚いたようにポツリと呟いた。

 界斗は演習場で向けられた化け物を見るような目を、ここでも向けられる事になるのかと思い俯いてしまう。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃないの。ただあなたの火球が凄かったから……」


 奈美恵は慌ててフォローした。

 その横ではフィアリスがルイバンに唐揚げをあげていた。


「はい、ルイ君唐揚げあげるね。うどんだけだと栄養が足りないよ」

「はあ、フィアリー、……ありがとう」


 嬉しそうにお皿を差し出してくるフィアリスからルイバンは仕方がなさそうに唐揚げを受け取っていた。


「あの……お2人はそういう関係?」


 界斗はおそるおそる聞く。


「あ、うんそうです。フィアリスは僕の彼女です」

「す、すごい。食堂で堂々と……。周りの目とか気にならないの?」

「う~ん、そうですねぇ、初めは気にしていましたけど今では慣れたのか気にならなくなりましたよ」

「ルイ君、この噂の人と仲いいの?」


 界斗とルイバンが話しているとフィアリスが割って入ってきた。


「仲がいいというよりも、これから良くなる? というか一緒の部屋なんだよ」

「ルイ君が、炎上さんと一緒の部屋……。あ、あのう、もし何かあっても私のルイ君を燃やさないでくれますか?」

「え?……」


 界斗はやはりそのような人間と思われているのかとショックを受け項垂れた。


「……はぁ、……あなたたち中学生なんだからもっと言葉は選びなさいよ」


 アミリエは額を抑えてあきれたように首を振った。


 碌に話さぬまま食べ終わり界斗は食堂を出ると、ルイバン達と別れアミリエに連れられ再びクラン内を歩いていた。

 エレベーターに乗り最上階である3階に上がる。


「最上階は団長室、幹部室、幹部事務室になっているわ」


 そして扉の前に来るとアミリエはノックをして扉を開けた。


「ここが幹部室、さあ入って」


 界斗は促されるまま室内に入る。

 室内は仕切りで細かく区切られていた。


「一応個人スペースが確保されてるの。デルクードさん居ますか?」

「ああ、居る。蔵林君、何か用か?」


 アミリエが奥の方に声をかけると奥からガリウスの声が聞こえた。


「真田君を連れてきました」

「ああ、今行く」


 区切られていた奥のスペースからトレーニングスーツ姿のガリウスが現れた。


「うむ、よく来たな界斗君。君を歓迎しよう」


 ガリウスが界斗の前に立つ。


「こ、これからよろしくお願いします!」


 界斗はガリウスの迫力に気圧されながらもお辞儀をして挨拶する。


「では、界斗君は私の隣のスペースを使いたまえ」

「は、はい」


 ガリウスに続いて奥へと進む。


「そこだ」


 界斗が指さされたスペースを確認すると椅子とデスク、PC端末、本棚が置いてあった。


「ここが僕のスペース?」

「そうよ、真田君のスペースだから好きに物を置いていいわよ」

「PCとか何に使うんですか?」

「幹部はね、強いから幹部っていうだけにはいかないの。魔獣との戦いはチーム戦よ。討伐の立案書を作成し、部下に指示を出す。そして討伐が終われば報告書の作成よ。魔獣の動向はとても重要だから。どんな魔獣が何匹居た、どこで何をしていた、特に何か変わった所とか無いか、そういった事を書類で報告してもらうわ。そういう積み重ねが魔獣の動きを掴み地域の安全に繋がるの。もちろん魔獣討伐だけではないわ。任務の全てに報告書は義務付けられているわ」

「安心しろ界斗君、少しづつ慣れていけばいい。何せ私も報告書の作成は苦手だからな」

「はい……頑張ります」


ガリウスがアミリエの方を向く。


「この後はどうするのか?」

「まだ研究棟とか訓練場、後は遊戯室とか案内していないのでこれから案内する予定です」

「界斗君は明日からの実動勤務ということでいいのかな?」

「いえ、卒業式がまだですし、入寮も出来ていません。真田君の予定を聞いて入寮の日を決めたら連絡します」

「わかった。次の魔獣討伐に界斗君のゼファレスを当てにした作戦立案ができるか知りたかったのだ」

「次っていつでしたっけ。来週ですか?」

「そうだ」

「それだと真田君は不参加ですね」

「では、界斗君の代わりに中級職員を10人程入れるとするか……」

「え? 僕の代わりに中級が10人ですか……」

「ん? ここだけの話界斗君は上級10人分ぐらいのゼファレスがあると我々は見積もっている」

「そ、そこまでのゼファレスはないですよ」

「今は実感わかないだろうがそのうち他者と自分との差というのは分かってくる。だからといって威張り散らしていいわけではないぞ。勤務態度も教育に入っているからな。界斗君の態度が悪かったら厳しく指導していくからな。肝に銘じとくように」




 界斗はリュックサックを自分のデスクに置き、アミリエに連れられ2階に降りた。


「2階は上級、一部の中級の正職員の居室と中級、下級の待機室、作戦会議室、それに遊戯室があるわ」

「遊戯室ですか……」

「そうね。ビリヤードが5台、ダーツが5台置いてあるわ。よく待機中の子たちが遊んでいるわよ」

「そうなんですね」

「遊戯室を見ていく?」

「いえ、いいです」


 界斗はクラン内での仕事がどんな物かわからなかったが、仕事中に遊戯室に出入りすることに躊躇いを感じた。


「では次は1階ね」

 2人は1階に降りていく。


「1階には受付はもちろん、先程使った面談室、医務室、資料室、倉庫等があるわ」

「色々充実しているんですね」

「せっかくこんな広い建物を頂いたのだから有効活用しているのよ」


 そして2人は正面玄関反対にある裏口から外に出た。


「正面に見える壁で囲われた場所が訓練場、その横にあるのがトレーニング室で基礎トレーニングの器具とかが揃っているわ。そして向こうに見えるのが工房と研究棟よ」

「研究棟?」

「そう、基本は魔獣討伐用の武具や道具を研究しているわ。小規模だけど企業と協力して販売活動も行っているの。真田君は幹部だから申請さえすれば自由に出入りしていいわ。アイデアがあれば自分で研究もしていいし」

「はい、ありがとうございます」

「さらに研究棟の向こうには飛空艇の発着場があるわ」

「飛空艇……すごいですね。まさか飛空艇を持っているとは」


 界斗は驚いてアミリエを見る。


「中型が1台だけだけどね。そう言ってもクランで所持してるのは世界でも数えるほどだけかもしれないからそう考えると設備は結構充実してるかしら……。さて、案内はこんな所よ。では定時の5時になるまで自由に見学していいわ。私は3階の幹部事務室に戻るから何かあったら来て頂戴」

「はい、分かりました。案内してくださりありがとうございました」


 界斗はお礼の気持ちを込め丁寧にお辞儀をする。


「そんなに丁寧にしなくていいわ。私の仕事だもの。そうそう、お腹がすいたら食堂に行ってもいいし、食堂の裏に売店があるからお菓子とか買って食べてもいいわ。お小遣いは大丈夫?」

「はい、少しぐらいなら」

「孤児院で色々大変でしょうから、しばらくは給料の日払いを認めるわ。これは今日の分」


 界斗は封筒を渡された。

 中を開けると5万ゾルス入っていた。


「あれ? ……すごく多くありませんか?」

「中学卒業のお祝いを兼ねているわ。あまり無駄使いしないでね」

「……ありがとうございます!」

「帰りに幹部事務室に来てね。それでは私は戻るわね」


 アミリエは界斗に微笑むと建物内へと戻っていった。

 1人で残された界斗は考える。


「う~ん、どうしようか? お菓子でも買いに行くか? けど仕事時間なんだよな。何をすればいいんだろう? デルクードさんに聞きに行くかな」


 界斗はそうと決めればすぐに行動する。

 階段を上り幹部室へと向かった。

 途中すれ違った職員の人たちと挨拶をしながら界斗は幹部室に到着する。


「デルクードさん居ますか?」


 界斗は扉を開けながらガリウスを呼んだ。

 ガリウスは扉前に置いてあるテーブルに資料を広げ界斗が知らない剣呑な顔つきの男と話をしていた。


「だれだ? こいつ?」


 その人物が界斗を見定めるように目を細める。


「ワーグ、彼が新人の真田界斗君だ」

「へ~、こいつが。なんか弱っちそうだな……」

「そういうな、仕方ないだろう。実戦経験はないのだから」

「まじか、大丈夫か? そんな奴幹部に入れて」

「これから鍛えるからいいのさ」

「成程ね。まあ、団長が連れてきたのだから文句は言わねえが……。おい、新人! せめて死なないように頑張れよ」

「は、はい、頑張ります。僕は真田界斗です。よろしくお願いします」


 界斗はワーグの危なさそうな顔つきにびくびくしながらも挨拶する。

 界斗が挨拶するとガリウスとワーグは再び話し始めた。界斗はそこにじっと立ったまま話が終わるのを待とうとした。


「界斗君、君はそこで何をしている?」

「え~と、蔵林さんに案内をしてもらい終わったので何かすることが無いかと思いまして」

「成程、だがあいにく私もこいつと次の討伐任務について話している最中でな……。そうだな……では資料室で魔獣について学んでくるといい。4時を過ぎたらここに戻ってくるようにしてくれ」

「分かりました」


 界斗は返事をすると室内を後にした。


 資料室目指して階段を降りていく。


「資料室ってどこだっけ? とりあえず左に行ってみるか」


 1階まで降りると界斗は左に進む。

 少し歩くと資料室書かれた札を見つけた。

 そしてノックをするとゆっくりと扉を開けていく。

 左手に小さな受付のカウンターがあり、中年の女性が座っていた。

 界斗を一瞥すると本を再び読み始める。どうやら自由に入っていいらしい。


 室内に入ると本棚が飛び込んできた。

 壁一面に本棚が並べられ色々な本が並べられている。中には資料をまとめたファイルも置かれていた。中央には4人がけのテーブルが6つ置かれている。そこには黒髪の若かそうな女性が2人並んで座っていた。


「凄い量だな。どこに魔獣の資料があるんだろう?」

「地理、化学、物理、数学、ゼファレス工学……勉強の本まで色々置いてあるな」


 界斗は本棚の閲覧を見ていく。


「有った。魔獣って書いてある」


 そこには魔獣大図鑑や系統別魔獣図鑑、ファイリングされた資料等が色々とあった。


「とりあえず魔獣大図鑑でも見てるかな」


 界斗は分厚く重い図鑑を両手に抱えると、椅子に座るために振り返り歩こうとした。

 そして女性2人が界斗を見ていたため目が合った。

 なかなか可愛らしい少女2人組だった。界斗と同い年ぐらいだろうか。

 見知らぬ少女2人にまじまじと見つめられ界斗は顔を赤くして俯きながら慌てて席に着く。


「ねえ、あの人さっき食堂で蔵林さんと一緒に居た人だよね?」

「多分そうよ」

「じゃあ、噂の新人幹部の人?」

「多分ね……。なに、藍香興味あるの?」

「そ、そんなんじゃないから……。依琳こそ興味あるんじゃない?」

「私? ないない、あの根暗な感じはタイプじゃないから」


 静まり返った室内。女子2人の囁き声が界斗の耳を刺激する。

2人は聞こえていないつもりだろうが、静まり返っていたため界斗にはっきりと聞こえていた。自分の事をこそこそと話され界斗はもやもやしはじめた。


「気にしない、気にしない」


 界斗はボソボソと呟くと図鑑をめくり始めた。




 4時になり界斗はげっそりして資料室を出た。

 結局女子2人はしばらく界斗の事を話しながら居座っていた。

 いい加減なことを噂され界斗の精神はすり減っていた。

 幹部室の扉を開け室内に入る。そしてガリウスのデスクまで行くとガリウスはPCで書類を作っていた。

 ガリウスが界斗の方を向く。

 界斗の顔を座りながら見上げるとガリウスの眉間に皺が寄った。


「……どうした? 何かあったのか?」

「いえ特には……」

「そうか……。そう言うならば聞きはしない。だが任務では包み隠さず報告することは重要だからな。報告を怠ったが故に死人がでたなんて事はよくある」

「分かりました。けど大丈夫です。任務とは関係ない事なので……」

「成程、プライベートに干渉するつもりはないが……。君の年齢なら色々悩んで当然だろう。今日はもういい。だが次に来るときまでにはしっかりとしろ。次来た時に君の教育方針について話そう。5時まで休んでていいぞ。何だったら売店でも行ってこい」

「あ、ありがとうございます」


 界斗はせっかくなので売店に行き、レモンソーダとクッキーを買って幹部室に戻った。


「あの……ところで何処で食べていいんですか?」

「クッキーぐらいならここで食べてもいいぞ。後は2階、3階の端、食堂とは反対側だな。そこに休憩室がある。そこなら何を食べても問題ない。ただ幹部の界斗君が用も無いのに2階に居座ると騒ぎが起こるかもな」

「ありがとうございます」


 界斗は幹部室を出ると休憩室へと向かった。


「すごい……」


 休憩室の扉を開けると目の前はバルコニーへと続く通路になっていてその横にはフカフカの絨毯が敷いてある。そして円形のテーブルと高級ソファのセットが幾つも置いてあった。さらに奥にはダイニングテーブルのセットが置いてある。そして高価な壺や絵画が置いてあった。天井にはシャンデリアが吊るされていた。

 この部屋は迎賓館を賜った時せっかくだからとリフォームせずそのまま使うことにしたサロンだった。


「ソファーなんて初めて座るな……」


 土足厳禁と書いてあったため界斗は靴を脱いで絨毯の上を歩くそしてソファに座り込んだ。


「なんだかこのソファーに座れただけでも来てよかったと思える……」

「こぼしたらまずいよな。向こうのテーブルで食べよう」


 界斗はソファーの座り心地を堪能するとテーブルに移動してビスケットを食べながらソーダを飲み始めた。

 誰もいない室内に界斗のビスケットを齧る音が響く。


「この椅子もフカフカだ……。こんな豪華な室内に1人でいるのも気が引けるな。けど誰か来たら来たで落ちつかないけど……」

「何か俺だけ食べてるのも孤児院のみんなに悪いな……。何か買って帰ろう」


 界斗は手早く食べるとゴミを捨て孤児院の子供たちにお菓子を買いに再度売店に行った。

 そして幹部室に戻るとアミリエとガリウスが立ち話をしていた。


「真田君、戻ったわね。すごいお菓子の量ね……。もしかして孤児院の子たちに?」

「はい、せっかくなのでお土産をと……」

「君はえらいわ、いい子ね。ちょっと待ってて……」


 アミリエは幹部室をでると何かを抱えてすぐに戻ってきた。


「これも子供たちに食べさせてあげて」

「何か高そうなお菓子ですね」

「気にしなくていいわ。お客様用だけどまた買えばいいだけだから」

「ありがとうございます。みんな喜びます」

「次はいつ来れるの?」

「来週の卒業式が終わればすぐにでも来れます」

「そうね。寮に来るのに引っ越し業者は必要?」

「いえ、鞄2つに収まるぐらいの荷物しかないので大丈夫です」

「そうよね。真田君の境遇を考えればそれぐらいよね。わかったわ、好きな時に来て頂戴、そんなに急がなくても大丈夫だから」

「ありがとうございます。では失礼します」

「お疲れ様。これからよろしくね」

「はい、デルクードさんも今日はありがとうございました」

「少しは元気が出たようだな。気を付けて帰るように」

「はい、では来週にでも来ます」


 界斗は幹部室を出た。




 界斗が出ていくのをアミリエとガリウスが見送る。


「彼はずいぶんと噂になっているみたいなんです。あの見た目で幹部じゃないですか。中学生ですし。それに演習場の事もありますし。色々と話題にされやすいのかと」

「う~む、ここは職場だから個人を話題にして騒ぐなどしてはならないことなのだが、中学生、高校生もいるからな。彼らにつられて騒ぐ馬鹿な大人もいるか……」

「それがそうでもないみたいなんです。一部の上級の職員たちが面白半分に話を広めているみたいなんです。学生たちがそれに便乗してさらにひどくなっているといった所でしょうか」

「それはよろしくないな。……そうだ!」


 ふいにガリウスの顔がにやけた。


「なにか思いついたんですか?」

「最近クラン内が弛んできていると思っていたところだ。ここはひとつ引き締めてやろうではないか」


 ガリウスがアミリエに考えを話すとアミリエは面白そうにクスクスと笑い始めた。


 界斗が孤児院の近くのバス停に着くころにはすっかりと日が暮れ辺りが暗くなっていた。

 バスを降り足早に孤児院へと急ぐ。その時……


「かいちゃんおめでとう。がんばってね……」


 界斗はふと姉の美汐に応援された気がした。


「姉さん、俺頑張るよ……」


 漆黒の夜空に孤独に輝く月を見上げ、界斗は呟いた。

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