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第1話 序章、因縁に捕らわれし闇夜の不慮  (約4,600文字)

 燃え盛る灼熱の炎が闇夜を照らす中、一筋の鈍い光の筋が走った。炎に照らされた通りに血しぶきが舞う。背中を斬られ骸と成り果てた男が鈍い音を立てて地面に転がった。血に染まった剣を右手に持った仮面の者は駆け抜ける足音が聞こえた通りの先を見据える。走って逃げ去る男の背中を視線の先に捉えると左手に持った銃を男に向けた。

 鋭い音が鳴り光が走る。背中を撃ち抜かれた男が地面に転がった。そこに建物の上から影が降ってきた。影が炎に照らされ姿が顕わになる。四足歩行の異形の獣だった。

 異形の獣は背中を撃ち抜かれ呻いている男の頭を咥えると首から噛み千切った。


 死後の痙攣著しい男の首から溢れだした赤い血が、乾いた地面を潤していく。満たされ吸いきれなかった血が広がった。血だまりの中で獣が咆哮をあげる。それは愉悦の叫びだった。

 仮面の者は咆哮を上げる獣を一瞥すると辺りを見回す。新たな獲物を探しているようだ。

 そんな仮面の者の周りにはいくつもの死体が転がっている。そしてその死体を幾体もの様々な形をした異形の獣が喰らっていた。


 林業と農業を主要とするほのぼのとした田舎の町は真夜中の月が頂点に来る頃、突如地獄へと変貌した。

 建物が燃やされ、炎が暴れ狂い、煙と血の匂いそして人々の死と悲鳴で満ちていた。

 町の至る所を異形の獣が闊歩し、漆黒の服を纏い、額に紋章が描かれた銀色の仮面をかぶった者たちが異形の獣を従えながら人々を虐殺していた。




 15歳ぐらいの黒髪のあどけなさを残した少女と10歳ぐらいのおとなしそうな男の子の姉弟が震えながら地下室に隠れていた。

 町が襲撃を受けたとき父親は防衛の為に飛び出していった。その後、母親は防衛にあたる人たちの食事や怪我の世話をするため役所に向かった。

 それからしばらく経ち辺りから悲鳴が聞こえ始めたため、弟の界斗は姉の美汐に急かされ地下室に隠れた。


「お父さんやお母さんは大丈夫かな……」


 界斗は年相応の幼なさの残る顔を恐怖に歪めながら姉を見る。


「きっと無事よ……この町のハンターや防衛官の人たちは皆強いから……」


 美汐は落ち着かせるように界斗の手を握りしめた。

 しかし言葉とは裏腹に15歳の少女らしい嫋やかな美汐の手も恐怖の為震えている。


(私がしっかりしなきゃ……何かあったら私がかいちゃんを守るんだ)


 美汐は震えながら深呼吸をして自らを落ち着かせると決意を固めた。


「な、なんだ! お前たちは! その仮面、その紋章、まさか……ゾルタ、 ぎゃー!!」

「あなたー!」

「お父さん!」

「キャー!」

「お母さん! いやー!」


 不意に隣家から争う音と悲鳴のような絶叫が聞こえてきたと思ったらすぐに静かになった。

 美汐は隣家の一つ下の友達がどうなったのか心配になったがすぐに次は自分たちの番かもと思い弟の手を握りしめた。


「お、お隣さん……どうなちゃったの?」


 界斗が目に涙を浮かべながら姉に尋ねる。


 「……」


 界斗の目に映った美汐は目じりに涙を浮かべながら口を噤んだ。

 それからすぐに玄関の方から激しい破壊音が響いた。


「うちの玄関の扉は頑丈だよね……」


 界斗は毎日学校から帰るたびに開けるのに苦労する木製の扉が侵入者を阻んでくれることを期待した。


「そ、そうね。きっとあきらめて帰ってくれるわ……」


美汐は界斗に笑いかける。その笑顔は引きつっていたが……


(入ってくるな……入ってくるな……)


 界斗はぎゅっと目をつぶりありたっけの思いを込めて念じる。

 しかし期待儚く玄関の扉は数度の破壊音の後壊され、数人の者たちが室内に入ってくるのが分かった。


(あ、あんな重くて丈夫そうなのに……なんで、なんで簡単に壊れるんだよ!)


 界斗は心の中で余りにも容易く壊された扉の脆さを恨んだ。

 界斗の体を美汐がきつく抱きしめた。


「姉さん……」

「大丈夫よ、かいちゃん。お姉ちゃんがついてる……」


 侵入者たちは手当たり次第に物を壊しながら地下室の真上にあるリビングに近づいてくる。

 地下室の天井から足音が聞こえ始めた。

 美汐がごくりと唾を飲みこむ。

 界斗は恐怖のあまり過呼吸になり始めていた。


「もし扉に気付かれたらお姉ちゃんが外に出るわ。かいちゃんはここでじっとしているの。声を出したらダメだからね」

 

 美汐は肩で荒く息をする界斗を抱きしめながらそっと耳元でささやいた。


「い、いやだよ、姉さん……ここで一緒に隠れていようよ」


 界斗は掠れる声を振り絞り懸命に声をだす。

 美汐は界斗の目を見つめるとゆっくりと首を振った。


「だめよ、私が囮になるから」


 美汐は界斗から離れハンカチを取り出すと、界斗の涙に濡れる瞳を見つめその涙を拭ってあげる。気丈にふるまい弟の恐怖心を取り除いてあげようと優しさを見せる美汐だが、恐怖の為か彼女の瞳も濡れていた。


「このハンカチを貸してあげるから……男の子なんだから涙を見せちゃだめだよ」


 ハンカチを渡しながら界斗の手を握りしめる美汐。

 2階へ続く階段横にある地下室の扉の向こうから男達の声が聞こえ始めた。

 美汐はゆっくりと角から顔を出し頭上にある地下室の階段の扉を見上げる。

 地下室の扉が激しく揺さぶられた。

 界斗は美汐の背中を見つめる。

 美汐は振り返り界斗を見つめた。


「さあ、かいちゃん、奥に隠れててね……」


 美汐が界斗に声をかけた時、地下室の扉が蹴り破られ勢いよく開いた。

 美汐は顔を出し階段を見上げる。

 美汐と仮面を被った者たちの視線が交差した。


「いっちゃやだ、姉さん……」

「元気でね……」


 美汐は涙を拭うと叫びながら階段を駆け上り始めた。


(姉さあぁぁぁぁぁぁぁぁん!)


 界斗が手を伸ばすも空を切り美汐の服を掴むことはできなかった。





「人類は以前から過激な破壊活動を行うテロ組織との闘いに明け暮れてきたが近年テロ被害は増加傾向にある。一昔前は議導会による世界秩序に異を唱えていたマハラト新生団が精力的に活動を行っていたが、近年では救世騎士団ゾルタリウスと名乗る集団が活発化している。公式におけるゾルタリウスによる最初の被害は50年前の四条宮医療会総帥で奇跡の担い手と称された四条宮忠寿氏が視察に赴いた訪問先の国の病院で襲撃を受け拉致殺害された事件である。この時の病院側の死者数は8割に上りスタッフのみならず患者も多数殺害された残虐な事件として話題になった。さて我々を導き、ゼファレスを扱う術を授け、世界の秩序と文明の発展を牽引してきた議導会だが、近年は精彩を欠きテロへの対処の甘さなどから、唯一の世界組織としての立場を疑問視する声が各国から出ている……真田! 真田界斗!」

「姉さあぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「真田! 起きろ! 俺はお前の姉さんではないぞ!」

「イテェ!」


 界斗は黒髪のぼさぼさ頭を叩かれた衝撃で目を覚まし顔をあげると、しかめ面をしながら睨みつけていた社会科教師の顔が目に映った。その右手には界斗の頭を叩いたであろう丸めた教科書が握られている。 そして界斗は社会科教師の服を掴んでいた。

 周りの生徒たちは我関せずという感じに黙って黒板を向いている。


「真田、お前の境遇には同情するが、授業中に居眠りする事とは関係ないからな。それに今の話はもっともお前に関係する事だろうが」

「え、あ、すみません……」

「はあ、もういい。教科書233ページからお前が読め」

「はい……」


 界斗は立ち上がり指示された所を読み始めた。


「はぁ……最悪、なんで居眠りして昔の事を夢にみるんだよ」


 界斗は教室で一人昼ご飯を食べながらぼやいていた。


「どうせならもっといい夢みさせろよ……もうあれから5年も経つのに夢に見るなんて……せっかく忘れかけていたのに思い出してしまったじゃないか」


 教室内は閑散としていた。大半の生徒は学食に行ったのだろう。今日は今年最後の一日授業。つまり校内で食べる最後の昼ご飯ということで食堂ではスペシャルメニューが販売されている。たぶん大半の生徒がスペシャルメニュー目当てに押し掛け、今頃学食は大混雑しているだろう。

 界斗は孤児院から持参した弁当を食べながらふと当時の事を思い出していた。


「姉さんが飛び出して、暴れたけどすぐに捕まって、それから奴らが地下室に入ってきて俺も見つかって引きずり出されたんだよな……」




 界斗は目をつむるだけで思い出す――。


 地下室に入ってきた仮面の者に当時学校の授業で練習している全ての源たるエネルギー、ゼファレスを利用した物体操作で地下室の段ボール箱を飛ばしまくったが、仮面の者は意に介さず――もっとも地下室にある段ボール箱の中身は衣類や雑貨など軽い物しかなかったため大したダメージにならなかったのだが――界斗は捕まりリビングに引きずりだされた。


 そこで目に着いた光景は小型だが唸り声を上げている恐ろしい魔獣を従えた全員が同じ様な仮面を着た者達。そして床に押さえつけられていた姉の姿だった。中学校それどころか町内でも人気があり毎週のように告白されるほどの可愛らしく整った美汐の顔は殴られたのか頬が赤く腫れあがり額から血を出していた。


(ピアノが得意な姉さん。格闘技なんて習ったことすらないのに……俺の為に怪我をして……)


「この家は子供が2人だけか」


 仮面の男が界斗を見つめた。


(ヒィ……)


 界斗は震えた。悪意に満ちた声と視線が界斗の少年らしい未熟な心に握り潰さんばかりの恐怖を与えた。


「始末しろ、次の家にいくぞ」


 リーダーらしき男が踵を返して出て行こうとした。


「ごめんね、かいちゃん。お姉ちゃん守ってあげられなかった……」


 美汐は涙を流しながら謝った。

 界斗が最後に見た光景は頭上から降ってきた男の足の裏だった。




「そこで俺は頭を蹴られたのか意識を失ったんだよな」


界斗はご飯を一口食べると天井を見上げ再びあの頃へと意識を戻す――。



その後、意識を取り戻したときは担架の上だった。


「うぅ……姉さん……」


 界斗は担架で運ばれながらハンカチを握りしめ、首だけ動かし美汐を探す。

 しかしその目に姉の姿は映らず、映った光景は悲惨極まりない破壊の跡だった。

町が無残な姿をさらしていた。焼けて全壊した家々。破壊され炎上している車。通りには煙が燻り、そこら中に血の跡と死体の一部が転がっていた。完全な死体は一つもなかった。


「魔獣たちに食わせたのか、酷すぎる」


 助けにきた兵士やハンター達がつぶやき、顔をしかめながら生存者を探していた。

その後、救助に来た人たちに治療され、他の生き残りの人たちと共に国都に移送された。

 そしてその中に姉の姿は無かった。


 1万5千人近くが暮らしていた町で発見され保護されたのは30人にも満たなかった。

 そのうち界斗を含む子供たち12人はいくつかの孤児院に分けて入れられ今に至る。




「もうすぐ卒業か……」


 普通の家の子供なら中学を卒業し高校に進学するが界斗たち孤児はそうはいかない。

 中学までは義務教育の為、国立中学なら無料で通えるが、高校からは学費がかかる。孤児院には孤児を高校に通わせる程の予算は与えられていなかった。

 中学を卒業すると同時に大半の孤児たちは出て行った。さらに孤児院に居続けたとしても卒業から半年経つまでには皆出て行った。


「そういえばアスランはどうするのかな? 帰ったら聞いてみるか……」


 界斗は同じ孤児院の友人で同級生であるアスランがどうするのか聞いて参考にしようと考えた。

 教室内が騒がしくなってきた。どうやらクラスメートが学食から戻って来たみたいだ。

 界斗は残りの弁当をかき込む様に食べると弁当箱をしまった。

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