第4話 暴走する界斗 (約5,400文字)
結局、界斗はアスランに国際治安維持協会での出来事を話すことができないまま、憂鬱な冬休みを過ごした。孤児院でも年末と新年の祝いがあり、普段よりもちょっと豪華な食事が出され子供たちは楽しんだが界斗は憂鬱なままだった。そして冬休みが終わり授業が再開され中学最後の試験が始まった。
「お前達、これが中学最後の試験だからな。分かっていると思うがこの試験結果は進路先である高校や職場に提出される中学3年間の締めとなる試験だからな。気合いれろよ!」
クラス担任の男性教師が学生たちに発破をかける。そうして試験は始まった。
共通語、数学、理科、社会、音楽、美術、保健体育、創成術の8教科が試験で行われる。創成術以外は筆記試験だが、創成術は実践となる。
界斗は授業中居眠りをすることもあったが基本頭が良かった。余程難しい問題でない限り教科書を読んで一度解いてしまえば出来るほどだった。もっとも気が向いた時しか勉強しないからいつも平均ぐらいだったが……
そして創成術は持ち前のゼファレスを生かして常に学年断トツでトップだった。
ちなみに春に行われる体力測定は孤児院生活では外の庭で遊ぶしかなく、行動的なアスランや他の孤児たちに構われたおかげか良好だった。
試験期間が経過し、残すは創成術の試験のみとなった。
創成術の試験を受けるため国都郊外の総合演習場に界斗はアスランと一緒にゼファレス供給型電動バスに乗って向かっていた。
「アスランの言う通りだったよ……」
「え? 何が?」
「国際治安維持協会の事……」
「そうか……。まあ、お前の態度がおかしかったからそうだろうとは思っていたけどな
」
界斗は1か月以上経過してようやくハンター登録に行ったとき言われた事をアスランに話した。
「で、中学卒業したらどうするんだ?」
「アスランの言う通り魔骨石充填員になろうと思う。そして師匠を探して闘い方を教えてもらおうと思う」
「そうか、ハンターそのものをあきらめないんだな」
「……ごめん」
「俺に謝るな。界斗の人生だろ……。それにお前けっこう頑固だもんな」
話をしている間に総合演習場のバス停に到着した。
界斗とアスランはバスを降りて総合演習場へと入っていく。
この日3年全クラス生徒が総合演習場に集められていた。普段の創成術訓練はクラス別に校庭で行われているが、中学最後の試験は大人数での演習を目的として作られた面積500,000㎡にもなる広大な演習場を使用することになっていた。そして界斗の所属する第5中学3年生徒200人だけでなく、第3、第7、その他の私立中学、そして中学生だけでなく高校生、さらにはアラミード共和国特務術師団など2000人以上が演習場にいた。
初めて来た総合演習場の広さにテンションが上がり騒いでいる生徒達に教師の声が響いた。
「第5中学全員集合!」
浮かれていた生徒達が慌ててクラスごとに何となく集まり教師たちの前に集合する。
「お前達、遊びに来たわけではないぞ。例年卒業前創成術試験はここで行われている。他校の中学生だけでなく、高校生、さらには特務術士団の方たちもいらっしゃる。彼らの邪魔をしないよう注意しろ。じゃないと来年から使わせて貰えなくなるからな!」
「はい!」
浮かれていた生徒達の気が引き締まる。
「では、課題を発表する。課題は火球、燃焼物質はメタノール、サイズは直径10㎝だ。そして1分間の的当て数で評価が決まる」
「はい!」
「評価基準だが1分間で6発以上がA、5発がB、4発がC、3発がD、2発がE、1発がFだ」
生徒達がざわつく。
「つまりA判定をもらうためには10秒で1発撃たないといけないのか」
「まじか俺にはAは厳しいかな、Cぐらいの狙いでいくかな。焦って発動をミスってもやだし」
「私はAを狙っていくわ。10cmの大きさなら最高6秒で創成できるもの」
「あ~、まじかぁ~。水の試験だったらよかったのに」
生徒達が次々と騒ぎ始める。
「お前達、静かにしろ! さて、続けるが的を外したり、直径10cmに満たない大きさで射出した火球はカウントされない。そして一発も当てられなかった生徒は特別補修行きとなり明日の放課後より出来るまで訓練させられることとなる」
シーンと静まり返る生徒達。
「この試験を課す意味だが、国都近郊は平穏とは言えいつ魔獣と遭遇してもおかしくはない。まして人の少ない田舎や魔獣掃討があまり行われていない国によっては遭遇率は高くなる。そしていざ実戦となれば威力と創成速度が重要だからだ。だから議導会の教育カリキュラムにより中学最後は火球によるこのような試験が課されている」
「はぁ……」
そのような事を言われても魔獣と遭遇したことのない生徒ばかりだ。気の抜けた返事をしていた。界斗やアスラン等の一部の被害にあったことがある生徒にとっては当然といった試験内容だったが……
「あまり分かっていないようだな……。特に重要なのは就職組なのだが、職種によってはこの試験結果によって就職先での扱いが変わる。特に地方回りを必要とする企業とかだと重宝されるのだが。まあ、言ってもわからんだろう。それでは各クラス1名づつ順番に5人1組で試験を行う。ちなみに各クラス1名づつといっても試験官は担任ではないからな。厳しい審査を覚悟しておけよ」
他校の中学がすでに試験を開始している横で、界斗たち第5中学の試験が始まった。出席番号順に各クラス1名づつ射撃位置に出てくる。生徒各々の横に教師が1人づつ審査のために付いた。
「始め!」
合図と同時に火球を創成し始める生徒達。その速度はまちまちだ。8秒ぐらいで規定の大きさに創成する生徒もいれば15秒ぐらいかかる生徒もいる。
「ノーカウント、サイズが小さい!」
5組の生徒が怒られた。生徒達がざわつく。
「まじか、厳しいな」
「ギリギリの大きさを狙うよりも確実に大きめに創成した方がいいのかな?」
生徒達は先に行っている者の結果を見ながら相談し対策を練っていく。
そして次々と測定は終了していく。
「3組、真田界斗」
界斗の順番がやってきた。
しかしその時界斗は一人思考の渦に沈んでいた。単なる試験のつもりでいた。いつも通り気楽に創成術を使ってあっさりと最高判定をもらう。そのつもりだった。余計な要素があった。中学生以外が居たことだった。特に特務術師団の存在だ。ここで力を見せつければスカウトされるかもしれない。ハンターには少し遠回りになってしまうかもしれないが給料をもらいながら戦闘訓練も出来るなんて最高だ。3年ぐらい我慢して経験を積んでハンターに転職しても良いかもしれない。それに特務術師団でも魔獣を討伐することはある。
魔骨石充填員として働きながら師匠を見つけてハンター見習いをするか、国の軍隊である特務術師団に行くか界斗は真剣に悩んでいた。
「真田界斗! お前の番だぞ! 出てこい!」
界斗は実力を見せても見向きもされないなんてことは露ほども想像していなかった。
「ちょっといつもより本気を出すべきかなぁ? けど特務術師団が実は変な所だったらしつこく勧誘されたくないしな。ハンター以外の事を全く考えてなかったのは痛いな。アスランだったら特務術師団がどんなところか知っているかな?」
1人でぶつぶつと呟いていると界斗は頭に衝撃を感じた。
「何度呼んだら分かるんだ! お前の番だぞ! お前だけ強制的に2段階ぐらい評価を下げてもいいんだぞ?」
担任が鬼の形相で睨んでいた。
「す、すみません」
界斗は頭をさすりながら慌てて立ち上がり射撃位置に行こうとして目にしてしまった。自分をコケにした職員を含め国際治安維持協会の職員達数名の姿を……
「なんで協会の人たちが……」
界斗は知る由もないが中学や高校卒業と同時に国際治安維持協会の門戸を叩く学生はそれなりの数いる。そしてもちろん彼らは界斗と違ってすでに師匠を見つけ弟子入りしている学生たちだ。中にはすでに実戦経験豊富な学生もいる。そんな新人の腕前を直に確認するために職員たちは来ていた。
界斗は職員の姿を見た瞬間、国際治安維持協会での事を思い出し頭に血が上った。
「本気の本気、全力でやってやる。俺の実力をあいつに見せつけるんだ……」
界斗は職員を睨みつけながらつぶやいた。
界斗はずっと授業で創成術を使うとき本気を出すことをしてこなかった。仲のいいアスランにも全力は見せたことがない。というか実は全力を出したことが一度も無く自分でもよくわかっていなかったが……
界斗の纏う空気が変わった。
「界斗、お前……」
普段一緒にいるアスランはすぐに気づいた。
「めっちゃくちゃ切れてるだろう……。なんで急に……。怒られたからか?」
界斗が切れていることに気づいたが国際治安維持協会の職員を見たことが無いアスランには理由を正確に推測することはできなかった。
「なんかやな予感がするな……。変な事するなよ」
アスランは不安そうに界斗の背中を見つめた。
界斗が射撃位置に着いた。
「始め!」
開始の合図が下された。
「ヒィ!」
横にいた教師が悲鳴を上げ飛びのいた。
残りの生徒4人は目に飛び込んできた輝きに火球の創成を止め原因である界斗の方を振り向いた。
そこには人の顔を包み込んで有り余る大きさの火球が在った。界斗は瞬時にその大きさの火球を右手に創成すると10m先にある直径2mの合金製の的に向かって放った。そして次の瞬間には左手に創成し放つ。右手、左手と火球を次々に創成して放ってゆく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
界斗が裂ぱくの雄たけびを上げると創成スピードはさらに上がった。
1秒に1発が、1秒に2発になり、そして3発になった。
凄まじい連射速度で火球を打ち込んでゆく。正面の的では大量に打ち込まれ飛散した炎が隣の的をも巻き込み、さらに付近一帯を燃やし始めていた。
1分が経過した。近くの教師も生徒達も界斗の雰囲気と燃え上がる炎に気を取られ呆けていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
界斗は無心でひたすら火球を打ち込んでいる。
2分が経過した。飛散した炎が的の奥にある観客席にも迫っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
3分が経過した。その時ついに誰かが声を上げた。
「だ、だれかそいつを止めろ!」
しかしだれも近寄らなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
4分が経過した。炎は複数の的と観客席を飲み込んでいた。
「ヴァルフォード・アスラン! お前の友達だろう! 何とかしろ!」
教師の一人が叫んだ。
アスランも呆けていたが、その一言が切っ掛けで意識を取り戻すと立ち上がり界斗めがけて走り始めた。
「かいとぉぉぉぉぉ、落ち着けぇぇぇぇぇぇ!」
そのまま界斗の頭上にジャンピングチョップをかました。
「いてぇぇぇぇぇぇ!」
叩かれた衝撃で我に返るとようやく界斗は火球の創成を止めた。時間にして5分が過ぎていた。
演習場の管理職員達が駆けつけて創成術や消火器で消化活動をしている。
演習場内は一時騒然となり、第5中学どころか付近にいた他校の生徒たちも一時待機させられていた。
そして界斗は自分のせいで大事になってしまったとうなだれていた。
「真田君がすごいのは知ってたけどあそこまで凄かったの?」
「私、正直一緒のクラスに居るの怖いわ……」
女子生徒達は遠巻きに界斗を見ていた。
「ヴァルフォード、真田の奴なんかヤバくなかったか?」
「ま、まあ普段とは少し違ったな……」
アスランの周りには男子生徒が集まり界斗について話していた。
そして当の界斗はうなだれつつも時々国際治安維持協会職員の方をチラチラ見ていた。
そんな界斗にアスランが男子生徒の集まりから出て近づいていく。
「あいつが例の職員か?」
アスランに声をかけられ界斗は頷いた。
「成程、あいつが原因か。しかしお前がここまで凄いとは思わなかったぜ」
「はは、別に隠していたわけではないよ……」
「ああ、そうだな。ここまでの火球を中学で使う機会なんかそうそう無いもんな」
「……ごめん、あいつの顔見たらムカついちゃって……。つい……」
「まあ、いいんじゃね。実力を見せられずに人生が閉じるよりも、見せつけてうまくいくならそれに越したことねえじゃん。それに見てみろよ? あいつびっくりして界斗を見ているぜ!」
「ははは……」
そのころ特務術師団でも話題になっていた。
「おいおい、あいつあれで中学生だってよ」
「中学の試験はメタノールの火球だっけ? 大きさの方は置いといて、あの連射速度とあの量を放ってなんともないゼファレスってのは凄いな」
「団長が見ていたらこの場でスカウトしに行ったんじゃね?」
「はは、確かに!」
「帰ったら誰か団長に報告するかな?」
「さあ? 戦力アップはうれしいけど、ここ2、3年は国内は魔獣も犯罪も落ち着いているからな。強力なライバルを招き入れたいかどうかは皆微妙じゃない」
「はは、確かに。今の状況がしばらく続くなら来られてもな」
特務術師団における出世の要素は色々あるがアラミード国内は最近治安が良いため評価はゼファレスによる法術試験に偏っていた。そのため界斗を歓迎する空気にはならなかった。
「そうそう。皆嫌だよな?」
特務術師団員たちは笑い合っていた。
その後、焼け跡と焦げ臭さが残る中、試験が再開されたがその場に居た第5中学はおろか他校を含め試験を受けていない生徒達は、先程の界斗の実力に気圧されどこかやる気のなさそうに火球を放っていた。