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3章、第3話 最後の一週間 (約22,000文字)

    1



 朝、ウクテル郊外の飛行場に集合すると、界斗たちは飛空艇に乗船する。

 オルテシアは、飛空艇の個室を貸し切りにしており、界斗たちは窓から景色を眺めたり飛空艇の中を散策したりしながら、空の旅を楽しむ。


「そういえば、ソフィスティード社の飛空艇はあるんですか?」


 界斗はふと疑問に思って、横にいたオルテシアに聞いた。


「はい。ありがたいことに、議導会より1台だけですが所有を許可されております」


 ちなみに飛空艇などの航空機関係は、議導会によって各国各組織の規模で所有台数が決められており、個人所有は一切認められていない。さらにドローンなどの小型の飛行物体にも、飛行制御可能距離半径10kmまでと制限が設けられている。

 世界的大企業であるソフィスティード社でさえ、所有は1台だけしか認められていなかった。もちろん、ソフィスティード家による所有は認められていない。


 界斗たちは飛空艇の中から空を眺めながら昼食を楽しみ、その後、これから向かうソフィスティードの別荘について話したり、お互いの携帯番号やアドレスなどを交換しているうちに、アスファーリカ首都郊外の飛行場に到着する。

 そこから車に乗り換え、湖畔の別荘地フェルティフォングには夕方に到着した。



    2



 フェルティフォングの街中では、一般車の通行は許可されていないため、東側ゲート付近の駐車場に車を駐車する。その後、ゲートにて入場手続きをすると街へと入った。


 お洒落な高級店が軒をつらねる中央通りを通り、交差点を曲がると丘を登っていく。ソフィスティード家の別荘は、見晴らしのよい高台の上にあった。

 登るといっても、エスカレーターが設置されているため、楽なものである。

 そして、別荘に着くと使用人たちに出迎えられ、界斗たちは3階建てで、広い庭とプールがあるソフィスティード家の別荘へと入った。

 その日の夕食は、ダイニングでフルコースの料理を堪能した。




 次の日、朝食をとると、街の散策へと出かける。オルテシアの案内で、色々な店を見て回る。フェルティフォングならではの、お菓子やデザートがあったため、界斗はセリアとアスラン、それに孤児院に配送手続きをした。


 昼食をお洒落なカフェで楽しむと、午後からは湖で水上アクティビティーを楽しむ。

 夕方に別荘に戻ると、少し勉強した後、テラス席で湖畔で打ち上げられている花火を眺めながら、カジュアルな鉄板焼きスタイルの夕食を楽しむ。

 食後、皆でのんびりしていると、タニアがオルテシアに声をかけた。何かを伝えられたオルテシアは、顔色を変えた。


「ソフィスティードさん?」


 琴絵が気遣って声をかける。

 オルテシアは言うべきか迷ったが、話すことにした。


「ここフェルティフォングにて、ゾルタリウス殲滅局設立推進派のうちの二国である、ブリバルンドとマニーツトの首脳陣が秘密裏に会談を行っています」

「え~と、国の偉い人が会議をしているっていうのと、俺たちにどんな関係が?」


 界斗は疑問に思って聞く。


「真田君、いくら当社が世界的企業といえど、家具を販売している一企業でしかありません。それなのに、そのような情報が本社に入るのです。つまり世界的に活動をするゾルタリウスならば、当然のように掴んでいておかしくない情報なのです」

「ということは……」


 界斗は呟くと、目が据わった。瞳に暗い炎が灯る。


(奴らが、来るかもしれないってことか……)


 結局、皆で相談し翌日の昼前には帰ることにした。



    3



 次の日、もしかしたら考えすぎかと一同は思いながら、落ち着いた朝食を食べていると、外が騒がしくなった。そして、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 驚いて庭に出る、界斗たちや使用人たち。

 その目に映ったのは、西の上空に浮かぶ飛空艇だった。


「あの紋章は……ゾルタリウスです!」


 双眼鏡で飛空艇に描かれた紋章を確認して、オルテシアが叫んだ。

 ダニエルたちは顔色を変え、界斗は歯ぎしりをして拳を握りしめる。そして、怒りに胸を焦がした。


「奴らが、来ているのか……」




 界斗たちはすぐさま相談する。別荘に籠るか、フェルティフォングから退避するか、タニアを交えて相談したのち、退避することに決めた。

 身を軽くするため、持ってきた着替えのバッグなどは置いていくことにして、早々に界斗、オルテシア、ダニエル、琴絵、マリアーネ、さらにタニアを含める6人は別荘を出て駐車場へ向かう。使用人たちが別行動なのは、大勢だと目立つと言われたからだ。オルテシアは皆で逃げましょうと言ったが、タニアや使用人たちは認めなかった。泣く泣く、オルテシアは使用人たちと別れた。


 その後、界斗たちは、駐車場目指して慎重に進んだが、中央通りでゾルタリウスと遭遇してしまった。



    4



 通りの反対側に仮面を被った者、6人の救世騎士団ゾルタリウスがいた。


「なんてことを……」


 ゾルタリウスの近くには、殺された人々が横たわっていた。


「あれは……もしかするとブリバルンドの首相と、その奥方様で農林水産大臣を務める方です。確か早朝のランニングが趣味と聞いたことがあります。ランニング途中を狙われたのでしょう……」


 ゾルタリウスは呻く首相に、剣を突き立て止めを刺した。


「どうする? すぐさま引き返す? それともゾルタリウスをやり過ごして駐車場へ向かう?」


 ダニエルは、オルテシアに聞く。界斗はゾルタリウスを睨みつけていた。


「他の人々に紛れて、やり過ごしましょう」


 ゾルタリウスは首相たちの確認をしていた。他の一般人には見向きもしていない。

 界斗達は、通りの反対側にいるゾルタリウスを見ないようにしながら、他の人々に紛れ、走って通り過ぎようとした。そのとき――


「あれって、ソフィスティード・オルテシアじゃないか!」


 ゾルタリウスの一人がオルテシアを指さしながら大声を上げた。そして手に持つ端末とオルテシアを見比べている。

 オルテシアは名前を呼ばれて、思わず立ち止まり振り向いてしまった。


「やっぱりそうだ。情報通りだ」


 オルテシアの名前を呼んだゾルタリウスが声をあげると、上官らしき首相に剣を突き立てているゾルタリウスが命令した。


「世界17位の財閥の娘だ。捕まえろ! 邪魔な奴は殺してしまえ!」


 オルテシアは顔色を変える。オルテシアだけでない。ダニエルたちも顔色を変えてゾルタリウスを見る。


「え……? 教官、情報が正しければ、彼女はまだ高校生になったばかりですよ。つまり一緒にいるのは、学校の友人では? さすがに、可哀そうですよ……」


 だが、一人のゾルタリウスが上官らしきゾルタリウスに意見をした。声や雰囲気からするに、若い男だ。彼だけでない、賛同するように残りのゾルタリウスも頷いている。


「お前ら……何を言ってるんだ……お前らがそんなんだから、俺が指導役として付けられたんだぞ!」


 教官と呼ばれたゾルタリウスの男は、仮面の下の目を細めて若いゾルタリウスの男たちを見回した。


「いや……ですが……やっぱり、そんなことは……」


 若いゾルタリウスたちは口籠りながらも、教官の命令に不服を示す。


 一方オルテシアたちは、どこに逃げるか迷っていた。ゾルタリウスは通りの反対側にいるため、距離が離れている。だが、相手がゾルタリウスということで、確実に逃げられる自信が持てなかった。

 そして界斗は、5年前、担架で運ばれながら見た故郷ベリアンフィルドが破壊された光景が頭の中をよぎっていた。


(ゾルタリウス……俺の故郷のように、この街も滅茶苦茶にするつもりなのか!!)


 界斗の心に、怒りがみるみる膨れあがってくる。怒りのためか、若干、胸が苦しくなり始めていたが、界斗は気にせず、感情が昂るままにした。きつく歯ぎしりをすると、ゾルタリウスを睨みつけながら、ゆっくりとゼファレスを活性化させていく。


(やってやる……やってやる、ゾルタリウス……やってやる!!)


 そして怒りが頂点に達したとき、一気にゼファレスを滾らせた。界斗から凄まじいゼファレスのオーラが迸る。


「真田君!?」


 オルテシアたちは、びっくりして界斗を見る。


「みんなは、逃げて! ゾルタリウスは、俺が相手をする!」

「ま、待ってく――」

「ゾルタリウスゥゥゥ!」


 オルテシアは界斗を止めようとしたが、界斗は叫ぶと、すぐさま教官めがけて火球を連射し始めた。


「教官!」


 若いゾルタリウスの一人が界斗の火球に気付き、界斗に対して背を向けていた教官に注意を促す。そして界斗の火球の連射速度に驚いて、火球が飛んでくる教官から飛び退いて距離をとった。

 ゾルタリウスの教官は振り向くと、迫る火球に一瞬驚いたが、手を伸ばし、そして飛んでくる火球を掬い始めた。


「な!?」


 界斗が連射する火球を、両手で次々と掬うように後方上空へ逸らしていく。

 ゾルタリウスの教官の後方では、界斗の火球が着弾して、建物が燃え始めていた。


「嘘だろ……液体火球だぞ……あんなふうに掬って逸らすなんて……」


 その光景を見たダニエルが、信じられないといった感じで呟く。

 オルテシアたち女子は、唾を飲み込み、声を発することができなかった。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 界斗は雄たけびを上げながら、ひたすら火球を連射する。その連射速度は明らかにウクテルの演習場を炎上させたときよりも、クラリティーナとの決闘のときよりも速くなっていたが、ゾルタリウスの教官は、難なく界斗が連射する火球を後方上空へと完璧に逸らす。


「これなら、どうだぁぁぁ!」


 界斗は、授業で習った火炎渦へと攻撃を変更しようとした。

 まずは風を操作して渦を作り出す。そしてメタノールを創成しようとして――


「は?」


 界斗の視線は、ゾルタリウスの教官を捉えることができなかった。次の瞬間――


「ぐはぁ!」


 界斗は腹に一撃を受けてうずくまった。

 ゾルタリウスの教官は、界斗が風を操作し始めた一瞬の隙をついて、瞬時に低い体勢をとり詰め寄っていた。

 うずくまった界斗を見下ろす、ゾルタリウスの教官。そして界斗の斜め後ろに立っているオルテシアを一瞥すると、界斗の髪の毛を掴んだ。

 そのまま髪の毛を引っ張り、界斗の顔を上げさせる。そして界斗の顔を睨んだ。界斗も苦しみながらも、ゾルタリウスの仮面の奥の瞳を睨み返した。


「チッ、生意気なガキだな……」


 ゾルタリウスの教官は悪態をつくと、オルテシアを見た。


「おい、ソフィスティード・オルテシア、おとなしく付いてこい。俺たちゾルタリウスに逆らうとどうなるか、こいつで見せてやる」


 オルテシアは殺気の籠った視線で見つめられ、恐怖から真っ青になりながらゾルタリウスの教官を見つめた。

 ゾルタリウスの教官が界斗の顎を掴む。そして懐から物体操作でケースを取り出した。顎を掴みながら界斗の口を無理やり開かせる。


「おい、お前たち、他の奴らが逃げ出さないように見てろ。それから誰か、こいつの手をおさえておけ」


 ゾルタリウスの教官は若いゾルタリウスたちに命じると、ケースの蓋を物体操作で開ける。中にはカプセルが入っていた。

 ゾルタリウスの教官は界斗の髪の毛から手を離すと、カプセルを一つ手に取った。


「これが何だか知ってるか? これはゼファレス起動型・細胞結合・反自翔体と呼ばれる液体がカプセルの中に入っている。これは細胞に結合し、ゼファレスを吸収したのち、そのゼファレスとは反発して飛んでいく液体だ。さて、このカプセルはお前の胃の中で溶ける。つまりこの液体はお前の胃に結合する。さてお前の体の中は、お前のゼファレスで満たされているが、一か所だけ満ちていない場所がある。どこだか、わかるか?」


 ゾルタリウスが、カイトの顔を覗き込む。


「ま、まさか……」


 オルテシアが呟いた。


「さすがはソフィスティード・オルテシア。すぐわかったな。そう、管となっている食道だ。お前はあの蛙のように、口から胃を吐き出して、死ぬんだ」


「んっ、んーむー」


(やめろ、やめろ! 離せぇぇぇ!)


 界斗は身じろぎして振りほどこうとするが、それはかなわない。


(こ、このままでは真田君が……)


 界斗が、むごたらしく殺されてしまうとわかったオルテシアは、激しく動揺した。


「まっ、待って下さい……」


 だが勇気を振り絞ると、ゾルタリウスの教官に声をかけた。


「あぁ? もしかして、こいつの助命嘆願か? ソフィスティードの娘、俺たちゾルタリウスに歯向かっておいて、生きていられると思ってるのか?」


 ゾルタリウスの教官がオルテシアを睨むと、オルテシアは言葉を失って黙った。そして涙目になる。


(どうすれば……どうすれば……)



 ゾルタリウスの教官と界斗を交互に見ながら、必死に考えるオルテシア。

 そのとき、部下の一人が端末を見ながら教官に声をかけた。


「あのう、教官……こいつ、真田界斗ですよ。多分……」

「あぁ! こいつが誰だろうと、関係ないだろ! 俺たちゾルタリウスに攻撃をしかけたんだからな!」

「はぁ……」


 若いゾルタリウスは、仕方なさそうに返事をする。そしてダニエルたちに囁いた。


「君たちは、大人しくしていたほうがいいよ」


 だが、それを耳にしたゾルタリウスの教官は、その若いゾルタリウスを睨みつけた。


「お前たち、何を甘いことを言ってるんだ……本当にわかってないな。さっきも首相たちを殺さなかったしな。厳罰処分にするぞ」


 ゾルタリウスの教官の注意に、若いゾルタリウスは肩をすくめる。

 ゾルタリウスの教官はそれを一瞥すると、界斗の口にカプセルを入れようとした。しかしそれは、かなわなかった。


「チッ、障壁か……」


 界斗は、障壁を口に展開していた。

 ゾルタリウスの教官は苛ついたように界斗を睨むが、すぐに界斗の障壁をつぶさに観察し始めた。そしてさらに視線を、界斗の肩から腕へと這わせていく。


「ぷっ、ははははは! なんだお前、ゼファレスは凄いが、素人か!」


 そして、面白そうに高笑いをした。

 素人と馬鹿にされた界斗は、さらに教官を睨む。そしてオルテシアたちもびっくりして、ゾルタリウスの教官を見つめた。


「お前、わかってないみたいだな。いいだろう、教えてやるよ。お前は、掌から障壁を創成して、腕を伝わせて口まで這わせているが、ゼファレスの原則を忘れている。口に到達する頃には、随分と弱くなっているぞ。確かに俺よりも、お前のほうがゼファレスは優れているだろうが……」


 ゾルタリウスの教官はそう言うと、ゼファレス活性化させて指に集める。もう一度界斗の口の中にカプセルを入れようと、障壁にカプセルをつまんでいる指先を当てた。


「3流は、100%の効率で掌からしか創成できない。2流は、腕や足からもできる。一流は、上半身前面から、さらに超一流になると、背中などの後ろからでも100%の効率で掌と同じように創成できる。そして噂によるとアウルフィード・クラリティーナは、頭の頭頂部から、さらにこれは眉唾物だが、髪の毛の先からも手のひらほどの効率ではないが、創成できるらしい」


 ゾルタリウスの教官は話しながら、さらにゼファレスを活性化させた。

 ゆっくりと教官の指先が、界斗の口の中に入り始める。

 界斗は絶望を感じながらも、必死に振りほどこうと、もがく。


「このとおり、口で直接100%の効率で障壁を展開しない限り、いくらお前のほうがゼファレスに優れていても、俺のゼファレスは防げない」


 ゾルタリウスの教官は、嗜虐に口許をゆがめる。カプセルが口の中に入り始めていた。


「お願いです、真田君を許して上げてください……」


 オルテシアが涙目になりながら、ゾルタリウスの教官に懇願した。

 ゾルタリウスの教官が、オルテシアを見つめる。


「ダメだ。同じことを何度――」


 ゾルタリウスの教官は言いかけて、そして吹き飛ばされた。

 界斗の傍らにタニアが着地をする。

 そう、ゾルタリウスの教官は、タニアに顔面を蹴り飛ばされていた。



    5



「ゲホ、ゲホ」


 界斗は咳き込みながら、地面に転がったカプセルを横目で見る。


(これって……)


「真田君、大丈夫ですか?」


 オルテシアはしゃがむと、心配そうに界斗の顔を覗き込む。

 タニアは、界斗とオルテシアを庇うように、立ち塞がった。


「まさか、使用人に蹴り飛ばされるとはな……油断したが、もうくらわねぇ」


 ゾルタリウスの教官は立ち上がると、タニア目掛けて詰め寄る。タニアも教官に詰め寄った。

 2人は接近すると、激しい肉弾戦を繰り広げた。


「さすがソフィスティードの使用人……たんなるメイドか何かだと思っていたが、これほどの実力者とはな!」


 ゾルタリウスの教官は叫ぶと、ゼファレスを活性化させる。そしてオーラが迸った。それは界斗ほどではないが、凄まじいオーラだった。タニアもそれを見て、ゼファレスを滾らせる。

 2人は、身体強化をしながら闘い始める。

 ゼファレスのオーラを比べると、明らかにタニアのほうが劣っていた。

 そして格闘の実力でも……

 数度の攻防の後、ゾルタリウスの教官の痛烈な回し蹴りが、タニアの腹に炸裂する。

 タニアは吹き飛ばされ、開店準備をしていたブランドショップのショーウインドウを突き破り、店内の壁に叩きつけられた。そしてそのまま、動かなくなった。


「タ、タニアさん!」


 オルテシアが叫ぶ。実はオルテシアは、タニアが戦えるということを知らなかったため、驚きに目を見開いて2人の戦いを見ていたが、タニアが吹き飛ばされると走り寄ろうと一歩を踏み出した。


「おい、ソフィスティードの娘……」


 そこにオルテシアに声をかけ、近寄っていくゾルタリウスの教官。

 オルテシアは、声をかけられゾルタリウスの教官を見る。


「警告する。その場にいろ。わかっていないようだが、別にお前が死体になろうとかまわない。ソフィスティード家としても葬式はやりたいはずだから、死体でも金は払うだろう。生きているほうが、要求できる金額は高くなるから、できれば生かしておきたいがな」


 ゾルタリウスの教官は、殺気を込めてオルテシアを睨みながら声をかけた。

 死体でもかまわないと言われ、オルテシアは青ざめる。そして恐怖のあまり、その場に立ち尽くした。


「ふざけるな……」


 界斗は口許を拭きながら、立ち上がる。そしてオルテシアを腕で庇うと、ゾルタリウスの教官に向き合う。


「お前、まだ実力差がわからないのか? 歯向かうのはお前の自由だが、もうこの場にお前を助けてくれる者はいないぞ」


 ゾルタリウスの教官は、界斗を脅す。だが界斗は、意に介さなかった。

 瞬時に、ゼファレスを活性化させる。迸る界斗のゼファレスのオーラを見ると、教官は仮面の下で眉をひそめた。

 界斗は右手に空気を圧縮していく。そして目の前にいるゾルタリウスの教官目掛けて、すぐに撃ち出した。

 ゾルタリウスの教官は、至近距離から放たれたにも関わらず、界斗の圧縮空気弾を障壁でなんなく防御する。だが短時間とはいえ、界斗の強大なゼファレスで圧縮された空気弾だ。それなりの威力がある。衝撃で、教官は吹き飛ばされる。ひらりと後方へ着地するも、界斗たちと教官は距離が離れた。


「みんな、逃げるんだ!」


 界斗は悔しかった。本当は戦って倒したかった。だが先程の戦闘で、実力差は嫌というほどわからされた。だから、逃げる選択をした。

 真っ先に琴絵が振り向き、走り出した。マリアーネはおろおろと狼狽えながら、この状況を見ていたが、琴絵に続くべく一歩を踏み出す。


「ソフィスティードさん、早く!」


 界斗も踵を返して、オルテシアを急かすと走り出そうとした。


「待って! タニアさんを、一人残していけません!」


 だがオルテシアはタニアを気遣い、蹴り飛ばされた店内に向かって走り出す。

 オルテシアの要望に応えるべく、ダニエルも店に向かって走り出した。


「真田君は、ソフィスティードさんを連れて先に行って! タニアさんは、俺が何とかする!」


 ダニエルは、界斗に向かって叫ぶ。


「お前たち! そいつらを逃がすな! 逆らうようなら、ソフィスティードの娘以外は殺してしまえ!」


 ゾルタリウスの教官が、若いゾルタリウスたちに命令する。


「え? いや、さっきから……だから、それはないだろ……」


 若いゾルタリウスたちは躊躇した。それどころか、明らかに不服そうに、そっぽを向く。


「貴様ら……いくら親が俺と同じ最上級士官だからといって……なんだ、その態度は!」


 若いゾルタリウスたちが指示に従わなかったため、ゾルタリウスの教官の怒りは頂点に達した。


「どいつもこいつも、ふざけやがって! もう死体でも構わん!」


 ゾルタリウスの教官のゼファレスが活性化し、オーラが迸る。左手の先に光り輝く球体が生み出される。


「これは、オゾンと水素プラズマによる反応の爆裂球だ。だが、単純に爆発するわけではない。爆発は前方に向かって放出されるようになっている」

「教官! 相手は若い女の子ですよ!」


 若いゾルタリウスの一人が、信じられないといった感じで叫んだ。


「お前たちがそんなんだから、俺に指導をされているんだぞ!」


 ゾルタリウスの教官が怒鳴る。


「ふざけんなよ、狂人が……」


 別の若いゾルタリウスが呟いた。いや、呟いた割には声が大きかった。ゾルタリウスの教官を含め、その場の全員に聞こえた。


「お前たち……そんなに特別指導を受けたいのか?」


 ゾルタリウスの教官は若いゾルタリウスたちに言うと、左手の爆裂球を界斗たちに向けた。


(爆裂球? なんだそれは……とにかく、あれはやばそうだ……)


 界斗はすぐさまゼファレスを活性化させ、前方に全力で障壁を展開する。そして全員に声をかけた。


「みんな、俺の障壁の後ろに!」


 爆裂球を見て、青ざめて立ち尽くしていたオルテシアとダニエルは、我に返ると界斗の所に走り寄る。

 マリアーネも振り向くと界斗の所に走り寄る。だが琴絵は、真っ先に走り出していたため、界斗と距離が離れていた。


(どうしよう……このまま逃げたほうがいいのかな? それとも、真田君の所に行ったほうがいいの?)


 琴絵は、ゾルタリウスの教官の爆裂球と界斗を見比べて、どうすべきか迷った。だがけっきょく、爆裂球の威力が高かったら逃げ切れないと感じたため、界斗の所に向けて走り出す。


「死ね!」


 その瞬間、ゾルタリウスの教官が爆裂球を放った。爆裂球が界斗たちの目の前で炸裂する。爆風が中央通りを駆け抜けていった。



    6



(な、なんだ……どうなった? みんなは無事か?)


 界斗は車道に倒れていた。体のいたる部位が痛かったが、ひどい怪我はしていないとわかった。界斗の障壁は、爆発の直撃を防いでいた。

 そして爆音の影響で耳鳴りが酷かったが、我慢をして顔を上げる。


「い……なし……く……」


 右手前方から、オルテシアらしき声が聞こえたため、そちらを向いた。

 オルテシアが教官に髪の毛を掴まれ、引きづられるように連れ去られようとしていた。


「い……こ……わ……」


 ゾルタリウスの教官は、なにかオルテシアに怒鳴った。

 界斗は髪の毛を掴まれているオルテシアを見て、姉の美汐が床に押さえつけられた光景を思い出した。


(もう絶対に、誰もお前たちに殺させない……)


 界斗はきつく歯ぎしりをすると、ゼファレスを限界まで一気に活性化させる。

 そして、硬いポリスチレン球を創成していく。


(まだだ、もっとゼファレスを込めて、あいつが反応できない速度で撃ち出すんだ……)


 ゾルタリウスの教官は気付いていない。界斗はどんどんポリスチレン球にゼファレスを込める。


(くらえ!)


 そして撃ち出した。凄まじい速度で撃ち出されたポリスチレン球は、教官の腹に直撃した。

 ゾルタリウスの教官は、衝撃で店の外壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた。

 それを確認すると、界斗は立ち上がる。


「さ、真田君!」


 オルテシアが泣きながら、界斗にしがみついた。耳鳴りは収まっていた。


「他のみんなは?」


 界斗は、後ろを振り返り確認しようとした。


「やってくれたな……」


 そのとき、もはや怒りを通り越しているであろう、ゾルタリウスの教官の低く沈んだ声が聞こえてきた。

 ゾルタリウスの教官が、起き上がる。


「くっ、くそ……」


 起き上がったゾルタリウスの教官を見て、界斗は苦虫を潰したような表情になった。


「障壁の展開が遅れていたら、内臓がいってたぞ……」


 教官は界斗に凄まじい殺気を放った。そして、若いゾルタリウスたちを一瞥した。


「お前ら、上官たる俺がやられたんだぞ。何をボケっと突っ立っているんだ!」


 ゾルタリウスの教官は怒鳴る。だが、若いゾルタリウスたちは動こうとしなかった。


「なぁ……教官、めちゃくちゃ切れてないか? さすがに、少しぐらい手を貸さないと、ヤバくないか?」


 それどころか、彼らはのんきに相談を始めた。


「あぁ、もういい、わかった。お前たちには特別指導が決定だ。お前たちの趣味は、わかっている。楽しみだ、お前たちが苦悩する姿を見るのが」


 ゾルタリウスの教官は若いゾルタリウスたちの態度に、我慢の限界を迎えた。


「げっ、まじかよ……何をするつもりだよ……」


 若いゾルタリウスたちは、ゲッソリした感じで呟いた。

 それを見ると、ゾルタリウスの教官は首相に突き刺したままになっている剣を取りに行く。

 そして剣を引き抜くと、界斗の方へ近づいていく。


「ソフィスティードさん、離れて」


 近づいてくるゾルタリウスの教官に注意を払いながら、界斗はオルテシアに声を掛ける。


「は、はい」


 オルテシアは界斗から離れると、タニアの所へ向かった。




 お互いゼファレスを滾らせながら、向き合う界斗と教官。


「お前も、あの首相と同じように、直接、剣で殺してやるよ」

「……」


 界斗は無言でゾルタリウスの教官を睨むと、障壁を左手に準備した。


「しかっりしろ、川峯さん!」


 そのとき、ダニエルの叫び声が聞こえてきた。


「おいおい、どうやら、お友達の彼女は、先ほどの爆発で重症みたいだぞ」


 ゾルタリウスの教官が、愉快そうに界斗に笑いかけた。

 琴絵は爆発で吹き飛ばされ、気を失っていた。さらに脇腹から出血している。

 ダニエルとマリアーネが、琴絵の怪我を見て、取り乱していた。

 シスダールの上位であるダニエルでも、さすがに医療の知識は無かった。

 そして界斗も、この状況をどうすればいいか、わからなかった。


(どうすればいいんだ? 川峯さんは重症みたいだし、この教官とか呼ばれているゾルタリウスは、俺より強い……誰か、助けに来てくれないか……)


 界斗はゾルタリウスの教官の動きに注意を払いながら、フェルティフォングに在住しているハンターか誰かが、助けに来ることを期待した。

 だが、誰かが助けに来る気配はない。

 明らかに怖気づいている界斗を見ると、ゾルタリウスの教官は一気に距離を詰め、剣を振り下ろした。

 界斗は振り下ろされた剣を、左手の障壁で防ぐ。間髪入れず、横から切りつけられる。それも障壁で防いだ。


「さすがに、掌の先に展開している障壁は頑丈だな。それに、防御もなかなかしっかりとしている。ゼファレスの扱いは素人だが、立ち回りは経験を積んでいるな……なんだ、お前は?」

「……」


 界斗は、ゾルタリウスの教官の質問には答えない。わざわざ、解放者に所属しているハンターだと、教える気にはならなかった。


「苛つくな……あぁ、マジで苛つくなぁ! やっぱりもう一度、爆裂球で吹き飛ばすか。さっきよりも、威力も高くしてなぁ!」


 ゾルタリウスの教官は大声で叫ぶと、後方に飛び退いて、界斗から距離をとった。

 そして爆裂球の創成を始めた。



    7



 その頃、オルテシアはタニアが吹き飛ばされた店内で、必死にタニアを起こしていた。


「タニアさん、タニアさん、しっかりしてください」


 タニアは壁に叩きつけられた衝撃で気を失っていたが、目立った怪我は見受けられなかった。

 店内に隠れていた店員が、タニアを揺さぶっているオルテシアを眺めている。


「お、お嬢様……?」


 しばらくすると、タニアが目を覚ました。


「状況は?」


 そして、すぐに状況を確認する。


「厳しいです。今は真田君が、あのゾルタリウスの相手をしてくれていますが……」


 タニアが立ち上る。そして自分の目で状況を確認しようと、オルテシアとともに店から出た。


「あれは!」


 オルテシアは再度創成されている爆裂球を見ると、震え出した。

 すぐにタニアは状況を理解する。

 素早く腰のポシェットから、なにか球体を取り出す。そしてそれを、ゾルタリウスの教官目掛けて投げつけた。




 界斗は、ゾルタリウスの教官が創成している爆裂球に注意を払っていたが、教官めがけて球体が飛んでいったため、それを見つめた。またゾルタリウスの教官も、目の前に飛んで来た球体を、思はず見つめた。

 その瞬間、球体が破裂した。そして付近一体を半透明の煙のような何かが覆った。


「なっ、なんだぁ?」


 界斗の視界が分裂した。まるで酷い乱視にかかったように視界がブレ、色も何色にも分離して見えた。


「うっ……」


 いきなりおかしくなった視界に、界斗は気分が悪くなり、吐きそうになった。

 それはゾルタリウスの教官も同じだった。まだ小さな爆裂球を左手の先に創成したまま、右手で口を押え、ぐらりとふらつく。


「真田君、こちらに」


 界斗は囁かれ腕を掴まれると、ふらつく足取りで引っ張られるまま走り出した。



 一同はタニアの先導で、その場を逃げ出した。琴絵はダニエルが抱えている。

 そして路地裏にある店の、さらに裏手にある倉庫に逃げ込んだ。




「はぁはぁ……ゲホゲホ」


 倉庫に入ると、界斗は吐きそうになり咽た。


「さきほどのあれは、何ですか?」

「あれは分光散乱素子でできたマイクロ粒子です。視覚を狂わせ、気分を悪くすることができますが、あのゾルタリウスならば、すぐに調子を取り戻すでしょう」


 ダニエルの質問に、タニアが答えた。


「河峯さんの怪我は……」


 オルテシアが心配そうに琴絵を見る。わき腹から、かなり出血していた。

 タニアは、素早く琴絵の怪我を確認する。


「このままでは、まずいです……命に関わります。出血も酷いですが、おそらく臓器に何かが突き刺さっています」


 脇腹には、血に濡れた金属片らしき物体の先端が見えた。


「一刻も早く病院に連れていき、手術をする必要があります」

「そんな……」


 オルテシアは涙を浮かべる。オルテシアだけではない、マリアーネも泣いていた。

 そしてダニエルは悔しそうに、倉庫の壁を叩いた。

 界斗は、吐き気を我慢しながら体を起こす。


「出てこい、ソフィスティード・オルテシア! 出てこないと、辺り一面吹き飛ばすぞ!」


 そのとき、ゾルタリウスの教官の怒り狂った叫びが、聞こえてきた。

 オルテシアはぎゅっと目をつぶると、震えながら界斗の腕にしがみついた。


「ソフィスティードさん……」


 界斗は、腕にしがみついているオルテシアと、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している琴絵を見る。


(俺がなんとかしないと……)


 界斗は、どうすべきか考え始める。


「無理もないか……」


 そしてダニエルは、界斗にしがみついたオルテシアを見て、呟いた。


「タニアさん、ゾルタリウスは本当に辺り一面吹き飛ばすと思いますか?」


 ダニエルは、タニアに質問をする。


「わかりません。あのゾルタリウスに、頑丈な建物を吹き飛ばせるほどの創成術が使えるのかは……ただ、もし使えるのなら、確実にやるでしょう」


 タニアは一度首を振ると、考えを伝えた。


「そうですか……」


 ダニエルは界斗を見る。


「別れて行動しよう……」


 そしてポツリと呟いた。


「え?」


 界斗とタニアは驚いてダニエルを見る。オルテシアも界斗の腕を離してダニエルを見た。マリアーネも青ざめた表情で、ダニエルを見る。


「俺が囮になる。みんなは、その間に脱出をしてくれ」

「何を言ってるんだ、佐伯君。佐伯君の足が速いのは知ってるけど、相手はゼファレスを使って身体強化をしてくるんだよ」


 界斗はダニエルを止めようとした。


「わかってる。けど、身体強化なら俺もできる。なんとか逃げ切って見せるよ」

「え? そうなの……」


 界斗は驚いてダニエルを見る。そしてダニエルの言ったことが本当かどうか確かめるように、この場で一番物知りなオルテシアを見た。

 オルテシアは、肯定するように頷く。


「運動系の試合で、ゼファレスを使っちゃいけないのは知っているだろ」


 ダニエルが、説明をする。


「そうだね。先月の実技大会でも、そうだったね」

「特に公式の大会では、厳しくてね。だから運動系のクラブでは、身体強化の練習は必須なんだよ。つまり、身体強化をする感覚を掴んで、絶対に身体強化をしないように練習するんだ」

「そうだったんだ……」


 界斗は、一瞬納得しそうになった。


「いや、ダメだ。身体強化ができるからといって、ハンターでない佐伯君に、そんな危ないことを任せられない。俺が行くよ」

「いや、違う。俺のほうが適任だ。いざというときのために、真田君はみんなについていなくてはいけない」


 どちらが囮になるかで、界斗とダニエルは言い合いを始めた。


「認められません。真田君と佐伯君のどちらかでも、囮になるんてことは。このまま、ここに隠れて、やり過ごしましょう」


 オルテシアが界斗とダニエルを順番に見つめながら言う。

 だが、ダニエルは界斗とオルテシアの言うことを無視して、立ち上がった。


「真田君、みんなのことを頼んだぞ」


 界斗はダニエルの服を掴んで、無理やり止めようとした。だが、ダニエルの決意が籠った力強い瞳に見つめられ、すぐに手を引っ込めた。


(姉さんと同じように、また庇われるのか……)


 界斗は自分の不甲斐なさを呪った。


「佐伯君の決意はわかりました……ならば、せめて無理をしないでください。もし掴まりそうになっても、従順にすれば見逃してもらえるかもしれません」


 オルテシアが、心配そうにダニエルを見つめながら言う。


「確かに……」


 ダニエルは、若いゾルタリウスたちの態度を思い出すと、頷いた。


「じゃあ俺が出ていってから、きっかり5分後にここを出て、駐車場へ向かってください」

「……」


 ダニエルはタニアに向かって言う。タニアは無言で頷いた。

 そして倉庫の扉を開け、辺りの様子を慎重にうかがうと、中央通り目掛けて走りだした。



    8



「佐伯君は、無事でしょうか……」


 マリアーネと一緒に苦しそうに呼吸をしている琴絵に寄り添いながら、オルテシアがダニエルの心配をした。


「……」


 界斗は無言だった。そしてタニアも時計を見ながら、中央通りから微かに聞こえてくる音に集中していたため、オルテシアの呟きに答えなかった。

 静寂の中、時間だけが過ぎていく。


「真田君、そろそろ時間です。川峯さんをお願いします」

「わかりました」


 タニアに言われ、界斗は琴絵を抱きかかえようとした。


「待って下さい」


 だがタニアが、鋭く緊張した声で界斗を制止させた。

 近づく足音が微かに聞こえ始めていた。

 緊張が走る。

 そして足音は倉庫の前で止まった。

 界斗とタニアは目配せをする。

 界斗は右手にゼファレスを集中させ、いつでも攻撃できるようにする。

 タニアは、いつでも飛びかかれるように身構えた。

 足音の主は無造作に扉を開けた。タニアが扉を開けた者へ詰め寄った。


「みんな――うわぁ!」


 ダニエルだった。そして目の前に突撃してきたタニアに驚く。

 タニアはダニエルだとわかると、殴りかかった腕を下ろし、ホッとしたように息を吐きだした。


「佐伯君、なぜ……」


 界斗が、ダニエルに戻って来た理由を聞こうとした。


「軍だ、軍が来た! 俺たち、助かったんだ!」


 ダニエルは、顔を綻ばせながら叫んだ。




 琴絵をマリアーネに任せ、界斗とオルテシア、そしてタニアも倉庫から出た。

 上空を見上げる。飛空戦艦が1隻、滞空していた。


「あの紋章は……アスファーリカの国章です。アスファーリカの空軍が来ました!」


 オルテシアが嬉しそうに界斗の手を掴んだ。


「そっか、助かったんだ……けど、奴らは……」


 界斗は上空を見回す。西の方に小さな点となりつつある飛空艇と、それを追跡している飛空戦艦2隻が見えた。ゾルタリウスたちは、アスファーリカ軍が来たため、退却していた。

 ダニエルも空を眺めながら、説明を始めた。


「俺が中央通りに出て奴らを確認してさ、時間を確認して、きっかり5分したら通りに出たんだよ」

「なるほど、それで?」

「で、俺は奴らの注意を引くために、『おい、ゾルタリウス!』て叫んだんだ」

「佐伯君……大胆だね」


 界斗は、ダニエルの大胆さに呆れた。


「あの教官とか呼ばれてた奴がさ、瞬時にゼファレスを活性化させて突撃して来ようとしたんだよ」

「佐伯君、よく無事だったね」

「あぁ、俺もこれはヤバいって思ってさ、身体強化をして逃げようとしたんだけどさ」

「それで?」

「俺と教官との間に、髪の長いゾルタリウスが割って入ってさ」

「髪の長い? そんなゾルタリウスはいたっけ?」


 界斗はオルテシアとタニアを見る。


「いえ、いなかったと思います」


 オルテシアが答え、タニアも頷く。


「私たちが遭遇したゾルタリウス以外にも、来ていたんでしょう」

「そっか、そうですよね……」


(他にもゾルタリウスがいるなんて、考えてもいなかった。もしかしたら大勢のゾルタリウスに囲まれて、逃げられなかった可能性もあったのか……)


 タニアの補足に、界斗は自分の考えの足りなさがわかり、震えた。

 ダニエルもオルテシアも、界斗と同じことを考えたのか、顔色を変えた。

 だがダニエルの表情はすぐに戻り、説明を再開する。


「髪の長いゾルタリウスが教官に何か囁いたんだよ。そしたら教官が『ふざけるな、撤退だと!』って怒鳴ってさ。俺は最初、罠かと思ったけど、髪の長いゾルタリウスが上空を指したんだ。俺もその方向を見たら、小さな点が見えたんだよ。そうしたら教官が『クソ、軍か……お前たち、撤退するぞ』って部下に命令して、俺にかまわずに撤退していった」

「そうだったんだ。なにはともあれ、佐伯君が無事でよかった……」


 界斗たちは、ダニエルの無事と幸運を喜んだ。




 その後、郊外に着陸した飛空戦艦まで、一同は琴絵を抱えて走る。

 飛空戦艦から降りてきたアスファーリカ軍の者と、オルテシアは話しを始めた。

 そして界斗たちはすぐに飛空戦艦へ乗船させられ、琴絵は軍医に緊急手当て受けた。

 さらにある程度負傷者たちを収容すると、飛空戦艦はフェルティフォングより飛び立った。




 飛空戦艦はアスファーリカの首都アンスウェルペの軍病院に着いた。琴絵は真っ先に運び出され、緊急手術を受けた。

 界斗たちも下船すると、病院の待合室で琴絵の手術が終わるの待った。

 一時間後、界斗たちは医者に面談室に呼び出された。


「ご安心ください。無事手術は成功し、縫合とともに治癒術で傷口の接着も行いました。ただ、内蔵まで金属片が刺さっていたため傷が深く、完全に接着できておりません。四条宮の治癒術のようにいかず申し訳ない。私どももソフィスティードのお嬢様のご友人ということで優先しましたが、他にも怪我人はおりますので、ゼファレスを使い切るわけにもいかず……」

「いえ、滅相もありません。私の大切な友人を救ってくださり、ありがとうございました」


 オルテシアとタニアが深々とお辞儀をする。つられるように、界斗、ダニエル、マリアーネもお辞儀をした。


 ここで治癒術について説明すると、傷がなおるまで長々とゼファレスによる治癒を施すことはできない。一般的には、3日おきに5分間の治癒と、目安が設けられている。まず治癒を施すには、麻酔などの神経麻痺、若しくは意識不明状態が必要になる。これは、他人のゼファレスを拒絶するからだ。さらにその状態でも、あるていどの時間しか他人のゼファレスを受け付けず、時間が経つにつれて効率が悪くなり、最終的には完全に拒絶される。個人差はあるが、5分を目安とされていた。そして効率が100%に戻るのに約3日かかる。ゆえに、3日おきに5分の目安とされているのだった。

 つまり四条宮家の者のような高いゼファレスをもつ優秀な治癒術師のように、短時間でどれだけ高いゼファレスをもって効率的になおせるかが重要だった。


 琴絵の容態の説明をした医者が界斗たちに会釈をすると、面談室から退室する。

 その後界斗たちは、琴絵が運ばれた病室に案内された。




「良かったです、河峯さん……」


 輸血を受けながら、静かに眠る琴絵を見ると、オルテシアが安心したように呟いた。

 そして自分たちはどうするか、相談を始める。


「今日はこの後、どうする?」


 まずはダニエルが、界斗たち3人を見渡して口を開いた。


「そうですね……近くのホテルに部屋をとりますか……」


 オルテシアが考え始めると、病室にタニアがやってきた。


「お嬢様、戻りました」

「タニアさん、怪我の具合は?」


 タニアも、ゾルタリウスの教官に蹴り飛ばされたお腹を、医者に見てもらっていた。


「少し肋骨にヒビが入っているだけで、大丈夫です」


 タニアが、オルテシアを安心させるように頷いた。


「わかりました。けど、無茶はしないでください。もし痛むようでしたら、休んでください」

「お心遣い、ありがとうございます。けど、大丈夫です」

「わかりました。タニアさんの判断に任せます」


 そして再び、今晩泊る場所について考える。


「この病院って、泊まれないのかな?」


 ダニエルが提案する。


「そうですね……聞いてみましょう」


 琴絵の病室を出ると、一同は受付へ向かった。




 オルテシアが受付の女性に、泊まれるかどうか聞いている。少し交渉すると、緊急時用の来訪者向けの宿泊室をかしてくれることとなり、界斗たちはそこに宿泊することにした。




 次の日の朝早くから、タニアはソフィスティード本家への連絡と今後の相談をするために、オルテシアの傍らを離れて行動していた。

 界斗たちは朝食を済ませると、琴絵の病室に向かった。




「河峯さん、目覚めたんですね!」


 病室の扉を開けると、オルテシアが弾んだ声を上げた。

 琴絵は朝食を食べていた。輸血は外され、栄養剤かなにかの点滴に替わっている。


「みんな……私のせいで心配かけてごめん……」


 琴絵は界斗たちを見ると、謝った。


「そんな……川峯さんは悪くありません。悪いのはゾルタリウスです」

「そうだ。川峯さんは被害者なんだから……」

「違うの……」

「河峯さん?」


 琴絵は界斗の顔を見ると口籠った。だが、結局は話し始めた。


「私、真田君のゼファレスを信じ切れなかった……私、距離が離れていたでしょ。だから間に合うかどうかわからなかったし、それに間に合ったとしても、真田君の障壁で防げなかったらって考えた。そして思い出したの……4月に定食屋で占ってもらった内容を……」

「あの占いか……」

「だから行動するのが遅れた……私以外は、みんな無事だったのに……私ってバカだ……」


 琴絵が俯く。


「違う……」


 界斗が呟いた。


「真田君?」

「俺がいけないんだ……もっと完璧に防げていれば、こんなことにはならなかった。河峯さんだけでなく、みんなを痛い目に合わせてしまった……」


 界斗も俯いた。


「真田君、それはゼファレス粒子の特性上、難しいよ……」


 逆に琴絵が顔を上げると、界斗を励ますように声をかけた。


「そうです。ゼファレス粒子の霧散速度を考えると、自分を守ることには向いていますが、広範囲を、多数を守ることには向いていません」


 オルテシアも琴絵の考えに同意して、界斗を励ました。

「いや……俺はハンターなんだ。なのに……」


 界斗は拳を握りしめた。


「真田君、私がこうしてみんなと一緒にいられるのは、真田君のおかげです。そんなふうに、自分卑下しないでください……」


 オルテシアが、界斗を真っすぐ見つめた。


「そうだぞ。真田君は、またしても俺たちの命を救ってくれたんだから。もちろんタニアさんも」


 ダニエルが界斗の肩を叩く。さらにタニアお辞儀をした。


「佐伯君、ソフィスティードさん……」


 界斗が顔を上げダニエルとオルテシアを見る。さらにマリアーネも見た。

 あまりの恐怖で気分が悪くなっているのか、昨日から青い顔色をしているマリアーネも頷いた。


「とにかく、みんな生きてここにいるんだから、辛気臭いのはやめようぜ」


 そしてダニエルが、辛気臭くなった空気を払うように、明るく全員に声をかけた。



 その後、琴絵の手術をした担当医がやってきて、再度琴絵の容体について説明を受ける。そして午後の検査で良好だったため、寝たままの移動なら許可が下りた。

 寝たままの移動なら可能とわかると、オルテシアが本社と掛け合い、ソフィスティード社の飛空艇を手配した。

 そして翌日、ソフィスティードの本社があるオスファールの首都より、ソフィスティード社の飛空艇がアスファーリカの飛行場に到着し、琴絵はベッドに寝かされたまま、界斗たちとともにウクテルへと戻った。

 フェルティフォングの別荘においてきた荷物は、前日の午後にタニアが戻って回収していたため、界斗たちは荷物もウクテルに持って帰ることができた。

 そしてウクテルに戻ると、念のためにと琴絵は再び病院に入院する。

 それを見届けると界斗は寮に戻り、オルテシアたちはそれぞれの家に帰った。




 ダニエルは家に着くと、ゾルタリウスがとった不可解な行動を思い出した。


(あの髪の長いゾルタリウスは、なんで俺にお辞儀をしたんだろう……)


 髪の長いゾルタリウスが去り際に、ダニエルに対して丁寧にお辞儀をしたことが理解できなかった。



    9



 夏休みの最終日、界斗は報告書を書いていた。任務ではないが、フェルティフォングでゾルタリウスと戦闘を行ったということで、報告書を書くようにアミリエに言われたからだ。

 昼になると、ルイバンはガリウスと出かけていたため、界斗は一人で食堂に向かった。


 食堂のカウンターで料理が来るのを待っていると、セリアが厨房の奥で作業をしているのが見えた。

 レストラン、レ・グラールガルエは、明日から解放者の食堂で料理を提供するため、前日である今日から、準備のために厨房へ出入りしていた。

 真面目に働いているセリアを眺めると、界斗は昼食がのったトレーを持って二階に上がった。




 この日は、奈美恵やフィアリス、依琳、藍香も解放者に訓練のために来ていた。

 彼女たちは、昼食を食べながら、それぞれの夏休みについて話し始める。


「奈美恵さんは、どこか旅行に行ったんですか?」


 藍香が聞く。


「今年は父親が休みを取れなくてね。家族旅行には行かなかったわ。けど、水捷流の大会があったから、お隣のタールダームの首都ベルダスに行ってきたわ」

「いいですね。プチ旅行じゃないですか。で、結果はどうだったんですか?」

「20未満女子の部で、準優勝したわよ。決勝の相手が年上で、ベルダスの道場の師範の娘さんなの。その人は昔から強くてね。まだ一度も勝てたことがないのよ」

「それは、残念ですね。いつか、勝てるといいですね」

「そうね。そういう藍香は、どうだったの?」

「私のお父さんは、任務でずっと家にいなかったので、奈美恵さんと同じく、どこにも旅行に行けてません。今年は本当にあの研究所の任務だけですよ。アラミードから出たのは……」

「藍香、残念だったね」


 フィアリスが藍香を慰めた。


「フィアリスは、どうなの?」

「私は……いいことがあったんだ……」


 フィアリスの顔がニヤけた。


「ルイ君と、旅行に行ってきた」


 そして、嬉しそうに言う。


「はぁ? まさかフィアリス、ルイバン君としたの!」


 依琳が驚いたように声をあげた。


「へ? ちょっ、ちょっと、ここ食堂なのよ。それにあのときと同じことを言わせないでよ」

「あ、ごめん。つい……」

「もう、依琳たら……だから親もいたんだって……」


 フィアリスが呆れたように依琳を見た。


「そういう依琳は?」

「私は、連れていかれた……」

「は? 連れていかれた? 行ったじゃなくて?」

「そう、連れていかれた。行きたくなかったのに……劉家の集まりで無理やり……」

「そ、それは大変だったね……」


 藍香が同情するように声をかけた。


「ところで、明日から楽しみね」


 奈美恵が話題を変えた。


「なにがですか?」


 フィアリスが聞く。


「ほら、食堂のテナントがレ・グラールガルエに替わるでしょ」

「どうなんですかね? 私はそこまで期待していませんけど」

「そう? グラールガルエのメニューや評判を見る限りでは、期待できそうじゃない?」

「いえいえ、ここはクランの食堂ですよ。そんな高級料理が出てくるわけないじゃないですか?」


 フィアリスは期待していなさそうだった。依琳も頷いている。


「奈美恵さんがそこまで言うなら、グラールガルエについて、ネットで見てみますか」


 だがフィアリスは、携帯を取り出すと見始めた。


「さて、グラールガルエの評価は……」


 フィアリスは携帯を操作してSNSでグラールガルエの評判を探し始める。


「ボチャ!」


 フィアリスの携帯が、スープの中に落ちた。


「フィアリス、何やってるの、まったく……」


 奈美恵が苦笑いを浮かべながら、フィアリスに声をかける。


「……」


 だが、フィアリスは無言で固まっていた。


「どうしたの、フィアリス?」


 依琳が、固まっているフィアリスの眼前で手を振る。

 フィアリスの顔から一気に血の気が引き、青ざめ、震え始めた。


「フィアリス!」


 奈美恵が、フィアリスの肩を叩いた。

 フィアリスは呆然と奈美恵を見たが、すぐに我に返ると叫んだ。


「嘘、嘘、うそぉぉぉ!」


 席から勢いよく立ち上がると、壁際に置いてあるテレビにダッシュする。

 リモコンを操作して、チャンネルを変えていく。

 そして、テロップが流れている番組で止めた。


【13時より、セフィリアリリス、緊急謝罪会見】


 奈美恵たちは尋常ではないフィアリスの態度に、嫌な予感を感じてテレビの前に集まった。

 他の職員たちも、なにごとかとテレビの前に集まった。


「何の騒ぎ?」


 アミリエが、フィビリアとともに奈美恵の近くにやってきた。


「いえ、フィアリスが……」


 奈美恵は、テレビの前に立ち尽くしているフィアリスを見た。


「皆さん、何を集まっているんですか?」


 界斗もやってきて、アミリエに聞いた。


「さぁ……フィアリスちゃんが、何か騒いだらしいわね」

「そうですか……」


 界斗は興味がわかなかったが、とりあえず離れて様子を見ることにした。

 13時になると、司会者が登場した。


「これより、昨日起きましたセフィリア・リリス、リーダー、ホルデイック・アイリーセの殺害を受けまして、救世騎士団ゾルタリウスへの謝罪会見を行います。彼女は昨日、エステット国首都ヂュックルでの番組出演の後、ホテルに滞在していましたが、彼女の部屋から出火、焼死体で発見されました。壁にはゾルタリウスの紋章が描かれていました。また、現在放送中のハンタードラマの放送中止を求めて、以前からゾルタリウスより事務所並びにテレビ局に脅迫文が届いていました。このことを受け、テレビ局側はドラマの放送を中止するとともに、これより緊急謝罪会見をします」

「はぁ!?」


 職員の誰かが素っ頓狂な声を上げた。

 それを皮切りに騒ぎが起こる。

 自分の携帯を取り出して、ニュースを確認している者もいる。

 界斗も今月に買ったばかりの携帯を取り出して、ニュースを確認し始めた。



――時間を昨日の夜まで遡る。

 アイドルグループ、セフィリア・リリスのリーダー、ホルデイック・アイリーセはトーク番組が終了すると、マネージャーとともにホテルに宿泊した。この収録は単独での仕事だった。


「明日で夏休みも終了か……」


 アイリーセは16歳、高校2年生だった。

 シャワーを浴びた後、椅子に座り髪の毛を乾かしながら、もう終わってしまう夏休みを残念に思った。


「今年は忙しすぎて遊べなかったな……私もフィアリスちゃんみたいに、アイドル辞めれば自由に遊べるのにな……」


 8月の中旬にウクテルのイベントで再会したフィアリスが、解放者の仲間を楽しそうに紹介してくれたことを思い出した。


「だけど、それはダメか……」


 アイリーセは、一人のファンの姿を思い浮かべた。


「彼に会えなくなっちゃう……」


 ドライヤーを置く。


「さて、残りの課題のレポートを書いちゃわないと……」


 学校から夏休みの課題が出ていた。

 椅子から立ち上がろうとしたその瞬間、電気が消えた。


「え? やだ、停電……ちゃんとしたホテルなのに……」


 目の前のテーブルに置いておいた携帯を手に取る。そしてマネージャーを呼ぼうとしたとき、後ろに誰かいることがわかった。


「だ――」


 振り返ったアイリーセは、口を塞がれた。ゾルタリウスの仮面を見ると驚愕に目を見開いた。


(ゾルタリウス……そんな……事務所の社長が大丈夫って言うから、ドラマの話を受けたのに……)


 アイリーセは高校生ながらも、ゾルタリウスのことは甘くは見ていなかった。ドラマ出演の話が来たとき、一度断っていた。リーダーとしてテロリストから狙われる可能性がある仕事をメンバーにさせたくはなかった。だが、事務所に説得されて、仕方なく引き受けた。

 脅迫文が来たときも、散々中止するようにお願いしたが、結局、聞き入られなかった。


(あぁ……最悪の予想が当たっちゃった……)


 アイリーセはベッドに押し倒された。携帯の光を反射しゾルタリウスが手にもつ小剣が煌めいた。

 彼女の瞳に、振り下ろされる刃が映った……




――謝罪会見の司会者が一礼して席を立つ。その後、少し時間が経つと、泣きはらした顔のセフィリアリリスのメンバー4人と、ドラマの制作会社社長、テレビ局社長など、総勢10名が登場した。


「この度は、私共の制作したドラマにより、救世騎士団ゾルタリウスの方々に大変不快な思いをさせてしまいました。ここにドラマの放送を中止し、さらにセフィリアリリスの活動を停止することを持って、ゾルタリウスの皆様に謝罪いたします」


 全員が頭を下げた。


「ここにいるセフィリア・リリスのメンバーは皆、まだ学生です。どうかこれ以上、若い彼女たちを傷つけないようお願いいたします」


 事務所の社長が、テレビ越しにゾルタリウスにお願いをした。


「これで満足ですよね! あなたたちは、たかだかドラマの中止のために少女を手にかけて恥ずかしくないのですか!」


 テレビ局の役員らしき一人の男が叫んだ。この男はそのまま引きづられるように退出した。




 テレビを見ている界斗の瞳が、怒りに染まった。

 2週間前のイベント警備のとき、フィアリスの紹介で知り合ったばかりのアイリーセの死を知り、つい先日、別荘で、思いがけないゾルタリウスと邂逅したことも相まって、激しい怒りに囚われた。


(ゾルタリウス……絶対に……許さない……)


 界斗は胸が苦しくなりながらも、心の奥底から湧きあがる怒りを抑えきれなかった。




 この事件と謝罪会見は、瞬く間に世界中のセフィリア・リリスのファンの間に広まる。そして一部のファンが、ゾルタリウスに対する過激な挑発や『ゾルタリウスを探せ』などとネットで煽り、暴走した。この後、1万人以上のセフィリア・リリスのファンがゾルタリウスによって暗殺されることとなる。


 湖畔の別荘地フェルティフォング襲撃事件とセフィリア・リリス、リーダー殺害事件によって、夏休み最後の一週間は血に彩られた一週間となった。

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