第1話 防衛任務 (約53,000文字)
明朝、界斗はルイバンやルイバンのチームメイトである中級職員のコーム・ヴォストと3人でウクテル中央駅に来ていた。
今回の任務は界斗のチームとルイバンのチームでの合同となる。場所は国都ウクテルから東に5000km以上離れたギュフェヌエメルト国にある研究所の為、浮遊音速特急・ギフュームに乗車して向かう事になっていた。
今回の任務に向かう界斗とルイバンのチームの内、解放者の寮暮らしのメンバーは界斗達3人だけだったため、駅について他のメンバーが来るのを通行人を眺めながら待っていた。
(時々チラチラと見られるな……別にハンターなんてめずらしくもないはず。解放者のベストを着ているからかな?)
界斗は通行人たちの一部が自分達の方を見てくることに気付いたが、あまり深くは考えず、ぼぉ~としながら他のメンバーが来るのを待った。
「ルイ君、おはよう!」
フィアリスが弾んだ声を上げルイバン目掛けて駆け寄ってくる。1人だった。奈美恵達とは家が離れているのだろう。
「フィアリ~、おはよう」
そのままフィアリスはルイバンに抱き付いた。
「あ、コームさんおはようございます」
フィアリスはヴォストに気が付くと、ルイバンに抱き着いたまま挨拶をする。
「あぁ、レイノールさんおはよう」
ヴォストは朝からルイバンにイチャつくフィアリスを一瞥しただけで軽く挨拶をした。
きっと見慣れている光景なのであろう。
その後、すぐにハミルトがやってきた。
さらに奈美恵、アンジェと続き、ルイバンのチームを纏めている上級職員のダンソート・ミセラスやその他のメンバーがやってきて、そこからさらに少し待つと最後に依琳と藍香がやってきた。
「全員揃ったようだね。では、ギフュームの乗車受付に行こうか」
ハミルトが一同に声をかけた。
一同は浮遊音速特急・ギフュームの受付へと向かう。この列車は普通路線とは運営している会社が違い、世界最大企業ベクシューム社によって運営されている。
浮遊音速特急・ギフュームは各国の首都と首都だけを結んだ特別特急である。普通路線を乗り継いで首都と首都を移動するよりも乗車料金は遥に高いのだが、音速による走行速度に首都に直通という事も相まって首都と首都を短時間で移動できるため平均乗車率は80%にも達する。
行先によっては飛空艇よりも短時間で移動できるため、企業の社長や有力者などのエグゼクティブな者達を中心に利用されていた。
今回の界斗達の乗車料金は一刻も早く来て欲しい、依頼企業であるソルフミット生技工から出ていた。
ちなみにソルフミット生技工は解放者のスポンサー企業でもある。
界斗達は乗車手続きをするために、ギフュームの乗車受付に来た。
受付カウンターは5か所あった。ハミルトが代表して全員分の乗車手続きをしている。
界斗は客の対応をしている受付嬢たちを何となく眺めていると、ふと既視感に見舞われた。
(あれ? あの女の人どこかで……)
大学生ぐらいの受付嬢を見た瞬間、界斗はどこかで会っている気がした。
その受付嬢も界斗の視線に気が付いて、界斗の方を見た。
首を傾げしばらく界斗の方を見続けていた受付嬢だったが、新たに客が来たためすぐに視線を客へと向けて対応を始めた。
「さあみんな、改札に向かおう」
手続きを終えたハミルトがやってきた。
一同は改札へと向かう。
「皆、このチケットと身分証を端末にかざして。これで出国手続きが出来るから」
界斗は渡されたチケットと身分証を端末に当てて改札を通過する。
一同はホームに上り待つこと数分、ギフュームがホームに到着した。
ちなみにギフュームは真空ポンプによって真空状態に保たれている透明な筐体の中を、推進石で浮かびながら滑らかに進む。推力は巡航時は推進石をつかい、音速加速時は車体後方にエネルギーを発生させその反動によって加速する。姿勢制御は通常時は推進石によってバランスを保たれているが、上方向と左右も超電導磁石による反発力によって筐体に衝突しない様に設計されていた。
一同はギフュームに乗車した。
車内は中央に通路があり左右に一人掛けのソファーが2脚並んでいる。定員は100名、全席指定席だ。
「凄くふかふかのソファーだ……座り心地だけなら解放者の休憩室のソファーよりいいかも」
高い乗車料金に見合った大変座り心地のよいクッションのソファーだった。
界斗はハミルトと並んで座る。その座り心地に感動して感触を堪能するように深々と座り目を閉じる。
「こんなソファー座ったことない……」
依琳と並んで座った藍香もソファーの座り心地に驚いて声を上げた。
「本当に凄い座り心地ですね」
界斗の前にアンジェと並んで座った奈美恵も感嘆の声を上げていた。
「任務でギュフェヌなんとかなんて聞いたことのない離れた国って言われたときはイラっとしたけど、これならそんなに遠くても悪くないね」
「そうだね」
ルイバンと並んで座るフィアリスも上機嫌で微笑みながらルイバンを見た。
一同が座り心地を堪能している間に、次々と乗客が乗ってくる。界斗達以外の乗客はみな高そうな服を着た大人である。
界斗は自分たちの横を通り過ぎて行く大人たちの身なりの良さを見ると自分達の恰好が場違いな様に思えた。
「ディンクさん、俺たち何か浮いてませんか?」
「そうだね。ギフュームの乗車料金は高いからね。乗ってくる人たちは上流階級の人たちだけだろう」
「そんなに高いんですか?」
「例えば東隣のタールダーム国の首都まで約10万ゾルスはするよ。距離が離れていればもっとするかな」
「ひぇぇぇ……そ、そんなに……えっと、ちなみに今回は……」
界斗は隣国首都までの料金を聞いて、今回の任務で赴く遠く離れたギュフェヌエメルト国首都までの乗車料金を想像して身震いした。
だがすぐに料金を知りたくなりハミルトに聞く事にした。
「一人、36万ゾルスだよ」
「そ、そんなに?」
聞いた瞬間、あまりの高さに絶句した。そしてハミルトは界斗のその表情を見ると頷いた。
「だよね、そう思うよね。俺も今回よく料金を出してくれたと思うよ。それだけ急いで来て欲しいんだろうけどさ……」
「……何か大変な任務になりそうですね」
「ほんと、そうならなければ有難いよ」
「けど、ちょっと乗車料金高すぎじゃないですか?」
「利用するのは、お金持ちだけだからね。彼らからしたらこの金額を払ってでも時間を節約したいのさ。その証拠にこの浮遊音速特急・ギフュームを運営するベクシューム社は純利益世界1位に何度も輝いているからね。それだけ利用者が居るってわけさ。もちろんベクシューム社はこのギフュームだけを運営しているわけでは無いけど、ギフュームが利益の中核を成しているのは間違いないよ」
「へぇ……俺はそんな高い乗車料金を払うぐらいなら飛空艇でも良い気がしますけどね」
「そこは人それぞれだよ」
話していると発車時刻がやってきた。
「本日は浮遊音速特急・ギフュームにご乗車くださりありがとうございます。発車時刻となりました。本機は各国首都を結ぶ直通の特別特急となります。次の停車駅はタールダーム国首都ベルダスです。到着時刻は8時10分頃です。それまでどうぞお寛ぎください」
女性の客室乗務員の説明が終わるとホームに発車を告げる音楽が鳴り響く。
扉が閉まるとゆっくりと滑り出すようにギフュームは発車した。
昼過ぎ、一同はギュフェヌエメルト国の首都ダイクに到着した。目的の研究所に行くにはここから通常路線に乗り換えて北上する。
「ねえ、ダンソートさん。ちょっと行きたいお店があるんですけど、寄っていいですか?」
フィアリスがギフュームの改札を出るとミセラスを見つめながらお願いした。
「すぐ済むのか?」
「ちょっと駅から離れているんだけど……」
フィアリスは口籠ると依琳と並んでいる藍香に声をかけた。
「藍香も行きたいよね」
「え? どこ?」
「ほら、昨日話したじゃん。ババロアと特産のシェンルを使ったケーキみたいなお菓子があるって」
「あの美味しそうなお菓子の事?」
「そうそう、依琳も食べたいよね」
フィアリスはさらに依琳を味方に引き込むべく声をかける。ちなみにシェンルとは青色のサクランボの様な形の果実で葡萄の様な味である。
「依琳はどう?」
「確かにあれは美味しそうだった。私もまだ食べたことない」
依琳も行きたそうにミセラスを見つめた。
「ダメダメ、行くとしても帰りだよ。それよりもお昼にしよう」
ハミルトはフィアリスと依琳から見つめられてたじろいでいたミセラスを庇う様に声をあげ一同を昼ご飯へ促した。そして改札前にあるレストランへと入っていく。
「ほら、3人ともまずは急いで向かわないと」
「そうよ。帰りには必ず寄るから」
「え~、必ずですよ」
奈美恵やアンジェに諭されフィアリス達はどこか拗ねながらレストランへと入って行った。
「ねえ、あの人達って解放者の人たちじゃない?」
お昼を食べているとレストランの女性客の2人組が一同を見ながら話していた。
「え、そうなの? 解放者があるのってアラミードだよね。何で遠く離れたここまで解放者の人たちが来ているんだろうね?」
「ほら、ソルフミット生技工の研究所が魔獣に襲われているってニュースでやってたじゃん。多分それだよ」
「そっか。わざわざ遠くから解放者の人たちが来るほど危険な状況なんだ。そこまではニュースで言ってなかったよね」
ハミルトはその会話を耳にすると眉を顰めた。そして一同を促した。
「どうやら急いだ方が良さそうだね。急かすようで悪いけど早く食べて向かうよ」
普段はどこかマイペースな藍香も緊張気味に頷くと急いで食べ始めた。
一同は急いで昼食を済ませると通常路線の特急列車に乗車した。
「奈美恵さん、真田さんってこの前の水球の試合に出ていたあのザンターク家の女の子と仲が良いんですか?」
電車に揺られながら窓の景色を眺めていた界斗は通路挟んで反対側のボックス席に座っている依琳達の会話に自分の名前が出てきたため聞き耳を立てた。
「え? 何で?」
「あの子の試合、水球のコントロールが酷かったじゃないですか」
「そうね……」
奈美恵はルリエラの試合を思い出すと苦笑した。
「あんなコントロールの仕方ありえませんよ。きっと何か特殊な病気かも。ノーコン病とか……真田さんにうつっていたら怖いですよ」
「なに馬鹿な事いうの。そんなことあるわけ無いでしょ」
奈美恵は界斗に気を遣い聞こえない様に小声で返事をした。
「はぁ、劉さんは……真田君、気にしなくていいよ」
界斗の向かいに座るハミルトにも依琳の会話が聞こえた為、ため息をついた。
「そうだな、俺もそんな病気は知らない。そんな病気はないだろう」
界斗の対角に座るミセラスも物体操作のコントロールが酷くなる病気なんて知らなかった。
「依琳、真田さんに悪いよ」
依琳の横に座る藍香もあまりの依琳の言い方を咎めた。
「藍香、あなたもよ。ノーコンがうつったら友達やめるから」
だが藍香に飛び火した。
「え? なんでそんな事言うの? 酷い……」
「後方から撃つ方は良いけど、前衛にとっては後衛がノーコンだったら脅威でしかないんだから。ですよね、奈美恵さん?」
(確かに後衛がノーコンだったら安心して前に出て戦えないけど……)
「依琳、あなたもしかしてちょっと不安になってる?」
「なりますよ。あんなの見せられたすぐ後に危険そうな任務だなんて。奈美恵さんは平気ですか?」
奈美恵はチラッと界斗を見た。
不機嫌そうにしている事が分かると苦笑いを浮かべる。
「そうね。けど真田君はルリエラちゃんみたいに、いい加減に乱射したりはしないわよ。それは試合を見ていたから分かるでしょ」
「いえ、私には真田さんに背中から撃たれる未来が見えます」
依琳は天を仰いだ。
「いつからお前は占い師になった?」
フィアリスが依琳の背後から身を乗り出しながらツッコんだ。
「さすがフィアリス、ナイスツッコミ」
「でしょ」
「依琳……あなた、もしかしてふざけてるの?」
奈美恵が依琳を咎める様に見つめた。
「いえ、本気でそう考えていますよ」
「依琳、そんな事考えてないで帰りにどこを観光するか決めようよ。そっちの方が楽しいよ」
フィアリスは携帯を依琳に手渡した。
「そこの遊園地なんてどう?」
「いいかも」
「でしょでしょ。藍香も行きたいところとか今のうちに決めておいた方がいいよ。折角こっちまで来たんだからさ」
フィアリスは帰りに遊んで帰る気満々だった。
「君たち浮かれない! 夏休みなのは分かってるけどこれは任務だからね。旅行じゃないんだよ」
依琳がフィアリスに携帯を返そうとした時、ハミルトが少し苛立った声を上げた。
「え~、ディンクさん厳しいですよ」
フィアリスが非難がましくハミルトを見る。
「レイノールさん、君ね……」
「……そんなダメな子を見るような目を向けないでください。そもそもこの依頼ってグラスロードさんの仕事なはずだったんですよね?」
「フィアリ~、あまり我が儘はダメだよ」
「え~、ルイ君まで。本来今頃は私たちは楽しい旅行に行ってたはずだったんだよ」
「オサミラウさんにはお世話になったからね。あの人のフォローだから仕方ないよ。旅行は予定を組みなおして行こう?」
「はぁ……ルイ君がそう言うなら我慢する。けどあの人、いつも勝手にどこか行くよね」
フィアリスはため息をつきながら椅子に座った。
「フィアリス、今のルイバン君との旅行って言葉は聞き逃せない」
今度は依琳が立ち上がると振り返りフィアリスを見下ろした。
「え? 別に夏休みだから旅行ぐらいいいじゃん」
「2人はまだ中学生、それなのに2人でお泊りなんて見過ごせない。それに2人っきりでホテルなんか泊まれないはず」
「はぁ? 何言ってるの依琳?」
「2人は熱い夜を迎え、セッ……」
「ちょ、ちょっとぉ、人聞き悪いこと言わないでよ」
フィアリスは慌てて立ち上がると、すぐに依琳の口を抑えた。
だが遅かった。その場の全員に聞こえていた。全員の驚いた視線がフィアリスに集まる。そしてその後その視線はルイバンを見た。
「は? いえいえ、僕たちはそんな事は……」
ルイバンが慌てて否定する。
「そうよ、私たちは清い関係なんだから。それに旅行と言っても私の親も居るんだから。家族旅行にルイ君を誘っただけよ!」
フィアリスは依琳を睨んだ。
「なんだ、つまらない……」
依琳は席に座ったが、フィアリスは見下ろして言い返す。
「それを言うなら依琳はどうなのよ?」
「何が?」
「ほら、憧れのあの上級の人と一緒のチームになれると浮かれていたのに、急遽真田さんのチームに変更されて不貞腐れてたじゃん……自暴自棄になって学校で男子を誘惑してたりして……」
「フィアリス……」
依琳から殺気があふれ出た。再び立ち上がりフィアリスを睨む。
背もたれを挟んで2人は睨み合った。
「何よ、依琳が先に私を淫らな女扱いしたんでしょ!」
「事実、ルイバン君にいつもぴったりくっ付いているクセに」
2人の視線が火花を散らす。気まずい雰囲気が流れた。
その後お互いそっぽを向き、席に座りなおすとそれぞれ携帯を眺めはじめた。
「グラスロードさんてどんな人?」
界斗が気まずい雰囲気に気遣ってルイバンに話題を振った。
「界斗さんはそんなに会ったことは無いんでしたっけ?」
「そうだね。新年度の時と5月に居室で1回見かけた事があったかな。後はこの前のパーティーの時会ったから、多分その3回だけだよ」
「簡潔に言うと僕の師匠です」
「ルイ君の師匠?」
「僕と父では体格も戦闘スタイルもあまりに違うじゃないですか。だから小さいころからオサミラウさんに稽古をつけて貰ってました」
「そうなんだ。ということはグラスロードさんて古株?」
「古株と呼ばれる人がいる程、解放者は古くはありませんけど。父とは昔からの知り合いです。それこそ僕が生まれる前からですね」
「じゃあ、ルイ君にとっては親戚のおじさんみたいな人なんだね」
「そうですね。それにオサミラウさんに稽古をつけて貰った事のある職員は多いと思いますよ。東宝院さんもオリバラードさんも稽古をつけて貰った事があります。上級職員の人たちにも沢山いるのでは?」
ルイバンはミセラスを見た。
「俺は違うがディンクはどうだ?」
「俺は何度か師事した事があるよ。解放者に来るまでは剣だけがメインだったんだけど、グラスロードさんから教えて貰って銃も使える様にしたしね」
ハミルトはオサミラウに銃の訓練をつけてもらった事があった。
「そういえば団長も魔獣との実践訓練はオサミラウさんに指導してもらっていましたね」
「それは本当か?」
ルイバンのさらなる情報の追加にミセラスが驚いて見つめた。
「ええ、解放者を立ち上げて団長がハンターになるときにですね。団長もアウルフィード王家の一員として一通りの武術の稽古を積まれていましたが、実戦の経験は無かったわけですから」
「そっか……そうだよね。誰にだって初めてはあるし、訓練だってするよね。だけど、団長がグラスロードさんに師事していたとは……」
ハミルトも驚いた。
「ルイ君、よくそんな事知ってるね」
「それはまあ……」
「あれ? 真田君知らない? ルイバン君は解放者設立メンバーの1人だよ」
「え? ルイ君ってその時からハンターやってたの?」
「さすがに正式に登録はしてませんけどね。それに戦闘といってもちょっとした魔獣討伐のお手伝いですよ」
「ルイ君、凄い……そんな子供の頃から……」
界斗は感心してルイバンを見つめた。
その後もオサミラウについて界斗達が話していると突如依琳が素っ頓狂な声を上げた。
依琳は向かいの藍香から携帯を見せられて驚いていた。
そして依琳は界斗をまじまじと見つめる。
「え? 何……」
「奈美恵さん、どうぞ」
依琳は藍香の携帯を奈美恵に渡した。
「うわぁ……」
奈美恵が驚いた顔をした。そして同じように界斗を見る。
「だから何……」
界斗はますます訳が分からず眉をしかめた。
奈美恵は依琳を見る。依琳は藍香を見た。
「藍香が見つけたんだから言いなよ」
「私が? ……分かったょ」
藍香は界斗を見る。界斗は何事かと身構えた。
「この前のザンタークさんとの水球勝負の動画がネットにアップされてます。フレンディーでアラミードのゼファレスの頂点が交代したと話題になってます」
「なに?」
それを聞くと界斗以外は慌てて携帯を取り出し確認した。
「本当だ、ネットにアップされてる」
界斗はハミルトから見せて貰った。
「げ……」
(だから朝、通行人に見られていたのか……)
「真田君、有名人だね」
ミセラスがからかう様に界斗を茶化す。
「え? 有名人……じゃあ、サインとかねだられたらどうすれば……」
界斗はどんなサインを書こうか真剣に考え始めた。
「馬鹿はすぐに調子に乗る」
依琳がボソッと呟いた。
「なっ!?」
界斗は依琳を睨んだが、いい返そうとして言葉を飲み込んだ。
(ガザエ君が言ってたっけ。劉アミューズメントって裏社会とも関わりがあるとかって……くっ、さっきから言いたい放題言いやがって、言い返せないのが悔しい……)
「依琳、いくらなんでもそれは……」
藍香が再度依琳を咎めた。
「分かってるわよ……藍香もさっきから真田さんの肩ばっかり持って」
依琳は面白くなさそうに携帯を見始めた。
「けど、このまま真田さんのゼファレスが凄いことが広まったらどうなるんですか?」
「そうね……大丈夫よ。実技大会は本来撮影禁止だもの。学校が要請して直ぐに削除されて鎮静化するわ。1週間後には別の話題でネットは盛り上がっていると思う」
奈美恵は少し考えると冷静な意見を藍香に伝えた。
その後、依琳は奈美恵や藍香と再び帰りの観光について話し始める。ディンクとミセラスは仕方なさそうに肩をすくめた。
特急電車にしばらく揺られ北部の大都市につくとさらに路線を乗り換える。
列車が正面に見える標高2000m近いアスペッツ山に近づくにつれて緑が深くなっていく。
ルーナムという田舎の町に着き駅を出ると、ソルフミット生技工の送迎バスが迎えに来ていた。
「解放者の方々ですね。この度は遠方よりわざわざお越しくださり、ありがとうございます」
出迎えた中年の男性は年相応に中学生にしか見えない藍香や依琳、ルイバンやフィアリスを見ると一瞬眉を顰めたが、すぐに一同をバスへと促した。
「研究所はこのルーナムからバスで20分ほどの所にあります」
バスはアスペッツ山に向けて森の中を走っていく。民家が無くなると辺りは深い木々に覆われ始めた。
日が傾き夕方になるころソルフミット生技工・新領域生命技術研究所に到着した。
「解放者の皆さま、遠路はるばるようこそお越しくださいました」
研究所の所長が出迎えにやってきた。
「私、所長を務めておりますラディオクと申します」
「これは出迎えありがとうございます。私がチームリーダーのダンソートです」
ミセラスが代表して挨拶をする。ちなみに副リーダーはハミルトである。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、リーダーの方達にはまもなく始まる会議に出席して頂きたいのです」
「分かりました」
ミセラスがハミルトに目配せするとハミルトも頷いた。
「それではこの者が宿泊場所に案内致します」
後方に控えていた女性が挨拶をした。
一同は入り口正面にある本館へと入っていく。
そしてエレベーターで4階に上がった。
4階にはミーティング等を行う多目的室がいくつもあった。そこをハンター達の宿泊場所としていた。
「男性はこちらの部屋をお使いください」
そこには解放者様と書かれた張り紙が張ってあった。他にもハンターチームの名前が幾つか書かれている。
「どうやら他のクランのハンターも居るみたいだね」
ハミルトが扉を開ける。中央に6人掛けのテーブルが2つ置かれていた。そこには界斗と同年代らしきハンターと年配のハンター、30代ぐらいのハンターの3人が椅子に座っていた。
そして左右には衝立が立てられ区切られていた。どうやらチームごとに就寝スペースが割り当てられているようだ。
椅子に座る3人の好奇の眼差しにさらされながら、界斗達は解放者に割り当てられたスペースに荷物を置く。
「リーダーの方は会議に出席をお願いします」
すぐに先ほどの女性が呼びに来た。
ミセラスとハミルトは女性に連れられ会議室がある2階に向かった。
「俺たちはどうすればいいのかな?」
ヴォストが界斗やルイバンに尋ねた。
「そうですね……とりあえずダンソートさんやディンクさんが戻るまで待機ですかね」
ルイバンは返事をすると空いてる椅子に座る。そして携帯を取り出した。
「どうも、こんにちは」
界斗は先に室内にいた3人に挨拶をしてルイバンの隣に座る。ヴォストは何も言わずにルイバンの向かいに座って同じように携帯を取り出した。
しばらくすると扉をノックする音がした。
「どうぞ」
「ルイ君、敷地内を確認に行こうよ」
扉が開くとフィアリスが室内に入ってきた。
後ろにはその他の女性陣一同が居た。
「そうだね。任務地の現状確認は重要だね」
ルイバンは携帯をしまうと立ち上がる。界斗達もそれに続いた。
一同は揃って本館を出て確認をする。
本館の裏手にはいくつも研究棟が建っていた。
帰宅時間なのだろうか敷地内をオルテミット技研の社章が入った白衣やら作業着やらを来た研究員や技術者らしき者達が鞄を持って歩いていた。それ以外にも様々な装備を身に着けたハンター達もいた。
「魔獣が襲ってきているのに普通に働いているんですね」
界斗は歩きながら職員を見て不思議に思った。
「そうね。学生には分からないでしょうけど、企業はそう簡単には業務は止められないのよ。よほどの危険と判断されない限りは仕事せざる負えないでしょうね」
アンジェは辺りを見回しながら答えた。
「あ! 灯りがついた」
暗くなってきたからだろう。外灯が点った。まるで昼みたいな明るさだ。
「何か凄い明るい」
藍香がボソッと呟く。
「見て、あきらかに急ごしらえの外灯が沢山付けられているわ」
奈美恵は研究棟の壁などにコードむき出しで付けられているライトを指した。
「きっと夜間警備の為に急ごしらえでつけたんでしょう」
ルイバンチームの衛生担当の1人であるソムリット・サージェラが、まぶしそうに眼を細めながら電灯を見つめた。
一同は研究所の敷地内にある幾つもの建物の間を歩いて行く。途中、明らかに血だまりがあったようなシミが広がっている場所が目についた。付近の壁にも血痕が飛び散っている。
「まだ敷地の端では無いですよね」
「結構中まで入り込まれているみたいね」
奈美恵とアンジェの会話を聞きながら、界斗はどんな魔獣が居るのか想像した。
(こんなにハンターが居るのに、中まで入り込まれているなんてどんな魔獣だ? それにあの血はどっちの血だろう? ハンターの血だったら魔獣がそこまで強いって事なのか……)
「真田さん、もしかして怖気づいてます?」
フィアリスが界斗の緊張している顔を見てからかうように声をかけた。
「どんな魔獣が居ても大丈夫ですよ、ルイ君がいますから。ね、ルイ君!」
「フィアリ~、あまり僕のハードルを上げないでくれるかな……」
「え~、ルイ君なら真祖がいても余裕だよ」
「フィアリス、へんなフラグ立てないで」
依琳がフィアリスを睨みつけた。依琳は先程の事でまだフィアリスに怒っていた。
「ごめん、ごめん。さすがに真祖なんていないよね。居たら研究所はすでにボロボロにされているよね」
対するフィアリスはもう気にしていなかった。
一同は一通り歩いて現状を確認すると本館へと戻った。
本館に戻ると1階のロビーにハンター達が屯ッていた。
「おい、あいつら見ない顔だな」
「あの紋章は解放者じゃねぇか。確か来るって話を聞いたぞ」
「まじか。わざわざアラミードからね。ご苦労な事だ」
「なんか下級職員みたいじゃないか。あの子達なんか明らかに女子中学生だろう。それ以外も高校生みたいじゃないか」
「他国への遠征に学生を連れてくるか? 夏休みの旅行と勘違いしてるんじゃ無いのか」
「解放者ぐらいになると、こんな田舎の事は学生達に任せておけって事だろう」
「成程、舐められてるのか……」
「それに見ろよ。男3人で美女美少女を連れやがって」
「羨ましい……ハーレムかよ」
「俺も解放者に入りてぇな」
ハンター達が界斗達一同を見て口々に思った事を言い始めた。主に男のハンター達だが……
解放者に入りたいと言った男はチームメンバーらしき女性ハンターにどつかれていた。
「あのゴミハンター共、のめしますか?」
依琳がボソッとアンジェに囁いた。
「劉さん、騒ぎはダメよ。これから共闘するんだから。やるんだったら帰りにしなさい」
「え? ……ロペーツさん、許可してくれるんですか?」
断られる前提で軽口のつもりで言った依琳だったが、アンジェが予想外に許可を出したため驚いた。
「はぁ……」
そして奈美恵は依琳を見てため息をついた。
(冗談に決まっているでしょ。手を出したら大問題でしょうが……)
「所で皆さん何故集まってるんですかね?」
ルイバンはハンター達を見回して疑問に思った。
「さぁ?」
ヴォストが肩をすくめる。
その時、階段から集団が降りてきた。一団の中にはミセラスやハミルトも居る。
「皆、ご苦労様。知ってると思うがアラミードから解放者が来てくれた。それによって今からそれぞれの担当場所の変更を発表する」
この場のハンター達のまとめ役をしているらしい壮年の男性ハンターが、クランごとに新たに割り振られた警備場所を発表した。
界斗達解放者は研究所敷地の外れに近い第6研究棟のエリアが割り振られた。
界斗達は本館を出て早速割り振られた第6研究棟に向かっていた。
「会議で伝えられた現状の説明をするね。この森にはもともとゲラダンの群れが住み着いていたんだけど、1年ぐらい前から研究所の付近で魔獣化した固体が見られ始めたらしい。数が少なかった為放置していたらしいんだけど3週間前から襲撃が始まった。はじめは3匹ぐらいが寄ってくるだけだったんだけど、その内にどんどん増えていったらしい。今日の昼は20匹以上が押し寄せた」
「20匹……」
数を聞いて界斗は唾を飲みこんだ。ちなみにゲラダンとは3本指で手首に鉤爪が生えている猿に似た少し好戦的な動物である。
「現在、研究所にいるギュフェヌエメルトのハンターの数は62名、研究所警備員が13名だそう。そこに俺たち12名が加わったわけだけだから、それなりの数の魔獣が押し寄せても問題ないと言える戦力だろうね。さらに押し寄せる敵の半数近くは魔獣化していない単なる動物のゲラダンみたいだから、それを考えると敵の戦力は今のところは大したことないと考えられている」
「よかったぁ」
界斗と同じように魔獣の数を聞いて緊張していた藍香もホッとした。
「敵は北や北東の方角から主にくるらしい。時間は不規則で夜の時もあれば昼の時もある。早朝なんて事もあったらしい。職員が居るから分かると思うけど、研究所は重要な止める事の出来ない研究テーマについては業務を行っているらしい。それでも60%の職員は自宅待機で騒動が収まるのを待っている状況らしいから会社側もいち早く解決する事を望んでいる」
「つまり職員も守る必要があるんですね」
「敵襲時には職員には室内待機が命じられている。基本的には建物内に入れないことが重要だね」
「成程……」
一同は頷いた。
「さて、夜間の見張りだけど主に襲撃が来る北側を警備する。今から夜21時まで俺とディンク君とルイバンの3人で警備。21時から23時までレイノールさん、劉さん、鈴原さん達中学生で担当してくれ。23時から夜中の1時まで真田君、コーム君、ヴァイゼフさんの高校生組。1時からは俺とソムリットさんとデフォンさんの3人で警備、明け方4時になったらディンク君、ロペーツさん、それに悪いがルイバンには再度警備についてもらう」
ミセラスはルイバンを見た。
「分かりました。朝早くても大丈夫です」
平然とルイバンは了承した。
「さて、明日の事はまた明日の朝になったら伝える。では、俺たち以外は夕ご飯にしてくれ。ご飯は時間になったら弁当等が本館ロビーに用意される。纏めて渡されるから俺たちの分は宿泊場所に置いておいてくれ」
「分かりました」
その後、一同は第6研究棟の周囲を一通り確認する。
確認が終わるとルイバン、ハミルト、ミセラスの3人はその場に残り、界斗達は本館へと戻った。
本館に戻った後、弁当を受け取ると宿泊場所に戻る。他のチームのハンター達の会話を聞きながら界斗とヴォストは弁当を食べた。
「真田君は夜間の仕事は初めてかい?」
食後、界斗はやる事が無く寝っ転がっていた。ヴォストも同じように寝転がりながら携帯をいじっていたがふと界斗に声をかけた。
「はい、初めてです」
界斗は自分は幹部だが相手は年上でクランの先輩だからと敬語を使って話す。
「そっか。暗闇は視界が悪いから特に気を付けないといけない。一応研究棟の周囲はライトで照らされているとは言え遠距離からの攻撃には気付きにくくなる」
「そうですね」
「ライトを消して暗視ゴーグルという手もあるけど、それだと他の者が不利になるからな。後はセンサーカメラ等があるけどダンソートさん持ってきたかな……」
「そんな物もあるんですね」
「戻ってきたら聞いてあげる。君のゼファレスで先制できれば有利に戦えるだろうからな」
「確かに遠距離攻撃で先制出来れば暗闇でも有利ですよね」
会話が終わると界斗は携帯を持っていない事を少し後悔しながら暇を持て余し寝ころんでいた。
21時になりルイバン達3人が戻ってくると、約束通りヴォストはミセラスにセンサーについて聞いた。
「ああ、1台だけだけど念のために持ってきてる。確かに真田君のゼファレスで先制すれば有利だな。ただし火球はダメだぞ」
「それぐらいは分かってますよ」
ミセラスがセンサーカメラを取り出すと、界斗は使い方を教わった。
見張りの時間になると界斗とヴォストは奈美恵と共に第6研究棟へと向かった。
界斗は左肩からモバイルサイズぐらいのモニター端末が入ったショルダーケースを下げ、腰のホルダーには手のひらサイズのゼファレスの活性を捉えるセンサーと超音波センサーさらに小さなモニターが一体になったセンサーカメラが納められていた。
モニターは片目のゴーグルタイプもあったが慣れない界斗には見づらかった為、モニター端末のみを持ってきた。ちなみに端末へのデーター送信は無線である。
界斗はセンサーカメラ以外は持ってこなかった。
実は最近は盾を持ち歩かずゼファレス粒子による障壁を盾代わりとしていた。薬草園での闘いを経験し盾が無くても立ち回りが出来る様になりたいと思ったからだ。
相談を受けたガリウスは何度かテストをすると許可を出していた。
そして界斗は歩きながら奈美恵にもセンサーカメラの事を伝えた。
もう仲直りをしたらしく、本当にちゃんと見張っていたのか疑わしくなるぐらい楽しそうに話していたフィアリス達3人と交代すると、界斗達は無言で立ち始めた。
第6研究棟の左前方には第3研究棟があり別のハンターチームが警備に当たっている。少し離れた右手東側は柵がありその先は木々が生い茂っている。ライトは柵の向こうまで照らされているが、その先は完全に暗闇だった。
第6研究棟の右手後方南東側には備品倉庫がある。魔獣は主に北側から来ていたが北東からも出現することがあったため東側も巡回するように警備されていた。この巡回にも別のチームが割り振られている。
ちなみに西には少し行くと川があり、南西にはルーナムへと続く道路がある。魔獣はそちらからは1度も来ていない為、警備は手薄にされていた。
「俺、ちょっと巡回してくる。何かあったら無線で連絡するから」
無言でいた3人だが無言に耐えられなかったのかヴォストが少し経つと2人から離れていった。
界斗と奈美恵は無言で立ちながら北側を眺めていた。
界斗はチラッと奈美恵の横顔を見る。
「ヴァイゼフさん、話していも良いかな」
「別にいいわよ。なにも無言で見張っていろなんて誰も言わないでしょうし」
「そうなんだ。巡視任務以外知らないから……」
「私も巡視以外の任務はあまり経験が無いけど、警備場所によってはお喋りしていると依頼者から怒られた事はあったわ。けどここは大丈夫。ほら、向こうからも話し声が聞こえるでしょ」
巡回しているハンター達の話し声が聞こえてきた。
「確かに……」
「話し声を響かせることによって魔獣に警備しているって事を知らしめているのよ。魔獣が少数で簡単に寄ってこない様にするためにね」
「そっか。じゃあ、気楽に話せるね」
「それで話って?」
「来月のソフィスティードさんの別荘の事なんだけど……」
「その話ね。私も蔵林さんから聞いたわ」
「いやさ、何も差し入れとか持たずに行っていいのか分からなくて……何かお菓子とか持って行った方が良いのかな?」
「そうね……むしろ持っていかない方が良いかもね」
「何で?」
「まずは別荘という事。普段誰かが住んでいる実家とかなら挨拶の品が必要でしょうけど、普段は使われていない別荘に招待されたから」
「そっか……」
「次に相手がソフィスティードさんだから。お礼として招待されているのに何かを持っていくのは、ソフィスティード家のお礼の気持ちに唾を吐くにも等しいわよ」
「なんだか難しいな……ちなみにヴァイゼフさんは?」
「その話なんだけど、私は行かないつもり……」
「え? 何で……」
「ほら、クラスが違うでしょ。いくら佐伯君や川峯さんとも面識があるとはいえ、あなた達の班の中に私1人が混じるのもね……何か変でしょ?」
「そうかな? 誰も気にしないと思うけど?」
「私は気にするのよ。残念だけど今回はパスね」
「そっか……ソフィスティードさんも残念に思うだろうね」
「……」
奈美恵はその問いには答えずに無言だった。そして会話が途切れると2人は再び無言になった。
その後、ヴォストが戻ってきて無言でいる2人を見て、この2人はずっと無言でいたのかと重い顔を引き攣らせたが、何も言わず界斗の横に立った。
再び3人で無言で立っていたが、今度は気まずくなった界斗が離脱した。
「今度は俺が巡回してくるよ」
界斗は体をほぐしながら歩き始めた。
「真田君、すぐに来て!」
そして10分も経たないうちに無線で奈美恵から呼び戻された。
界斗は駆け足で急いで戻った。
だが、今まで立っていた場所には奈美恵もヴォストも居なかった。
界斗は辺りを見回す。すぐに見つけた。
奈美恵やヴォストそれに巡回組のハンター3人が柵に近寄り森の中を見ていた。
界斗が近寄ると奈美恵が気が付いた。
「真田君、森の中に何かいるみたいなの。息遣いが聞こえる」
界斗は耳をすませた。全神経を森の中へと集中する
「風じゃないの?」
ライトが届かない闇の奥から息遣いの様な葉がこすれ合う様な音が聞こえるような気がしたが明確には判断できなかった。
「確実には分からないからすぐに呼んだの。ほら、センサーカメラとか持ってたでしょ」
「あ、そっか」
界斗は腰のホルダーからカメラを取り出した。そしてモニター端末もケースから取り出す。
その場にいる皆がモニターに注目した。
「ほう、便利な物持ってるじゃないか。さすが解放者、準備がいいな」
1人のハンターが感心した様に界斗をみた。
「リーダーが持ってきた物ですけどね」
界斗は答えながら電源を入れる。そして森に向けるとゆっくりと探っていく。
「おっ……」
誰だろうか、誰かが思わず声を上げた。
そこには黄色い固まりが茂みに隠れる様に2つ佇んでいた。黄色い、センサーから放射されたゼファレスに反応するようにゼファレスが活性化した生物が居るという事だ。
「2匹居やがるな」
ハンターの1人が呟く。
「どうする? 森に入って殺るか?」
「いや待て、もう少し確認したい。君、もっと周囲を探ってくれるか」
界斗は年配のハンターに言われた通りカメラを広範囲に動かし始めた。
探る事数分、他には木々や茂み以外映らなかった。
「取り合えず2匹だけみたいだな。ここは俺たちがやろう」
「待ってください。ここは私達というか彼、真田君に任せて貰えないでしょうか?」
奈美恵が年配のハンターに提案した。奈美恵もヴォストと同じように界斗のゼファレスを有効利用したいと考えていた。
「何かいい手があるのか?」
「彼は創成術が得意なんです。今は夜です。わざわざ柵を超えて討伐するよりも、撃退するだけにしませんか?」
「そうだな。安全に撃退できるのであればそれに越したことは無いが、君はそれが出来るのかい?」
界斗は年配のハンターに聞かれてすぐに返事をすることを躊躇った。見知らぬ魔獣だから上手く撃退できるか分からなかった。
だが出来ないというと奈美恵の期待を裏切るようで嫌だった。界斗は少し考えると奈美恵に聞いた。
「ヴァイゼフさんはどんな攻撃が良いと思う?」
「そうね。硬い物質を高速で当てればそれで十分撃退できると思うわ」
「じゃあ、ポリスチレンを撃てばいいか……分かりました。やってみます」
「そうか。では君に任せよう」
界斗はモニターに映る2匹の魔獣を見る。
(多分大きさは全長1mぐらいだろうから、2匹同時に巻き込むとしたら余裕を見てポリスチレンの大きさは3mぐらい必要か……)
「2匹同時に攻撃するとしたら、大きく創成する必要があるから周りの木も巻き込むけど、どうする?」
界斗は再び奈美恵を見た。
「確かにそうね。じゃあ1匹だけにしましょう。多分それでもう片方は逃げるでしょ。それとも周りの木を巻き込まずに小さなポリスチレン球で2匹同時に攻撃出来る?」
「夜だから遠距離だと厳しいかな……1匹だけにするよ」
「その方が賢明ね。じゃあ右の方が狙いやすいと思うわ」
「右だね。分かった。ヴァイゼフさん、方向の確認をお願いしていい?」
「任せて」
界斗は奈美恵に端末とカメラを渡すと宙に浮かび上がる。
柵の高さを超えると掌を森に向けてポリスチレンの創成を始めた。
「おぉ」
「瞬時にあの大きさまで……」
瞬く間に大きくなったポリスチレン球を見てハンター達が感心した。
「向きはこれでいい?」
界斗は奈美恵に確認した。
「少し右に修正して、約10度」
奈美恵は界斗の腕の方向と魔獣の位置を確認する。
「いいわ。その方向に真っすぐ撃って」
(体長は1mぐらい。吹き飛ばすとなるとかなりの速度で撃ち出す必要があるな)
界斗はかなりの速度で直径50cmぐらいのポリスチレン球を撃ち出した。
目にも止まらぬ速度で魔獣が居るであろう方角に飛んでいく。
「グギャッ」
鈍い衝突音の後、獣の悲鳴と何かが吹き飛び転がる音が聞こえた。その後、茂みが大きく揺れ奥から何かが走り去る音が聞こえてきた。
「ギュエ……ギュェェ……」
さらに獣の掠れたうめき声が遠ざかっていく。どうやらポリスチレン球が当たった魔獣がなんとか逃げようとしているみたいだった。
そのうめきごえは先に逃げた仲間を咎めるかのように聞こえた。
「止めを刺しますか?」
奈美恵は年配のハンターに聞く。
「いや、撃退するだけにするんだろう。放っておこう」
「分かりました。真田君、ご苦労様。降りてきていいわ」
界斗は地面に降りた。
「おみごと。なかなか良かった。流石は解放者のメンバーだな」
「ありがとうございます」
「それではお互い仕事に戻ろう」
ハンター達は巡回に戻り、界斗達は第6研究棟の北側で再び立って警備を始めた。
界斗は初めて行った暗闇への狙撃を成功させたという事で少し興奮していた。
立ちながらポリスチレン球を撃ち出した右手を何度も握りしめる。
それ以降は特に何も起きず時間が過ぎていった。
「やっぱり、君のゼファレスは凄いな」
何度かヴォストが話を振ってきて3人で会話をしていると交代の時間になった。
そしてミセラス達がやってくると界斗達は宿泊場所に戻りすぐに就寝した。
次の日の朝、界斗とヴォストは7時前に警備から戻ってきたハミルトに肩を揺すられ起こされた。
「え……もう時間ですか」
「朝ごはんを食べて8時から警備に入って」
「ふあぁぁ……分かりました」
何とか起きて眠気を振り払うと、用意されていたサンドイッチの朝食を食べる。
その後、洗面を済ませたり少し休んだりしたらすぐに第6研究棟に向かった。
「3人ともおはよう。交代するから朝ごはんを食べて来て」
「奈美恵さん、おはようございます。後の2人も」
「ああ、おはよう」
フィアリスが3人分まとめて挨拶をすると、3人はすぐに本館へと戻って行った。
界斗は研究棟の前に立ちながら、出勤してきた研究所の職員たちが棟内に入っていくのを何となく眺めていた。
その後、9時になると界斗とルイバンのチーム全員が第6研究棟前に揃う。その場で昼休憩の順番が伝えられ、さらにチームごとに午前と午後に分かれ研究所の敷地内を一通り巡回して確認する事を伝えられた。
昼の弁当を食べ休憩時間が終わると、界斗のチームは渡された研究所の配置図を見ながら巡回していた。
時折すれ違う職員やハンター達に会釈をしながら一行は歩いて回る。
「ここにも血だまりの跡がありますね……」
昼間に巡回すると昨日気付かなかった血だまりの跡が幾つも目に付いた。
「俺たちが来たからにはこんな中まで入り込まれない様にしないとね」
ハミルトの言葉に一同は頷いた。
だがすぐにその考えが甘かった事を思い知らされた。
さらに巡回を続けていると突如けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「緊急事態、緊急事態、多数の魔獣が押し寄せています。職員は室内待機、ハンター各員は持ち場の警備に最低人数だけ残し直ちに第3研究棟北西に集合してください」
そして緊迫した放送が大音量で流れた。
本館近くまで南にきていた界斗達は顔を見合わせた。
「みんな走るよ!」
ハミルトが駆け出すと界斗達は後に続いた。
第6研究棟の近くまで戻って来たとき前方から猿の様な魔獣が走り寄ってきた。
依琳は剣を抜くと瞬時に近寄り首筋を深々と切り裂いた。
魔獣が首から血を吹き上げながら倒れる。
それを界斗は眺めていたが、ハミルトが銃を取り出し向けた先に視線を向けた。
魔獣が建物の壁から界斗達に躍りかかってきた。
ハミルトの銃が発光し鋭い音と共に弾が撃ち出された。ゼファレスを込められた弾丸が魔獣の肩を貫く。地面に落下した瞬間、奈美恵の剣が突き出され喉を貫いた。
「もうこんな所まで入り込まれているなんて……」
奈美恵は剣を引き抜きながら眉を顰める。
「急ごう、まずは第6研究棟に行ってルイバン君達と合流するよ」
界斗達は再び駆け出した。
ルイバン達は第6実験棟まで押し寄せてきた魔獣たちの相手をしていた。
実験棟の西側でルイバンとフィアリスは縦横無尽に動き回り、魔獣を屠っていた。
リンカやサージェラは第6実験棟の壁に張り付きよじ登ろうとしていた魔獣を銃で撃ち落とした後、短剣で止めを刺していた。
界斗達が駆けつけたときには、研究棟の西側は20匹近い魔獣の死骸が転がり、流れ出た血で地面が赤く染められていた。そして1階の窓ガラスは何か所か割られている。さらにヴォストとミセラスの姿は見えなかった。
北側から次々と押し寄せる魔獣をルイバンとフィアリスの2人で死骸へと瞬時に変えていく。
「ルイバン君、状況は?」
ハミルトは魔獣を切り倒しルイバンに近寄ると声をかけた。
「ディンクさん、まずい状況ですね。押し寄せているのは魔獣化した固体ばかりです。そしてすでに建物の中に入り込まれています。この場に居ないダンソートさんとコームさんは東側に行ってます」
依琳や奈美恵も参戦し魔獣たちに切りつけていく。藍香はディスクを取り出すと依琳や奈美恵のサポートをするように魔獣たちを攻撃していく。
アンジェも伸縮式の杖を取り出し伸ばすと近寄って来た魔獣に対処を始めた。
(まじかよ、こんなに魔獣が押し寄せてくるなんて……)
界斗は押し寄せてくる魔獣の多さに呆然と眺めていたが、気を取り直すとポリスチレン球で攻撃を始めた。
(敷地内だから火球はまずいよな……)
目についた魔獣目掛けてかたっぱしらに打ち込んでいく。
「あ! 魔獣たちが屋上に」
フィアリスが声を上げた。
次々とやられていく仲間たちを見て、魔獣はルイバン達を避ける様に屋上へと向かう個体が多くなり始めた。壁に張り付いていた魔獣はリンカとサージェラの二人で処理していたが対処しきれなくなり次々と屋上へ上られてしまう。
「フィアリ、行くよ」
ルイバンはフィアリスに声をかけると非常階段へと走り寄り、壁や階段の手すりを三角跳びの要領で跳ぶように昇っていく。フィアリスもルイバンに続いて跳びあがって行った。
「ヴァイゼフさんと劉さんも2人は屋上へ」
ハミルトが奈美恵と依琳に指示を出す。依琳は壁に向かって駆け出す。足の指先まで身体強化をかけると壁を蹴って跳び上がり、自身の物体操作と併用して垂直に屋上へと昇って行く。
奈美恵はルイバンやフィアリスと同じく非常階段の手すりを使って屋上へと蹴りあがって行った。
「皆凄いんだ……」
界斗はルイバン達の動きが自分が練習しているアクロバティックな動きとは比べ物にならないレベルだったことに感心して眺めていた。
「真田君、ぼうっとしない! 俺たちだけで地上の魔獣は殲滅するよ」
「あ、はい!」
界斗は慌てて近寄ってくる魔獣にポリスチレン球を撃ち始める。だがこの魔獣は犬もどきよりも反射がよかった。不意打ちの狙撃ならまだしも、いくら正面から連打するように撃っても距離が離れていれば簡単に避けられた。
「当たれ、当たれ!」
ハミルトが次々と魔獣を処理していくのを横目で見ながら界斗は焦り始めた。
藍香やアンジェもハミルト程ではないが魔獣を次々と倒していく。
(く、なんか俺だけ情けないじゃないか……)
何度も犬もどき相手に訓練を積んできたのに当たらない為、界斗は焦り始めた。
「真田君、この魔獣は反応が良い。遠距離を狙わないで君は鈴原さんのサポートを」
そんな界斗を見かねてハミルトが指示を出す。
藍香は狙いを絞り3枚のディスクを巧みに操って1体ずつ丁寧に倒していた。
しかし魔獣に近寄られることもあり、攻撃を躱しながらディスクを飛ばしていたため攻撃に集中できていなかった。
「分かりました」
界斗は返事をすると藍香の側に寄る。そして近寄って来た魔獣を障壁で防ぐとカウンターとして瞬時にポリスチレン球を撃ちこむ。吹き飛んだ魔獣は痛みでのたうつ。そこに藍香のディスクが飛来し次々と切り裂く。魔獣は血を流しながら息絶えた。
「鈴原さん、近寄って来た魔獣は俺に任せて」
「ありがとうございます。真田さん」
さらにアンジェも藍香のサポートとして藍香を守る様に戦う。
3人が連携したことによって魔獣を殲滅する速度が上がった。
しばらく戦っていると建物内から悲鳴が上がり始めた。
どうやら侵入した魔獣を見た職員達が悲鳴を上げているみたいだ。
「真田君、上空まで飛んで状況の確認を」
押し寄せてきた地上の魔獣があらかた片付いて落ち着いたタイミングで、ハミルトが界斗に声をかけた。
「上空? つまり空からですか?」
界斗は雲が漂う空を指さした。
「そう、早く行って」
「あ、はい」
界斗は自身を物体操作して空中へと飛んだ。
屋上よりもさらに高く浮かび上がると界斗は辺りを見回した。
北側より魔獣は押し寄せてきているがもう群れは途切れそうだった。
だが研究所の敷地内に入り込んだ魔獣の数は多く、至る所に入り込まれていた。
ハンター達は北側に多く集まり、西側が手薄になっていたが数人のハンター達が西側に移動を始めているのが見て取れた。
「真田君、状況を教えて」
ハミルトから無線が入った。
「北側から押し寄せてくる魔獣は食い止められています。数が減ってきているのでもうすぐ終わりそうです。西側に居るハンター達の数が少なく苦戦しているみたいですが北側から援護に向かっています」
「了解した。屋上のルイバン君たちの様子は?」
界斗は真下に見える屋上を見た。
「屋上の戦いはもう終了しそうです」
屋上に上がった4人は次々と魔獣の死骸を量産していった。
だが北側からだけでなく東側からも次々と魔獣が上ってきた。
屋上という限定された場所に4人だけになったのを好機と捉えた為なのか理由は分からないが、魔獣は4人に次々と襲い掛かった。
しかし押し寄せる魔獣よりも強者たる4人は物ともせずに倒していく。
「あなた達みたいな弱い魔獣がいくら来たところで無駄なんだから! うっとおしい!」
フィアリスは文句を言いながら魔獣を倒していく。
「そうそう、早く森にお帰り。それとも魔獣が人様の領域に入って来たらダメな事がお馬鹿な頭では分からないの?」
依琳も何か魔獣に語り掛ける様に文句を言いながら倒していく。
奈美恵はそれを聞きながら吹き出しそうになった。
「2人とも魔獣にそんな事言っても分かるわけないでしょ」
「いや、もしかしたら分かるかも知れないじゃないですか」
「フィアリス、さすがにそれは無い」
「じゃあ依琳はなんで魔獣に語り掛けた?」
「何となく言いたくなった」
「……」
ルイバンはそれを聞いて魔獣を倒しながら苦笑した。
次々と倒される同胞を見て一部の魔獣が屋上入り口から建物内へと逃げる様に入り込んでいく。
屋上に上がってきた魔獣が残り2体になった時、界斗の無線が聞こえてきた。
奈美恵は上空を見上げて界斗の姿を確認した。
「ディンクさん、何匹か屋上からも建物内に入り込まれました。これから討伐に向かうので真田君にも来てもらって良いですか?」
奈美恵が無線で聞いた。
「了解した。こっちも落ち着いたから鈴原さんを中に向かわせるよ。真田君、屋上から建物内に入って魔獣の掃討を」
「分かりました」
界斗は屋上へと向かう。
ルイバンとフィアリスは残りの2体の魔獣を始末するとすぐに建物内へと入った。
「奈美恵さん、私も中に入ります」
依琳もルイバンとフィアリスに続いて建物内へと入る。
奈美恵は降り立つ界斗を待つ。
そして2人も建物内へと入った。
第6研究棟は5階建てだった。
屋上から5階に降りた2人に階下からフィアリスの声が聞こえた。対して5階は静まり返っている。
「真田君は5階の確認を。私は北側の階段から降りて確認していくわ。5回の確認が終わったら南側の階段から4階に向かって確認をして」
階段は北側と中央、南側の3ヶ所あった。屋上へと続く階段は中央だけだ。
界斗はまずは奈美恵と共に北側へと進みながら室内を確認していく。
時折中からガラス越しに心配そうに見てくる職員達の視線を受けながら進んでいく。
「こっち側には居なさそうね。後は南側をお願いね」
「分かった」
奈美恵は階段を降り、界斗は引き返し南側の部屋を確認していく。
「ルイ君、そっちにいったわ」
「分かった、まかせて」
中央階段付近でいまだに戦っているのか、下からルイバンとフィアリスの声が先程と同じように響いてくる。
界斗は5階全ての室内を廊下から確認し終えた。
「よし……この階には居ないな」
界斗は4階に向かうために階段へと差し掛かった。
その時、影が階段から飛び出してきた。
「うわ!」
界斗は咄嗟に避けると距離を取った。
魔獣だった。魔獣は界斗を一瞥すると実験室の窓ガラスに体当たりをした。
ガラスが割れる派手な音を鳴り響かせて魔獣は室内へと入り込んだ。
「キャァァァァァ」
その室内には白衣を着た女性の研究員と男性の研究員が隠れていた。
女性の悲鳴につられるように魔獣も色めき立つ。
そして女性に躍りかかった。
「イヤァァァァァ」
女性は悲鳴を上げながら室内を逃げ回る。
魔獣は室内を飛び跳ねながら女性を攻撃した。
「うわぁぁぁ」
男性職員はそれを見て慌てて室内を飛び出そうとした。
魔獣を追って室内に入ろうとした界斗と男性職員は扉の所で鉢合わせした。
「君はハンターだろ! あれをどうにかしてくれ!」
男性職員が扉を開けると界斗は室内へと入った。
高価な実験機器が並べられた室内は散々な有様になっていた。
魔獣は実験台の上に乗り女性職員が室内の奥の壁へと後ずさっていくのを眺めている。
女性職員はまだ大した怪我をしていなさそうだが、このまま追い詰められれば殺されてしまうだろう。
界斗は焦った。
あきらかに高そうな機器が並んでいる。
(どうすれば……もし攻撃が外れて機器を壊したら……けど、早く何とかしないとあの人が危険だ)
もうすでに幾つかの機器はあきらかに壊されていたのだが、界斗は悩んだ。
そして界斗が悩んでいると魔獣が女性に飛びかかろうと身構えた。
「真田さん、障壁です! まずはあの女性を守って!」
駆けつけてきた藍香が界斗の後ろから叫んだ。
界斗は魔獣に走り寄りながら瞬時にゼファレス粒子の障壁を創成し魔獣の眼前へと展開した。
魔獣は飛びかかろうとしたが目の前にある障壁にぶつかりのけ反った。
「障壁でそのまま魔獣を実験台に固定してください」
藍香に言われるまま界斗はさらに障壁を展開して魔獣を上から押し潰すように実験台に押し付けた。
もがく魔獣。
しかし界斗の圧倒的なゼファレスによる物体操作で操られた障壁は小型の力の弱い魔獣では1ミリたりとも動かす事は出来なかった。
そこに藍香が詰め寄ると短剣を取り出し魔獣の側頭部に突き刺した。
魔獣は動きを止め息絶えた。
女性職員はその場に座り込み魔獣の死骸を呆然と眺めている。
男性職員も扉の所からこの光景を見つめていた。
「倒した?」
界斗は藍香を見た。
「はい。もう動くことは無いと思います」
藍香は短剣を引き抜いた。
「障壁はもういいですよ」
「そうだね」
界斗が障壁を消すと藍香は無線でハミルトに連絡した。
「こちら鈴原です。魔獣に実験室に入られました。魔獣は処理済みです。職員の方が2名いますがどうしますか?」
「1階入り口付近を仮の避難場所としているからそこまで連れて来てくれるかな?」
「分かりました」
藍香は無線を終了すると界斗を見た。
「真田さん、行きましょう。私は女性の職員に声をかけてきます」
普段はどこかおどおどしている藍香だが、いざとなったら打って変わった様にしっかりとしていた。
藍香が女性職員に声を掛けながら立ち上がらせている所を見て界斗は思った。
(俺ももっとしっかりしないと。俺の方が年上なんだから……)
界斗達は職員2人を連れて実験室を出た。
「待って、この階にはまだ他の職員の人たちが居るんだけど」
界斗は先程の室内から廊下を見ていた職員たちを思い出した。
「では、その人たちも一緒に連れて行きましょう」
北側の階段に向かいながら室内に声をかけていく。
合計5人の職員と共に界斗達は1階へと向かった。
「ああ……温度コントロール型レーザー分光顕微鏡が……」
途中、階段を下りながら女性職員は破壊された分析機器を嘆いていた。
「おいおい、あれが無いと俺たちの研究進められないぞ」
「私に言わないでよ。私が悪いわけではないわ……」
職員たちの呟きを聞いて界斗と藍香は申し訳なく思い俯いた。
界斗達は魔獣に遭遇すること無く1階に降りた。2階に降りた時、少し離れた所でルイバンとフィアリスさらに依琳が魔獣を追いかけ回していたのが見えたが職員の護送を優先した。
1階入り口にあるロビーには他の職員たち10名近くが居た。入り口の外にはハミルトとミセラスが陣取り、時々やってくる魔獣を倒していた。
ロビーでは職員の怪我の確認と手当をアンジェとサージェラとリンカの3人が分担して行っていた。そして南側にはヴォストが立って警備していた。
界斗と藍香は職員をアンジェに引き渡した。
「今度は真田さんがディンクさんに報告してください」
藍香に言われ界斗がハミルトに無線で連絡をする。
「ディンクさん、こちら真田です。職員の方たちを1階まで護衛してロペーツさんに引き渡しました」
「了解、ご苦労様。そこの事は彼女たちに任せて、棟内の確認に戻ってくれるかな」
「分かりました」
「鈴原も了解しました」
界斗と藍香は2階に上がった。
上から足音が聞こえてきたと思ったら魔獣が慌てたように降りてきた。
「ギィ?」
ばったり界斗達と出くわした魔獣が驚いて動きを止める。だが同じように界斗も驚き動きを止めた。
「真田さん、先程と同じように障壁で壁際に追い込んでください」
「わっ、分かった」
界斗は慌てて障壁を展開する。魔獣は界斗を飛び越えようとジャンプした。
「この!」
界斗は障壁を張りながら振り返り魔獣を追う様にジャンプした。
界斗と藍香を飛び越え1階に降りようとした魔獣だが、背後から界斗が障壁事体当たりをする。
階下の踊り場の壁まで押し込んだまま界斗は自身を物体操作し宙に浮く。
魔獣をそのまま空中で壁に張り付けた。
「真田さん、そのまま床まで降りてください」
界斗はゆっくりと障壁ごと下降していく。それにつられ魔獣もずるずると落ちていく。
魔獣が床に降りたタイミングで藍香は跳びあがると脳天に短剣を刺した。
魔獣が息絶え床に転がる。界斗は障壁を消した。
「2人ともありがとう」
奈美恵が上から降りてきて声をかけた。
どうやら奈美恵が追っていた魔獣だったみたいだ。
「いえ、どういたしまして。奈美恵さん、状況はどうですか?」
「あらかた片付いたはずよ、全て見回ったから。残っているとしても2,3匹のはずよ」
「じゃあ、どうする?」
「そうね……取り合えず3階に行きましょう。依琳達が居るはずよ」
奈美恵と合流して界斗達3人は3階へと上がった。
階段から廊下を見るとちょうどフィアリスが魔獣に止めを刺すところだった。
ルイバンや依琳も居る。界斗達3人はルイバン達に合流した。
「そっちはどう?」
「これで終了だと思いますけど、もしかしたら新たに入られているかも知れません」
「確かにルイバン君の言う通りかもね。では散開してもう1度見回りましょう」
奈美恵の提案に頷く一同。今度は界斗は奈美恵と、ルイバンはフィアリスと、藍香は依琳と組んで見回る事にした。
そして界斗と奈美恵は中央階段を5階にあがる。5階に上がった時、屋上から降りてくる魔獣と遭遇した。
界斗は瞬時に障壁とポリスチレン球を用意した。
「……まったく、キリが無いわね」
奈美恵はあまり広くない階段だからか、腰から短剣を引き抜くとそのまま魔獣に走り寄った。
魔獣は慌てて屋上に戻ろうと踵を返し階段を上り始める。界斗は跳びあがり用意していたポリスチレン球をその背中に向けて撃ち出す。
階段を上りかけたところで背中から攻撃され魔獣は階段へと打ち付けられた。
そのまま転がり落ちたところで奈美恵の短剣が心臓へと突き立てられた。
「真田君、今の反応は良かったわ」
「そうかな……」
奈美恵に褒められ界斗は少し照れた。
「とりあえず屋上から様子を見ましょう」
動かなくなった魔獣を一瞥すると界斗と奈美恵は階段を上り始めた。
その時、激しい爆発音が響いた。
界斗と奈美恵は顔を見合わせると屋上へと急いだ。
界斗と奈美恵が屋上に着くと同時にサイレンが鳴り響き放送が入った。
「緊急事態、緊急事態、危険物漏洩事故発生。第2研究棟横のガスタンクが爆発し特殊危険物質ゼサージが漏洩しました。職員ならびハンターの皆さんは直ちに第2研究棟から退避してください。当該物質研究担当職員以外は第2研究棟に近づく事を禁止します。繰り返します……」
「第2研究棟ってどこだっけ?」
「確か西側よ」
「成程……手薄になっていた所か……」
界斗と奈美恵は屋上からその方角を見た。土煙が上がっているが別に火の手が上がっているわけではなかった。
「火は大丈夫そうね。魔獣の方はどうかしら」
2人は北側の森の方を見た。目の前にある第3研究棟に隠れてよく見えない。
「ちょっと見てくる」
界斗は奈美恵に一声かけると浮かび上がった。
辺りを見回す。そしてすぐに降りてきた。
「もう森の方からはもう来てない。それに残った魔獣もわずかでハンター達に追い立てられるように逃げ出しているよ」
「そう……じゃあ、もう1度棟内を確認しながら1階に戻りましょう」
界斗と奈美恵は5階から順に室内を確認しながら1階へと戻った。
1階に戻ると職員たちの他にルイバンや依琳達もいた。
先程の放送の為かルイバンやヴォストは苦い表情をしていた。
そして職員たちは騒ついていた。
夕暮れが近づく頃、魔獣が完全に駆逐された事が確認された。職員たちは解放され、その後、彼らは後始末に奔走した。
界斗達は順番に休憩を取る事とした。
ヴォストとリンカとサージェラが警備として残り、界斗達は本館へと戻った。
皆、無言だった。近くを歩く他のクランのハンター達も無言だった。
そして裏口から本館に入った時騒ぎが聞こえてきた。
「足がぁぁぁぁぁぁ、誰かどうにかしてくれぇぇぇぇぇ」
ある男性ハンターが寝かされ担架に縛られていた。
そしてとくに右足が厳重に固定されていた。
しかしその右足は戒めを破ろうと身じろぎを繰り返していた。
「なんか、あいつの右足が急に勝手に暴れ始めたんだとよ」
「マジかよ……なんなんだそれは?」
「なにか、あきらかに魔獣化が進んだへんな個体がいたらしい。それに引搔かれた後にああなったらしい」
奈美恵は驚いた表情をし、ルイバンは眉をしかめ、ハミルトとミセラスはお互いまさかと顔を見合わせた。アンジェも口を押え驚いている。界斗は訳がわからず近くの藍香を見た。
その藍香は依琳を見ていた。依琳は藍香の視線を受けてフィアリスを見た。
「知らない」
「そっか、何だろうね」
フィアリスと依琳はお互い首を傾げる。
「奈美恵さんに聞いてみよっか」
依琳が奈美恵に声をかけようとした。
「狂乱ウイルス……」
ハミルトが呟いた。
「え?」
界斗達はハミルトを見た。
「そっか、君たちは知らないか……あれは狂乱ウイルスの症状によく似ている」
「どうなるんですか……」
「感染すると手足の神経伝達を乗っ取られる」
「え? つまり……」
「つまり手足を自分の意思で動かすことが出来ず、勝手に暴れまわるようになる」
「なんだ別に死ぬわけでは無いんですね」
「そうだね。けど、ある意味死ぬよりも残酷だね。勝手に暴れまわる手足に体力を奪われる。動きが気になって眠る事も出来ない。両腕に感染したら生活にも苦労する。ゼファレスによる物体操作で生活するという手もあるけど碌に集中することもできない。誰も居ない郊外で感染したら衰弱死するまで勝手に動き回る手足に振り回されるのさ。それに碌に戦う事も出来なくなる。そんなんだから生き残った者も大抵の者は精神を病んでしまう」
「助かる方法は無いんですか? ウイルスなんですから駆除すれば……」
「あれはね神経伝達細胞と同化して手足を乗っ取るんだ。つまりウイルスを退治すると今度は感染した手足が二度と動かなくなる」
「……」
「さらにね、簡単には退治できないんだ。ウイルスが強くてね、効く薬は無い。倒すにはゼファレスを用いるしかない。いまそれが出来る医療系の者は四条宮医療会のゼファレスに愛されし者と言われている四条宮清花だけだと言われている」
「そんな事って……」
「あの人がどういった選択を取るかわからないけど、現実的にはこのまま足を動かない様に固定して生きるか、切断するかどちらかだろうね」
一同は唾を飲み込んだ。
「切断した後は義足を付けるか、一か八か動かせるようになるかどうかは低い確率だけど、再生手術に賭けるか……どういった選択をするにしても、あの人が今後もハンターとして働くのは難しいだろうね」
「可哀そうですね」
一同はざわつくロビーを後にしてそれぞれの宿泊場所に戻った。
戻るとすぐにハミルトとミセラスは会議へと呼ばれた。
「ふざけるな! 何が手一杯だっただ!」
「はぁ? お前らは西側に居たから分からないだろうが、北側で俺たちが食い止めていなかったらもっと入り込まれていたんだぞ!」
「じゃあ、事故は俺たちの責任だと言いたいのか!」
「各担当場所を責任もって守るという事だっただろう」
「北側に人員を回せと言われたから3人行かせたんだ!」
「そうだ。だから彼奴は無茶をしてあんな事に……」
「そもそも狂乱ウイルス持ちが居るなんて連絡は受けていない」
「研究所側に責任があるのでは無いか?」
「え……?」
会議室では研究所防衛の為に集まった11チームの代表が先程の戦いの反省点を話し合っていた。
しばらくすると西側を担当していた2チームと北側を担当していた4チームの罵り合いへと発展した。
「いや、そう言われましても……私どももその様な個体がいるなどとは露知らず……」
そして矛先は研究所へと飛び火した。所長のラディオクはハンター達に睨まれたじたじになった。
「そもそも何でこの研究所は魔獣にここまで攻撃されているんだ?」
「そうだ、俺も疑問に思っていたぞ!」
「ああ、俺もだ」
1人のハンターが発言すると、次々に同意するように頷き声を上げ始めるハンター達。
ラディオクはハンター全員から鋭く睨まれさらに委縮してしまった。
「いえ当方としても思い当たる節は……」
「はぁ? 何かあるはずだろ!」
「数年前から実験用のモルモットとして数体捕獲をしておりましたが……」
「それだ!」
「おい、本当に数体だけだろうな?」
「あ、いえ……10体いや20体ぐらいかも……」
「お前……」
「いや、捕獲した数などどうでもいい。つまり復讐というわけか」
「なるほど魔獣がやってきて魔獣化が進み、群れが力をつけたからこの機に復讐してやろうと行動に出たわけか」
「だがよ。そもそも魔獣化した固体が確認されたのは1年前だろ。なんで放置していたんだ? もっと早く連絡してくれれば楽に対処できたかも知れないのに」
「このような事態になるとは……」
「ふざけるな!」
「お前らの責任じゃないか」
口々に研究所を罵るハンター達。
ハミルトとミセラスは呆れながらこの光景を見ていた。
「皆、それぐらいにしておくように。それよりも建設的な話をしよう」
今回の研究所防衛に当たっているハンター達をまとめているベテランハンターの中年の男が声を上げた。
「そうだな、ロムジャンさんの言う通りだ。研究所の責任追及は後でいい」
まとめ役の男の名前はロムジャンというらしい。
「さて、奴らに詳しいであろう所長さんに聞きたい。今日の襲撃を合わせ今までの襲撃で200体近くを倒したが残りはどれくらいだと思う?」
「私共は数年ほど前に100体ぐらいの群れが2つある事を確認しております」
「つまりその2つの群れが協力していたとしても、残りは僅かと言うわけか……先程退却した数を考えると30体ぐらいが残りか……」
「森に入って殲滅するべきだ!」
1人のハンターが声を上げた。
「いや、森は奴らのテリトリーだ。研究所で戦うのとはわけが違う。下手したら相当な被害が出る」
「そうだ。それに狂乱ウイルス持ちがいるという事は真祖がいるのでは無いか?」
「真祖……」
真祖と聞いてハンター達は沈黙した。
「ディンク、どう思う?」
「分かりません、情報が無さすぎます。真祖ではなく血の濃い上位世代かも知れないし……」
ハミルトとミセラスは小声で会話を始めた。ミセラスの方がハンターとして先輩な為ハミルトの言葉遣いはどこか丁寧だ。
「そうだよな……」
「もし仮に真祖がいたとしたら?」
「例え真祖がいたとしてもルイバンがいるからな。何とかなるだろ。だが問題はそれ以外だ……」
「そうですね。真祖が居るとしたら群れの中には最も血の濃い子供である強力な第1世代がいるかも知れません……」
「そうだな……そうなると残りの数が多いと、この戦力では負けるかもな……」
ハミルトとミセラスがひそひそと話をしていると1人のハンターが声を上げた。
「いや、真祖は居ないのではないか? これだけ群れがやられているのに出てこないのはおかしい……」
「それはお前の憶測でしかないだろう?」
「いや、真祖がいるという考えこそお前の憶測でしかないだろう」
今度は慎重派とそうでないものとが真祖がいるかいないかで言い合いを始める。
「そもそも仮に真祖がいたとしても何も問題ないだろう。解放者がいるんだ。ここに来ているのはあのデルクード副団長のご子息と、SNSで話題の協力なゼファレスを持つ真田君とやらなのだから」
「ああ、あのアラミードの国主の息子さんと学校の行事で凄まじいゼファレスによる戦いを繰り広げたという彼か」
「なんですかそれは? そのような人物が来ているのですか?」
「おぉ! それなら真祖がいても楽勝だな」
一同の視線がハミルトとミセラスに集まった。
「そうだよな。あんなふうにSNSで話題になれば知っているハンターがいてもおかしくないだろうな」
ハミルトは呟くとため息をついた。
「はぁ……仕方ない、ここは正直に言おう」
ハミルトは一同を見回した。
「確かに彼のゼファレスは強力です。しかし彼はこの春、ハンターになったばかりの新人です。圧倒的に経験が不足しています。皆さんには申し訳ないが彼を真祖と対決させるつもりは無いです」
「なに……?」
「そうなるとデルクード副団長のお子さんが頼みの綱か……」
「おいおい、あいつはまだ中学生だぞ。確かにあいつは強いが、そもそもうちらばかりを頼みとするなよ」
今度はミセラスが苦言を呈した。
一同は黙りこんだ。
「森を焼いちまおう。ちょうど強力なゼファレスを持つ、名前は真田君だったか? が居るんだから。彼に任せれば簡単だろ」
「何を言っているんだ?」
一部のハンターが驚いた様に森を焼くと発言をしたハンターを見た。
「そうだな。研究所の安全を確実に確保するにはそれがいい。依頼は研究所の防衛だからな」
だが残りの一部のハンターは賛成するかのように頷いている。
「馬鹿な事を言うな! あの森の広さを知らないのか! 80万km2近く山脈に沿って3か国にまたがって広がっている。それを焼くなんて正気の沙汰ではない!」
常識的な考えを持っているハンターが怒鳴り声を上げた。
「全部焼くわけでは無い。研究所の周りだけ焼いて追い払うだけだ。そうすれば余所に行くだろう」
「つまり、お前は余所に擦り付ければいいと言いたいわけだな!」
「依頼は研究所の防衛だ!」
「依頼が全てではない!」
「依頼が優先だろう!」
「それでも認定クランか!特別軍事国際法人は世界の秩序を守るためにある。他に擦り付けるなどありえんぞ!」
「悪かったな! うちは認定クランどころかクランでさえもない! 小規模の単体チームだ!」
「だとしてもハンターとしてもありえないだろう! ハンター失格だ!」
ハンター達はしばらく思った事を口々に言い合った。
「やはり森に入ろう……」
ロムジャンが言い争いが落ち着くと提案した。
「まて、この戦力でか?」
「そうだ……」
「いや、森に入るなら協会か政府に連絡して人員や軍を送って貰うべきだ」
「……いや、不確かな情報で戦力を呼び寄せて、敵の残りが僅かだったら笑いものだ。それどころか諸費用を請求される事にもなる」
「……」
沈黙する一同。
「あのう……偵察に森に入ってはいかがでしょう?」
ラディオクが恐る恐る提案した。
「あなたが言うか?」
「す、すみません」
「だが、まともな意見だな……」
「待てよ。偵察なんてうち等は行かないぞ」
「戦う必要は無い。ヤバそうだったらすぐに逃げればいい」
「だとしたら、ここは実力を考えると解放者が適任だろう」
「いや、彼らには残ってもらう。それこそ研究所の防衛が第一優先。魔獣がもう襲撃してこないなどという保証はないからな。それにかれらは余所者だ。土地勘はないだろう」
「土地勘か……仕方ない我々が行こう。ここは地元だ。あの森には何度か入った事もある」
「リーダー、本気ですか? 危険かも知れませんよ」
あるチームのリーダーの男が名乗りを上げると、副リーダーの男が止めに入った。
「仕方ないだろう。あの森に入った事がある我々が行くのが妥当だ」
「すまない。恩に着る」
「ああ、だが特別手当はもらうぞ」
「分かっている。所長さんもそれで良いですね」
「特別手当……ええ、仕方ありません……」
ロムジャンに言われラディオクは渋々承知した。
「では解散。各自持ち場に戻って警備をしてくれ」
偵察は明朝に出発することになった。
会議は終了しハンター達は持ち場に戻って行った。
夜、界斗は北側の巡回に当たっていた。夜になり急遽北側を強化するという話が出た為、持ち場の調整が行われた。
巡回には奈美恵とヴォストの他に界斗達と同じ宿泊部屋に居た若いハンターと中年のハンターも一緒だった。
通路を散開しながら巡回していると若いハンターが界斗に近寄り声をかけてきた。
「君って噂の真田君だろ?」
「あ……まあ、噂って言われても困りますけどね……」
「俺はジョルシノーム。今は高2だけど君は?」
「俺は高1です」
「1個下か……いいよな、あんな可愛い子がチームに居て。俺も可愛い子がいるクランに行きたいよ」
奈美恵を見ながらジョルシノームはため息をついた。
「女性は居ないんですか?」
「俺がいるクランは小規模だからね。そもそもこの業界自体女性が少ないじゃん」
「そうなんですか……」
(解放者って女性が多いよな?)
界斗は解放者の食堂で見かける女性たちを思い浮かべた。
「噂じゃ解放者は女性が多いし、可愛い子が沢山いるって話だけど本当?」
「そうですね……多いかもしれないですね」
「いいよな。君のチームの他の子も可愛かったしな」
ジョルシノームは何か思い浮かべているようだ。きっとフィアリスや依琳、藍香の顔を思い出しているのだろう。
「俺も解放者に入れたらな……。いや、君みたいに凄くないと無理か……」
「俺はそんな事無いですよ……」
界斗は慌てて否定した。ハンターになる前とは随分と考え方が変わっていた。現実を知り自分のゼファレスに己惚れていた界斗ではなくなっていた。
「謙遜するなよ。君の勝負の動画を見たんだからな。羨ましいぜ、あれ程のゼファレスを持っているなんて」
「はぁ……」
(この人は俺がハンターになりたての新人だとは知らないんだろうな……)
「所でチームの中で君の彼女は誰? やっぱり前を歩くあの子かい? それとも中学生っぽいあの子達の誰か?」
「いやいや、違いますよ。そんな事ないです」
「まじ? じゃあさ、俺があの子と仲良くなっても問題無い? それともあの子ってもう相手がいるとか?」
「いや、どうだろう……彼女とは学校も同じですが、実はそういった話をしたことが無いんです。恋人がいるって話は聞いたことが無いけど、実際のところは知らないです」
「学校が同じ! じゃあさ、あの子の事教えてよ。まずは名前から……」
「いや、本人に聞かないと……」
ジョルシノームは界斗に奈美恵の事を聞こうとあれこれ質問した。
奈美恵の事を大して知っているわけではない界斗は返答に困った。
「おい、ジョルシノーム! 遊びじゃないんだぞ」
同じチームの中年の男性から注意が入った。
「チッ、いいじゃないか、話ぐらいしたって。真田君、部屋に戻ったら教えてくれよ」
「はぁ……」
ジョルシノームは界斗から離れていった。
その後、ジョルシノームは中年のハンターからどうやら注意を受けていたみたいだった。
幸い巡回中に魔獣の襲撃は無く、界斗達は安心して宿泊場所に戻った。
戻りながら界斗は面倒なジョルシノームの相手をどうするか悩んだが、ジョルシノームは中年のハンターがいるからなのか、戻ると挨拶だけしてすぐさま自分のエリアに入って寝た。
次の日の早朝、偵察に名乗りを上げたハンターのチームが出発した。
彼らは無線で30分置きに連絡を入れてきたが、3時間後から連絡が途絶えた。
そして緊急会議が行われ捜索チームを派遣することとなった。
捜索チームは2チーム総勢11名で行くことになり、その中の1つはジョルシノームのチームだった。
そして昼過ぎ捜索チームは出発した。
捜索チームが森に入って4時間後……。
「はぁはぁ、嘘だろ……なんなんだよ、あれは」
ジョルシノームは懸命に走っていた。
しばらく走ると後ろを振り返る。
「振り切れたか……」
魔獣が追って来ていない事を確認すると呼吸を整える。
そしてバックパックから飲料を取り出した。
捜索チームはかなり奥に進んできたところで血痕を発見した。偵察に向かったハンターの物と思わしき中身が散乱したバックパックも転がっていた。
その後、一同は油断なく進んでいたが、不意に襲われた。捜索チームのハンター達は次々と殺されていった。
研究所からは20km以上離れている。長距離無線を持っていたハンターが無線を取り出したが、連絡する間もなく殺された。
長距離無線を持っていたハンターが殺されると、中年のハンターは一番若いジョルシノームに逃げる様に言った。
「俺たちが食い止める。お前はこの事を伝えるんだ!」
一度呼吸を整えた後、ジョルシノームは再び懸命に走った。身体強化を使い必死に走る。
「研究所の無線は何番だ?」
自身が持っている無線で何とか連絡を入れようと走りながらチャンネルをいじる。
「!?」
ジョルシノームは視界の隅で右手に影がよぎったのを感じた。
視線を巡らせ確認をする。
「気のせいか……それよりも早く繋がれよ。いや携帯はどうだ? こんなところまでは流石に電波は来てないか……」
腰のナップサックから空いているもう片方の手で携帯を取り出して意気消沈した。
電波の来ていない携帯を仕舞おうと腰のナップサックに戻した時、ジョルシノームの右足を何かが掠めた。
「何だ?」
足を見下ろす。頑丈な繊維で出来た前衛用のズボンスーツだったが太腿の所をわずかに切られていた。
「……どっかで引っかけたか?」
首を傾げた瞬間、右足に違和感が走る。すぐさま痺れ始める。そして何度か痙攣をするとジョルシノームは転んだ。
「足が、足がぁぁぁぁぁぁ!」
ジョルシノームの右足が勝手に動いていた。
「まさか……まさかぁぁぁぁぁぁ」
ジョルシノームは昨日ロビーで見た担架に縛られていた男の話を思い出した。
狂乱ウイルスだった。
「いるのか……いるのかぁぁぁぁぁ!」
暴れる右足を気にせず這いつくばって逃げようとする。
だが影が立ちふさがりジョルシノームを蹴り飛ばした。
「ぐはっ……」
吹き飛ばされたジョルシノームの左足を何かが掴んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
そのまま持ち上げられる。
ジョルシノームは首を捻り背後にいるそれを見ようとした。視界の隅に不気味に光る眼を見た瞬間、暴れる右足も掴まれた。
ジョルシノームは必死に首を捻り魔獣の全身を確認した。3mはあろう二足歩行の魔獣だった。
「やめろ、放せ! 何をする気だ!」
何とか振りほどこうともがくがビクともしない。
ジョルシノームは咄嗟に背中のバックパックの背に装着してある小剣を取り出す。
そして足を掴んでいる魔獣の手に切りつけた。
だが、傷一つ負わせられない。
「このぉぉぉぉぉぉ」
ジョルシノームは雄たけびを上げるとゼファレスを活性化して腕を思いっきり身体強化する。
さらに小剣にゼファレスを一気に込めた。
「放せっていってんだろ!」
もう一度手に切りつけた。
「どうだ!」
ジョルシノームは切りつけた魔獣の手を見る。
「は……?」
やはり傷一つついていなかった。
魔獣は驚くジョルシノームを見る。そして歪な腕を振りかぶりジョルシノームの背中を近くの木に叩きつけた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁ」
ジョルシノームは痛みに絶叫を上げる。
だが魔獣は気にもせず何度も何度も木に叩きつけた。
「ゴフッ、ゴフッ……」
魔獣は口から大量の血を吐いて痙攣しているジョルシノームの体を持ち上げるとその顔を見る。
その瞬間、魔獣の目が訝し気に細められる。そして表情が歪んだ。
「グオォォォォォ」
魔獣からゼファレスのオーラが迸ると全身の筋肉が膨れ上がる。
魔獣は身体強化をかけるとジョルシノームの体を木に目掛けて凄まじい速度で振りぬいた。
ジョルシノームの頭や腕は木に叩きつけられ粉々に吹き飛んだ。
頭を失ったジョルシノームの体を持ち直すと腰のあたりで捻り始める
魔獣が捻りながら力強く左右に引っ張った。
肉がちぎれる音が鳴り、ジョルシノームの体は瞬時に腰から左右に引きちぎられた。
魔獣は狂乱ウイルスの影響でまだわずかに右足が動いているジョルシノームの下半身を振り被る。そして木に向けて投擲した。
激しい衝突音が何度も鳴った。ジョルシノームの下半身は木々の間をバウンドして飛んでいった。
魔獣は上半身を地面に投げ捨てる。
そして振り返った。その視線の先にはその魔獣ほどではないが大きな魔獣が4体いた。
その中の1体がジョルシノームを蹴り飛ばした魔獣だった。
他に研究所を襲ったのと同じ魔獣が50体程いた。さらに大きさは同じくらいだがそれとは気色が違った魔獣が10体以上いた。
ジョルシノームを殺した一番大きな魔獣はそのまま森の奥へと引き返していく。
殆どの魔獣がその後に続いた。だが一部の魔獣は研究所へと向かい始めた。
夜、界斗達は夕ご飯として配られた弁当を食べていると無線が入った。
「全員、北側へ集合してくれ」
ハミルトからだった。界斗は念のためにセンサーカメラを持って行った。
「どうしたんですか?」
大勢のハンターが集まっていた。
界斗はハミルトに声をかける。
「何体か奥に来ている。油断しない様に」
「センサーカメラを持ってきましたけど使いますか?」
「気が利くね。良く持ってきた。直ぐに使おう」
界斗はセンサーカメラを取り出す。モニターをハミルトに渡すとさっそくカメラを向けた。
ハミルトが持つモニターを周りから幾人ものハンターが見つめる。
「もうちょっと右だね」
言われた通りカメラを動かした。
そこには一昨日と同じように魔獣が映った。
「居るな……」
誰かが呟いた。
「もっと右の方までゆっくりと動かしてくれるかな」
界斗は言われた通りゆっくりと動かしていく。
「止まって!」
ハミルトが驚いたような声を上げた。
「大きいな……」
「2mぐらいか……」
「まさか真祖か?」
「真祖ならば成体にしては小さいぞ」
「では、大人になりかけか?」
「おいおい、そうなると真祖が一家でいるという事になるぞ。下手すると一族かもしれないという事にもなる。そうなると何匹いるか分からないじゃないか……」
「そうだな。だがそれだと狂戦的な真祖が攻めてこないのは納得がいかない……」
「じゃあ、あれは真祖では無いのか……」
「多分、血の濃い固体だろう……」
ハンター達が思った事を言い始めているとモニターから影が消えた。
「引いたのか……真田君、辺りを探ってくれるかな」
界斗はカメラを動かして辺りを探った。だが木や茂み以外何一つ映らなかった。
「きっと向こうも偵察に来たのだろう……」
明け方まで厳戒態勢でハンター全員で警備した。
朝日が昇り始めた。魔獣は引いたという事になり厳戒態勢を解き、一部の者を除いてそれ以外は仮眠をとることになった。
物音がして、界斗は目を覚ます。近くで寝息を立てているヴォスト以外は室内に誰も居なさそうだ。多分ヴォストの寝返りの音だろう。
界斗は時間を確認した。8時を過ぎていた。
(彼らは捜索から戻ってきたのかな?)
昨日声をかけてきたジョルシノーム達が室内にいる気配が無いことに気付き気になったが、洗面を済ませると席について朝食として配られたサンドイッチを食べ始めた。
その後、ヴォストも起きてきて朝食を食べ始めた。
2人が朝食を食べているとハミルト達がやってきた。
「食べおわったらすぐに準備して。会議で急遽森に入ることになった」
ハミルトとミセラスは朝から会議に呼ばれていた。
そして捜索に行った者達からも連絡が途絶えた事が伝えられ少数では危険だからと、研究所の防衛は警備員に任せほとんどのハンター達で森に入る事になった。
全員でないのは森に入ることに難色をしめしたハンター達がいたからだ。
「俺たちはどうしますか、ダンソートさん?」
ハミルトはミセラスに小声で聞いた。今、森に入る最終的なハンターの確認が行われている。これは依頼とは異なるため各チームの意思が優先された。
「昨日の会議の後、蔵林さんに連絡を入れたんだが、彼女からは出来れば学生組には危険そうなら森には入って欲しくないと言われた。だが現場の判断で構わないとも言われたが……」
「確かに蔵林さんの危惧もわかります。学生組に何かあったら解放者のイメージに差し障りますからね。けど、もし真祖がいるなら出来ればルイバン君には来て欲しいですね」
「そうだな。だが、そうなるとレイノールは必ずついてくる」
「それだとレイノールさんを止められるヴァイゼフさんが必要ですね」
「確かにルイバンが真祖と対峙しているときに万が一レイノールが突っ走ると、止められる者が必要だな」
「けどそうなると、劉さんは必ず来ますよ。レイノールさんとヴァイゼフさんが行くのに残って留守番は納得しないでしょう。そうすると鈴原さんはセットで来ざる負えないですね」
「はぁ……あの4人はまるで実の4姉妹ともいうべき仲良し4人組だからな。では真田君だけ残していくか?」
「チーム内で彼だけ残していくのも……後々の負い目になりそうですし。劉さんとの関係もあるので。それにもし研究所の方が襲われたら、それこそ彼一人です。何が起こるか分かりませんよ」
「確かに研究所を焼かれでもしたら大問題だな。仕方ない、俺たちは全員で行こう」
ミセラスは全員で森に行くことに決めた。
森に入らない一部のハンター達は残って研究所の警備をする事になり、総勢40名以上が
森に入る事となった。
準備を終えて森に入ったのは10時を過ぎた頃だった。
一行は鳥の鳴き声一つ聞こえない不気味な程静まり返っている鬱蒼とした森の中を進んでいた。
探索チームから送られてきていた無線で聞いた方角へと進んでいく。
何も見つからないまま一行は森の中で昼食を取った。
すこし休憩した後再び捜索を再開する。
その後、しばらく森の奥へと進んでいると、少し先を先行しているハンター達が血相を変えて戻ってきた。
そして統率をしているロムジャンに報告する。
ロムジャンはハンターチームの各リーダーのみを招集して何かを伝えた。
ミセラスは戻ってくると界斗達に命令した。
「学生はここで待機」
「え~、何故ですか?」
フィアリスが文句をいった。
「とても君たちには見せられない」
「子ども扱いしないでくださいよ」
「そうですよ。私達だってハンターなんですから。ここまで来てそれは無いです」
「……ディンク、ちょっと」
ミセラスはハミルトを連れて離れる。
「相手がどれほど危険か分からせるためには見せた方がいいかも……」
「そうか……そういう考え方もあるか……」
ミセラスとハミルトは相談すると界斗達の所に戻る。
「分かった。君たちも連れていく。けど、後悔するなよ」
他のハンター達はもう先に行ってしまった。界斗達は後を追った。
真っ先に見に行ったフィアリスと依琳はそれを見ると顔面蒼白で引き返してきた。
奈美恵は頭を押さえながら必死に首を振っている。
藍香は吐きそうになっているのか口を押えてうずくまった。
そして界斗もルイバンと見に行く。
「これは酷いですね……」
そこには足が歪に折れ曲がったジョルシノームの下半身があった。
「うっ……」
界斗は凄惨な死体に5年前救助された時に見た光景が脳裏に蘇り気分が悪くなった。
対するルイバンは眉をしかめたものの冷静だった。
「だから言ったんだ……」
ミセラスは界斗達の様子をみてため息をついた。
一同はジョルシノームの下半身を布でくるむと木の根元に安置した。
食い荒らされない様に動物避けの薬品を振りかけると再び出発する。
飛び散った血の跡を探しながらさらに奥へと進んでいく。
少し歩くと頭や腕が消失した上半身を発見した。
さすがに懲りたのか界斗達学生組は遠くから遺体を包む作業を眺めていた。
「ジョルシノームさん……」
界斗はちらっと見えた服装がジョルシノームの物だとわかった。
「宿泊部屋が一緒の奴だよな。確か真田君が巡回中に話しかけられてた」
ヴォストが座り込んでいた界斗の横に来た。
「そうですね。まさか昨日会話した人が、次の日にはこんな姿になるなんて……」
「確かにな。俺たち学生組はこういった危険な任務には当たらない様に配慮されているから、俺もこんな死体は見たことが無い……」
ヴォストも座りながら油断ない視線を森に向けているルイバンを見た。
「だがルイバン君は慣れているみたいだけどな……」
さらに進むと新たな死体を次々と発見していく。
「偵察や捜索チームのハンターの生き残りはいないだろう」
ロムジャンはこれ以上捜索するかどうか考えた。
「おい、あっちに荷物が散乱しているぞ」
だが荷物が見つかったという報告にさらに森の奥へと進んでいく。
捜索に行ったハンターの死体や荷物などに導かれる様に一同はさらに森の奥へと進んでいった。
「あきらかに真祖の仕業だろ……」
ミセラスは歩きながらハミルトに囁いた。
「俺もそう思います。まずいな……」
ハミルトは唸った。
「皆に周知しよう」
「そうだな」
歩きながらハミルトは全員を側に呼んだ。
「皆に知らせておきたい。真祖がいるかもしれない」
「真祖……」
藍香が顔色を変えて唾を飲みこんだ。
「はぁ、フィアリスのフラグが現実になった……」
依琳はため息をついた。
「どんな真祖なんですか?」
だが当のフィアリスはいつも通りの調子だ。本当にルイバンを信用しているのだろう。
「真祖ジャルバヌーク……」
奈美恵が呟いた。
「流石ヴァイゼフさん、よく勉強しているね」
ハミルトは感心し、ミセラスも頷いた。
「代わりに説明をお願いできるかな?」
「分かりました」
奈美恵は歩きながら説明を始めた。
「真祖ジャルバヌークは2足歩行の人型です。成体の身長は3m前後、筋力が強くそれを活かしたスピードもあります。何より注意しなくてはいけないのが腕です。腕の関節は8~10ぐらいありとても長く、その各関節の可動域は球状に近いです。思いもよらぬ方角から攻撃が来ます。また腕が至る所でくねっているためリーチが読みづらくギリギリで避けると攻撃が当たります。そして最も注意しなくてはいけない攻撃は腕についている狂乱ウイルスが宿った棘の攻撃です」
奈美恵は説明を終えるとハミルトを見た。
「その通り。ジャルバヌークは狂乱ウイルスに感染させようと色々な方向から腕による攻撃を仕掛けてくる厄介な魔獣だね。さらに群れで行動する習性があり、真祖ジャルバヌークが1匹しかいなくても自らの混血の魔獣の群れを率いている場合は最も血の濃い血族である第1世代の魔獣がいる可能性が高い」
「第1世代って強いんですか?」
界斗が質問した。
「そうだね。真祖の強さを色濃く引き継いだ固体だからね。いわゆる最上位の魔獣と言われる魔獣だよ」
「最上位の魔獣……」
界斗だけではなく依琳も緊張した顔つきになった。
「やっぱりヤバい任務だった……」
そして依琳は呟いた。
「そうだね。けど、最上位と言ってもあくまでもその系統での強さだけどね。真祖ジャルバヌークとゲラダンの混血だから1匹に対し複数で掛かれば君たちでもなんとかなると思う。だが確かに危険な任務であることには間違いない。さて、問題は敵の数といつ真祖が襲って来るかということ」
「敵の数は不明として……時間はいつぐらいですか? やっぱり夜でしょうか?」
「どうだろう? 真祖ジャルバヌークは夜行性とは聞いたことが無いからね。夜目が利かないなら明るい内に来るだろうし、もしかしたら研究所の方を襲うかもしれない」
「それなら早く戻らないと」
「それを決めるのは俺たちではないよ。それに勝手に戻るほうが少数になって危険だからね」
「では、あの統率をしているハンターに言った方が良いんじゃないんですか?」
「あの人だって気付いているはずだよ」
界斗達が最後尾で真祖について話していると前方が騒がしくなった。
「何だろうね?」
戦闘が起きている感じでは無かった。
界斗達はそのまま歩いて全員が集まっている木々が開けた所に行った。
そこには4名のハンターの死体があった。どうやら偵察に行ったハンター達のようだ。
「全員ではないが消息を絶ったハンター達はあらかた発見できたな」
ロムジャンのチームは遺体の顔や周囲に散らばっていた荷物を確認する。それらの作業を終えるとロムジャンは一同に声をかけた。
「皆、聞いてくれ。状況は大変危険なようだ。あきらかに研究所を襲ってきた魔獣などよりはるかに強い魔獣がいる」
全員ロムジャンに注目した。
「十中八九真祖がいるだろう。我々はこれから遺体を回収して撤収をする。それでは遺体の運搬及びフォーメーションは……」
ロムジャンがフォーメーションを発表しようとした時、何かが高速で飛来する音が聞こえた。
それは1人のハンターに衝突した。そのハンターは飛来物ともつれる様に吹き飛んで転がった。
全員の視線がハンターが吹き飛んでいった先に注がれた。
飛んできたものはハンターらしき男の死体だった。そして衝突したハンターの男は起き上がることなく痙攣していた。
「総員、戦闘準備!」
ロムジャンの号令が響き渡った。一同はそれぞれの武器を取り出し周囲を見渡す。
そしてすぐにハンターが飛んできた方角から巨体が現れた。
「やはり真祖ジャルバヌーク」
ミセラスが呟いた。
「あれが……」
界斗は真祖の体躯を見て生唾を飲み込んだ。
筋骨隆々とした見事な体躯、腕は異様にくねっている。その腕の外側には狂乱ウイルスが宿っているであろう鋭い棘が並んでいた。
そして真祖の背後から魔獣が湧いて出る。
「くっ、待ち伏せしていたか。皆、遺体はあきらめてすぐに撤退を」
ロムジャンはすぐさま方針を変更した。
「何を言っている! 別にこのままやってしまえばいいだろう。解放者もいるんだ」
1人のハンターが反対した。そうすると追従する者が次々と出始めた。戦闘を生業としているためか血気盛んな者達が多かった。
「いやダメだ。ここは奴らのテリトリーなんだ。出直した方が良い!」
ロムジャンはハンター達を説得しようとしたが、さらに後方から魔獣の叫び声が聞こえてきた。
木々を飛び移りながら魔獣の一団がハンター達の後方から現れ囲う様に散開していく。
「私達は罠に嵌められたんだわ……」
奈美恵は魔獣だから知性が無いと見下して、死体で誘導するなどという単純な事に気付けなかった事を後悔した。
「そうだね。知性がある事を念頭に入れてなかったね」
ハミルトは剣を抜きながら真祖を睨みつけた。
「やるしかないか……解放者、真祖を頼めるか!」
ロムジャンが声を張り上げる。
「了解した! ルイバン、ディンク、俺たちでやるぞ!」
ミセラスが答える。
「了解」
「そうですね」
ルイバンも剣を抜いた。
「ルイ君、頑張ってね」
「フィアリも無理しないようにね」
2人はどこか緊張感に欠けていた。
「待ってください。作戦があります」
奈美恵がミセラス達に声をかける。
「作戦? どんなだ?」
「真田君のポリスチレンで足止めをするんです」
「ポリスチレン……いや、真祖ジャルバヌークのパワーを考えるとそれで抑えられるとは思えない」
「でも試してみるのも……」
奈美恵は追いすがった。確かにヴォフヌトスの子供に比べたらあの真祖ジャルバヌークのパワーはけた違いだろう。だが周囲に居る眷属の魔獣たちだけでも足止め出来れば有利に戦えるのではないかと考えたからだ。
しかしミセラスは界斗がポリスチレンをどれほどの量創成できるのか、具体的に知らなかった。そして成功する様には思えなかった。だから許可は出来なかった。
奈美恵はミセラスに説明をしようとした。
だが魔獣たちは説明する時間を奈美恵にはくれなかった。
魔獣たちは一斉にハンター達へと襲い掛かった。
一瞬にて激戦となった。真祖ジャルバヌークは少し離れた場所でルイバンとハミルトとミセラスの3人で抑え込んだ。
それ以外のハンター達はロムジャンの指揮で前衛たちが前へ出て、遠距離や支援担当のハンター達は中心へと集まった。
前衛のハンター達は下位の魔獣たちを寄せ付けない強さを発揮したが、真祖以外の魔獣たちの中にも強い固体が幾体も居た。毛色が灰色で真祖と同じように腕に棘が付いた魔獣たちがハンター達を押していった。さらに真祖ジャルバヌーク程大きくははないが2m越えの魔獣が4体いた。その4体の魔獣は上位毛色が灰色の魔獣よりさらに強かった。
それでもハンター達は必死に戦っていた。
「うわ!」
界斗はハンター達一団の中心へ居たが、1匹の下位の魔獣が前衛の壁から抜き出て中心へと躍りかかってきた。
その魔獣は界斗の側にいた支援の女性ハンターを殴りつけて界斗の方へと吹き飛ばした。
界斗は横から体当たりを食らってよろめいた。
「大丈夫ですか?」
「す、すみま、あっ!」
魔獣が追撃してきた。
「く!」
界斗は慌てて腕を突き出し前方に障壁を展開する。魔獣の攻撃を防ぎその女性ハンターを守った。
そして側にいたリンカの銃が鳴り響く。
魔獣が腹を撃たれてよろめいた。
そこにサージェラが短剣で止めをさした。
だがそれ以降、魔獣が前衛たちの間を抜け界斗達後衛に攻撃を仕掛けてくる事が頻繁に起こり、陣形が崩れ始めた。
そして混戦へとなった。
界斗は必死に近寄ってくる魔獣を障壁で防ぎながら、近接の練習をこれから必ずしようと思った。ガリウスから才能が無いと言われていたがそれでも近接攻撃が必要だと感じていた。何故なら混戦状態でどの魔獣を狙って遠距離攻撃すればいいかわからなかったからだ。やたらに遠距離攻撃しようものなら他のハンターの邪魔をしそうで怖かった。
界斗は防いではそのまま障壁で殴りつけたりポリスチレンを撃ちこんだりしてよろめかせていた。その都度藍香のディスクがどこからともなく飛んできて魔獣を切り裂いた。藍香は後衛組の集団に紛れながら的確にディスクを飛ばしていた。
奈美恵もフィアリスも依琳も、あきらかに上位の固体らしき毛色が灰色の魔獣相手に善戦していた。
だが均衡は突如崩れた。
1人の女性ハンターが狂乱ウイルスに感染した。
「いやぁぁぁぁ、だれか私の腕を止めてぇぇぇ」
叫びながら近くにいた男性ハンターへと近寄った。
「馬鹿! こっちにくるな」
その男性ハンターは小剣を振り回す女性ハンターから距離を取ろうとした。魔獣への注意が疎かになりそこに上位の魔獣が殴りつけた。
「ぐわぁぁ」
男性ハンターが痛みでのたうちまわった所に魔獣がのしかかった。そのまま鋭い爪を首に突き立てた。
「きゃぁぁぁぁぁ」
その光景を目の当たりにして女性ハンターはそのまま別の所へと走っていく。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
咆哮と共に血に染まった手を魔獣が高々と上げた。
最初の死者がでた。それを皮切りにハンター達が押され始めた。
1人また1人と狂乱ウイルスへ感染する。場が乱れそれに伴うようにハンター達がやられ
ていく。
その状況を見て藍香はさらにディスクを取り出した。自身の限界である計5枚のディスクを操りながらハンター達をサポートする様に魔獣を攻撃していく。
藍香のおかげでハンター達が持ち直し始めたかのように見えた。
「キャァ!」
フィアリスの悲鳴が響き渡った。フィアリスは吹き飛ばされてきたハンターに体当たりをされ態勢を崩したところに攻撃を食らった。
何とか直撃だけは避けていた。すぐに立ち上がる。どうやら狂乱ウイルスにも感染していないようだ。
「このぉぉぉ!」
フィアリスはすぐに上位魔獣へと攻撃を再開した。
だがルイバン達はフィアリスの悲鳴に一瞬気を取られていた。
真祖ジャルバヌークはルイバン達3人に完全に抑え込まれている状況に歯がゆく感じていた。
いや、自分の方が押されているかもしれない。何か所か斬られ血を流していた。対するルイバン達は無傷だ。
眷属たちは何をやっている? 強者は自分が相手をしているのだ。他のハンター達を片付けて何故援護に来ない?
そのように感じていた真祖ジャルバヌークは、ルイバン達から距離を取ると戦っている眷属とハンター達を見た。
混戦になってはいるが均衡が保たれているのを確認すると歯ぎしりをした。
そして女性を順々に見つめた。
真祖ジャルバヌークは、ハンターの人間の特性を知っていた。女を攻撃すれば男が必ずかばう様に気を遣うという事を。
そしてディスクを的確に飛ばし戦況をコントロールしている藍香に目を付けた。
その瞬間、フィアリスの悲鳴が響き渡った。
ルイバンはフィアリスの悲鳴を無視できなかった。
そしてミセラスもハミルトも仲間がやられたのかと焦った。
「まさか、感染したか!」
ミセラスがフィアリスの悲鳴が聞こえた方へ振り向く。いや、ミセラスだけではない。ルイバンはもちろんハミルトも視線を向けていた。
その様な魔獣から視線を逸らす不注意をする3人では無いはずだったが、フィアリスを大切に思っているルイバンには仕方のないことであり、ミセラスもチームのリーダーとしての責任から仕方が無かった。
だが、ハミルトはそこまでフィアリスを気にかけることは無いはずなのだが、先日の実技大会で見せた界斗の不注意が伝染したかのように見てしまった。
3人の心配を余所に、フィアリスはすぐさま起き上がると上位魔獣へと攻撃を再開した。
「大丈夫そうだな」
それを確認して3人はホッとした。
その瞬間、真祖ジャルバヌークは跳躍した。さらに木を使って高く跳びあがる。
「しまった」
ルイバン達3人のうちの誰かが叫んだ。
真祖ジャルバヌークはハンター達の集団へと躍りかかった。視線の先には藍香がいた。
右腕を振り上げる。
依琳が上空の真祖ジャルバヌークに気付き見上げた。目の良い依琳は真祖ジャルバヌークの視線の先を追いかけた。
「藍香ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして視線の先が藍香を捉えている事に気が付くと、彼女の名前を力いっぱい叫ぶ。
(あ、あれは無理……)
藍香は自分目掛けて躍りかかってくる真祖ジャルバヌークをみてディスクでの撃退をあきらめた。そして回避に入った。距離を取る。
真祖ジャルバヌークは落下地点から逃げる他のハンターには目もくれず、後方へステップを取った藍香を見据える。
藍香の判断は良かった。だが真祖ジャルバヌークの腕は長かった。
そして藍香の正面上空から躍りかかったのに、異様な数の腕の関節が藍香の背後から攻撃する事を可能とした。
(避けられない……判断を間違えた。走って逃げるべきだった……)
上空から伸びてきた腕が背後に回ったのが分かった。藍香はあきらめた。
真祖ジャルバヌークは狂乱ウイルスに感染させるべく藍香の肩を鋭い棘で引搔くように攻撃を繰り出した。
真祖ジャルバヌークの腕が風を切り鋭い音を上げながら藍香の肩に迫る。
藍香はてっきり殴り殺されるかと思った。そしてあきらめ動きを止る。目をつぶりながら来る痛みを待ち構えた。
そして禍々しい棘が藍香の解放者のジャケットを切り裂こうと触れた。
だがその瞬間、風が吹き荒れた。
真祖ジャンバヌークの腕は弾かれていた。
着地をした真祖ジャンバヌークは弾かれた腕を見る。そして首を傾げ今一度藍香を攻撃しようともう片方の腕を振り上げた。
だが真祖ジャルバヌークは急遽腕を止めた。藍香と真祖ジャルバヌークの間に人影が割り込んでいた。
割り込んだその長身の人影は剣を抜く。
剣にゼファレスが籠ると風を纏い始めた。そして鋭く振りぬいた。
剣から鋭い空気の刃が繰り出され真祖ジャルバヌークへと迫る。
危険を察知した真祖ジャルバヌークは跳び退りながら腕で防御をした。
「流石にこれでは真祖は切れないか」
距離を取った真祖ジャルバヌークが無傷なのを見てその男は呟いた。
「大丈夫かい?」
男は振り向くとやさしく藍香に声をかけた。
目をつぶっていた藍香は目を開けると自分を見下ろしている男の顔を見上げた。
「あっ……グラスロードさん……」
藍香を助けた男はオサミラウだった。
「オサミラウさん!」
ルイバン達が駆け寄ってきた。
ルイバン達の姿を確認するオサミラウ。そして周囲を見渡す。オサミラウの登場にハンター達だけでなく魔獣たちも動きを止めオサミラウに注意を払っていた。
そしてルイバンを睨むとオサミラウの怒声が響いた。
「ルイバン! 君がいながら何て有様だ!」
ルイバンは一瞬びっくりした後、周囲を見渡した。
地面に横たわっているハンターや狂乱ウイルスで暴れる腕を抑えて地面にうずくまっているハンターが目に留まる。
「あ……すみません」
ルイバンは項垂れた。
「ダンソート、ディンク、お前たちもだ! なぜお前達が2人とも真祖と対決している? 本来はどちらか1人がルイバンの補佐をして、もう1人は全体の指揮を執りながら戦況を支配すべきだろ!」
「すみません」
ハミルトはすぐに謝ったがミセラスは反論した。
「グラスロードさん、お言葉ですが俺たちはその立場にいません。チームの統率はあの人がしています」
ロムジャンを指さした。
「言い訳をするな! 何のためにお前達上級に毎月戦闘指揮セミナーと模擬演習を受けさせていると思っている。お前たちの自己啓発の為ではない! いざという時の為だ! 凡庸な者に重大な場面で指揮をとらせるな! そもそも優先順位を間違えるな! 真祖ジャルバヌークは耐久力が高い。最善の選択はルイバン1人で押さえさせ、その間に眷属達を殲滅して最後に全員で真祖ジャルバヌークを囲って討伐だろう!」
「……すみませんでした」
ミセラスは悔しそうに唇を噛んだ。
「この犠牲者たちはお前達が判断を誤ったせいだ。それを忘れるな。だが女性に死者がいなくて良かったな。いた場合は私はお前たちを許さなかったぞ」
(え? ……)
界斗はその一言を聞いて唖然とした。
「さすがフェミニスト・オサミラウ……」
依琳がボソッと呟いた。
「真祖ジャルバヌークは私とルイバンの2人でやる。それ以外はお前達でやれ。上級2人がそちらに加われば勝てるだろう」
「了解しました」
ルイバン達は頷いた。
オサミラウとルイバンはゆっくりと真祖ジャルバヌークに歩み寄る。2人からゼファレスのオーラがゆっくりと迸り始めた。
それを見て真祖ジャルバヌークも自身の周囲にまで下がっていた眷属や魔獣たちに吠える。そして身構えた。
オサミラウの登場で止まっていた戦闘が再開された。
ミセラスはオサミラウとルイバンが真祖ジャルバヌークに歩み寄るとハミルトに目配せする。ハミルトが頷くとミセラスは指示を出し始めた。
「ロムジャンさん! ここは俺の指示に従って貰います!」
「くっ……わかった……」
納得はしていないのだろう。悔しそうにロムジャンは返事をした。
「まずは、4体のあきらかに血の濃い第1世代と思しき最上位の魔獣だが、俺とディンクで1体ずつやる。残りは真田君とヴァイゼフさんのコンビ、劉さんと鈴原さんのコンビで1体ずつ頼む」
「分かりました」
界斗達4人は了解した。
「次にコームとレイノールの2人は全体の遊撃として他のハンター達をサポートしながら主に毛色の違う上位魔獣を対処。だがサポートをメインにしてくれ。ソムリット、デフォン、ロペーツさんの3人はそれぞれの判断で手当とサポートを頼む」
「分かりました」
「解放者以外のハンター達は下位の魔獣を担当。上位と対峙した場合は防御に専念してくれ。無理をしなくていい。いずれ手の空いた者がすぐに助けに入るはずだ。それから最上位の魔獣と戦う者達に他の魔獣を近づけない様に頼む」
「了解した」
ハンター達は頷いた。
「くるぞ!」
魔獣たちが再び襲い掛かってきた。
奈美恵は近くにいた最も血の濃い最上位の魔獣に目を付けた。
「真田君、あの魔獣をやるわ」
「わかった」
奈美恵達がその魔獣に向けて駆け寄るのを確認すると依琳は別の魔獣を探す。
「藍香、私たちはアレをやるわよ」
「うん」
藍香と依琳はさらに別の魔獣へと駆け寄った。
それを見てミセラスとハミルトもそれぞれ倒すべき最上位の魔獣を探す。そして見つけると他の魔獣に目もくれず駆け寄った。
至る所で戦闘の叫び声が上がり始めた。
界斗と奈美恵は自身の身長より大きい獰猛な顔つきをした最上位の魔獣を見上げていた。
相対する魔獣は1人のハンターを殴り飛ばすと、目の前に現れた2人をまじまじと見つめる。
(で、でかい……)
界斗は奈美恵の隣で対峙した魔獣を見上げて唾を飲みこんだ。魔獣の迫力に気圧されていた。
奈美恵はひたすら魔獣を睨みつけている。
「真田君、いくら相手が最上位の魔獣だからと戦う前から気後れしないで」
奈美恵が横で注意する。
「大丈夫、俺だってやれるよ……」
界斗は拳を握りしめると魔獣を睨みつけた。
「まずは様子見で2人で攻撃をするわ。私は右から、真田君は少し下がり気味で左から攻撃を。あなたの判断で創成術はまかせるわ。いくわよ」
奈美恵は界斗に声をかけると魔獣に一気に詰め寄った。
激しい攻防が繰り広げられた。
奈美恵の鋭い斬撃が魔獣めがけて繰り出される。魔獣はそれを発達した筋肉の腕を強化して防ぐ。
魔獣はその剛腕で2人を殴りつけ、時にはその手首に生えている鈎爪や腕に生えている棘で狂乱ウイルスに感染させるべく攻撃を繰り出す。奈美恵は対捌きで躱し、界斗は障壁を展開して防いだ。
界斗は薬草園で対峙したヴォフヌトスの圧縮空気弾を見てあれから何度か真似できないか練習していた。障壁で魔獣のフックを防ぐとすぐさま物体操作で空気を圧縮する。そして魔獣目掛けて撃ち出した。
魔獣は腕で防御しのけぞっただけだった。咄嗟の反応かつなれない圧縮操作だったため界斗のゼファレスをもってしてもそこまで威力を出せなかった。
「な! ……」
魔獣を吹き飛ばせると思ったのに、思ったほど威力が低くて界斗は悔しそうに口を結んだ。
「ナイスよ、真田君」
だが奈美恵がそこに詰め寄り瞬時に剣にゼファレスを込めると魔獣の腹を切りつけた。
「やった!」
界斗は歓声を上げた。
魔獣の腹から薄っすらと血の線が滲んだ。斬れたのはごくわずかだった。
魔獣は手で傷を確認する。
掌についた血を見ると咆哮をあげ奈美恵を睨みつけた。
「たったあれだけ……」
界斗は魔獣の傷があまりにも浅かったため落胆した。
「硬い、けど切れたわね」
だが奈美恵は口許に笑みを浮かべた。
「真田君、ヴォフヌトスと同じように拘束する作戦で行きましょう」
「え? あの魔獣の動きをポリスチレンで止められるかな?」
界斗が疑問の声を上げるのと魔獣が怒りに身をまかせ奈美恵に躍りかかるのは同時だった。
奈美恵は躱しながら叫んだ。
「私が大木の近くまで誘導するわ。そうしたら圧縮空気弾を撃ちこんで魔獣を大木に打ち付けて! その後すぐにポリスチレンで魔獣の腰辺りを拘束して!」
「分かった!」
界斗は返事をするとすぐに準備を始めた。
(あの魔獣の力は強い。普通のポリスチレンじゃ厳しいよな……)
界斗は魔獣の筋肉と自身が創成するポリスチレンの強度を比べる。
(もっと強度を上げるんだ……どうする? ……どうする?)
界斗は必死に考える。そしてクラリティーナの言葉を思い出した。
(重合度だ……もっと重合度を上げるんだ!)
界斗はポリスチレンの創成に意識を集中する。
奈美恵は魔獣の攻撃を躱し、時に切りつけながら少し離れた所にある大木へと誘導していた。
界斗はそれを見ながら必死にポリスチレンの重合度を上げていく。自身の感覚の限界まで重合度をあげると、さらにそれを基準にゼファレスで制御できるまで高めていく。
分子量1億を超えるポリスチレンが界斗の右手に創成された。
それを複製するように増やしていく。
そしてある程度の量のポリスチレンを創成すると今度は左手に圧縮空気弾を作り出す。
先程よりも圧縮しいつでも十分な速度を持って撃ち出せるようにゼファレスを左手に集中する。
そして確実に当てられるように至近距離から攻撃するため魔獣目掛けて駆け出した。
奈美恵は攻撃しながら目をつけた大木近くまで魔獣を誘導すると魔獣目掛けて切りつける。魔獣が腕で防御したのを見ると跳びあがり魔獣の頬を蹴り飛ばした。魔獣は蹴りの反動で跳び退った奈美恵を睨みつけると駆け出そうと一歩踏み出す。
「くらえぇぇぇ!」
そこに界斗は近寄ると圧縮空気弾を放った。
魔獣は吹き飛び大木に打ち付けられた。すぐさま界斗は右手の溶融ポリスチレンを魔獣の下半身めがけて撃ち出した。
魔獣の下半身と大木はポリスチレンまみれになる。
界斗はすぐさま水を創成するとポリスチレンに噴射した。
冷え固まるポリスチレン。
魔獣は打ち付けられた衝撃から気を取り直すと拘束を解こうと暴れ始めた。
大木が揺すられる。
「なんてパワーだ……」
今にも大木ごと引っこ抜いて襲い掛かって来そうなほど揺すられていたがすぐには無理そうだった。
そして奈美恵はその時間で十分にゼファレスを剣に込めることが出来た。
突きの姿勢を取ると魔獣目掛けて突撃する。
絶破の突きだ。剣が魔獣の心臓めがけて吸い込まれる様に突き刺さる。
「表!」
奈美恵の掛け声と共に掌底が剣の柄へと叩き込まれた。
「なっ!」
界斗は驚きの声を上げた。剣が魔獣の胸に刺さった瞬間、魔獣は剣を掌で掴みしめていた。
だが奈美恵は止められた事を気にもしていなかった。
「やはり刺さったわね」
すぐさま奈美恵はそのまま身を捻る。
「絶破の突きは多段の突き。受け止められるだけの防御力が無ければ必ず最後まで刺さる」
奈美恵の掌が再び掌底の形を取りその先端に障壁が生み出される。
「裏掌!」
魔獣が剣を引き抜こうとする前に、奈美恵の裏掌底が剣の柄へと叩き込まれた。
剣が押し込まれ魔獣の心臓に突き刺さる。魔獣の体が一瞬痙攣した。
だが奈美恵の動きは止まらない。体をもう1度捻る。
「あなたはヴォフヌトスの子供よりも柔らかいわ」
奈美恵の足が上げられ回し蹴りが柄へ迫る。
「蹴破!」
奈美恵の掛け声と共に身体強化を施した強烈な回し蹴りが柄へと叩き込まれた。
剣は背中を貫き大木まで突き刺さる。剣を握りしめた魔獣の指をいくつか歪め奈美恵の剣は止まった。
魔獣は血を吐いて俯く。奈美恵を恨めしそうに一瞬睨みつけると、そのまま息絶えた。
「やった、倒した……よっしゃぁぁぁぁぁぁ」
界斗は歓声を上げた。
その歓声はその場にいた全員に聞こえた。
「藍香、奈美恵さん達よりも早く討伐するよ。足手まといの真田さんがいるんだから私たちの方が早く倒さないと」
「え? ……うん」
依琳がその素早い身のこなしで初めて戦う最上位の魔獣を翻弄し藍香のディスクが急所めがけて飛来する。
魔獣は押されながらも的確に防御をしていた。
「これが最上位の魔獣……」
依琳は何度も切りつけているのに思う様な深手を与えられず、歯がゆく感じていた。
依琳の小剣は単なる剣ではない。超音波素子による高周波振動ブレードだった。通常の剣よりもはるかに切れ味が良い。依琳は今はまだ下級職員だがゼファレスそのものは優れていた。自身のゼファレスと高周波ブレードを合わせれば最上位の魔獣だろうと簡単に切り裂けると思っていたが違った。
「やな筋肉……」
魔獣の発達した筋肉を恨めしく思った。あの筋肉に阻まれて深手を与えられない。反応もよく死角から攻撃している藍香のディスクを完全に防いでいる。
「藍香! フォーメーションB」
「分かった!」
藍香は返事をすると5枚のディスクの内2枚を空中へ飛ばした。
依琳は空中へ斗飛んだ1枚のディスクを蹴ると次は木に飛び移った。
それから依琳による立体的な攻撃が始まった。頭上、足元、背中、至る所から魔獣を攻撃する。藍香のディスクを踏み台にして方向転換しラファエフの舞操流のように魔獣の死角を突いて切りつける。舞操流と違うのは直線的な動きでヒット&ウエイな所だ。
藍香も的確に依琳の為にディスクを配置していく。息の合ったコンビプレーだった。
だがそれでも致命傷は与えられなかった。
「もう、ほんとムカつく!」
依琳は何度切り裂いても致命傷を与えられない事に空中に浮かんだ藍香のディスクに片足で立ち魔獣を見下ろしながら苛ついた。
その時、界斗の雄たけびが聞こえた。何事かと依琳も藍香も魔獣さえも界斗の方を見た。
「先を越された……」
依琳は木に縫い付けられている魔獣を見て悔しく思った。
だが魔獣はさらに悔しかった。兄弟ともいえる4匹の最上位の魔獣だった。
それを殺された。怒りで気が狂いそうになった。
「グオオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
魔獣は天を仰ぎ力いっぱい吠えた。怒りを咆哮へと乗せて発散するように長く長く……
そして……
剣が口の中へと突き刺さった。
「お馬鹿な魔獣……戦闘中に長ったらしく吠えちゃダメでしょ」
依琳は瞬時に身体強化を全力で足にかけるとディスクを蹴って魔獣に突撃していた。
「藍香!」
地面に着地した依琳は藍香に声をかける。
「分かってるよ!」
藍香が叫ぶように返事をするのと魔獣の脳天にディスクが刺さるのは同時だった。
藍香のゼファレスを受けディスクが回転数を上げる。魔獣の頭蓋を切り裂き始めた。
さらに依琳はジャンプをすると魔獣の口に刺さっている剣の柄を掴む。そして魔獣から剣を一気に引き抜いた。
魔獣はまだ息絶えていなかった。
依琳はそのまま空中で身を捻る。瞬時にゼファレスを剣に込め魔獣の首へと走らせる。
魔獣の首が切り裂かれ血があふれ出た。
さらに藍香のディスクの1枚が飛来し反対側の首元を切り裂いた。
魔獣は首の両側から血を吹き出しながら倒れた。
「藍香、いくよ」
「うん」
依琳は魔獣の死を確認するとすぐに近くの魔獣へと走り出す。そして藍香もそれに続いた。
「あの子達……元気ね」
奈美恵は魔獣から剣を引き抜きながら、同じく魔獣を倒した依琳と藍香が他の魔獣へと襲い掛かったのを見ると感心した。
「私達も他のハンター達の手伝いをしましょう」
「分かった」
界斗と奈美恵もハンターと戦っている近くの魔獣へと駆け寄った。
完全に戦況はハンター側に傾いた。さらにその後、ミセラス、ハミルトと続いて最上位の魔獣を倒す。
そのころには10体程いた上位の魔獣は半分近くになっていた。どうやらフィアリスやヴォストが頑張ったみたいだ。
下位の魔獣に至ってはもう残りは3分の1近くまで減っていた。
ゼファレスを漲らせるルイバン、オサミラウと対峙した真祖ジャルバヌークは吠えるとゼファレスを活性化させる。野生の感が全力でやらないとまずいと告げていた。
真祖ジャルバヌークから迸るゼファレスのオーラに臆することなく歩み寄るルイバンとオサミラウ。
「ルイバン、君が主攻、僕が注意を引く、いいね」
「分かりました」
「それから全力でやるんだ。この後の事は気にしなくていい」
「これで魔獣は全部なのですか?」
「わからない。だがこの魔獣たちを討伐したらすぐに研究所まで撤退する」
「そういう事ですか。では全力でいきます」
「ああ、すぐにこいつを処理しよう」
真祖ジャルバヌークのゼファレスに対抗するようにさらにルイバンとオサミラウのゼファレスが活性化し、2人から凄まじいオーラが迸った。
それは真祖ジャルバヌークより強大なオーラだった。さらにオサミラウよりもルイバンから迸るオーラの方が多かった。それは界斗やラファエフ達にも届くほどのオーラに見えた。
「もうここまでゼファレスが成長したか……さすがだな」
オサミラウはルイバンに軽く目を見張って呟く。
その呟きはルイバンには聞こえていなかった。
ルイバンは身体強化をかけるとその場から消えていた。瞬時に真祖ジャルバヌークへと詰め寄る。脇腹を切り裂いた。
真祖ジャルバヌークが反撃に腕を振るうがもうその場にはルイバンはいない。
そして代わりにオサミラウが正面に立ち塞がっていた。
「やぁ……」
陽気に真祖ジャルバヌークに声をかけた瞬間、オサミラウの剣が真祖ジャルバヌークの体を何度も切り刻んだ。
「グゥッ」
真祖ジャルバヌークはうめき声を上げのけ反るも、オサミラウに対して腕の関節を利用し背後に回り込むよう腕を伸ばすと背中から攻撃する。
だが、オサミラウはそれを見もせずに感覚だけで避けた。
オサミラウが真祖ジャルバヌークの正面に立ちふさがり注意を引き、ルイバンがありとあらゆる方向から攻撃をする。
真祖ジャルバヌークの体の至る所を切り刻んだ。
真祖ジャルバヌークはルイバンとオサミラウの2人に完全に圧倒されていた。
だが、流石は真祖というべきか強靭な肉体が深手を負う事を防いでいた。
ルイバンとオサミラウの2人が真祖ジャルバヌークを圧倒している間に魔獣たちの掃討が進んでいた。
「奈美恵さんと真田さん、なんだか息があってるね」
藍香は奈美恵と界斗をみた。
ちょうど界斗が障壁で魔獣の攻撃を防ぎ、その瞬間脇から奈美恵が飛び出して魔獣を切り倒したところだった。
「そう……」
依琳はおもしろくなさそうに返事をした。
魔獣の掃討は順調に進み次々と魔獣たちは倒れていく。
最後まで立っていた上位の魔獣にフィアリスが止めを刺した。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ハンター達が歓声をあげた。
残りは真祖ジャルバヌークだけとなった。
真祖ジャルバヌークはその歓声を聞いて自分たちが敗北したことを悟った。
そしてすぐさま踵を返す。逃げ出そうと走りだした。
だがその瞬間、オサミラウの腰のホルダーからワイヤーが飛び出てきた。
それは真祖ジャルバヌークに絡みついた。オサミラウはワイヤーを物体操作で器用に操りながら真祖ジャルバヌークを絡み取り、さらに近くの木へとワイヤーを絡みつける。さらにもう1本ワイヤーを取り出し、同じように絡みつけた。
2本のワイヤーに絡みつかれ、それ以上逃げることが出来なかった。
「どこに行くのかな? もしかして逃げられるとでも?」
ワイヤーをほどこうと身を振り乱す真祖ジャルバヌークへオサミラウは悠然と歩み寄った。
そして脇腹を深々とさした。
真祖ジャルバヌークは腕を振り回しオサミラウを攻撃するが、その顔面が突如燃えた。そしてき煌めきが走り鋭く切り裂かれた。ルイバンは火球を創成して真祖ジャルバヌークの顔面へ目くらましとして放つとそのまま立て続けに切り裂いていた。
真祖ジャルバヌークの皮膚はメタノールの火球では焼くことなどできない。だが顔面を切り裂かれて痛みで顔を両手で覆った。
その間にオサミラウは剣を脇腹から引き抜くと正面から切り刻んでいく。
ルイバンも背後に立つと切り刻み始めた。
「ウォォォォォ」
真祖ジャルバヌークは痛みに耐え、腕を振りまくる。
オサミラウは正面で躱しながら斬り、ルイバンは再びヒット&ウエイへと切り替えた。
「ルイ君、どんどんやっちゃえ」
フィアリスはルイバンに声援を送る。ハンター達は2人の邪魔をしない様に少し離れた所でこの戦いを見守っていた。一部の者達は負傷者の手当を行っている。
「ルイバン君、さらに速くなってる。私も負けられない」
同じような戦闘スタイルである依琳はどこかルイバンをライバル視していた。
オサミラウは突如銃を取り出すと、銃口を剣で切り刻んだ傷に当てる。
鋭い音が鳴り銃弾が撃ち込まれた。感電したのか真祖ジャルバヌークの動きが止まる。
ルイバンとオサミラウは一気に切り刻んだ。
「どうして急所をつかないんだろう」
界斗は2人の戦い方を見て不思議に思った。
「無いんだよ、急所と言える所がね」
界斗の側に立っていたハミルトが答えた。
「無い? 急所がですか」
「そう。まず心臓が無いんだ。脈が発達していてね、心臓無しで血液が循環している」
「……じゃあ、頭とか……」
「頭は硬いんだ。というか骨が硬い。普通の生物とは違って鉄などを主成分とした独自の硬い鉱物で出来ている。そして頭蓋がものすごい厚い。だから剣では切れない。切るにはそれなりの工具や機械で時間をかける必要があるけど戦闘中にそんな時間は無いでしょ。噂によるとその骨を形成するために真祖ジャルバヌークは肉だけでなく岩石も食べているらしいよ」
「それは何というか……岩石っておいしいんですかね……」
「さあね。真祖の味覚なんて知らないし。つまり倒すには弱らせるとか超高温で焼き尽くすとか、失血死させるとかだけだね。真祖ジャルバヌークはその強靭さと狂乱ウイルスで恐れられているのさ」
話していると真祖ジャルバヌークの片腕が動かなくなった。どうやら完全に筋まで斬られたらしく肩の付け根から骨が露出していた。
真祖ジャルバヌークは後悔していた。
この固体はもともとはこの森より遠く離れた東の方に住み着いていた。そこでは一族で住んでいた。
だがハンター達に襲撃され一族は倒されこの固体だけ逃げることが出来た。
ハンター達に対する復讐心を秘めこの森までやってきた。
この森にやってきたときすみついていたゲラダンに攻撃された。
真祖ジャルバヌークはこの動物について知っていた。だが自身が知るゲラダンよりも強い個体が何体もいた。研究所に実験体として捕獲され特別な物質を与えられ、後に逃げ出した固体達だった。
殺したゲラダンの肉を引き裂き喰う。異様な味と匂いがした。
その後、群れを力づくで掌握する。そしてメスに眷属達を生ませたり血を与えたりし、自身の血を引く魔獣の群れを作り上げていった。
研究所を襲ったのはゲラダンを強化した物質が欲しかったからだ。物質の出どころは身振り手振りでゲラダン達に示すと研究所まで案内されたためすぐにわかった。
真祖ジャルバヌークは一族を殺したハンター達への復讐の為、この物質を手に入れるべく研究所を襲ったのだった。
真祖ジャルバヌークは自分を切り刻んでいる2人を見た。自分の一族を襲ったハンター達は多数だったがこの様な強き者はいなかった。
たかが人間2人に自らが圧倒されていることに絶望を感じた。
真祖ジャルバヌークは膝をついた。立ち上がれないほど片足を切り刻まれていた。肩と同じように大腿骨の裏側が露出している。
さらにその後切り刻まれ、首から大量に血が溢れだした。もう防御するためにまだ動かすことのできる片腕を動かす力も無かった。
弱った真祖ジャルバヌークを見てもルイバンとオサミラウは止まらなかった。
手を緩めず切り刻み続ける。
そしてぼろ雑巾のように肉を切り刻まれて真祖ジャルバヌークは息絶えた。
戦闘が終了しハンター達が亡くなった者達の移送準備をしている。
「もったいないな……」
ミセラスは真祖ジャルバヌークの死骸を見て思った。
「そうですね。魔甲スーツの材料として最高級ですが、ああもボロボロだと使える場所があるか……」
ハミルトもうなずくと残念そうに死骸を見た。
オサミラウは近くの木に寄りかかって水分を補給しながら休んでいた。
そこに藍香が歩いて行く。
「グラスロードさん、ありがとうございました」
藍香はお辞儀をした。
「いや、気にしなくていいよ。君に怪我が無くてなによりだよ」
オサミラウは優しく微笑む。
藍香は顔を赤くしてオサミラウの笑顔に見とれた。
「し、失礼します」
再度お辞儀をして慌てて藍香はオサミラウから離れる。
「藍香、惚れてはダメ……」
依琳が声をかけた。
「え? ……そ、そんなことないよ」
「ほんとにわかってる? グラスロードさんに恋したら東宝院さんに目をつけられるんだよ」
藍香は春の集会でデュセリオと揉めた絵美菜を思い出して唾を飲みこんだ。
とても勝てる気がしなかった。
「わかってるって……」
「それならいいけど。学校で私がとばっちりで睨まれたくないし……けど、もしそうなったら私の学校生活が悲惨になる」
「東宝院さんって学校ではどうなの?」
「あの人の派閥が1番幅を利かせているといってもいい。何たって校内の喫茶室の一部の個室が、東宝院派専用スペースとして暗黙の了解になってるから。教師すらその個室は使わない……」
「……」
あまりの学校での絵美菜の幅のきかせぶりに藍香は押し黙った。
そして近くにいたため話が聞こえてしまった界斗も学校が違うとはいえ、なるべく絵美菜と関わりたくないと思った。
準備が整うとハンター達は研究所への帰路についた。
魔獣に襲われることなく一行は無事に研究所についた。到着する頃には夜遅くになっていた。
「もう森には入りたくない……」
界斗は森を出た瞬間呟いた。ハンターになってから森に入ったのは2度だけだ。そしてその2度とも真祖の魔獣と遭遇していた。
奈美恵は界斗の呟きが聞こえると頷いた。
「確かにね。今月は森に入って立て続けに真祖と遭遇だものね。わかるわ」
奈美恵も同感だった。
界斗は宿泊場所に戻るとすぐに就寝した。
翌日、界斗は森での汚れをシャワーで落としさっぱりすると朝食をとる。
ルイバンやヴォストと3人で朝食を食べていると、朝から会議に参加していたオサミラウ達3人がやってきた。
「昨日はご苦労様、10時になったら研究所を出る。バスで駅まで送ってくれることになってる。それまでに支度をしておいてくれ」
ミセラスが界斗達に伝えた。
「警護はもういいんですか?」
ルイバンがオサミラウを見た。
「そうだね。これは僕への依頼だったのだけど、真祖がいるとは思わなかったから地元のハンターだけで対応するよう断るように言ったんだ。本社は納得したけど研究所は襲撃を受けるとなんども要請してきてね。それで仕方なくアミリエ君が誰かを行かせることにしたんだ。けど、真祖がいるとは……これは君たち学生組には回してはいけない案件だった。幸いアミリエ君から連絡をもらったから間に合ったけど。他にも真祖がいるとは思えないけど、念のために僕は残って警備と後処理をする。君たちはウクテルに帰ってゆっくり休んでほしい」
オサミラウはそういうと部屋を出ていった。
そして界斗達12人は10時になると研究所を後にした。
「では約束通りデザートは食べて帰るんですよね?」
駅に着き電車に乗るとフィアリスは早速ミセラスにお願いした。
「それについてはいい知らせがある」
「え? なんですか……」
「蔵林さんから慰労として2泊ぐらいして遊んできていいと許可がでてる。もちろん費用は解放者持ちだ」
「え? ……やったあぁ!」
フィアリスは驚くと歓声を上げた。
「流石、蔵林さん……」
依琳も嬉しそうだ。
「うれしいですけど、私達の服装はこれですよ」
奈美恵は自分たちの格好を見渡した。
「幸い今は夏、シャツの上から羽織れる薄物が1枚あれば十分だろ。それぐらいの金も出してくれるそうだ」
「凄い、太っ腹ですね……」
界斗は驚いた。
一同はその後、首都ダイクにつき服を買うとホテルを取る。その日は観光をし、翌日はフィアリスの提案通り遊園地に行ったり食事を楽しんだりして、明後日の昼過ぎウクテルへの帰路についた。
ちなみに依琳は藍香を連れ絶叫系アトラクションを乗り回し、大いに楽しんだ。
だが藍香は楽しむどころか逆に疲れてしまった。
帰路についたのは遊園地に行った翌日だったが、帰りの浮遊音速特急・ギフュームの車内で藍香は疲れ果てて眠っていた。




