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キョウシュウキ(郷愁鬼、凶集鬼) L 世界を保全せし意思と約束の果て  作者: 新宿ソナタ
第二章:新しき出会い、シスダール学院1学期編
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第12話 薬草園にて、芽生え始める感情 (約38,000文字)

「それでは、始め!」


 7月の上旬、教室の座席が始めの状態だった3列5行に戻され、ついに界斗にとってシスダールでの最初の試験が始まった。

 界斗にとって不名誉な教室の座席並びが、皆と同じに直せるかどうかがかかった重要な試験だった。

 ゆえにアミリエやガリウスに許可を貰い、平日の放課後に帰宅して行っていた訓練はテスト2週間前から休み、テスト勉強をした。土曜日の巡視任務には出動したが、日曜日の実践訓練は午前中だけで午後からは勉強した。界斗は彼史上、テスト勉強時間最長を記録した。隣室のルイバンも籠って勉強していた事に触発された事も大きかった。


 教科は世界史から始まり地理、数学、物理、化学、共通語、音楽、美術、技術、家庭科、ゼファレス法術の順で行われた。

 最初の試験科目である世界史の滑り出しはよかった。


【メフュードゥ歴121年に起きた事を答え、その結果何が変革されたのか答えよ】


 界斗は問題を見ながら答えを考えていく。


(確か資源争奪による世界大戦が起き、議導会が介入して平和協定が結ばれたんだよな。その結果、貨幣の統一、言語の統一、姓名順への統一がされて戦争の禁止、各国軍事力上限の制定、飛空戦艦や飛空戦機、飛空艇等の航空機の制限が設けられたんだっけ。さらに衛星管理と通信管理は全て議導会によって行われる事となったんだよな)


 界斗は順調に答案を書いていく。


【世界には旧時代の国民同士で集まる国が大半を占めるが、人種のるつぼと言われる都市や国が幾つもあるが何故か答えよ】


(世界大戦の後、空白地帯に国家間緊張の緩衝をするために議導会主導のもと世界中に声がかけられて都市建設が進められたからだよな。確か色々な国から人が集まったんだっけな……アラミードのほとんどの都市もそうだったはず)


 世界史が終わると次は地理だった。界斗はハミルトから地理はハンターにとって大切と言われたため特に頑張って勉強していた。

 そして4日間かけてテストが行われ、終了した次の日には結果が知らされる。

 ついにテスト期間が終わり、郊外学習の日がやってきた。



「ふぁぁぁぁ~」


 界斗は欠伸をしながらバスの中から過ぎゆくウクテルの街並みを見ていた。


「真田君、眠そうだね」

「テスト勉強で訓練していなかった分、昨日、一昨日とちょっと夜まで訓練していてね。あんまり寝ていなくてさ」

「そうか、大変だな。なんだったら薬草園に着くまで寝てていいよ」


 隣で音楽を聴きながら座るダニエルが界斗を見た。


「いや、大丈夫だよ。ところで佐伯君は何を聞いてるの?」

「古典ジャズさ」

「古典ジャズ?」

「そう、旧時代の古きよきジャズってこと」

「ふ~ん」


 それ程興味の湧かなかった界斗は再び窓の外を見始める。

 最後尾席では浩然たちが5組の男子を交えて何かカードかゲームで遊んでいるのか、時折叫び声をあげて楽しそうにしているのが聞こえてくる。

 女子達も初めに決めた席割から移動して仲の良い者同士で固まり、話しているのが分かる。

 この日、界斗達シスダール高等部1年は校外学習の為、普段の登校時間よりも随分と早い時間に学校に集合し、バスでウクテルから200km以上離れた薬草園に向かっていた。


「真田君、話しても良いですか?」


 セディウスがやってきてダニエル越しに界斗に声をかけた。


「何? ガザエ君」


 界斗が景色を見るのをやめセディウスに振り向く。ダニエルも椅子に座ったままセディウスを見上げるとイヤホンを取った。


「セディウス、真田君と話すならどこうか?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと聞きたい事があるだけですので」

「聞きたいこと? どんなこと?」

「単刀直入に聞きます。総会長の妹さんとどうなったのかなと思いまして。水族館に行ってから1か月ぐらい経つじゃないですか……」

「え!? ……何でガザエ君が気にするの?」


 界斗はいきなりそのような事を聞かれるとは思はず、ちょっと焦りながらセディウスに答えた。


「いえ、アバカード君が昨日の帰り総会長に声をかけられたそうなんですよ。夏休みによかったらまたみんなで遊ばないかと。もちろん真田君を誘ってですが……」

「別にあれ以来、彼女とは何もないよ。校内で会っても会釈するだけだし」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ!」


 界斗は自分とルリエラの事が面白半分に話題にされると思い、大声を上げた。せまいバスの中で思わず大きな声を出してしまい、慌てて周りを見たが、周りの生徒達はそれぞれで楽しくはしゃぎながら話していたためホッとした。


「では、真田君は総会長の妹さんの事はどう思っているんですか?」


 さらに追及するように質問するセディウス。


(おいおい、皆がいるバスの中でそこまで直接聞くか……)


 ダニエルは思わずセディウスを見る。


「それは……彼女は親しみやすいし、いい子だけど……」


 界斗には正直これが恋愛感情なのか分からなかった。


「きゃ~、やっぱり総会長の妹さんとそうなのね」


 話を聞いていたのか通路挟んで反対側の座席にいた5組の女子達が黄色い声をあげる。

 それにつられて女子達の間でカイトとルリエラの話題が再燃焼し、より騒がしくなる車内。


「あなたたち、少しは静かにしなさい!」


 その時、レディエスが最前席から振り返りながら少し苛立った声を上げた。

 生徒達が一瞬にて静まり返る。

 反対側に座る5組の主担員と副担任の教師すらも驚いてレディエスを見つめた。


「真田君、進展があったら教えてください」


 セディウスは一度レディエスの方を確認すると、カイトに小声で話し席に戻った。

 

「アハラノーフ先生、たまには生徒達が伸び伸びするのもいいじゃないですか」


 レディエスの隣に座るロランスが苦笑いを浮かべながら彼女を諫める。

 4日間に渡り期末テストが行われていたのだ。テスト勉強から解放された生徒達がはしゃぎたくなるもの無理はなかった。

 ちなみに界斗は学年下位から30番目となり最下位でなかった事に彼自身も驚いた。

 勉強を教えてくれたオルテシアやダニエル達班員に感謝したことはいうまでもない。

 テスト結果が知らされた日の放課後、教室内で帰りのホームルームが終わると界斗はオルテシアやダニエル達班員に1人1人お礼を言った。琴絵は苦笑して「おおげさだよ」と言って笑っていたが……

 そして次の日からついに席順が他の2班と同じになった。だが後ろからオルテシアに授業態度を監督されているかと思うと、それはそれで緊張の日々になりそうだと震えあがった。


 さてレディエスは厳しかった。生徒達の気持ちなど二の次だ。


「李先生、伸び伸びするのとマナーを守らないのでは話がちがいます。シスダールの生徒として行儀を正して行動するよう、常日頃から意識をしていなくてはなりません。李先生が今後主担任として生徒を預かった時は、生徒達の生活態度もしっかりと監督し……」


 それからレディエスによるシスダールの教師としての心構えが語られることになる。

 レディエスは生徒達から女傑と呼ばれるのにふさわしい気を吐いて捲し立てていた。

 3時間後、薬草園に到着し、ロランスはゲッソリと疲れ果てた表情でバスから降りてきた。




 薬草園の入り口を通り抜けるとレストランや資料館に面した広場がある。到着早々、そこで生徒達は整列して説明を受けていた。

 学年主任を兼ねるレディエスが拡声器を片手に持ち説明を始める。


「さて、これから各クラスの班ごとに指定する薬草を採取して貰います。お昼ご飯は12時になったらこちらにお弁当が用意されます。取り来てください。それではこれからパンフレット、薬草を入れる袋、シャベルを配ります。パンフレットは各自1部ずつあります。袋とシャベルは班で1つずつです。では、班長は前に取りに来て」


 各クラスの班長達がそれらを取りに前に行く。

 オルテシアが前に取りに行くと、同じく取りに来ていた奈美恵と目線が合い、お互い微笑みながら会釈をした。

 班長達が戻りパンフレットを班員に配っていく。


「さて、パンフレットを見てください」


 界斗がオルテシアから受け取ったパンフレットを開くと薬草園の地図と5種類の薬草が記載されていた。

 広場左手には管理されている菜園が広がっているが、右手の森林は自由採取エリアとなっていた。


「皆さんにはこれから森林エリアに入ってパンフレットに乗っている5種の薬草、アファネス、ネンムーク、ナミマ、エンドラゴマスタク、バンクリクトの中から3種を採取してもらいます。採取が終わったら袋に入れて見せに来てください。私たち教師はレストランの一角をお借りして待機してます。さて、森林エリアには確認されているだけでも100種類以上が自生していますがこれら5種は繁殖力が強く至る所に生えているため発見するのも容易なはずです。早ければ1時間もかからずに見つける事が出来るでしょう。薬草園の出発は午後3時ですがそれまで自由時間です。余った時間は各人自由に使っていいです。決して羽目を外さず規律正しい行動をしてください。今日は平日ですが一般のお客さんもいるという事を忘れずに行動するのですよ。では、解散して採取に向かってください」


 レディエスが説明を終えると、生徒達は森林エリアへと向かい始めた。




 これから夏の盛りを迎えるとは思えない程涼しく柔らかな日の光が降り注ぎ、鳥が囀る森の中を界斗達は歩いていた。

 かなり奥に進んできたためか、周囲には生徒達はおろか他の客すらだれも見当たらない。

 自分たちだけ森の中に迷い込んでしまったかのように錯覚してしまうほど、穏やかな森林浴を楽しんでいた。


「空気が美味しいですね」


 標高が少し高いから念のためにと、界斗達班員の中で唯一夏用のベストを着用してきたオルテシアは、両手を広げ清涼な森の空気を目一杯深呼吸すると、ふと木の上を見上げた。


「あれはサラミスタン鳥ですね。この森でも見かけることが出来るとは……この時期だと本来はもう少し北の方にいるはずなのですが……ここは標高が高く少し寒いからでしょうか……」


 オルテシアの視線の先にはピンク色の羽、青い頭、白と黄色のストライプ柄の胴体をしているカラフルな小鳥が2匹止まっていた。

 可愛らしい鳴き声でお互い鳴き合っている。

 一同もつられて小鳥を見上げた。

 5人の視線に気付いたのか2匹の小鳥は飛び立ってしまう。


「あ~、行っちゃった……」


 琴絵が残念そうにつぶやいた。

 一同は小鳥が飛び立つと再び歩き始める。


「ソフィスティードさんは鳥にも詳しいんですね」


 界斗が声を掛けるとゆっくりと首を振って否定した。


「いいえ、そんなことはありません。あの鳥は一時期ペットとして人気を博した事があったからです。あの愛らしい姿から今でもそれなりの人気があります。色々な分野の流行を広く知っておくことは社交において重要なのです。ただそれだけです。私自身はそれほど鳥に興味があるわけではありません」

「社交の為ですか。その為に勉強を……大変なんですね」


 界斗の先を歩くオルテシアは振り返り頷いた。


「そうですね。真田君ももう知っているかと思いますが、私の実家は家具を販売しているソフィスティード家です。取引先には各国の上流の方たちもいらっしゃるのですが、教養がないとソフィスティード家の教育を疑われてしまいます。酷い時はお話についていけない、それだけで次回からの購入を敬遠してしまう方もいるぐらいなのです。その方だけで済めば良いのですが、さらにそういう方たちの繋がりの間で噂が立ってしまうと、その後の取引にも影響が出てしまうのです……」


「そうよ真田君、お嬢様は大変なんだから」


 オルテシアの一歩後ろをマリアーネと並んで歩く琴絵が、オルテシアを気遣い同意を示す。


「へー、そうなんですね……」


 オルテシアは小さいころから一般家庭の生まれである界斗には想像もつかないほど遊ぶ時間などなく、勉強と習い事を受けて育ってきた。

 界斗にそんなことが分かるはずもなく、何となく相槌をうっただけである。


「おい皆、こっちに来て」


 最後尾を歩いていたダニエルから声がかかった。

 ダニエルは木の根元にしゃがみ込んで地面を見ていた。

 一同は振り返るとダニエルの下へと集まった。

 そこには紫色の花をつけた植物がちらほらと咲いていた。


「この紫の花はエンドラゴマスタクじゃないか?」

「確かにパンフレットの見た目に似てるね」


 琴絵が覗き込みながらパンフレットと見比べている。


「どうするの? とりあえず取っておく?」


 琴絵が皆に聞くとマリアーネが代表して持っていた薬草を入れる袋を広げた。


「根っこごと引き抜くのかな?」


 ダニエルは横から中腰でエンドラゴマスタクらしき薬草を見つめているオルテシアの顔を見上げた。


「そうですね。パンフレットの説明によると葉っぱに血液凝固作用と鎮痛効果があり怪我に効くとありますが、先生に確認してもらう事を考えると根元の土ごと掘り出しましょう」


 オルテシアは界斗に目配せする。

 界斗は持っていた手提げのシャベル入れからシャベルを取り出しダニエルに渡した。

 ダニエルは丁寧に1株土ごと掘り出すと、マリアーネが広げている袋に入れる。

 界斗達一同は採取を終えると再び歩き出した。




「川のせせらぎが聞こえます」


 先頭を歩くオルテシアが声を上げた。


「行ってみよう。ザンダールさんの言う通り、川辺なら色々と群生してるかも」


 遊歩道の分岐点を川の流れる音が聞こえてくる方向へ進みしばらくすると音がはっきりと聞こえてきた。

 さらに進むと視界が開けた。左手前方には川幅10mぐらいの緩やかな流れの川が流れていた。

 そして目の前の川辺は大きな体育館がすっぽりと入りそうな広さがある程開け、そこには草花が生い茂っていた。

 対岸の川辺や周囲には木々が生い茂っているが、不自然にここだけぽっかりと開けていた。

 また、広場の右手奥前方には森林の先へと続く遊歩道が再び続いてる。


「ここはきっと草花が生い茂るように木を伐採して作った広場なんだろうな」


 ダニエルは周囲を見渡しながら思った事を述べた。

 一同はしばらく周囲を見渡す。その後、オルテシアが声をかけた。


「皆さん、ここでそれぞれ探してみましょう」


 オルテシアの提案にうなずくと、一同は鞄を一か所に纏め置き、散開して課題の薬草を探し始めた。


 オルテシアは川辺を、界斗はそこから少し離れた所を、さらにダニエルはオルテシアや界斗から離れて遊歩道から来た広場の入り口側を、琴絵とマリアーネは森側の端を探す。

 川のせせらぐ音に癒されながらのんびりと薬草を探す界斗。


(これは違うな……この細長い葉っぱアファネスに似てるな……けど、どうだろう?)


 時折パンレットと見比べながら探していく。

 ふと顔を上げた瞬間、少し離れた所でしゃがみ込んで草を観察しているオルテシアの横顔が目に入った。


(ソフィスティードさんもあんな表情するんだな……)


 普段、界斗の横で授業を真剣に聞いていたオルテシアのキリっとした横顔とは打って変わり、どこか楽しそうに見える横顔を見て界斗は親しみを感じたが、すぐに視線を草へと戻した。

 一同がしばらく探していると、アニメの鼻歌を歌いながら探していた琴絵が急に声をあげた。


「あ! これネンムークじゃない?」


 琴絵の上げた声に一同は立ち上がって琴絵の方を見る。

 その時、界斗は対岸から草木が揺れ擦れる音を聞いた。


「風かな?」


 界斗は立ち上がりながら顔だけ対岸に向け、向こう岸を見渡した。


(え?)


 そして表情が凍り付いた。

 対岸の木に獰猛な顔つきをしたトカゲのような魔獣が、鋭い爪で太い枝にしがみ付きながらこちらを見ていた。

 界斗の視線に気付いたのか魔獣も界斗を見る。魔獣と界斗の視線が交差した。

 皆を呼ぼうと振り返った琴絵が、界斗がオルテシアの方を見たまま固まっている事に気付いた。実際にはその先の対岸にいる魔獣を見ていたのだが……


「真田君? やだぁ、ソフィスティードさんをそんなに見つめて」


 琴絵がからかうように声を上げた。

 さらに離れて採取していたダニエルとマリアーネは琴絵の一言で界斗の方を向いた。

 そして川辺で薬草を探していたオルテシアは、自分の方を見たまま動かない界斗を見て首を傾げた。

 そんなオルテシアの背中をじっと見つめる魔獣。


「真田君? どうしたのですか?」


 オルテシアは背後の魔獣の視線に気付かず、自分の方をじっと見てくる界斗を見て声を掛けた。

 界斗はそれに答えることなく魔獣に集中していた。


(なぜあんなヤバそうな魔獣が……そんなことより、まさか川を飛び越えて襲ってこないよな……川幅は10mぐらいか。あの高さの木の上に居る魔獣なら、楽々飛び越えてきてもおかしくないよな?)


 界斗は緊張のあまり唾を飲みこむ。


「おい、どうしたんだ、真田君?」


 ダニエルが声を掛けながら界斗の方に近寄ってきた。

 そしてオルテシアも界斗の視線が自分を捉えていないことに気付くと、界斗の方へと一歩踏み出した。

 その時、魔獣が姿勢を変えた。まるで獲物に飛び掛かる肉食獣の様に。

 琴絵とマリアーネは界斗が見ている方向が気になり視線を追って対岸を見た。

 そして魔獣に気付いた。


「キャーーーーーーー!」


 魔獣がオルテシア目掛けて大口を開けて飛び掛かる。そこに琴絵の悲鳴が重なった。


「ソフィスティードさん!!」


 界斗は叫びながらオルテシアに向けて走りだした。


「え? な、何でしょうか……」


 オルテシアは琴絵の悲鳴と何故界斗が必死の形相で自分に向かってくるのか分からなかったため、きょとんとした。しかし右手頭上に影がさしたため川の方を振り向きながら見上げた。

 オルテシアの目に上空から涎を垂らしながら迫る魔獣の口が映った。

 一瞬で恐怖で体がすくみ、清楚なオルテシアの表情が凍り付いた。

 オルテシアは動くことなく目を見開いたまま魔獣が噛みついてくるのを見つめていた。


(このままでは間に合わない!!)


 界斗は瞬時に判断する。

 そしてゼファレスを活性化させると自分の体を前方に飛ばすよう物体操作する。

 一気にオルテシアとの距離を詰めた。

 オルテシアの眼前に迫った魔獣が開いた大口を閉じはじめた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!」


 琴絵の絶叫が響き渡った。

 魔獣がオルテシアの顔に食らいつくかのように見えたが……その瞬間、界斗がオルテシアに抱き着いた。

 界斗はオルテシアの危機に間一髪間に合った。

 そのままオルテシアを抱きかかえながら草の上を転がった。

 獲物を取り損ねた魔獣は着地をすると、すぐに地面に転がる2人を見る。


「ソフィスティードさん大丈夫?」

「は、はい……大丈夫です」


 界斗はオルテシアを抱きしめている腕を離した。2人はすぐに上体を起こす。

 そして界斗は魔獣を確認する。すぐに飛び掛かってこようとする気が無いことが分かると、魔獣をつぶさに観察しはじめる。


(何だ? あの背中から生えてる触手は? あんなのが生えてるなんて普通の動物との混血じゃないぞ……。それに図鑑で見たことがあるような……)


 界斗は何度も見た魔獣図鑑の内容を思い出しながら脳内で照らし合わせていく。

 オルテシアは魔獣を見つめながら恐怖からか激しく脈打つ鼓動を鎮めようとゆっくりと呼吸していた。


(わ、私は真田君が助けてくれなかったら、あの魔獣に噛み殺されていた……)


 オルテシアはゆっくりと呼吸を整えながら、自分の命を救った界斗の横顔を見つめた。


「ソフィスティードさん、静かに立ち上がって。魔獣を刺激しない様に本当にゆっくりと静かに……」

「は、はい……」


 界斗はオルテシアの視線に気付くと頷き、声を掛ける。オルテシアが頷くのを確認すると立ち上がりろうと地面に左腕をついた。

 鋭い痛みが走った。


「ツッ!」


 シスダールの制服である白い半袖のシャツが赤く染まっていた。


「ああ……真田君、ひどい怪我を……」


 オルテシアが血に染まった界斗の左腕を見て狼狽えた。

 その時、対岸から魔獣がもう1匹跳んで来た。

 魔獣は1匹ではなかった。


「真田君!」


 ダニエルが声を上げながら駆け寄ってきた。


「来ちゃだめだ!」


 界斗がダニエルを制止させる。


「俺も戦うよ! こんな小さな魔獣、俺たちでボコってやろうぜ!」


 ダニエルは体長1mぐらいしかない魔獣を見て、半袖シャツの腕をゆっくりと回すとゼファレスを練り始めた。

 新たに跳んで来た魔獣がダニエルの方を向く。その背中から鋭い刃が先端に着いた魔獣の全長の何倍もある長い4本の触手が威嚇するように出てきた。そしてゆっくりと刃先をダニエルに向けていく。

 ダニエルの表情に驚き怯えが浮かんだ。


「クシャー」


 ダニエルの表情の変化を見ると、息を吐くような唸り声をあげながらダニエルをさらに威嚇する魔獣。そして1歩1歩ゆっくりとダニエルに近づいていく。気圧され、逆に1歩1歩後ずさりするダニエル。

 オルテシアに飛び掛かった魔獣は、血を流している左腕を右手で抑えている界斗をじっと見ていた。


「佐伯君、手を出したらダメだ! これは動物の混血の魔獣じゃない。子供で小さいとはいえ真祖の魔獣だ。この前、本で見たから間違いない!」


 界斗が痛みに眉をしかめながらも声を上げた。


「真祖……」


 それを聞いて界斗の横にいるオルテシアがごくりと唾を飲みこむ。


「まじかよ……そういえば俺も本で見たことがあるような……」


 ダニエルは魔獣を見つめながら呟いた。


「俺はソフィスティードさんを庇う時急ごしらえだけど障壁を張ったんだ。けど、難なく破壊されて腕を切り裂かれた!」

「急ごしらえと言えど真田君程のゼファレスの持ち主の障壁をそんなにあっさりと……じゃあ、俺なんかじゃ……」


 ダニエルはそれを聞いて自らの目前に死が佇んでいる事に気が付いた。

 真祖の魔獣は未成体ですら一般人が出会えば確実に死が待ち構えている存在として小学校で教えられてきた。

 話でしか聞いたことのない脅威の存在が目前にいる事に絶句して立ち尽くすダニエルと琴絵。

 一番離れていたマリアーネは、ゆっくりと森林の方へと後ずさりしていた。


「皆、今すぐこの場から避難するんだ! 2匹は俺が引き付けるから!」


 界斗は魔獣を挟んで向こう側にいるダニエル達3人に向かって叫んだ。


「いや、けどそれだと真田君が……」


 あまりの出来事に普段の決断力を欠いたダニエルは逡巡して視線をめぐらせている。

 今すぐ逃げるべきだと本能が訴えているが、理性は界斗達を残してはいけないと、その2つの考えが脳内で争っていた。

 琴絵はダニエルを見つめたまま動かない。どうやらダニエルの決断を待っているようだ。

 しかし一番離れていたマリアーネは即座に踵を返して走り出した。

 その足音につられて1匹の魔獣が振り返りマリアーネを見る。そして追いかけようと体の向きを変えた。


「お前の相手はこっちだ!」


 界斗は魔獣がマリアーネの走り去る方向に振り向いたとき拳大のポリスチレンの硬い球体を瞬時に創成した。そしてかなりのゼファレスを込め、素早いスピードで魔獣目掛けて撃ち出した。

 狙いは違わず魔獣の横腹に命中する。小柄な魔獣はその衝撃で軽くよろめいたがすぐに態勢を整える。そして界斗を見つめると怒りの咆哮を上げた。


「やはりこれではダメージにならないか……」


 界斗は冷静に今の攻撃がどれぐらいの効果があったかを確認して嫌な気分になった。

 森でなければ火球を連打するという方法も取れたのだが、火球が使えないとなると今の界斗で取れる手段はあまり残されてはいなかった。


(もっと色んな物質を創成出来るようにしとけばよかった……特に空気や液体を利用したカッターや硬い金属の創成さえできれば……)


 後悔後先たたず、ゾルタリウスへの復讐を心のどこかで願いながらも、界斗はそれだけに人生を賭けることは出来ていなかった。学校など通わずに、ただ強くなる事だけに日々を費やせていれば今日この日、真祖の子供に出会ったとしても脅威など感じないほど強くなれていたかもしれないが……時間は巻き戻らない。


「そ、そんな……あんなに小さいのに……真田君の今の攻撃で倒れないのですか?」


 界斗が後悔している間、隣にいるオルテシアも魔獣の頑強さに驚愕していた。


「さ、真田君……これからどうするんですか?」


 気丈なオルテシアも言葉を発するのに躊躇うほど動揺し始めていた。


「え? だからソフィスティードさんも避難してください」

「だ、ダメです。真田君を残すわけにはいきません。非難するときは全員一緒です」


 拳を握りしめ、必死に界斗を見つめるオルテシア。

 2匹の魔獣は界斗から不意打ちとはいえ体をよろめかすほどの攻撃が瞬時にくるとは思っていなかったのか、残った4人を警戒するように見ている。


「逃げるなら、魔獣が警戒している今だろ!」


 ダニエルが魔獣の様子を見て叫んだ。


「佐伯君と川峯さんは行って!」

「君たちはどうするんだよ!」

「俺が魔獣を牽制するよ。2人の後は追わせないから、こっちに構わず走って!」


 界斗はゆっくりと立ち上がると両手の先にポリスチレン球を再び創成する。それを魔獣に見せる様にゆっくりと動かした。2匹の魔獣の視線が界斗のポリスチレン球に注がれる。

 それをみてダニエルは踵を返した。


「川峯さんも走るんだ!」


 ダニエルは琴絵の腕を掴む。


「け、けどソフィスティードさんが……」


 琴絵は心配そうにオルテシアを見つめたが、唇を噛みしめると同じく踵を返して走り出した。


「ソフィスティードさんも行って!」


「ダメです! 私は班長として班員全員の安全に対して責任があります。それに先ほどの攻撃では全然ダメージにならなかったではありませんか。真田君はどうするというのです? 逃げるなら真田君も一緒です!」


 界斗を精一杯の意思の力を込めて見つめるオルテシア。


「行けって言ってんだろ!」


 しかし界斗にはオルテシアの言う事を冷静に考える余裕がなかった。魔獣の動きに注意しながらも、おもわず声を荒げた。


「はっきりいって俺一人の方が相手をしやすい……」


 界斗のその一言でオルテシアは悔しそうな顔をして俯いた。


「私が居ると足手まといと言いたいのですね……ごめんなさい、分かりました。魔獣と自分の力の差を考えていませんでした……」


 責任感と無力感の間でオルテシアは揺れ動いた。


 いきなりしおらしくなったオルテシアに、界斗は思わず怒鳴ってしまった事を申し訳なく思い、なんとか彼女が納得できそうな理由を探した。


「それにソフィスティードさんは生徒会ですよね。責任というならそれこそ生徒全員対してありますよね。ならば、この事態を一刻も早く知らせる事が重要なんじゃないですか?」

「そういう言い方はずるいです……分かりました、この場は真田君に任せます。けど、真田君も無事でいてください。必ず警備の方たちを連れて戻ります……」


 こんな危機的状況にも関わらず界斗に気を遣わせてしまったと気付いたオルテシアは、自分の至らなさに揺れる感情を振り払うように走り出した。


「お願いします。確か、走るのもそれなりに速かったですよね……」


 界斗は走り始めたオルテシアの背に声をかける。


「え? なぜ……もう、体育の時間に見てたんですか!」


 オルテシアは一刻も早く離脱して救助を呼ぼうと懸命に走り始めた。

 1匹の魔獣が今度はオルテシアを追うとしたが、界斗は右手のポリスチレン球を撃ち出した。

 先程とは違いやはり警戒していたためか、魔獣はひらりと跳んでかわした。


「お前たちはこっちだ!」


 界斗は左腕の痛みに一瞬顔をしかめるが、痛みを我慢して腕を突き出すと左手のポリスチレン球も撃ち出した。

 そして踵を返して川沿いを走りだした。




 川沿いの木々の間を必死に走る界斗。

 界斗は犬もどきとの実戦訓練を積んでそれなりにうまく立ち回れるようになっていたため自信がついていた。だから自分が囮になって班員を逃がすという選択をした。犬もどきとこの魔獣との力の差も考えずに……

 そしてその自信はこの魔獣の強さにすぐに打ち砕かれる事になる。

 2匹の魔獣は1匹が地面を走り、もう1匹は木々の枝を跳ぶようにして高所から界斗を追っていた。


 ふいに界斗は背筋が凍る感覚を覚えた。直観に従い自身を物体操作ですぐさま左手に飛ばす。

 その瞬間、背後にあった木が一瞬で斬られて倒れていくのがわかった。木々の枝を伝って界斗を追っていた魔獣が上空から界斗めがけて飛び掛かり触手を振り回したのだった。

 その攻撃は界斗の代わりに木に当たり一撃で真っ二つに切り裂いたのだった。

 界斗を切り損ねた魔獣は前方に倒れていく木の幹を走り登り、再び高い木の枝に上ると、高所から界斗を追跡し始めた。2匹の魔獣はあきらかに役割を分担し連携していた。


「いまのはヤバかった。あのまま走っていたら俺が真っ二つにされていた。ゼファレスの消費を考えると障壁の常時展開はしたくないけど……」


 ゼファレス粒子は簡単に瞬時に創成できるため、緊急時の障壁や武器として重宝するが霧散速度がとんでもない程速い。そして硬度は密度に比例し、密度は込められたゼファレスに比例する。つまり展開している時間が長ければ長い程、高耐久にすればするほど消費量が比例していく。界斗は初めて戦うこの魔獣にどう対処すべきかまったくわかっていなかったためゼファレスは温存しておきたかった。


(あれ? 足音が……?)


 界斗は背後に聞こえていた魔獣の地面を蹴る音が止まった事に気付いて振り返った。


「何やってんだ?」


 地面を走っていた魔獣は立ち止まって大口を開けていた

 頭上を見上げてもう1匹の魔獣を探すと、少し離れた枝の上から界斗を見下ろしていた。

 不意に界斗は風の流れを感じた。


「なんだ? この風……魔獣の方に吸い寄せられている?」


 大口を開けている魔獣の周囲の土や落ち葉が空中に舞、魔獣に吸い寄せられていた。

 魔獣は頭の付け根について居るトサカの様な吸気口から周囲の土や落ち葉ごと空気を吸引し、口先に物体操作して圧縮していく。そう、この魔獣は本能的に口先に物体操作出来るのであった。

 濁った球体がどんどん膨れ上がっていく。界斗は球体がバスケットボールぐらいまで大きくなるのを唾を飲みこんで見ていた。


「何をするつもりなんだ……」


 初めて見る魔獣の攻撃が何なのか分からず、立ち尽くしたままさらにその光景を見続ける界斗。

 その間にも球体はさらに大きくなっていく。

 界斗は図鑑で呼んだ内容を必死に思い出そうとした。

 そして思い出した。


「あれは、まさか……やばい!」


 界斗が危険に気づいて走り出す。界斗が踵を返した瞬間、魔獣の胸が瞬時に膨らみ、つんざくような咆哮と共に球体が撃ち出された。

 撃ち出された球体は次々と前方に立ちふさがる木々を吹き飛ばし界斗に迫る。

 界斗はすぐさま今度は右手に跳んだ。なんとか直撃を躱すが余波で界斗は吹き飛ばされ地面を転がった。

 球体はそのまま木々を吹き飛ばした。200メートルは吹き飛んだだろうか。界斗は顔を上げるとその光景を見て唾を飲みこむ。


「なんて威力だよ……」


 顔についた土を振り払いながら立ち上がろうとした時、頭上から魔獣が界斗めがけて飛び掛かってくるのがわかった。


「何度も同じような手を使いやがって!」


 界斗は瞬時に前方の大気を物体操作で操る。

 おかえしのように強風を生み出し飛び掛かってくる魔獣を吹き飛ばした。

 さすがに子供の為、体重の軽い魔獣は空中ではその風圧に耐えられず飛ばされたが、飛ばされた先にあった枝に触手を絡めて捕まると態勢を整える。

 そしてすでに走り始めていた界斗を見つめ、もう1匹の魔獣に目配せする。

 やはりこの魔獣が高所から追跡する役割なのか、先程と同じように木々の枝を跳びながら界斗の追跡を再開した。

 強風で魔獣を吹き飛ばし距離を稼いだ界斗は必死に走りながら周囲を見渡していた。

 なんだかんだもう長い間走り続けている。


(ダメだ……もう走れない。全速力で走りすぎた……どこかに隠れて呼吸を整えないと……)


 逃げ出してから10分か20分か、界斗は走りながら苦しくなり息切れを始めている自分の呼吸が、後どれくらい持つのか不安になり始めていた。

 1体ならまだしも2体に追いつかれたら確実に殺されてしまう。

 激しく呼吸をしながら界斗は懸命に足を動かした。


(で、でかい木だ。あそこに隠れよう……)


 界斗の視界の先に巨木が映った。大人が5人が手をつないだとしても囲えないほどの太さがある巨木だった。

 界斗は巨木の脇を通り抜ける振りをして、瞬時に身をかがめると根元に滑り込んだ。


(今の動きは魔獣に見えたかな? だいぶ距離が離れてたから見えてないよな……)


 界斗は魔獣が素通りしてくれることを期待しながら巨木に背を預け座りながらゆっくりと呼吸を整えていく。

 界斗は背から伝わる巨木の重厚な感覚になんだか安心感を覚えた。


(それにしてもすごい巨木だな……樹齢何百年だろ……ものすごい頑丈そうだ……しばらくここで休ませてもらおう)


 頭上を見上げ、頂きが見えないほどの巨木さに感心した。


(奴ら、どこら辺に居るんだろう?)


 もう脇を通り抜けていてもおかしくないはずなのに、一向に来る気配が無い。

 界斗は地面に耳を近づけ聞き耳を立てた。


(あれ? おかしい……また足音が消えた。頭上も聞こえない……俺を見失ってどっかに行ったのかな?)


 そんな淡い期待を持った界斗だったが、1つ勘違いをしていた。

 界斗は頭上から聞こえてきた激しい衝突音に思わず上を見上げた。

 その瞬間、巨木の脇を強風が吹き荒れ、周囲の土や落ち葉、草花を吹き飛ばしていく。

 驚きで目を見開いた界斗の目に、巨木が落雷のような破砕音を鳴り響かせながら粉砕され倒れてくるのが映った。

 界斗は自分の視力で人間の視力でうまく隠れられたと考えていた。魔獣の視力は人間とは比べ物にならないほど良いという事を忘れていた。図鑑で学んだはずなのに……

 魔獣には界斗が巨木に隠れるのが遠目でもはっきりと見えていたのだった。

 そして隠れている界斗の頭を不意打ちで吹き飛ばしてやろうと、界斗が立っている事を想定してブレスを放ったのだった。

 界斗が助かったのは幸運以外のなんでもなかった。しゃがみ込んでいたために助かっただけだった。

 界斗は無様に地面を両手で掻くと、脱兎のごとく逃げ出した。幸いにも呼吸はある程度回復していた。


「ふざけんなぁぁぁ! あの巨木脆すぎだろぉぉぉ!」


 背後で巨木が地面を揺らしながら激しい地響きを鳴り響かせ倒れこむのが分かった。

 罪のない巨木に悪態をつきながら駆け出す界斗を魔獣は視線の先に捕らえる。

 界斗がまだ生きていたことを確認すると2匹は再度追跡を始めた。

 そして魔獣のスピードが上がった。

 そうこの魔獣も身体強化が出来るのだった。魔獣の頑強な筋肉に刺激を与えて人間よりもはるかに高い倍率で活性化する事が出来る。魔獣の人とは異なる筋繊維がそれを可能としていた。

 あっという間に距離が縮んだ。後ろを振り返る界斗。


(うわぁぁぁぁ、追いつかれる! ……もう駄目だ……迎え撃つしかない)


 界斗は絶望を感じながらも立ち止まると踵を返した。左手で障壁を右手でポリスチレンの創成を始める。

 界斗のプランはこうだった。まずは先行して地面を走る魔獣を溶融ポリスチレンを浴びせその後すぐ水で冷却して固めて動きを止める。

 その後、頭上から飛び掛かってくるであろう魔獣の攻撃を障壁でガードして近距離火球で顔面を焼く。

 真祖の皮膚を焼くためには高火力が必要なはずだが、あれはまだ子供だしそこまで火耐性は高くないかもしれない。例えメタノールの燃焼温度で皮膚を焼けなくても、顔なら目や鼻の中は焼けるはずだ。カイトはそう考えた。

 界斗は向かってくる魔獣の動きを見定めながら、動きを追う様に創成した溶融ポリスチレンを浴びせかけた。


「くらえ!」


 界斗のプランは良かった。間違ったのは界斗にはそれを成功させるだけの経験がなかったという事だ。

 魔獣は界斗のポリスチレン発射の瞬間を確実に見定めていた。瞬時にステップをとる。

 広範囲にかぶせる様に打ち出したどろどろに溶けたポリスチレンだったが、魔獣はその範囲から逃れてしまう。

 そして打ち出した瞬間を狙う様に上空の魔獣が襲い掛かった。4本の触手を同時に振り上げ界斗めがけて振り下ろす。


(障壁!)


 今までの学校での授業を含め熟達する程にはゼファレス粒子の創成をしたことがない界斗だったが、障壁を張る準備をしていたため強度を高めて左手の先に障壁を張れた。

 ゼファレス粒子の創成は熟達していないとはいえ、解放者にゼファレスだけで幹部に迎えられる界斗の全力を込めた障壁は頑丈だった。

 先ほど腕を切り裂かれた時とは違い僅かなヒビが入っただけで、見事魔獣のゼファレスを込められた鋭い触手の攻撃に耐えることが出来た。

 しかし障壁は衝撃までは吸収してくれない。また、障壁を物体操作して衝撃を緩和する余裕も無かった。

 だから小柄な魔獣とはいえ、全体重を乗せるような攻撃に界斗の左腕の筋肉では衝撃には耐えられなかった。

 界斗は障壁ごと押し込まれよろめいた。そこに連続して魔獣の前足による振り下ろしの攻撃が振るわれた。

 それも障壁を破壊することはできなかったが、さらなる衝撃で倒された。

 そこに地面を走ってきた魔獣のすさまじい突撃が来た。身体強化をして4本の触手を一点に集め前に突き出しまるで剣の刺突のような突撃だった。

 界斗は起き上がりながらそれを眼前に捕らえると、必死にゼファレスを込めて障壁を張って突き刺されるのを防いだ。

 しかし衝撃で吹き飛ばされ、背後の木に激しく打ち付けられた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 背中に感じた激しい痛みに絶叫をあげる。

 地面に転がった界斗は咳き込みながらなんとか上体を起こして魔獣を確認した。2匹の魔獣は目前へと迫っていた。


(死ぬ……死ぬ……なんで……なんでこんなことに……)


 起き上がる事も出来ないまま後ずさりし、何とか距離をとろうとあがく。

 2匹の迫る魔獣の内、前方を走る魔獣の触手が攻撃態勢を取ったのがわかった。


(もうダメだ……もうダメだ……)


『逃げるなら真田君も一緒です!』


 オルテシアの一言を思い出した。


(ああ、あの時やっぱり一緒に逃げれば良かったのかな……)


 界斗は後悔にまみれながら触手を振り上げる魔獣を見つめた。

 その行動は反射的だった。何度も繰り返してきたポリスチレンの創成。始めはちゃんとした固体が出来ずポリエチレンよりも難しかった。しかしポリエチレンよりも硬く攻撃に使えると聞いたから6月以降時間があるたびに必死に練習してきた。

 界斗は右手を上げた。魔獣に向けて……そして本能的に湧きあがるままゼファレスを練ると……目前には大量に噴射される溶融ポリスチレンがあった。

 触手を振り上げ攻撃態勢に入っていた魔獣は、目前で瞬時に大量創成されたポリスチレンの噴射を避けることは出来なかった。

 大量の溶融ポリスチレンを浴び、吹き飛ばされ転がった。

 界斗は一瞬で今まで創成したことが無い程の大出力の創成を自分が行った事に驚きあっけにとられた。


(え……? なんだ? ……よくわからないけど、チャ、チャンスだ!)


 だがポリスチレンまみれで転がる魔獣を見て我に返ると、水を創成して浴びせかけた。

 瞬時に冷え固まり始めるポリスチレン。

 なんとか起き上がった魔獣だが、そこに水を浴びせられ、動きを取る前にポリスチレンが冷え固まるのに合わせて動きを止めた。


(やった……)


 だが界斗は2匹目までは気にする余裕がなかった。

 右手頭上から聞こえた雄たけびに顔を上げた。

 後方を走っていた魔獣はポリスチレンの噴射を避け界斗に飛び掛かったのだっだ。

 ぎらついた魔獣の視線に射貫かれ、界斗は恐怖に目を見開きながら振り下ろされる右足を見つめた。




「携帯がなんで繋がらないのですか……」


 オルテシアは走りながらベストのサイドポケットに入れていた携帯の存在を思い出し、ポケットを開け携帯を取り出したがすぐに儚い希望だったと思い知った。


「真田君、1人で大丈夫でしょうか……いいえ……考えるよりもまずは早く先生方に知らせて救助を呼ばないと……」


 オルテシアは唇を噛みしめ目じりに涙を浮かべながら懸命に走る。その胸中には複雑な感情が渦巻いていた。




 創業500年、世界大戦終結後の経済混乱期に創設されたソフィスティードグループは家具の販売を中心に住まいのトータルコーディネートを提供し成長を続けてきた。

 今ではその種目は増え、家具を主軸にインテリア、照明や冷蔵庫などの生活機器、キッチン、トイレ、バス、壁紙等に及ぶ。

 さらにはソフィスティードがトータルデザインした邸宅や高層マンションなどの不動産も手掛け、従業員数は10万人を超える。

 世界でも屈指の大企業である。


 ソフィスティード一族は公正明大で実力・成果主義だ。現総帥はオルテシアの父親であり本家一族であるソフィスティード・レオフォルドだが、その子供たちが必ず総帥になれるわけではない。

 ソフィスティードグループの総帥は本家と3つある分家から選ばれる。

 まずソフィスティード一族は13歳の誕生日にある物を与えられる。それは自ブランドの設立と経営権だ。現総帥が退陣するとき、このブランドの業績を主に、年齢、知名度などその他諸々の事柄が考慮され一族会議にて決定される。

 オルテシアは幼少の頃より高度な教育を受けてきたが厳格に育てられてきたわけでは無い。

 ソフィスティード家は放任主義でもある。自己で成長できない者は単に総帥候補から落とせばよいという考えなのだ。幼少の頃より自ら進んで色々な事を学び、全てにおいて最高の結果を出し、国際ジュニアヴァイオリンコンクールで最優秀に輝いたオルテシアはソフィスティード始まって以来の才媛といわれ、一族でも高い評価を得ていた。


 この日、オルテシアは初めての事を数々経験した。命の危機にさらされたこと、異性に抱き着かれた事、人に怒鳴られた事、そして逃げ出した事。

 オルテシアにとって真田界斗は世話の焼ける2人目の弟みたいな存在でしかなかった。

 ソフィスティード始まって以来の才媛と言われたオルテシアは他人どころか家族からも怒鳴られたことは無い。それどころか厳しい言葉を向けられた事すらない。なのに弟の様に勉強の面倒を見ていた界斗に、いきなり怒鳴られた。おまけに逃げるように諭された。 

 オルテシアにとって衝撃だった。オルテシアは目の前の事から逃げた事など一度もない。常に全力で挑戦し結果を出してきた。柔術を基礎とした護身術の訓練もそれなりに積んできた。

 彼女は分かってはいる。あの魔獣は護身術が出来る程度の一般人が相手をしていい存在ではない事を。だが一緒に逃げるならまだしも逃がされたのだ。


「真田君……あなたと言う人は、何故1人で立ち向かったのですか……」


 界斗の考えが分からなかった。足手まといと言うなら、自分を放って逃げることだって

出来たはずだ。

 オルテシアは走りながら界斗の事を考えていると自分の心が波立のを感じた。


「なんなのでしょうか……この騒めきは?」


 身を挺して庇ってくれた界斗への感謝と、自分の感情に大岩を投げ入れ理解不能な波しぶきを立たせた界斗への苛立ちという、経験した事のない複雑な感情にさらされていた。 

 年齢を考えると初めての事など在って当然なのだが、彼女は自分が15歳の少女でしかないということが頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。




「ま、まだ、広場に着かないのでしょうか……」


 オルテシアは懸命に走りながら不安に駆られていた。だいぶ走ったはずだ。もしかしたら方向を間違えたのだろうか? 森の中ではなく遊歩道沿いに走るべきだったのか? それでは遠回りになって時間がかかってしまうのでは?

 色々な可能性が頭の中をめぐっていき、さらに不安が増していく。


「真田君はまだ大丈夫でしょうか……それに佐伯君たちは避難で来たのでしょうか……」


 もし自分もダニエル達も間に合わなかったらどうしよう。助けてくれた事への感謝も述べることが出来なかったら、それこそ自分の心は見捨ててしまったという自責の念に押しつぶされてしまうのではないか……

 最悪の結末が頭をよぎり足がすくみそうになった時、ふいに声がかけられた。


「ソフィスティードさん!」


 オルテシアが声のした方を向くと、そこには心配そうにオルテシアを見つめる奈美恵の姿があった。




 奈美恵は班員たちと広場に割と近いエリアで薬草を探していた。

 別になにか考えがあったわけでは無い。まずは近場からゆっくりと探していけばいいかなと思っただけである。

 いきなり遠くまで探しに行ったオルテシア達とは考えが違っただけである。


「奈美恵ぇ~、見つかった?」


 運よく同じ班になった以前から仲の良い友人の女生徒が、もう飽きたと言わんばかりに奈美恵の所にやって来た。


「ねえ、お昼のお弁当ってどんなかな?」

「もうお弁当が気になるの? まだお昼までに1時間もあるじゃない」

「だって……つまんないじゃん。これならまだ授業を聞いてる方がましだよ」

「まったく……探し始めてからまだ1時間ぐらいしか経っていないじゃない」


 奈美恵たちのやり取りを残りの班員たちは苦笑しながら聞いていた。


(けど、ほんと見つかんないわね……)


 それからしばらく探したが中々見つからない。繁殖力が旺盛とか言っていたが実は違ったのだろうか? それとももう根こそぎ取られてしまったのだろうか?

 奈美恵はどうするか思案した。


「ねえ、みんなで手分けして違う所を探しにいかない? お昼に広場で集合という事で……」


 普段の巡視任務を思い出し、同じように散開して効率重視にすることにした。


「ヴァイゼフさん、それは構わないけど班行動しなくていいのかな?」


 男子生徒の1人は教師に見つかって怒られたらどうするんだといいたそうだ。


「別に必ず班で固まるようにって、指示は受けていないでしょ?」

「そうよ、奈美恵の言う通りよ。そもそもあの女傑がいけないのよ。簡単に見つかるだなんていうから、まずは近場でいいかってことにしたんじゃん」


 仲の良い女子生徒も奈美恵に賛成する。


「けど、シャベルや袋は1つしかないじゃん」


 男子生徒は手に持っているシャベルが入った手提げ袋を持ちあげる。


「別にどうとでもなるでしょ。例えばゼファレス粒子をシャベルみたくするとか。袋は私が持ってるし……」


 奈美恵は右手の先に板の様なシャベルを作り出した。


「いやいや、無理無理。ヴァイゼフさんみたく簡単にゼファレス粒子をあれこれ操れないから」

「そうそう。中学の時、授業で軽く障壁を練習しただけだし」


 1人の男子生徒が手を振りながら出来ないと答えると、残りの男子2名も同意する。


「じゃあ、シャベルはあなたたちが持っていっていいわよ」

「シャベルを持っていっていいのか……分かった。ヴァイゼフさんがそこまで言うならそれでいっか……」

「じゃあ、そういうことにしましょう。では、あなた達男子は……」

 

 奈美恵は指示を出しかけて遠くから聞こえてくる駆け足の音に気付いた。


「だれかしら? 随分慌てて走っているようだけど……」

「どうしたの?」


 仲の良い女生徒が奈美恵を見る。


「だれか走ってくるみたい」

「どっち?」


 奈美恵は音がする方向を指をさす。

 班員たちが一斉に奈美恵の指さす方を向いた。

 確かに森の奥から駆けてくる人影が見えた。


「さすが奈美恵! 耳良いね」

「まあね……」


 ただハンターとしてそういう音に敏感になっているだけだったのだが、そんなことはいちいち説明せず奈美恵は苦笑しただけである。

 そして人影がはっきりと見える距離まで近づいたとき、一同は唖然とした。


「え……?」


 それがオルテシアだったからだ。

 ソフィスティードの令嬢であり常に冷静沈着、何事にも完璧であるオルテシアが、こんな森の中を懸命に走ることがあるとは想像だにしなかった。


「あれってソフィスティードさんだよな……」

「あぁ、俺にもそう見える……」

「あんなに何を慌てて……」


 気を取り直し口々に思った事を言い始める。

 奈美恵たちとは少し離れた所をオルテシアは駆け抜けて行こうとする。

 嫌な予感に駆られ奈美恵は思わず叫んでいた。


「ソフィスティードさん!」


 通り過ぎようとしていたオルテシアが振り向いた。

 その表情はひどく動揺し目尻に涙が浮かんでいるようにも見えた。

 奈美恵はオルテシアのそんな表情を見たくなかった。

 奈美恵にとって、いやシスダールの全生徒にとってだが、特に奈美恵はオルテシアの事を特別な存在として尊敬していた。


(あぁ、私はなんてタイミングで声をかけてしまったの……)


 自分だけならまだしも、この場には他の生徒もいる。もしこのことが生徒間の噂になったら――あのソフィスティード・オルテシアが郊外学習の最中に森の中を取り乱して爆走してた――なんて、事と次第によってはオルテシアの名誉にもかかわる。

 だが、よくよく考えてみれば大勢の人がいるであろう広場やレストランにこのまま行かれるよりもここで話を聞いた方がダメージは少ないかもしれない。

 そう考えると奈美恵はオルテシアから話を聞くことにした。

 そしてオルテシアは奈美恵たちの姿を見るとその場にへたり込んだ。

 その瞬間咳き込み、荒い呼吸をし始める。奈美恵たち5人は心配そうに駆け寄った。そしてオルテシアの姿を見て絶句した。

 ベストや長袖のシャツは土でよごれ、リボンがずれ落ち、ボタンは外れ乱れている。いや制服だけではない、顔も髪にも土や草がついていた。


「さすがにこれはやべえよ……」


 激しく肩で呼吸するオルテシアの汚れた姿を見て男子生徒は尻込みした。


「ああ、俺も関わりたくねぇよ……」

「ちょっと、あんたたち男子は……女子がこんな目にあってるのよ。それを何てこと言うの!」


 奈美恵の友達である女子生徒が不甲斐ない男子生徒達に苛立ち始めた。

 奈美恵はオルテシアの状況に眩暈を感じながらも気をしっかりと持つと、何があったか聞き出すことにした。

 声をかけておいて自分には手に負えない状況そうだから知らんぷりとはいかない。とんでもない内容でないことをただ願うだけだった。


「ソフィスティードさん、どうしたんですか?」


 奈美恵は地面に両手をついて激しく呼吸をしているオルテシアの視線に合わせようと、自らもしゃがんで声をかけた。

 オルテシアが顔を上げた。

 目尻に涙を浮かべて奈美恵の瞳をみる。


「ヴぁ、ヴぁ、ヴぁいぜふ……さん」


 オルテシアはなんとか声を絞り出し奈美恵に話しかけ始める。


「待ってください。ねえ、私の鞄から水筒持ってきて」


 奈美恵は友達に声をかける。うなずくとその女生徒は全員の鞄を置いた所に小走りに取りにもどった。


「今、お茶を持ってきます。まずは落ち着いてください」


 オルテシアは頷くと再び俯きながら激しく肩で呼吸をする。

 奈美恵の友達が水筒をもってくると、奈美恵はお茶を注いだ。ふと、自分が口をつけたお茶をオルテシアに渡しても良いのかと思ったが、仕方ないと思いなおした。


「ソフィスティードさん、飲んでください」


 お茶が注がれた蓋を受け取るとオルテシアは一気に飲み干した。


「どうですか? まだ飲みますか?」

「……い、いえ……だ、大丈夫です。……だいぶ楽になりました」


 オルテシアは蓋を返す。


「あ、ありがとうございます……ヴァイゼフさん」


 どうやら喋れるようになったようだ。奈美恵はさっそく聞くことにした。


「何があったか話せますか? もし、男子がいるのが嫌でしたら遠くへやりますが?」


 オルテシアは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに首を振った。


「い、いえ……」

「では、聞かせてください」

「さ、真田君が……」

「え?」


 奈美恵はその一言を聞いて思わず驚いてしまった。まさか界斗の名前が出てくるとは思わなかったからだ。けどそういえば同じ班になったような話を聞いた事があったような事を思い出した。


(真田君とソフィスティードさんが一体……)


 しかしすぐに男子生徒の騒ぎに思考を乱された。


「真田って確か、編入生であの炎上野郎だよな……」

「まじかよ。よりにもよってソフィスティードさんを襲って……」


 オルテシアは話が変な方向に逸れていく事に気付いたが、すぐに声をだして否定することが出来なかった。


「まさか真田君が……」


 奈美恵もその男子生徒の一言で考えがあらぬ方向へと向かって行った。

 奈美恵は自分の考えに激しく動揺する心をなんとか落ち着けながら、呼吸を整えているオルテシアを見つめた。

 オルテシアは清楚で可憐な美少女だ。肩幅は華奢でほっそりとし背はあまり高くはない。 身長が165cm程度しかない奈美恵よりも小柄だった。しかし同年代の女子の平均よりも明らかに膨らんでいた。たわわと言うほどではないがベストを押し上げ正面から見てもしっかりと分かるほど膨らんでいる。

 ソフィスティードの令嬢がどういう存在であるか知っているからこそ、そのような視線を向ける者はシスダールには今までいなかったが、あの世間知らずな界斗ならばそういう目で見ていてもおかしくは無かったかと、奈美恵は男子の一言に引っ張られるようにそういう方向で考え始めた。


(ソフィスティードさんを真田君が……そんな事をする人とは思えなかったけど、彼も男……まさか同じチームからそのような人が出るとは思わなかったけど……もしそうならせめて私の手で彼を捕まえる……)


 奈美恵はきつく拳を握りしめる。


「森に来て解放的な気分になっちゃったのかな?」


 奈美恵の友達が悲痛そうに呟いた。


「おい、誰が先生に言うんだよ。まさか本人に言わせるわけにはいかないよな……」

「そうね。私が責任をもって先生に話すわ。ソフィスティードさん良く話してくれました。お辛いでしょうが全部私に任せてください」


 奈美恵は決意をするとオルテシアを慰める様に微笑む。

 そして立ち上がろうとしたとき、オルテシアは奈美恵の腕を掴んだ。

 そして必死の表情で声を振り絞った。


「ま、まってください。ちっ、違います……魔獣が……魔獣が出たんです!」

「え? 魔獣?……」


 その場にいた一同は驚いた。己の勘違いを恥じることをせずに……

 いや、奈美恵だけはどこか安心した。チームメイトからそのような人物がでなくて良かったと。しかしすぐに気を引き締める。


「魔獣ですか? 真田君がどうしたんですか?」


 奈美恵はしゃがみなおすと、安心させるようにオルテシアの手を握りしめる。


「真田君は、私たちを逃がすために川辺に一人残って……」


 その言葉に男子生徒3人は先ほどの考えをようやく恥じ始めた。


「俺たち何て勘違いを……」

「そうよ。これだから男子は直ぐにそういう考えをするから最低って思われるのよ」


 奈美恵の友達が非難がましく男子生徒を見つめる。いやいや、そういうあなたもその考えにつられてたよねと奈美恵は言いたかったが、それを言ってしまうと自分もそうなので言えなかった。

 奈美恵は自分の事を棚に上げるような恥知らずな行動はしたくなかった。


「どんな魔獣ですか? 分かりますか?」

「触手が背中から生えていました……真田君は真祖だって……」

「まっ、まじかよ! 大事件じゃんか! 今すぐ避難しないとまずいんじゃないか? あの編入生がどれだけ強いか知らないけど、真祖相手に一人で勝てるのかよ……」


 声を上げた男子生徒はその場から一目散に走りだした。


「まって、俺を置いてくな!」

「そうだぞ!」


 残りの男子生徒2人も後を追うように走り始めた瞬間、


「待ちなさい!」


 奈美恵の怒号が響き渡った。


 成績上位者だが奈美恵は他人に干渉しない、友達とも当たり障りのない会話しかしないため控えめな性格だと思われていた。意外な奈美恵の怒号に男子生徒3人は立ち止まっておっかなびっくり振り向いた。

 奈美恵はそんな男子使徒には目もくれずオルテシアにさらなる状況を聞き出す。


「魔獣は何匹ですか?」

「私が見たのは子供のような2匹です……ヴァイゼフさん、真田君を助けてください。私を庇って怪我をしたんです!」


 オルテシアは必死に懇願する。奈美恵が魔獣に勝てるかどうかは分からなかったが、2人ならばなんとか逃げ切れるのではないかと期待を込めて……


「分かりました。ソフィスティードさん、安心してください。真田君は必ず連れ帰ります」


 奈美恵はオルテシアの目を見つめて安心させるように頷くと、ゆっくりとオルテシアの手を離し立ち上がった。


「待って、奈美恵……真祖だよ?」


 仲の良い女生徒は奈美恵を心配そうに見つめた。


「行くわ、真田君はチームの仲間だもの」


 それに尊敬するオルテシアから頼まれたのだからと心の中で付け加える。


「アミーカはソフィスティードさんに付き添って先生方の所へ連れてって、あ、その前に身だしなみを整えてあげて。ソフィスティードの御令嬢をその格好で衆目にさらすわけにはいかないでしょ」

「ヴァイゼフさん、このような状況でその様なお気遣いは心苦しいです」

「ソフィスティードさんは先生方に詳しい状況を説明してください。その時にそのような格好では同じ女性として申し訳ないです」


 オルテシアは自身の恰好を見渡す。


「確かにそうですね……」


 呟くと奈美恵の気遣いを受け取ることにした。


「……ありがとうございます。では、バーリーソンさん申し訳ありませんが手伝ってください」

「あれ私の名前、何故?」

「え? 中等部2年生の頃、実技の授業はご一緒でしたよね。バーリーソン・アミーカさん……」


 奈美恵の友達であるアミーカは1度も話した事の無かったオルテシアが、自分の名前を憶えていたことに驚いた。


(流石ソフィスティードさんね……)


 奈美恵はオルテシアの記憶の良さに感心しながら鞄の置き場所に戻ると細長いケースを手に取り開いた。そこには普段奈美恵が装備している細剣と短剣が入っていた。奈美恵は用心深かった。郊外に行くときは必ず帯剣していた。もっとも周りを怖がらせないためにケースに入れていたが。

 ベルトを付け替え短剣を腰に装着し細剣の鞘を掴むと男子生徒3人を見た。


「あなたたちは2人の警護を。まさか、か弱い女子を見捨てて先に逃げたりはしないでしょうね?」


 奈美恵は3人を鋭く見つめると走り出した。


「ヴァイゼフさん、お願いします……」


 オルテシアは走り去る奈美恵が見えなくなるまでその背を見つめていた。




 奈美恵はオルテシアが走ってきた方角へ木々の間を跳ぶように駆け抜けていた。


(ゼファレスが惜しいけど一刻を争うはず)


 奈美恵は足に身体強化を施しながら走っていた。


(真祖ヴォフヌトス……)


 奈美恵はオルテシアから聞いた特徴を自身が知っている真祖の特徴と照らし合わせていく。数いる真祖の中でも背中から触手が生えている魔獣を奈美恵は一種類しか思い当たらなかった。


(本当に真祖なのかしら……? 真田君の勘違いじゃないの……)


 奈美恵は真祖に関する情報を思い出していく。




 300年前とある国の大森林で大量繁殖した魔獣による大混乱があった。そのあまりの魔獣の強さにその国の軍隊では太刀打ちできなかった。

 当時は国際治安維持協会やハンター制度が無く各国の魔獣はそれぞれの軍が掃討していた。しかし議導会により戦争禁止令と軍備の制限が設けられていたため、その国は多大な犠牲を被った。

 その後、その国の要請を受け各国が総出になり、そして議導会が動いた。

 この時、人々は議導会から真祖という単語を初めて聞かされた。その強さも……

 真祖の魔獣による暴威は議導会直属の部隊と各国の連合軍が導入され振り払われたが、世界中の戦力がかき集められたにも関わらず多くの戦死者が出た。

 その後、各国は議導会から数々の真祖に関する情報を受け取り、世界全体で大規模な真祖狩りが行われた。そのおかげか、真祖は未開発地域で極まれに発見されるだけにとどまっていた。

 そしてこの事件の後、国や場所に関係なく戦える組織が求められ、議導会は国際治安維持協会を設立し、国際治安維持協会の下部組織としてハンタークラン並びに特殊軍事国際法人の制度が設けられた。




(アラミードにいるはずない……アラミード国境の山間部にいた個体が下りてきたとしても、ここに来る前にその周辺の町や村に発見されるはずだし……)


 奈美恵はアラミード周辺の地図を頭の中に描き真祖がどのような経路でやって来たのか推測をする。


(子供といってもどれぐらいの子供なの……)


 奈美恵は昔に読んだヴォフヌトスの特徴を思い出していく。


(真祖ヴォフヌトス、成体は5m以上にもなり大きいモノは8mを超える。性格はしつこく残忍、狡猾でもある。オスの成体は単独行動を好むが、仲間がいる場合は高度な連携を行う事でも知られている。背中から生えた触手を生かした攻撃とブレスに注意。だがなによりも注意しないといけないの触手を使った奇抜な動き。足が8本あると考えなくてはならない。不意を突いた動きに注意する事。だったかしら……)


 真祖ヴォフヌトスは成体であれば解放者上級職員のみだと10人以上の特別編成を組み討伐される相手だ。確か去年に6m級が1匹発見された時は15人が赴いたはずだ。ちょうど幹部が全員出払っているときに連絡が入り、上級職員のみで少し離れた北東の国に遠征したのだった。

 奈美恵は必死に走りながら色々な可能性を推測していく。


(子供とかいってたけど、もしそうなら親がいる可能性が高い……けど親は5m以上の大型。国境の山間部から薬草園に来るまでに幾つも都市や町がある。発見されない方がおかしい……)


 そう考えて奈美恵は1つの可能性を思いついた。


(まさか、捕獲した子供を使った暗殺? 確かソフィスティードさんは真田君に庇われたといっていた……狙われたのはソフィスティードさん?)


 世界的知名度を誇るオルテシアを失ったとあらばソフィスティードグループには大きな打撃だろう。なにせ彼女の人気のおかげによる売り上げも相当あるはずだからだ。

 ソフィスティードを嫉んだ同業他社による犯行か……。




 奈美恵は色々と推理を重ねていくが……


(今は考えても無駄ね……推測の域を出ないもの……それよりも急いで川に着かないと)


 奈美恵は考えを打ち切ると走る事に専念した。界斗の無事を信じて……




 しばらく走ると川のせせらぎが聞こえてくるのがわかった。


(ソフィスティードさんが言っていた川辺が近い。無事でいて真田君、今行くから)


 その時、奈美恵の右手遠くから僅かに木々が打倒される音が響いてきた。


「あっちね!」


 奈美恵は方向転換すると走りながら剣を抜いた。そしてさらに足を身体強化して走る速度を上げる。

 少し走ると木々がなぎ倒されているのが見えてきた。


(なんて闘いをしているの……)


 倒れている木々を横目に確認すると奈美恵は唇を引き締めた。


(私が想像しているよりも強いかもしれない……それなのに真田君は得意な火球を使ってないのね)


 奈美恵は薬草園を燃やそうとしなかった界斗に、どこか感心しながら立ち止まり周囲を見渡す。


「真田君!」


 奈美恵は叫んだ。しかし反応はない。その時、ふたたび轟音がとどろいた。


「あっちね! 今行くから!」


 奈美恵は駆け出す。


(なにあれ? プラスチック?)


 奈美恵は前方に大きな水たまりの様に広がっているポリスチレンを見つけた。

 ポリスチレンの溜まりを見下ろすと立ち止まり再度辺りを見回す。


「うわぁぁぁぁぁ、この、この、離れろ!」


 奈美恵の耳に界斗の叫び声が聞こえた。

 奈美恵が声の方向を見る。

 視線の先で小さな魔獣が白い彫像のように固まっていた。そしてさらにその先で人の上に魔獣がのしかかっているのが見えた。

 奈美恵はその状況を確認するとすぐに方針を決める。


(あの恰好はやはりヴォフヌトス……真田君の救助を優先しつつ、2匹のヴォフヌトスを攻撃する)


 奈美恵は剣にゼファレスを流すと一気に全速力で駆け抜けた。


(思ったよりも小さい……まだ生後数か月といったところじゃない)


 奈美恵はヴォフヌトスの小ささに気が楽になった。


(これなら倒せそうね……)


 奈美恵が近づいた時、ヴォフヌトスを固めていたポリスチレンに亀裂が入った。


(ヴォフヌトスが動く……けど、私の方が早い!)


 奈美恵はポリスチレンの拘束を解きつつあるヴォフヌトスに肉薄すると、すれ違いざまに首筋目掛けて剣を振り下ろした。

 ヴォフヌトスの視線と奈美恵の視線が交わった。その不敵な瞳に嫌悪を感じながら奈美恵はヴォフヌトスの首筋に剣を走らせた。

 そして驚愕した。


(うそ!? ……そんな……こんな硬いの!?)


 奈美恵の剣はポリスチレンを切り裂きヴォフヌトスの皮膚に当たったがそこで止まった。


(これは素で硬いの? それとも強化? 判断を間違えた。もっとゼファレスを込めるべきだった。切れないなら仕方ない……)


 皮膚の強化ならば相手のゼファレスを自分のゼファレスで消し飛ばせば強化も無くなるため切れる。

 攻撃のチャンスに界斗の救出を優先したため、あまりゼファレスを込めなかった事を悔やんだが切れない物は仕方ないとすぐさまあきらめた。

 そのまま今にもポリスチレンの戒めを解き、動き出しそうなヴォフヌトスの脇を走り抜けながら固めていた手首をゆるめると捻り、剣をヴォフヌトスの首筋に沿って滑らしながら界斗の上にのしかかっているヴォフヌトスに詰め寄った。

 界斗の障壁の上にのしかかり、界斗の障壁を破壊しようと触手を何度も叩きつけていたヴォフヌトスが奈美恵の接近に気が付いた。

 しかしその時すでに奈美恵はヴォフヌトスの傍らにいた。体を捻る奈美恵。ヴォフヌトスが奈美恵に振り向いた時、奈美恵の痛烈な回し蹴りがヴォフヌトスの腹に叩き込まれた。

 大したダメージは負わなかったが、小さいためあまり体重の重くないヴォフヌトスは吹き飛び転がった。


(く~、痛い!)


 足にダイレクトに伝わってきた皮膚の硬い感触に眉をしかめると、鞘を地面に置き界斗に左手を差し出した。


「真田君、大丈夫?」

「あっ、ありがとう、ヴィゼフさん……ヴァイゼフさんが来てくれなかったら俺……」


 界斗は立ち上がりながら奈美恵に深く感謝した。


「お礼はまだ早いわ……私だって勝てるとは限らないもの……」


 奈美恵は界斗の怪我をひとしきり確認すると、ポリスチレンの戒めを破り新たに現れた奈美恵を警戒するようにゆっくりとうろついているヴォフヌトスを見つめた。


「それでも一人で相手をしなくてすむからありがたいよ」

「そうね……」

「作戦は?」

「正直言って、私も真祖ヴォフヌトスを相手にするのは初めて……具体的な作戦は無いわ。取り合えず、まずは一対一で戦って勝てる相手かどうか確認しましょう」

「分かった……」


 界斗は1人で1匹ずつ相手取ると聞いて顔が引きつった。先程殺されかけた事で明らかに怖気づいていた。しかし奈美恵に界斗の精神状態を気遣ってあげる余裕などなかった。


「真田君、この短剣を貸すわ」


 奈美恵は腰に装着していた短剣を引き抜くと界斗に渡した。


「うん、ありがとう……」


 界斗は短剣を受け取ると不安そうに刃を見つめた。


「真田君に近接の経験が圧倒的に足りないのは分かってるわ。けど頑張ってもらうしかないの……」


 2人を警戒する様に目の前を動き回っている2匹のヴォフヌトスを見つめると、奈美恵は剣を構えた。

 界斗も見様見真似でそれっぽく右手で短剣を構え、左手にいつでも障壁を張れるようにゼファレスを活性化する。

 

 先に動いたのはヴォフヌトスの方だった。先程、奈美恵の蹴りで吹き飛ばされたヴォフヌトスが界斗めがけて触手を振り上げながら踊りかかった。

 その動きを視界の端に捕らえた奈美恵は地面を蹴る。そしてもう1匹のヴォフヌトスへと詰め寄った。

 界斗は先程の恐怖の為か飛び掛かってくるヴォフヌトスに対して、自分から少し離れた前方に障壁を展開した。

 ヴォフヌトスは界斗の障壁が展開されたの確認すると触手で打ち砕かんとぶつけた。

 しかし僅かにヒビが入っただけでそれはかなわなかった。ヴォフヌトスの着地に合わせて界斗は障壁の展開を止めると、一歩踏み出し及び腰しになりながらも腕を精一杯伸ばして切りつける。しかし短剣は届かずヴォフヌトスの眼前の空を切った。

 着地をしたヴォフヌトスは眼前で空ぶった短剣を確認すると、間髪入れず左側の触手を回り込む様に低く見えずらい角度から伸ばし、界斗の右足の脛目掛けて突き込んでいく。


「うわ!」


 界斗は低い角度から来た攻撃に気付かず障壁を張れず、触手の接近をゆるしてしまった。

 気付いたときには遅く、慌てて足を引くが脹脛の横を斬られた

 わずかにズボンに血が滲みはじめる。


(くっ、斬られた!)


「このぉ!」


 界斗は血が滲んでいくズボンを見た瞬間、硬い固体の拳大のポリスチレン球を左手に創成すると撃ち出した。そしてそのまま連射していく。

 至近距離にも関わらず次々と打ち出されるポリスチレン球を4本の触手で的確に次々とはじき飛ばしていくヴォフヌトス。


(嘘だろ! な、なんて反射神経をしてるんだ!)


 20球以上打ち込んだ界斗はヴォフヌトスの反射神経に驚いて、自信を物体操作しながら飛び退き距離を取った。

 そして血が滲んだズボンを触り怪我の具合を確かめる。


(傷は深くない……けど、このままでは勝てない……)


 界斗はヴォフヌトスを見つめると逃げ出したい気持ちに駆られた。

 しかし奈美恵の事を考えるとそうもいかない。


(女の子であるヴァイゼフさんも戦っているんだ。やるしかない)


 界斗は短剣を強く握りしめると、意を決して構えた。




 ヴォフヌトスに詰め寄った奈美恵は、ヴォフヌトスの目めがけて鋭く切り込んだ。しかしヴォフヌトスは触手で防いでしまう。そしてもう一本の触手をお返しとばかり奈美恵の顔目掛けて伸ばしてきた。

 顔を逸らし躱す奈美恵。

 それからヴォフヌトスとの斬り合いが始まった。

 目にも止まらぬスピードで次々と触手を繰り出すヴォフヌトス。奈美恵も負けじと剣を振るう。刃の様に硬く鋭い触手の先端と奈美恵の剣がぶつかり合い、次々と火花を咲かしていく。


(四刀流なんてずるいじゃない!)


 奈美恵はヴォフヌトスに生えている4本の触手を恨めしく思った。

 右手の剣1本を必死に振りヴォフヌトスと斬り合う奈美恵だが、ヴォフヌトスの攻撃は奈美恵の剣を掻い潜り奈美恵の体へ何度も届いた。

 剣を振るう右腕から血が飛んだ時、奈美恵は下唇を噛みしめた。何故なら剣を振るう右腕は重要な為、あらかじめ障壁を纏わせていたからだ。


(何事もないように、あっさりと私の障壁を……)


 それ以降はヴォフヌトスの攻撃を身を捻り体捌きで何度も躱していくが、全てを完璧に躱すことは出来なかった。

 肩口を切られシスダールの白いシャツが血で染まった。

 次はスカートを斬られ、太ももから血がしたたる。

 脇腹を掠められたとき奈美恵は思わず顔を顰め跳び退さんだ。

 距離をとるとヴォフヌトスに対して短剣を構えている界斗の姿を確認する。

 一足飛びに界斗の隣まで跳んだ。


「真田君、どう?」


 奈美恵は界斗の隣に着地をするとヴォフヌトスの動きに注意しながら声をかけた。


「どうって……無理かな……」


 界斗は恰好をつけて楽勝だよと言いたかったが、さすがに言えなかった。


「そう……」


 奈美恵は短く返事をするとゆっくりと深く息を吸い吐いていく。

 界斗はそんな奈美恵の健康的な太ももから血がしたたっている事に気付き、あわてて奈美恵の体を見回した。


「ヴァイゼフさん、怪我をして……」

「大丈夫よ、かすり傷だから……」


 奈美恵は怪我など気にせず、駆け寄ってくるヴォフヌトスを睨みつけた。


「真田君、一旦距離を取りましょう……」

「え?」


 そういうと奈美恵は近くにある鞘を拾い、界斗の返事を待たずに走り出した。

 界斗も慌てて後を追う。

 身体強化をかけて走る奈美恵の後を、界斗も慣れない身体強化をかけて必死に追う。

 身体強化は呼吸を楽にしてくれるわけでは無い。すでに走り疲れていた界斗はすぐに息が上がり始める。


「真田君、頑張って!」


 奈美恵は界斗に声をかける。奈美恵も同じような距離をすでに走ってきたはずだが、逃げ回っていた界斗とただ走ってきた奈美恵では体力の消費具合に違いがあった。

 さらに小さいころから剣術を習いながら体力をつけていた奈美恵は、訓練しているとはいえ解放者に入りまだ数か月しか経っていない界斗よりも基礎体力が優れているのもある。


「ヴァイゼフさん、もう限界……」


 界斗は後方を振り返り、追ってきているヴォフヌトスを確認する。


「火球を使って焼き殺そう!」


 界斗は自分が死ぬぐらいなら、多少森を焼いても助かる道を選びたかった。


「ダメよ、真田君。それで倒せる確証はないわ。それにあいつらが炎で私たちを見失ってみんなの所に行ったらどうするの!」


 奈美恵の言う通りだった。2匹のヴォフヌトスが生徒や人が集まっているであろう広場に行けば大混乱に陥り沢山の死人が出るだろう。果たして警備がいるとはいえ混乱している状況では討伐も難しいだろう。

 界斗はそう考えた時、ふと気が付いた。


「警備の人たちが来るまで粘ろうよ!」

「……それはいい考えとは言えないわ」


 奈美恵は難色を示した。


「何で!?」

「まず、ここの薬草園の警備の強さには疑問があるわ……それに同行してきた2名のシスダールの警備員の人たちは解放者の上級職員に届く強さがあるとは言えないわ。だから出来れば私達でなんとか仕留めたいの」

「そんな事って……」


 走りながら界斗は泣きたい気分になった。


「真田君……さっきみたいにヴォフヌトスを固められる? 今度は2匹同時で……」


 奈美恵の提案に界斗は頭の中で咄嗟にシミュレーションした。


「あいつら素早いから2匹同時となると、逃げられない様に一気に大量に被せるしかないかな……」

「創成にはどれくらいの時間が必要?」

「出来れば5分ぐらい……」

「5分……3分でやって」

「な! 3分……分かった。けどその3分はどうやって……」

「私が2匹を相手にして稼ぐわ」

「……分かったよ」


 界斗が作るんだよと言い切るよりも先に奈美恵は答えた。

 界斗は女の子である奈美恵にそんな危険な事をさせるのは気が引けたが、自分よりも経験豊富な奈美恵が出した作戦より良い案が浮かぶとは思えずそれに従うことにした。

 奈美恵も出来れば5分ぐらいの時間を作ってあげたかった。しかし自身の状態を考えると、とても難しそうだった。


(ソフィスティードさんに頼まれて走り始めてから、もうどれくらいかしら……)


 奈美恵は走り始めてからずっと軽くとはいえ身体強化を使ってきた。奈美恵のゼファレスは一般人よりも優れているとはいえ、長時間ゼファレスを使い続けられるほどそこまで多くはない。自身の限界が近づいていることを認識していた。


(ゼファレスももうそこまで持たない。それとも先に限界が来るのは体の方かしら……)


 筋肉が悲鳴をあげるのが先かもしれない。なぜならこれから限界ぎりぎりまで身体強化して戦うんだから……

 奈美恵はその後に来るであろう体の反動を考えると嫌な気分になったが……


(そんなこと気にしている状況じゃない……)


 すぐに気を引き締めた。

 走っていると前方にすこし開けた空間が見え始めた。


「あそこで迎え撃ちましょう」


 奈美恵が声をかけると界斗は後に続いた。




 到着すると奈美恵は振り返り、追ってきている2匹のヴォフヌトスを見据える。


「真田君、始めて!」

「分かった!」


 界斗は離れ、奈美恵の後方でポリスチレンの創成を始める。

 先行するヴォフヌトスが奈美恵のすぐ目の前まで来た時、奈美恵の体からゼファレスのオーラが迸った。

 残りのゼファレスを全力で使用し、身体強化を手足の筋肉の許す限り命一杯かけていく。

 奈美恵はスピード型の剣士でパワー型の筋肉質ではない。それでも体重の軽い子供のヴォフヌトスを相手にするには十分な強化だった。

 先頭を走っていたヴォフヌトスが奈美恵を飛び越え界斗を直接狙おうと跳躍する。


「させるわけないでしょ!」


 奈美恵は瞬時に跳ぶと空中でヴォフヌトスの顎を蹴りあがる。跳ね上がったヴォフヌトスの顔を左手に持った鞘で後方を走ってくるヴォフヌトス目掛けて殴り飛ばした。

 2匹のヴォフヌトスは激突しもつれる様に転がる。ヴォフヌトスが跳ね起きた時、着地をした奈美恵は瞬時に詰め寄っていた。

 奈美恵の剣が残像を残し目にも止まらぬ速さでヴォフヌトスの脳天へと叩き込まれた。 

 しかしヴォフヌトスの視線はしっかりと奈美恵の剣に注がれていた。


(やっぱり硬い……)


 奈美恵の剣はヴォフヌトスの頭で止まった。

 全力の身体強化でも斬れないことが分かると、奈美恵は瞬時に方針を決断した。


(まずはこのまま頭を連続で叩いて昏倒させる)


 奈美恵は左手にもった鞘を振り上げた時、何かに気付いた様に後方へ身をひるがえし跳んだ。

 奈美恵の頭上へ跳んだもう1匹が空中から前足を振るったのだった。

 奈美恵が離れた瞬間、頭を叩かれたヴォフヌトスが界斗めがけて走る。

 どうやら界斗が空中に溜めているポリスチレンの塊が気になるようだった。


「行かせるわけないでしょ!」


 奈美恵は地面を蹴ると瞬時に追いつき、ヴォフヌトスの顔面目掛けて横なぎの一閃を放つ。

 ヴォフヌトスは前側の2本の触手で迎え撃った。しかし触手をはじき飛ばされ大きくのけぞるヴォフヌトス。

 がら空きの喉元に突き出された奈美恵の鞘がのめり込む。

 吹き飛び転がるヴォフヌトス。はねる様に起き上がった口からは血が滴った。


(不意を衝いたらダメージが入った……成程、あの硬さは瞬間的な強化ってことね……そうよね、どんなに硬くても、あの質感の皮膚で硬い金属のような硬度はおかしいもの……)


 奈美恵がヴォフヌトスの皮膚の硬さの理由に気が付く。

 吹き飛ばされたヴォフヌトスはもう1匹に目配せする。

 2匹は同時に奈美恵に襲い掛かった。

 どうやら邪魔な奈美恵を2匹同時で先に倒すことにしたらしい。

 だが、先手を打ったのは奈美恵の方だった。ヴォフヌトスの速度よりも奈美恵の剣を振るう腕の方が圧倒的に速かった。

 鞘と剣をそれぞれ近寄って来たヴォフヌトスの頭へと振り下ろしていく。

 それぞれのヴォフヌトスは4本の触手をクロスさせてガッチリと防いだ。それを皮切りに激しい打ち合いが始まった。

 先程の一対一の打ち合いよりも奈美恵の腕を振るう速度は圧倒的に上がっていた。しかし8本の触手を同時に相手にするには奈美恵の認識力がついて行かなかった。何度も奈美恵の腕を掠めるヴォフヌトスの触手。だが奈美恵の闘志はまったく衰えなかった。

しかし呼吸は苦しくなり始めていた。


(苦しい……)


 腕が重くなってくるのも感じていた。自身の限界が近い事を悟った時、ヴォフヌトスの動きが変わった。

 奈美恵が左手に持つ鞘と打ち合っていたヴォフヌトスは2本の触手を地面に挿す。


「しまった!」


 奈美恵は土礫による目つぶしを予測し、跳ぼうとした。

 そこにもう1匹のヴォフヌトスが一瞬動きを止め4本の触手を同時に左右から繰り出した。あわてて何とか両手の剣で防御した奈美恵。

 そして目つぶしだと思われた攻撃はヴォフヌトスが後方へ跳ぶためだった。

 触手を利用して後方へ跳んだヴォフヌトスが大口を開けた。

 その瞬間、奈美恵の眼前にいるヴォフヌトスからゼファレスのオーラが迸り、触手の振るわれる速度が上がった。

 奈美恵の剣と鞘の2本と4本の触手は互角の打ち合いを始めた。

 真祖ヴォフヌトスは筋力こそ優れているがゼファレス量は多くない。まして生まれてから生後数か月の子供ならばなおさら低かった。そのためあまりゼファレスを使わず温存してきたが、ここで残りのゼファレスを使用し再び身体強化をしてきた。

 ここが勝負どころと感じたのだろう。


(そんな……ここまで強化したのに結局1匹に抑え込まれるとは……)


 奈美恵は悲鳴を上げる腕を懸命に振るう。奈美恵の凛とした大和なでしこの様な整った顔立ちが苦悶にゆがんだ。そのときヴォフヌトスと目が合った。獰猛な光を讃えているはずなのにヴォフヌトスはとても苦しそうな目をしていた。


(そう……あなたも限界なのね……)


 ヴォフヌトスの限界と自分の限界の根競べかと奈美恵は思った。そう思うと再び気合が漲った。


(そろそろ、真田君も準備できたはず……あとはどうやって2頭の動きをとめれば……)

 

 奈美恵はふと、風の動きを感じた。そして視界の隅にヴォフヌトスがブレスを溜めているのが見えた。


(あの向き……真田君狙い!)


「やらせるわけないでしょ!」


 奈美恵は目の前のヴォフヌトスに左手の鞘で打ち込みながら体を捻る。そして姿勢を低くしヴォフヌトスに肩から体当たりした。触手の1本が奈美恵の額をかすめ、鮮血が飛び散る。

 体当たりを顔面に食らったヴォフヌトスはのけぞる。奈美恵はさらに体を捻りながら回し蹴りを放った。蹴り飛ばされたヴォフヌトスはブレスを放とうとしていたヴォフヌトスの正面へと転がる。

 自分の眼前へと転がってきた同胞にぎょっとして咄嗟に首を捻りブレスを上空へと打ち出した。転がされたヴォフヌトスはそのままブレスを放ったヴォフヌトスに衝突する。二頭はもつれる様に転がった。


「真田君、今よ!」


 奈美恵は瞬時に後方へ跳ぶ。着地をすると鞘を捨て剣を持った右腕を引きタメを作った。 

 そして剣にゼファレスを溜めていく。


「ポリスチレン、いけぇぇぇぇぇ!」


 界斗の雄たけびで上空に溜められていたポリスチレンが一気に噴射された。もつれ転がっていた2匹のヴォフヌトス目掛けて雪崩のように襲い掛かるポリスチレン。

 2匹のヴォフヌトスは驚くも、瞬時に触手を使って回避行動に入った。

 しかしすでに眼前へと迫っていたポリスチレンの雪崩は2匹のヴォフヌトスを飲み込んだ。

 ポリスチレンの雪崩に飲み込まれ転がる2匹のヴォフヌトス。界斗はすぐに水を創成すると噴射した。


「固まれぇぇぇぇぇぇ!」


 大量の水に冷やされ瞬時に固まるポリスチレン。立ち上がろうとしていた2匹のヴォフヌトスはポリスチレンに固められた白い彫像となった。


「真田君は左を!」


 奈美恵は身体強化した足で地面を力強く蹴りながら滑るようにヴォフヌトスへ一直線に突き進む。

 ポリスチレンに固められていなかったヴォフヌトスの目と奈美恵の視線が交差した。


「水捷流背水の技……」


 ヴォフヌトスに接近すると体を捻り、命一杯引かれた奈美恵の腕が伸ばされ始める。そして剣の柄から手が離された。

 剣はそのまま物体操作でさらに加速され奈美恵の手よりも一歩先をヴォフヌトスの眉間目掛けて突き進む。


「絶破の突き」


 奈美恵の手が掌底の形を取り掌の先にゼファレス粒子が創成されると小さな障壁が生まれた。そして剣がヴォフヌトスの眉間に突き刺さる瞬間、


「表!」


 掛け声と共に奈美恵の右足が踏み込まれ掌打が剣の柄へと叩き込まれた。

 硬い魔獣の皮膚を貫くために生み出された突きだった。物体操作による推進力に打撃による衝撃力を上乗せさせる外したら後が無い突きだった。

 ゼファレスも筋肉も全身のバネも、今の奈美恵の持てる全てを費やした突きだった。

 だが僅かに刺さった瞬間、ヴォフヌトスのゼファレスのオーラが眉間に集中すると突きが止まった。


「やっぱり私のゼファレスでは厳しい! けど、絶対に貫く!」


 しかし奈美恵はあきらめなかった。初めからもしかしたらこれでも貫けないとは覚悟していた。だが最後のチャンスを逃すつもりは無かった。

 奈美恵はありったけの力とゼファレスを振り絞り懸命に腕を伸ばし剣を押し込もうとする。

 ヴォフヌトスはそれに対して必死に皮膚を強化して抗う。

 奈美恵もヴォフヌトスもゼファレスはもうほとんど残っていない。最後の根競べが始まった。




 界斗は奈美恵が突撃すると地面に置いていた短剣を拾い駆け出した。短剣にゼファレスを込めヴォフヌトス目掛けて走る。そして界斗はジャンプした。

 自分を物体操作して3mほど跳びあがりヴォフヌトス目掛けて落下していく。そして落下に合わせてヴォフヌトスの脳天めがけて短剣を振り下ろした。短剣を見つめるヴォフヌトス。

 一瞬、界斗は抵抗を感じた。しかし皮膚の強化に使われていたヴォフヌトスのゼファレスは界斗の圧倒的ゼファレスで消し飛ばされた。瞬時に柔らかくなった皮膚に短剣が突き刺さっていく。

 体重を乗せた短剣の一撃は頭蓋を突き破り根本まで深々とヴォフヌトスの脳へと突き刺さった。

 ヴォフヌトスは永遠に動かぬポリスチレンの彫像へと成り果てた。


「やっ……やった……」


 界斗は眼下で動かぬ彫像と化したヴォフヌトスを見つめると肩の力を抜いた。


「ヴァイゼフさん!」


 界斗はすぐに奈美恵の方を振り向いた。

 奈美恵の剣とヴォフヌトスの皮膚はまだ拮抗していた。

 界斗は奈美恵に加勢しようとヴォフヌトス目掛けて駆け出す。

 ヴォフヌトスの視線が駆け寄る界斗を捉えた時、1本の触手からゼファレスのオーラが迸ると、固めていたポリスチレンに瞬時に亀裂が入った。

 ポリスチレンの戒めを破った触手が、必死に剣を突き込もうとしている奈美恵に襲い掛かるべく振り上げられた。

 しかしそれは悪手だった。ヴォフヌトスは奈美恵の突きとのせめぎ合いが限界ぎりぎりの上に成り立っている事を分かっていなかった。触手を動かすために皮膚の強化が疎かになった。

 ヴォフヌトスの皮膚の硬度が緩んだ瞬間、奈美恵の剣は一気に突き刺さり脳を貫きヴォフヌトスの後頭部へと突き抜けた。振り上げられたヴォフヌトスの触手が力を失い垂れさがっていく。

 そのままヴォフヌトスは息絶えた。



「勝った……」


 奈美恵はその場でへたり込み、そして地面に寝ころんだ。


「ヴァイゼフさん!」


 界斗が奈美恵の傍らに立った。


「もう限界……真田君、少し休ませて……」


 制服が汚れる事など気にせず腕を広げゆっくりと呼吸をし、木々の隙間から見える空を眺めた。

 界斗も奈美恵の隣に座り込んで休息を取りはじめた。


「ヴァイゼフさん、来てくれて本当にありがとう……」

「気にしないで、チームだもの……」


 爽やかな心地よい森の風が2人を癒していく。


(こんなにしちゃったけど怒られないかな……)


 界斗は眼前に広がるポリスチレンまみれになった木々や地面を見つめてどう言い訳をしようか考え始めた。


「真田! ヴァイゼフ!」


 しばらく休んでいると2人を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。

 どうやら2人を探しに来たみたいだった。


「ヴァイゼフさん、大丈夫?」

「まだ動きたくないんだけど……」


 界斗は立ち上がると奈美恵の鞘を拾いに行く。もどるとヴォフヌトスに突き刺さっている剣を引き抜き鞘に収めた。


「ヴァイゼフさん、剣を置いておくよ」


 界斗は剣を奈美恵の傍らに置くと今度は短剣を引き抜きに行く。

 その頃には2人を呼ぶ声がだいぶ近づいてきた。


「ヴァイゼフさん、起きれる?」

「真田君……頼みずらいんだけど腕に掴まっていい?」

「もちろんだよ。俺の腕なんかでよければいくらでも掴まってよ」


 界斗が空いてる手を奈美恵に伸ばすと奈美恵は剣を掴み、もう片方の手で界斗の腕を掴んだ。界斗も奈美恵の腕を掴むと引き上げ起こす。

 奈美恵は左手で界斗の腕を掴みながら、右手で剣を杖代わりにした。


「ゆっくり歩いてね」

「わかった……後、短剣ありがとう……」


 界斗が短剣を奈美恵に差し出すと奈美恵は首を振った。


「後ででいいわ。用心のために今日1日貸しておくわ」

「そっか……じゃあ、帰ったら返すよ」


 2人は声が近づいてくる方向へゆっくりと歩き出した。




「真田君! ヴァイゼフさん!」


 教師や警備員、薬草園の管理者からなる一団が近づいてくると、その中からオルテシアが飛び出し駆け足で近寄って来た。

 その後ろにはダニエルや琴絵、マリアーネも続いている。

 どうやら全員何事もなく無事に逃げ切れたみたいだった。


「お2人ともこんなになって……」


 ボロボロな2人の状態をみて、オルテシアの瞳から涙がこぼれた。


「けど、無事でよかったです……真田君、お礼を言わせてください。私を救ってくれた事感謝の念に堪えません。ヴィゼフさん、そんな状態になるとは思いもよりませんでした。魔獣の強さを見誤った私の浅はかさを許してください。そして私の願いを聞き届け、真田君を救ってくれた事、同じく感謝の念に堪えません。お2人にどのようなお礼をすればよいか分からない程です……」


 オルテシアはゆっくりと頭を下げていく。


「ソフィスティードさん……そんな……」


 界斗が困った様に奈美恵をみると、奈美恵はオルテシアを笑みながら見つめた。


「ソフィスティードさん、顔を上げてください……」


 微笑みながらオルテシアを見つめる奈美恵と、涙にぬれた瞳で奈美恵を見つめるオルテシア。

 しばらく見つめ合う2人だったが奈美恵の方から口を開いた。


「ソフィスティードさん……私はハンターです。魔獣が出たら戦うのは当然です。それに真田君はチームの仲間です。助けるのも当然です。私はソフィスティードさんを尊敬しています。それなのに私に対して引け目を感じる態度を取られるのは悲しいです……」

「ヴァイゼフさん……」


 オルテシアは一度目をつぶるとゆっくりと目を開けた。そして微笑む。少しぎこちない笑顔だったが奈美恵は嬉しかった。微笑みあう2人。


「これからも今までと同じように接してください」

「ヴァイゼフさんは……私の親友です」


 オルテシアの一言に奈美恵が目を丸くした。


「え? 親友……?」


 シスダールではクラスごとに成績優秀者が偏らない様にされている。入学時から常に学年上位を争ってきた奈美恵とオルテシアは1度も同じクラスになったことは無い。

 そしてろくに話した事も無かった。奈美恵はオルテシアの人柄だけではなく、ある理由から一方的に尊敬しているのだった。それがいきなり親友にされ驚いた。

 奈美恵が驚きに声を失っていると横から声がかかった。


「おい、所で魔獣はどこにいるんだ?」


 薬草園の警備員らしき男が界斗と奈美恵に詰め寄った。


「えっと、それならもう倒しましたけど……」


 オルテシアと見つめ合っている奈美恵の代わりに界斗が答える。


「なに? 真祖ヴォフヌトスと聞いたが……」


 その警備員は疑わしそうに見つめる。オルテシアは驚きに口を押え、ダニエルは「流石だな……」と呟く。その他一同は固まっていたが、我に返ると口々に騒ぎ出した。


「正直ヴォフヌトスが生まれて間もない小さな子供で助かりました。あちらに死体があるので保管をお願いします。魔獣討伐の規則に則り、解放者から保管をしてくださった薬草園の方にお礼をさせて頂きます」


 奈美恵がその警備員に言うと、警備員は他の警備員や薬草園の管理者とともに現場に向かった。


 ちなみに強力な魔獣の素材は利用される。魔甲士団等が着用している魔甲スーツは正式には魔獣装甲スーツと呼ばれ、真祖などの上位の魔獣のゼファレスを流すと硬くなる皮膚や、人間よりもはるかに強力に身体強化できる筋繊維を特殊な加工利用して作られる防御を兼ね備えたパワードスーツである。

 値段は安い物は1000万ゾルスから、強力な真祖の成体の素材を使った高い物になると値段は億越えである。そして所有は国の軍隊のみにゆるされ、さらにその保有数は議導会によって国ごとに制限を設けられ、製造は一部の企業のみに許可された特別なスーツだった。




「なんだぁぁぁ! この有様はぁぁぁぁ!」


 薬草園の管理者の絶叫が聞こえてきた。きっと界斗によってポリスチレンまみれになった木々を見たのだろう。

 界斗と奈美恵は目を合わせると肩をすくめ苦笑した。


「何かしたのかい?」


 ダニエルが苦笑する界斗と奈美恵を見て声をかけた。


「いや……まあ……」


 界斗はこの場で説明するとレディエスに怒られそうな気がして口ごもった。


「さあ? ヴォフヌトスを見て驚いたんじゃない?」


 奈美恵も余計な事を言って煩わされたくなかったためごまかした。


「え? ちょっと違うような……」


 ダニエルは何度も聞こえてくる薬草園の管理者の絶叫がする方を見て首を傾げた。


「ま、まあいいんじゃない。放っておいて……」


 琴絵が呟くとマリアーネも頷く。


 オルテシアも薬草園の管理者の絶叫で気がまぎれたのか可笑しそうに微笑んだ。


「そうですね。ヴォフヌトスを倒したというのであれば、真田君とヴァイゼフさんの無事を確認できたわけですし、まずは集合場所である広場に戻る事にしましょう。もうお昼をすぎましたし」


 レディエスが全員に声をかけ歩き出す。その場に残された界斗や奈美恵、オルテシアやダニエル達オルテシア班とその他の教師達も広場へと戻り始めた。

 しかしすぐに奈美恵の歩く速度が遅いことからその状態に気付き担架が呼ばれた。

 奈美恵は担架に乗せられ、その周りを界斗やオルテシアやダニエル達が囲って広場へと向かう。

 広場に着くと生徒達が集合していた。そして界斗達を好奇の視線で見つめる。

 そんな生徒達を教師はクラスごとに集合させお昼ご飯の弁当を配り始めた。




 界斗や奈美恵は救護室のベッドに寝かされ一通りの検査と手当を受ける。

 命に別条が無いことが分かるとお昼として配られた弁当を、救護室のベッドに寄りかかりながら2人で食べた。


「ヴァイゼフさん、ありがとう……」

「え? なに? お礼ならもう聞いたし……」

「いや、弁当を食べたらなんかさ……死んでたらこの弁当、食べられなかったんだなって……」

「お弁当……? 別にそこまで思うほどのお弁当でもないような……」


 海鮮ピラフのご飯に鳥の唐揚げやサラダが入った普通の弁当だった。


「いいじゃん……別に……」

「そうね……感じ方は人それぞれだもの……」


 界斗はオルテシアが界斗や奈美恵に抱いた感謝の気持ちと同じように、奈美恵に多大な恩を感じていた。




 ヴォフヌトスの騒ぎにより薬草園は一時的に閉鎖することとなった。

 午後の自由時間は無くなったため、昼食を済ませたシスダールの生徒達は予定を切り上げ早々に帰路に就くことになった。


 帰りのバスは静かだった。傷ついた界斗を見た生徒達が事態の大変さを感じ取って、皆押し黙って座っていた。

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