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第5話 スカウト (約6,200文字)

 次の日、界斗が教室に入ると教室内が一斉に静まり返った。普段は自分の座席に行くとき他の生徒達を避けるように向かうのだが、今日は違った。界斗が少し近寄るだけで皆避ける。

 ホームルームの時間になり担任がやってきた。そして教卓に着かず、界斗の席がある所まで歩いてくる。


「真田……その……昨日は叩いてすまなかったな。今度飯でもおごるからそれで許してほしい……」

「……はい?」


 界斗は訳がわからず首をかしげる。


「いや、ほら、昨日の試験でお前が呼ばれても出てこなかったから俺が叩いただろ。その後あんな事になったから、凄い怒っているのかと思ってな。思い返すと先生もちょっと強く叩きすぎたかなって……」


 界斗は納得いったが、別にあの時担任に苛ついた訳ではない。


「いえいえ、あれは考え事して呼ばれた事に気づかなかった僕が悪いんですから。先生は気にしないでください」

「お? そ、そうか、そうだよな……ははははぁ。まあ、先生もちょっと強く叩きすぎたからコブでも出来たんじゃないかと気になってたんだ。じゃ、大丈夫そうだな。よし! それではホームルームを始めるぞ!」


 担任は界斗が気にしていないこ事が分かると調子を取り戻した。


「はぁ? 教師が生徒にビビってんじゃねえよ……」


 誰かがポツリと呟いた。


「な、なにぃ! 誰だ? 今言った奴!」


 生徒達はシーンと静まり返り誰一人返事をしない。


「お、俺にだってな家庭があるんだ。真田の恨みを買って復讐されたくはないんだよ……」

「いくらなんでも流石にそんなことはしないと思いますけど……」


 女子生徒の誰かがつぶやいた。


「だよな……。それにそもそも自分で恨まれると思うような教育指導をする方がおかしいだろ」


 さらに男子生徒の誰かがつぶやいた。


「と、とにかくホームルームを始めるぞ!」


 その後、教室を出た担任は職員室で怒り狂っていた。




 放課後、界斗は昇降口で担任に声をかけられた。


「間に合ったか。真田! ちょっと職員室に来い」

「え?……」


(俺、なにかしたっけ?)


 界斗は学校では目立たずおとなしく生活していた。


(それとも昨日の演習場の件かな……。はぁ、仕方がない。怒られたら謝っておこう……)


 界斗が担任に続いて職員室に入ると、社会科教師が立ち上がり揉み手でやってきた。


「やあ、真田君。そ、その調子はどうかね。今度ラーメンでも食べに行かないか? もちろん先生のおごりだよ」

「なんですか? 我々は校長に呼ばれているんです。後にしてもらえますか?」


 担任が社会科教師を追い払う様に前に立つ。


「ああ、校長先生に……。分かりました。じゃ、じゃあ真田君また今度……」

「はぁ……」


 界斗は何故社会科教師にラーメンに誘われたのか分からず気のない返事をした。職員室に呼ばれた事で頭がいっぱいで、先月に居眠りをして頭を叩かれた事など忘れていた。




 校長室のドアを担任がノックをする。


「入りたまえ」

「失礼いたします!」


 校長室に入ると体格の良い校長がその体躯に似合わない笑顔を浮かべて立ち上がった。

 週一の全校集会の時に見せる威圧感は一切なかった。アラミード共和国魔甲士団あがりの校長で生徒どころか教師にすら恐れられている校長が今は好々爺とした笑顔を浮かべていた。


「こ、校長……どうかされたのですか? ずいぶんと機嫌が良さそうですね」

「ん? そうか? そう見えるか……。私は普段通りだがな?」


 突然校長の表情が厳めしくなった。


「え? 校長がそうおっしゃられるなら……」

「君たちを呼んだのは、君たちというか真田君にお客様がいらっしゃったからだ。ついて来なさい」





 校長室を出ると校長は若い女性教師に声をかけた。

「最上級のお客様だ。最上級の紅茶とお菓子を頼む」

「え? あ、はい、分かりました。応接室でよろしいでしょうか?」

「うむ、人数は……5人分だ」

「分かりました。すぐにお持ちします」


 校長は界斗と担任を連れて応接室へと向かう。


「本来なら君には後ろに控えて貰うべきなのかもしれないが、担任の君からも真田君について話を聞きたいらしい。特別に君にもお茶を出してあげよう」


 歩きながら校長は担任に声をかける。


「どのような方達なのでしょうか?」

「ふふ、会えばわかる」


 担任は普段自らの威厳を誇示することにこだわる校長がこんなに気を使う客人とは誰なのか不安になり始めていた。

 そして当の界斗もいったい誰が待ち受けているのか不安で仕方なかった。




 応接室に着くと校長がノックをした。


「お連れしました」

「どうぞお入りください」


 渋い中年の男性の声がした。

 界斗は緊張のあまり唾を飲み込む。

 担任は界斗の肩を落ち着かせるように軽く叩いた。


「そう硬くなるな」


 担任が界斗の緊張をほぐそうとした。


「お前達、失礼のないようにしろよ」


 界斗の緊張など気にもせず、校長は2人をじろりと一瞥するとドアを開けた。


 室内にはスーツを着用した40歳過ぎぐらいの体格の良い赤みがかった茶髪の男性がいた。

 スーツの上からでもその鍛えられた筋肉がわかる。熊といい勝負ができる程の体格だ。

 そして輝くような金髪のさらりとした髪を腰まで伸ばし、落ち着いたベージュのワンピースを着た女性が窓から校庭を眺めていた。

 そんな校庭からは部活動の熱心な掛け声が聞こえてくる。


「中学校の敷地を跨ぐのは卒業以来ですので数年ぶりです。私はここの卒業生ではありませんが懐かしい気分になります。元気に部活に打ち込む生徒達を見ているのも飽きません」


 若く凛とした澄んだ声だった。女性が振り向いた。美しい清楚な女性だった。


(あれ? どこかで?)


 界斗はその女性をどこかで見たことがあるような気がした。

 担任は驚きのあまり口をパクパクさせている。


「また会いましたね、真田界斗君」

「え?」


 界斗はどこで会ったのか思い出せなかった。


「そうですね。覚えてないのも無理はありません。あの時の君は平常ではなかった……君はハンター登録に来た帰り、私にぶつかってそのまま帰ってしまったのですよ? 声を掛けたのだけれども、君はそのままフラフラと出口に行ってしまったわ」


 その女性がクスリと笑った。


「え……あ、あの時のすみま」


 界斗が会釈で謝ろうとした時、校長がカーペットに額をこすりつけ突如土下座した。


「も、申し訳ございません。当校の生徒が何たる無礼を……」


 次の瞬間、殺気が室内に充満した。

 界斗と担任は扉まで後ずさり校長は必死にカーペットに額をこすりつけた。


「ヒー、な、なにとぞご容赦を……」


 さらに強烈な殺気が室内を駆け巡る。

 殺気を放っているのはスーツの男性だった。その男性が校長へとゆっくり一歩一歩近づいていく。


「おい校長、貴様何をしているのだ?」

「へ? な、なにをと言われましても……」


 校長の前に男性が仁王立ちすると殺気で空気が凍り付いた。

 界斗はもう逃げ出したかった。担任は殊勝にも界斗をかばう様に前へでた。


「……貴様の行動はクラリティーナ様への侮辱だぞ。このお方がちょっとぶつかられただけでわざわざ後日学校まで押し掛けるような分別のないお方だと思っているのか?」

「え? 違うのですか?」

「き、貴様!」

「やめなさい、ガリウス」

「はい……」


 クラリティーナと呼ばれた女性の一言で男性の殺気が収まった。


「私も挨拶の仕方を間違えました。私の立場を考えればそう捉えられても仕方のないことかもしれません。今日はそんなことよりももっと重要な件で来ました」


 その時、ノックの音が響き渡った。


「お、お茶を……お、お、お、お持ちいたしました」

「……は、入りたまえ」


 校長はここぞとばかりに立ち上がると、自ら扉を開ける。

 ワゴンを押した若い女性教師が震えながら立っていた。


「皆さん、まずは座りましょう」


 クラリティーナがニコリと微笑むと空気が和んだ。

 上座にクラリティーナが座り、ガリウスと呼ばれた男性は後ろに立つ。

 向かって左から校長、界斗、担任の順で一列に並んで下座に座った。

 そこに女性教師が震えながら紅茶を配膳していく。そして困惑したようにクラリティーナの後ろに立って控えているガリウスの方を向いた。

 クラリティーナはワゴンの上のティーカップの数を確認した。


「ガリウス、あなたも座って。せっかくだから頂きなさい」

「はい、クラリティーナ様。しかし椅子が……」

「考えが固いですよ。私の隣で構いません」

「それでは……失礼いたします」


 女性教師が配膳を終え、ほっとした表情で退室していった。


「これは満月ウサギのドライフルーツサンドクッキーですね。私、大好きなんです」


 クラリティーナが校長に微笑みながらクッキーをつまみ一口齧る。界斗はただクッキーを齧っただけのクラリティーナの所作に優雅な気品を感じ見とれた。

 そんな界斗の脚を横にいた担任がつっつき現実に戻す。


「校長、我々も頂きます。真田、頂きなさい」


 担任の一言で界斗もクッキーへと手を伸ばす。そしてガリウスもクッキーを食べ始めた。


「紅茶も良い香りです」


 クラリティーナが微笑みながら校長に語り掛けた。


「最高級の特別摘みの茶葉でございます」

「それはそれは、そのような高価な茶葉を」

「いえ、めっそうも御座いません。アウルフィード様のお口に合えばうれしい限りです」


 校長は媚びるような目線をクラリティーナに向けた。


「校長先生はご存じでしょうがハンターになってから7年が過ぎようとしています。ハンターになりたての頃は野宿もしました。そんなに普段から贅沢しているわけではないのですよ。気を使っていただきありがとうございます」


 校長の視線を平然と受け流しクラリティーナは紅茶が入ったティーカップを一口傾ける。


「いえいえ、アウルフィード様に喜んでいただけて光栄に御座います」


 しばらく先程の殺伐とした雰囲気が和むまでクラリティーナと校長が会話をしながら5人はクッキーを食べ続けた。


「さて、本題に入りましょう」


 場が落ち着いた所でクラリティーナが切り出した。


(俺に用事って何だろう……)


 界斗が緊張のあまりごくりと唾を飲み込んだ。


「ガリウス、あなたから自己紹介を」

「はい、クラリティーナ様」


 ガリウスが懐から名刺入れを取り出し界斗達3人に渡していく。


「私はデルクード・ガリウス。俗にいうハンタークラン、解放者の副団長をしております」


(か、解放者ってまさかあの?)


 界斗はあまりの驚きに声を出しそうになった。

 そしてクラリティーナが名乗った。


「あらためてこんにちは、真田君。私はアウルフィード・クラリティーナ、解放者の団長をしています。ちなみに名刺は持ってないのごめんなさいね。普段、私は対外交渉には出向かないから……」


(この人どこかで見たことがあると思ったら……そうだ、雑誌で見たんだ。この国どころか世界トップクラスのクランが何故……)


「あ、ご丁寧にありがとうございます。ぼ、僕は真田界斗です。第5中学3年です」

「そんなに緊張しなくてもいんですよ」


 ニコリとクラリティーナが微笑むと界斗は顔を赤くして俯いてしまう。


「そ、その今日は僕にどんな用件でしょうか」


 界斗は俯きながらクラリティーナに質問した。


「単刀直入に言います。ぜひ君に解放者に来て貰いたくスカウトに来ました」




「え!? ……俺を解放者に?」


 驚きのあまり界斗は丁寧な言葉使いを忘れてしまったがクラリティーナは気にせず微笑ながら頷いた。

 昨日は特務術師団とかからのスカウトを気にした界斗だったが、まさかのまさか世界でトップクラスのクランからの誘いが来るとは夢にも思わなかった。


「す、すごいじゃないか、真田! あの解放者だぞ。この国どころか世界のトップ10クランに選出されている超大型クランだぞ」


 担任が界斗の肩を掴んで揺さぶる。


「あ、あの水を差すようで悪いのですが、なぜ彼を?」


 校長が揉み手をしながら質問した。


「校長先生は、昨日の件をご存じですか?」


 クラリティーナは澄んだ瞳で校長を見据えた。


「昨日の? ……ええ、もちろんです。当校の生徒が総合演習場を炎上させたと報告を受けておりますが、それが何か? もしかしてその生徒が真田君? でも、それと一体全体どんな関係が?」

「ガリウス、説明をお願いします」

「はい。昨日、我々も演習場にいました。そこで驚くべき光景を目にしました」


 ガリウスが校長から界斗の方を向く。


「真田君、君は自分がどれくらい火球を撃ったか覚えているか?」

「すみません、夢中だったのでよく覚えてないです」

「なるほど。君はあの時、最高1分間に200発を連発し、5分30秒ぐらいの時間で合計1028発放った」

「え? そんなに放っていたんですか……」

「そうだ。そして君はその後も平然と立っていた。これには驚いた。創成速度にも驚かされたが、あの大きさのメタノール火球を1000発以上撃って平然としていられる君のゼファレス量にも。正直、何故君の様な中学生が我々のみならずどこからも注目を浴びていなかったのか不思議で仕方がない。この第5中学も色々なスカウトマンが一通り調査したはずなんだが注目株が居るとは報告されなかった」

「は、はい、スミマセン……」


 界斗には色々と思い当たる節があった。


「なぜ謝る? ……なるほど、スカウトマンの見落としかと私は思っていたがクラリティーナ様の予想の方が正しかったのか」

「ね、ガリウス、私の言った通りでしょ。あのとき協会でなんとしても実力を見せようとしなかったからきっとそういう子だと思ったのよ」


 界斗は俯いてしまった。


「真田君、これはあくまで提案であって強制ではないわ。誰にも君の人生を強制する権利なんて無い。君の人生は君のもの。昨日の件できっと他の所からも誘いが来るでしょう。けど出来れば私たちの解放者を選んでほしい。そして君に来てもらうためにこちらも出来る限りの条件を出させてもらうわ」


 クラリティーナは界斗のぼさぼさに伸びた前髪の奥にある瞳を見据えながら話す。

 界斗はクラリティーナの澄んだ瞳に吸い込まれていた。


「条件は近日中に書面にまとめて学校に送るわ。担任の先生から受け取って頂戴。そして出来れば契約書にサインをしてほしい。けど無理強いはしないわ。他の所と比べて条件が良いと思ったらでいいわ」

「……はい」


 界斗はクラリティーナの美貌に眩みこの場で即答してしまいそうになったがなんとか踏みとどまった。


「真田君、今すぐ即答してしましなさい」


 そんな界斗の心を見透かしてか校長が界斗を急かしてきた。


「校長先生、よろしいんですよ、そのように強制しなくても。真田君の意思を尊重してあげてください」

「よろしいのですか? その……担任の私が言うのもなんですが、真田はどこか押しに弱いところがありますので……後から来た所に取られてしまう可能性も……」

「ええ、担任の先生、分かっています。その為にもこの後、真田君の学校での生活を教えてくれますか?」


 クラリティーナが担任の方を向きそしてまた界斗の方を向く。


「必ず真田君にとって良い条件を出します。正直、もし君にとって他の所より見劣りするようなら私たちが愚かだっただけ。きっぱり諦めます」

「さすがはクラリティーナ様、潔い。といっても私はみすみす他所にくれてやりたくはありませんが」

「いいの、ガリウス。では真田君、今日は会ってくれてありがとう。遅くなるといけないわ。君はもう帰って大丈夫よ。あとは先生達と話をするから」

「はい、分かりました。こちらこそありがとうございます。お2人の様な偉大な方に会えてうれしかったです」


 界斗は立ち上がる。


「それでは失礼いたします」

「また会いましょう。真田君……」


 界斗は一礼し、クラリティーナは微笑みながら手を振った。

 残ったクラリティーナ、ガリウス、校長、担任の4人はその後もしばらく話し込んでいた。

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