第7話 図書館に行こう (約12,000文字)
「ピピ!、ピピ!」
目覚ましのアラームが鳴ると界斗は寝ぼけながら手を伸ばし時計を掴んだ。
「時間かぁ~」
昨日の訓練の疲れが抜けきらない中、背伸びをして何とか体を起こす。
「まだ寝ていたいけど、準備しないと間に合わないよな」
約束の時間は9時に中央ターミナルにある建都記念碑前だ。
現在時刻は6時。
界斗はダニエル達を待たせるのは悪いと思い、早めに集合場所に行くつもりだった。
そのため移動する時間を考えると7時半過ぎには寮を出る予定である。
「ルイ君はまだ寝てるのかな? それとも任務でもう出かけたかな?」
居るか居ないか分からないが、居た時の事を考え隣室のルイバンを起こさない様に静かに移動し洗面を済ませる。
自室に戻り寝間着からシャツとジーンズに着替えると食堂に向かった。
朝早くから任務に行く者達の為に食堂は5時から営業している。
現座時刻は6時半ぐらいだというのに、寮住まいのハンター達だろうか、すでに食堂では結構な人数が食事をしていた。
界斗は毎日7時半ぐらいに食べるためこの時間の朝食は今日が初めてだった。
ロールパンとウィンナーとサラダがセットになった日替わり朝定食を受け取ると空いている席へ向かった。
「あら、おはよう、真田君」
アミリエがタブレットを見ながら食後のコーヒーを飲んでいた。
「あ……蔵林さん、おはようございます」
界斗は日曜日に事務職であるアミリエが、こんな朝早くから出勤しているとは思ってもいなく、少し驚いて立ち止まってしまった。
「どうしたの真田君? 座って食べたら」
アミリエが向かいの椅子をすすめる。
界斗は断るのも気が引けた為アミリエの向かいに座った。
「蔵林さん、朝早いですね」
「そうね……今日はやる事があったから6時に来たのよ」
「蔵林さんも寮住まいですか?」
「私は違うわ。少し離れた所のマンションに住んでるわ。いつも出勤して食事をするのは8時ぐらいなんだけどね」
界斗はタブレットでニュースを確認しているアミリエを見て、改めて知的な大人なんだなと思いながら朝食を食べる。
「真田君は今日は休みなのに朝早いわね?」
「はい。実は学校の課題で調べ物をするためにクラスの友達と図書館に行くんです。約束の時間が中央ターミナルに9時なので……」
「成程ね。休みと聞いたからてっきり遊びに行くのと思っていたけど、まさか勉強しに行くとはね。頑張ってらっしゃい」
アミリエは中学の時怠けていた界斗がすっかりシスダールの勤勉さに染まったと思い微笑ましい表情で界斗を見ると座席を立った。
界斗が食べ終わり寮に戻るとルイバンが起きてリビングに居た。
「界斗さん早いですね。出かけるんですか?」
「うん。ちょっと図書館に行ってくるよ」
「勉強ですか。僕はこれから巡視任務がありますので」
「そっか。今日はルイ君のチームが当番なんだ」
「そうです。では僕も朝ごはんを食べに行ってきます」
ルイバンがリビングから出ていくと界斗は洗面所で歯磨きを済ませ再度身だしなみをチェックする
そして自室に戻りノートなどを入れたリュックサックを持つと寮を出た。
バス停に着くと次のバスは日曜日の朝だからか8時10分まで無かった。
「今が7時50分ぐらいだから20分も待つのか」
界斗は1人バス停の横に立ち空を眺める。今日は快晴だ。季節も6月間近となり随分と温かくなってきた。ちょっと暑いかなと思えるぐらい温かい日々が続いている。今日の界斗は先月の給料で買ったばかりの濃紺のシャツと青のジーンズを着ていた。
(晴れの日にこの色のシャツは合わなかったかな?)
孤児院ではお洒落に気を遣う事などありえなかった。界斗にとって自分1人で服を買うのは先月が初めてだった。センスに自信があるわけもなく、シンプルなシャツ3枚と黒とブルーのオーソドックスなジーンズ2着を買った。
(次はもうちょっとお洒落な服を買ってみよう。そういえばルイ君は結構お洒落っだったような……聞いてみようかな?)
界斗が服についてあれこれ考えていると道路向かいにバスが止まった。
シスダールの制服を着た生徒達が降りてくる。
(部活かな? 皆朝から頑張ってるんだな。偉いな……
普段、真面目に訓練をしている界斗だが、自分の苦労を気にせず他人の努力に感心した。
「奈美恵またね!」
「うん。また明日学校でね!」
バスを降り学校の正門へと大通りを歩く道路向かいの生徒達を眺めていると、解放者のジャケットを着た奈美恵が友達と別れて横断歩道へと歩いて来るのが見えた。そして横断歩道を渡ると界斗に気付いて近づいてくる。
バス停に来ると奈美恵は立ち止まった。
「あれ? 真田君、おはよう。今日の訓練は休むと聞いたけど、どこか行くの?」
「ヴァイゼフさん、おはよう。早いんだね?」
「ええ、朝ごはんを食堂で食べるから……で、真田君はどこに?」
奈美恵の視線が界斗を追求するように鋭くなる。
「べ、べつに遊びに行くわけじゃないよ……佐伯君たちと図書館で勉強する約束をしてるんだ」
界斗は別に訓練をさぼるわけでは無いのに奈美恵の視線でたじろいでしまった。
「ふ~ん。まあ、別に1日ぐらい休んでもいいけど……訓練といっても一朝一夕で連携が身に付くわけでもないから。どちらかというとお互い馴染むための時間だし」
「え? そうなんだ……」
「そうよ。たかが2週間ぐらいで息の合った連携が出来るわけないでしょ」
「そっか、そうだよね……」
「後、寮に戻って来るとき依琳と藍香に会わない様にしたほうがいいかもね」
「何で……?」
「特に元から悪い依琳への印象がさらに悪くなるからかしら……あの子も何だかんだいって真面目に訓練してるでしょ……それなのに真田君が訓練に出ずに外出から帰って来るところを見たら……」
「そっか、そうだね……」
「依琳も藍香も下級の中では期待されているからね。だから真田君に付けたそうよ。この前の帰りに蔵林さんに聞いたの。ほら、私のせいかなって気になっていたから……」
「そうなんだ。確かに劉さんも鈴原さんも良い動きしてたな……」
界斗は訓練で素早く動き回る依琳とそれに合わせる藍香の動きを見て感心していた。
「あのさ……ちょっと教えて欲しいんだけど、解放者の下級の人たちは、皆あんな風に戦えるの?」
界斗はもしかして幹部なのに解放者の中で自分が現状1番弱いかもと先日の訓練より気にかけていた。
「そうね、そのうち分かると思うけど下級職員といってもピンからキリまでいるわ。あの2人は下級の中ではフィアリスと共に確実にトップ5に入れるわよ。この前の顔合わせの時、依琳はガリウス副団長から怒られたでしょ。本来はあの程度では済まないのよ。副団長は挨拶とかに厳しい人だから。依琳が下級の中でも特別だからそんなに怒られずに済んだのよ」
「そうなんだ……あの子たちは特別なんだ……」
界斗はそれを聞いてどこかホッとした。
「けど、本当に勉強しに行くの?」
奈美恵はまだ疑っているようだ。ホッとしたのもつかの間の事だった。界斗は再び気が滅入った。
(ヴァイゼフさん信じてない? 勉強しに行くのになんでこんな気まずい思いをしないといけないんだよ……)
界斗が自分の信用の無さを嘆いているとそこにバスが来た。
シスダールの制服を着た生徒達が数人降りてくる。
界斗は生徒達が降りきると天の助けとばかりすぐさまバスに乗り込んだ。
「ヴァイゼフさん、また明日学校でね」
「ふ~ん、そうね学校でね……」
カイトと奈美恵はクラスが違うのだがカイトは何となくそう言うと、奈美恵の視線から隠れる様に席に座る。バスが出発した。
「ふ~」
界斗は一呼吸すると窓の外を眺めて気を紛らわし始める。
そして奈美恵はバスを見送ると解放者へと歩き出した。
バスが中央ターミナルに付いたのは8時半過ぎだった。
「ちょっと早いな。どうしようかな?」
界斗は時計を確認すると建都記念碑前へと歩いて行く。
界斗と同じように待ち合わせの人が数人いるがダニエル達は居なかった。
中央ターミナルから少し離れた所にある天救教会大聖堂が僅かに見える。
(大聖堂か……ウクテルに来て5年経つのにまだ1回しか言った事ないんだよな。こんど礼拝に行ってついでにセリアが働くレストランに行ってみよう)
界斗はセリアが働く高級レストランの食事を想像しながらダニエル達を待った。
待つ事数分、ダニエルとセディウスが歩いてきた。
「やあ、おはよう、真田君」
「おはよう、佐伯君、ガザエ君」
界斗とダニエル、セディウスは挨拶をかわした。
「真田君1人? フェネル君やカバエラ君は?」
「一緒じゃないよ、何で?」
「てっきり一緒のバスかと思ったからさ」
「一緒のバス? あの2人は解放者と家が近いの?」
「あれ? 聞いてない? あの2人は学校の寮に住んでいるんだよ」
「学校の寮? どこにあるの?」
「学校の守衛所のある道路の斜め向かい側」
「知らなかった」
「そっか」
話している間にも各方面からバスが入ってくる。
「結構人が来るんだね」
「休みだからどこか別の都市に遊びに行くんじゃないか?」
「例えば?」
「隣のハバリスとか」
「ハバリスって観光するのに良いところなの?」
「そうだな……クルージング、バーベキュー、水族館、夏ならば海水浴もあるな、郊外に行けば釣りもできるし色々とあるよ」
「へ~、そうなんだ。今度行ってみようかな?」
ウクテルとベリアンフィルドやその近くの山以外行った事が無い界斗はそのうちハバリスの観光に行けたらいいなと思った。
「列車で行けばすぐだからな。今度、皆で行こうぜ」
界斗の呟きが聞こえるとダニエルが乗り気になった。
「所で真田君は総会長の妹はどうするんですか?」
セディウスが界斗に急に声をかけた。
「え? どうするって?」
界斗は思わぬ話に思わず聞き返してしまった。
「ほら、この間食堂で見つめ合っていたじゃないですか」
「あっ……そうだね……」
「学年どころか校内中で噂になっているみたいですよ。お互い一目ぼれして見つめ合ってたと……」
「はぁっ?」
界斗は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。
「おいおい真田君、もしかして気付いてなかった? 総会長の妹と食堂であんな風に見つめ合えば校内中に恋愛話が広まるのも当たり前だよ」
「そんな事って……はぁ……そうだよね……」
界斗はため息をつくと項垂れた。
「けどセディウス、そう言った事はあまり本人に直接聞くべきではないと思うよ」
「ダニエル君、相手は国主様の娘でありザンターク家の御令嬢ですよ。真田君と総会長の妹が正式にお付き合いするなら僕たちも色々考えなくてはなりませんよ」
「そうかも知れないけどさ……」
ダニエルは腕を組んで首を傾げた。
話しているとホセルとアルナンドが2人でやってきた。
「もしかして待たせちゃった?」
「いや、大丈夫。まだ9時前だろ。揃ったんだし行こう」
ダニエルとセディウスが歩き出すと皆それに続いた。
国立図書館は中央バスターミナルから歩いて20分ぐらいの所にあるウクテル総合公園内にある。
図書館の周辺は樹木が植えられ静かに散策したり休憩したりする広大なスペースが広がる。
少し離れた場所にはテニスコートやアスレチック広場、バーベキューエリアがありさらにレストランもある。休日は結構な数の来訪者があり賑わっていた。
夏になると屋内プールも解放されさらに賑わう。
界斗は初めてきた総合公園を物珍しそうに眺めていた。
「真田君は来るのは初めてですか?」
セディウスが辺りを見回している界斗を見て声を掛けてきた。
「ウクテルに来て5年は経つけど西の方は来た事ないんだ」
「そうなんだ。みんな折角だから少し歩かない?」
フェネル班の班長であるホセルは界斗に気を遣って公園を案内してくれるようだった。
「そうだな。まだ9時半前だしちょっとぐるっと回ってから図書館に行こう」
5人は暖かな木漏れ日が降り注ぐ遊歩道を歩いて行く。
「良いところだね。こんな自然の中を歩くのは久しぶりだよ。フォグラス君たちも来ればよかったのに」
「仕方無いよ。彼らはマレハール班で調べるって言うんだもんな」
マレハール班のサイラス、浩然、ジェードは班長であるマレハール・アメリから集合を掛けられ今日はウクテル都立図書館へと向かった。
実は6組の女子達は男子達が国立図書館で調べると言うのを聞いて男子から調べた結果を聞くだけというのもプライドが許さないという話になり、女子達だけで調べに行く事にしたが、頼りのオルテシアやさらにマリアーネが用事があり行けないという事なのでアメリが班長として班員であるサイラス達3人の男子を半ば強制的に引き込んだのだった。
界斗達は公園内を一通り歩いて見て回る。
「テニスコートはなんかシスダールの方が綺麗だね」
「それはそうさ。ここは国立公園だから税金で運営されている。使用量も確か1時間1200ゾルスぐらいで安いしな。高い学費で運営されているシスダールのコートと比べたらいけないよ」
「値段を知っているという事は……ダニエル君はここでテニスしたことあるの?」
「去年テニス部に居る友達に誘われてね……」
テニスコートの次はアスレチック広場に着く。
子供向けの簡単な物から、大人向けのハードな物まで用意されていた。
すでに子供向けのアスレチックに親御連れが何組か挑戦していた。
「ここのアスレチック、色々あって訓練にいいかも……」
界斗のフリーランニングの訓練は寮の近くにある公園のジャングルジムやブランコ、鉄棒を利用していたが、1カ月も経つとそれしか無いため慣れてしまい、その公園を利用するのも時間の無駄と感じている所だった。
「ちょっと試しても良いかな?」
「なに真田君? こういったのに興味あるの? 実はアスレチック系が趣味とか?」
アルナンドは意外だという表情で界斗を見る。
「違うよ。カバエラ君。どんなフィールドでも動き回って戦えるようにアスレチック的なフリーランニングで訓練するように言われてるんだ。普段は解放者の近くにある公園を利用しているんだけど、子供用しかなくてね。ここまで色々揃っているのは初めてなんだ」
そういうと界斗はリュックサックを地面に置いた。
「お、なにか掲示してあるよ」
その時、ホセルが掲示板に気付いて近寄る。
「子供用コース、大人用コース、公式記録計測共に500ゾルスだって。記録保持者の名前が載っているね。大人用の現在の記録は17歳のステプニー君とやらの5分23秒だって。ちなみにゼファレスは使用しないルールらしい」
「へ~、せっかくだから真田君、時間を計ってあげるから記録に挑戦してみなよ」
ダニエルがホセルが読み上げた掲示板の内容を聞いて面白そうに界斗に声をかけた。
「え? 初めてなんだけど……まあいっか。分かった、じゃあ計測をお願い」
界斗はスタート位置についた。
「では行くよ。よーい、スタート!」
ダニエルの掛け声で界斗は駆け出した。
まずは高さ3mの縄で出来た網の壁を上らなくてはならない。
界斗は揺れる網を必死に上る。
途中あせって1度足を踏み外したがそれ以外はミスすることなくスムーズに上った。
次は平均台だった。落ちても大丈夫なように1m下には受けとなる網が張ってある。
(落ちても大丈夫とはいえ、落ちたくない。だけどタイムを考えるとゆっくりと行くのも……)
界斗は瞬時に決断すると早歩きで平均台を歩き始めた。
「うわ!」
何度かバランスを崩したが何とか落ちずに渡れた。
次は雲梯だった。
(解放者に来て2か月、筋トレだってちゃんとやってきたんだ)
界斗は掌を払うと雲梯を見据えて腕を伸ばした。
そしてぶら下がる。
(よし、キツく無い。行ける)
界斗は腕を前に出しテンポよく雲梯を渡っていく。
次は網板だった。足を踏み外せば落下する可能性があるほど大きい升目がジグザグに配置されている。
界斗は升目をジャンプして超えず、斜め跳びの感じでジグザグに進んでいった。
「げっ……」
次は飛び板だった。1m間隔で板が並んで居る。これはジャンプして渡るしかない。
界斗は3枚目で右足を踏み外したが何とか板にしがみ付いて落下せずにすんだ。
(ふ~、危ない、危ない……)
界斗は呼吸を整えると残りの板もジャンプして渡る。
つぎは吊り下げられた大きなタイヤが並ぶトンネルだった。
界斗はトンネルの中を匍匐前進で進んでいく。
(なんか、やってみると戦闘時のフリーランニングの訓練には向いていないかも……)
界斗はあれこれ考えながらトンネルをくぐりぬけた。
次は垂れ下がった縄に円盤がついている。揺れる円盤を連続して渡らなくていけなかった。
界斗は縄に掴まりながら慎重に円盤の上に立つ。そして腕を伸ばして隣の縄を掴む。続けて足をかける。それを何度か繰り返して半分過ぎた時界斗は片足を踏み外し落ちそうになった。
「あっ!」
界斗は反射的にゼファレスを使った。咄嗟に姿勢を制御して足を円盤に乗せる。
先月から行ってきた空中での体制制御訓練の賜物だった。
「あれ? ……今、落ちそうになったよな?」
ダニエルは横にいるセディウスを見る。
「そうですね……」
セディウスも訝しそうに界斗を見る。ホセルとアルナンドも腕を組み界斗をしっかりと 眺めはじめた。
界斗は4人にしっかりと見られている事など気付かずに渡り終える。
その次の足場はネットだった。界斗は態勢を崩し何度も四つん這いなる。
少々時間をかけて渡り終えた。
次はタイヤの代わりに綱で出来たトンネルだった。狭い感覚で綱のトンネルが張られているとはいえ、タイヤよりも安定しない。界斗は苦労して渡り終えた。
(結構時間がかかっているな……)
界斗は記録から大幅に遅いなんていう、かっこ悪い所をクラスメートに見せられないと少し焦った。
目前にある吊り下げられた揺れる丸太を見る。長さは15mぐらいだろうか。
界斗は意を決すると一気に渡ろうとして駆け出した。
界斗が駆ける振動で丸太が左右に大きく揺れた。
「うわ!」
なんとか10mぐらい駆け抜けたが横に落ちた。
いや、落ちなかった。界斗はまたも咄嗟にゼファレスを使用して空中に浮かんだ。
そのまま丸太に手を掛け足を乗せると立ち上がり残りの5mを一気に駆けた。
「あれは無いだろ……」
「ええ、ダメですね……」
「けど、ある意味凄いな。あんな風に咄嗟に空中浮遊できるなんて……」
「そうだね。それについては流石といえるかな……」
ダニエルとセディウスは界斗が明らかにゼファレスを使用したことに呆れ、ホセルとアルナンドはどこか界斗のゼファレスに感心した。
「フェネル君、確かにゼファレスを使用してはいけないって書いてあったんだよな?」
「そうだよ、佐伯君。確かに書いてあった」
「じゃあ、記録は無しだな。とはいっても7分過ぎているけど……」
ダニエル達が話している間に界斗は最後のクライミングの壁を降りゴールした。
「記録はどうだった?」
界斗は少し汗ばんだ首筋を手で拭いながらダニエル達の所に来た。
「残念……7分30秒ぐらい……」
「そっか……やっぱり始めてのコースだとあの記録はキツイかな……」
「その前に真田君、ゼファレス禁止だろ」
「え? そうなの?」
ダニエルに対して首を傾げる界斗。
「あれ? 言わなかったっけ?」
ホセルが界斗を見る。
「あ! そういえばスタートする前言ってたよね……思った以上に難しくて忘れちゃったよ」
「はっはっはっはっは、流石真田君。良いボケっぷりだよ」
ダニエルが可笑しそうに笑った。
「俺は咄嗟の空中浮遊は流石とおもったよ」
アルナンドは界斗を見て褒める。
「さぁ、図書館に行きましょう」
界斗のリュックサックを持っていたセディウスが渡しながら声をかける
「あ、ガザエ君、鞄を持ってくれてたんだ。ありがとう。今度はゼファレスを使用しないで渡り切れるように練習しておくよ」
界斗がリュックサックを背負うと一同は図書館へ向かった。
「大きな図書館だね」
全面ガラス張り3階建ての図書館を見上げて界斗は感嘆した。
「さあ、入ろうぜ」
ダニエルを筆頭に図書館の自動ドアを入っていく
すぐ左手には階段とエレベーターが並んで居た。
右奥には受付があり正面には雑誌コーナーが設置されていた。
「さて、流体工学の専門書はどこでしょうか?」
セディウスが早速案内板で流体工学がありそうな場所を探し始めた。
「登録しなくていいのかな?」
「調べものするだけなら必要ない。借りるなら必要だけど、どうする?」
界斗は少し考えて今日は登録しないことにした。
「別に何か借りることもないからいいや」
界斗とダニエルが話しているとセディウスとアルナンドがやってきた。
「わかりましたよ。理系の専門書は地下1階です」
「そっか。地下1階なら階段で降りよう」
界斗達は階段で地下へと向かった。
「さて流体工学はどこかな? 手分けして探そうよ」
「そうだな。その方が効率が良いか」
見渡す限り様々な専門書が収められた地下1階。見える壁は遠く本棚が整然と並んでいる。
界斗達は散開して探し始めた。
「ここは医学か」
本棚の表示を見なが探す界斗。
しばらくするとある本棚の前に止まった。
「ゼファレス法術か……」
ダニエル達に悪いと思いながら興味には勝てずどんな本があるか並んでいるタイトルを見始める界斗。創成や医療など分野ごとに色々な本が並んで居る。ある本のタイトルが目についた。
「実用戦闘創成術って本当に実用的なのかな?」
何気に見始める界斗。目次を見ると火、水、金属、酸、有機物、高分子、特殊と並んで居た。
取り合えずパラパラとめくってみる界斗。
「え~と、なになに……もし炎が欲しくてアルコールを創成するならメタノールだけで充分である。何故ならエタノール、プロパノール、ブタノールと炭素数を増やしても燃焼温度そのものに大差がないからである……だからメタノールしか学校で練習しないのか……まてよ……そうなると火力を上げるためにはどうすればいいんだよ?」
ページをすっ飛ばしてパラパラ捲っていく界斗。
様々な物質と燃焼温度一覧というページを見つけた。
「なるほど……アルミニウムだと火力があげられるのか……いいこと知っちゃたかも」
次に水をめくると様々な水の使い方が記載されていた。
「水流カッターとは極細の水を高圧高速で噴射する事で得られるが、これをゼファレスで再現しようとすると高い圧力かけられるだけの物質操作が必要となる……また同じく水弾を高圧高速で射出すると貫通力を持たすことが出来る……なるほど。そういえばこれって2学期からのゼファレスの授業内容じゃないかな? 先取りして今度練習してみようかな?」
さらにページをめくっていく。
「氷の創成方法か。これはこの前授業で聞いたな」
さらにページをめくる界斗。
「プラスチックがあるじゃん」
そこには各種プラスチックの強度や分子構造、創成に必要なゼファレスの目安量などが載っていた。
「やっぱりポリエチレンだけでは物足りないよな……よし、今度アウルフィード団長に聞いてみよう」
界斗は本を閉じると本棚に戻す。
「さて流体工学を探さないと……その前にトイレはどこだろう?」
界斗はトイレを探し始めた。
「あそこの通路かな?」
歩いて通路に入り込む。
関係者以外立ち入り禁止と書かれている札が付いたポールがあったが、壁際に避けて立てかけてあったために界斗は気が付かなかった。
通路の先は階段になっていた。
「下にトイレがあるのかな?」
階段を降り扉が並ぶ通路を歩いて行く
「トイレはなさそうだな……」
ふと界斗は立ち止まった。
「何? 禁書? って何だろう……」
扉に赤い文字で大きく書かれていた。
そして思わず扉に手をかけてしまった。
ゆっくりと開いていく扉……
「鍵が開いてる……」
担当者が鍵をかけ忘れたのだろう。界斗は開いたドアから薄暗い照明が僅かに照らす室内へと入った。
薄暗い室内から真空ポンプらしき機械の動作音が聞こえてくる。
室内には大きな頑丈そうなショーケースが沢山並んで居る。
「何かこの部屋、ちょっと寒いかな」
界斗は身震いするとショーケースに近寄った。
突如緑色の薄暗い光が点灯しショーケースの中を照らした。
ガラス張りの扉越しにライトで照らされているショーケースの中を見つめた。
「何? 天文学ってなんだろう……あの本はなんだ? 記号? 文字? 背表紙になんて書いてあるんだろう?」
さらに並んで居るショーケースの中を次々とガラス越しに見ていく。
「よく分からない記号がたくさん並んでる本ばっかりだ……あれは読めるけど英和辞典って何だ? 日本語大辞典? なんだ日本語って?……あれ? まてよ……これってまさか旧時代の……」
界斗は何か見てはいけない物を見てしまった気がした。
そしてすぐさま室内からでると地下1階に戻った。
そして本棚が並ぶ中を急ぎ足で歩きダニエル達を探す。
「真田君、流体工学はこっちだよ」
「うわっ」
界斗はホセルに横から声を掛けられビックリしてしまった。
「あ、フェネル君……」
「どうかした真田君?」
界斗の様子がおかしい事に気付き気にかけるホセル。
「フェネル君、その……天文学って知ってる?」
「なに? もう一度言って」
「天・文・学」
「てんもんがく? どう書くの?」
「空の天に文章の文で学問の学で天文学」
「聞いたことないかな……どこかでそんな本見たの?」
その瞬間、界斗は禁書と書かれていたことを思い出し、禁書という意味がわかった。
(禁じられた本なんだ……)
「ううん。何でもない……後、トイレがどこか分かる?」
「トイレなら階段の横だよ。それと向こうにキャレルとか閲覧用の机とかあるから、皆でそこで調べてる。真田君もめぼしいものを持ってきてよ」
「わかった」
界斗はトイレに行きホセルはダニエル達がいる机へと戻っていった。
「ふ~、疲れた……」
夕方になり図書館を出るとダニエルは伸びをした。
「佐伯君がいて助かりましたよ。纏めるのを全部任せてしまって申し訳ない」
ホセルが申し訳なさそうに頭をかいている。
「気にしなくていいよ。勉強になったしさ……2重反転風向きによる軸効果だっけ? まさか右回転と左回転の風を組み合わせることで風が拡散せずに真っすぐ進むようになるとは知らなかったよ……ところで真田君は元気がなさそうだけど大丈夫か? こういった調べものは苦手?」
界斗は禁書と書かれた部屋に入り込んでしまった事でずっと後ろめたさを感じて口数が少なくなっていた。
「佐伯君は天文学って知ってる?」
「なに?」
ダニエルは首を傾げた。分からないようだ。
「そういえば午前にも同じことを言ってましたよね……」
ホセルが界斗とダニエルの会話を耳にして近寄って来た。
釣られてセディウスとアルナンドも寄ってくる。
「どうしたんですか?」
4人からの視線を受けて界斗は禁書と言う言葉を使わずに話すことにした。
「いやさ……地下2階の厳重そうに保管されているケースのなかにそんな本があってさ」
「え? 地下2階? 確か一般利用者は地下1階まででそれより下は職員のみじゃないかな?」
「やっぱりそうだよね。ちょっと迷って入り込んじゃってさ。それで……」
「見てしまったと。まあ、別にいいんじゃないか? それよりもてんもんがくか……どう漢字で書くの?」
再び説明する界斗。
それを聞いて考えこむ4人。
「天ですか……天と言うからには空ってことでしょうか?」
セディウスが夕焼けにそまる空を見上げた
「そうだね。普通に考えるとそうなるね」
アルナンドも同じ様に空を見上げる。
「天文学……何だろう」
ホセルは腕を組んで考え始めた。
「空にあるのは太陽と月と人工衛星だけだよな……なんだろう……凄く気になる」
ダニエルも同じように空を見上げた。その目は爛々と輝いていた。
「変な事言ってごめん。もう気にしないで。それよりも夜ご飯をどこか食べに行こうよ。ラーメンとかさ……」
界斗は禁書と書かれていたことを話題にした事に後ろめたさを感じ、話題を変えようと夕飯に誘い始めた。
界斗達が夜ご飯にラーメンを食べている頃――
白髪の初老の男性が豪華なソファーに座り赤ワインが注がれたグラスを傾けていた。
「ほう、我らを殲滅するための専任機関か……」
鼻から上はゾルタリウスの紋章が入った仮面で覆われその素顔までは分からない。
男性の視線の先にはモニターがあり、そこに同じような仮面を着けた者が4人同じように映っている。
仮面の下の口許が侮蔑を湛え、失笑した。
同じように画面の中の3人も失笑していた。
「我らを殲滅するとは、身の程知らずにもほどがありましょう」
先程から報告をしていたモニターに映る1人が恐縮に話し始めた。どうやらこの者は身分が低いらしい。
「少しばかりきつく知らしめてやる必要があるだろう。馬鹿な事を考えるとどうなるか末路を示してやれば考えも変わるだろう。もうよいお前は下がれ」
「はっ」
画面の中の1人が命じると、報告をしていた者は画面から消えた。
「具体的にはどうするのだ? どこか町ごと消すか?」
白髪の初老の男が尋ねた。
「いや、老よ、それよりも派手に知らしめる方が良い。愚かにも設立の為に生中継で国民に演説する国があるらしい。生中継であればちょうど良いであろう?」
「それは良い。うむ……ではアレを使おう。以前からどれほどの威力が出るのか試してみたかったからのう……」
「なるほどアレか……確かに派手で良いな」
「立案や計画は最高指導者であるお主が行う事でよいか?」
「そうですな。私が主導しよう」
「お待ちください。その国はどこでしょうか」
画面の中の1人が発言した。丁寧な言葉使いからその者はこの中では少し身分が低いようだ。
「イドラオースだ」
「イドラオースでしたら私の管轄地区に近いです。私が主導致しましょう」
「よかろう。お主に一任する」
「おまかせください」
「皆、それでよいかな」
白髪の初老の男ともう1人が頷いた。どうやらこの場に集った全員が同じ考えに至ったようだ。
「他に議題が無ければ本日はここまでとする」
最高指導者と呼ばれた男が会議を閉めた。
「救世のために彼の者の力と共に我らがゾルタリウスへと」
4人が声をそろえるとモニターから次々と消えていく。どうやら別れの挨拶みたいな文言らしい。
画面がすべて暗くなるとソファーから白髪の初老の男は立ち上がった。
「さて、愚者どもがどのように慌てふためくのか見ものだな……」




