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3章、第2話 アスラン、ウクテルに帰ってくる (約31,000文字)



    1



 界斗はウクテルに戻った次の日、解放者の幹部室で初めての報告書作成に挑んでいた。あらかじめ書くべき内容を一覧にて渡されていた。項目は全部で10項目ある。

 だが、何せ数日にわたって行われた防衛任務であり、色々なことがあったため、どうまとめて書いていいかわからなかった。


「研究所魔獣襲撃時の所感と防衛における反省点を書けって言われてもなぁ……俺は言われたとおりに動いていただけだし」


 書くべき一覧の中の一つの項目を見て、ゲッソリする。

 界斗はあのとき、ただ言われたとおりに魔獣を倒すことしか考えていなかった。作戦や戦闘における流れ、戦況、戦場の全体像など考えもしていない。

 研究所の爆発も、ハンターに多数の死傷者が出たことも、自分ではどうしようもなかったことだと思っている。


「そもそも、ああいう配置にした責任者の人がいけないんだよな……つまり、責任者の人がダメだったと書けばいいのか? そんなことを書いていいわけないよな……」


 報告書を書くためにパソコンと向き合ってから、かれこれ30分以上経っている。まだ、なにも書けていなかった。

 界斗は席を立った。少し離れたところにある、ルイバンのデスクへと歩いていく。


「ルイ君、書けた? よかったら、教えて欲しいんだけど……」


 幹部室は個人スペースが確保されている。ルイバンのスペースの入り口に立って声をかけた。


「界斗さん、すみません、僕もまだです。実は僕も、報告書を書くのは初めてなんです」


 ルイバンは振り返りながら返事をした。


「え、そうなの?」

「幹部になったのは、界斗さんと同じタイミングですからね。今までは、ダンソートさんや一緒のチームにいた上級の人に書いてもらっていましたから……」

「そうなんだ。ちなみに、どれくらい書けた?」

「まだ、2つの項目だけです」

「え! もう2つも書けたの……俺なんか、まだ何も書けていないよ」

「一応僕はハンター歴が長いですし、あの戦いでは色々考えさせられましたから……今春にハンターになったばかりの界斗さんが、悩むのは仕方ないですよ。難しく考えずに、まずは書き始めてみるといいと思います」

「そっか、まずは頑張って書き始めてみるよ」

「そうですね。頑張って、今日中に終わらせましょう」


 ルイバンがパソコンと向き合うと、界斗も自分のデスクへと戻った。


「取り合えずルイ君の言うとおりに、まずは思った事を書いてみるか」


 あれこれ深く考えずに界斗は報告書を書き始めた。

 それからさらに30分後……界斗の集中は切れた。


「あ~、何も浮かばない……」


 界斗はパソコンを弄りながらだらけはじめる。幸い、隣のガリウスはいない。それどころか、幹部室には界斗とルイバンしかいなかった。

 仕切りで個人スペースが確保されているとはいえ、完全個室ではない。だから誰かが来れば、すぐにだらけているところを見られてしまうのだが、誰も来ることはなかった。


「あれ? メールが来てる……誰だろう?」


 メールが来ている事に気付くと早速確認を始めた。


「お、佐伯君からだ。後は知らないアドレスだな」


 まずはダニエルのメールを開いた。


(遊びの誘いかな?)


 夏休みだからと、界斗はちょっと遊ぶことを期待してメールを読み始めた。


「なんだ、ソフィスティードさんにメールアドレスを教えたという連絡だけか」


 オルテシアに聞かれ、ダニエルが界斗のアドレスを教えたという連絡だった。


「ということは、この知らないアドレスがソフィスティードさんのアドレスか……件名も別荘の件と書いてあるし……」


 界斗は早速、オルテシアからのメールを確認した。


「別荘に行くのは延期か……ソフィスティードさんも忙しいだろうから、仕方ないよな。なんたって、大企業のお嬢様なんだから」


 そこには外せない会社の用事が入り、8月上旬の予定は無理になったこと。変更は下旬辺りでも大丈夫かどうか。そして、謝罪がオルテシアらしい丁寧な文で書かれていた。


「アスランが帰ってくるし、その後、立て続けに別荘に行くのも大変そうだから、丁度よかったかな。防衛任務も大変だったし……ちょっと、ゆっくりしたい」


 界斗はオルテシアに、土曜日は巡視任務があるからそれ以外ならばと、返信をした。

 界斗は残りのメールを確認する。


「この件名は、もしかして院長先生かな?」


 界斗は先日孤児院に行ったときに、このメールアドレスを院長に教えていた。


「アスランが帰ってくるのは、あさっての土曜か……残念、その日は巡視だな。俺が行けるとしたら日曜か、あれ? 日曜の訓練って、どうするんだ? 休んでいいのかな?」


 界斗は早速ハミルトとガリウスに、日曜日の訓練を休んでいいかどうかのメールを送った。

 そして、再び報告書の書くべき内容一覧を見ながら悩み始めた。




 界斗は昼になるとルイバンと2人で食堂で昼食を食べた。ルイバンがいるから、いつものようにフィアリスが現れるのかとちょっと身構えていたが、フィアリスどころか奈美恵や依琳、藍香さえ来なかった。


「ルイ君、レイノールさんは?」

「え? フィアリスがどうかしたんですか?」

「いや、今日は来ないなって思って……」

「いくらなんでも、彼女の予定をすべて把握しているわけないじゃないですか」

「そうだよね」

「先日の任務は大変でしたからね。さすがに、今日は訓練には来ないと思いますよ。家で勉強しているか、友達と遊んでいるんじゃないですかね。僕は今日は報告書で忙しいと、連絡しておいたので」


 界斗とルイバンは昼食を済ませると、それぞれ昼休みを取る。

 そして、報告書の作成を再開した。

 的確な報告書にはほど遠く、高校生らしい感想文みたいな報告書をなんとか書き進めていると、ハミルトからメールの返信が来た。


「夏休みだから、日曜日の訓練にこだわる必要は無いか」


 ハミルトは『自由に訓練の予定を立てていい』と、返信してきた。そして予定が合えば、訓練の監督をしてくれるらしい。

 界斗は早速院長に、日曜に孤児院に行くと返信をした。

 そして気合を入れて、報告書を何とか書き上げた。

 書き終えると、すぐに報告書をハミルトにメールで送る。

 時刻は夕方になっていた。基本的に界斗たち学生組は、本部出勤のときは17時までの勤務になっている。


「ルイ君、17時過ぎたよ。寮に戻ろう」

「そうですね」

「クロイツェラさん、東宝院さん、お疲れ様です」


 午後から幹部室にやってきたリファールと絵美菜に2人は挨拶すると、寮に戻った。

 ハミルトに送った報告書は真っ赤に添削されて戻ってきたことを、界斗は気が付かなかった。




 界斗は次の日、午前中に軽い体力トレーニングとゼファレスの訓練だけをすると、午後に外出した。

 目的は、孤児院に何か差し入れとして持っていく物を買うためだ。


「夏らしく花火でも買っていくかな」


 折角だからと、中央ターミナルまでバスで移動し、繁華街を歩いて見て回る。

 夏休みだからか、混雑している通りを1人で歩く。

 店先で売られていた夏らしい涼やかなフルーツのドリンクを購入し、それを片手に飲みながらさらに歩いて花火を探す。

 少し大きめのデパートに入ると、夏の特集コーナーが組まれていて、そこにあった花火セットを購入した。

 花火を購入すると、昼食をこじんまりとした空いているレストランで済ませ、寮に戻った。



    2



 巡視日の土曜日になった。


「雨か……巡視の日に雨が降るのは初めてだな……どうするんだろう? 中止かな?」


 界斗はベッドから起き上がると、外から雨音が聞こえてきたため、どうするか悩んだ。

 朝食を取ると、シャツと解放者のベストに着替えを済ませ、ハミルトがいる上級の居室へと向かった。


「失礼します。ディンクさん、いますか?」


 界斗は今まで上級の居室に来たことは無い。丁寧にノックをすると扉を開け、中に声をかけた。


「真田君、出発の時間には早いね。どうしたのかな?」


 ハミルトが席から立ち上がり、すぐにやってきた。


「結構な雨が降っているじゃないですか。巡視に行くのかなと、思いまして」

「余程の大雨じゃない限り、いつもどおり行うよ。時間になったら、駐車場に来て」

「わかりました」


 界斗は一度寮に戻った。

 時間まで、自室で外を眺めた。


「アスランは雨の中、帰ってくるのか。大変だな。けど、列車だし雨は関係ないか。それにウクテルに着くのは、夕方になるんだっけ。その頃には、止んでいるかもな……」


 時間になると、界斗は自分のバックパックに冷蔵庫で冷やしておいたボトル飲料を何本か放り込む。そして寮を後にした。




 ヴォルハー村に着くと、ハミルトはいつもどおりに車を村長宅に停める。界斗は車から降りると、支給されたレインコートを羽織った。


「あれ? 暑くない……なんだか、着ているほうが涼しいですね」


 界斗は、夏にレインコートを着るなんて暑くて嫌だなと思ったが、暑くなかったため驚いた。


「内生地に、冷却石の粉末が織り込まれているからね」

「なるほど、だから涼しいんですね」

「ちなみに、これの消費ゼファレス源は自分自身だから。消費されるのは微々たるものだけど」

「これは、冷却石の容量を超えたらどうするんですか?」

「これの内生地は着脱式だし、メーカーとの保守契約だからね。定期的に交換されているんだよ」

「なるほど」

「それから、ゼファレスでコートの内側の空気を操作すれば、さらに涼しくなるよ」

「それいいですね。やってみます」


 全員が準備を終えると巡視を開始した。




 界斗たちは、いつもどおりの2人組に別れて、巡視を始める。

 結構な雨が降っているため、農作業をしている者は1人もいなかった。

 界斗はハミルトと並んで歩きながら、コートの内側だけ緩やかに空気を動かす練習をしていた。

 そして交通局の道路管理事務所まで、魔獣に遭遇することなく進んだ。


「こんにちは」


 ハミルトは挨拶をしながら、事務所の扉を開けた。


「ディンク君、お疲れ様、雨の中の見回りは、大変だな」


 ゼミルがハミルトに声をかける。


「ほんと大変ですよ。雨の日に当たってしまうとは」


 ハミルトはコートを脱ぎながら返事をする。

 界斗も同じようにコートを脱ぐ。ハミルトがコート掛けにコートを掛けたのを見ると、同じようにコートを掛けた。


「今日はゼミルさん、1人ですか?」

「いや、2階に上森ちゃんがいる。他の奴は出払っているがな」


 どうやらまだ上森は、ゼミルから”ちゃん”付けで呼ばれているみたいだ。

 その後、アンジェと藍香、さらに依琳と奈美恵もやって来ると、全員で席に着いて休み始めた。


「雨の中での戦闘は、嫌だな」

「そうだね。犬さんが来ないといいね」


 依琳と藍香が雑談を始める。


「ヴァイゼフさんは、夏休みはどうするの?」


 界斗がふと奈美恵に声をかけた。


「え、私の予定?」


 急に話題を振られて、奈美恵が驚いて界斗を見る。


「もしかして真田君、デートの誘いかしら」


 アンジェが冷やかすように界斗を見た。


「ち、違いますよ。何となく聞いただけですよ」

「真田君ダメだぞ。誘う時にはぐらかしては」


 ゼミルが茶化すように腕組みをしながら界斗を見た。


「ちょっとゼミルさんまで……私と真田君はそんな関係ではないですよ」


 奈美恵が非難がましくゼミルを見た。


「残念だな、真田君」

「いや、本当に何となく聞いただけなんですが……」


 界斗は慌てたように、もう一度言った。奈美恵もひたすら頷いている。


「ふ~ん」


 そんな界斗と奈美恵を、依琳は面白くなさそうに見た。




「ゼミルさん来てください!」


 その後もしばらく恋愛ごとの雑談をしていると、2階から上森がゼミルを呼びに来た。


「なんだよ、話が面白くなってきたところなのに」


 ゼミルはぶつぶつと文句を呟くと、仕方なさそうに2階に上がっていった。

 そして、すぐに降りてきた。緩んでいた表情が引き締まった表情に変わっていた。


「どうしたんですか?」


 ハミルトがゼミルの表情の変化に気付いて声をかける。


「来やがった。魔獣も雨の中、ご苦労なことだ」


 ゼミルはそのまま外に向かう。


「俺たちも行こう」


 ハミルトに促されて界斗たちも外に出た。




 雨の中、道路の先に影が見えた。影は3つある。どうやら3体いるみたいだ。


「2体こっちでもちますよ」


 ハミルトがゼミルに声をかけた。


「済まない、助かる」


 ゼミルが剣を抜きながら返事をする。


「1体は俺がやるから、もう1体は真田君に任せていいかな?」

「わかりました」

「おいおい、大丈夫か? この雨だぞ? 火球では厳しいだろ」


 ゼミルが驚いて、ハミルトを見た。


「やります。試したい方法もあるので」


 界斗はゼミルを見据えると、返事をした。


「そうか。では、以前と比べてどれほど成長したか、見せてもらおう」

「はい、頑張ります」


 界斗は初めて、雨の中での戦闘に臨むこととなった。




 犬もどき3匹がゆっくりと近づいて来る。

 ハミルトも剣を抜いた。

 界斗は両手にゼファレスを集中し始める。

 真っ先にゼミルが動き、1匹の犬もどきに斬りかかる。

 ハミルトも別の1匹の前に立ちふさがった。

 界斗は残りの犬もどきを見据えると、犬もどきがハミルトたちに向かって動き出すよりも先に水球を撃ち出した。

 大雨で視界が悪く視認しづらいはずの水球を、犬もどきは軽々と跳んで躱した。

 だが、界斗は焦らない。この水球は犬もどきの注意を自分へ引くためだった。

 犬もどきと界斗が睨み合う。

 そうしている間に、すぐさまハミルトが自分が受け持った犬もどきを切り伏せた。

 その後少し遅れて、ゼミルも犬もどきを蹴り飛ばし態勢を崩したところに詰め寄ると、腹を突き刺す。

 仲間の2匹がやられたことを確認した犬もどきは、吠えると界斗に襲い掛かった。

 界斗は、すぐさま左手で障壁を展開する。

 犬もどきは障壁に衝突し、もんどりうった。

 界斗は倒れた犬もどきに接近する。犬もどきは立ち上がったが、その瞬間、空中で張り付けになった。


「なんだ?」


 僅かに宙に浮かびながら、見事に腹を見せて万歳している犬もどき。

 界斗は目の前の犬もどきに、両手を向けて集中している。

 犬もどきは身動きが取れないのか、身じろぎ一つしない。


「……」


 全員が犬もどきに注目した。これから何が起こるのであろうと……

 雨がさんさんと降り続け、一同を濡らしていく。

 そして何も起こらなかった。


「おいおい、何がしたいんだ。犬のストリップショーなんて見たくもないぞ」


 ゼミルが眉をひそめながら声を張り上げた。


「いえ、今すぐに―」


 界斗が何かを言いかけた瞬間、奈美恵が剣を抜いて宙に浮かぶ犬もどきの横に立った。

 そして、浮かぶ犬もどきを一目観察すると、脳天に剣を突き刺した。


「あっ……」


 界斗は声を上げ、奈美恵を見る。


「……ヴァイゼフさん、ありがとう」


 そして少し残念そうに、お礼を言った。


「いえ、どういたしまして」


 奈美恵は返事をすると、剣をしまう。

 宙に浮かんでいた犬もどきの死体が、音を立てて地面に落ちた。




「タオルをどうぞ」

 犬もどきの死骸を道路脇に退け事務所に戻ると、上森がタオルを人数分用意していた。

 濡れた髪などを拭きながら、めいめい物体操作で空気を操作し風を吹かせて濡れた箇所を乾かしていく。


「真田君、さっきの犬もどきの空中への張り付けは、どうやったの?」


 巡視任務の度に交通局の事務所で顔を会わせるうちに、上森は界斗を君付けで呼ぶようになっていた。


「あれは障壁で挟んだんです」

「凄い、さすが……私ではそのようにゼファレス粒子を扱えない……」

「確かにな、俺にも難しい。やはり一国の頂点にいる者は違うということだな」


 ゼミルも上森に同意すると界斗を見た。


「え? もしかしてゼミルさんも動画見たんですか?」

「あぁ、国主の息子さんとの決闘の動画だろ。上森がはしゃいで見せてきたぞ」

「上森さん……」


 界斗が非難がましく上森を見る。


「ごめんね。毎週のように顔を会わせている真田君が、あそこまで凄かったなんて驚いたから、つい広めたくなって……事務所のみんなに広めちゃった」

「げっ、ここでもまた弄られるのか……」

「ごめんごめん、けど安心して。動画はもう削除されて残ってないから」

「しかたないですね。別にいいですよ。けどヴァイゼフさんの言うとおり、本当に削除されたんだ」


 界斗は奈美恵を見る。


「それはそうよ。シスダールだし。だてに世界的な学力校ではないわ」

「ところで、真田君は障壁で挟んだ後、どうしようとしたんだい?」


 ハミルトが髪を乾かしながら聞いた。


「挟んでプレスしようとしたんです」

「プレスって……」

「はぁ……そんなことだろうと思ったわ」


 ハミルトは呆れ、奈美恵もため息をついた。


「あれ? いい考えじゃなかった?」

「あんなふうに全身を潰そうとしたら、結構な力が必要よ。物体にかけた力は相手に及ぼすとき、接触している表面積で分散させられるから」

「あ……つまり潰そうとする面積が広いほど力が必要……」

「そういうこと。それに真田君は正面に立っていたでしょ。立ち位置も悪いわね。あれでは、自分の方に飛んでこないように2枚の障壁の力のバランスに気を遣わないといけないでしょ」

「そうなんだよね。挟んで気付いたんだけど、奥の方の障壁の力加減に結構気を取られたんだよね」

「あの方法を取るなら、障壁を小さくして首だけ押し潰すほうがいいわね。それなら犬もどきごときの首は、真田君のゼファレスなら瞬時に潰せるはずよ」

「そっか、今度試してみるよ」

「けどヴァイゼフさん、よく真田君がやろうとしたことがわかったね? あのように察して、すぐさまサポートすることは、中々難しいよ」


 ハミルトが、どこか意味深で勘ぐる表情で奈美恵に聞いた。


「この前の任務のとき、真田君がゲラダンを障壁で押さえつけたことを藍香から聞いていたんです。それでなんとなくわかったんです」

「え? そうなんだ……俺も報告書で読んだけど、真田君がそんなことをするとは思いつかなかった」


 ハミルトは返答を聞くと、奈美恵の心を見透かすようにまじまじと見つめた。


「ディ、ディンクさん……なんですか?」


 見つめられて、奈美恵はたじろいだ。


「おいおい、本当はできているんじゃないか、あの2人」


 ゼミルがハミルトに囁いた。


「解放者の規則では、職員同士の恋愛は報告することになってます。真面目なヴァイゼフさんだから、規則を破ってこっそりとなんてことは無いと思うのですが……」

「そうか……そうなると、あれだな、時間の問題か?」


 ゼミルの一言に、ハミルトは苦笑した。


「何それ……」


 2人の側にいたため、唯一ゼミルとハミルトのこの会話が聞こえた依琳は、面白くなさそうに呟いた。


 その後、上森が出してきたお菓子を食べながら小休止をすると、界斗たちは事務所を出て、再び雨の中、巡視を再開した。

 その後は犬もどきに出くわすことなく夕方に巡視を終え、解放者の本部へと戻った。




 界斗は幹部室の自分のデスクに戻ると、メールを確認した。ハミルトから報告書の修正点をメールしたと言われたからだ。


「げ、こんなに直すのか……」


 余りにもあれこれ書き込まれた修正点に、嫌気がさす。


「今日はもう18時を過ぎてるし……明日は孤児院に行くから、月曜日に直すしかないか……あれ?」


 界斗は院長からメールが来ていることに気付いた。


「アスランは無事にウクテルに着いたのか。バーベキューは明日の昼からか……じゃあ11時ぐらいに行くかな。準備を手伝わないのも悪いよな」


 アスランが孤児院に着いたとの連絡だった。それを確認すると、パソコンの電源を落とす。


「お疲れ様です」


 界斗は幹部室にいたリファールとデュセリオに挨拶をすると、寮に戻った。その頃には雨は止んでいた。



    3



 次の日、界斗は朝食を取ると、軽くゼファレスの訓練をする。そして時間になると、用意した花火を持って孤児院へと向かった。


「4ヵ月ぶりか……」


 以前は毎日顔を会わせていたアスランと4ヵ月ぶりに会うかと思うと、なんだか照れ臭かった。


「アスランは変わったかな? 変わっていたら、お前変わったなとか言うべきかな?」


 まずは何て声をかけるか、あれこれ考えながら孤児院に向かった。




 バスを降り、孤児院が近づくと、庭から騒がしい声が聞こえてきた。その中には、どうやら男の大人が数人いるみたいだ。


「なんだ? 騒ぎながら準備でもしているのか? それに院長たち以外に、男の大人の人がいるみたいな……」


 界斗は孤児院の門の前に立つと、中を見た。

 界斗より年上の男たちが、何人かいた。


「え? まさか、卒業した年長の人たちも来ているのか?」


 昔からある孤児院だから、界斗より年長の者たちも当然いた。

 界斗が遊んでもらったことのある年長者が、3人ほど来ていた。


「界斗か?」


 門から年長者の姿を確認して誰だか思い出していると、後ろから声をかけられた。アスランの声だった。

 界斗が振り向くと、セリアと男が立っていた。どうやらジュースを買ってきたらしく袋を持っている。


「やあ、セリア、それに……アスラン?」


 界斗はアスランを見て首を傾げた。声はアスランだ。だが……


「ああ、俺だ。界斗、なんだか雰囲気変わったな」

「はぁ!? アスランのほうが変わりすぎだろ!」


 アスランはすっかり日焼けをし、別人のようになっていた。




 3人は揃って門をくぐる。アスランやセリアはジュースを庭に置かれているテーブルの上に置き、界斗は持ってきた花火を院長に渡す。


「あ、花火だ。ありがとう、界斗兄ちゃん」


 子供たちがお礼を言いうと、花火を漁り始めた。


「こらこら、ダメですよ。夜になってからよ。今はバーベキューの準備をしましょうね」


 副院長が子供たちを花火から引き離しているのを、界斗は眺めていた。


「界斗」


 アスランが後ろから界斗に声をかけた。界斗は振り返る。

 その瞬間、界斗の目にアスランが腕を振りかぶるのが見えた。

 界斗は、反射的に左手を上げゼファレスを活性化させる。そして、障壁を掌の先に生み出した。

 アスランの拳は、そのまま吸い込まれるように界斗の障壁に激突した。


「痛テェ!」


 アスランが界斗を殴りつけた拳を痛そうに抑えた。


「あ、ごめん……」

「お前なぁ……それは障壁か? 受け止められるなら手で受け止めろよ……」

「悪かったよ、アスラン。そういう訓練をしているからつい……」

「そうか……やっぱり、今の界斗のハンターらしい厳つい雰囲気は、伊達じゃないんだな。去年の年末のときとは、比べものにならないな。タイミング的には、今のほうが厳しかったはずなのに」

「な! アスラン、試すなよ……」

「ははは、ついな。けど、安心したぜ」


 アスランと界斗はお互い笑いあった。


「おぉ! 界斗兄ちゃんがアスラン兄ちゃんのパンチを防いだ!」


 事情を知っている子供たちは、界斗の成長に驚いた。

「なんだ? なぜ、アスランは界斗を殴ろうとした? なにか界斗に、ムカついたことでもあったのか?」


 事情を知らない年長者たちが、なにごとかと2人を見る。

 セリアが説明をする。


「はぁ……お前ら、俺たちが出ていってから、何をやってんだよ」


 年長者たちは呆れた。


 その後、全員で準備を終えると、バーベキューが始まった。

 肉は牛肉だけではない。アスランは色々な肉を用意していた。その量は、全部で10kg近くあった。この場には30名以上いるが、肉だけでも全員のお腹が満たされる量があった。


「アスラン、こんな量のお肉、大丈夫なの?」


 セリアが心配そうにアスランを見る。


「ああ、気にする必要は無い。全部オーナーがくれたんだ。孤児院に持っていけってな。さすがに、毎年とかは無理だろうから、これは今年だけの特別だろうけどな」


 アスランはセリアを安心させるように頷いた。

 そんなアスランは、肉を焼いていた。どうやら、牧場で上手な肉の焼き方を教わったらしく、それを披露している。


「アスランは、なんでそんなに日焼けをしたんだよ?」


 界斗は肉を焼くアスランの横で、野菜を焼きながら聞いた。


「お前……牧場の仕事なんだから当たり前だろ……」

「え? そうなの?」

「いくら色々とオートメーションされているとはいえ、外での仕事は結構あるんだぞ」

「例えば?」

「まずは餌の管理からだな。うちの牧場は牧草も育てているから、それも管理しないといけない。細かい手入れとかは人がやらないといけない」

「そうなんだ」

「それに家畜は、ずっと宿舎に入れっぱなしではない。外に放して面倒も見なくてはいけない」

「……」

「それに、外だって掃除しなくてはいけないしな。色々とあるんだよ。俺は高校生だから、まだ衛生管理とかシステム管理とかの技術的な仕事とかは、させてもらえないしな。必然的に、外での体力仕事の割合が多いんだよ」

「大変だな」

「そういう界斗はどうなんだよ? なんだか随分とハンターらしい精悍な顔つきになったじゃないか」

「……」


 界斗は押し黙った。ヴォフヌトスに殺されかけ、ジャルバヌークとの闘いでは味方のハンターに多数の死傷者が出た。そのことを言ったら、アスランから「俺の言ったとおりじゃないか」と言われそうだと思ったからだ。


「界斗? どうした?」


 アスランが肉をひっくり返しながら、押し黙った界斗を見る。

 界斗はゆっくりと口を開いた。躊躇ったが、結局は話し始める。


「いや……ただアスランが正しかったと思ってさ」

「?」


 界斗は、ここ最近の戦いを語り始めた。

 皆、びっくりして界斗を見る。


「お前、そんなヤバい経験をしてきたのか。真祖か……それはそうだよな」


 アスランは神妙な顔つきになる。焼けた肉を大皿に移すと、黙って再び肉を焼き始める。

 沈黙が支配した。しばらく静寂の中、肉や野菜が焼ける音、近所から聞こえてくる音のみが孤児院の庭に響き渡る。

 徐に、アスランは焼けた肉から何枚か自分の皿と界斗の皿に移しながら声をかけた。


「ほら、肉が焼けてるぞ」

「ありがとう」


 残りの焼けている肉は再び大皿に移す。その大皿をセリアがテーブルへ運んだ。


「だが、さすがだな。子供とはいえ、真祖ヴォフヌトスに勝ったんだろ。よっアラミードの頂点!」


 アスランが軽口を叩き、辛気臭くなった空気を一変させる。


「な! アスランまで動画を見たのか……やめてくれ。もう、散々そこらじゅうで弄られたんだから」

「何を言ってんだよ。俺が今日来たのは、界斗の動画を見たからなんだぜ」


 年長者の1人が声をかけてきた。


「うぅ……兄さんたちまで」

「で、どうよ、噂の解放者は?」

「それがさ、実はチームに劉アミューズメントの系列の子がいて、さらに幹部には東宝院家のお嬢様がいるんだけど」

「まじで? 東宝院て、あの精密工業の会社だよな」

「そう、その東宝院家」

「で、何かあったのか?」


 界斗は依琳と絵美菜のことを聞かせた。さらに、解放者で色々噂されたことも話す。


「なにそれ。界斗が髪の毛を切った理由って、その人に言われたからなんだ。私はてっきり視界が悪くて戦闘に支障をきたすからだと思ったわ」


 セリアが絵美菜に憤慨した。


「はは……別に言われたからってだけではないけどね。新しい学校に行くからっていう理由もあるけどね」


 界斗は苦笑いを浮かべる。


「解放者って、ハンタークランなのに可愛い子が多いって噂だったけど、実はそんな所なのかよ」


 年長者の1人が界斗の置かれている立場に同情した。


「劉アミューズメントか……界斗、東宝院家のお嬢様には関わらないようにすればいいとしても、さすがにチームのその子には、1度ガツンと言ったほうがいいぞ」

「……いや、アスランじゃないんだから、俺には無理だよ」

「界斗が決めることだから、俺としてはあまりあれこれ言いたくないが……同じチームメンバーとして長くやっていくのであれば、いずれ障害になるかもしれないぞ」

「わかってる。俺がリーダーになったときだろ。そのときに考えるよ」

「そっか。界斗がそう言うんならな……ところで、シスダールはどうだ? 勉強難しいだろ。大丈夫か?」

「学校の方は、結構順調だよ。実はさ、班員にソフィスティードのお嬢様がいてね」

「まじ? それってあのソフィスティード・オルテシアだろ!」


 年長者の1人が大声を上げた。


「なに、ソフィスティードって?」


 子供の1人が声を上げた。


「みんな、テレビで見たことあるでしょ。ほら、可愛い猫ちゃんとかが、ソファーに座っているコマーシャルよ」


 ソフィスティードは、最近ではペットをコマーシャルに起用していた。


「あ、見たことがある!」

「ということは、界斗兄ちゃんは有名な会社のお嬢様と同じクラスなの?」

「すげー」


 子供たちが、界斗をなぜか眩しそうに見てくる。


「まじかよ。アウルフィード・クラリティーナ様にソフィスティード・オルテシア、それに東宝院絵美菜……なんか、界斗が俺たちとは違う世界に行ってしまったような気がする」


 アスランも驚きながら界斗を見た。


「ほんとうね」


 セリアも同意する。

 その後も夕方までバーベキューを楽しむと、年長者たちは帰っていった。




 日が沈み、界斗が買ってきた花火を皆で楽しんでいると、セリアがふと界斗に声をかけた。


「界斗、私、週に何回かシフトを解放者の食堂に入れるからよろしくね」

「え? 結局、来ることにしたんだ」

「まあね」


 セリアが界斗に、9月から解放者の食堂で働くことを伝えると、アスランが羨ましそうにセリアを見た。


「いいよな、セリアは。解放者に出入りできて」

「いいでしょ~」

「それに、もう解放者で、ご飯食べたんだろ。界斗、俺も解放者で、ご飯食べたいぞ」

「え? アスランって、解放者に興味あったの?」

「当たり前だろ、有名だし。なんたって、俺たちの町に救援に来てくれたハンターの中に、解放者の人たちもいたんだからな」

「そうなの? 俺は解放者の人たちは見なかったような……」

「それはそうだろ。ハンターや軍やら大勢いたからな。ちなみに俺を助けてくれたのは、解放者の綺麗なお姉さんだった。名前は聞かなかったし、顔もあまり思い出せないけどな」

「そうだったのか。だからアスランは、解放者に興味があるのか。わかった、いいよ」


 界斗は即決した。


「じゃあ私も、もう1度行きたい」


 セリアが付いてくることになった。


「よかったら、院長先生も誘ってくれるかしら。界斗がハンターという危険な職業に就いたから、心配しているのよ。1度どんな所か、解放者を見てみたいと言っていたわ」


 近くにいた副院長が、3人に声をかけた。


「わかりました。院長先生も誘います」

「ありがとうね」


 副院長は院長に話しにいった。


「ところで、何時にする?」

「そうだなぁ、実は明日の午前は、中学時代の友人に会いに行くから、その後の昼過ぎがいいな」

「わかった、アスランの都合でいいよ。俺も明日はやることがあるから」

「界斗の寮に行けばいいかしら?」


 セリアが、どこに集合するか聞いた。


「たぶん、明日は寮じゃなくて、本館にいると思うんだよね。実はさ、報告書を修正しないといけなくて」

「報告書なんて書いてるの? 大変ね」

「何を言ってんだ、セリア。俺も書いているぞ。そう言うセリアは、書いてないのか?」


 アスランが訝しがるようにセリアを見た。


「きっと、仕事によりけりよ」

「……確かにな」


 アスランは少し考えると、セリアが報告書を書いていないことに納得した。


「じゃあ、正門の受付に来てよ。呼び出してくれれば、迎えに行くから」

「わかったわ」


 界斗がアスランとセリアに、明日は正門前の受付に来るように言う。

 その後3人は、院長を明日の昼ご飯に解放者の食堂に誘うために声をかける。副院長からすでに話を聞いていた院長は、微笑みながら頷いた。

 そして花火が終わると、セリアはもう少し孤児院にいるということだったが、界斗は明日は出勤するからと、寮に戻った。



    4



「あ~疲れた。けど、これで大丈夫そうだな」


 界斗は翌日、出勤すると報告書の修正をした。

 何とかハミルトの指摘どおりに修正し終えると、お昼の時間が過ぎていた。


「そろそろ、アスランたちが来る頃かな」


 そわそわしていると、デスクの電話が鳴った。

 正門前の受付からだった。

 界斗は席を立つと、正門入り口受付に向かった。


「これは凄いな」


 アスランは界斗が正面入り口に来ると、開口一番に壮麗な建物の感想を述べた。


「だろ、俺も最初は驚いた。元第2迎賓館なんだって」


 界斗は答えながら、訪問者用のプレートを3人に配っていく。

 これは今日の朝、アミリエにアスランたちの来訪があることを伝えたら、折角だから敷地内も案内していいと言われ、渡されたのだった。


 正面入り口から本館に入る。界斗は受付嬢に、アスランたち3人が出入りすることを伝える。

 院長は何か手土産を受付嬢に渡しながら、挨拶をしていた。

 院長の挨拶が済むと、界斗は早速食堂へと3人を案内する。


「お~、食堂も結構お洒落じゃん」


 職員用の通用口から外へ出ると、アスランがガラス張りの食堂を見上げて感想を述べた。


「だろう。食堂に入ろう」


 食堂に入ると、メニューを見る。夏らしい爽やかなメニューが並んでいた。


「なんでも好きなの選んでよ。俺が出すからさ」

「あら、界斗が出してくれるなんて。なんだか成長を感じてうれしいわ」


 院長が微笑みながら界斗を見る。


「そういえば、私が前回来たときも奢ってくれたんですよ」

「まさか、界斗がそんな気前のいい奴だったとはな」


 アスランが驚いて界斗を見る。


「ま、まあな……」


 界斗は視線を逸らす。セリアにケチと言われて奢ることにしたのだったが、そんなことは言えなかった。


「界斗、日替わりスペシャルを頼んでいい?」


 本日の日替わりスペシャルは、魚介の冷製パスタとテリーヌが添えられたサラダの夏らしい爽やかなセットだった。

 界斗は了承する。結局アスランも院長も同じものにしたため、界斗も日替わりスペシャルにした。

 日替わりスペシャルが乗ったトレーを受け取ると、4人は2階に上がる。


「真田君、お昼ご飯?」


 2階に上がったら、奈美恵に声をかけられた。階段近くのテーブルで、奈美恵たち4人が、お昼を食べていた。


「ヴァイゼフさんたちは、訓練に来たの?」

「そうよ。ところで、一緒にいるのはお客さん? あれ……彼女はこの前一緒にいた人じゃない」


 奈美恵はセリアを見ると会釈をする。

 セリアも会釈をした。

「紹介するよ。こちら同じチームのヴァイゼフさん、鈴原さん、劉さん、そしてチームは違うけどレイノールさん。こちらは、俺がいた孤児院の院長先生とヴァルフォード君」


 界斗は全員を一気に紹介した。


「あらあら、可愛らしいお嬢さんたちだこと。皆さん、界斗をよろしくお願いします」


 院長は挨拶をする。奈美恵たちも挨拶をした。


「なるほど、あの人は真田さんではなく、あちらの彼女でしたか」


 フィアリスは、目を細めて依琳を見ているアスランと並んでいるセリアを見て、なんだか勝手に納得していた。


「フィアリス……面と向かって、そういうことを言わないでね」


 奈美恵はこっそりとフィアリスに囁く。


「いくらなんでも、そんなことは言いませんよ」

「え? ……」


 フィアリスは、前回セリアと会ったとき、界斗の彼女かと面と向かって言ったことを忘れていた。




 界斗たちは、奈美恵たちの隣のテーブルに座って食べ始めた。


「あれが界斗の言っていた劉家の娘か……結構、可愛らしい子じゃないか。そこまで生意気そうに見えないけど」


 アスランは隣のテーブルに座る依琳をチラチラと見ていた。


「ほんと前回来たとき会ったけど、そんな印象受けなかったわ。界斗の話とさっきの紹介を聞いて、びっくりしたわ」


 セリアはアスランに同意するように話している。


「2人ともあんまり見るなよ。気付かれる」


 界斗は2人を注意する。


「なんか見られてる」


 もちろん、すぐに依琳は気付いていた。ボソッと呟く。


「きっと、依琳が可愛いからよ」


 奈美恵は理由をすぐに察したが、依琳と界斗の関係がこれ以上こじれないように、気を遣った。だが依琳は、それでは納得いかなかったのか、首を傾げてチキンスパイス焼きを、フォークで苛立ちをぶつけるように何度もブスブスっとさしてから口に運んだ。

 アスランはそれを見ると、これ以上依琳を見て刺激しないように視線を逸らす。そして理由を悟られないように、奈美恵の一言に追従して界斗に話題を振った。


「解放者って可愛い子が多いって話だったけど、なんかそもそも女性の比率が高いな」


 アスランは、自分で言ったことをもう1度確認するため、食堂を見回す。確かに女性が多かった。


(げ、アスランがジョルシノームさんと同じようなことを言うなんて……)


 界斗は一瞬ジョルシノームを思い出したが、首を振って悪い考えを追い出した。


「何かそうらしいね。理由は知らないけど」

「色々考えられるけど、多分アウルフィード様の影響だな」

「なんで?」

「ほら、ここにもファンがいるだろ」


 アスランはセリアを見た。


「それがどうかした?」


 セリアも、わけがわからないといった感じで、アスランを見た。

 だが、その一言を耳にした奈美恵は、驚いてアスランを見た。


「やあ君たち、この前はご苦労様」


 その後は、食堂の料理について話しながら食べていると、突然声をかけられ界斗は振り向いた。同じように奈美恵たちも声の主へと振り向いた。


「グラスロードさん、お疲れ様です」


 オサミラウが絵美菜と並んで立っていた。後ろにはガリウス、ワーグ、ルイバン、デュセリオもいる。


「グラスロードさん……」


 藍香の顔に朱が散った。そしてキラキラした目でオサミラウを見る。


「藍香、ダメでしょ」


 依琳が藍香にボソッと呟く。


「ううう、わかってるよ」


 藍香は非難がましく依琳を見ると目をつぶった。

 オサミラウは突如目をつぶった藍香の奇行を気にせずに、簡潔に話し始めた。


「この前の任務は区切りがついたよ。残っていたゲラダンは念のために殲滅して、飛空艇からレーダーも利用して他にも真祖ジャルバヌークらしき巨体がいるか広範囲に渡り捜索をした。結局、見つからなかったよ。それから犠牲者たちは、きちんと遺族に引き渡したりしておいた」

「ありがとうございます。実は、その後が気になっていたんです」


 奈美恵が代表して答えた。


「だろうと思った。だから、こうして君たちが丁度揃っているから報告したわけさ。ところで、真田君と一緒にいるかたたちは、見ない顔だけど?」

「あっ、紹介します。こちらは孤児院の院長先生と同じ孤児院出身のヴァルフォード君とアバカロビアさんです」


 界斗が紹介すると院長は立ち上がった。


「皆様の御高名は、かねがね聞き及んでいます。ウクテル第3孤児院の院長をしています。普段、界斗が大変お世話になっています。いたらない子ですが、どうぞよくしてやってください」

「これはご丁寧にありがとうございます。解放者幹部、グラスロード・オサミラウです。孤児院の院長先生でしたか。どうりで、徳の高い落ち着いたかたなわけだ」


 オサミラウも丁寧に院長と挨拶をした。


「グラスロードさん!」


 突然アスランが席を立った。


「君は、ヴァルフォード君でいいのかな?」

「はい。俺、グラスロードさんのファンなんです。サインを貰えませんか!」


 アスランが頭を下げた。

 界斗はアスランが急にそのようなことを言ったから驚いたが、慌ててオサミラウに謝った。



「すみません。グラスロードさん」


 だがオサミラウはアスランと界斗を一瞥した。


「真田君は何を僕に謝っているのかな? サインのことなら気にしなくていい。ヴァルフォード君、何にサインをすればいいかな?」


 アスランは、鞄から新品の無地のカバーがついた手帳とペンを取り出した。


「アスラン……準備よすぎだろ。初めからそのつもりだったな……」


 界斗は、アスランは同い年のくせに普段兄貴風をふかしてくるのに、いざというときは調子いいんだからと思った。


「君は真田君と、仲がいいんだね」


 オサミラウはサインを手帳のカバーに書きながら、アスランに聞いた。


「実は僕も界斗君と同じベリアンフィルドの出身なんです。孤児院に来るまではお互いのことは知らなかったんですが、孤児院に来てからは同い年、同じ町の出身ということもあって仲良くなりました。もうかれこれ5年経ちます」

「そうか……君も大変だったね。はい、書けたよ。これでいいかな?」

「はい、ありがとうございます」


 アスランはオサミラウから嬉しそうに受け取ってお礼をした。


「君は賢そうだけど、もしかして真田君と同じくシスダール学院に通っているのかな?」

「いえ、今はサイエルバームにある農業高校の畜産コースに通ってます」

「そうか、なるほど。君はそっちの道に進むのだね。頑張りなさい」

「はい。ありがとうございます」


 アスランはもう1度礼をした。


「私もサインもらおうかな……」


 アスランとオサミラウのやり取りを見て、藍香がボソッと呟いた。


「やめてよね。あの人とは性別も立場も違うでしょ」


 依琳が藍香を肘でつっつく。


「うぅ……何度も何度も……わかってるよ」


 藍香が恨めしそうに依琳を見た。




 その後、オサミラウたちは空いているテーブルへと向かった。

 界斗たちも再び食べ始める。先に食べていた奈美恵たちは食べ終わると、界斗たちに挨拶をして食堂を出ていった。


「いや~、来てよかったぜ」


 アスランは嬉しそうにサインを眺め始める。


「羨ましい……私も団長様のサインが欲しいのに……アスランばかり、ズルい……」

「そう言うなって」


 オサミラウのサインが書かれた手帳を眺めているアスランに、セリアが羨ましそうに声をかけた。


「真田、14時から模擬戦やるけど、お前も参加するか?」


 デュセリオが界斗を模擬戦に誘った。



    5



 14時になると、界斗はアスランたちを連れて訓練場に来ていた。

 広い訓練場では上級職員や中級職員、一部の下級職員さらには奈美恵たちも訓練していた。

 デュセリオから誘われたとき、界斗はアスランたちが来ているから断ろうとしたのだが、せっかくだからアスランが見たいと言った。デュセリオがガリウスに尋ねると見学の許可が下りたため、界斗は断れずに参加することとなった。

 昼ご飯を食べ終わると開始時間まで寮の部屋に招待した。相も変わらず殺風景な部屋を見ると、セリアが「人がせっかく観葉植物を勧めてあげたのに、何も置いてないじゃん」と怒った。そんなセリアをアスランが宥める。

 その後、解放者についてあれこれ話しをしながら時間を潰した。


 訓練場に着くと、観客席に座りながらデュセリオたちが来るのを待った。


「まさか、解放者の幹部の皆さんの模擬戦を見れるとはな」


 アスランはさらに上機嫌になっていた。セリアは周りを珍しそうにきょろきょろと見回している。

 界斗が参加するから模擬戦を見ていくことにした院長は、心配そうに界斗に声をかけた。

「界斗、あまり無茶をしてはいけませんよ」

「わかってますよ」

「本当に? 皆さん戦闘のプロなのでしょ。その中に界斗が混じるなんて心配だわ」

「俺だって成長してるんですよ」


(とはいっても、あの人たちとは実力が違いすぎるんだけど……オリバラードさん、なんで誘ってくるかな?)


 界斗は院長に対して心配させまいと虚勢を張ったが、内心はネガティブになっていた。


 少し時間が経つと、訓練をしていた職員たちが、訓練場入り口の方を振り向いた。どうやら、ガリウスたちが来たみたいだ。

 訓練場を使って模擬戦をすることは事前に通知されていたのか、訓練をしていた職員たち全員が観覧席へと移動を始めた。




「界斗君、始めようか」


 ガリウスは訓練場に現れるとすぐさま界斗に声をかけらる。界斗は立ち上がった。


「界斗、頑張れ。お前の成長を見させてもらうぞ」


 立ち上がったところに、発破をかけるアスラン。


「ダサい戦いをしたら、界斗には奢らないから」


 明日はセリアが働くレストラン、レ・グラールガルエで昼食を食べる予定になっていた。昼食を餌に界斗をあおるセリア。


「界斗、無茶をして怪我をしてはいけませんよ」


 院長は界斗の心配をする。


「それでは、頑張ってくるよ」


 界斗は3人に返事をすると、訓練場へと下りていった。




 訓練場中央に集まるガリウス、ワーグ、オサミラウ、ルイバン、絵美菜、デュセリオたちに界斗も混じる。


(はぁ……これから、この人たちと模擬戦をやるんだよな……俺、絶対にボコボコにされるだろ……)


 界斗は気が滅入りながら6人を見渡した。




 その頃、観覧席では奈美恵やフィアリス、依琳、藍香の4人がアスランたちの所にやってきた。


「ご一緒してもよろしいですか?」


 奈美恵が院長に声をかける。


「もちろんです」


 院長は微笑みながら頷いた。


「皆さんは、界斗と同じシスダール学院ですか?」


 アスランが、奈美恵たちに声をかけた。


「私と彼女はシスダール学院ですが、後の2人は違います」


 奈美恵がフィアリスを指し示しながら、答えた。


「奈美恵さんは、凄いんですよ。毎回、学力テストでシスダールの上位10人に入っているんです」


 依琳が奈美恵のことを自慢げに話した。


「ちょっと依琳、そういったことは初対面の人に言ったらダメでしょ」


 奈美恵があわてて依琳に一言いうと、アスランたちに会釈で謝罪をした。


「へ~、凄いね。けど、アスランだって負けてないわよ。中学のときは常に学年トップだったし、頭の良さを買われて農場に好待遇で引き抜かれたんだから」


 セリアが自慢げに言い返した。


「おいおいセリア、人のことで張り合うなよ……」


 アスランがセリアを宥める。


「ごめん……」


 セリアがアスランに謝った。


「中学トップ……」


 依琳がボソッと呟く。そして何やら、尊敬の眼差しをアスランに向け始めた。依琳だけではない、藍香も感心したようにアスランを見つめた。どうやら2人は、勉強ができる者に弱いらしい。

 そして奈美恵とアスランは、お互いを見た。

 目が合うと、アスランが唐突に口を開いた。


「現在のアラミードの主要な産業と今後の展望は?」

「アラミードは木材などの原料生産と野菜の輸出が主になっているわ。それ以外だと、繊維産業やサイエルバームからの輸入した食肉の加工品が主な品目ね。アラミード政庁は工業製品にも力を入れるべく、大企業へ生産拠点の誘致をかけているけど、アラミードの政治形態は都市国家共同体。各都市の権限が強く急激な変化を望まない都市が多いため、交渉は難航しているわ。アラミードの経済発展は、この都市国家共同体システムをどう改良していくかにかかっているわね」


 奈美恵がアスランの質問に対し、さらりと答えた。


「は~、さすがシスダール学院の上位……」


 アスランは感心したように頷いた。


「では、今度は私から……」


 アスランと奈美恵は、しばらくの間、勉強談議に花を咲かせた。

 それを驚きを通り越して、ちょっと引き気味に聞くセリアと依琳と藍香。又、フィアリスは奈美恵と同じシスダール学院でも上位組ではないため、2人の会話を苦笑いを浮かべながら聞いている。

 そして、院長は2人の会話を感心するように聞いていた。




「さて、模擬戦について発表する」


 アスランと奈美恵が勉強談議に花を咲かせている間に、界斗たちは軽く体をほぐしていた。そしてガリウスは直径1mぐらいある、大きなバランスボールのようなボールと電光掲示板を用意した。

 準備が終わると、観覧席にいる職員たちにも聞こえるように、大きな声で話し始めた。


「模擬戦といっても、直接戦うわけではない。的は、このボールだ」


 突如、用意したボールをガリウスは叩いた。電光掲示板に1と数字が表示された。


「このように、ボールに攻撃をするとカウントが表示される。ルールは簡単、10分間相手のボールを攻撃し続け、カウントが多かったチームが勝ちだ」


 その場の全員が頷いた。


「武器は、素手か、これから支給する訓練用の棒のみ。創成術はゼファレス粒子による障壁のみだ。界斗君、プラスチックや水球などの創成は禁止だ。わかったかな?」

「はい、ガリウスさん」


 界斗は頷いた。


「それから、故意に相手を攻撃してはならない。あくまで、攻撃していいのはボールのみ。だが、攻撃に対する防御と相手の進路妨害は認められる。そして、相手チームのボールを物体操作してはならい。ボールを手などで掴む行為をしてはならない。ルールはこれだけだ」


 ガリウスはルールを説明すると、観覧席を見渡した。


「では、観覧席の皆に審判を頼む」


 観覧席に座っていた職員たちが頷いた。


「さて、チーム分けだが、若手対ベテランでどうかな? つまり、4人対3人の戦いだ」

「はい、僕はそれでいいです」


 ルイバンがすぐさま了承した。


「俺も構いませんぜ」


 デュセリオも了解する。


「わかりました。オサミラウさんと一緒でないのは嫌だけど、それはそれで面白そうですね」


 絵美菜はオサミラウを見つめながら言う。オサミラウは苦笑した。


「いいんですか? それだと、若手のほうが多いじゃないですか。ここは公平にするために交代制にするとか……」


 界斗が一言いうと、ワーグが目を細めて界斗を見た。


「おい真田、お前、もしかして勝つつもりでいるのか?」


「あ、いえ、そんなつもりは……」


 睨まれ口籠る界斗。


「俺たちとお前たちとでは、経験が圧倒的に違うんだよ」

「すみません……」


 ワーグに威圧され、界斗は委縮した。




 模擬戦を始める前にチームに別れ、作戦を練り始めた。


(誰が、指揮を執るんだろう……)


 界斗は不安そうに3人を見る。


(オリバラードさんと東宝院さんは、春に揉めてた。あれから何ヵ月も経ったけど、仲直りした話しは聞いてないし、この2人がどちらかの言うことを聞くとは思えない。そうなると、ルイ君かな……)


 界斗はルイバンを見た。

 だが、真っ先に意見を言ったのは、絵美菜だった。


「私は、オサミラウさんを妨害するわ」


 絵美菜の考えは自己中心的だったが、ルイバンは頷き、デュセリオは「ああ、構わないぜ」とだけ言う。


「では、界斗さんはボールの防御を、僕とオリバラードさんは攻撃を担当します」

「おう、そうだな」

「うん、わかった」


 界斗とデュセリオは了解した。




 両チームは簡単に作戦を決めると、距離を開けて向かいあう。

 界斗はボールの側に立つ。対するガリウスチームはガリウスがボールの側に立った。どうやら、ガリウスが防御を担当するようだ。

 界斗は、こちらを狙っているワーグとオサミラウを見ると、渡された棒を不安そうに握りしめた。


「界斗、頑張れ!」


 アスランの声援が聞こえた。

 界斗はアスランの方を見ると頷く。


「それでは、模擬戦を始める。では、始め!」


 ガリウスの掛け声で模擬戦が開始され、10分間のカウントダウンが開始された。



    6



 ルイバンは開始の合図と同時にガリウス目掛けてダッシュをする。デュセリオがそれに続いた。


「オサミラウさん、真田君の所には行かせませんよ」


 絵美菜がオサミラウの前に立ちはだかる。


「いいのかな、絵美菜ちゃん? 僕につききりになって?」


 オサミラウは微笑みながら、絵美菜を見る。


「惑わせようとしても無駄ですよ、オサミラウさん。いくら真田君でも、あのゼファレスがあれば、防御ぐらいはしっかりとできますよ」

「そうだといいね」


 絵美菜はオサミラウの不敵な言葉を聞くと、一瞬、界斗のことを気にかけたが、すぐにオサミラウの動きに集中し始めた。

 オサミラウが絵美菜によって妨害されたため、ワーグは1人でボールに向かった。

 ワーグはボールに走り寄ると、そのまま界斗の横からボール目掛けて棒を振るった。


「そこだ!」


 あきらかに界斗を舐めた一撃だった。フェイントも何もない単なる打ち下ろしだった。

 その攻撃は、瞬時に展開した界斗の障壁によって防がれてしまう。

 ワーグはステップを踏んで回り込むと、今度は反対側から攻撃をする。

 だが、またしても界斗の障壁が防いだ。


「いいぞ、界斗!」


 アスランが声を送る。


「やるじゃん、界斗!」


 セリアも声を上げて界斗を褒めた。

 界斗は2人の声援が聞こえても、調子に乗らずにワーグに集中する。そして、ワーグとボールの間に割って入った。


「チッ! さすがに障壁の展開は早いな」


 ワーグは、目の前に立ちふさがった界斗を、威圧するように睨んだ。

 界斗は、殺気交じりの危ない眼つきで睨まれ背筋に寒気を感じたが、気をしっかりと持ちワーグを睨み返した。


「へ~、そうか。お前、やるきは満々みたいだな。じゃあ、ゼファレスを使ってやるよ」


 ワーグからゼファレスのオーラが迸った。

 目の前でワーグのゼファレスが活性化したのを見ると、界斗からもゼファレスのオーラが迸った。

 オーラだけで比べると、明らかに界斗のゼファレスのほうが優れていることがわかる。


「界斗さん、ワーグさんのゼファレスを甘く見ないで!」


 ルイバンがデュセリオと共にガリウスと立ち回りながらも、ワーグのゼファレスが活性化したことに気付くと、界斗に注意を飛ばした。


「え?」


 界斗は、瞬時にルイバンの一言を理解できなかった。

 ワーグは棒にゼファレスを込めると、ボール目掛けて攻撃をする。界斗の横に回り込んでの突きだった。

 その攻撃は速くも重くもなんともなかった。ワーグは身体強化はしていなかった。

 界斗は瞬時に障壁を展開する。

 ワーグの突き出された棒が、界斗の障壁に触れた。


「は?」


 界斗は素っ頓狂な声をあげた。

 突き出された棒は一瞬止まった。だが、止まったのは一瞬だけだった。すぐさま界斗の障壁に穴があき、棒は障壁を突き抜けてボールへと当たった。

 ワーグが先制した。ボールが鈍い音を立てて転がった。

 界斗は、まさか自分の障壁が簡単に破壊されるとは思っていなかったため、呆気にとられた。


(そんな……かなりのゼファレスを込めて障壁を展開したんだぞ……)


 界斗は、ワーグが自分と同じく解放者の幹部であると、念頭に入れていなかった。

 そして、今日初めて解放者の幹部のゼファレスがどんなものなのかを、直接体感した。

 界斗は呆けて、動きを止めてしまう。対するワーグは、転がったボール目掛けて走りだす。

 ボールに詰め寄ると、さらにワーグは点を入れた。

 界斗は2点目を入れられてから、転がったボールを追い始めた。

 だが、足はワーグのほうが断然早かった。界斗がボールに追いつくよりも先に、次々と点を入れられてしまう。

 界斗は、障壁の遠隔創成を始めた。

 だが、それは無駄だった。自身から放出されたゼファレスは、たちどころに霧散していく。いくら界斗のゼファレスが強大とはいえ、距離が離れたボールに張った障壁では、ワーグの攻撃は防げなかった。ゼファレスの原則にて習ったはずだったが、界斗は焦り、そこまで考える余裕が無かった。

 簡単に障壁を貫かれ、さらに追加点を取られてしまう。


「オリバラードさん、僕は界斗さんのフォローに行きます」


 ルイバンは、次々と点が入る電光掲示板を確認すると、デュセリオに声をかけ界斗のフォローに回った。


「クソ、真田の奴、あんな簡単に点を取られやがって」


 デュセリオは界斗に文句を言うと、ガリウスが守るボール目掛けて攻撃をする。だが、簡単に防がれた。


「オラァァァァァァ!」


 デュセリオからゼファレスのオーラが迸り、筋肉が膨れ上がる。力任せにガリウスの棒を弾き飛ばそうとした。

 ガリウスからもゼファレスが迸り筋肉が活性化する。しかし先日のゾルタリウスの拠点攻撃にてレーザーを防ぐときに見せたゼファレスよりも、圧倒的に抑えられていた。にもかかわらず、デュセリオはガリウスの棒を吹き飛ばすことはできなかった。

 デュセリオはガリウスの棒を弾き飛ばすことは諦め、何度もボール目掛けて棒を振るう。だが、すべてガリウスによって防がれた。


 一方、絵美菜は、オサミラウの進路を完全に妨害しながら、次々と点を入れられていく界斗をフォローすべきかと考えたが、オサミラウをボールに近寄らせるほうがまずい状況になると思ったため、妨害することに専念をした。


 そして、ルイバンが持ち前の素早さを生かして、ワーグに追い着いた。そしてワーグの攻撃を防ぐ。そのままワーグの邪魔を始めた。

 そこに界斗がボールに追いつき、ボールの周囲に全力で障壁を展開した。

 この時点でガリウスたちは12点、対する界斗たちは0点だった。


「何をやってんだよ、界斗……もっと考えて動けよ」


 観覧席から次々と点を入れられた界斗を見て、アスランが呟いた。




 ルイバンが立ちふさがり、界斗が全力で障壁を張っているのを見ると、ワーグは距離を取った。

 そこで両チームは一度仕切り直しとなった。お互いがボールの周囲に集まる。


「作戦を変更しましょう。界斗さんは全力で障壁を展開してひたすら防御。ワーグさんは障壁の破壊が上手なので、時間稼ぎにしかなりませんが、その間に僕とオリバラードさんと東宝院さんの3人で点を取りにいきます」


 ルイバンが提案する。


「ああ、その作戦でいくしかないな」


 デュセリオが頷く。


「ええ、仕方ないわね」


 絵美菜はデュセリオを一瞬見たが、すぐに了承した。


「それしか作戦がないなら、それでいいけど……絶対に防げないよ」


 界斗は弱気になっていた。


「わかっています。あっちが得点を入れるペースよりも早く得点を入れて、逆転を狙います。界斗さんは障壁を破壊されて得点を入れられても、焦らずに障壁を展開しなおしてください。そして、障壁はボールが転がる余裕をもって張ってください」

「わかった。ボールが攻撃されて転がったところに、障壁を張り直すんだね」

「はい、そうです。実は得点はボールにある程度の衝撃力を与えないと入らないのですが、障壁に穴をあけて棒をボールに触れさせたまま、ワーグさんなら連続点を狙えます。それを防ぐために転がる余裕が必要です。そしてオサミラウさんもワーグさんほど早くはありませんが、必ず界斗さんの障壁を破壊してきます。けど、点が入っても取り乱さず冷静に対応をお願いします」


 この作戦では障壁どころか、界斗のゼファレスに対する自信にもヒビを入れることにもなりかねないのだが、界斗たちには他の作戦を思い浮かばなかった。




 作戦が決まったところで、お互いが相手チームのボールを見据える。全員が一斉に動き出した。

 界斗は全力でゼファレスを活性化させると、ボールの周囲に障壁を張る。

 対するガリウスはルイバンたち3人が向かって来るのを見ると、ボールを物体操作して浮かせる。そして、そのまま角に向けて走り始めた。その後、角にボールを押し込めると、ボールを庇うように仁王立ちする。

 ガリウスからゼファレスのオーラが迸り、左手に障壁を展開した。

 ガリウスに殺到したルイバンたちは、一瞬、ガリウスの気迫にたじろいだが、お互い目配せをすると、それぞれがゼファレスを活性化して猛攻を始めた。




 界斗はワーグとオサミラウに両側から挟まれていた。ルールで相手への攻撃が禁止されているから、自分が攻撃されることはないとわかっていても、界斗は両側から感じる圧にたじろいでいた。

 ワーグとオサミラウがオーラを迸せながら、界斗の障壁めがけて攻撃を開始した。


「これ以上、得点をやるもんか!」


 界斗は気合を入れると、全力で障壁を展開する。


「やっぱり、障壁は凄い硬いね……」


 オサミラウが感心したように呟く。


「オラァァァァァ!」


 ワーグは吠えると、全力で棒にゼファレスを注ぎ込んで界斗の障壁を破壊しにかかった。

 界斗の障壁はしばらくは持ちこたえていた。だが、結局はワーグによって貫かれた。

 得点を取られ、ボールが反対側に転がる。

 界斗は瞬時に障壁を追加で張りなおす。

 だが、反対側にはオサミラウがいた。オサミラウは横なぎに棒を振るい界斗の障壁を壊そうとしていた。棒の先端は障壁にめり込み始めていた。

 そして、ルイバンたちはガリウスが守るボールに猛攻を掛けていたが、角に立ったガリウスは棒と障壁による盾を巧みに使って、3人の全ての攻撃を捌いていた。ルイバンたちは、まだ1点も取れていなかった。



    7



 アスランは、この様子をみながらモヤモヤしていた。


「違う、違う、そうじゃないだろ、界斗……」


 ぶつぶつと呟きながら、アスランはただひたすらに障壁を強化しようとゼファレスを注いでいる界斗見ていた。


「真田君らしいわね……」


 奈美恵が呟く。


「らしい……?」


 奈美恵の呟きを耳にしたアスランが、訝しがるように奈美恵を見た。


「そうですよ。あの人、自分で考えて行動しませんから。いつも言われたとおりに動くだけですよ。きっとどんな状況でも、ルイバン君の作戦をひたすら実行すればいいと思っているんでしょうね」


 奈美恵の代わりに依琳が答えた。


「界斗、結局ハンターになっても、受け身のままかよ……」


 アスランはため息をついた。そして―


「カイトォォォォ! お前の強みは何だぁぁぁ!」


 叫んでいた。

 驚いてアスランを見る一同。離れた場所に座っていた職員たちですら、アスランに注目する。


「ゼファレスだよ!」


 界斗も叫ぶように返答した。


「ルールをよく考えろ!」


 アスランが再び叫ぶ。

 そのとき、オサミラウの棒が完全に障壁にめり込み、そのままボールに叩きつけた。界斗たちは得点を取られた。そして、ボールは障壁によって挟まれているため、転がらなかった。


「俺の指示に従え!」


 アスランがさらに叫ぶ。


「何を言って……」


 ルイバンが呟いて、攻撃の手を止めてアスランを見る。いや、ルイバンだけではない、絵美菜もデュセリオもアスランを見た。

 さらにルイバンたちどころか、ワーグもオサミラウも手を止めてアスランを見た。


「おいおい、素人が何を口出ししようとしているんだ……」


 観覧席にいる上級職員の誰かが呟いた。

 だが、界斗は―


「わかった!」


 すぐに了承した。


「空中にボールを物体操作で操って逃げろ!」


 アスランの一言に、界斗ははっとした。そして顔を上げて空を見る。

 ワーグやオサミラウすらも、はっとした。

 妨害しようと、棒でボールを上から抑えようとするが、界斗の反応のほうが早かった。

 物体操作にて、瞬時に空中へボールを飛ばす。そしてボールを追って自身も飛んだ。


「どうする?」


 ワーグはオサミラウを見る。


「ゼファレスの絶対量そのものが違うからね。空中での追いかけっこは、分が悪いだろうね」

「だな……」


 ワーグとオサミラウは上空を見上げて、思案する。

 だが、アスランの考えはこれだけではなかった。


「界斗、ガリウスさんに突撃しろ!」

「はぁ? なんでだよ」


 界斗は、このまま空中に逃げていればいいと思った。


「このままでは、得点はとれないぞ!」


 界斗は、またもやはっとした。てっきり、ルイバンたちが何点か得点していると思っていた。だが、アスランの一言で点を取れていないと知った。


「わかった!」


 界斗は返事をすると、ガリウス目掛けて突撃した。


「ガリウス! 真田君がそっちに行った! なにかするつもりだ、気を付けろ!」


 オサミラウが瞬時に警告を発した。そしてガリウスの所へワーグと共に走り出す。


「界斗、風を操作して相手のボールを浮かせてしまえ!」

「さすがアスラン、その手があったか」


 界斗はアスランの作戦を聞いて、すぐさま実行する。


「ヴァルフォード君って、勉強ができるだけではなく、柔軟な思考もしているのね……」


 奈美恵が、アスランを驚いたようにまじまじと見つめた。


「いやぁ、どうも。シスダールの上位のかたに褒められるとは……でも、こんなの素人考えですよ」


 奈美恵に見つめられ、アスランは謙遜した。

 そしてガリウスは思はず呟く。


「何なんだ、彼は……」


 自身が予想だにしない戦法を採られ、面食らった。

 だが、その作戦を許すほどは動揺していなかった。自身のボールの下に風が吹き始めるのを感じると、すぐさま物体操作にてボールを浮かせないようにする。

 ルイバンたちはここぞとばかりに攻撃をする。だがガリウスは、それでもルイバンたちの攻撃をすべて防ぎ、ボールも空中へ飛ばさせなかった。


「くっ、ガリウスさん、両手でルイバン君たちの攻撃を防ぎながら、なんで物体操作でボールまで制御できるんだよ……」


 界斗は、自分にはできないゼファレスの操作をされ、驚いて一瞬動きを止めた。


「渦だ、界斗! 風力を上げろ!」


 だがすぐに、アスランの指示が飛んだ。


「風力? いくら風を強めようと、ガリウスさんならば物体操作で阻止するんじゃ……いや、そういうことか!」


 界斗はアスランの指示が一瞬無駄だと思ったが、狙いは別にあると理解した。

 風力を上げるために竜巻のように風を渦にする。火炎渦の創成で練習したように逆方向の回転と組み合わせて。

 ガリウスはボールを飛ばされまいと、物体操作の強度を上げた。

 だがその瞬間……

 界斗たちに得点が入り始めた。波打つ強い風と、それに抗うガリウスの物体操作の力でセンサーが反応を始めたからだ。

 次々と界斗たちに点が入っていく。


「ガリウス、追いつかれる。ボールをこっちに飛ばせ!」


 ワーグが叫んだ。

 ガリウスはそれを聞くと瞬時に判断する。

 界斗の風の力を利用してボールを上空へ上げると、物体操作でワーグとオサミラウがいる方へ飛ばした。

 ルイバン、絵美菜、デュセリオが踵を返してボールを追う。


「界斗、ダウンバーストだ! ボールの周囲を打ち下ろしの風で囲ってしまえ!」

「わかった、アスラン。そのような風の操作はやったこと無いけど、やってみる!」


 界斗にとって始めてやる形の風の操作だったが、それなりの風力で操作できた。ボールが風で地面に押さえつけられる。そこにルイバンたちが迫った。だが、オサミラウとワーグは間に合った。ルイバンの攻撃をワーグが防ぎ、絵美菜の攻撃をオサミラウが棒で、そしてデュセリオの攻撃を障壁で防ぐ。

 さらにガリウスも来た。そしてボールの上に障壁を展開する。界斗が操る打ち下ろしの風は、ガリウスの障壁によって防がれた。


「アスラン、次は!」


 界斗はアスランを見る。


「次は、横からの風でボールを飛ばせ! ここから先は相手をかき混ぜながら得点を狙うんだ。それに訓練場の壁を利用して叩きつけて点を入れてもいい」

「わかった!」


 界斗はすぐさま、横からの風を吹かせる。


「クッ、次から次へとルールの隙間をついて……なんて少年だ……」


 ガリウスは唸る。アスランが指示を出してからは界斗の独壇場になっていた。いや、アスランの独壇場と言うべきか……


(どう防ぐ? 私も界斗君のように、ボールを障壁で囲うか? だがそれだと、障壁の中とはいえ、界斗君のゼファレスならボールの下から風を生み出せるだろう。私のゼファレスで抗うことはできるが、障壁にまわすゼファレスが少なくなり強度が下がる。それだと、ルイたちの攻撃が万が一きたら防ぎきれない……それに障壁で囲ってしまうと、私が予想だにしない攻撃が来たとき、対応が遅れそうだ……)


 ガリウスは悩んだ。そこに界斗が風を操作してボールを飛ばしてしまう。

 ボールが壁に叩きつけられ、得点が入った。そのまま跳ね返り、地面へと転がる。ルイバンたちはボール目掛けて走り寄る。


「ピィィィィィ!」


 だが、合図が鳴り響いた。模擬戦の時間が終了した。


「得点は?」


 デュセリオが真っ先に掲示板を見る。


「チクショウ!」


 そして叫んだ。界斗たちは2点差で負けていた。ガリウスたちは時間に救われた。


「おいおい、まじかよ……」


 ワーグがボソッと呟いた。



    8



 模擬戦が終了した。


「あぁ、残念、残念」


 絵美菜は呟くと、観覧席に置いておいた飲み物を取りに行く。


「ルイバン、負けちまったな……」

「僕としては、あの人たち相手によくやったほうだと思いますよ」


 ルイバンとデュセリオも飲み物を取りに行く。

 界斗は上空から降りてきた。


「あぶなかったな。まさか、あんな手を使いやがるとは……」

「そうだね……」


 ワーグが地面に降りる界斗を見ながら呟く。オサミラウが同意した。

 ガリウスは、界斗とアスランを交互に見ていた。そしてアスランたちの所に向かった界斗の後を追って、歩き始めた。




「界斗、惜しかったな」

「いや、あそこまで点を取れたのは、アスランのおかげだよ」


 界斗は皆がいる観覧席に戻ると、アスランとお互いの拳をぶつけ合う。


「ヴァルフォード君だったかな」


 そこに、ガリウスがやってきてアスランに声をかけた。

 その場にいた一同がガリウスに注目する。


「はい、そうですが、何でしょうか?」


 アスランは立ち上がると、少し緊張気味にガリウスを見る。


「君の指示にしてやられた。これはチームの連携訓練のために考案された訓練方法だったのだが……次からは、空気の物体操作も、空中浮遊も禁止しないとな」

「……スミマセン」


 アスランは苦笑いを浮かべながら謝罪する。だが、ガリウスはアスランに文句を言いに来たのではなかった。


「君は謝らなくていい。文句を言いに来たのではない。君の頭脳を褒めに来たのだ。さて、私は回りくどい話はきらいだ。率直に言おう。君に解放者に来てもらいたい」


 そのガリウスの言葉を聞いた一同は、驚いてガリウスとアスランを交互に見る。

 彼らだけではない。ガリウスがアスランたちの所に向かったのを見て、なにごとかと近寄ってきていたワーグとオサミラウ、そして絵美菜やルイバン、デュセリオも驚きに目を見開いた。

 界斗はアスランがどのように返事をするか、固唾をのんで見守る。


「デルクードさん……」


 アスランが強い視線でガリウス見た。


「すみません。俺は自分の進路を決めています」


 アスランはゆっくりと頭を下げた。


「そうか……正直、君のような知恵のある柔軟な発想ができる者が欲しかったのだ。解放者には、というよりハンター業界そのものだが、頭を使うよりも腕っぷしでどうこうしようとする者ばかりなのだ。君のような者がいれば、もっと幅広い作戦が取れると思ったのだが、残念だな」

「お誘いはありがたいのですが、すみません」


 アスランは顔を上げると、もう一度謝る。


「いや、気にする必要ない。君は進路を決めているのだろう。確か畜産業だったかな。君ならば、さらに畜産業を発展させられるだろう。頑張りなさい」

「はい、ありがとうございます」


 アスランは会釈をした。


「アスラン、なんで断るんだよ」


 だが、界斗は納得していなかった。仲のよいアスランに、解放者に来てほしかった。


「界斗……」


 アスランが界斗を見る。そしてガリウスや院長たちその場の全員が界斗を見る。


「せっかく、ガリウスさんが誘ってくれたんだぞ。アスランだって解放者に興味あるんだろ。グラスロードさんにサインだってもらったじゃないか。それなのに、もったいないだろ」

「界斗君、君は―」

「界斗、お前、畜産業をなめてるだろ」


 ガリウスが何か言いかけたとき、アスランが界斗を睨みつけた。


「そうよ、界斗。価値観は人それぞれよ」


 院長が界斗を窘める。その場の全員が、界斗に残念な視線を向けた。


「あ、ごめん……ただ、俺は……」


 界斗は言いかけて、自分の心理に気付いた。


(そうか……たんに、解放者でルイ君以外にも同年代の仲良くできる人が欲しかったのか……)


「界斗、ただ、何だ?」

「いや、ごめん。何でもないよ、アスラン、ははは……」


 界斗は、さすがにこの場で解放者に対する不満を口にすることは憚れた。笑ってごまかす。


「……すまんな、界斗」


 だが、アスランは昨日聞いた解放者の話から、すぐに察した。


「では、私はこれで失礼します。皆さん、どうぞゆっくりと見学していってください」

「ありがとうございます」


 ガリウスは院長に挨拶をすると、幹部室へと戻っていった。横に付いたワーグが冷やかしたらしくガリウスが睨み、オサミラウが後ろから苦笑していた。

 そしてガリウスたちが訓練場から出ていくと、奈美恵たちや観覧席にいた職員たちが再び訓練を再開する。

 職員たちの訓練を見ながら、界斗、アスラン、セリア、院長の4人はしばらく話しをしていたが、再び、寮の界斗の部屋に戻って、一息ついた。


 その後、院長はさすがにいつまでも副院長やお手伝いの職員だけに孤児院のことを任せるわけにもいかず、夕方までに帰るため、幹部室に出向きガリウスたちに挨拶をすると、孤児院へ戻っていった。



    9



 夕方、界斗たちは寮を出ると、シスダール学院へと向かっていた。アスランとセリアが見たいと言ったからだ。


「本当に、校内へは入れないよ。行事のときは一般解放されるから入れるけど、今は夏休み期間だからな」

「わかってるって」


 界斗は2人を渋々シスダール学院へ案内する。

 あれこれ話しながら歩き、正門に着いた。


「へ~、ほんとうにお洒落な学校だね」

「だよな。俺たちがいた国立中学とは、全然違う。それに、俺が今通っている農業高校ともな……」


 夏休み期間だからか、噴水の水は止まっていた。それでも、お洒落な本館を正門から見回して感心する2人。

 そして界斗は、とりあえず口だけで校内の説明を始めた。


「木で隠れて見えづらいけど、あっちにバスケットコートとテニスコートがある。そしてその向こうにはグランドがあって……」

「ほうほう……」


 界斗の説明に、アスランとセリアは相槌をうちながら聞いている。

 夕方だから、クラブ活動帰りの生徒たちが校門から出てくる。

 校門の脇に立って、中を見ながら話しをしている3人を不思議そうな視線を向けながら通り過ぎていく。

 しばらく説明をしていると、声をかけられた。


「真田君?」


 ダニエルがいた。どうやら、クラブ活動の帰りらしい。陸上クラブのメンバーたちと一緒だった。


「あ、佐伯君。陸上帰り? お疲れ様」

「あぁ、真田君もお疲れ様。ところで、どうした? 正門に立って……もしかして、そちらはお友達?」

「そう、同じ孤児院にいた友達」


 界斗が頷くと、ダニエルが2人を見た。


「どうも、真田君と同じクラスの佐伯・ダニエル。よろしく」


 ダニエルが挨拶をすると、アスランとセリアも自己紹介をする。


「どうも、ヴァルフォード・アスランです」

「私はアバカロビア・セリアです」


 2人が自己紹介をすると、ダニエルは軽く話しを始める。


「もしかして、学校の見学?」

「そうです。界斗に言って、連れてきてもらったんです」


 セリアが答える。


「せっかくだけど、今は夏休みだからね。部外者はちょっと……秋に文化大会があるから、そのときに来てよ。歓迎するよ」

「本当ですか! 楽しみにしています」


 セリアが答え、アスランも頷く。


「じゃあ、俺はこれで。真田君、またな」

「うん。またね」


 ダニエルは陸上仲間とともに、バス停へ向かった。


「いい奴みたいだな。界斗が学校のほうは友達がいるみたいで、安心したぞ」

「まあね。学校はまあまあかな。クラスのみんなとも、仲良くやっているよ」

「そうかそうか」

「そうだ、今度、アスランの学校の様子とか友達を教えてよ」

「おう、いいぞ。けど、話すよりも夏休みが終わったら動画で送ってやるよ」

「わかった。楽しみにしている」


 話しをしていると、今度はオルテシアがやってきた。


「真田君、正門で何をしているのでしょうか?」


 ヴァイオリンを持ち、周囲には同じく楽器を持った生徒たちがいる。どうやらダニエルと同じくクラブ活動帰りらしい。

 界斗が校門にいるとは思わなかったのか、オルテシアはびっくりしたような表情をしたが、界斗が見つめると少し頬が上気した。


「ソフィスティードさん、管弦楽の帰りですか?」

「はい、そうです。そちらのかたたちは……お友達でしょうか?」

「そうです。同じ孤児院の友達です」


 界斗が2人を紹介する。再びお互い自己紹介をした。


「真田君、別荘の件は申し訳ありません。明日から1週間、会社の用事に出席しなくてはならなくなって……後日、日取りは改めて連絡をします」

「いえ、気にしてません。ソフィスティードさんも忙しいだろうから……」

「真田君、理解してくれて、ありがとうございます」


 界斗がオルテシアに気をつかうと、オルテシアが軽く会釈をした。


「それでは真田君、アバカロビアさん、ヴァルフォード君、私はこれで失礼します」


 オルテシアは再度、界斗たち3人に会釈をして、さらに管弦楽クラブの友達にも挨拶をすると、正門近くで待っていたタニアの所に行き、車に乗って帰っていった。


「あれが、ソフィスティードのお嬢様か」


 アスランが、走り去る車を眺めながら呟いた。


「なんか持っている雰囲気が、俺らとは全然違うよね」


 界斗が答えた。


「ほんと、たんなるお金持ちのお嬢様っていうだけではないって感じね」


 セリアも同意する。


「ところで界斗、なんだ別荘って?」


 アスランに質問され、界斗はソフィスティードの別荘に誘われたことを話した。


「いいなぁ、フェルティフォングの別荘か……界斗、お土産を買って来てね。お菓子でいいから。きっと、そこでしか手に入らない限定商品とかもあるはずよ」


 セリアがお土産をねだる。


「俺の分も頼む。食べ物なら、寮に送ってくれればいいから」


 アスランもセリアに続いてお土産をねだる。


「わかったよ。何か珍しいお菓子があるか聞いて、買って来るよ」

「頼んだぜ」


 その後、3人はシスダールの敷地の周りをぐるっと1周すると、界斗とセリアはそれぞれの寮に、アスランはホテルへと戻った。




 次の日、界斗はアスランと電気店で待ち合わせをすると、アスランに色々と教えてもらいながら携帯を買った。そして、お互い番号やメールアドレスを交換する。

 その後、院長とセデュー川に隣接する建都記念広場で待ち合わせをすると、天救教大聖堂へと続く夏の聖徒慰霊祭の飾りに彩られている聖堂橋を渡り、大聖堂の隣にあるセリアが働くレ・グラールガルエへ向かう。

 コック姿で出迎えたセリアをアスランが軽く冷やかし、セリアに言い返された後、3人は5階建てのレストランの最上階のテラス席に通された。

 そこで、本日の料理担当でもありセリアの上司であるシェフから挨拶を受けると、コース料理を堪能した。

 食後、界斗たちはウクテル中央駅まで行き、列車に乗るアスランを見送る。アスランがサイエルバームの農場へと戻っていくと、界斗たちも別れて戻った。


 次の日から、界斗は訓練をしたり、少し勉強をしたり、せっかくだからと1人で色々と解放者の近場の店に行ったりして夏休みを過ごす。

 中旬には、ウクテル郊外で開かれる大規模イベントの警備に、ルイバンや絵美菜のチームとともに1週間駆り出された。

 イベント警備の間に、オルテシアから別荘の日取りを決定したメールが来た。

 そして、界斗は前日に旅行の準備を済ませ、ソフィスティードの別荘へ行く日となった。

 夏休み終了、1週間前のことだった。

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